●無間地獄を巡るが如く、世は無情の沙汰にあり。 眠らぬ街の片隅で、分厚い革靴の音が鳴っていた。 人がひとり通れる程度の細い階段を下り、レッドジャケットの男がビルを出てくる。 彼の後ろにはアロハシャツを着たチンピラがてらてらとくっついていたが、どうも表情は晴れないようだった。 手に持っているアタッシュケースも、中身が空なのが人目で分かるほどぶらぶらと吊り下がっている。 「すンません若、毎度のことで……」 「気にすんな」 黒いベンツの前で立ち止まる。 アロハの男がポケットからキーを探っていると、横から声をかけられた。 「おんやぁ、善三ちゃんやないのー」 長めのビニール傘を杖のようにつきながら、眼帯をした男が歩いてくる。 後ろにはスーツ姿の男が数人ついてきているが、みな一言も発しない。 善三と呼ばれた男が振り返る。 「二浪……」 「そうや、『卑怯者』の縞島二浪さんやでぇ。どや、金回収のお手伝いは上手くいっとるんかい」 ニヤニヤと笑いながら、アロハの方を見る。 空のアタッシュケースを抱え、苦々しい顔をするアロハ。 「いかんなあ、最近このあたりじゃ『善三は腑抜けた』って噂されてるようやないの。アークに脅されてビビって、『ボクもう人をぶたないよー』て言うたんやったか?」 「…………」 善三にぐっと顔を近づける二浪。蛇が刻印された眼帯がぬらぬらと光った。 「ナンバーズ同士やから目ぇつけとったけど、カスに成り下がったのお。街の連中にもナメられて、可哀そうにのう……」 「テ、テメェコラ! 善三さんは俺らの為にやってくれたんだぞ、それ以上舐めた口ききやがったら……!」 二浪に掴みかかるアロハ。 だが二浪はひらりと身をかわし、傘の柄をひっかけて引き倒してしまった。 傘の先端が割れ、矛先のようなものが現れる。 片手でくるりと回し、倒れたアロハの顔面へ突き立てる……と思いきや、切っ先は眉間の手前で停止した。 「……」 善三が、傘を途中で掴んで止めている。 それを見てニヤリと笑う二浪。 「ここまでされても怒らんのかい。ホンット、善三ちゃんにはガッカリや……」 興味を失くしたようにアロハから傘をどけると、てらてらした足取りで離れていく。 途中でぴたりと立ち止まり、肩越しに振り返った。 「ワイがアーク相手どるんなら、もっと頭つかうで」 「……どういう」 「最近、この辺で『天元』が出回ってるそうやの。九美上興和会が作ったっちゅう、高品質ドラッグや。しかもそれが中毒者に格安で売りさばかれてるらしいやないの」 顔を上げ、はっとするアロハ。 「売り手が急に取引をやめてもうたら、どうなるんやろなあ……増して死んだりしてもうたら、周辺から別業者が入り込んでドぎつい高額でふっかけるで。中毒者はそれをポンポン買って、臓器の隅々まで金ェむしり取られるんやろなあ。中毒者、大量におるもんなあ、イイ稼ぎんなるわ。しかも中毒者にゃ要人もぎょうさんおる。辺り一面大混乱やで。……以上、独り言」 それまでの会話などなかったかのように、二郎はてらてらと去っていく。 その背中を、善三はじっと睨んでいた。 ●『社会』を人質にとった男 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の説明は、リベリスタたちにとって一見楽なものだった。 恐山の下部組織のひとつ、縞島二浪が率いる『縞島組』の活動を一部阻止すると言う依頼である。 それも、ある土地の立ち退き及び買収を止めるだけ。 土地は、老婆が一人で暮らしている古い民家である。 大きな家だが、どうやら過去に児童施設のようなものを運営していたらしい。 それはさておき……。 「縞島二浪は部下を引き連れてこの家に強制突入。土地の権利書を無理やり奪い取るつもりのようです。