●You get Email Title:セリエバ To:『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001) 本文: マンションの503号室。 デュランダル三人、マグメイガス一人。犬のE・ビースト二体。 枝に注意。フェイトを食われる。後食う。 女神像に手を出すな。 ● 「……以上のメールがとあるフィクサードから送られてきたようです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は怪訝な表情で説明を開始した。 正直、何処から説明したものか。頭を押さえながら順をおって説明を開始する。 『セリエバ』と呼ばれるフェイトを栄養とするアザーバイドが、Dホールから来ること。 Dホールの正確な出現場所がわからず難儀していたこと。その出現が刻一刻と迫っていること。 ……そこにこのメールである。混乱と警戒の色が面に出ても仕方ないだろう。ましてや相手は過去に何度かアークに歯向かったことのあるフィクサードである。 「情報源は『氷原狼(ツンドラウルフ)』を名乗るフィクサードです。信頼度は低いでしょう」 このメールは和泉がどれだけ言葉をオブラートに包んだところで、このあたりが限界だ。正直、今はリベリスタを召集する時間すら惜しい。メールを破棄しろという意見もあった。 だが、どれだけ信憑性が低くともこれも情報だ。そしてそれに頼らなければかければならないほど、現状は切羽詰っていた。 しかし、世界を守るアークとしては、この情報を鵜呑みにはできなかった。 「アークはこの情報を信用しない方向で作戦を進めます。皆さんは待機命令です。『セリエバ』打倒のための、予備兵力として」 『セリエバ』打倒のための予備兵力。つまりアザーバイドに運命を食われたものを処理するために待機しろ、という命令。大を生かすために小を殺す。その判断も世界を守るということだ。 なら、何故このメールを公開した? 沈黙による問いかけに和泉はメガネの奥の瞳を伏せて、 「私は情報を伝えるのが仕事です。……その判断は全てお任せします」 ため息を吐くように言葉を返した。彼女も相応の覚悟を持ってこの情報を伝えたのだ。 アークに忠実なリベリスタなら、待機すべきだろう。 もし行くのなら、アークのバックアップはない。『万華鏡』の予知もなく、フィクサードの情報のみで動くことになる。 あなたの判断は―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月04日(水)00:30 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●行進 セリエバ。 召還されれば周囲にある運命を食らうアザーバイド。アークが下した判断には、被害拡大を考慮しての『召還後の対応』だった。 然もありなん、リベリスタのもつ運命は貴重だ。それは単純に戦力という意味もあるが、無為に仲間を失いたくないという意味も含まれている。 故に。 セリエバが召還されると言うこのマンションにいるということは、アークの命令に反していることになる。 「フィクサードからの情報のみで危険存在召喚阻止か」 緋塚・陽子(BNE003359)はいつもの『万華鏡』ではない情報源からの戦いに、心躍っていた。面白い戦いを求めてアークにやってきたのだ。こういういつもと違う戦いこそ、彼女が求むもの。 「大いに結構! こういう勝負がしたくてアークに来たんだ」 「崩界は防ぐべきであってその為に非情な手段ガッツリとって来たはずでしょー?」 咥えタバコを揺らしながら『大風呂敷』 阿久津 甚内(BNE003567)が幻想纏いから矛を取り出す。地下駐車場から戦闘音が聞こえる。あちらは任せてこっちはこっちの仕事をしよう。五階の方を見て、にやりと笑う。 「ならキッカケの尖兵を挫きに行くべきだね! 事前対処で済むなら尚更!」 「例え信頼度が低くったって」 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は手甲を腕に装着しながら、歩を進める。