●雨の季節とビニール傘 雨が降っていた。強い雨だ。風に吹かれ、窓ガラスを叩く、そんな雨。 窓の外に目を向けると、壊れたビニール傘が飛んでいくところだった。 何本目だろう、と彼は思う。ここ数日ですっかり見なれた光景になった。使い捨てのビニール傘が、壊れ、風に吹かれていく様子。木に引っ掛かったり、川に落ちたり、道の端に打ち捨てられたりしてビニール傘。コンビニや百円均一などで売られている、安物だろう。 そんなビニール傘を見る度に、やるせない思いが募っていく。 間に合わせ、取替可能、用が済んだら捨てられるだけ……。 壊れてしまえば、もう用無し。 そこまで考えた所で、彼は思う。 それは自分も一緒なのではないか、と……。 彼が仕事を辞めたのは、1か月ほど前のことだ。残業と休日出勤を繰り返し、身体を壊して病気になって、働けなくなったので、仕事を辞めた。リストラではないものの、働けない人間に払う給料は惜しい、などと嫌味を言われ続け、追い出されたようなものだった。 彼の抜けた穴は、今頃誰か、新しい社員が埋めているのだろう。 そう思うと、ため息が出る。 用が無くなったら、壊れてしまったら、後はもう捨てるだけ。 こんな人生、まっぴらごめんだ。 なんて、考えて彼は布団にもぐり込む。壊れた身体はまだ治りきっていないのだ。 布団に包まれていると、すぐに眠気が襲ってきた。彼は目を閉じ、意識を手放す。 彼が眠りに付いた、その暫く後……。 彼の部屋から、雨合羽を着た男が出ていった。その顔は、血の気が通っていないのではないかというくらいに青い、彼の顔。しかし、当の本人はいびきをかいて眠っている。 つまりこれは、彼の想いがエリューション化したE・フォースだ。 そんな雨合羽を着た彼の前に、1匹の蝙蝠が現れた。ビニールの翼と鉄製の足、傘で出来た身体を持つ蝙蝠だ。E・ゴーレムと言うやつである。 使いつぶされ、捨てられたもの同士、気があったのだろうか。 雨合羽の彼は、ビニール傘の蝙蝠の背に乗って、土砂降りの中、飛び立っていった。 ●雨の日は……。 「極力外出を控えましょう……。とも、言ってられない状況になってる」 と、ビニール傘を手にして『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が呟いた。 「捨てられたもの同士、気が合うのかE・フォース(青年)とE・ゴーレム(蝙蝠傘)は土砂降りの雨の中を飛び回って、外にいる人たちから雨具を奪って回っている」 それだけなら、いたずらで済むレベルなんだけど……。 と、イヴの顔色は優れない。 「彼らの持つ能力と行動が問題。人を襲って、その血を吸ったり、毒状態にしたりして、しかもそのまま雨の中に放置していく」 このままだと、いつ死人が出てもおかしくない、とイヴは言う。 「フェーズは2。放置しておくわけにはいかないし、討伐してきて」 そう言って、窓の外を指さした。台風かと見紛う程の強風と大雨だ。その中に出ていかねばならぬのかと思うと、リベリスタ達は大きくため息を吐いた。 「遭遇場所は、河川敷。川の水位が上昇しているし、流れも速いから気を付けて。こんな日にそんな場所に近寄る人もそういないと思うけど、0じゃないから、そっちも注意」 行ってらっしゃい、とイヴは言う。 雨が降りやむ気配は、全く無かった……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月05日(木)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●雨の季節 記録的豪雨、なんてニュースで騒がれている。 叩きつけるような雨、多くの人は自宅で雨が止むのを待っている。正直一秒でも外にいたくないレベルの大雨だ。しかし、そんな状態でも、外に出かけなければならない人というものは存在する。 この日、病院は大混乱であった。