●四丁目で 『キミには、嫌いな人はいるかい?』 日が落ちた、大都市から外れたベッドタウン。帰路についていた黒髪の小柄な男子中学生、佐々木一真(ささきかずま)にそんな囁きが聞こえたのは、通学路上から外れた道沿いにある、ボロボロに焼け崩れた廃屋の塀に貼られた『四丁目』いう札の横を通り過ぎた時だった。確かな男性の囁き声。しかし周囲を見渡しても、誰の姿もない。当然だ。 数年前にこの家の一家全員が殺される凄惨な事件が起きてから、いまだに血の臭いがするといった噂も立ち、この家に新たな住人が入ることはなく、がれき撤去のめども立たず、近隣の四丁目の住民以外は、この近辺に寄りつかなくなっていた。一真も例外ではなかったが、嫌なことがあったあとの帰り道など1人になりたい時、今日のように通ることがあった。そして、ここ数ヵ月の間でその頻度は増していた。 『キミには、嫌いな人はいるかい?』 まったく同じ声色で、もう一度耳に入ったその言葉。思わず歩みを止めて声に聞き入った。それ程にその声とその言葉は……一真の琴線に的確に触れてきた。 『別に気にすることじゃない。誰だって、嫌いな人はいるものだからね。その人たちは、キミを今苦しめているんじゃないかな?』 依然として、周囲に人通りはまったくなかった。柔らかな口調で耳に入ってくるその声に、少年は自分でも驚くほどにあっさりと引き込まれていった。 『本当に困っているのならば…。ここにその人を連れておいで。何人もいるのなら、何人だって、全員だって構わないよ。そうすれば、きっとキミは楽になれるから』 決して聞こえてきた言葉の数は多くなかった。だが、その少ない言葉はその瞬間の一真にとり……これまでの14年少々の短い人生の中で聞いてきたどんな甘言よりも、甘美な響き。真っ黒い闇の中で見つけた、一筋の光明。 『わたしかい?キミの味方さ。怖がることはない。騙されたと思って、キミの敵を連れてここにおいで。四丁目にね』 声の主の息遣いが徐々に荒くなっていったこと、その声が『四丁目』のことを『しちょうめ』という独特な読み方で表現したことを気にするだけの余裕は、すぐに家に向けて駆け出してしまった一真には無かった。 「僕の、僕の嫌いなっ、あいつら……!」 翌日、同じ四丁目の空家前で、男子中学生4人の遺体が発見された。 いずれも腹から左肩にかけて、無残にも大きく引き裂かれていた。決して鋭利ではない大きな刃物を腹に突き刺されたうえ、そこから何度も刃を前後に行き来させて強引に肩まで斬りあげられたような状態だった。現場には、おびただしいという言葉がふさわしい大量の血、肉片、臓物が散乱していた。 犠牲者の中には、佐々木一真の名前もあった。他の3人は日常的に一真に対し陰湿ないじめを繰り返していたグループで、発見前日にも一真に対し暴行を加え、金を巻きあげていた。 廃屋の塀に貼られた「四丁目」の札は、飛散した血によって、上から大きく塗りつぶされていた。塗りつぶされた札のすぐ右横に、何者かが犠牲者たちの血を使い、乱雑に新たな丁名を書き殴っていた。蛇や蚯蚓がのたくったようなたどたどしい字は、こう読めた。 『死丁目』 ●死丁目へ 「この上なく、残虐」 アーク本部、ブリーフィングルーム。リベリスタ達を前にした『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はその瞳を曇らせ、重々しく言った。 「数は一体。エリューションフォース……フェーズは2。場所は地図上のここ、四丁目の廃屋」 かつて豪邸だったこの家で、殺人事件があった。犯人は刀身の長さ90cmもの錆びついた大鉈を振るい、家屋の住人だった子供を含む5人家族の命を奪った後で家に火を放ち、自ら命を断ったという。 「この狂人の思念が、被害者の残留思念も吸い取ってエリューションになったということか」 リベリスタの1人が発した問いに、イヴは小さく頷いて肯定の意を示した。被害者の恐怖の念を食ったエリューションは、生前に凶器として扱った大鉈を再び振るい、更なる犠牲者を求めている。 「あの家に憑いたような状態みたい。土地から積極的に出ようとしない…今は」 人を待つばかりになった彼にとって、人通りのなくなった今、通りをよく1人で歩いていた佐々木一真はまさに格好の標的。エリューションは一真を観察し、彼の欲求に応えるような甘言をかけることでより大勢の標的を誘いこもうとしている。