情報を与えてきたのはとあるフィクサード。そのフィクサードが何を考えているかは不明だが、 「少しでも人が救える可能性があるならそれに賭けるべきだ」 悠里は手のひらを開く。救う。この拳があれば救えるのだ。ならば動こう。 「そうね。確信を持っては言えないし、罠かもしれないけど」 情報を送りつけたフィクサードを知る『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)はこの危険性を充分に理解していた。かのフィクサードはつかみ所がない感じではあったが、けして油断のできる相手ではない。裏があるのだろう。 「だけどそれは、動かない理由にはなりえないと思うから」 「待ってるのも退屈ッスし。罠だろうと、可能性あるなら行くッスよ」 踊り子の衣装を身にまとい、『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)がエレベーターのボタンを押した。フィクサードの情報なんて信用できない。でも情報不足で動くことなんて、アークに来る前は当たり前だった。 「まったく、利用されてるのわかってて行くのは嫌ッスけど、見過ごせない。迷惑な話ッス」 「得体の知れない相手達、に名の知れた相手……」 『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』 星川・天乃(BNE000016)は陽子と一緒にここで分かれる。マンションの壁を伝って移動し、相手を奇襲するために。より激しい戦いを求める天乃は、この状況を楽しんでいた。 「面白い、戦いになりそう」 「私は件の彼を資料でしか知りません。フィクサードである以上、信用することも難しいでしょう」 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は震える足を自覚しながら、口を開く。資料における『件の彼』は、どう好意的に解釈しても信用には値しない人物だ。だが、それは問題ではない。彼女にとっての問題はアザーバイド『セリエバ』だ。 「それでも目の前に脅威を排除する可能性があるのなら、それに賭けてみるのも悪くはないでしょう」 明日を守りたい。笑顔を、日常を、人々を。そのためなら、命令に背く事になっても構わない。ミリィは恐怖を押さえ込み、エレベーターを降りた。 503号室。件の部屋の前までもう少し。 「あーん、いなーい。おめかししてきたのにっ!」 『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)は扉の前を見て、少し悔しそうに呟いた。何事、と尋ねるリベリスタ達に、少しすねた口調でなんでもないと答える。だがそれも一瞬。すぐにいつものぐるぐにもどり、戦場に足を運んだ。 「可能性がそこにあるのならば、潰すべきである」 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は床に手を当てて、物質を潜り抜けて中に入る。サイドアタックを仕掛けるために、マンションの間取りを思い浮かべながらドアを潜り抜けた。 「しかしまぁ、氷原狼の奴からの情報、ね」 腕を組んで『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)はため息をつく。当たり前と言えば当たり前だが。フィクサードからアークに情報がリークされることは稀だ。大掛かりな組織としての情報ならともかく、一個人のフィクサードがアークに助けを求める? ましてやあの男が? 「らしくないが……ま、乗ってやる」 ドアノブに手をかける。抵抗なくドアが開いた。リベリスタ達は頷きあい、ドアを開けて一斉になだれ込む。 503号室に入ったリベリスタ達が真っ先に感じたのは、血の臭いだった。 非日常の臭いに意識を改めると、臭いの元に向かって走る。玄関から真正面のドア。そこの扉を開ける―― ●小さな誤算 天乃と陽子は503号室のベランダから攻めるために、マンションの外に出ていた。壁を面接着で昇るか、羽で空を飛ぶか。そのどちらかなのだが……。 