● ――殺人ウケタマワリマス。 掲示板に書いてあるその文字。投稿者のハンドルは『殺人鬼希望』。なんと馬鹿らしいのだろうか。 だが、そのスレッドにレスポンスは1件。レスポンス投稿者のハンドルは『自殺希望者』。 彼ら、彼女らかもしれない。その二人は一つの約束をした。 『それじゃあ、今度××市の廃病院で』 その日はきっと嫌な天気だろう。否、予報を見て決めた。じめじめと肌に鬱陶しくも張り付く湿気を含んだ気色悪い日。予報通りならそんな日だろう。雨が降るという夕方、橙の陽光の中、其れを反射するように降る雨を見て死にたいし殺したい。 そんな、何処か夢の様な死に方を、殺し方を望んだ彼らはまだ『こども』であった。 ● 死にたい死にたい死にたい死にたい。 新條ミコトはただ其れだけを望んでいた。半分に欠けた月のネックレスは偶々拾ったものであったが気に行っていたし、死ぬなら此れをつけたまま死にたいとも思う。 自分で命を絶つ事はずっと考えていた、けれど怖い。自殺願望は強かった、けれど自分ではできなかった。 ネット掲示板で見かけたのはそんな時の『希望』だった。 「私を、殺してくれるんだって」 嬉しいね、と笑う。 ミコトは革醒していた。運命に愛され、その身に神秘の力を宿していた。本人はその力の使い方をまだ理解していない。 首元でちゃらり、とネックレスが揺れる。彼女は『ソレ』があれば戦えた。彼女は『ソレ』でエリューションを操れる。 「殺して貰わなきゃ」 其れは誰にも邪魔させない、邪魔するのであれば、この手で其れを排除する―― ● 「本当に殺したくてたまらない殺人鬼に殺されたくて堪らない自殺志願者」 愛情でも恋情でもない歪んだその想いは何処か恋愛に似て甘くて、とても苦い。 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はブリーフィングルームに呼び寄せたリベリスタ達の顔をぐるりと見回していった。 「自殺志願者の名前は新條ミコト。ミコトって、『命』って書くのですって」 死にたくて仕方がない彼女にとっては不服な名前よね、と世恋は笑う。 「彼女のネックレス。半分に欠けた月の形のコレ、ね。コレはアーティファクトなの」 そのアーティファクトはフェーズ1程度のエリューションを操る事と彼女に並みの戦闘能力を与える。 その代償として潜在的な『死』への欲求が強まるのだ。 新條ミコトは死にたかった。死にたくて死にたくて堪らなかった。 「――死にたくて堪らない、その欲求が大きく育ったの。破裂しかけの風船のように、ね」 死にたくて堪らない、自殺志願。ただ、彼女は『こども』だった為に自ら命を絶つ事に恐怖した。 「本当の自殺志願者ではないの、どちらかと云うと他殺志願者、かしら」 そんな中彼女へと朗報が訪れた。もう何も面白く思えなかったその時、偶々辿りついたネット掲示板。 殺人を承ると書いてあったスレッドに彼女は何も迷うことなく一言だけ書き込んだ。 ワタシヲ殺シテクダサイ。 彼らの契約は成立する。 「今日の夕方、殺人鬼と名乗った彼はミコトを殺すわ。そんな約束をしているそうなの」 「何もないなら、殺させれば……って訳にもいかないのか」 その言葉に世恋は頷く。 死にたがりならば命を絶たせればいい、其の通り。尤もな意見だ。だが、彼女はアーティファクトによって『多少なりとその気持ちを増幅』されたにすぎない。 その『死』への欲求はまだ小さいものであり、その行動に移さないかもしれない。 「別の班が、殺人鬼を止めにいっているの。貴方達は申し訳ないけれど自殺志願者を止めてきて?」 彼女は紛れもなく革醒している。ジーニアスである為に外見は変わらないが、スターサジタリーとしての能力がある。 そんな彼女がアーティファクトを使用して草木を操るのだ。 「一端のフィクサードと分類されても仕方がないの。危険なことには変わりないのよ」 さあ、目を開けて。この悪夢を晴らしてきてくれないかしら―― フォーチュナは哀しげに笑った。 嗚呼、死ぬことも生きる事も難しいのね。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月04日(水)00:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 未だ日は高い。