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幸せになりたい


 あなたと幸せになりたい。
 あなたを幸せにしたい。
 あなたの幸せになりたい。

 お父さんにはちゃんと一緒に歩いてもらうんだから、仕事は程ほどにしてよね。
 困った様子で眉を下げた一人娘の顔を思い出して、男は知らず笑みを零した。
 夜の結婚式場。閉館時間も当に過ぎている為に、男の他に従業員の姿は見えない。
 人の幸せな姿を見続けて数十年、自分の娘の結婚式が、自分の仕事場であるこの式場で行われるなど、思いもしなかった。いや、少し、想像する事を避けていたのかもしれない。
 早くに妻を亡くし、男手一つで育て上げた一人娘だ。ありがちな反抗も無く良い子に育ってくれた。その子が、明日、花嫁になる。
 娘の幸福を喜ぶ気持ちと、寂しい想いがこみ上げてくるのは、父親として当たり前とも言えた。
「……お前は、きっと目一杯祝福するんだろうなぁ」
 思わず落とした呟きは、亡き妻に対するもの。
 まだ若く、金も無いうちに籍を入れたばかりに、花嫁衣裳も着せてやれなかった女房だ。
 けれど優しい彼女なら、きっと、私の分も綺麗な花嫁さんになってねと、娘を抱き締めたに違い無い。
「……俺は、お前を幸せに出来ていたかなぁ」
 そして娘の選んだ男は、娘を幸せにしてくれるだろうか。
 思い出の中で微笑む妻と、娘の笑顔が重なって、思わず涙目になって呟いた。
 その時。
 マリッジブルーに浸る花嫁の父親の眼前。愛し合う二人が愛を誓う十字の前。そこに、ふわり、と、真っ白い影が舞い降りるように現れた。
 レースのヴェールが揺れ、柔らかなドレスの裾が翻る。真っ白な手袋をした細い指先には白い花のブーケ。純白のそれは、紛う事無く花嫁だった。
 ただし、揺れるヴェールの向こう側の、顔は。
「…………涼子……?」
 唐突に表れた白い花嫁を訝しむより先に、男は妻の名前を呼び、手を伸ばす。
 既にこの世に亡いはずの妻へ、伸ばした指を、真っ白な花嫁は微笑んで、掴んだ。
 ヴェールの向こう側には、赤くルージュのひかれた口の他に、顔が、無い。
 妻の姿を象った異形に気が付く前に、男の意識はぷつんと切れた。

 ――あなたと、幸せに、なりたかった。


 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が未来視したE・フォースは、一見するとウェディングドレスを着たマネキンのようだった。
 白いヴェール、白いブーケ、白いドレス。着ているのも血の気のない真っ白な肌の女性……に見える何かだ。
「幸せになりたかった、けれどなれなかった花嫁、或いは花嫁そのものになれなかった人たちの想いの集合体ね。
 今夜結婚式場に現れて、不幸にも居合わせた男性が襲われるわ」
 女性ならば大抵は憧れる幸福な結婚。しかし、現実問題始終幸せなばかりの婚姻は難しい事も多い。
 彼女もまた結婚に憧れたりするのだろうか。真白イヴはどこか残念そうに小さく嘆息し、資料から顔を上げた。
「フェーズは2。見ての通りのか弱い花嫁だから、戦闘能力は高くはないわ。ただ、幻覚を見せる力が強い」
 幸せにしたかった、けれど出来なかった、誰か。そういうものに、E・フォースは姿を変える。
「正確に言えば、幻覚のせいでそう見えるだけでE・フォースが変身するわけじゃないけど。
 見る人によって姿は変わるわ。自分の見ている姿を、他の人も見ている、とは思わない方が良い」
 言って、イヴは少し考えるように首を傾げ目を細める。
「……幸せにしたかった、けれど出来なかった誰か。
 例えば、私が視たのは、苦労をかけっぱなしのうちに亡くしてしまった奥さんの幻を見る男の人だった」
 幸せにしてやれたのかどうか。そんな不安が、後悔が、E・フォースの姿を作る。
「幸せかどうかなんて、きっとその本人にしかわからない事なのにね」
 勝手に「幸せではなかったろう」なんて不安に思われても困るだろうと、イヴは言った。
「気を付けてね」
 仕事の事そのものを言っているのか、E・フォースとの戦闘を言っているのか、幸福の定義を説いているのか。
 問い掛け損ねて、リベリスタは大人びた少女の横顔を眺めるに留まった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:十色  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月26日(火)23:46
お目通し有難うございます。十色と申します。
6月の花嫁だからって幸せになれるとは限らないみたいです。