そのためにはお婆さんを殺すことも厭わない……と、告知がありました」 「告知……?」 ここで、少しだけ話が捻じれる。 「はい。アークに対して直接……と言うわけではありませんが、どう考えても我々向けと思われるメッセージが新聞の広告欄に記載されていました。暗号が交えてありましたが、間違いありません」 おばあさんを殺すつもりです、と和泉は言い切った。 そして、もう一つの事実もつきつける。 「更に、縞島二浪に何らかの危害を加えた場合、ある地区におけるドラックの値を大幅に引き上げるとも」 「…………」 意味の分かりにくい話ではあるので、乱暴に要約しよう。 「彼は、一般人を社会的に虐殺するつもりです」 そして、これを実行されたが最後、防ぐ手立ては我々にはない。 「縞島二浪は非常に狡猾な男です。見え見えの穴を晒して罠に嵌めたり、気付いた時には既に王手打ったりと言うやり方に長けています。ですが、彼の提示してきた『条件』に縞島二浪の部下は含まれていません。できる限りの武力行使、もしくはそれ以外の手を使って、彼らを止めて下さい。よろしくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月26日(火)00:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ジ・レジスタ 結論から先に述べておくと、縞島組事務所は電話帳に住所を乗せており、何と言うことも無く見つかった。更に言うと、カレイドシステムを有するアークに諜報があるわけがなく、仮に諜報手段があったとしても相手の本拠地を探り当てる便利過ぎる手段はない。あったら今頃日本全土でやりたい放題である。 「ま、そんなもんじゃ世の中」 掃除婦の姿に幻視偽装した『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)は眼前のビルを見上げた。大きな広告は出ていないが、この四階にあるのが縞島事務所である。 何故だか視線を浴びているような、チリチリとした雰囲気があったが無視した。 「ったく、いつ動くんじゃ。広告出すなら日時指定しとけっちゅー……を」 言っている傍から、ビルよりグレーのスーツを着込んだ男達が出てきた。皆トランクケースを手提げて黒光りする車へ乗り込んで行く。 「出てったか。んじゃ早速」 メアリは幻視を解くとビルの階段を駆け上り、鍵を無理やり破壊して事務所内に押し入った。 中に待機していたチンピラ風の男が腰を浮かすが。 「景気づけじゃオラア!」 手早く神気閃光で蹴散らし、呻く男達を軽く踏んづけて気絶、もしくは踏み殺す。 軽く血の広がったフロアタイルを堂々と通り抜け、棚の鍵をまたも無理矢理破壊して資料をばらばらと薙ぎ落とす。 「お、あったあった顧客名簿……ってなんじゃこりゃ。軽中毒リストォ? どう見てもここらの世帯一覧表やないかい。ハッタリかましおって。もっとガッツリしたもんは……」 強盗の仕業にみせかけるように大胆に荒らしながら資料を探す……と。 ガチャリ、と別の扉があいた。 顔を上げるメアリ。目の前の鏡に反射して、ぞろぞろとフィクサードが入ってくるのが見えた。 「ビルの前をババアのふりして嗅ぎまわってたリベリスタはお前か」 「…………ハッ、だったらなんじゃ外道どもが!」 振り向きざまに神気閃光を放つメアリ。 そして――。 ●『善三』と義理 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)とアーベル・B・クラッセン(BNE003878)は本来の防衛チームから離れて三尋木の『善三』という男を追っていた。 「どう、居場所は掴めそう? 衛星からとか……」 バイクから降りた状態で、アーベルは綺沙羅の横顔を見やった。 「数日かければね。