● 神秘の塊である破界器に対し、自分達は常に素人も同然である。 それが三尋木に属してアーティファクトの回収と管理を担当する彼の持論であり、信念。 つまりは心構えの問題だ。それは未知であり、どんな想定外が隠れているとも知れない危険物だということ、それを決して忘れず念頭に置く事。 それがゆえに彼はSpelunker(アマチュア洞窟探検家)を自認する。己の生業は暗闇を這い進む門外漢も同然なのだと。その恐怖を忘れないため、油断を捨てるため、覚悟を決めるため。 その名を六月(じゅん)。彼自身はこの名を嫌い、余り名乗らない。 「ジュンちゃーん、言われた通り情報リークしてきやしたぜ」 「ちゃん付けするな。ご苦労。漏らし過ぎてはいないだろうな?」 ――だが、得てして周囲の人間はそんな当人の意図を尊重はしないものだ。 尤も、一仕事を終えて戻って来た部下に対する反応が不機嫌なのは呼び方のせいではない。 「へえ、そりゃもう。つか俺達の仕業だってバレたら元も子もねえっスしね」 「……バレてはいるだろう。万華鏡とはそう言うものだ。とんだ裏技ツールだ。反則技だ。 だが、今回に関しては証拠さえ残さなければ良い」 いざと言うとき知らぬ存ぜぬを決め込めるように。 そう続ける六月の眉間には、相変わらず深い皺が彫り込まれている。 端正とは言わぬまでも、日本人としては少し彫りの深い顔立ち。その顔にその厳しい表情は、確かに似合う。だがしかし、顔を合わせている部下からすればどうしても重圧を感じるものだ。部下の男は、おそるおそると言った表情で踏み込む。 「あの、兄貴……? やっぱ今回の、気に入らないんじゃないんすか?」 「俺はお前の兄じゃない。だがちゃん付けよりはまだマシか――ん? 気に入らない? 何故そう思う。そもそもこの作戦の発案者は俺自身だぞ?」 剣呑な目で睨む六月にビクリと身を竦ませる部下。上司としての威厳――と言うより、六月にそう言う高圧的な態度を取られる事そのものに慣れていないのだ。六月は、少なくとも彼が知る限り、三尋木にこの人ありと言われる程度には『穏健派』らしい男の筈である。 だが、ここで引いては機嫌を損ねただけで終わってしまう。部下は覚悟を決めもう一歩踏み込む。 「で、でも! そ、そもそもこんなの兄貴らしくねえっスよ。 掘り出したアーティファクトの効果を確認する為に街で暴れさせるなんて……」 「――――」 六月の表情が更に険しくなる。だが、彼は何も言わず少し目を逸らした。 この間、彼が回収したアーティファクト。それは通常の生物をエリューション・ビースト化させ、更に使役する事を可能とする品だった。 一通りの使い方は既に確認した。しかし『アーティファクトとは危険な暗闇の洞窟である』と考える彼にすればそんな最低限の情報だけで三尋木の財産に数える訳にはいかない。 安易な転用や保管は、三尋木の危険に繋がる。 それは引いては、彼が忠誠を誓う三尋木凛子の害になり得ると言う事なのだ。 「実験は必要な事だ。 どれだけ細かい命令に従うのか、内容に対する柔軟性は、距離限界は、本当に死ぬまで従うのか、そしてどれだけの戦力になり得るのか。 それら全てを確認して始めて戦利品として提出できる。何時もの事だろう」 懐から取り出した煙草に火を付けないまま咥え、言葉を選び、何度も目を逸らしながら告げる。彼の頭部に生えている――シェパードのビーストハーフである。毛色は見事なブラックタンだ――耳はせわしなく開いたり閉じたりを繰り返し、スーツのズボンから出ている尾は不自然にピンと張っている。 六月自身がそう思っていない事が、一目瞭然だった。 「……実験に関しちゃそうっすけどね。でも、何時もは普通に場所と人員を手配するじゃないっすか。 こんな、一般人を人質に取るような方法でリベリスタを誘き寄せるとか、来なかったらどうするんスか」 「命令では、エリューション能力を持たない人間とお互いには、手を出さないようにとしてある。命令の精度が想像を絶して甘くない限り、家屋や物品が破壊されるだけだ。パニックにはなるだろうが、な」 そして自分達が関わった、という証拠は隠滅済み。 監視していた? 状況証拠? ――万華鏡で法が動くものか。 「でも、実際には気付かれてるんでしょ? 恨みは買うじゃないっすか」 「俺達はフィクサードだぞ? 今更だ」 六月の返事はにべもない。だからこそ、その態度が部下の疑問に更なる油を注ぐ。 