「人目……」 「どうする? 気にせず行くか?」 人通りはそう多くはないが、人が住むマンションにおいて神秘の秘匿を完璧に行なうのは困難だ。 神秘をさらして下手に注目を浴びれば、戦闘に人を巻き込む可能性がある。そうなれば被害は拡大するだろう。 生活の中に生まれる数秒の間隙。その隙が生まれるまで二人は神経を研ぎ澄ませる。 ●503号室 おそらくこの部屋にいたのは、ただの一般人だったのだろう。母と赤子。父親は仕事中の為不在だが、きっと幸せな家庭だったのだろう。 地面に描かれた魔方陣は赤い。それが血であることは明白だった。乾燥具合から察するに描かれてから三十分もたっていないだろうか。そして壁のほうにまるで荷物のように投げ出された母子の遺体。縛られ、心臓に刺し傷が残っていた。赤子にいたっては最後の一滴まで吸い尽くそうと体中に傷が入っていた。 フィクサードはこの部屋を強襲し、すんでいる母子を殺してその血で魔法陣を書いたのだ。アザーバイド召還のために。 「おまえ達!」 叫んだのは誰だろうか。それが戦闘開始の合図となった。 ぐるぐは部屋の中を見回し、女神像と思われるものを見つける。魔方陣の真ん中。六十センチほどの上半身の女神像。装飾はともかく、その神秘をぐるぐは看破する。 「んー……。儀式にかかる負荷を軽減してくれるみたい。迂闊に動かすと、ここにいる皆のフェイトが吸われるみたいよ」 セリエバの召還は、その召還の時点でも周りの運命を奪いとる。そのコスト代償をあの女神像が担っているのだ。 「つまり、儀式阻止最優先で問題ないということか」 「儀式はフィクサード全員で行なってるみたいッス。あいつ等全員倒さないと、とまらないッス」 リルが部屋中を観察してコメントする。それは他のリベリスタも間違いないだろうと理解した。 リベリスタの視線がミリィに集まる。頷き、一歩前に出るミリィ。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 ミリィの放つ神秘の閃光弾が、部屋の中で爆ぜる。完全に不意打ちだったのか、部屋の中にいるフィクサードたちは反応できずに閃光に巻き込まれた。 その光が収まるよりも前に、リベリスタは動いていた。 リルが戦場を注視しながら、Eビーストのほうに走る。なんとなくだが位置関係と状況は把握できた。儀式を行っているのは、奥のマグメイガス。そしてその懐から、一本の小枝。根拠はないが、直感する。あれは『氷原狼』が言っていた『枝』だと。 「まずは数を減らすッス」 リルは『LoD』を振るい、犬のEビーストを傷つけていく。右に左にステップを踏みながら、踊るように破界器を振るう。その動きに翻弄されるEビースト。傷口が凍り、その動きが緩慢になる。 「ぐるぐさんもまーぜてっ」 ぐるぐはゴツイ銃と大きなスパナを手にもう一体のEビーストのほうに歩いていく。ドン・ヴァン・クォクと呼ばれたフィクサードの、連続で攻撃を叩き込む技。右の破界器で殴ると同時に左の破界器はもう振り上げられ、下半身は打撃のインパクトの刹那後に体重移動を行なっている。 「ドン亀さんの拳、いっくよー!」 スピーディでもありパワフル。連続で殴る。単純に見える技からこその技術の集大成。それがそこにあった。 「はいさーい。邪魔しに着ちゃいましたー」 甚内が矛を回しながら、デュランダルをブロックして矛を振るう。突き刺さった矛から相手の血液を吸収する。血はヴァンパイアにとってのエネルギー源。それを得て、甚内はに槍と笑みを浮かべた。 「……アーク、だと!?」 驚きの表情を浮かべるフィクサードに笑みを浮かべる甚内。相手の瞳を見ながら、その動きを封じるようにしつつ問いかける。 「止めさせてもらいますよー。 和泉ちゃんの気持ちも汲んであげたいし。ツンドラちゃん達とまた遊びたいしー!」 「ツンドラ……? 水原の弟か!」 フィクサードが叫ぶと同時、 「ベランダの温度が下がった……来るわ!」 サングラスの奥で熱の変化を見ていた彩歌が氷の闘士の来訪を告げる。上の階からベランダを伝って降りてきた『氷原狼』がガラスを割って乱入してくる。 「お取り込み中? 悪いけど邪魔するぜ」 「手助け、しに来たのかね?」 