昼過ぎの公園で強結界を張り巡らせた『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は俯く。 「俺達の言葉が、彼女に届くかは分からないけれど」 その彼女、新條ミコトの後ろ姿がぼんやりと見える。明るい白いワンピースを着た、痩身の背中。 やせ細ったその背中に感じる死の気配に幼き日に行く当てなく迷いこんだ路地裏を連想する『磊々落々』狐塚 凪(BNE000085)は小さくため息をついた。 迷いこんだ路地は、細い。心細さを抱えて一人、駆けて行く。その途中の明るい通り。孤独の開放の為の道。その道のゆく果ては―― 「死んだらいけないって、解らせてあげましょう」 続かぬ道は無理やり繋げるしかない。其れが死にたがりへの最大級の礼儀だ。 「……他殺志願者、とはね」 自殺志願ならまだしも、何を考えているのかさっぱりわからない。リオン・リーベン(BNE003779)の言葉は初夏の風に混ざり込む。 風で少女の髪が靡く。胸の奥が、ツキン、と痛んだ。『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)の目には自身の可愛がる娘の面影が少女と重なる。 「死を想え……という言葉はあるけれど、此れは違う、違うよ」 出来れば哀しい結末など失くしてしまいたい。そんなもの終止符を打とう。この身は彼女を救うためにあると、青年は前を向く。 ふと、ミコトが振りかえる。目が、合った。 「こんにちは、ミコトさん。私はスペードです」 蒼い髪を風になびかせた『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)はゆっくりと少女へと歩み寄る。 「私はアークのリベリスタ。貴女と同じ力を持つ者です。貴女とお話ししたくて、やってきました」 「……お話し?私と?」 ミコトの目はステルスを解除したスペードを不思議そうに見つめていた。優しげな一般人は神秘を纏う。唇の端から覗く吸血種の牙が彼女が一般人ではない事を明確に物語る。 ――ああ、敵かしら。敵?嗚呼、死を邪魔しに来たのね。 ざわり、草木が大きく揺らめいた。 その気配に『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)が真・月龍丸を構える。見据えるはミコトの周囲を囲んだ草木。 哀しげな瞳をミコトに向けた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は祈る様に呟いた。 「ミコトも寂しくなくなる様に、なるといい」 其れは祈り、其れは望み、其れはこうあれと言う望む未来。 友人がいない寂しさが分かる、暗く閉ざした過去。 手を伸ばして掴み取った大切なモノ。義父、義兄、親友―― 其れを彼女に与えたい、その想いのまま仲間に守りの力を与えた。展開された防御結界の中、草木は何かに脅える様に揺れた。 ● 声を届かせよう、とそう言っている仲間がいた。そのために『不屈』神谷 要(BNE002861)は前衛へと走り込む。 目の前で木々を操る少女の命、価値観の押しつけになるかもしれない、無論其れは彼女だって分かっている。 「無為に失くして良い命などありはしないのですッ」 「命、ね」 その言葉に少女はひどく悲しげな顔を浮かべる。だが、それも一瞬、厳しくなった視線は要を射る。 邪魔をする物など許さない、邪魔など許さない、彼女は死にたがり。彼女は他殺志願者。 ――殺したいと思う人に殺されたいだけの独り善がりな『自殺志願』。 「敵の行動パターンより、最適な行動は……」 ばさり、マントが揺れる。周囲へ与えた防御の嗜みは軍師としての最適な行動。瞳を伏せる。同調する、彼の効率的な防御動作は仲間たちと同調する。 リオンの表情は明るいとは言えない、死にたきゃ勝手に死ねばいい、そう思う。 けれど彼はアークのリベリスタなのだ。アーティファクト、エリューション、倒さねばならないものが絡んでいるならばこの自殺志願者を放っておく事も出来ない。 全身にオーラを纏ったエルヴィンは前衛へ躍り出る。回復を使う個体を探そうと彼は目を凝らす。 絶対に死なせたくない、その想いは強い。