●梅雨の季節 6月の雨は、その町ではもう3日も降り続いていた。 雨の中、1人の女性が憂鬱な足取りでバス停へ向かう道を歩いている。 彼女は雨が嫌いだった。 雨の日に死んだ自分の娘を思い出すから。 彼女の目前で、雨で滑った車の下敷きになった娘を、思い出してしまうから。 傘を手に迎えに行った母親を見て、笑顔を浮かべて……その直後に娘は轢かれたのだった。 一年が経ったが、そんな短い時間で忘れることなどできはしない。 バス停には先客がいた。 彼女の娘と同じ年頃だろうか。傘もささずに立っている少女。 いや、違う。 「……あ、お母さん! やっと来てくれたんだ!」 「……久美……?」 それは確かに彼女の娘だった。 どうやら笑顔を浮かべているらしいが、ひしゃげたその顔ではよくわからない。 「あのね、優しいおじさんが、寂しいならお母さんに代わってもらえばいいよって教えてくれたの。ね、ちょっとだけだから、久美の代わりにあっちに行ってくれるよね?」 生きていたときと変わらない無邪気な声。 けれども、久美が告げる言葉の意味はおそらく、死ねということなのだ。 ちょっとの間では済まないのだということなど幼い久美にはわからないのだろう。 少女は母親の手を引く。 彼女はそれで娘の気がすむならばと一瞬考え、そして、殺意から逃れる機を逸した。 雨が強くなってきた。まるで意思を持っているかのように、母親を飲み込む。 そして、バス停には誰もいなくなった。 ●ブリーフィング アークのブリーフィングルームで待っていたのは、わずかに眉をしかめた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)だった。 「エリューション・アンデッドが現れる」 端的な言葉でイヴは告げ、万華鏡が予測した事件をリベリスタたちに告げる。 志村久美という名前の少女はまだ10にも満たない少女だったという。生前の画像を見れば、15歳にしては幼く見えるイヴより、さらに年下なのがはっきりわかる。 もっとも、死因が交通事故だったこともあり、アンデッドと化したその姿はかなり凄惨だ。 呪力のこもった水を操る能力を身につけている。 漆黒の水溜りを広げて、全体に対して攻撃をしてくる。攻撃を受けた者は不運に取り付かれた挙句、動きを呪縛されてしまうのだ。 弱点めがけて水滴を飛ばしてくることもある。体内に浸透した水滴は目標を麻痺させる。 また、雨滴を舞い躍らせて、猛毒をもたらす強力な攻撃をしてくることもある。ただ、この攻撃は強力な分エリューション自身にも制御できないようだが。 「アンデッドはエリューション・フォースを従えてる。降り注ぐ雨がエリューション化してるの」 フォースは滝のように降り注いで複数に対して攻撃することができる。水に飲み込まれた者は吹き飛ばされた挙句、虚脱状態に陥って精神力にもダメージを受ける。 水の塊といった姿の分身を一度に数体、生み出すこともできる。分身は能力的にはけして弱くはないが、体力は高くなく、攻撃に特別な効果もない。 「それと、今回は時間制限がある。急げば久美さんのお母さんが来るまでに現場に行けるけど、敵を倒すのに時間がかかると巻き込んじゃう」 もっとも、アークは正義の組織ではない。母親を巻き込んで、仮に死んだとしてもそれが問題になるようなことはない。問題になるのは、あくまでリベリスタたちの心情だけである。 「アンデッドは、母親に『代わりに行って』もらおうと思ってる。……もちろん、そんなことはできない。単に死体が2つに増えるだけ」 イヴの表情がわずかに変わる。 「できればでいいけど、お母さんに見られないうちに片付けてあげて」 お願いね、とイヴは言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月08日(日)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●雨の降る日に 静かな雨音が響く街角を、リベリスタたちが移動していた。 長身の女性が、赤い瞳を天に向けて薄笑いを浮かべる。 黒髪に雫が染み込み、その艶を増す。