『氷原狼』の前に立ちふさがるのは、床に潜っていたオーウェン。ベランダ組の強襲とタイミングを合わせるつもりだったが、『氷原狼』をブロックするほうが優先と判断したのか床から現れてブロックする。 「手助けするつもりあらば、交渉内容次第で儀式阻止後この女神像を渡してもいい」 「ありゃま。もしかして『女神像』狙いはバレバレ?」 「無論である。断るならお前さんにもお帰り願うしかない可能性もある」 オーウェンの問いかけに『氷原狼』はオーウェンに向けて拳を振り上げ、 「よいしょ!」 オーウェンを後ろから攻撃しようとしていたデュランダルに、氷の拳を叩き付けた。交渉成立、といったとこか。 「ま、お互い利用できるまでは利用しあいましょうや」 「私はね、何も知らない人間を一方的に利用するような輩が一番嫌いなのよ」 彩歌が自らの手甲に神経を繋げ、『氷原狼』を睨む。情報を与えてくれたことには感謝するが、人を利用していることを許す気はない。手甲から放たれた糸が次々とフィクサードたちを貫いていく。 「むしろねーちゃんが来るとは思いませんでしたがね。組織に忠誠を誓う、理知的な女性イメージがあったんですが」 顔見知りである『氷原狼』が――けして仲がいいというわけでもないが――彩歌に語りかける。外見年齢は若いが、年を重ねたプロアデプト。経験と実践を重ね、挑発にも応じないと思っていたのだが。 「ねーちゃん言うな。行動するときは行動する。どうせ止まらないわ」 外見に性格が引っ張られているのか、彩歌は時折暴走する。だが根っこのところでは冷静だ。的確に糸を繰り出し、フィクサードたちを傷つけていく。 「おい、今回は氷人形はいないが……使えないのか?」 クルトは『氷原狼』に問いかけながら、足に稲妻を纏わせてフィクサードを攻める。雷光が隣にいるフィクサードも巻き込み、高電圧で体力を奪っていく。趣味で続けている格闘の技だが、実践を重ねていることもありクルトの蹴りは油断のならないものとなっていた。 「たけーんですよ、あれ。あと壁にはなるけど戦力としては今ひとつなんでね」 指でわっかを作りながら答える『氷原狼』。だからリベリスタを呼んだのか。クルトはその答えに納得しつつも、ふに落ちないところもあった。だが今はどうでもいい。 「このフィクサードが何を考えていようが、『氷原狼』のやつが何を狙おうが。俺たちはその儀式を踏み荒らし、潰す」 「そーそ。セリエバの召還は防いでくださいねぃ。呼ばれると運命が大量に奪われるんですから」 「そうだ。お前らは何のためにこんな事を!?」 悠里は『Gauntlet of Borderline 参式』に稲妻を絡めつかせて、フィクサードを殴りつける。セリエバ召還によって発生するのは多くのフェイトを持たないエリューション。そしてその神職がそこで終わるとも限らない。そしてそれは崩界を呼びかねないのだ。崩界はフィクサードであっても得ではない。 「セリエバは運命を食らう」 『枝』を持ったマグメイガスが悠里の言葉に答える。 「故にセリエバはフェイト持ちの天敵。そして猛毒だ。それを武器として軍団を作れば、七派全てをつぶして頂点に君臨する為の戦力が生まれるのさ!」 「そんなことの為にこのマンションの人達を!」 怒りに震える悠里の声。しかし彼らはその怒りを鼻で笑い飛ばした。 「は! 大したお題目だなアークのリベリスタ! おまえ達こそセリエバの力がほしいんじゃないのか?」 「な、なんだと。ふざけるのも大概にしろ! アークのリベリスタは――」 「水原の弟を連れているのが何よりの証拠だ! セリエバを最初に召還したのは水原の姉弟じゃないか!」 何? リベリスタの視線が『氷原狼』の方を向く。当の本人は否定も肯定もしない。 三すくみの戦い。それは危ういバランスをもって維持されている。 ●セリエバの枝 階下で手間取っていた天乃と陽子が上がってくる。 「こんばん、は。一つ、踊ろう?」 状況を把握した天乃は魔力鉄甲を手にマグメイガスに迫る。地面を滑るように移動し、音もなく近づいたかとおもえば、自らのオーラで作った爆弾を埋めつける。無表情に相手の顔を見ながら、指を鳴らした。