● まずは、口の中に飴玉ひとつ。 お気に入りのワンピースを着たら、髪に結ぶリボンを2本。 鏡を見つめて、少女は満足げに、大きく頷いた。 ついこの間まで、私はただの女の子だったけど、今はもう違う。 みんなを守る、正義の味方。今日も一日がんばらなくちゃ! 軽やかに階段を下りて、ドアを開ける。パパとママはもういない。悪い奴と入れ替わられちゃったから。 「……そうですか、でしたら今日からは、それに気をつけながらリベリスタの始末を」 門の前。お兄ちゃんが、今日も難しいお話をしてる。 正義の味方のリーダーに電話してるんだよ、って、この間こっそり教えてくれたんだ。 みさとちゃんは、みんなの期待の星だよ、だって。もっともっとがんばらなくちゃ! 「おはよう! お兄ちゃん」 「おはようみさとちゃん、今日もお仕事、がんばろうね」 とっても優しい笑顔。お兄ちゃんと手を繋いで。今日も一日、悪い奴をやっつけにいってきます! 「――この間の件で、アークにも此方の思惑は伝わってしまったみたいね」 かたかた、キーを打つ音が響く部屋で。 電話を切った女はひとり、誰もいない空間へと声を漏らした。 一般人におけるアーティファクトの影響実験。そう銘打った資料の、今日の日付の部分にその一言を付け加えて。 彼女は、思索の海へと沈んでいく。 3人目。4人目も中々、上手くいっているが、アークのカレイドがあるなら気付かれるのも時間の問題。 しかし、それもまた、悪くはないとも、彼女は思っていた。 「……何を考えるのかしら。如何、感じるのかしら」 分からない。だから知りたい。リベリスタと言うものは、一体どんな。 そこまで考えて。 女は楽しげな笑みを浮かべて、手元のモニターの電源を落とした。 ● 「どーも。……『運命』、話させてもらうわね」 報告書2本に、今回の資料。机に山積みになった書類を押さえながら、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は話を始めた。 「黄泉ヶ辻絡みの案件が、今此処に2本ある。剣道少年に、絵描き少年。……彼らは共に、黄泉ヶ辻フィクサードに与えられたアーティファクトを所持していた。 結末はそれぞれだったけど……まぁ、その辺はこっちの報告書見て貰うとして。 恐らくはこれに連なる事になる案件が発生してる。……要は、今回もあんたらに、一般人からアーティファクトを取り上げて欲しいってことね」 此処まで良い? 傾げられた首に、リベリスタが頷くのを確認して。フォーチュナは今回の資料を差し出した。 「若菜・美里。……小学校5年生、女子。彼女が今回のアーティファクト所持者よ。 識別名『Ondine』。硝子ケースに詰まった飴玉全てがアーティファクトで、……これを舐めた人間は、その日一日、その『歌声』を武器に変える事が出来る。 攻撃、癒し、能力の向上、エリューション使役……出来る事はこの4つだけ。でも、十分に強力ね。 で。ついでに言っておくと、今回、この子は明確に自分の意思で、このアーティファクトの力を他人に行使してる」 今までの子とは全く違ってね。そう、冷ややかに告げられた言葉を理解した一部のリベリスタが首を捻る。 前2件では、所有者は常に、葛藤していた筈だ。 「……彼女は『正義の味方』になったつもりになってるの。そもそも、アーティファクトを得たタイミングが悪かった。 彼女、いじめられっ子だったのよ。辛かったんでしょうね、学校に行きたくない。もう嫌だ、って親に言うんだけど、親はそれを理解してくれない。 子供同士の喧嘩でしょう、馬鹿な事言ってないで学校に行きなさい、って。そんな彼女の逃げ場は、優しい祖母の所だけだった。 でも、そのおばあちゃんが、病気で入院しちゃったの。早く良くなって欲しくて、献身的にお見舞いに通っていた彼女に、フィクサードは目をつけたのね。 これを舐めて、貴女の大好きな歌を歌えば、みーんな上手くいく。