このままエリューションのフェーズが進み殺意が拡大すれば、この一角だけでなく、本当に『四丁目』全体が『死丁目』へと姿を変えてしまうかもしれない。 「今から行けば、一真に声をかけている時に接敵できるかも。エリューションを始末して」 いじめを受けている一真の状況は改善しないが、命を失うよりもむごいことはない。 「このエリューションは殺意の塊……状況次第では、一真だけでも強引に手にかけようとするかもしれない」 守ってあげて。イヴの言葉に、リベリスタ達は力強く頷いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:クロミツ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月01日(日)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●待ち望んだ瞬間に 日が落ちた四丁目。日の沈んだ夕焼け空には、じわりじわりと確実に、黒い夜が沁みこんでゆく。ここを照らすものはいまや、おぼろげに照らし出される月と、小さく瞬く星と、家々から洩れる人工の光のみ。その帳を下ろした闇の時間は、彼……殺人鬼のエリューションフォースにとって、この上ない至福の一時。 ずっと待っていたのだ。物好きにもここを一人で通る少年の顔を透視した時、そして同時にその目に不の感情を読み取った時から、塀一枚を隔てたこの空間の中で。誰にも現状を打ち明け相談できないのであろう、はけ口のない少年の不の感情は、日を経るごとに増大しているのが見ただけでも手に取るようにわかった。 慌てることなく、待っていた。どんな者からでも……たとえ、それがまったく面識の無い正体も知れない相手からでも……ほんの少しの優しい言葉にすがらなければならないほどまでに、少年の心が疲弊するのを。そして、今日がまさに待ち望んだその日。一つの釣り糸で、より多くの獲物を釣り上げるための、好機。 いつものように、いや、いつもよりも思いつめ落ち込んだ少年が、彼の前を通り過ぎようとしていた。彼は生前と同じ、初対面の相手に取り入る時の声色と口調を再現し、少年に話しかけた。 『キミには、嫌いな人はいるかい?』 ハイテレパスに気づいた少年が塀の向こうで足を止めるのを透視したのと。彼の背後で事件以降ずっと閉ざされていた門が開く音が聞こえたのは、ほぼ同時。立ち止まった少年に対してもう一声をかける前に、よく通る声が割り込んだ。 「うちが代わりに嫌いな奴を教えてやるっすよ。……テメーだよ、この糞フォースが」 振り向いた彼の視界に入ったのは、8人の人間。声の主である『LowGear』フラウ・リード(ID:BNE003909)が、静かながらも鋭い視線を向けてくる。正確には、フラウだけではなく、素早く展開した8人全員が彼に明確な、そして強い敵意をぶつけてきていた。 「良い子ちゃんに甘い言葉をかけていじめっ子を連れ込ませるとは良い趣味だ」 進み出るフラウと共にその巨体を前へと出し、低い声で『仁狼』武蔵・吾郎(ID:BNE002461)が言葉を継いだ。その間に更に3人が前へと進み出、残る3人は後方に陣取った。 これは願ってもない幸運。何か知らないが、予想もしなかったところから、こんなに大勢の獲物が転がり込んできてくれるとは。声をかけたが今は少年のことは置いておこう。この先チャンスはいくらでもあるのだから、まずは目の前のこいつらを殺そうじゃないか。8人もいる。目移りしてしまいそうになるな。願ったり叶ったりだ。単純に、彼はそう判断した。その判断がどのような結果を招くことになるか、そこまでの思考能力は、エリューションとなった時点ですでに残っていなかった。ただただ、自分が予想していたよりも早く人の肉を斬る感覚を味わえることに心の底から歓喜に打ち震えつつ、歓迎の辞を述べた。 『死丁目に、ようこそ!』 ●望み通りになど ぞっとするような壮絶な笑顔で、エリューションフォースはリベリスタ達にハイテレパスを送ってきた。外見は体格の良い好青年といった風情だが、明らかに目の輝きが尋常ではない。まるで両の目の一つ一つがその先の対象を嘗め回すかのような、絡みつくような視線。呼吸など必要もないはずなのに大きく口を開けて息を吐く姿にはどこか恍惚とした様子さえある。 「まさに狂人の思念か。貴様の思い通りにはさせない!」 