本シナリオの情報は以下のようになります。

■成功条件
E・フォース×1の討伐

■状況
夜の結婚式場。洋式・長椅子の並ぶ教会風の会場。
奥にステンドグラスと大きな十字架が備えられている。
会場への侵入は手配済み。
リベリスタ達が到着する頃は従業員は既におらず無人だが、
数時間すると、翌日結婚式を挙げる花嫁の父兼会場責任者の男が見回りにくる。
それまでは人払いの心配は無い。

■エネミーデータ
E・フォース『幸福の花嫁』フェーズ2
純白のウェディングドレスを纏った女性の姿をしている。
鼻などの凹凸はあるが、口以外に顔のパーツが無い。

手にしたブーケから、通常式場全体に幻覚効果のある香りを振り撒いており、
自分の姿を「幸せにしたかった誰か」の姿に見せる事が出来る。
例えば恋人を失くした男には亡くした恋人の姿に見えるだろうし、
親孝行の出来ないまま遠く離れた子には親の姿に見える。
幸福から遠のいた人間には「幸せだった頃の自分の姿」に見える事もある。
姿形、衣装も見る者の記憶・イメージに依存するが、
女性を思い描いた場合、ウェディングドレスを纏った幻を視る事もあるようだ。
ちなみに、幻は声を発さない。
幻覚に囚われた状態でE・フォースと接触すると、生命力を吸い取られる。

通常、何の対抗手段も用いず式場に立ち入れば即座に幻覚が現れる。
ガスマスクの類が役に立つかは半々。

幻覚に捕まっている者には生命力吸収以外の攻撃をしないが、
幻覚が破られると本格的に攻撃を仕掛けてくる。
神秘攻撃・単体狙いが主。

■備考
E・フォースにどのような幻を重ねるかは皆様の自由です。
「幸せにしたかった。けれど出来なかった誰か」
「幸せになりたかった。けれどなれなかった誰か」
各キャラクターがそう思っている誰かの姿で、E・フォースは幸せそうに微笑みます。
恋人・肉親・友人・自分自身やその他、関係は問いません。
具体的なキャラクターやエピソードがある方は、詳細を書いて頂ければ反映されるかもしれません。
絶対ではありませんが。

純戦闘よりは心情寄りのシナリオになります。

ご縁がありましたら、よろしくお付き合い下さいませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
覇界闘士
ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
覇界闘士
レイ・マクガイア(BNE001078)
覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
ホーリーメイガス
翡翠 あひる(BNE002166)
クリミナルスタア
ベルバネッサ・メルフィアーテ(BNE003324)


 幸せに、なりたい。幸せにならないはずがない。
 そう幾人もの花嫁と花婿が思い、微笑みあったであろう誓いの場所。
 憂うように静かな月の光に照らされて式場に佇む花嫁は――異形であった。
 顔の無い花嫁。紅唇が笑むのは、幸福の為ではない。扉を開ける誰かの幻の幸福を、嗤っているのかも、しれなかった。


(幸福な時の幻覚を見せる、か。厄介だな)
 『銀の銃弾』ベルバネッサ・メルフィアーテ(BNE003324)は戦場となる式場への扉を開ける瞬間、そう考えて苦い顔をした。一応、口元を手で塞いでおくが、前情報を見る限り、ほとんど無意味であろう事は承知の上である。
(ま、そこまで強くないらしい、頑張ろうか)
 自分の銃に指先で触れて確認した頃、扉は、開かれる。