そう教えられた美里チャンは、素直に使っちゃったのよ。 当然、無事に祖母の病気は治った。時々、美里チャンが『歌』を聞かせないと駄目、って感じだけどね。 ――まぁ、あたしの未来視が外れないなら、そのおばあちゃんは来月にはエリューションだけど」 笑えないわよねぇ。口元にだけ笑みを浮かべて。酷く冷ややかな瞳で資料を見下ろすフォーチュナの指が一枚、それを捲る。 「で。フィクサードは更に、彼女を言葉巧みに騙していったわ。 君の本当の両親は、悪い奴に連れて行かれた。今の両親は、悪い奴が入れ替わってるんだ。 その悪い奴らを、歌の力で倒して欲しい。その為に協力するよ、ってね。 子供だもん、正義の味方に憧れないわけないわよね。……今、彼女はその言葉を信じて、フィクサードに言われるまま一般人を、リベリスタを殺してるわ。 はじめは自分のお父さんとお母さん。次はお友達。その次は、異変に気付いてやってきたリベリスタ。 あんたらに向かって貰う時には、お兄ちゃん、って呼ばれてる黄泉ヶ辻フィクサードと、使役してるエリューションと一緒に、自分の通ってた小学校を襲撃しようとしてる。 黒幕は、全て学校にいる奴らなんだ、って。優しいお父さんとお母さんも、そこに捕まっているよ、って。 勿論嘘よ。……裏道通ってくれるから、其処で引き止めて、戦ってくれれば良い。人払いは結界で十分だから」 じゃあ次、フィクサードとエリューションについて。 淡々と、話は続いていく。 「まず、フィクサード。黄泉ヶ辻所属、黒根 狐一郎。メタルフレーム×クロスイージス。攻撃系。優男だけど実力は確か。 彼は主に、研究記録と、美里チャンへの指示を担ってる。すっごい悪趣味で、何時、美里チャンが真実に気付くか楽しみで仕方無いみたい。 次、エリューション・ビースト1体。フェーズ2。狼の様な外見をしてて、美里チャンの指示にしか従わない。 鋭い牙で噛み砕く事に特化してる。常にダブルアクション。中々強敵かもしれないわね」 大体これくらいかな。資料を閉じて、視線を上げたフォーチュナは、少しだけ迷う様に視線を彷徨わせてから、再度確りとリベリスタを見据え直した。 「美里チャンは、硝子ケースを大事に何処かに仕舞って持ってる。 あんたらが声をかけても、リベリスタ=悪と教えられてるから当然、戦う事になるわ。 その中で。あんたらには決めて貰わなきゃいけない。美里チャンに、彼女がしている事の真実を、どう伝えるのか。 ……結末は見えない。でも、このまま行けば、彼女は自分が助けたおばあちゃんに襲われる事になるのよ。 そうなってしまう前に。あんたらが決めて。如何するのか。結末を、定めて頂戴」 それじゃあ、いってらっしゃい。それだけ告げて、フォーチュナはすぐさま、ブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月30日(土)23:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「おーっと、此処は通行止めだ」 2人組。明らかに年の離れた少女と男の前で、咥えタバコを揉み消して。 『足らずの』晦 烏(BNE002858)は飄々と、しかし何処か冷ややかな視線を投げ掛けた。 「あっ、おじさんたちが悪い奴なのね! そうでしょ、お兄ちゃん」 「うん、そうだね。……こいつらが、学校に行くのを邪魔してるみたいだ」 ランドセルのショルダーを握り締める、未だ余りに幼い少女。こんな少女も巻き込んだ一般人へのアーティファクトの影響実験とは。 何とも、何処かで聞いた覚えのある話だ。そう、微かに肩を竦める彼は無論、1人ではない。 今から、自分がしようとしている事は。胸の内で、理性と感情が囁き合う。振り切る様に無機物を見通す瞳を少女のランドセルへと向けた『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は、その視界を遮る存在に眉を寄せる。 