爆ぜる爆弾がフィクサードの体力を削る。 マグメイガスと交戦しながら、天乃は『氷原狼』を見た。現在のところは味方。あくまで現在は、だ。 (私が、いつ裏切るか、考えてるように……向こうも、同じ事を考えてそう、だしね) その挙動も表情も見過ごすまい、と『氷原狼』の動きを注視していた。視線に気づいてか振り向く氷の拳士。 「そんなに見つめられるとテレるぜ」 「アホか、この男は。ツンデレだかツンドラだか知らないが」 ため息をつく陽子。その視線は『枝』を持つマグメイガスに向けられた。デスサイズを構え、身を捻るように飛びながらカマを振るう。その動きは防御を無視した速攻戦術。生まれた隙を逃すことなく羽根を広げて空中で身を翻す、 「もう一度だ!」 斬撃を重ねる陽子。その目には複雑な背後等写っていない。目的は儀式阻止。それだけを求めてカマを振るい続ける。 「クソ……! あと少しだというのに!」 傷つけられたマグメイガスは、傷の痛みよりも状況の不利から来る苛立ちで舌打ちをした。十一対六。リベリスタと『氷原狼』との連携に不備が見えるが、それでも数の上での不利は否めない。だが、 「まとめて焼き払ってやる!」 『枝』を持ったマグメイガスの手に稲妻が宿る。それはマグメイガスの基本技の一つ。チェインライトニング。広範囲に広がる魔術だが、その威力は知れている―― 「チッ、まぁそう来るよな!」 『氷原狼』が切羽詰った声を上げる。その声と同時に発せられたフィクサードの稲妻は、 「……!?」 強烈な痛みをリベリスタにもたらした。避けられると思った稲妻が、まるで追いかけるようにその軌跡を曲げたのだ。防御しようと構えた腕さえも避けて心臓を狙うように稲妻がうごめき、襲い掛かる。 「なにこれーっ!」 「……なんですか、この一撃は……!」 「『枝』で技を強化したのさ。運命を食らう木枝の保有者が放つ技は、運命を多く保有している者を追いかけるようになる。運命を多くもってるヤツほど、あいつの技は鋭く命中するのさ。『枝』の持つ能力の一つだ」 「何……?」 「アークのリベリスタはフェイトの損失を恐れぬ愚か者ばかりと聞いていたが……そうでないものもいたようだな」 膝をつきそうにんるミリィ。彼女のダメージの深さは単純に体力の低さもあるが、保有している運命数がこのメンバーの中で一番多いことが原因だ。まさか、それが仇になろうとは誰が想像できただろうか。 唯一それを伝えることができた『氷原狼』は、 「てめぇ。このこと黙ってたな!?」 「言って二の足踏まれても困りますからねぃ。実際、俺の仲間は情報知って回れ右しましたし」 「あれ? 『車輪屋』ちゃん以外にトモダチいるの?」 「悲しくなること言うなよ!? 泣くぞ! ガチで泣くぞ! シリアスに戻すけど、あれが運命持ちの天敵たる所以の一つだ。単体特化の大技で使われたら、碌なことにならねぇぞ」 革醒者の最大の武器である運命の保有量が、相手にとって有利な事になる。 こんな相手が大量に出てくれば、確かに一大勢力になるだろう。相性が悪すぎる。 「……待つである。今『所以の一つ』といったな。まだあるのか?」 オーウェンの問いかけに答える間もなく、再び稲妻の嵐が飛ぶ。数度にわたる天敵の稲妻を受けて、体力の低い彩歌が膝を折る。彼女は運命を燃やし、倒れることなく立ち上がった。 「まだ倒れるわけにはいかないわ」 「その運命、もらった!」 言葉と共に『枝』を持つマグメイガスに力が篭る。まるで活力が漲っていくような―― 「ま、さか――あの能力は吉野さんの!?」 「あの、エリューション・エレメントの、能力」 天乃と悠里はその現象を見たことがあった。正確には、それに似た現象を知っていた。他人が戦闘不能から蘇るたびに、自らの力を増す。『閉じない穴』の影響で理性を失いかけた桜のエリューション・エレメントの持つ特性。 かつてその技を持つエリューションと戦ったことのある二人は、見た瞬間にそれを看破した。あの能力は、形こそ違えど同じものだと。 「気をつけろよ。バッドステータスの耐性と――」 「攻撃力、アップ。あと、攻撃回数が、増える可能性が、ある」 「おい! 何故吉野さんと同じ技をアイツが!」 