「ほら、ほら! それ! それがまた兄貴らしくない! ジュンちゃんは元々、必要も無いのに周りどころか赤の他人に気を使ったり筋を通そうとしたりしてそのせいで何時もわりを食いまくってる人じゃないっすか! 俺らみたいな問題児ばっか部下につけられてんのだってそれが理由でしょ!?」 「お前俺を何だと思ってるんだ! と言うか自覚あったのか!?」 「自覚だけなら常にしてるっす!」 「偉そうに言うな!?」 しばし睨み合う2人。――やがて溜息をついて折れたのは六月だ。 「――こんな強引なやり方をするのには、理由がある……」 苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らしながら、六月はぼそぼそと口を動かす。 世話になっている上司にどんな事情が、と、部下は思わず身を乗り出して聞き入る。 「経費削減のためだ」 部下は体で椅子をなぎ倒した。 「なんすかそりゃー!?」 「うるさい、場所や人員の手配に回せるだけの予算が足りないんだ! 文句あるか!」 「文句って言うか、いやおかしいでしょ何でそんなお金ないんすか!?」 「何で、だと?」 その瞬間、六月の持つオーラが一気に膨れ上がった。 「何でも何も! お・ま・え・らが! 後先考えずに弾薬ばかすか使いまくったり接待費使って女口説いたりただの口喧嘩から発展して街中で大規模バトル繰り広げたりするからだろうがああああ!!!」 そもそも近年、アークと言う対抗組織も現れたのだ。 通常のシノギもやりづらくなるし、収益も減る。対策費と言う名の予算は当然そっちに割かれる。 「フィクサードだって人間社会の中にいる以上、やり逃げじゃ駄目なんだよ! 裏野部の奴らは例外! おまえら、後始末が無料だとか思って無いだろうな!? 役人に嗅がせる鼻薬にだって金は掛かるんだぞ!! 俺らしくない? 俺らしくしてりゃ空から予算が降って来るのか!? 予算の枠が増えるのか!!?」 専業ではないが、物品を扱う関係上、経理にも関わりが深い六月である。 叫び、というかむしろ咆哮と言うか遠吠えというかには、無意味に魂が篭っていた。 「ちょ、ちょっと兄貴落ち着いて!? 初登場なのにもうキャラが壊れかけてる! 落ち着いて!?」 君も落ち着け。 「これが落ち着いていられるか! 俺だって本当はヨソ様の戦力なんぞ当てにしたくないんだよ! つーかお前! お前だってこの間経費で落とした1万6千980円、あれ趣味のフィギュア代だろ! 気付かれてないとでも思ってんのかあああ!!!!!!」 「ぎゃああバレてたー!?」 ● 「――どうしよう。思いの他くだらない」 ブリーフィングルームにて。『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は淡々とそう言った。目の奥に心なしか疲れが見える気もした。万華鏡の読み取った情報を映し出すモニターには、三尋木の幹部が「なにが騎士王だー!」などと怒鳴りながら部下の首を絞めているのが映っている。 「どうしようって、言われても」 呼び出されたリベリスタ達にしても、どうせいっちゅーねんと言う気分である。 「匿名で送られてきた情報の裏なんて、取らなければ良かった。せめて万華鏡を使わなければ良かった。でももう手遅れ。本音を言うと放っておきたいけど、それじゃあ駄目なのも、事実」 明らかに渋々と言ったニュアンスが入る声色で、イヴが説明に移る。 そう、仕方が無いのである。 これから数時間後、アーティファクトに操られたE・ビーストが2体、ある市街地に到達し、暴れまわる。 「一般人に手を出さないと言う命令はちゃんと機能する。けれどとばっちりで怪我人は出るし、フィクサード自身が言っている様にパニックは起こる。何より神秘の秘匿からすると、決して看過できない」 今から向かえば、市街の中心に辿り着くまでに迎撃ができる。 戦場になりそうなのは、線路脇の公園。傾斜で足場が少し悪い以外は戦場に最適な地点である。 数組の親子連れがいる以外は、最良の場所だろう。 「昼間だから光源も必要ない。ここで必ず倒して」 「六月達はどこにいるんだ?」 リベリスタの一人が言う。とほほ事情ではあるが、その行い自体は決して許せる物ではない。可能であれば撃破したいと思うのも当然の話である。 「山の中腹から監視してる。リベリスタとの戦闘データ、あるいは街中で暴れるデータを取るつもりみたい。 