やはりあの中。冷静に巡る思考と、これから先の結末を憂える心。拳を握った。深く、息を吸って。 「残酷な事実を突きつけることになる。それでも、俺は……」 やらねばならないと、分かっているから。その先の言葉は続かなかった。 敵が動く前に。地を蹴って、駆け抜けた勢いのまま、目の前の男へ拳を叩き込んだのは、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)。 空気が凍る。腕を翳そうとその腕ごと弾き飛ばした一撃に目を見開く敵を見据えた蒼い瞳が、激情のままに細められる。 辛い現実。伸びてきた希望が例え紛い物であったとしても、それに縋った少女を責めるなんて、自分には出来なかった。 だからせめて。これ以上歪んだ運命の犠牲者を出さない為に。彼女を、止めるのだ。 「美里ちゃん、気をつけて! こいつ等、本当に危険な奴なんだ……!」 声だけは切実に。しかし、攻撃を受ける事で少女から隠れた表情は、歪んだ笑み。 リベリスタの苛立ちを、少女の正義感を煽る様な態度に激昂するのは無論舞姫だけではない。彼女と同じく、黒根の眼前へと迫って。意志ある影を従えた『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)は、穏やかに、しかし激情を秘めた瞳をそちらへ向けた。 アークの子供達は随分と老成しているので忘れがちだが、一般的な子供、と言うのは、これ位単純で、脆いものなのだ。 だから。この責を負うべきは彼女ではない。唆した大人に、確り背負って貰わねばなるまい。 「貴方のお相手は私達です。……逃がしませんよ」 そんな彼女の横を駆け抜ける、黒い影。少女の使役下にある狼が、一直線に戦場を駆け抜ける。 押さえに回る快が、彼の手の届かない場所を補うつもりであった『働きたくない』日暮 小路(BNE003778)が動くよりも早く突進の構えを取ったそれの狙う先に並ぶのは、『ティファレト』羽月・奏依(BNE003683)と烏。 2人を容易く弾き飛ばしたソレが、倒れ伏す奏依の身体に容赦無く喰らい付く。容赦無い一撃は、華奢な彼女の体力を一気に削り取った。 ふらふらと、辛うじて立ち上がる彼女の前方では、小路が狼の牽制に回りながら、その道路標識を翳す。 最も効率良い動作。自身の脳内に有るそれを瞬時に仲間と共有した彼女は少々気だるげに、深々と溜息を漏らす。 祖母を大事に思う気持ち。学校へ行きたくないと思う気持ち。 その二つは理解出来るが、他人から貰ったものを使う気持ちは理解不能。肩を竦めて。 「……やったことの責任を取れとはいわねーですが」 これ以上の面倒は、起こさない様にしておかねばなるまい。嗚呼面倒だ。本当に。年端も変わらぬ少女へ目を向けた小路の加護を受けて。黒根の前へと駆け込んだ如月 凛音(BNE003722)が、全身の力を込めた薙刀を男へと叩き付ける。 勢いのまま、少女と男の間に割り込んで。跳ね飛ばした男を、少しだけ不安そうな、けれど強い意志のいろが宿る瞳が見据える。 怖がりで泣き虫な彼女にとって、戦場は当然、怖いものだ。手が震えそうになる。しかし、彼女はきつく武器を握る事で、それを押さえ込む。 その背を押すのは、大事な大事な一人娘。辛い思いをして泣く子供なんて、見たくなかった。そんな酷い事、許す訳にはいかない。 「わ、私がしっかりとお仕置きさせてもらいますっ……!」 少しだけ、声が震えた。けれど、その手は迷い無く、武器を握り締める。 続く様に、超遠距離から立て直した烏が放った高速の魔弾が、黒根の肩を掠め鮮血を散らす。 「黄泉ヶ辻のフィクサードがどこの企業のアルバイトだい?」 からかい混じりに。放り投げられた台詞に男が肩を竦める。その様子を見据えながら、自身の負った深い傷を癒す奏依の息吹が、戦場を吹き抜けた。 