怒りを含んだ悠里の問いかけに、『氷原狼』は怪訝な顔で答えた。 「その吉野さんてぇのが誰だかは知らないけど、遠巻きにセリエバの影響を受けてたんじゃねーの? つーか、議論してる余裕はないぜ。『運命を食らう樹』と『運命を糧とする樹』の二つ。セリエバを武器にしているものが持つ能力だ。代償はちと厳しいけどねぃ」 「っていうかー。ツンドラちゃん妙に詳しいよねー」 「さっき『最初に召還したのはアンタじゃないか』って言ってたし、実は黒幕じゃないッスか?」 「所詮フィクサード。信用には値しないというところであるな」 甚内、リル、オーウェンが疑いの目を向ける。 「ま、どうでもいいさ。強い敵ならぶっ潰す。それだけだ」 「いえーす。とりあえず迷ってる暇はないと思うですよ?」 「確かに。そして『氷原狼』を警戒するのも作戦通りかわらずに、だ」 「変な動きをしたら、後ろから、刺す」 陽子、ぐるぐ、クルト、天乃がそれぞれの破界器を構えなおす。敵の特性がわかったところで、攻撃目標が変わるわけでもない。まずは儀式阻止。それからだ。 「相手の能力がはっきりしたのはむしろ僥倖よ。どの道、回復無しの短期決戦なんだから」 「そうとも。救いたいと言う気持ちには変わりないんだ。相手がどれだけ強くたって、負けるものか!」 「フィクサードの彼にまで指示を出すのは、何とも不思議な気分ですが」 彩歌、悠里、ミリィが深呼吸をして意識を戦闘の方に向ける。ミリィは『氷原狼』を含む全ての仲間に指示を出し、戦局を有利に運んでいく。 「てめぇらの運命、まとめてセリエバ召還の糧にしてやる!」 フィクサードたちもここが正念場とばかりに力を入れる。ここでリベリスタ達を倒してしまえば、障害はない。全てを費やしてでも勝利するという追い詰められた気概がそこにあった。 ●フィクサードVSリベリスタ フィクサードの構図は、冷静に見れば単純なものだった。命中精度の高いマグメイガスを守るように、前衛が立ちふさがる陣形。ただし、その背後を強襲するようにリベリスタが回りこんでいる。 互いに癒し手がいない以上、自然と力押しの形となる。 「……まだです。私は日常を守るために!」 運命保有量の多いミリィが、度重なる落雷の前に力尽きる。命運はまだ倒れるなと告げたのか、強い意志で戦場の奏者は演奏を続ける。 しかし、それによりマグメイガスの火力が強化される。 「……くっ!」 少しずつ蓄積される火力に、オーウェンが倒れた。 「はっ! こんな楽しい喧嘩、やめるなんてもったいないよ!」 「いい、ね……もっと、やろう?」 マグメイガスに直接打撃を与えている陽子と天乃も運命を燃やして稲妻に耐える。二人の破界器がマグメイガスを穿ち、 「く、そ……!」 体力の低いマグメイガスはそれで膝を追った。セリエバを最後まで手放すことなく力尽きる。 敵の最大火力がなくなれば、あとは掃討戦となる。フィクサードたちは最後まで戦意を失わなかったが、戦闘理由に大きな違いがある。 かたや私利私欲のために動く者。 かたや組織の命令に反してまで、他者を救うと誓った者。 彼我の差は歴然だった。背負った覚悟が違う。その覚悟の重みを破界器に乗せて、リベリスタ達はフィクサードを追い詰めていく。 「コイツで終わりだねー」 甚内の矛が最後のデュランダルを討ち貫き、その意識を刈り取る。 「やー、これで一件落着ですねぃ。助かりましたぜ。じゃあオレは――」 『氷原狼』がリベリスタを労いながら、自然な動きで『女神像』に手を伸ばそうとすれば、一斉にリベリスタが破界器を向ける。 戦いは、まだ終わっていない。 リベリスタと『氷原狼』の視線が交錯する。 「やっとあそべるね。でも女神様渡すわけにはいかないのよっ」 ぐるぐが嬉しそうに手を上げて前に出る。かなり疲弊しているが、戦う気満々である。 「そうッス。それに聞きたいことはいろいろあるッスよ」 リルが破界器を構えて歩を進める。 「あー、セリエバのことならノーコメントを貫かせ――」 「ぐるぐさんにメール送ったって聞いたけど、ロリ好きなんッスか?」 「名誉毀損で訴えっぞ、この男女!」 「マジで否定するところを見ると、まんざらでもなさそうッス」 「いやーん、ぐるぐさんちょっとどきどきっ」 「あー。