華奢な体躯を包む装束には雨が染み込んでいたが、『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)はまるで気に留める様子もない。 「雨は嫌いだな……」 呟いたのは、『蒼焔』冬崎・煉華(BNE003813)だった。 (それだけでも憂鬱な気分になるのに……アンデットか。小さな子供ですらなっちまうんだからなぁ) 名前と中性的な容姿のせいで女性に間違えられることもしばしばだが、れっきとした男性である。 カッパを着込んで、雪待辜月(BNE003382)も空を仰いだ。 「僕は、雨の日はなんだか落ち着きますね。雨の音、雨の匂いとか、しんみりした静けさが好きです」 結界を展開した少年は、どこかぼうっとした調子で呟いた。 もちろん、アンデッドを放置できないという点については少年も異論はないが。 「雨の日の事故か。よくある話だけど、いたたまれないな」 アクセス・ファンタズムでもある銀色をした十字架を握ったシスターは、『アリアドネの銀弾』不動峰杏樹(BNE000062)だった。 あの少女は、1年も一人ぼっちで寂しかったんだろう。 しかし、彼女をこれ以上こちらに留めてはおくわけにはいかない。 「こっちにしても、ずっと一人ぼっちだ。安らかに眠らせてあげよう」 『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)もうなづく。 「久美さんも親御さんも、どちらが悪い事をしたわけでもありません。敢えて救い無く言うとすれば、運が悪かったとしか。或いは事故の加害者ですとか」 付け爪の形をしたアクセス・ファンタズムから、両腕に武器を装着する。 「しかしそれは、消えない悲しみに付け込むような行為まで受ける謂れにはなり得ません」 彼女の言葉を聞き、『陰陽狂』宵咲瑠琵(BNE000129)は過去の報告書を思い起こしていた。 「優しいおじさん――死神を名乗る黒い布の男達、か」 過去に起こったいくつかの事件においても、エリューション・アンデッドに接触している者がいたらしい。 今回の事件のアンデッドも、万華鏡の予測では『優しいおじさん』に教わったと告げていた。 一見すると幼女にしか見えない瑠琵だが、実際には永きにわたる時をこの姿のまま過ごしている。 そんな彼女は、冷静に事件のことを分析していた。 「どの事件もE・アンデッドに生者を襲わせようとしてるのじゃ。E・アンデッドとして革醒したのも偶然では無いかも知れぬ」 万華鏡の予測にはなかったが、周辺にいるならば話を聞いてみたいところではあった。 事件の現場であるバス停に、リベリスタたちはたどり着く。 真名だけは仲間から離れて別の場所に向かっていたが。 「懐かしいな。初陣の気持ちというのは」 愛用の二丁拳銃をそっと撫でながら、『銃撃』鳴滝・樹(BNE003047)は小さく微笑む。 彼女は銃の腕を磨き続けた結果として最近リベリスタとなった。今回は、革醒し、フェイトを得てから初めての実戦ということになる。 「皆、頼む。少しでも足を引っ張らないようにするつもりだ」 表情を引き締め、彼女は仲間たちに告げる。 「大丈夫ですよ。私が皆さんを補助しますから、安心して戦ってください」 辜月が微笑んだ。 「ああ、頼むぞ、雪待」 年下の可愛らしい少年だが、実力においては樹よりも上だ。ホーリーメイガスである彼と、一概に実力は比べられないだろうが。 バス停にたたずむ少女を見て、『Lost Ray』椎名影時(BNE003088)がほくそ笑む。 「嗚呼、母親ですか。ていうか僕は親自体が嫌いです。まあ、色々あったのでね」 瑠琵と違って実際に幼い少女である影時だが、精悍なその姿態は少年にも見える。 (でも、殺すまでには値しない。生んでくれた母親を、殺すだなんて) 奇妙な形をした2振りのナイフを影時が引き抜く。 「――堕ちたねぇ」 リベリスタたちがそれぞれに武器を構える。 少女が振り向く。 雨が、強くなった。 ●降り注ぐ雨 杏樹は十字架から取り出したボウガンを構える。 敬虔でありながら、同時に不敬でもある杏樹の愛用の武器だ。 