 式場一杯に広がった不思議な香りを感知するより先に、ベルバネッサの視線が捉えたのは、ステンドグラスを背にした一人の少女。
(あれ、は)
 瞠目した金眼の先に居る彼女は、間違い無く、幼い頃のベルバネッサだった。
 繰り返し過ぎていくだけの、つまらない日常の光景がベルバネッサの目の前を、脳裏を通り過ぎていく。
 何の不自由も無く、しかし平凡な毎日。面白い事も無い、毎日代わり映えのしない風景。
 それは、今のベルバネッサから見れば、退屈と言っても良い日常だ。
 しかし、少女は、笑っている。幸せそうに。
「ああ、あれ……昔の俺ってば、こんな……」
 ”幸せ”だったのか?
 気が付けば、頬を一筋の涙が伝い落ちていた。呆然と立ち尽くし、微笑んで手を伸ばしてくる少女を見守る。
 自分ではない自分。いつの日かの、幸せな少女。
 それが、失われ、もう無いものだと、ベルバネッサは思い出す。
「……くくっ、らしくねえや……過去に涙すんなんてさ」
 けれどほんの少し、感謝しないでもない。そんな思いを込めて、二丁の拳銃を構える。
「お礼に、てめぇの頭に風穴空けてやんよ!」
 凄まじいまでの速さを持った銃弾が、幻を打ち抜いた。


 式場に踏み込む時、何の対策も持たなかったのは、故意だった。
 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)には、例え幻覚であろうとも、姿を見たい人が、いる。
 しかし、胸に住まう彼の人を想い、足を踏み入れた先で、アンジェリカが見たのは。

「あれは、ボク……?」

 今の自分より、少し幼いアンジェリカが、ステンドグラス越しの月光の下に佇んでいた。
(あれは、まだ、神父様といた頃のボク)
 今尚胸に抱いた大事な人。あの人がいれば、それだけでよかった。過去も何もかも受け入れ、それでも側にいてくれた。
(そうだ、あの頃のボクは確かに幸せだった)
 ――幸せにしたかった誰かの幻を見る。幸せだった頃の自分を見る。
 そんなエリューションであればアンジェリカは、きっと、今傍にいない神父様を見るだろうと、幻であれど会えるだろうと、思った。
 あの人を幸せにしたかったから。けれど、出来なかったから。
(――ああ、違うんだ)
 今、気が付く。
 アンジェリカが幸せだったのは、あの人がアンジェリカを幸せにしようとしてくれたから。
 そして、アンジェリカは、あの人を幸せにしたかったのではない。あの人といる事で、自分が幸せになりたかったのだと。
 気が付いて、目の前の幼い少女に対して色とりどりの感情が沸き起こる。
 嫉妬、憎しみ、哀れみ、同情………けれど、感情の波が過ぎた後、残ったのは、感謝だった。
 幸せそうに微笑み、ゆっくりとこちらに手を伸べてくる少女を、アンジェリカから抱きしめる。
「ありがとう、君のおかげでボクはボク自身を知る事が出来た……。
 だから、改めて誓うよ。今度こそ、ボクはあの人を幸せにする為に、あの人を見つけ出す……!」
 抱きしめた少女から身を離し、ソーイングセットの針を取り出して、自らに突き立てる。
「……っ!」
 小さく鋭い痛みと、ぽつん、と浮かぶ血の玉。それから、晴れていく、幻。
 少女の姿は薄れ、やがて真っ赤な唇の無貌の花嫁が現れる。
(さよなら、ボクの心。真実を教えてくれてありがとう)
 アンジェリカの指先から、偽りの花嫁を笑う道化のカードが放たれた。


 ふわりと、長い髪が、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の前で揺れていた。
 長い髪をポニーテールに纏め、満面の笑みを浮かべているのは、紛れもなく。

(……お前かよ)

 かつての、うさぎそのものだ。
 ――幸せだった頃の自分を見る。
 勿論、今が幸せでない訳ではない。けれど、あの頃のうさぎが『なりたかった幸せ』は、ずっと続くと信じていた幸せは、確かに、もう何処にも無い。
「『あなた』は、幸せになれなかったんですね」
 零れた声の先で、うさぎでないうさぎが、幸せそうに微笑んでいる。
 あの笑顔が象徴する、幸福。
 何の罪悪も背負わず家族と幸せに過ごし、その幸せが永遠だと疑いもせず……泣いたり笑ったりしながら生きていく。
 それがまさか、唐突に終わるなんて、まさか、泣く事も笑う事もする訳にはいかなくなるなんて夢にも思っていなかった。
「私と『あなた』は、もう別物なのですね」
 仮に、うさぎがこれからどれだけ幸せになろうと、あの『うさぎ』は幸せにはならない。
 『うさぎ』の幸せは、もう永久に失われたのだから。