草木が揺らめく、彼らの体へその葉を揺らし攻撃を繰り出す。 その数は多い、自身に漲る破壊的な闘気はより草木を喧騒に揺らめかす感覚がした。 御龍の目の前にいるのは木々。草木は彼女の周りでざわめき、機会を伺っている。 「死にたがり、でもそれも今日まで」 大きな木へと全身のエネルギーを集中させる。凪のエネルギーを固めた弾は木へとブチ当たるが吹き飛ばすにはまだ足りない。 白い花が咲いている。ともに青い花も揺らめく、そのどちらかが回復のエリューション。 「ミコトさん、貴女が死んだら、私が悲しいです……」 ぎゅっとCortanaを握りしめる。言葉に嘘はない、けれど死にたがりの敵意は此方に向くのではないか。弱虫は夜の畏怖をその身を削り与える。 未だ死にたがりのもとにその攻撃は届かない。 体内に循環する魔力。前面に居る木々から後方で詠唱する少女を護る様に遥紀は立っていた。 「死とは、酷く恐ろしいものなんだ……」 「恐ろしい?」 奥で少女の目が厳しくなる。恐ろしくなんてない、救い。行く当てのない私の縋る、唯一の―― ちゃり、とアーティファクトが揺れる。 「私は、死にたいの!」 少女の放つ蜂の巣の様な襲撃はリベリスタ達の身を削る。木々は彼女に倣う様に目の前の少女の敵を攻撃した。 死にたがりと、生きたがり。 殺したがりがこの場に居ないから、成り立つその図。 「攻撃行動最適化へ移る。再同調開始」 木々の攻撃を受けてもなお、彼は使命を全うする。その使命は仲間達の戦いやすい環境の整備だ。 仲間達の力以上のものを引きだす事が彼の武器。彼は彼であり、仲間達でもある。個は全。全は個だ。 「來々氷雨!」 涙雨が降り注ぐ。鋭くとがったそれは、死にたがりの少女を対象とせず木々達を傷つけた。 ふわりと白い花が懸命に回復を歌う。歌う花を確認したエルヴィンが仲間達を仰ぎ見た。 木々の数は多い。少女へと怒りを与えようと伺っているがその手も足りず青年は歌った。 草木へと彼女は叫ぶ。其れは彼女の与える圧倒的な言葉。木々が絶えず要へと攻撃を繰り出す――その状態の木々は4。 彼女の定めた数には達さない。傷つく彼女の後ろで詠唱し、清らかな存在からの微風を生み出した遥紀は切なげに表情を歪めた。 甘く見ていた、という訳でもない、だが数が問題であった。アーティファクトを奪ってしまえば此方のもの、そう思っているうちに彼女の首に掛るアーティファクトは感情を強めていく。 ――次第に、その感情は溢れだして、憎悪に代わるのだろう。 「嗚呼、嗚呼、殺してッ! 死にたいの!」 夜の畏怖が植物たちを包み込む。彼女の前で植物たちが彼女を護る様に立っている。 「運命の加護を得られなかった人だって、居るのにッ!」 思いだすは自身の弟の事。表情を歪めた要は剣を振るいもう一度植物たちへと叫んだ。さあ、こちらにこい、と。 その想いの強さ。彼女の想定していた数の植物たちが彼女へと詰めかける。 その間を抜けてエルヴィンはミコトの元へと走り込んだ。 「君が死ぬ事を止めに来たんだ、絶対に死なせねぇよ!」 「やだッ!」 彼女の首元に手を伸ばす。だが、彼女はそれを護る様に避けてしまう。 それを千切れれば、と雷音は祈りながら植物たちへと氷の雨を降らせた。 仲間達を癒す遥紀の手は止まらない。癒し続けるのは花も同じだ。 「もう少しだ!」 リオンが叫ぶ。歌い続ける花へと雷音の氷の雨と御龍のデッドオアアライブ、凪のメガクラッシュが狙った。 花が散る、舞う、踊る。 泣き出しそうなミコトの繰り出したアーリースナイプはエルヴィンの方を掠る。だが、彼は止まらない。 要のもとへと集まった草木へとリベリスタ達は攻撃を繰り出す。踊る、草木は散る、散る。 「友達志願者、いらっしゃい!」 笑った凪は次々に草木を攻撃する。傷をいやす遥紀へとリオンがチャージを施した。 氷の雨の下、ざわめく草木の傷をいやす花はもう居ない。ただ、じわじわと削り合いが始まってしまう。 倒れる事はなかった、其処までの強さはなかった、だが、想いは強まっていく。 アーティファクトをとってしまえば傷つけることなく彼女を助ける事が出来ると、そう彼らは信じていた。 だからこそ、彼女へはあまり攻撃を喰らわせなかった――助けれるなら、傷を負うことなく。嗚呼、なんと優しいのだろうか。 「甘い誘惑に惑わされないでくださいッ!」 