大雨と暴風雨での怪我人に加え、貧血の症状や衰弱状態で運ばれてくる者が後を絶たなかったから。 原因不明の患者たち。共通しているのは、身体の一部に小さな穴が空いていて、そこから血が吸い取られている、ということ。 うわ言のように彼らは言う。 「傘と……雨合羽の男にやられた」 と……。 合羽とゴーグルで武装して一団が、雨の中を進む。 「大雨とか台風とか、なんとなくワクワクするのはなんででしょうね」 ポツリとそう漏らして、雪白 桐(BNE000185)は鷹のように鋭い視線で辺りを見まわす。 「落ちたら洒落にならんな、色んな意味で」 気を付けなければならんなぁ、と『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)は増水した川を見ながら言う。川の水は今にも溢れそうなまでに増えていた。 「橋は、少し遠いな。ああいう場所の下に誘い込めれば、助かるんだが」 こればかりはその時次第か、なんて『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)が唸る。雨と風で不自由な視界を補うため、熱感知のスキルを活性化させている。近くに一般人がいないかも、注意しながら進む。 「雨、止みませんね」 懐中電灯を手にアルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)は言う。銀の髪が、雨で額に張り付いていた。 雨の中、今回のターゲットである傘と青年の姿を探して進む。橋を通り過ぎ、暫くした頃、異変は起きた。始めに気付いたのは戦闘付近を歩いていた雪白だった。「あれ!」と、空を指さして声を上げる。 暴風雨が吹き荒れる中、ビニール傘が飛ばされているのが見える。複数のビニール袋が、ひと固まりに集まって、こちらに飛ばされてくるのが見てとれる。 否、それはただの傘ではなかった。傘が集まり、蝙蝠のような形をとったE・ゴーレム(蝙蝠傘)だ。その背に、雨合羽を纏った男の姿が見える。 傘の翼を広げ、蝙蝠が迫る。目指す標的は黄色い雨具を纏う『戦士』水無瀬・卦恋(BNE003740)のようだ。 「働けなくなってしまった男性と捨てられた傘、ですか……」 なんともネガティブな感情の集まりですね……と、水無瀬は呟き、歩道から河川敷へと滑り下りていった。リベリスタ達の真上を通過し、蝙蝠傘は水無瀬を追っていく。 「心を持つって辛いことだね……」 スローインダガ―を握って傘を追うのは『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)である。可能ならこのまま傘を橋の下まで誘導するつもりだったが、なかなかに難しそうだ。 傘の飛行速度は、それほど素早い。 傘は男を乗せたまま宙に舞い上がり、急旋回。翼を広げ、水無瀬と柚木を見降ろし、狙いを付ける。そんな傘の翼に、突如として無数の穴が空いた。刃物で切られたような鋭い切り口だ。バランスを崩し、風に巻かれて傘が落ちてくる。 「雨に降られて心が折れて。傘の骨も折れ骨折り損、と」 両手を広げ空に向け『働きたくない』日暮 小路(BNE003778)がそう言った。傘の翼を切り裂いたのは、彼女の放った不可視の刃だったようだ。 落下してくる傘の真下に『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が回りこむ。しゃれたデザインのレインコートを纏い、拡声器を手にしている。 「あんたのおかげで妾がこんな場所で濡れ鼠だ……」 やれやれとため息をついて、拡声器を持ち上げた。 ●傘と男……。 『そこの雨男とゴミ蝙蝠! 傘などもう古い雨具だ。今の時代、お洒落なレインコートに決まっている! 使い捨てられることもないしな!』 拡声器を通した馬鹿でかいシェリーの声が、大雨の河川敷に響き渡る。