「………………なんだそりゃ」

 唐突だった。
 これまで静かに、静かに、己の幻と対峙していたうさぎが呻く。
 無表情に、今までの静謐が嘘のように、うさぎの唇から声が溢れ出した。
「畜生、なんですかそれ、何でこんなもんが出てきますか」
 いや、本当は、分かっている。
(分かってるよ畜生が。私が今まで人から幸せにして貰ってばかりだったからだ!
 畜生が、貰うばかりで何も返してこなかった挙句の果てがこのザマか)
 うさぎの体が幻との距離を一気に縮める。幻覚はまだ解けていない。うさぎの目に映るのは未だ長い髪の『うさぎ』である。
 それでも、一撃に躊躇いは無かった。
(この幻覚は破らない。これはこのまま、この面を拝んだまま倒すべきだ。私は)
 幻に囚われた人間が幻に触れれば生命力を奪われる。そうと知りつつ、うさぎは『うさぎ』を見続ける。振るわれる手は止まらない。
「甘ったれめ! お前にだけは負けてたまるか! この、甘ったれのガキめ!!」
 静かな目で、表情で、声と『自分』を打つ音だけが激情を乗せて式場に響く。
「ちくしょう……」
 唇の間から漏れた低い声は、横から放たれた鋭い風刃の通る音に紛れた。


 幸せに、したかった人。
(なんか、いっぱいいるけど一人もいないような気がするなあ)
 今回は、大切な人の幻覚を見せられた人のサポートに徹しよう。『息をする記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)はそんな風に考えていた。
 目の前に、『彼』が現れるまでは。

「……あ、え、なんで」

 ヘルマンの目の前で機嫌良く笑うあれは、確かに、ヘルマン自身だ。
 三年前、主人である少女と暮らしていた頃の自分が、笑っている。
(あれ、わたくしって、あんなに幸せそうだったっけ)
 当人が戸惑う程に、幻は幸せそうに笑っていた。唇が僅かに動いて見える。歌でも歌っているかのように。
(嬉しそうに鼻歌なんて歌っちゃって、ご主人様に褒めてもらえたのかな)
 頭のどこかは冷静に、幻の自分を観察しかつての己の心を見る。
(でも、未だってアークの皆さんと一緒で、じゅうぶん幸せで、寂しくなんて……そんな。だって。どうしよう。ああ、)
 冷えた理性を振り切って、感情が、溢れ出た。
「ずるい……!」
 一気に立ち上る闘気がヘルマンの全身を覆う。そのまま疾駆し幻覚との距離を詰め、長い足から放たれたのは目に見えぬ風の刃。
 ヘルマンと同じく猛攻を始めたうさぎの横を過ぎ去って、風の一太刀がE・フォースを、かつてのヘルマンを裂く。
(なんでそんな幸せそうに笑ってられるのわたくしだってわたくしだってもっとご主人様と一緒にいたかったしもっと褒めてもらいたかったし撫でてもらいたかったし笑いかけてほしかったし優しくしてほしかったし名前を呼んでほしかったこっちを見てほしかった!!)
「なんでおまえはそんなに幸せそうに笑ってるんですか」
 抑え込んだヘルマンの声に幻覚は応えない。ただ微笑んでいる。何も、知らない顔で。
(おまえだってあとちょっとしたらご主人様に捨てられるんだ! ゴミみたいに! わたくしみたいに!!)
 内側に渦を巻く感情が、ヘルマンの面を歪ませる。放った声までも、どこか苦しげに罅割れた。
「なあ、その場所譲れよ」
 もう一度、あのかたのとなりにいけるんなら。
「自分だってぶっころしてやる!」
 いっそ怨嗟のように吐き出した声にも幻は揺らがぬ笑顔を保ち続ける。その笑顔が、幸せが、ずるい、とヘルマンは足へと力を込める。
(ご主人様、もっとずっとあなたといたかった。あなたのこと、おかあさんって呼びたかった)


 『アメリカン・サイファイ』レイ・マクガイア(BNE001078)の前に現れたのは、一人の男だった。
 どこか黒い犬を思わせる、ワイルドな風貌の若い男。彼の名前を、レイはよく知っている。