そう言った『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(ID:BNE001656)が即座にアーク製スマートフォンを構え、「変身」と続ける。その言葉に呼応するように疾風の身体をバトルスーツが覆い、一瞬にして戦闘態勢を整えた。その姿、まさにヒーローの如し。 「思慮に裏付けられない力は、自らの重みで崩壊する…とは言ったものだけど」 白い背翼を羽ばたかせ、ふわり、宙へと浮き上がるのは同じく前衛の『ジグザグ』花咲 冬芽(ID:BNE000265)だ。疾風の幻想纏いに倣うように、全員が装備を整えていた。そしてそれは、エリューションも同じ。 「情報通り、随分な大物ですね。……最大限、注意する必要がありますか」 顔をしかめて呟いた後衛のアルフォンソ・フェルナンテ(ID:BNE003792)の言葉通り、エリューションフォースの手に柄を握られた大鉈は、刃こぼれして錆びついた、しかし極めて長大な刃をもった重武器。リベリスタに向かって歩を進めつつ、慣れた手つきでこれを片手で素振りするエリューションの実力も、推して知るべしと言うところ。 「どんな殺意を持っていようと…止めて見せますっ」 「そうさ。ころさせないよ、誰一人、ね」 冬芽と同じく背翼を用いて舞いあがりながら『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・マルター(ID:BNE002558)が強い意志を持って発したその言葉に、『24時間機動戦士』逆瀬川・慎也(ID:BNE001618)が応える。どんな相手であろうが、リベリスタ達の目的は共通している。佐々木一真少年を魔手から救い出すことであり……同時に、魔手の根源を、今なお存在し続ける狂気と殺意の塊を、完全に排除すること。 「快楽の為の殺戮なぞ、繰り返させる訳には絶対にいかない。悲劇はここで終わらせるとしよう」 『悼みの雨』斬原 龍雨(ID:BNE003879)が流れる水の如き構えを取りながら言ったその言葉に、全員が力強く頷いた。そしてそれが、戦闘開始の号令でもあった。 ●死を。死を。死を。 エリューションは不気味な笑いを顔に貼り付けたまま、大鉈を持ち直してリベリスタ達の顔をざっと見た。まるで品定めでもしているかのようなその様子に不快感を覚えながらも、飛翔した冬芽は攻撃によって彼の動きを止めるため、同じく飛翔したリサリサも距離を詰める。疾風も簡易飛行を発動し、がれきの山を越えつつ距離を詰めてゆく。 吾郎とフラウはほぼ同時に、身体能力のギアを引き上げた。エリューションはリベリスタ達の方に身体と視線を向けてはいるが、依然として佐々木少年にもっとも近い距離に立っていることに変わりはない。塀からの距離はおよそ5メートル。間に割って入らなければ、佐々木少年に危険が及ぶ可能性が大きくなる。二人が飛びだしたのも、ほぼ同時。吾郎は敵に向けて真っ直ぐ突っ込むように、方やフラウは側面から回り込むように、足元のがれきを物ともしない、素早い移動を開始した。そして時を同じく、慎也はエリューションに照準を合わせていた。 「ちょっぴり、危ないよ!」 前衛の5人が射線から外れたタイミングを逃さず、ジャスティスキャノンを発射した。十字の光が一直線にエリューションに襲いかかるも、真正面からの直線的な攻撃ゆえに、横に跳んだ彼を捉える事は敵わなかった。 「喜べ、お前が好きな事は俺がやってやるよ」 回避運動の隙をつき、最短距離で間合いを詰めた吾郎がバスタードソードを使ったソニックエッジで斬りつけにかかる。吾郎自身の身体能力も手伝い、連撃でありながら一撃一撃に非常に強力な破壊力を生み出す。しかし、これも真正面からの攻撃であったがために、すんでのところで大鉈の刃に受け止められ「がぎぃん!」と重々しい金属音を周囲に響かせた。 エリューションはまずこちらを狙ってきた。これで塀を通り抜けてすぐに佐々木少年を手にかける可能性は解消されたと思っていいだろう。佐々木少年の保護を最優先に行動する龍雨は、次の可能性に思考を巡らせた。結界を張った状態とはいえ、これほどの大きな音が響けば、塀一枚を隔てたところにいる少年も異変を察知するだろう。回り込んで、入口までやってくる可能性が大きい。そう判断し、自分たちが入ってきた門の近くまで後退した。少年が近付いたらすぐに連れ出しに動ける場所であり、後衛として遠距離攻撃を仕掛けるのに丁度いい立ち位置でもあった。 吾郎のソニックエッジの強烈な衝撃に大きく押されながらも吾郎の斬撃を受けきったエリューションの表情が変わった。