●決意、然れども儚く ――パティスリー『Traumland』。 店の規模は小さく、販売数も少なく、客も殆ど近所の人のみで、お世辞にも繁盛しているとは言えなかった。 それでも、その少ない客達の間では、美味しいケーキの店と、評判だった。 しかし数週間前、この店のオーナーパティシエールである女性が、交通事故で帰らぬ人となった。 遺品は当然の如く、家族が引き取る事となった。しかし調理器具の一部は、彼女の歳の離れた弟が強く所望するので、彼が引き取っていた。 この弟こそが、亡きパティシエールがその道を志した切欠であったのだ。 「……姉さん……」 甘いものが好きなこの少年は、体が弱かった。 そんな彼の為に、姉はケーキ等、お菓子を作ってはご馳走してくれた。 大きな苺で飾られた甘いショートケーキ。濃厚でしっとりしたガトーショコラ。香ばしく柔らかいチーズケーキ。 その全てが、絶品だと彼は喜んで食べた。その笑顔が見たかったのだと、姉も彼の食べっぷりに破顔した。 やがて姉は、より腕を磨くべく、パティシエールとなった。 それでも時折実家に戻ってきては、以前のようにケーキをご馳走してくれた。 だが、その姉はもういない。 (……決めたよ、姉さん) 亡き姉の愛用した、幾つかの調理器具を前に、少年は決意する。 「僕は姉さんと同じパティシエになる。身体だって頑張って鍛えて、ちゃんと働けるようになる。だから、僕が姉さんにして貰ったように、僕も、身近な人だけでも笑顔に出来るように……」 その道程は険しいだろう。しかし、少年の決意は固かった。 しかし――拓かれてゆく筈だったその道は、明日を待たずに潰えたのだった。 ●絶望、然れども希う 「皆さん、甘いものはお好きですか?」 そう、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が招集に応じたリベリスタ達に問い掛けた。 「もしそうなら、将来皆さんを笑顔にしてくれるかも知れない少年を、救ってきて頂きたいのです」 和泉のその言葉と同時にモニターに映し出されたのは、小学生程度の線の細い少年の姿。 彼――氷上麗志が、今回の救出対象だと言う。 「パティシエールである姉の死によって、自身も同じ道を志す決意をしたものの、その直後にE・ゴーレムと化した姉の遺品の包丁によって命を絶たれてしまうのです」 正確に言えば、姉の死と同時にこれ等の調理器具は革醒しており、決意の瞬間にフェーズ進行し凶行に走ったという事であるらしいのだが。 それにしても、何と言う皮肉であろうか。 「当日の夜は彼のご両親は外出しているようなのが、不幸中の幸いでしょうか。ですが、敵は包丁だけではありません」 モニターの映像が切り替わる。映し出されるは敵の姿。包丁と、後ふたつ。 粉ふるいと、泡立て器。 「他の調理器具含む遺品からは反応が無く、敵は氷上少年が引き取ったこの三体のみと見て良いでしょう。詳細は資料を配布しますので其方をご覧下さい」 問題は、敵よりも寧ろ麗志の方であろうか。護衛は勿論、姉の遺品を壊してしまうのだから。 彼は姉を敬愛していた。恐らくは、非常に高い確率で神秘による隠匿に抵抗してしまうだろうと和泉は言う。 それでも、放っておけば彼の道も、志も、命も失われる。それだけは、阻止しなければならない。 「救えるのは、皆さんだけです。宜しくお願い致します」 和泉が、ぺこりと頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月30日(土)23:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●危急存亡、然れども慌てず 「……急がないと、いけない」 『フラッシュ』ルーク・J・シューマッハ(BNE003542)の静かな、それでいて僅かに差し迫ったような色を帯びたその呟きが、今の状況を端的に表していた。 星と街頭の微かな灯りに照らされ静まり返った夜の住宅地。集まったリベリスタ達はその内の、一軒の家の前――氷上家で、鍵を探していた。 