あんな子供を騙す奴を、許しはしない。黒幕も全てだ。 「これ以上、正義の味方に憧れたこの子の歌を汚させはしない……!」 からん、と響いたのはひどく軽い音。 握っていた武器を投げ捨てて。『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)はゆっくりと、その足を踏み出した。 「な、なんで剣捨てちゃうの? 悪い奴でしょ、なんでそんなことするの?」 理解が及ばない。その瞳に浮かぶのは、恐れにも似た何か。 無抵抗の相手を傷つけた事など無いのだろう。途端に歌う事を躊躇う少女に、少しだけ安心した。 「俺は、俺たちは、君の敵じゃない」 武器なんていらない。必要なのは、歩み寄る事だ。今こうして手を伸ばすように。こうして、心を沿わせるように。 正義とは。漫画の中の勧善懲悪しか知らない彼女に、本当のそれを教える為に。 竜一の、武器無き戦いは始まっていた。 飛び掛る一撃はきっちり交差させた腕で耐え切って。後ずさった脚に力を込めれば、直後襲ってくる獰猛な獣の牙。 腕から抜けたそれにも表情を動かさず、快は完全に狼を抑え切っていた。 「速いだけで、俺を抜けると思うなよ」 漏れる言葉に篭もるのは、積み重ねた経験の与える自信。過信せず、しかし己の最大限を発揮する彼を横目に見ながら、 「嗚呼、あの子に君達は全てを教えるのかな? どうなのかな? ほら、教えるなら早くしてくれよ、僕、楽しみで仕方無いんだ」 くくっ、喉が鳴る。舞姫の拳に負わされた氷結の呪いを運で解呪した男は、酷く楽しげに両腕を広げた。 嗚呼楽しくて仕方無い。最高だ。セイギノミカタが子供の心を粉々に砕く。 そんな滑稽な英雄譚を目の前で見られるなんて。息付く間も無く捲くし立てて、男は斧を振り上げる。 纏うのは鮮烈な破邪の煌めき。大上段から叩き落された一撃をその身で受けた大和は微かに表情を歪め、けれどその膝さえ地に着く事をしなかった。 「……貴方達の目的は? アーティファクトの研究ですか」 「そんなものに興味はないよ。僕も、玖堂さんも、見たいのはもっと違うものだ。……君達が来てくれないと困っちゃうから、毎回助かってるよ」 意味深に。答えを返す男の言葉の中にあった新たな名前に眉を寄せる。玖堂。それが黒幕の名前か。 道化のカードを投げ付けて。得た情報を整理しながら、大和は未だ見えぬ敵の目的に何とも言えぬ嫌な感情を覚えていた。 ● 血反吐を吐いた。 頭が痛い。胸の奥が鈍く痛んで、吐き出す呼気は燃えるように熱かった。 ぴん、と。理解出来ない恐怖に震えた声が、容赦無く竜一の体力を削り取る。奏依の齎す癒しの風が、辛うじて彼を支えていた。 しかし、それももう無い。仲間を、自分を癒す事に全力を傾けた奏依の身体は既に、血の海へと沈んでいた。 「や、やだよ、なんで? こっち来ちゃ駄目、駄目だってば!」 一歩ずつ。歩みを止めない彼に、大きな瞳が泣き出しそうに潤む。怖かった。分からなかった。この人たちは悪い人で、お兄ちゃんが危なくて、なのに、このひとは。 武器も何も持たずに、手を伸ばすのだ。大丈夫だと。傷付けられる痛みを知っているのだから、と。 手が、届く。頬に触れる。びくり、訳が分からぬ侭肩を竦めた少女はしかし、何も起こらない事に気づいて恐る恐る、その顔を上げる。 「信じてくれなんて柄じゃないので言わない。が、これ以上、誰も傷つかない道。そのために話を聞いてほしい」 頬に触れた、大きな手。鮮血の流れる額を押さえる事もせずに、真直ぐに自分を見詰める瞳に、嘘の気配は無い。 葛藤が、苦悩が、其処には存在した。この少女を、何処まで救えるのか。何が、彼女にとっての救いなのか。 分からなかった。例え此処で何も知らないままに説得を成功したとしても、彼女は何時か、自分の行いを知る事になる。 それでも、それは救いなのか。全てを伝えてしまえばいいのか。