● 「ああ! 本当に君は素晴らしい逸材だよ! モデルとして、アートとして、物体として作品として申し分無い!」 真っ赤な部屋。天井は高く、幅は狭い。ジオラマの樹木が飾られていたが、その深い緑は赤に埋もれていた。丁度真ん中に、二人の男女が立っている。 「そう……かな? 加賀(かが)くんがいうんなら、そうなのかも」 謙遜気味に、女性は首を傾げた。白い髪に、聖女を模した金のティアラをつけ、柔らかなベールを被る彼女。その肌は文字通り真っ白に塗られて、まるで陶磁器かなにかのように見えた。芸術品、といって相応しいその姿。加賀と呼ばれた男は、彼女を遠目から見たり、近くに寄って凝視したりと忙しい。 「加賀くんのいう、人間を越える人間の作品っていうのに、近付けたかな?」 彼女の纏う白いドレスの微調整をしている最中の彼に、尋ねる。その瞬間ぴたりと、彼は動きを止めた。 「……」 彼の沈黙は、否定を含んでいた。彼女はそれを汲み取って、困ったように笑うのだった。芸術家というものは、なにかしら遠いものを目指しているものだ。私にはきっと理解できないし、その作品になることもない――できることならば、なってみたいものなのだが。白い睫毛を震わせる。私の力で、彼を偉大な芸術家へと成長させることができたら―― ● 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、ぶ厚い本を小脇に抱えて、ブリーフィングルームへと姿を現した。腕の隙間から見える本の表紙には、『SAINT』と黒字で、シンプルに書かれている。どうやら写真集のようだった。片手に乗せるのにも苦労するような大きさのそれを、和泉は捲っていく。リベリスタが覗きこむと、捲れど捲れど、そこには人間の姿があった。 「人間アートというものを、皆さんご存じですか?」 リベリスタに少しだけ目線をやり、彼女は尋ねる。そしてとあるページで指を止め、全員が見えるように見開きをリベリスタ達へ向けた。 「その名の通り、生きている人間を使った芸術のことです。今回、この作品がノーフェイスとなりました」 見開きのページに大きく印刷されている女性。真っ白に塗られた肌に、白いドレス、白い髪。瞳さえも白いカラーコンタクトをいれているらしい。背には四枚の翼が添えられて、色のある部分といえば、両手首にはまっている、茶色の車輪。それと金色のティアラのみだった。写真の下に、『運命』と書かれている。おそらくこれが作品名だろう、と彼らは見当をつける。 「場所はこの作品を作り上げたアーティストの個展会場です。この作品が個展のメインとなっているので、一部屋にこの作品だけが展示されています。時間帯は個展が開かれる前、つまり早朝ですね。ノーフェイスを討伐するにあたって、部屋を壊すな、とは言いません。ですが別室には他の作品達が待機しているので、そのあたりは考慮してください」 和泉は、写真集を閉じる。見ておきたい方がいらしたらここに置いておきますのでどうぞ、と近場のテーブルへと乗せた。 「今回の仕事はエリューションの討伐。加えて、アーティストがこのノーフェイスの近くにおりますので、彼の保護も、宜しくお願いしますね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カレンダー弁当 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月26日(火)00:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ある落ちていきそうな意識 虚ろな意識の奥で、私は音を聴いた。 視界はぼやけていて、それが何から発されているのかは分からないのだが、何か硬いものが床に落ちたかのような音だった。無機質な音であるのに、泣いているように聴こえるのが非常に不思議だ。もし涙が宝石だったならば、あんな音をたてて落ちていたのかもしれないな。 ● 「モデルの方がノーフェイスになったとは。『人間を越える人間の作品』という加賀さんの想いに答えようとした結果なのでしょうか?」 薄暗い廊下に、アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)のひっそりとした声が響く。彼らの足元を照らすのは、非常口へと導くための、緑色をした光だけ。 「そうですね。その強い思いが、今回の覚醒を促したのでしょうか」 と、『空中楼閣』緋桐 芙蓉(BNE003782)。うーん、と彼女が考えるように視線を横へそらせば、足元の小さな段差に気付かず躓いてしまう。ああ申し訳ありません、とアルフォンソは用意していた懐中電灯で、先を照らす。 「ただノーフェイスになっちまったのは、皮肉以外の何ものでもねー感じっすけども」 床を照らす光を見ながらも、『LowGear』フラウ・リードは仮面をつける。今回の保護対象に顔を見られ、後から何かしら言われるのを防ぐためだった。 彼らの歩いている廊下を根幹として、枝のように道が別れている今回の展示室。