落下途中で体勢を立てなおした蝙蝠傘と青年は、シェリーに視線を向けた。破れた翼は、別の部分の傘と入れ替えることで補修したらしい。 不敵な笑みで、シェリーは自身の雨合羽を見せ付ける。傘の背に乗った男の方は無表情のままだったが、蝙蝠傘は標的をシェリーに変えてそちらにむかって急降下する。 シェリーは急いで方向転換し、壁際まで下がった。本来なら橋の下まで移動したかったが、そこまで引きつけるのは時間がかかりそうだった。川に落下することを警戒し、陸地を背に戦う予定だ。 「蝙蝠傘の方を優先で叩きます」 水無瀬がそう言って、蝙蝠傘を囲むように移動。柚木、神城、雪白も同じように展開した。 無気力な顔で、男がリベリスタたちを見渡す。 「まずは傘を落とさないことにはな」 式符で作った鴉を飛ばす岩境。そんな彼の隣で、日暮も同様に真空の刃を投げつけ、傘に攻撃を加えていく。 傘が集まって形作られた巨体が、鬱陶しそうにそれらを回避していく。 「落ちろ……」 雨具を手放した柚木が、全身から無数の気糸を伸ばし傘を捕らえにかかる。避ける間もなく捕らわれた蝙蝠傘が、地面へと引き落とされる。 「一気に決めます!」 「傘を使い捨てにする人間にも問題があるのかもしれませんが……とはいえ、エリューション化してしまっているのなら話は別です」 刀に雷を纏わせた雪白と水無瀬が落下する傘に駆け寄って、斬りつけた。激しい音が鳴り響き、辺りが一瞬、白く染まる。 紫電に包まれた蝙蝠傘が地面に転がった。ビニール傘の溶けた、鼻をつく臭いが辺りに漂う。しかし、それもすぐに雨に流され、消えていった。 蝙蝠傘は、逃亡を図るつもりだろうか。一際強く風が吹いた瞬間、その風に乗って宙に舞い上がる。ダメージが大きいのか、多少ふらついているものの、すぐに戦線を離脱してしまうだろう。 しかし……。 「キッチリと片付けてカッコイイ所を見せてやるぜ」 壁を蹴って宙に跳ねた神城が、擦れ違いざまに刀で切りつけた。高速の斬撃を、何度も何度も叩き込んでいく。一閃、二閃と刀が煌めく。 「こういう環境の逆境ってのも燃える要因の1つだな!」 落下しつつ、突き出される傘を裁きながら神城が吠える。 片方の翼を切り落とされ、蝙蝠傘は再び地面に落ちていく。その最中、傘の背に乗った男が神城に向かって何事かを囁いた。 次の瞬間、神城の顔色は一気に青ざめる。どんよりと生気のない顔で地面に降り立つと、そのまま動かなくなってしまった。そんな神城に向けて、蝙蝠傘が、骨を突き出す。骨は神城の胴に突き刺さって、その身体から血を吸い取る。透明なビニール傘が深紅に染まった。 「誰か、助けに!」 アルフォンソが、光弾を放る。蝙蝠傘の眼前で弾け、閃光を放つ。視界を塞がれた蝙蝠傘は骨を引きもどし、後退した。 その隙に、神城の身体を柚木が回収する。生気のない顔をしているのは、青年による攻撃を受けたからだろう。 「回復を最優先だ。こっちへ」 岩境が叫んだ。柚木は、神城を背負って岩境の元へと移動する。2人を守るように、日暮が前へ。道路標識を構え、眠たそうな眼を傘に向けた。 蝙蝠傘が、宙へ舞い上がる。追い打ちをかけようとした雪白と水無瀬だったが失敗に終わる。アルフォンソのチェイスカッターも、回避されてしまった。 「退いて!」 叫んだのはシェリーだった。いつの間にか、彼女は体の正面に紫電を集めていた。 「空を飛ぶ鉄塊を落とすのに、雷ほど便利なものはない」 上空を舞う蝙蝠傘に狙いを付けるシェリー。蝙蝠傘の逃亡を阻むため、アルフォンソと日暮による真空の刃が宙を飛び交う。 「彼らは気付くべきでした、働くとはどういうことか。働いた先になにがあるか、気付いた時には手遅れ」 使い捨てられた男と傘に向かって、日暮は言う。彼女の信念『働かない』を伝えるために。 「time to make the sacrifice」 その一言と共に、雷が放たれた。