ちょっと位置が遠いし、慎重だから、近付けば逃げると思う」 撃破は難しいと言う事かと、渋い顔をするリベリスタに、イヴは頷き、リモコンを手にする。 三尋木の幹部が部下を地面に直に正座させて説教している様を映しだしていたモニター表示が、E・ビーストのデータに切り替わった。 「E・ビーストはさっきも言った通り、2体。一対のアーティファクトにそれぞれ操られてるみたい。 だけど、アーティファクトの支配を抜けても特に大人しくなると言う事は無い――むしろ命令が消える分、やっかいになる可能性の方が、高い」 映し出される詳細を指差しながら、フォーチュナの少女は細かいスペックを説明する。 「それほどの難敵じゃない。油断しなければ、皆なら問題なく倒せるはず」 どうかお願い。 そう語るイヴの目に、少しだけ先ほどのフィクサードのものと似たような光が宿っていた様な気がした。 リベリスタでもフィクサードでも、精神的に疲れてる時の目にはどうやら大差ないようだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月10日(火)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● サーカスなんて、何年ぶりに聞いた言葉だろう。 警備服を着た男を連れた、銀髪の女性を見ながら、子供を連れた主婦は考える。 「――ええ、その為に動物を運搬していたところ、少々事故があって猛獣が逃げてしまったのです。 それがこの辺りに居るので、公園から離れていて貰いたいのですが――」 馬を連れたその女性――『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)が真摯に語るその後ろで、さっき同じ説明をした時村警備保障(株)の警備員が、数人の少年少女にロープ張りの指示をしている。 主婦はそれに対し『扱いに慣れたサーカス団員たちが、逃げた動物を回収するために来ている』と説明を受けていたが、その制服は実際のところ、警備会社の制服を着た『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)と『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)だったりする。本当は警察の制服を調達したかったらしいがそれはさすがに容易に調達できなかったのだ。 「もし離れる途中に他の親子連れがいたら同様の事を伝えて避難してもらって欲しい」 「はあ……」 馬がぶるる、と鼻を鳴らす。 その様子に、お馬さんー! とテンションの高いわが子を見て、この子を連れてサーカスを見に行くのもいいかなあ、なんてことを主婦は思った。 「六道といい三尋木といい俺達を好き勝手使ってくれるぜ……!」 「またフィクサードの実験なんだね。むやみにたくさん人のいるところを狙わないだけマシかな」 そう遠くない山の中腹を睨んだ『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が、目の前にフィクサードがいたら噛み付きそうな様子を見せた。『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)がどうどう、と言いたげな様子で影継の前で手をひらひらさせる。 風見 七花(BNE003013)もそれに頷きながら、しかし、少し納得の行かなそうな表情を浮かべていた。 「一般の人に被害が出るのなら無視するなんてできません。 フィクサードのデータ取りの手助けをするのは気に食わないですが」 「それでも、やらせていいものじゃないし、フィクサードもあたしたちが止めにかかることを期待しているんだよね」 でも気持ちはわかる気がするかな、と、凪沙が笑って七花を宥める。相手に手の内(万華鏡)がバレているということは、そこを逆手に取られるということでもあるのだ。 多少癪に障る話ではあるが、調べさせるようリークをだしている辺り、まだ良心的であるとも言える。フィクサードからすれば、リベリスタが来ないのなら物的被害という形でデータを取ればよいだけの話なのだ。 「直接逢ったらテスト料徴収してやるからな」 もう一度山の方に目をやり、吐き捨てる影継。 「……六月の方は、なんというか、その。