けれど、それは、彼女の心を壊すことにしかならないのではないか。 答えなんて無い。分からない。けれど、今出来るのは向き合うことだけなのだ。真直ぐに。せめて、その言葉に嘘が無いように。 その思いを何処まで読み取れているのかは、分からない。けれど、少女は微かに頷いた。安堵の息を漏らして。竜一は、言葉を続ける。 その飴を渡して欲しいのだ、と。その力は余りに大きすぎて、大事な祖母すら苦しめかねないのだ、と。 其処まで告げても、少女は躊躇う。折角手に入れた、セイギノミカタへのチケットなのだ。手を、握り締める。 「……だって、セイギノミカタになれば、皆優しくしてくれるんじゃないの……?」 何時だってセイギノミカタは皆の中心で、愛されて、幸せそうなのだ。悪い奴を全部倒せば、私だって。 瞳が震える。遂に零れ落ちた涙を、竜一が拭ってやる。 「君も僕らと同じ、正義の力を持つ子なんだね。……少し、正義の話をしよう」 美里が歌を止めたからだろうか。動きを止めた狼を視界の端に捕らえながら、快は優しく、少女へと語り掛ける。 例えば、2人の少女が居て。虐められていた片方が、仕返しにもう片方を殺してしまったとして。 さあ、悪いのはどちらになるだろうか? 「……やりすぎかな、って思うけど、ころされちゃってもしかたないよ」 悪いことしたんだもん。ぎこちなく。けれど、質問に答えた少女に頷いて。でも、と、快は言葉を続けた。 「殺してしまったら、もう二度と話すことはできない。ゴメンナサイして、仲直りすることもできない。もう誰もその子と会うことができない」 それでも、悪いのはその子って言えるのかな? 向けられた言葉に、少女が詰まる。思い悩む少女の肩を竜一がぎこちなく撫でてやれば、彼女は漸く、小さく首を振った。 何が正義で、何が悪か。人それぞれで、考えは様々だ。そう前置いて。 「大事なのは自分でそれを考えること。誰かの言いなりで、何が正しくて何が悪いのかを考えず、力を振るい続けちゃダメだ」 元凶とも言うべき漆黒の男を、射るような視線が捉える。 一瞬交わる。けれど、即座に逸らして。快の瞳は、涙を溢す美里を真直ぐ、見詰める。 「そんなのは力に振り回されてるだけの、ただの人形だ」 ぴくり、と肩が跳ねる。震える手が、ランドセルを下ろした。そんな彼女の様子に微かに眉を寄せた男は、しかし直ぐに嫌な笑みを浮かべて口を開く。 「今更だよ美里ちゃん。……だってさぁ、もう……」 その表情が、愉悦に歪む。しかし、再び口を開く前に。 投げ付けられたのは、破滅を告げる道化のカード。激痛で黙らせた男を見上げる大和の瞳は、刃より鋭利に煌めいていた。 「……私、貴方を生かしておいてやろうなんて思っていません」 運命を掴む刀を、握り込む。情報など、所持品から得れば良い。生かしてやる必要なんて無い。だって。 こんな子供を唆して。人を、親を自ら殺させた何て事に。 「運命を砕いて、砕いて、砕ききりたい程に怒りを感じているのですから。……逃がすと、思わないでください」 彼女に続く様に、小路の放った真空の刃が男の腹部を抉る。ちらりと、その目が少女に向いた。 仕方無いなぁ。はぁ、と溜息が漏れる。 「お婆ちゃんは無条件で孫の味方です。当然あんたの味方です」 でも。その孫が、他人の言う事を鵜呑みにして言いなりになっている事を喜びはしない。 大好きな祖母の心情を思わせる言葉に、少女の肩が震える。おばあちゃん、小さく漏れた声を耳にしながら、小路は言葉を続けた。 「全部信じろとは言わねーですが、普通じゃない方法がお婆ちゃんを助けられる手段か、一度よく考えて見るですよ」 「……おばあちゃん、このままじゃ危ないの……?」 何も知らなかったのだろう。怯えた瞳を見返した竜一は、少し、迷って。 頷く代わりに、その両腕でしっかりと、少女を引き寄せてやる。普段の調子は影を潜めて。そっと、背中を撫でる手は何処までも、優しい。 