アーティファクトを狙った攻撃がミコトの手に当たる。じわりと滲んだ血。 其の隙をついてエルヴィンはネックレスごとアーティファクトを千切り取ってしまう。 草木が沈黙する。少女は、ただ、泣いた。 ● ちぎれたネックレス。俯いたままの少女に御龍は何処か怒りを含んだ口調で言う。 「悲劇のヒロイン気取りか」 目を覚ませ、死を簡単に考えるな。彼女は、人を殺した事がある。だからこそ言える言葉だった。 「死は、最大の逃避だ。貴様は甘えているだけだ」 死にたくても、死ねない人間もいる。死にたくなくても死ぬ人間だっている。 死は何時だって誰にだって平等に訪れるのだ。 「貴様はそんな重圧を背負っての覚悟なのか?」 「じゃあ、貴女は」 死にたがりの体が震える。貴女は、私を救えるの。この世界で、貴女は。少女の目が怒りに燃えている。 「覚悟なんてしてない、でも、生きていく自信がないの!」 どうしようもないこの広い世界で一人きり、怖い、怖い。 幼い少女には重たい言葉だったのだろうか、錯乱したように彼女は怖い、怖いと泣く。 「死ぬって怖いよね。死んだらどうなるかな。きっと一人だね。ミコトちゃん」 それって嫌じゃないかな、と凪は言う。此れからの選択肢。永遠に一人になる事を選ぶというのか、と問う。 「でも、死んだら、気持ちも死ぬでしょう、想いもなくなるでしょう」 「でもね、きっと今、貴女が死んだら貴女の友達になりたい子たちが泣くよ?」 ほら、と凪は後ろを仰ぎ見る。其処に立っていた仲間たちは何処か悲しげな顔をしてミコトを見つめていた。 そこにふわりとマイナスイオンが広がる。 「ミコト、お前はさ、もっと不真面目になっても良いんだよ」 エルヴィンが小さく笑い、頭を撫でつける。 両親を怒鳴りつけても良い、先生を殴っても良い、言いたい事を言えばいい。笑えばいい。 そのアホ面に爆笑してやればいい。行く当てのない自分が惨めで、悲しくて、そんな自分がもどかしくて。 「それでもどうしようもないなら、あとはもう全力で逃げちまえばいいんだよ」 そしたら其処に俺たちがいる、甘えて、泣いて、笑ってやるから。馬鹿だな、って。 「死ぬって、その後でもできるんだよ。その優しさを、分け与えてから」 それじゃ、だめか、と彼は困ったように微笑んだ。 少女は手を伸ばす、死にたがりの泣きじゃくるその頬へ。優しく触れて、頬笑みを浮かべる。 「ボクは朱鷺島雷音。君と友達になりたい」 「友、達」 指先は涙を掬う。その涙を掬い、海から救う様に。 「そう、友達」 だから。雷音は一番優しく笑った。友人が少ない事を気にしている、無力だと実感するその身。 泣きだしたい位に辛い事も、逃げ出したい位に怖い事もあった。 「エゴであってもボクは君に生きてほしいと思う」 その考えが自己中心的だとは分かっている。 少女の隣でスペードはただ、静かに佇んでいた。行く当てのない、迷子の様な気持を理解できる。 「私は、運命に愛されなかったのです」 彼女はぽつりと言う。運命の寵愛を得れなかった事、愛される事が出来なかった事を。 世界に見はなされる感覚、怖かった、愛されない事が。怖かった、居場所がない事が。 「……アークに行ったんです、こんな私でも居場所が出来たんです」 小さく、笑う。 「アークにおいで。君を救える確かが其処にあるはずだから」 凪の知るアークは暖かく、優しい場所であった。求めるものがあるのではないか、と彼は笑う。 「其処に、本当にあるの? なぜ、有ると思うの?」 その言葉に答える事はない、少女の瞳はただ恐ろしいものを見る様な目をしている。 「死ってさ、怖いんだよ。ドラマやさ、本の様に綺麗なものじゃない」 足掻いてもがいて苦しんで、生きたいと願う様な世界。 みずぼらしい死に方しかない。苦しんで泣きながら、死ぬ事を熱望するなど、無理だ。生きたいと声にならぬ声で叫び続けるなど無意味だ。 「何故に斯様に醜悪で恐怖な死を選ぶんだい?」 「それしか、なかったから」 遥紀が困ったように笑う。世界は確かに優しくなかったかもしれない。 目を塞いだままの狭い世界は確かに怖くて、孤独だったと思う。 「けれど、君をこうやって助けた人がいるんだ。どうか、信じてあげて」 俺の事は、信じなくていい、皆の事は、せめて、せめて。 雷音は手を差し伸べる、抱きしめる。 