とても他人事に思えないんだけど……」 「組織の事情……とやらは何処にでもある、と言う事だな」 ロープ張りを手伝いながら、何故かダークスーツを着込んで髪をまとめた『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)が妙にしみじみと呟き、葛葉が唸るように言葉を続ける。 「フィクサードにも色々ありますね……。 まあ、何であろうとそれに拠りて世界が傷つくのであれば、止めるまでですが」 アンナの声が聞こえてか、親子連れを見送ったノエルがどういうわけかしんみりとした様子で返した後、気分を変えるように首を振った。アンナも、その言葉にうなずきを返す。 「やってること自体は普通にフィクサードだ。許すわけに行かない。きっちりかっきり止めるわよ」 少しずつ近づいてくる、二匹のE・ビーストに目を留め、意図は不明ながらもワンピースを着込んだ『ミサイルガール』白石 明奈(BNE000717)がほほう、と楽しげな声をあげた。 「白黒……どっちかというと陰陽的なアレ? 使い魔?」 明奈の視線の先に目をやり、葛葉もふむ、と考えるような声を漏らす。 「……獣王球か。なかなか面白そうなアーティファクトを持ち込んだ物だ。 可能であれば、アークに持ち返りたい所ではあるが……」 そこで言葉を切った葛葉は山へと目を向け、それは厳しそうか、と呟いた。 「発掘メインなら、どういう出自とか知ってるのかしら。 アーティファクト発掘面白そう……はっ。いかんいかん、相手はフィクサード! 気合入れて行っちゃうぜ!」 「後は粛々と事を為すのみ……だな。義桜葛葉、推して参る……!」 二体とリベリスタとの距離は、もうあと僅かだ。 ● 山の中腹。六月はそこから公園の方をじっと見据えている。 常人ならば、目が良いと言われる人でも何かがごちゃごちゃ動いている、程度にしか見えない遠方の公園の情勢を、しかし彼は何の問題もなく把握し、僅かに眉を寄せた。 「想像以上に豪勢なメンバーだな……」 「へ? そうなんすか?」 そう答えた部下は、耳の後ろに手を当てている。 「ああ、あの軍服は『T-34』、それにあの男は――名前は喉まで出掛かっているんだが、確か練馬あたりの一族の出だと聞いた。銀の騎士槍にも覚えがある。あの学生服の娘は確か覇界闘士の料理人だな」 「へー、流石ジュンちゃん結構知ってるんすね。そのロシア人は俺っちも聞いたことあるっスけど」 「お前でも知ってるだろうのはもう一人いるぞ。『ソリッドガール』……だが何故ダークスーツなど着ている? 変装のつもりか? 後ろ髪を丸くまとめている辺り、動き易さの為かも知れんが……」 「!?」 「隣の日焼け娘も恐らく記憶にあるんだが、服装が違う分自信は無い。しかも動き難いワンピーススカート、いよいよ意図が分からんな……黄色の縞シャツに何か意味が?」 「ごめん兄貴、俺ちょっとナンパしに行って来るわ」 「お前は一体何を言っているんだ!?」 ● 敵を迎え撃とうとした矢先。公園の中を、電撃が荒れ狂った。 「いってぇ!? ……大した事無い! 耐えるッ! ほら、ピカって鳴けよ! チューって鳴いてみろよ!」 アンナをその背に庇った明奈が、強がりと挑発の叫びを上げる。 「ピkk「ちょ!? ちょおおおおお!? いやちょっと待ってやっぱ今のなし!」」 使役されているためか、素直に期待に応えようとするE・ビーストに慌てて明奈が撤回する。 恐ろしい敵だ。 「……後で別口から刺客とかこないです、よね?」 七花がぼそりと呟く。 その時危険なのはどっかのぐゎーって鳴くげっ歯類なので、そこは気をつけたいところ。 とはいえそんな冗談めいた様子とは裏腹に、リベリスタ達の受けたダメージは決して低くない。 目の前に居る使役獣達が難敵である事を再確認したリベリスタ達は改めて気合を入れ直した。 「頼りにしてるわよ、明奈!今の貴女なら大丈夫!」 「おう! ワタシたちのコンビがどんだけ強いか見せてやるぜ!」 声を掛け合うアンナと明奈。白石黒石。 「ここで相手をしてもらうぞ」 その言葉は通じていないだろうが、ウラジミールは影継とともに、首を傾げたトカゲの前に立ちはだかった。光り輝く防御のオーラと、攻撃能力を向上させる戦気とがそれぞれを包みこむ。 ここから移動させることのないよう、二人がかりで行動を止めるつもりなのだ。 「業炎……蹴り!」 凪沙の蹴撃が燃え盛る炎を纏いながら、ネズミの腹に食い込む。 傾斜のある土を危なげなく踏みしめた葛葉は、ネズミに駆け寄って闘気をみなぎらせる。 