「古典ですが……植木やポストなどに隠されていないでしょうか」 『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)や『灰色の荒野を駆け抜ける風』霧里 びゃくや(BNE003667)がそれらしい場所を手当たり次第に捜索する。 その間、後者は謎の歌を歌っていた。 ♪ケーキ ケーキ私のケーキ 貴方のケーキ あま~いケーキ美味しいケーキ 食べたいな すぐ食べたいから今食べる~♪ 「んで? おやつはまだかい?」 「全部終わってからにしような」 振り向いたびゃくやちゃん、両手にフォーク甘美ならぬ完備。食べる気満々だ。淡々とツッコむ『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)。 (それはそうと、偶然なのか、彼の想いが引き寄せた不運か) 運命の女神は時に残酷。姉の無念が歪んだ運命を導いたか、或いは道具へ込められた想いが主の喪失で捻じ曲がって現れたか。 どちらにしても、その矛先が弟に向く等、皮肉が過ぎるというものだ。 (目覚めるならアーティファクトとして目覚めてくれればよかったのに) その傍ら、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)は鍵探しには加わらず、ゆっくりと、瞼を下ろす。 捜索するは鍵ではなく、麗志そのもの。強い決意の感情を、探り当てる。 ――決めたよ、姉さん―― 「……突入して二階、真正面の奥、辺りか」 感情の生まれ出づる場所を、零二は言い当てた。其処に、悲運の少年がいる。 一刻も早く鍵を探し出し、彼を助け出さなければ。大切な遺品、けれどその為に彼が死んでしまっては、誰も浮かばれないのだから。 「……見つかりませんね。仕方有りません、強行突破しましょうか?」 「ん? ちょっと、待ってくれ。これは……」 『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が見つけたのは、男物のスニーカー。 かなり使い込まれているようで、ボロボロになっている。それも片一足しか無い。そんな靴を、何故玄関先に置いておくのだろう? 「……案の定か」 義弘が靴を引っ繰り返すと、其処から、鍵が転がり落ちてきた。 「見つかったか。しかし、急いだ方が良い」 零二の言葉に、皆が頷く。手遅れになる前にと、凛子が義弘から鍵を受け取り、鍵穴に差し込んだ。 軽く回すと、軽い手応えと共に、カチャリ、という音が響く。 リベリスタ達は躊躇う事無く、氷上家に突入したのだった。 ●儚い夢、然れども見捨てず 「僕は姉さんと同じパティシエになる。身体だって頑張って鍛えて、ちゃんと働けるようになる」 麗志は決意を新たに、目を瞑る。 彼は気付かない。決意の切欠をくれた、姉の遺品が、自らの胸元にその凶刃を突き立てんと迫っている事に! 「僕が姉さんにして貰ったように、僕も、身近な人だけでも笑顔に出来るように……」 ――刹那、世界は明るく照らされた。 両親が帰って来たかと瞼を挙げた麗志は、眼前の光景に括目した。 姉の遺品が、包丁が、粉ふるいが、泡立て器が、飛んでいる。 「う……わああああああ!?」 絶叫。それを合図にするかのように、包丁が麗志に向かって躍り掛かる! だが、それは阻まれた。 「させないよ……っ」 麗志にとっての救世主、ゴーレム達にとっての邪魔者に。 凛子によって神秘の翼を授かった、ルークに。 彼はそのまま麗志を庇って彼と共に部屋の、更に奥へと転がり込んだ。包丁は空しく虚空を突き刺す。 「え……あ、え? 何……っ」 混乱する麗志を後ろ手に庇いながら、ルークはゴーレム達を睨み、威嚇、牽制する。 やがて、他のメンバーもその背に翼を伴い、階下のリビングから直接、二階の麗志の部屋へと降り立った。 「死なせはしない。夢を叶える為に、俺たちに任せて安全な場所に移動して欲しい」 包丁と、ルークの背後にいる麗志の間に割って入った義弘が、振り向きはせずに麗志に諭す。 姉の遺品が動き出し、あまつさえ襲い掛かってくる等、神秘を知らぬ者達にとっては紛う事無く異常事態だ、麗志にだってそれは判る筈。 「それらは悪意あるものが操っているのです」 だからどうか、自分達を信じて欲しいと。義弘に続きそう語り掛ける凛子に、麗志は双眸を丸くする。 