「――俺は、君を、救いにきたんだ」 この先の保障は出来なかった。けれど、せめて。 今だけでも、その心に悪意に満ちた言葉が触れる事の無い様に。抱き締める腕に、力が篭もる。少しだけ、間が空いて。 ぼろぼろ、零れた涙が服を濡らして行く気配が、した。 傷を押さえる。美里に再度言葉を投げようと試みた男はしかし、凛音の振るった薙刀にその身体ごと後退を余儀なくされていた。 「美里ちゃんに何かするつもりなら、私達を倒してからにして下さい……っ!」 「嗚呼もう、こうやってお涙頂戴か! ……でももういいよ、データはばっちりだ」 けれど、と。足掻きとばかりに、距離の詰まっていた烏へと、男の全力の刃が振り下ろされる。がりがり、運命を削り取られる音が、聞こえた気がした。 ● しかし。そんな足掻きが通用する程、リベリスタの力は甘くは無い。 少女の使役下から外れたのだろう狼が姿を消せば、残るは黒根唯1人。程なく追い詰められた彼はしかし、底意地悪い笑みを崩さず、悪意の言葉を投げ付けんとした。 「……こ、こんな甘い話に騙されるのが悪いんだ。これは全部あの子がやった事だ、もう、取り返しなんて――」 男が全てを口にする前に。その口ごと叩き潰す様に叩き込まれたのは、舞姫の拳。 躊躇無くその鼻を圧し折って。蒼く燃え立つ隻眼が、血に塗れた男の顔を睨み据える。 「……楽しいか?」 低く投げられた言葉。男がそれに答える前に。 「人の心を弄ぶのが、そんなに楽しいか!」 吐き出された激情。黒曜石の煌めきを握り締めた。喰い込んだ爪が皮膚を裂いて、鮮血が滴り落ちる。抑え切れない感情の代わりに、刃が震えた。 あの子にとっては優しいお兄ちゃん、だった筈だ。だから。彼女にとって黒根を叩く自分が『悪』であっても構わなかった。 自分に出来るのは、彼女がもう一度現実と向き合う機会を、未来、を護る事だけ。だから。だからこそ。 この男だけは許さない。絶対に。絶対にだ。あの子を嘲弄することなど。それどころか。 「もう、ただの一言でも発することも許さない。……これ以上美里ちゃんを傷つけるつもりなら、二度と口を開けないようにすることも躊躇しない……!」 その瞳に浮かぶのは、明確な殺意。背筋が寒くなる様な気配に、思わず後ずさりかける。 もう何もしない、そう手を上げて逃げ出そうとする彼の退路は、即座に快によって塞がれていた。 「まだ話は終わってないぜ、ロリコン野郎。……洗いざらい吐いて貰おうか」 「僕が知っている事なんて殆ど無いよ。嗚呼でも、一つだけあるよ、一つだけ。この研究の対象の話だ」 がたがたと。こちらを睨み据える快に、大和に、舞姫に怯えた様に後退りながら。 思い出した様に、男は人差し指を立てる。 「僕らが見たいのはアーティファクトの効果じゃない。影響を受けた一般人の、内面だ。そして――」 それを『救い』に来る、セイギノミカタの内面さ。 血塗れの顔が、にい、と笑う。如何言う事だ、問い質す言葉に、男は答えない。 立ち上がる。一気に駆け出した男を追いかけた快はけれど、竜一の腕の中で泣きじゃくる少女の存在に、出しかけた足を止めた。 情報は得た。ならば、今必要なのは少女の心を、少しでも癒す事だ。 落ちていた飴玉の詰まったビンを、恐らくは黒根の携帯電話を、大和が拾い上げる。 空を、見上げた。もう夜だ。落ちかかる宵闇の帳に、溜息が漏れた。 少女の心は、この先の現実に耐え切れるだろうか。分からない。けれど。 少なくとも。今、リベリスタの手の中で泣く彼女は、その人生を完全に潰えさせる事は無かったのだ。 傷付いた仲間を背負う。少女と共に、歩き出した少女の足取りは、初めよりずっと、軽くなった気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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