「……ケルベロス」

 レイがアーク以前に所属していた組織で、三人チームを組んでいたリベリスタの一人だった。
 彼は、過去の戦いで皆を救う為に命懸けで突撃し……アザーバイドごとDホールに飛び込んで、戻らなかった。
 彼の帰還を待ったけれど、上からの命令は穴を閉じる事。
(彼を見殺しにしたのは、私達だ)
 記憶に刻まれたケルベロスと同じ顔で笑う幻を前に、レイは拳を握る。
(いや、穴を閉じた私だ)
 Nダウンの後、組織で育てられたレイを構ってくれたのは彼だった。
 もう一人のメンバーは父、ケルベロスは兄のような存在で、我儘で、自己中で、スケベな最低な人。
 でも、好きだった。
 人懐っこい笑顔がまた見たい。あの頃と同じく三人で笑いたい。戦いの中でも、幸せだったあの頃のように。
 だから。
「あなた一人では、足りませんね」
 レイ達は、三人でひとつのチームだったのだから。
 幻に騙されるはずがない。
 上位世界は、時の流れが異なるという。向こう側へ行ってしまった彼はそちらで生きていて、助けを待っているかもしれない。
 今更、幻に笑みを向けられても、レイの罪は消えない。
 それでもいつか、本当の彼を救うと信じて。
「私は、強くなります」
 懐かしい本物の笑顔を胸に、レイの掌が幻を打ち砕いた。


 雷音のお嫁さん姿を、見たいわね。

 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の母は、いつも、娘の髪をとかしながらそう言って微笑んだ。
 父は、娘を愛する男親の例に漏れず「それは許さない」と僅かに厳しい顔で言って、その後家族で笑い合う。
 そんな、ごくごく普通の家族の記憶。微笑む、自分。
 教会に踏み込んだ雷音が見たのは、そんな幻だった。
 愛されて、幸せで、永遠に続くと思っていた時間。
 日曜日に一緒に買い物に行って、小さな白い子犬を拾ってきて、飼いたいと我儘を言って……。
 世話をするのよと、母は仕方無いという顔で微笑む。
 喜んでありがとうと言って、それからいつも一人と一匹で散歩に出かけた。
 本当に普通の、望んでいた、自分。
(ボクにはまだ、そんな未練があったか)
 己の幻に付いて現れた、小さな子犬を抱き上げる。
「ボクが拾ったのは君ではない」
 本当に拾ったのは、兄だったな、と苦笑を浮かべ、雷音は子犬を下ろす。
「ボクはもどるのだ、つかの間の幸せ、ありがとう」
 幸せそうに笑う幻と同じように、けれど決意の違う顔で微笑んで、幸福な風景に別れを告げる。
(ボクは、今の世界でも幸せなのだ)
 大切な友達がいる。
 守りたい仲間がいる。
 ここで立ち止まるわけにはいかない。
 ふと、よく知った気配を近くに感じて、雷音は笑った。
「あひる、幸せな世界はどうだったかな? 随分微温湯すぎて、風邪を引きそうだった」


 幻覚でもいい。会いたい人が、いるの。

 『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)はその望みの通り、両親の姿を幻の中に見つけていた。
 あひるを大事に育ててくれた、最期まで我が子を庇い、亡くなった両親。
 あの時、力があれば守れたかもしれない……無力な自分を思う。
 顔に残された傷を見るたびに、両親が傍に居てくれたら、あの事件が無ければ……後悔ばかりが伴うと知りながら、思わずにはいられなかった。
 この傷は、守れなかった証だ。
 しかし同時に、守ると誓った証でも、ある。
「母さん」
 幻と知って、話しかける。
 微笑む母は手を伸ばして、あひるの頭を優しく撫でた。
「どうか、天国で幸せに暮らして……いつか、あひるが行く時に、ぎゅってしてね」
 今の自分には、守らなければいけない人が沢山いる。
 大切な人もできた。
 あの時に無かった、守る力もある。
 月光を負う十字の前で、あひるは誓う。
 もう二度と、誰一人傷つけさせない。
 幻を振り払い、確かな己の足で立つ。
 丁度その時、傍らにある存在に気付いた。
 力強い雷音の声が、笑う。それに応えて、あひるも微笑んだ。
「えぇ、アレは、とっても微温くていけないわ」
 あひるも幻覚から抜け出たと確信して、隣の雷音の笑みが深くなる。
「夢もいいけど、やっぱり熱いシャワーを浴びて、目を覚まさないとね」
 大事な人を、失くした彼。
 そんな彼を守りたくて、あひると雷音はここに来た。
 自分達の持てる全力を以て、いつもは守ってもらう自分達だけれども、守れる事はある、と。