「え……と、あ、あなた達は……」 「キミを助けにきた……お姉さんの代わりに、ね」 (うむ……甘い物は良いな。クリームの優しさが全てを包み込むと言う物だ) 零二の言葉に呆然とする麗志を余所に、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が将来のパティシエを振り返り、頷く。 「それだけに、この任務は必ず成功させねばならん。今ここに生まれたばかりの崇高な決意を、必ず守ってみせる!」 その言葉が終わらぬ内に、彼女は勢い良く神秘の閃光弾を投げ放つ。白き光が炸裂し、麗志を害せんとするゴーレム達を強烈に怯ませる。麗志もまた余りの眩さに目を瞑るが、ベルカが激励の喝を入れる。 「少年! 貴様の決意は本物だ。貴様の決意を甘い夢だと笑う者もあるだろう。だが、そんな事は断じて無い! さらに言えば、こんな物に頼る事も無い筈だ!」 「そうだよ、こんな不幸な事件を起こしてしまう位に、君へのお姉さんの気持ちは強かった。でも、それに身を任せて君が死んじゃうなんて事、お姉さんは望んでないと思うな」 羽柴 双葉(BNE003837)もベルカの言葉に同調し、本当の事を言えない歯痒さは有れど、説得を続ける。 「付喪神って知ってる? 知らなくてもいい。今の状況は、そういう風に意志を持っちゃった道具が暴れて、誰かを傷つけようとしてる」 双葉の言葉を補足する杏樹は、あくまで真摯に、状況を告げる。 それが姉の意志で無い事、止めるには、壊すしか無い事。 「恨まれたっていい。思い出の品は大切だけど、それで思い出や決意まで消えるわけじゃない。生きていれば、必ずそれは実を結ぶ」 「え、でも、あれは……え? だって、あれは姉さんの……でも、姉さんは……」 説得の言葉を受けても、未だ混乱冷めやらぬ彼の頬を、凛子が軽めにパシンと叩く。 「彼女の道具で貴男が死んだら彼女がどう思うかを考えてください。彼女は死んでしまいました、でも、その想いを貴男が引き継ぐというのなら彼女の想いは消えない!」 だからどうか、今は逃げてくれと。姉の事を思うのならば、恨んでも良い、受け入れて欲しい。 「あの子たちは 君のお姉さんの形見で君の大切なもので……何よりお菓子を作るものなのだよ。人を傷つけるような物にしちゃいけないのだよ」 「いいか、これは、ただの『物』だ!姉上が遺した想いは他でも無い、姉の技と想いを継ぎ、自らもそれを行いたいと決意した、貴様のその熱き意思にこそ宿っているはずだ! 惑わされるな!」 晴れた光の向こう側で、びゃくやが目配せひとつ。ベルカもまた、重ねて言葉を掛けた。遺品に宿るは姉の想い。しかしそれが全てではない。あれは姉そのものではない。 打たれた頬は、微かに痛い。けれど、自分を愛してくれていた姉が、自ら遺した遺品で自分を死なせてしまったと知ったら。 「……わ、かり……ました……」 今にも泣き出しそうな顔で、けれど確かに、麗志は頷いた。 「ごめんね、でも今は……生きて」 それだけ言って、双葉は敵へと向き直る。 ●夢の国、然れども遠く 凛子が麗志を説得し、彼を抱えて一階へと退避させている間。 (Traumland……夢の国、とでも訳したほうがいいのかな? こんな哀しい事はそんな場所には似合わないよね) 喜んでくれる人々の為。何より、家族の、麗志の為。そんな思いで“建国”されたのであろう夢の国。その主の遺品が手を離れ、悲しみを生む。 それは可哀想なんて他人事のような言葉では言い尽くせない程の、悲劇だから。 「絶対に止めなくちゃね」 双葉のワンドから奏でられた、四重にも重なる調べは魔光の波となり、粉ふるいを的確に呑み込む。 反撃の暇も与えず、続いてびゃくやが早駆けし、流れるが如く軽やかな、それでいて激しい疾風怒濤の連撃で粉ふるいを翻弄、切り刻む。 「そういうコト。だ・か・ら・ね、止めるよ。凶器になる前に」 麻痺により自由を奪われ恨めしげに低空を浮遊する粉ふるいに、びゃくやはち、ち、ちと指を振り、ウインクもう一度。 「クェーサー的にね☆ミ」 きらりん☆ そんなびゃくやの横を更に擦り抜けて、零二が罷り通る。 轟音を上げんばかりの爆発的な闘気をその身に纏い、闇をも切り裂き敵を討つ。 (一緒に使われ続けてきただけあって、厄介な連携だ……其処を崩せれば、活路はある!) ならば、その活路、自ら拓いて見せる。 その心意気に力は応え、漲る。そのまま、凝縮された純粋な破壊力は、魔を秘めし剣を媒介に、粉ふるいの柄を激しく強打し、一息に、穿つ! そんな中、奮戦する前線に向けて、ベルカは効率動作を瞬時に伝え渡す。これにより、布陣の護りはより強固なものとなる。それは戦線を支える守りの要である事に、間違いは無かった。 その一方で、ルークは泡立て器の抑えに回る。 どうやらこのゴーレム達、知性はほぼ皆無に等しいようで、特別麗志を狙っている訳でも無く、ただ狙いやすそう、見た目判断で弱そうな人間を手当たり次第狙っている、といった風情であった。 だから、ブロックも容易い。 (……道具は、大事な相棒……自分の分身とも言えるのかも) 手にした自分のナイフ――自らの名を冠し、希望を乗せた『Luke』――に一瞬だけ視線を落とし、強く握り締め、彼もまた、泡立て器に向かい空気をも断ち切るが如き瞬断を重ねてゆく。 「くっ!」 包丁の斬撃を受けた義弘。鮮血が弾けてひらり、宙を舞う。しかし幸い、致命傷は避けられたようで、余裕の笑みを浮かべる。 (俺は侠気の盾だ。盾を自称する働きはして見せる) 上段にメイスを振り翳し、聖なる力を其処に籠める。源たるは護り手たらんとするその、心意気。 (姉の死を乗り越えて夢を目指そうとしている少年がいる。できるならばその背を押してやりたい。ならば、ここで死なせるわけにはいかないよな) 迷いは無い。渾身の一撃を、眼前の包丁へと振り下ろし、叩き落とす。 間髪入れずに杏樹の援護射撃が入った。黒兎の魔銃から放たれる、如何なる俊敏さを以て逃れんとする獲物ですら逃さぬ、この上無く正確な、研ぎ澄まされた狙いの魔弾は、包丁の刃を毀れさせた。 (心も守れれば良い。だけどその為にはまず、命を護らないと) しかし漂うは甘い香り。泡立て器が放ったそれは、リベリスタ達が与えたダメージを少なからず癒してしまう。 幸い、双葉とベルカによって厄介な粉ふるいは動きを封じられていたものの、これによって痺れの呪縛から逃れてしまう。 敢えて回復役を後回しにする今回の作戦。リベリスタ達は認識をより強くした。 ――一気に片を付けなければ。 ●熾烈、然れども屈さず 「パンが無いならケーキも無いだろうが、ばーかっ」 お菓子が食べられると聞いてきた(と、本人は思っている)のに、その一欠片も口に出来ていないびゃくやが未だ壊れぬ粉ふるいに八つ当たり気味にフォークを投げた。 ――零二に。魅了されとる。 ゆるりと躱し、微かに苦笑して、横合いから零二が魔剣を振るった。刻み込み、叩きつけ、その勝利を確かなものに。 「想いは受け継がれ、また紡がれてゆくもの。彼の志の邪魔をさせる訳には……いかないよ」 粉ふるいはそのままひび割れ、空しく破片を飛散させ、地に墜ちた。 魅了を受けたびゃくやを義弘の放った浄化の神光が清める間、杏樹が包丁へと向けて牽制の魔弾を放つ。敵の動きを明確に見切り一挙に貫く魔弾の一撃は本物だ。牽制とは言え確実に敵の刃を削り取る。 時を同じくして、ルークが次なる撃破目標であり、今の今まで自分がブロックしていた泡立て器に向かい突貫した。浴びせ掛ける、斬撃の連続、雨霰。一切合切の澱み無く、障害を、裂く。 (……このコ達にだって、お姉さんの大事な思い出が詰まっているのかもしれないけれど……お姉さんも、このコ達も、麗志さんを傷つけるのなんて……きっと望んでいないよ) 脳裏に焼き付けた、麗志の顔を思い出す。涙を呑んで頷いた、姉が大好きだった、その志を継ぎたいと願った、少年の顔。 「……だから、おかしくなったこのコ達は……あるべき姿に戻すよ……いいよね?」 確固たる意志の元繰り出された剣閃が、泡立て器を捉える。 その直前に泡立て器は回復の甘い香りを放つも、自身は戦線復帰した凛子の魔矢によって癒しを打ち消される。 そして、ベルカによる瞬撃の弾丸が、泡立て器を弾き飛ばす。 「奴は既に満身創痍だ、間髪入れずに畳み掛けよ!」 ベルカの号に応えるは、双葉。 仲間達の後退を視認し――ワンドに紅き焔の力を収縮させる! 「――一気に行くよっ!」 