「君のその神秘の力も説明しよう。世界の神秘に案内するよ」 優しく背中を摩る。その力が誰かの為になるんだ、それを誰かの為に使ってくれるなら嬉しい。 彼女はただ、優しかった。 「ね、だから、アークに来てくれませんか。それから貴女の話しを教えてください」 それから、それから、友達になろう。命を護るのではない、同世代の友人が欲しい。 要は笑いかける、だが、ただ、俯いたままのミコトは泣いていた。泣きじゃくる少女の声はか細い。 「神秘なんていらないの……! アークと言う所に行きたくない…っ」 その得た力が辛かった。世界に愛された事を憎んだ。優しさに触れるのが怖かった。 言葉では、理解できる。言葉では、分かりあえる。 『言葉』であれば―― 「アークは、あなた達にとっては良い所なのね」 でも、それが『私にとっても良い所』なのか、分からないでしょう? 雷音の肩を押す。離れる、後ずさる、手は届かない。その背に向けて御龍は叫ぶ。 「生きるってことは辛いことだ。だがな、生きていればな、いいことだってある!」 人は等しく幸せになるべきなのだ、自分だって、そしてミコトだって。 今なら間に合うとそう叫ぶ。 けれど少女は振りかえらない。その背に容赦なく彼女は剣を振るおうとして――手を止める。目の前に蒼い少女が立ちはだかる。 私が、彼女と共に。 その意思は優しさ、それが彼女の意思。 「お友達に、寂しい想いはさせません……」 震える足で、涙が滲みそうな目で、彼女は仲間を――友人を見つめた。 天国で独りぼっちは哀しいでしょう、手を広げる。 「良いの、スペードちゃん。良いの」 優しい、貴方はまるで天使様みたいだね、と少女は小さく笑う。 彼女はただの『こども』だった。どんなに嫌いでも親から離れたくなかった。どんなに友達がいなくても狭い世界に居たかった。 ――『アーク』という知らない場所にはいきたくなかった。 優しいみんな、けれど彼女は『こども』だった。多少なり』とアーティファクトで増加したその気持ち。 その『死にたい』は想像以上に大きくて、言葉だけでは、止められなかったのかもしれない。 死への恐怖。彼女はそれを理解してはいないからこそ、死のうと思っていたのかもしれない、言葉じゃ伝わらないソレ。 あと少し、何かがあれば、きっと―― 凪は目を伏せる。彼女の放ったジャスティスキャノン。不殺を狙った攻撃。だが、その手は足りない。 「ミコト!!」 雷音が手を伸ばす、だが、届かない。その声に足をとめたミコトは振りかえる。 「アーク、まるで魔法の言葉みたいに言うんだね、アークに、アークに」 けれど、その場所は本当に『素敵な場所』? まだ幼い少女はいう。攻撃を喰らわせて、殺さない様にして、アークに連行して。 彼女らの言うアークは友達ができる、優しい場所。ミコトにはそう思えなかった、おぞましかった。 人と違う力を持った事も、其れにより友達が居なくなり親が喧嘩する事が。 そんな『怖い力を沢山持ったアーク』に『一緒に行く』? 「アークは、いい所です……」 だから、スペードは手を伸ばす。 少女は、ただ、笑った。 ザー……―― 通信が繋がる、喧騒が聞こえる。 「ハッピーエンドは見えたかい?」 嗚呼、どうやら雨が降り始めた。 しとしとと伝う雨にリベリスタ達は俯く。天気予報通りの雨。それは優しい雨であった。 ● 人払いが済んだ公園で少女は一人佇んでいる。 少女は、走る、走る、走る。ああ、もうすぐ約束の時だ。 死のうと思う、何度も、痛くたって良い、神秘の力を呪う。生きていく事は、怖い事だ。 一人で死ぬのは怖かった、誰かを殺そうと思った。それが私の存在の証明だった。 『アーク』は良い所だと言っていた。けれど、私にとっては怖い所だった。 この身に宿った『神秘の力』こそが呪い。両親はそれで喧嘩した、友達も離れた。 怖い場所はもう、いやだった。 さよなら、わたしのともだち。 雨が降り続く。どうやら彼は『アーク』とやらに止められたらしい、誰かを殺そう。死のう。 優しくじめじめとした雨が頬を伝った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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