「ふむ、見た目に違わず早いが……さて、一手試すとしようか」 その後方で、七花が体内の魔力を活性化させる。後方、と一言で言っても同じように後方に立つアンナとは距離をとっているのだが―― 「とっかげーーーー!!」 一声、すっげえ微妙にセーフなのかアウトなのかわかりにくい鳴き声とともに、トカゲが火を吹いた。 ――後衛の分散は、この火を警戒してのものだ。指向性のある火は、ネズミを取り囲んだリベリスタたちを狙いながら、ネズミの毛一本燃やすことはない。 「やっぱそう来たか……!」 範囲攻撃を警戒したまま、アンナが体内魔力の循環を強化させた。 ノエルが、全身に漲らせた闘気を爆発させてConvictioに乗せ、裂帛の気合とともにネズミに叩きつけた。 「元はただの動物だったのでしょうかね。とはいえ、世界の異物となった以上加減はしません」 「今のは痛かったでチューー!」 構えを取ったネズミ型エリューションの全身から電撃が迸る。 ネズミつながりでそっちに逃げやがったなコノヤロウとか、て言うか日本語喋らなかったか今とか、そんなリベリスタ達のとりとめのない内心とは無関係に、その被害は甚大だった。 ジャスティスキャノンで怒らせたとしても、対象を自分ひとりに絞れないということにアンナは舌打ちする。 この分では、仲間たちの回復で手一杯になりそうだ。 「電気を放つのならば電気を通さぬ土に弱い筈……」 「えっそうなの?」 葛葉が掌打を叩きこみながら呟いた一言に、今度は普通に業炎撃を放った凪沙が反応する。 「まあ……なんとなく、だな」 若干歯切れ悪く答える葛葉。そもそも土砕掌に土属性がついているのかと考えると、難しいものがある。せいぜい、かくと……いやそれは置いといて。 トカゲに、影継の銃弾が撃ち込まれる。一瞬顔を痛みにしかめるも、それで終わる――と思われた瞬間、そこを起点に雷撃がトカゲの体を這いまわる。銃に仕込まれた雷撃のシードが作用したのだ。 何が起こったのかようやく理解したらしいトカゲが、影継を睨む。 「鼠は任せるぜ。あまり長引くと、2人で倒しちまうからな」 サルダート・ラドーニを構えて防御姿勢を取るウラジミールの横でリボルバーの弾を装填しなおす影継が、ネズミを狙うリベリスタに向かってにやりと唇の端を上げてみせる。 その二人の背後から、リベリスタだけを綺麗に避ける雷撃――七花のチェインライトニングが放たれた。 トカゲは自分の足を止める二人に苛立ちを隠さず――しかし、さほど遠くない対ネズミ陣営に向けて火を吐き散らした。ウラジミールがその口にКАРАТЕЛЬをねじ込もうとするが、火を見てからでは取り回しが間に合わない。迸る炎はネズミを中心に攻撃を行なっていた3人――凪沙に葛葉、ノエルを襲った。 「ぐっ……」 唸った葛葉の怪我の深さに、アンナが急いで高位存在の力の一端を具現化させ、癒しの息吹として戦場に吹き行かせる。その回復力には眼を見張るものがあり――まさにネズミが目を瞠る。 気を取られたネズミに、ノエルの銀槍が裂帛の気合とともに突き入れられた。 ● 「火を吐くトカゲは、人影の無い方にってな!!」 少しおどけた影継の声が部下の耳に聞こえ、六月の視界の中では、トカゲ型エリューションを出来るだけ引き離すべくチェーンソウ剣を振るい吹き飛ばす彼の姿が見える。トカゲの短い爪と牙では、もう影継とウラジミール以外のリベリスタを狙えないだろう。 「少々痺れたが問題ない」 公園内ではネズミ型エリューションの電撃が何度も戦場を舐めているが、部下に聞こえるウラジミールの泰然とした言葉には揺らぎが無い。 「そこで見てるフィクサード! こういう実験よりも他の使い道ってない? 例えばたくさんの剣を刺したベースとかさ! そっちの方が楽しいよ! ……多分」 凪沙の挨拶? が部下の耳にだけ届く。 「おおお、あんりみてっぐあっ!」 六月にはさっぱり意味がわからなかったが、取り合えず叫びながら枝の上でガタっと立ち上がった部下の後頭部にかかとを叩き込んで大人しくさせる。 ――そんな事をしている間についに戦況が決定的に動いた。 ネズミ型エリューションが倒れ付したのだ。 ● 「とーかーげー!」 一匹きりになってもエリューションは闘志を捨てない。それは命令ゆえか、あるいは元もとの性質か。 ――それを知るのは監視中のフィクサードだけだろうが、リベリスタには現状、それを聞くすべはない。 だが、振るわれた鋭い鉤爪はコンバットナイフによってがきりと受け止められる。 