一点に落とされ、其処から解き放たれた紅蓮の波濤は敵に覆い被さり、そのまま呑み込んだ。 炸裂した魔炎の奔流が轟々と音を立てて、焼き尽くす。敵の姿は見えない。もがき暴れて躍起になっているのか、その力すら残っていないのか。それは、窺い知れない。 ただ、紅が色を失い消えゆくその瞬間、黒焦げになり根元から折れた泡立て器が床に転がっているのが見えた。 「残り一体!」 杏樹がそれを認めて、仲間達に知らせる。この理不尽な運命を巡る戦いにもいよいよ終止符が打たれようとしていた。 びゃくやとルークによる斬撃の嵐が今は、残る包丁を襲う。 敵もさるもの、その刃で応戦するも、既に杏樹による攻撃で擦り減り毀れた刃ではそれも覚束無い。見る見る内にその刀身にはさらに傷が付いてゆく。 それを耐え凌いだ時、敵は反撃にと義弘に襲い掛かるが、彼は真っ向から受け止め、耐え切った。盾の名は伊達ではない! しかもその痛みすら、凜子の導く天使の運ぶ微風で取り除いてしまう。 そして遂に、決着の時――! 「……すまないな……お疲れ様」 壊れゆくものへの哀悼の言葉と共に、零二が、全身全霊の力を揮い、志妨げる最後の刃を、今、確かな手応えと共に、叩き割った。 ●未来、然れども疑わず ――頭で理解はしていても、受け入れるのは容易ではない。 粉々に、或いは真っ二つになった姉の遺品を前に、麗志は茫然と俯いていた。 「……麗志君」 その姿に、双葉は胸を詰まらせる。今回の一件は、彼に残酷な選択を迫る事を最初から決定付けられていたのだ。 即ち、思い出と共に死を選ぶか、生きて思い出を壊すのか。 ――否、その二択では、正しくない。 杏樹は麗志に目線を合わせた。一人の人間として、対等に。 「思い出を壊してしまって、ごめんな。泣きたい時は泣けばいいし、辛いことは口に出した方が楽になる」 言い訳はしない。だから、思いの丈を全てぶつけてくれて良いのだと。 「……よく、判らないけど……多分、お姉さん達は正しい事をしたんだと、思う……だけど、だけど、それでも僕は……姉さんの遺してくれた思い出と一緒にいたかった……!」 年の割に聡明であったこの少年も、その願いは殺し切れなかった。それはきっと、禁じ得ない思い。慕う姉を喪った少年が望む当然の、心。 堪えた筈の涙が零れた。麗志の頬を今度こそ澄んだ涙が伝う。 それでも、思い出は物にだけ、宿るものではない。 「ケーキのおいしさ……お姉さんの想いは、何よりもキミの中にこそ宿っているんじゃないかな」 軽く零二が指したのは、麗志の胸元。彼が姉の事を想い続ける限り、姉は、その志は、麗志の中で生き続ける。そしてそれは、常に麗志の傍に在り、支えとなっていくだろう。 「貴男が姉さんの事を想っている限りはずっと一緒です。そのことを忘れないでください」 麗志の手を取って、凜子が微笑む。姉の全てが喪われた訳では無い。それを、“感じて”欲しかった。 「いつか、麗志の自慢のお菓子を食べれたらいいな」 「うん、美味しいケーキ、作れるようになったらまた食べに来るよ。お姉さんのも食べてみたかったけど、きっと麗志君も美味しく作れるようになるよね」 杏樹に双葉が未来へと思いを馳せれば、ルークと義弘も同意して。 「……ケーキ、今度買いにくるね」 「夢を叶えたら、ぜひお邪魔させてもらうつもりだ。甘いものは大好きでな」 「えー、義弘君似合わないよー」 「……ほっとけ」 「そいやほんとにおやつないの? 私頑張ったよ? 麗志君が作れるようになるまでお預けなの?」 「うむ、今試食させてくれても良いのだがな。勿論将来客としての再会も約束するが」 義弘を揶揄った後思い出したようにじたばたするびゃくやと、何か言いたげに麗志をチラ見するベルカ。 すると麗志は涙を拭い、「ちょっと待って下さい」と言い残し、姿を消す。 「今は、こんなのしかないですけど。いつか……姉さんのように立派なパティシエになれたかどうか、見に来て下さい」 約束の証は、麗志からリベリスタ達に渡された黄金色のマドレーヌ―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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