「おばさんたち、怖い。どっかいっちゃえ!」 志村久美という名の少女が、リベリスタを見て血まみれの顔をしかめる。 言葉と共に水の弾丸も飛んできた。 事故の痕跡も痛々しい姿のアンデッドだが、迷うことはできない。集中力を高めると、その動きがまるでコマ送りのように見え始めた。 「あれが目標か」 二丁拳銃を引き抜き、樹が仲間たちを援護する。 「教えてやろう、銃撃を」 まるで意思を持っているかのように雨がうごめく。 いや、確かに意思を持っているのだ。集まった雨滴が分身と化して動き始める。 激しい雨にもひるまずに、仲間たちは攻撃を加える。 戦う仲間たちには辜月が小さな翼を付与している。 久美の足元から黒い水溜りが吹き上がってきて、リベリスタたちを飲み込む。地面からの攻撃とはいえ、飛んだからといって届かなくなることはないらしい。 翼がわずかに加速してくれるが、それでかわせる速度ではない。逃れたのは瑠琵だけだ。 ただ、影時だけは水を突き破って捕縛を無効化していた。水溜りの上を駆け抜けて久美に接近する。 辜月が輝きを放った。杏樹を含めて何人かが逃れる。 「なぁ、久美。お前、お母さんは好きか?」 「……? 当たり前だよ! なんでそんなこと、おばさんに言われなきゃいけないの」 杏樹は巨大なボウガンの引き金を放つ。 「でも、お前と入れ替わったら、お母さんはもう戻れなくなるんだ」 少女はよくわかっていないのだろう。折れた首をかしげる。 一直線に飛んだ矢が分身2体と少女をまとめて貫いた。 真名はその頃、バス停に向かう道を引き返していた。 血のように赤い彼女の瞳は、遠方を見通す能力を持っている。 その眼は確実に、こちらへ歩いてくる母親の姿を確認していた。 「私はどうでもいいんだけどねえ……」 雨の中にたたずむ美女の姿を見て、母親は一瞬それが現実とは認識できなかったようだった。 真名は道端の石ころを見るような死線を向ける。 「でも、邪魔されたら困るものね」 ただの人間でしかない母親に、真名の魔眼を防ぐ術はない。 赤い瞳が見据えると、彼女は呆然と立ちすくんだ。 「そのまま引き返しなさい。今日は出かけるのをやめてもらうわ」 頷いた母親を、酷薄な表情で見た。 背を向けた彼女を放って真名は戦場に戻ろうとする。が、いかなる気まぐれか、耳元に唇を寄せると、美しい声で真名はさらになにかを耳に吹き込む。 「……どうなるかしら? 暗示がどこまで聞いてるかわからないものね……」 袖口に一瞬手が隠れて、爪を装着した状態で再び姿を見せる。 そして、真名は今度こそ戦場へと駆け出した。 久美も雨も、エリューションはなかなか強力だった。簡単に倒れはしない。 だが、しぶといのはリベリスタたちも同じこと。 辜月はもう何度も、呪縛された仲間たちを解放していた。 カッパを着込んでいたが、気休め程度の効果しかない。やはりアーティファクトでないカッパでは、神秘の力を秘めた攻撃を防ぐのは難しいだろう。 なるべくギリギリ射程外になる位置を意識して、辜月は仲間たちを支援する。 「テレビゲームみたいに射程が表示されて、棒立ちで戦ってるなら、常に射程ギリギリを確保することもできるんでしょうけどね……」 とはいえ、意識しているおかげで他の者たちよりは攻撃を受ける頻度はいくらか少なかった。 特に前衛の仲間たちの負傷状況を辜月は見極める。 「降り注ぐ雨なんぞ、すべてかき消せばいいんだろ!」 煉華のクローが実体を持つ水を切り裂き、かるたが近距離から放つ砲撃が雨を吹き飛ばす。 もっとも、ヒット&アウェイを念頭においているせいか煉華の攻撃はなかなかクリーンヒットしなかったが。 「悲しいね、エリューション化して堕ちただなんて」 影時が両手のナイフで久美と切り結んでいた。 雨が強く降り注いできた。滝のように強烈な雨はリベリスタたちを飲み込む。 煉華の体が雨に押し流された。 「大丈夫ですか、煉華さん!」 「ああ、まだまだ……このくらいじゃ倒れないぜ!」 強気に応じるが、一瞬限界を超えたのを辜月は感じ取っていた。 「無理はしないでください!」 光輝くオーラを彼にまとわせて、鎧へと変化させる。