ツンドラちゃん必死になって円周率唱えて心に防壁張ってるー。よっぽど心読まれたくないんだねー」 ニヤニヤとしながら甚内が『氷原狼』を指差し、心の中を読む。 「うるさいそこの糸目、リーディング禁止! っていうかあんたら、そのダメージでやりあうつもりですかねぃ?」 「魔氷拳を得意とする覇界闘士として、君の技には興味があるけど」 比較的体力の残っている悠里が氷を纏わせた拳を突き出してくる。 「今日は女神像の確保を優先させてもらう」 一触即発。『氷原狼』は消耗したリベリスタと自分の体力を見やる。あと戦いの最中で見た全員の実力を。回復手がいない構成なら短期決戦を仕掛ければあるいは。かなりのハイリスク。いつもなら撤退するところだが……。 その緊張を解いたのは、クルトだった。 「提案だ。オレとサシの勝負をしないか? 俺が負けたら欲しい物はくれてやる。……と言うより、このまま1対9じゃそうそう逃げられないぞ?」 「わかりやすいのはいいことだ。オレが負けたら、アークに捕まってやってももいいぜぃ」 クルトと『氷原狼』は部屋の中央で拳をあわせる。そのまま互いの間合いを取り合うように動き……。 「はぁぁぁ!」 「しゃああ!」 クルトは雷光を足に乗せて、『氷原狼』は氷を腕に纏わせて。クルトのローキックから始まるミドル、ハイの三段蹴りが『氷原狼』の肌を焦がす。コンマ三秒後に振るわれる氷の拳を、ハイキックで繰り出した足を使いガードする。 ガードされた足を掴む氷の腕。それを払うように紫電の足が振るわれる。それを待っていたかのように『氷原狼』が一歩前に出た。蹴りでも拳でもない。身体を密着させて――肩でクルトを押して倒す。蹴りによりわずかにバランスが崩れていたクルトは、その押しで地面に倒れた。 (まだだ――!) 倒れた状態のままでクルトは『氷原狼』に向かい蹴りを放つ。ブレイクダンスの動きにも似た肩口を地面と接して放つ動き。蹴りは空を切り―― 「動くな!」 『氷原狼』は戦闘で倒れたオーウェンの頭に拳を突きつけ、全員に静止命令を出していた。慌てて破界器を向けようとするリベリスタだが、『氷原狼』が気を失ったオーウェンに拳を突きつけるほうが早いとわかると、その動きも止まる。 「卑怯です!」 ミリィの言葉に『氷原狼』は天乃の方を指差して、 「お互い様だ! そこのねーちゃん、戦闘終わったら後ろからオレを刺す気満々じゃねーか! オレの背後取るように移動してたり、気になってチラ見したら視線は思いっきり殺る気だったり! そんな中でタイマンやれってのが無理だっつーの!」 天乃は無表情に肩をすくめる。バレないように移動しながら集中していたのだが、それ自体が嫌疑の材料となったようである。 「それで? この状況で人質とってどうするつもりなの? 何が望み?」 彩歌が諦めたように手をあげた。実際、お手上げだ。そしてこの男の性格上、これが最善手でもあることを知っていた。 「人質一つで『枝』と『女神像』と『逃げ道』の三つって言うのは贅沢でしょうねぃ? なので『逃げ道』だけいただきましょうか」 「……そ」 仕方ない、と彩歌はため息をつく。『枝』もしくは『女神像』などの物品トレードの場合、交換の際に隙が生まれる。如何に『氷原狼』でも多人数に囲まれて隙を突かれれば、ひとたまりもないだろう。どのようなトレード方法であれ、リスクが生まれる。 だが『逃げ道』は簡単だ。道を開ければそれでいい。 「アナタはリスクに見合わない仕事はしないと思ってた」 「褒め言葉として受け取りますぜ」 『氷原狼』は視線でベランダまでの道を開けてと告げて、リベリスタ達を移動させる。 「ま、セリエバ召還を止めてくれたことには感謝しますぜぃ。 そんじゃま――」 『氷原狼』はベランダまで一気に走り、そこから身を躍らせる。面接着を使いながら地面に向かい、そこに待機させていたバイクに乗りこむ。 「あ、『車輪屋』ちゃんだー。そんなとこにいたのね」 ベランダから身を乗り出したぐるぐが、階下のバイクに語りかける。意志を持つバイクのEゴーレムは、律儀に返答した。 「作戦では『氷原狼』が女神像を窓から投げて階下にいる私のところに落とす予定でしたので。 