でもそんな暇ないし、『今現時刻にその人間がどこにいるか』がすぐに分かったら大変なことよ。まあ、連絡手段なら知ってるけど」 シートに腰掛けてPCを開く綺沙羅。 その中には『ひまわりソリューション』から引っこ抜いた電子データの束がある。中を軽く探ってみれば、『善三』と書かれた携帯電話番号が見つかった。 イヤホンマイクを繋いで早速ダイヤルする。 数度のコール。 コール。 コール。 とある工場地帯の傍で、善三という男が携帯電話を取り出した。 無言で通話状態にする。 ゆったりとした声が聞こえてくる。 『久しぶりね、分かる? あの時に居たアークのリベリスタだけど』 「……」 『戦いたい訳じゃないの。天元について情報――』 善三は親指で携帯電話の電源を落とした。 無言で歩きだそうとすると、目の前にバイクが止まる。 立ち止まる善三。 バイクのエンジンをふかしたまま、運転していた男がヘルメットを外した。 アーベルである。 その後ろに乗っていたのは綺沙羅だった。 「世の中にはGPSって便利な機械があるの」 「……」 この瞬間、善三は知らない人間からの通話は絶対に出ないことに決めた。 優雅な仕草で髪を振るアーベル。 「先日の一件もあるしお互い複雑だけど、状況的に厳しくてね。話だけでも聞いてくれると嬉しいんだけど」 「……」 善三は黙ったまま顎を引いた。話せ、のアイコンタクトである。 「縞島二浪から話を聞かなかった? ドラックのこととか。今彼はある土地を奪おうとしていて、そのためなら権利者を殺すとも言ってるんだ。なんて言ったかな、元児童施設の」 「待て」 手を翳す。 「リーディングを外せ」 アーベルの表情が微細に固まった。 綺沙羅が首を振る。 「『コレ』で情報が知れても責任は無いんじゃないの?」 「同じことだ。俺が原因で情報が漏れたなら責任を取るのは俺だ。そして煽りを食らって責苦を見るのは俺の部下達だ」 「……」 綺沙羅は青アロハたちを思い出した。悲鳴をあげて助けをこう彼を、善三は指を引き換えに助けたのだった。だから今、彼のしている手袋の内には指が一本足りない。 綺沙羅は大人しくリーディングを切った。続けるね、とアーベルは手を翳す。 「心当たりないかな。俺としては、アークと関係ない善三君が奴をぶん殴ってくれると最高なんだけど」 「断る。話すことも無ぇ」 短く言い切る善三に、アーベルは眉間にしわを寄せた。 「俺はお前達の条件を飲んで義理を立てている。それを踏み越えてまで、俺に『なんとかしてくれ』と言いに来たのか。俺にも動けない理由が……」 言い過ぎたという顔をして背を向ける善三。 「見損なったぜ『K2』。願い事は、自力で叶えろ」 ●元児童福祉施設『ひまわり子供会』跡 老婆であった。 そうとしか形容の使用が無い程、屋敷の持ち主はどこにでもいるお婆さんである。 E能力者はE能力者を見ればそうと分かるが、老婆は何処からどう見ても一般人にしか見えない。 なぜこんな人物がと思ったが、『仁狼』武蔵・吾郎(BNE002461)のワーウルフ的容姿を見てもなんとも反応しない所を見ると、神秘界隈を知る人間なのかもしれない。 そんな老婆と、吾郎たちは卓袱台を挟んで座っていた。 「俺たちはアークのリベリスタだ。さっきも説明したように、悪いヤクザがこの土地の権利書を奪おうとしている。実力行使も厭わない連中だ。この土地を守るために権利書を預からせてもらうことはできないか」 話をゆっくりと聞いていた老婆は、おっとりとした糸目のまま顎を僅かに引いた。 「アークは、たいへん大きな組織と聞いております」 「ああ……」 「善意で動く人もあれば、悪意で動く人もありましょう。良かれと思ってしたことが裏目に出ることも、誰かの糸に引っ張られた罠であることもありましょう」 「……どういう意味だ?」 