 今度は、必ず、守る。


 ――幸せかどうかなんて、その本人にしかわからない。
(そうだな、その通りだ……)
 出掛けに聞いたフォーチュナの台詞を思い出し、『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)は苦く笑った。
 思い描くは唯一人。赤い紅い髪の、彼女。
 思い返す。彼女の事。彼女との時間。笑顔も、燃える意志も、最期まで変わらなかった、強さも。
 多分幸せだったのだろう。ただ、もっと幸せにしてやれたとも思うし、そうしたかった。
 そんな火車を嗤うように、目の前で、『彼女』が、わらう。
 頭では、十分すぎるほどに理解している。けれど。
「――っ! 解っかんねぇんだよ!」
 アレは彼女ではない。それは解っている。彼女は、もう、いない。
 目の前のアレは敵だ。敵は須らく叩き潰す。
「アレは敵だ……敵なんだよぉ……っ!」
 幸福を誓う場所にはあまりに似つかわしくない、苦しく、呻く声だった。
 火車の腕は炎を纏う事もないまま、ただ内面の葛藤を現す如くにきつく握りしめられている。
 握りしめたそれを、彼女に、彼女の姿をした敵に、向ければ良い。
 それだけの事が、出来ない。
「――くっ……ッッソ! っがぁぁぁあ!」
 拳に込められた力は敵に向けて振るわれる事なく、零れ出る声だけが空気を震わせる。
(もっとしてやれた事があったんじゃねぇか!?)
 彼女の為に、出来た事が。
(もっともっともっとさぁ!)
 やがて、すとん、と力が抜けた。嘆くような怒るような声も今は無く、力無い笑いが火車から漏れる。
 この現状は、なんだ。敵の一つも叩き潰せない。
(オレぁこんな繊細なヤツだったかよ? オレは……いつからこんなに弱くなったんだぁ!)
 答えを求めるように、手にした結晶を見る。彼女の結晶。消えない火。
 信念を貫いて逝ったと、聞いている。そんな彼女だから好きだった。
(……そうだなぁ……楽しかったよなぁ……)
 彼女の残滓を握る。微笑む幻などよりも余程、手の中の欠片は、温かい。
「……いつかそっち行ったらよ、言えなかった一言を言うさ……」
 手の中のぬくもりの力を借りるように、火車の放った炎の一撃は重く、鮮やかに、白いウェディングドレスを燃やし溶かした。


 顔の無い花嫁が燃え尽きた後には、灰の代わりに真白い花びらが積み重なって残っていた。
 ささやかに残された白いそれは、誰かが触れる前にひとりでに舞い上がり、リベリスタ達へと降り注ぐ。
 「彼女達」には来なかった幸せを祝うように、或いは、祈るように。
「……らしくねえなあ。ガキじゃ、ねえのによ……」
 銃を仕舞いながら、嘆息したのはベルバネッサ。咥えたタバコに火を点けて、煙を吐き出す。
 幻で何を見たのか、思う所でもあるらしい。
 レイも憧れに似た眼差しでステンドグラスを見上げ、思わずにいられない。
(私の未来に幸せは待っているのでしょうか。……幸せになっても、良いのでしょうか……)
 心の問いかけに答えは無い。ただ花びらは優しく、レイの髪を撫でた。
 床へと落ちる前に溶けて消えていく白い花びらを眺め、雷音が言う。
「貴方も、貴方達も、幸せになりたかったのだな」
 おやすみなさい、と呟いた雷音の隣で、あひるも僅かに目を閉じ、瞼の裏に幻で見た両親の姿を浮かべた。
「幸せな夢をありがとう」
 降っては消える白い花びらの中、どこか心配そうな目の雷音とあひるに見つめられた火車も小さく笑う。
 未だ茫然としている者、唇を噛みしめる者、晴れやかに前を向く者、様々である。
 その誰もを、花びらは撫でて、消えていく。
 やがてその純白も全て溶けて、安堵するようなひっそりとした月の光だけが、残った。

 あなたに幸せをあげたい。
 あなたが幸せであればいい。
 あなたの先に、幸あれ。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
ご参加下さった皆様、有難う御座いました。
お疲れ様で御座います。

思いがけないものに向き合った方、会いたかった人に会えた方、
様々であったようですが、皆様の物語の一頁になったならば幸いです。
どうぞ皆様の進む先により多くの幸がありますように、と
花嫁さん達と一緒にお祈りをば。

またご縁がありましたら、よろしくお付き合い下さいませ。