噛み合い、重厚な音を鳴らしたその銘はКАРАТЕЛЬ。 「未だ終わってはおらぬよ。戦いはこれからだ」 敵の一方が倒れようとも、ウラジミールの態度に油断は無いのだ。 「済まん、待たせた。反撃と行こうか」 その隣に立った葛葉がクローを胸の前で交差させ、改めてトカゲ型エリューションに相対する。 彼の拳に宿る冷気、そして魔氷。 「有効であるか否かはさておいて、これが俺にとっての全力だ。我が拳、浴びられよ!」 高温の炎にて溶かされようとも、寧ろ水と化したそれで焔を鎮火せんとばかりに氷の拳を叩き込まれ、仰け反るトカゲを凪沙の目が冷静に分析している。 「テメェの運命、ここでエンドだ! 派手にあの世へ送ってやるぜ!」 そして影継が一気に踏み込む。 首のきょろきょろと動くトカゲの視界、その死角を突くのは難しいと判断した彼の、ならばいっそと真っ向からの踏み込み。チェーンソー剣とリボルバーの銃弾による破滅的な破壊力の一撃を受けて、声にならぬ悲鳴を上げたトカゲは仰け反る。 七花の放った魔弾、アンナの輝く十字がその硬い鱗を更に痛めつける。 「と……かか、げー……」 よろめいて、それでも生き汚く直撃を避けてあくまで戦いを続けようとするエリューションの前に、無骨な騎士やりの切っ先が向けられる。 「さようなら」 その槍の銘の意味は『貫くもの』。 振るわれたその一撃は、その銘の正しさをこれ以上なく明確に証明して見せた。 ● リベリスタたちの目の前で、エリューションたちはその死体を晒していた。 「何か分かるかもしれないし、何か見つかったら、帰ってからアークに報告しようと思ったんだけど」 アーティファクトによる支配はテレパス的なものだったようで、痕跡らしいものはなかったと、凪沙は肩を竦める。もしも獣王球なんて持って帰れた日には、ゲットだぜ! とか言ってみたかったらしい。 「フィクサードには手を出さない、つーか出せないよね……。 でもどうせこっちを見てるんだろ? 手ぇ振ったる。鼠を噛み殺す虎となるがおーって、うおお!?」 今からどれだけ急行しても逃げ出すのには追いつけまいと、明奈は山に向かって手を振った。 その頭上を飛び越えて、アンナの撃った十字の光――ジャスティスキャノンが飛んでいく。 届くことのないその光は、20mそこらの距離で、昼の花火のように霧散した。 「明奈には当てないわよ。別に届かせる積もりはないけどね。次やったら承知しないぞって事。 ……全くもう。折角なら直接来なさいよね」 「そうだよな、次は一般人巻き込まず直接アークに手紙寄越せよ! 対応するの大変なんだぞ!? 出来れば事件起こさないのが一番だけど……まあ、向こうも色々あるんだろうしね」 アンナの怒りに便乗して、明奈も吠える。 「フィクサードは……次に会った時は、覚悟して頂きます」 柔らかく首を振ったノエルもまた、『世界の敵』を増やすという所業が許せないようである。 公園に大きな被害がないことを確認して、七花は胸をなでおろした。 この分なら、アークに連絡するのはエリューションの死体回収だけで済みそうだ。 そこまで考えてふと周囲を見回し、あれ、と声を上げた。 「あれ? そう言えばヴォロシロフさんは?」 ウラジミールは一人、六月とその部下のいたと思しき地点に足を向けていた。 万華鏡による感知を算段に入れていた彼らが痕跡を残す可能性は低いだろうが、万が一と言う事もある。 回収するに足る何かがある可能性。それを求めて、周囲を探る。 「……! ……これは」 そして発見したのは一枚の紙片。 丁寧に折り畳まれたそれは真新しく、明らかに直近に置かれた物。 軍人は慎重な手つきで開き、内容を検めた。 『クロストンちゃんへ。今度夕飯一緒しないー? 俺おごっちゃうYO!>< 連絡待ってます ミ☆』 そして個人情報(※メアド)と写真資料(※プリクラ)。 六月ではなく、部下のそれなのは確実だろうが――しかし、筆跡と合わせて相当な戦果である。 「…………」 だが何故かロシヤーネの顔に笑みは浮かばなかった。 寧ろその目には六月の――あるいは自分たちを送り出した時のフォーチュナのそれと、似たような光が宿っていた、そんな気がした。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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