グル、と喉を鳴らして首をかしげる吾郎。 「お預けすることはできません、という意味御座います。ご親切にして頂いて、ほんとうに恐縮ですが」 「そうか、ならいい。俺は今から権利書ごとあんたを守るだけだ」 「恐れ入ります」 しずしずと頭を下げる老婆。 吾郎はなぜかいたたまれなくなって、同じように頭を下げた。 その頭でこう考える。 もし『アークは関係ないから、俺が預かる』と言っていたらまた違ったのではないだろうか。 屋敷の扉と壁は薄いと見える。 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)は横目でドアの隙間を見やった。 「権利書預かるんはナシか……ま、ええわ。最後の一線がちょっと前ぇ出ただけや」 「……そうね」 パタンと通信機を閉じる『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)。ヤクザが乗り込んでくるという事実に恐怖がないわけではないが、震えは壁にもたれかかって誤魔化した。 「こっちも済んだ。アークから『組織的に』恐山、逆凪、三尋木に報告を入れさせるのは難しかったわ。信用しない可能性が大きいのと、教えたことによって『裏で何を考えているのか』と疑られて予想できない方向に転がる可能性があるから……とか。それ以前に、恐山が建前上いつでも尻尾を切れる傘下組織のことで隙を作りたがらないんでしょうね」 きょろきょろと周囲を見回して、椿に問いかける。 「所でメアリは? まだ来ていないみたいだけど」 「ン? そういやそやな……なんやろ、勝手に外警戒しとるんやろか」 目を僅かに細めるアンリ。 椿は知らず、ニヤリと笑った。 「奴の笑いが引き攣るほど、何も言えへん状況にした上で追い詰めるよぉ頑張ろか」 屋敷の外にはトラックが止まっている。 車体に背を預けるようにして、『花縡の殉鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)はじっと目を閉じていた。 遠くから近づくエンジン音のようなものを感じて、うっすらと目を開ける。 小声で屋上の彼女へ囁きかけた。 それが聞こえていたのか否か。 『кулак』仁義・宵子(BNE003094)は咥えていた煙草を僅かに噛む。 「全くホント、セイギノミカタは大変だ……平和ぼけし過ぎだよこの国は」 指で煙草をつまんで煙を吐く。 彼女の眼下で、黒い車が数台停まった。 エンジン音が止まり、無数のドアが同時に開く。 最後に開いたドアから、眼帯をした男がビニール傘をつきながら下りてくる。 宵子は、ほんの小さく呟いた。 「縞島二浪」 ●札束のパレード 建物に入ろうとした二浪の足元に、煙草が一本落ちてきた。 砂利を削るような音をたてて、茶色い革靴が止まる。 「煙草のポイ捨てはいかんでェ」 「列の割り込みもいけないよ。順序も守れないの?」 瓦屋根の上に目をやると、月光を背に宵子が腰を下ろしていた。 バネ仕掛けの玩具のように飛び跳ねると。宙で一回転して二浪の前へ着地した。 鼻先と鼻先が20センチも無い。 「ここ、通さないよ。入るなら、殴っちゃうから」 「ほぉー、おもろいやんけ」 二浪は咥えていた煙草をその場に捨てると、足でじりじりと踏み潰した。 「ワシ一発殴るごとに7世帯でどや?」 すぅ、と宵子の目から温かみが消えた。 それまで門番のように立っていた遥紀も、殺気じみたものを感じて顔を上げる。 「今なら特別サービスで6世帯にオマケし――」 「黙んな」 二浪の頬に強烈なパンチが叩き込まれたもんどりうって倒れそうになる所を部下に抑えられる。 「おおっと、おっほおっほ……痛ぇ、歯折れたんちゃうかこれ……」 「だから? 私は前に言われたことがあるよ、責任とれるならやりたいことをやれって。