やはり女神像は警戒されたようですね。だからあのメール文はやめろと」 「うっせー! とにかく帰るぞ!」 「あははー。ツンドラちゃん、まぬけー」 「また遊ぼーね!」 甚内とぐるぐが手を振って小さくなる『氷原狼』を見送った。 「ふん。決着つかず、か」 不完全燃焼といわんばかりにクルトは腕を組んでそれを見送る。 「次にあった時は君に完全勝利して、僕に氷鎖拳を使って欲しいと頼ませてみせるよ」 戦いたかったのはクルトだけではない。悠里もまた、修羅場を潜り抜けてきた覇界闘士。強い相手とやりあうことに、心踊る。 「後片付けと言うか……報告が厄介そうですね、これは」 ミリィは部屋の中に倒れているフィクサードたちを見た。そして部屋に転がる死体と。 「……どうしましょうか?」 アークの命令に反している以上。アークの保護は受けれない。全てフィクサードの凶行とはいえ、全く報告しないわけにもいかない。さて、どうしたものか……。 「言い訳はオレに任せてくれよ」 陽子は自らの胸を叩き、自身ありげに頷いた。 ●方舟へ アークに戻ったリベリスタ達は待機命令を無視したことに関する注意を受ける。が、 「待機命令は出てても『どこに?』の指定が無かったよな? なら、『予想現場』付近で待機も命令違反じゃないだろ」 陽子の言葉に、言葉が止まる。 子供のようなあげ足取りだが、あえて指定しなかったのは緊急事態ゆえにいつでも出動できるようにしてほしいと言う意味があったのだ。ついでに言うと、可能な限り現場の近くにいてほしいと言う意図もあった。 「ついでに情報の真偽を確かめに行ったら後は成り行きでってだけさ」 「しかしだなあ」 「そんなことよりも、戦利品ッス!」 「セリエバの『枝』も回収してきた。解析するなり、悪用されないように厳重に保管してくれ」 差し出されるアーティファクトと『枝』を前に、説教が止まる。危険を冒したとはいえ、一定の成果を挙げたのだ。その結果は無碍にはできない、 だが、これだけは言わなくてはいけなかった。 「おまえ達は、アークが危険と定めた地域に飛び込んだ。下手をすればノーフェイスになっていたかもしれないほどの危険さだ。そうなれば、悲しむ人がいる。それを忘れるな! いいか、今回はうまくいったが二度と危険なコトをするなよ!」 命令違反の10人には、『一週間アーク所内掃除』の刑罰が科される事になる。命令違反にしては軽いと言う意見もあったが、その声も一時的なものである。実際にセリエバの召還がなされたときのことを考えると、強くも言えなかった。 『枝』に関しては調査中であり、詳しいことがわかるのはまだ先になりそうだ。 そしてセリエバ現状でを最も知っているであろう『氷原狼』達はというと―― 「あああああ、もう! やっぱり『女神像』なしだと契約されなかった! いいさ、六道なんかにもう頭下げねぇ。あんなコウモリチャイナロリの手下になるなんか、こっちからお断りだぜ!」 「しかし困りましたね。いい加減、新たなスポンサーを探さないといけません。お金的な意味でピンチです」 「わかってますよ。……くっそー、しばらく地道に護衛で繋ぐか……」 「剣林のツテを使うことを勧めます。十文字様は話のわかる人です。頭を下げれば仕事を回してくれるぐらいはしてくれるでしょう」 「実際そうだから困る。あの無骨爺は俺たちを許すだろうよ。そんなことはオレが耐えられねぇ。 あの人の娘さんが入院する原因は俺たちが作ったようなもんだからな」 「菫様の病の直接的な原因はセリエバの毒によるもので、私たちは間接的な原因なのですが」 「それでも、だ。とにかく仕事仕事。知り合いに片っ端から連絡していくぜ」 セリエバ。 召還されれば周囲にある運命を食らうアザーバイド。 その脅威は去り、マンションの人は変わらぬ日常を過ごしている。 命運を奪う樹木が、この世界に枝葉を伸ばすことはない。 今は。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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