いくらかなりと攻撃が防げるはずだった。 「1人は寂しいです。小さい子が親を求めてしまうのも仕方のないことです」 苛烈な攻撃を繰り返す少女に辜月は悲しい目を向ける。 「でも悲劇へと誘導する人は許せませんが、まずは目の前の事を……再び殺すことでしか止められないのが、悲しいです」 けれど、負けるわけにはいかないのだ。辜月は仲間たちの補助を続ける。 瑠琵は小鬼に自分を護らせていた。 符術によって生み出した小鬼のおかげもあって、エリューションの攻撃の直撃を避けられている。 「目が覚めたら優しいおじさんが目の前に居たのかぇ?」 北斗七星の意匠が刻まれた銃を構えたまま、瑠琵は問いかける。 「……なんでそんなこと教えなきゃいけないの?」 不機嫌な声。アンデッドと化しても、所詮は子供だ。感情的に拒絶されるばかりだった。 「その男の言葉は、すべて偽りじゃ。今は信じられんじゃろうがな……」 天に向けて引き金を引く。滝のような雨を凍れる雨が塗り替える。 雨の分身たちが一斉に凍結し、砕け散った。 ●弱まる雨 分身を倒しても、再び生み出されるだけなのはわかっている。 範囲攻撃には確実に巻き込んでいたが、あくまでまず狙うのはエリューション化した雨だ。戻ってきた真名もそれに加わった。 樹は両手に構えたオートマティックで視界に捕らえた敵を撃っていた。 「残念だが、『死ぬ』というのは一度きりのモノだ。そして、誰のモノでも無い。自分自身に与えられた最後のモノだ」 スーツに収まりきらない胸が、降り注ぐ雨滴を弾く。もちろん、弾ける雨に用はないが。 2丁拳銃とはいえ、樹が手にした銃は左右で異なる品だ。リベリスタとしては初陣でも銃器の扱いには慣れた彼女は、それらを使いこなしていた。 輪廻転生とやらがあるかどうかはわからないが、もしもそれがあるなら、子供だからこそ与えてやらなければならないだろう。 「寂しかっただろう? 痛かっただろう?だが、それもお前のモノだ。他人に与えて良いモノでは無いぞ」 それぞれの手に途切れない反動を感じながら樹は引き金を引き続ける。 「安心しろ。きっと母親もお前の元に行くだろう。何時の日かわからないが、静かに、ただ、静かに眠れ」 「もう、邪魔しないでよ!」 上方から滝のような雨が、下方から漆黒の雨が襲いかかってくる。 かわしきれない。辜月の補助でどうにかしのいできたが、そろそろ限界のようだ。 だが、水流に飲み込まれる瞬間まで、樹は鋭い眼光を敵からそらさなかった。 かるたは真名と共に不定形の敵へ砲撃を加えていた。 何を考えているのか傍目にはよくわからない真名であったが、共に戦う仲間としては頼りになる。煉華も彼女もだいぶ楽になっていた。 徐々に雨の勢いも弱まっている。弱っているのだ。 ヴァンパイアの真名と煉華が敵を構成する水流を吸い上げる。 そこへかるたも両腕を向けた。 「二人を合わせなければ、余計に悲しみを呼び起こす事も、無用の被害も防げます。迅速に、確実に。優しさを被った悪意の形を、破壊します」 手にしているのは重機関砲と小型ミサイルランチャー。接近戦闘での取り回しを優先して命中精度を切り捨てるという、重火器としては明らかに間違った設計思想で作られた兵器だ。 砲口に闘気を変化させた電撃を集める。間違った兵器だが、零距離射撃からの威力は絶大だ。 「そろそろ消えてもらいましょう!」 雷鳴が踊る。着弾点から雨全体に電撃が走ったのだ。 激しい電撃は弱った雨を完全に蒸発させていた。 分身はまだ何体か残っていたが、もう増えることもない。 煉華は真名やかるたと共に久美に接近した。 「子供ねェ……死人が生き返るなんて、そんな都合の良い話、信じるなんて」 連続で繰り出す真名の爪が少女の体を切り裂く。 「母親を身代わりにしても久美はもう戻れないのじゃよ」 残った分身たちを、瑠琵の降らせた氷雨と杏樹の射撃が久美ごと撃破していく。 「さて、と……おじょうちゃんはあるべき場所へ帰ろうか」 煉華も暗黒の気を生み出す。 家族を失った煉華にとっては悲しい戦いではある。だが、これも仕事だ。 小さな子供のエリューションだが、実力は煉華よりも高いことはけっして忘れない。