ねえ、取ってやるからさ。もう一発――」 「待って、仁義!」 振り上げた腕を遥紀が必死に掴み取った。 それでも収まらず、二浪のこめかみ数センチの所で止まる。 「待って」 「……」 宵子は暫し沈黙した跡、遥紀を片腕で振り払った。 二浪の襟首を掴み取ってもう一発殴りつける。今度こそ地面に転がる二浪。 「ぐおっ……!」 「良かったねえ、これで物価高騰間違いなしだ? そのまえにお前生きてないけどな!」 「おい宵子何をやってる、やめろ!」 吾郎たちが慌てて飛び出してくる。 が、吾郎自身は飛び出すわけにいかず、すんでの所で留まった。背後の老婆を守らなければならない。 「あーあー気にせんでええ。急に訪ねて来てすまんかったなあホント。殴られてもしゃーないわぁ。ってえことで、ほいアークの皆さんどーもどーも、縞島組のこういうもんです」 土のついた服を払い、鼻血と口から出た血を袖で拭うと、二浪はわざとらしく名刺を取り出した。 気取った仕草で投げてくる。 くるくると回って、椿の指の間に収まった。 「ご丁寧にどーもさん、とりあえずくらえや!」 同じような仕草で呪印呪縛を打ち込むと、二浪はその場にがくんと腰をかがめた。 「んぐっ……!」 堪えるだけの力が無いのか、地面に傘を突き立てて無様に倒れることだけは避けた。 じっくりと歩み寄る椿。 「危害加えたらあかんっちゅーのは、さっきみたいに怪我させたらあかんっちゅうことでええんよな?」 「……ま、そうなるわな」 「ほいほい」 ついっと指を立てる椿。 アンナと遥紀がすかさず神気閃光を放った。 元々戦闘力に欠ける縞島組の部下達は面白いようにバタバタと倒れていく。 しかし死んではいない。うめき声をあげ、頑張れば立って歩くぐらいはできる程度である。 もはや彼らが文句をつける余裕すら無い。 二浪は呪縛を破ろうと四苦八苦しているのか、殆ど膝をつく形で椿たちを睨んだ。 「……結構なお手前で」 「うん。席を外してる仲間がいるので、少ないゲストですまないね」 「五人いれば充分と思われとったんか。まあ事実やけど……癪やわぁ」 「まあね」 遥紀は穏やかに笑った。上げようとした二浪の足を、靴の上から踏んだ。悔しげなうめき声が上がる。 「『天元』がアークの手に渡ったよ。売人も抑えられてると思う。解析や成分特定、勢力図の書き換え……ねえ、この余興、楽しむ時間はあるかな?」 「……っ」 「約束の破棄は恐山にも響くから大変だね。武力でどうこうできないから、約束事で防御するしかない。逆に足を引っ張られて落っこちることもある。だよね?」 「だったらなんやねん、こっちは部下薙ぎ倒されてワシはこのざまやで」 「何言うてんボケ」 ガッと二浪の額を椿の足が踏んづけた。 「部下は死んでへんしジブンは呪縛だけ。そんな状態でも条件に合致させられるん?」 「……」 「切り札は斬らずに残しておくから切り札言えるんや。今回の内容、恐山や三尋木に流してもええんやよ?」 「……狙いは」 「婦人と土地の安全。そっちは麻薬の確保をすればいい。これで立つよね」 手を翳したまま、アンナがゆっくりと二浪に近づいていく。 「条件を厳密に受け取るなら、アンタの部下は死んでもいいって話になるんだけどね。譲歩してあげるわ。一人も殺さずに返してあげる」 「それでさっきの二発分はチャラにしろっちゅう?」 「理解が早くていいわね」 これで終わりか。 あっけないものだ、と吾郎は思った。 背後の老婆は何も言わずに立っている。 さあ帰れと言おうとした、その時。 「『それでええんやな?』」 どこか重みのある声が響いた。 二浪のものである。 先ほどまでのチャラチャラとした口調とは違い、どこか覇気を帯びていた。 呪縛を解いて立ち上がる、椿たちは強制的に足をどかされてたたらを踏んだが、再び呪印呪縛をかけようと椿が手を伸ばす。 