爛々と、ギラギラと光る眼はそのままに、不気味な笑みはさらに広がり、ゆっくりと唇を舐める。同じ笑みでも、決定的に違う。彼が、狩る対象を決めたことを意味するのだろう。現に、次の一撃を叩きこもうとバスタードソードを振り上げていた吾郎の脇をするりと抜けた彼は、そのまま流れるように上を見上げ……。 「花咲様っ!」 リサリサの切迫した叫びが響く中、中空で左肩を斬りつけられた冬芽が、バランスを大きく崩して地面に墜落した。高速で跳躍したエリューションが、頭上を飛びぬけて回りこもうとしていた彼女に狙いを定めて強襲を仕掛けたのである。劣化の激しい大鉈ゆえ、斬られたというよりは、尖った重金属で殴りつけられたといった方が正しいかもしれない。 『ああ、久しぶりに……斬れる。斬れる。斬れる。ふふぅぅ』 着地するや否や、起きあがれずにいる冬芽に向けてとどめを刺すべく大鉈を振り上げるエリューションだったが、その目的は達成されなかった。冬芽を庇うべく割って入ったリサリサが、腕を交差させて大鉈の一撃を正面から受け止めたからであった。 「あなたの攻撃は通りません。護ること、それはワタシの源……そう根源。決して貴方に容易に破られるようなものではありません」 歯を食いしばって痛みに耐えながら凛と言い放ったリサリサを前に、エリューションは不気味な笑顔を引っ込め後方に飛びのいた。その飛びのいた彼の着地地点に合わせて再度放たれた慎也のジャスティスキャノンが、今度は見事に命中した。続けざまに、アルフォンソのチェイスカッターと龍雨の斬風脚が襲いかかる。二重の空気の刃は、確実にエリューションの身体を削った。 「一旦下がるんだ。動けるか?」 「ぐ、ぅ……何と、かっ」 疾風が冬芽を助け起こし、リサリサが依然として立ちはだかる。更に吾郎もリサリサとともに壁となって立ちふさがった。フラウは既に塀際に回り込み、挟撃の隊形が完成していた。体勢を立て直したエリューションは、目の前に立ちふさがる吾郎とリサリサを忌々しげに見やる。既に最初の笑顔は掻き消え、ギラギラとした目はそのままに、歯をぎりぎりと食いしばっている。これでは殺せないじゃないか、邪魔な奴らめ。と言いたげに。 「お待ちください、すぐに回復を」 両者の間に立ちふさがったまま冬芽に向き直ったリサリサが、光のオーラを鎧に変えて冬芽に纏わせる。そこに斬りかかったエリューションの大鉈を吾郎が剣で受けた。何度も何度も強引に振り下ろされる大鉈に腕を下げられ、右の肩口を斬りつけられてしまった。 「前だけ見てたら怪我じゃ済まないっすよ?って、アンタに言っても仕方ねーっすね。そもそも亡霊っすから。」 攻撃を弾かれるエリューションの背後から、素早く接近したフラウがソニックエッジを仕掛けた。背後から高速で襲いかかる魔力のナイフ2本による連撃は、エリューションも完全に回避できるものではなかった。 しかしエリューションは、次々と身体を切り刻まれながらも勢いよく右回りに振り向くと、その勢いのまま力任せに大鉈を振るう。フラウの反応が一瞬早く、ナイフを繰り出す手を引いて後方に飛びのいた。すれすれで大鉈の刃を回避し再度懐に飛び込もうとしたフラウの左半身に鈍い衝撃が走った。次の瞬間、背と左腕に焼けるような猛烈な苦痛。 「くっ……そ、が。ツイン、ストライク、っすか」 エリューションから、振り向きざまに繰り出された右方向への斬撃は回避したフラウだったが、同時に繰り出された左方向への斬撃を受けてしまった。左腕に大鉈がめり込み、そのまま力任せに弾き飛ばされがれきに叩きつけられたのである。戦闘不能になるほどのダメージは受けなかったが、左腕がまともに動かなくなったばかりか、がれきに手足を取られ起きあがれない。そしてそんな状態のフラウは、彼にとっては格好の餌食。 『斬れる。斬れる。斬る……ヒヒ』 やむなく全力防御の体勢をとるフラウをあざ笑うかのように、歯を見せ笑いながらエリューションが大鉈を振り上げる。吾郎と疾風が同じように負傷していて動けなかったのであれば、今度こそ彼は「斬り殺す」感覚を味わっていたかもしれなかった。跳躍した吾郎のソードエアリアルによる強襲で体勢が崩れたところに、間合いを詰めた疾風が電撃を纏った拳を流れるような武舞にのせて叩きこんだことで、大きく弾き飛ばされたエリューションは、またしても目的の達成から遠ざかることとなっていた。 