闇の中、閃光を撒き散らし、降りしきる雨粒を蒸発させながら雷が宙を奔る。蝙蝠傘に直撃する直前、その背から青年が飛び降りた。 閃光、轟音、地面が揺れ、辺りに焦げくさい匂いとビニールの溶ける臭いが漂う。蝙蝠傘は、炎に包まれ、空中でもだえ狂っている。 最後に、大きく翼を広げたかと思うと複数の傘を地面へむけて打ち出した。弾丸のような勢いで、傘が降り注ぐ。 炎の中で、蝙蝠傘が溶けて崩れた……。 「きゃぁ!」 雪白と水無瀬が悲鳴を上げてその場から跳び退った。降り注いだ傘の雨が、2人の身体を気づ付けながら、地面に突き刺さる。最後に蝙蝠傘の放った苦し紛れの攻撃だ。 「く!」 剣で傘を弾く雪白。だが傘の数が多く、完全には防ぎきることは出来ないでいる。 「男はっ!?」 落ちてくる傘を、長刀で斬り落としながら水無瀬は叫ぶ。 傘の背から飛び降りた男の姿を探しているのだ。雨の中、刀が一閃する度に、飛沫が飛び、傘が切れる。自身の負う怪我を最小限に抑えながらも、水無瀬は視線を巡らせる。 そんな彼女の背後に、いつの間に雨合羽を纏った男が立っていた。雨に紛れ、傘が降り注ぐ中音を消し、近づいていたのだ。その存在に気付き、アルフォンソが声を上げるも、雨に阻まれ届かない。 『君も、もう立ち直れない……』 耳元で男が囁く。水無瀬の身体を、激痛と共に冷たい衝撃が貫いた。それは今まで体験した、思い出したくない出来事の記憶。それら全てを強制的に思い出してしまった水無瀬は、顔色を失ってその場に膝を突いた。 続いて男は、雪白に手を向ける。 『よくないことっていうのは重なるんだ……』 虚ろな眼で、男は言う。それを聞いた途端、雪白の頭の中に「どうでもいい」という想いが生まれた。瞬間的に、剣を握る手を下ろしそうになったが、頭を振ってその想いを振り払った。 「私達にはやらないといけないことがあります。無気力になんてなっている暇はありません」 力強い目で、男を睨みかえす雪白。荒い息を吐きながら、必死で自我を保つ。そんな彼女を、男はつまらなそうな顔で眺めていた。 「男の割にウダウダと湿っぽいやつだ」 再び、雷を放つシェリー。男は、やる気のない顔からは考えられないような速度でそれを回避する。雨合羽を風になびかせ、雪白に迫る。 慌てて剣を構える雪白だが、雨で手を滑らせ取り落としてしまった。男の攻撃により、運が悪くなっていたようだ。 「あなたは道具じゃないよ」 男の進路を阻んだのは、1本のスローインダガーであった。柚木の放ったものである。その隙にと、雪白は水無瀬に肩を貸して後ろへ下がる。 『……』 男の視線が、柚木に注がれた。 「役に立てなくなった自分に失望したのは、誰よりも貴方自身。貴方が感じている痛みは、いつか貴方が生きる希望に代わるもの」 飛んできたスローインダガーを、男は叩き落す。 「もう一度輝きたいというその想いがあるのなら、貴方はまだ大丈夫」 すっ、と男の腕が伸ばされた。そこで男は気付く。いつの間にか、自分の身体に何本もの気糸が絡まっていることに。動きを阻害された男は、忌々しげに気糸をむしり取っていく。体が切れ、血が流れることも気にしない。 そんな男目がけ、背後から「止まれ」と書かれた標識が叩きつけられる。 『……ぐっ』 呻く男。視線を背後にやると、そこに居たのは、小さな少女。日暮である。 「あんたは働くことに疲れて使い捨ての人生に疑問を持ったですね。ですが、そんなの当たり前。働く以上は自分を使い、消費し、使い捨てることになるのが当然なのです」 なにが言いたいのだと、男は眼を見開いて日暮を見つめている。雨の音と、風の音、荒れて渦巻く川の音、それから空で轟く雷鳴の音。 とても静かとは言い難い河川敷で、不思議と日暮の声は耳に届く。 「だからあんたは働いた時点で既にもう、終わっているのです! あたしは働かない! 