が、その瞬間。 「浪人行」 バスン、とビニール傘の柄が外れ、短いドスが現れた。 途端に二浪が凄まじい高速回転をかけながら二人の間を駆け抜けていく。 椿と遥紀は勿論、宵子とアンナも巻き込んでの曲芸のような一瞬だった。 無数の血しぶきが上がる。 ぴたりと吾郎の首にドスが添えられる。 息をのむ吾郎。背後の老婆はしっかりと庇っているし、二浪とタイマンを張っても負けない自信はあった。 だが、この恐怖。 武力ではどうにもできないものを背後に感じ、吾郎は本当に敵に慄いた。自分が『慄く』という感情を見せることに自体、驚ているほどだ。 鼻が触れるほどに顔を寄せる二浪。 「ええか。おさらいするで。『部下は殺さなきゃええ』『拘束は危害に入らん』『殴られたのと部下の不殺でトントン』。じゃ、コレでどや」 背後を親指でさし示す。 二浪の車のボンネットが開き、中から血塗れのメアリが転がり出てきた。 運転手の男が残っていたのだろう。彼がメアリの髪を引き摺って、アンナたちの前に放り出してきた。手足には手錠がかかり、口にはガムテープが貼られていた。 「死んでへんで。で、リーディングとサイレントメモリーで洗いざらい調べさせてもろたが、こいつアンタらのお仲間だそうやないの。それも、今回の件で動いとる。何したかわかっとるか?」 「…………」 「ワシの事務所に殴り込んで部下ぶっ潰した挙句に資料をごっそり荒らしてくれたわ」 二浪の顔が恐ろしく左右非対称に歪む。 「どやねん、あァ!? 義理も通さんわ理屈も通さんわ最後のプライドも守らんとナメくさりおってコラァ! それで何が通ると思うとんねん! 言うてみコラァ!」 吾郎の襟首を掴み上げる。沈黙する吾郎。 バイクで漸く到達した綺沙羅とアーベルは、その光景に目を丸くした。 「ちょっと、どうなってるの!」 「メアリ……どうして……」 状況を察して青ざめる綺沙羅とアーベル。 二浪は老婆を含めた全員を見回した。 「選べや。一般市民を禁断症状に落とすか、土地の権利書と諸々をこっちに寄越すか」 「その手は食うか、売人は」 「いや、いかん……しくじった」 ガムテープを外されたメアリが掠れた声で言った。 「こいつら、生活水に天元を混ぜてやがる。クソ外道……軽中毒者ってそういうことか!」 「そやねん。この辺の真水は不味いからのう。スーパーで無料配布しとる水汲んでくんや。そこにちょちょっと混ぜたったらええ。じんわりじんわり浸透する。止めるまで気づかん。気付いたが最後、外で売っとる一番安くて近い麻薬に手を伸ばす。それが天元だったらまだええ。ダウンも少ないし健康阻害もそこまでやない。もともと高品質やからの。せやけどどや、ワシらが売るのをやめたら、どこのどんな薬に手ェ出す!?」 「わかりました」 老婆がゆっくりと前へ出る。吾郎が止めようとしたが、その肩を抑えられた。 強い力ではないが、抑え所が良かったせいで一瞬行動が遅れたのだ。 「老人にスタンガンはやめてくださいね。死んでしまうかもしれない」 「な」 何故知っているとは言えなかった。 老婆は権利書を封筒ごと渡した。 「これをあげるわ。判子も中に入ってる」 「はいどうも」 中身を改める二浪。 そこには『初富初音』と権利者の名前が書かれていた。 生きていた部下を叩き起こし、車に詰め込んで走り去っていく。 遠くなるエンジン音を聞きながら、綺沙羅たちは老婆の顔を見た。 「すみませんが、もうここへは来ないで下さい。危険な場所に、なりますので」 その意味をかみしめて、目を反らした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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