油断はしないし、容赦もしないつもりだった。 分身たちを巻き込むように放った漆黒の気は、久美にこそ当たらなかったものの弱った分身を一掃した。 もう、敵は増えない。 影時は戦闘が始まってから、しつこく久美にまとわりついていた。攻撃で麻痺させられることのない影時は、久美を足止めするのに適任だったといえるだろう。 力を失った雨が再び踊る。 エリューションの力が操っている。どこに向かうかわからない攻撃が最初に襲ったのは影時だった。 ただの水が弾丸のような硬度でもって襲いかかっていた。筋肉質だがまだ貧弱な少女の体に雨が浸透する。 「久美、久美、母親は殺しちゃいけない。思い出して、生きていた頃のことを!!」 倒れかけた一瞬、影時は叫んでいた。 数歩だけ前進した辜月の生み出す輝きが、影時の体を護る鎧と化す。 「私に出来るのは癒すこと、守られる分の働きはしてみせます」 さらに、瑠琵も前衛に出てきて癒しの符を彼女に貼り付けた。 両手のナイフを構えなおす。 見る影もない姿の敵だが、おそらく影時よりいくつか年下であることが見て取れる。 「久美、聞かせてよ。母親は君にとってどんな存在だったんだい? エリューション化して忘れているかな?」 「忘れるわけないじゃない!」 「話せるのなら、話してみてよ。きっと君の母親は素敵な親なんでしょう?」 語られる優しい母とのいくつかの思い出。ろくに会話する気のない敵が、影時の問いにだけは答えた。 それは、幼い少女にとって、母親が大切な存在だったことの証明なのだろう。 家族と絶縁した影時には無縁の感情だが、理解することはできる。 ナイフを交差させて、黒いオーラの塊を生み出す。 破滅的な黒いオーラが、語り終えた少女の頭部を粉砕する。 「……おかあ、さん……」 砕けた口が母親を呼んで、動かなくなった。 ●雨上がり 動かないアンデッドの少女を、辜月が静かに抱き上げた。 雨と血にまみれた体だが彼は気にしない。もっとも、気にしてもとうにカッパの中までずぶ濡れだったが。 「……どうか、安らかに眠って下さい……」 母親のぬくもりには比べられないだろうが、僅かなりとぬくもりを与えてやりたかった。 「向こうに着けば友達が居る筈じゃから寂しくないのじゃ」 瑠琵が倒れたアンデッドに声をかける。 やはりアンデッドとなった同じ年頃の少女と、彼女はかつて遭遇したことがあった。 同じく何者かにそそのかされた節のある彼女なら仲良くなれるかもしれない。 「最後に、何かお母さんに伝えたいことはあるか?」 「……寂しいから、お母さんも早く来てって」 杏樹の問いに答えて、アンデッドは今度こそ完全に動かなくなった。 真名の赤い瞳が周囲をねめつける。 「……誰もいないわね。とっくに帰ったか、それとも最初からここにはいなかったのか……」 少なくとも、千里眼で見える範囲に黒幕がいないことは間違いない。 「終わったか……とっとと帰ろう。やさしいおじさんだなんだかしらないが……覚えとけよ」 煉華が不機嫌に吐き捨てた。 母親を待つという杏樹と瑠琵を残して、リベリスタたちは引き上げていく。 杏樹は花を供えて母親を待っていた。 「なにか気になることでもあるのか?」 「うむ。とうに葬儀も終わっているはずの死体が、アンデッドとなったのは何故かと思うてな」 普通に考えれば火葬されていると考えられる。 もしかすると、アンデッドを作るために火葬させなかった可能性もあるかもしれない。 杏樹が残っているのは久美の言葉を伝えるためだ。 きっと、少女が天国に行けたと彼女は信じたかった。 その夜、母親がどんな夢を見たかは万華鏡にもわからない。 一瞬正気に返ったためか、あるいは単なる気まぐれか。 真名がかけた暗示は、母の幸せを願う娘の夢を見ること。 (所詮はただの夢、嘘の夢、嘘でも救われるなら、まぁ良いんじゃない?) 帰路につく真名は、すでに興味をなくしたかのような顔で、そう呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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