これほどの攻撃を受け続けている以上、多少なりとも弱っているはずなのだが、表面上は疲労の色を覗かせない。だが、何よりの快感である「斬殺」ができないことに、彼が苛立ちを覚えているのは間違いなかった。もしここで佐々木少年がここに近づいたら危険だ。時間的にもそろそろこちらに到達する頃ではないか。そう思った龍雨がちらと背後へ視線を向けた時……今まさに、門の影から顔を覗かせた少年と、目が合った。 『ハハハッ! キミには、嫌いな人ハいるかイ?』 「私と一緒に来るんだ!」 龍雨と同じく佐々木少年を発見したエリューションは、当初の声色の印象などまったく残っていない口調でハイテレパスを飛ばしていた。先程耳に入った言葉と同じ内容ながらあまりにも様子の違う語調に、少年はびくりと身を固くした。龍雨が佐々木少年の視線を遮るように駆け寄って肩を掴み、強引に連れ出した。 『斬る。キル。KILL。死を。死を。死を!』 そして、もっとも簡単に欲求を満たせる対象を発見したことで、エリューションは近くのリベリスタ達を全員無視して、一直線に龍雨と佐々木少年のもとへと向かおうとしていた。しかし、その目前に閃光弾が転がり炸裂した。アルフォンソのフラッシュバンだった。 「絶対に、行かせるな!」 「もう、あと一息のはず!」 一瞬、エリューションの歩が止まったところで疾風と慎也が叫んだ。欲求を満たすためだけに、がむしゃらに駆け出そうとした彼の背に、疾風の魔力銃による銃撃と、慎也のジャスティスキャノンが直撃した。 「さっきのお返し、だよっ!」 回復して立ち上がった冬芽が、傍にぬっと並び立った影とともにカードを投げた。道化が描かれたカードが2枚、彼に吸い寄せられるように飛び刺さる。カードが意味する「破滅」の予告は、もはや避けようもないものとなった。 「さ、ズタズタに引き裂いてやろうか」 「うちはテメーに殺されてなんかやらねーっすよ。うちの命は安くねーっすから」 リサリサの浄化の歌によって回復した吾郎とフラウは、剣とナイフをそれぞれに構えた。自慢の武器による決して止まらぬ澱みなき連続攻撃。吾郎のそれはエリューションを大きく、力強く引き裂き、フラウのそれはエリューションを、更に細かく切り刻んだ。ソードミラージュのスキルを操り殺意を振り撒く殺人鬼の思念は、同じソードミラージュによって、断ち切られることとなった。 戦場となった屋敷跡地には静寂が戻り、殺意のない、しかし哀しい記憶を残すのみの廃墟へと戻っていた。この場にとどまる意味は、もはや無い。リベリスタ達は足早にその場を後にする。 「龍雨さんに連絡しないとね。無事に終わったよって」 門を出たところでこう言った冬芽の言葉に皆頷いた。それなら私がとアークフォンを手に取って電話をかけようとした疾風に、慎也と吾郎がちょっと待ってくれと声をかけた。ついでに伝えてほしいことがある……と。 ●少年よ 「ああ、了解した……私も戻る」 疾風から目標達成の連絡を受け、龍雨は電話を切った。佐々木少年は、塀の中を覗き込みこそしたものの、中の様子についてはほとんど何も認識していなかった。龍雨と目が合ったあの瞬間こそ佐々木少年が中を覗きこんだ瞬間でもあり、すぐに龍雨が視界を遮るように近づいて連れ出したため、エリューションのハイテレパスを認識したのと、激しい戦闘音を聞いた程度だった。 見ずに済んだのならば、詳細を知る必要などまったくない。少し激しい喧嘩が行われていただけで、だから「殺す」だのなんだのと物騒な言葉が飛んできたのだと説明し、佐々木少年も特にその説明に疑問を抱かなかった。とにかく先程のことは忘れて気をつけて帰るように伝え、その場で佐々木少年と別れることになった。やはり目に見えて暗い表情で龍雨に頭を下げ、立ち去ろうとする少年の小さな背に、龍雨は声をかけた。 「嫌なこともあるが……最後まで、逃げずにまっすぐ立ち向かえ。1人だけで、とは言わない。君は1人じゃないはずだ」 その言葉に、佐々木少年は足を止めて思案する様子を見せた。これより先は、龍雨達が介入する領域ではない。問題を解決出来るのは、結局自分自身でしかないのだから。後はこれを切欠に少しでも彼が変わるのを願うだけ。そう思いながら、龍雨は少年の後ろ姿に背を向け、夜の闇へと消えていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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