絶対に働きたくない! その覚悟がないからあんたは彷徨うのです! あんたは一度無に返します! だからそこから再び、働くか働かないかはあんたが決めればいーんです! あたしは働かない! 絶対に!」 雨を跳ねのけるような大声で、日暮が叫んだ。それと同時に、閃光が走り辺りに強い光が満ちた。視界が白く染まる。 眼が眩むほどの大閃光。それを放ったのは、後方で様子を窺っていたアルフォンソであった……。 「さて、治療完了だ。気分はどうだ」 「良好。手間かけたな。少し体が痺れているが、ま、なんとかなるだろ?」 ニヤリと笑って、神城が立ち上がる。岩境は「そうか」と呟くと、近くに刺さっていた傘を引き抜いた。先ほど、蝙蝠傘が降らせた傘の雨のうちの1本だ。 「さてと、頼むぜ」 「えぇ」 岩境の合図に従って、アルフォンソが光弾を放った。 「まぶ……しい」 「何事です?」 どんよりとした眼の水無瀬と、彼女に肩を貸して戦線から離れる雪白がそう呟く。眼を細め、強い光の周囲の様子を窺おうとする。 「岩境……おぬし」 強い光の中を歩む岩境の姿を確認し、シェリーがその名を呼んだ。岩境の手には、ボロボロのビニール傘が1本だけ握られている。 両腕で眼を庇う男の前に、誰かが立った。男は慌てて後ろに下がろうとするが、柚木の気糸で縫いとめられていて、それも叶わない。 「この壊れた傘は無価値だと、お前も思うか」 男の眼前に、岩境が突き出したのは1本のビニール傘だ。元々壊れていた物だったのだが、今や傘の部分はほとんど残っていない。曲がり、焦げ、折れている。 「それとも気の合う仲間だと思うか」 男は、そっと岩境から傘を受け取った。 「大事なら、どんなに壊れていようがこいつには価値がある。無論、お前さんも」 虚ろな視線が、岩境へ向けられた。男の動向を、皆が見守る。 「この傘持ってけ。がんばったなって、労ってやってくれ」 お前さんも、ちょっと休憩しな。 『…………僕は、無価値じゃないんですね?』 岩境のその言葉が合図だったかのように、男は雨に溶けて消えていった。少しずつ、その姿は薄くなっていく。 雨合羽に包まれた男の顔が見える。虚ろな眼には、ほんの少しの光が戻り、さっきまでゆるく閉じられていた唇は、わずかばかりの笑みの形になっている。 小さく、男が頭を下げた。そして、まるで初めからなにもなかったように消える。 ボロボロのビニール傘も一緒に、どこかへ姿を消した。 ●それでも雨は降り続ける……。 「きっちり神城の底力を発揮して終わらせる筈だったんだがな」 何かあった場合、男にトドメを刺す役目を担っていた神城が、そう言って刀を鞘に仕舞う。 ついさっきまで男のいた場所に目をやって、日暮はつまらなそうに鼻を鳴らした。 「働かない意思という洗礼は、しっかり彼にみせつけてやれたと思うのです」 これ以上雨に濡れるのが、嫌だったのだろう。日暮は橋の下に向かって歩いていく。その後に、アルフォンソとシェリーも続いた。シェリーが雨に濡れた髪を掻き上げる。 「今はゆっくり休みなさい。体を大切にね」 誰もいない虚空にむかって柚木が呟く。その声が男に届くことはない。しかし、言わずにはいられなかったのだ。 「ただ他を恨むだけ、なんて楽ですが意味はありませんしね」 よかった、と雪白が溜め息を吐いた。 そんな雪白に、水無瀬は頷いて見せる。 結局のところ、男が求めていたのは自分の存在価値、その証明だった。捨てられ、役立たずの烙印を押された傘と男は、互いに手を取り、答えを探した。 無価値じゃない、と一番欲しかった言葉を貰い、男は消え去ったのだ。 戦場から去っていく仲間たちを見送って、岩境は空を見上げた。 「しかしこの雨、いつ止むのかねぇ」 その声は、雨に掻き消され誰にも届かない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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