枝先にある部屋からは、作品(ひと)の気配がわずかにだが感じられた。だが、双方壁や角度の関係上、姿を確認することはできない。今見られたとしても、おおよそ個展関係者くらいにしか思われないでしょうね、と『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は眼鏡を指の腹で押し上げて。 「あの部屋ですね。では皆さん、結界を」 ヘクスの言葉に、五人のリベリスタが頷く。強固な結界を作り出すために名乗りをあげたのは、ヘクスの他、アルフォンソとフラウ、それに『黒い方』霧里 くろは(BNE003668)、『働きたくない』日暮 小路(BNE003778)、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)の合計六人である。幾重にもなり、十分な結界となった。彼女らが結界を張っている間に、別の下準備を済ませていたのは芙蓉である。扉の外側に、『扉が開いていて、何事も無い室内が見える』幻影を、彼女は作り出していた。 無事結界の為された部屋の前で、くろはが首を少し傾げる。 「一応、部屋の前に張り紙でもしておきましょうか」 その提案に、小路と芙蓉も賛同する。 「じゃあ、あたしは通路に看板でも。そこにまた張り紙しときます」 「私も、念のため。幻影でパーテーションを作り出しておきましょう」 いそいそと、てきぱきと。三人でこしらえた三つの警告。 『立ち入り禁止、加賀様より絶対に開けるなとの事』 『展示物整理中』 それと芙蓉が作りだした、立ち入り禁止を意味するパーテーション。ううん、と唸るのはヘキサである。 「……逆に多すぎて怪しまれたりしねえかな?」 「……大丈夫でしょう。きっと」 「……そういうことにしとくか」 ヘキサと同じような表情を作りながらも、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)はぽんと彼の肩に手を乗せた。そのやりとりを、息を吐きながら小路は見て。戦闘前に、タクティクスアイでさあっと視界を広げる。 「では」 いの一番に動いたのは、くろはだった。 「始めましょう粛々と」 ● 芙蓉は、宵霞を抜く。長い長い、その刀身。照明がついた明るいその部屋では、やけに眩しく見える。そうして凛とした瞳で、仲間にディフェンサードクトリンを。それにアルフォンソのかけるオフェンサードクトリンが続き、彼らの力を満ちさせる。 廊下とは打って変わって、視界の広がる展示室。真っ赤な壁は、目を痛ませる。その壁に映える真っ白なエリューションは、空中で身を捩らせていた。理解ができない、という風に。その姿は異様であったが、どこか異形であるから故の神々しさを感じさせる。ヘクスは、彼女――『運命』の下にいる加賀の姿を確認した。しかしながら両脇に構えるゴーレムの動きが、幾ばくか激しい。隙を作らなければ、と、ヘクスはミュゼーヌと目が合った。 任せておきなさい、とでも言うように。 「芸術家の妄執とも言うべき情熱が、神秘の領域へと達したのか。それとも、貴方の切なる想いが本当の軌跡を起こしてしまったのかしら」 サイレンサーを装着した銃をその手に持ちながら、ミュゼーヌは肌色の足で立つ。 「どちらにしても……運命に愛されないまま、人間を超越したが故の『運命』を知りなさい」 続けざま、息をつかせぬ程のその射撃。加賀には決して当たらないよう。室内を壊さないよう。その狙いは恐ろしいほどに正確だった。『運命』は、白い双眸を彼女へと向ける。表情はないはずであるのに、怒っているような――そんな雰囲気を醸している。 ミュゼーヌの銃弾に紛れ、ハイスピードで加速したフラウがE・ゴーレムの前へと滑りこむ。習うようにしてくろはも、フラウとは別のE・ゴーレムのブロックにかかった。くろはの足元から伸びる影が、鋭くゴーレムを抉っていく。影の存在を意識しながらも、くろははその影よりも長い、黒いオーラをゴーレムへと叩きこむ。心地よい切れ味を、彼女は両掌に感じていた。 「これ、割とよく斬れます」 「なるほど、それは良い、」 くろはの言葉に柔らかく笑みを漏らして、アルフォンソは閃光弾を放つ。その勢いに気圧されて、くろは側のゴーレムは巨体を後ろへと倒した。大きく床が揺れるが、もう起きあがってくる気配はない。一体目はこれで、と息をついたその時である。樹が倒れた時とは別の揺れが来たかと思えば。棘のついた車輪が無数に、彼らへと襲いかかった。 「だっ……!?」 跳ねるように進む、その凶器。くろはの体は、車輪によって後ろへと飛ばされる。よろよろと起きあがれば、その車輪の礫に遭ったのは自分だけではないらしいと理解した。壁に大穴でも開いたかと芙蓉は焦って後ろを振り向くが、そのようなことはなく。『こういったたぐい』か、と残りのゴーレムを倒すべくチェイスカッターを放った。ヘキサの残影剣で大分その力を削いでいた所である。その攻撃に合わせ、小路の放つ見えない刃が、ノーフェイスも巻き込んで撃ち込まれた。無数の切裂かれた痕が、痛々しい。最後の足掻きかその身を以て、フラウへ捨て身の攻撃を放つ。 「そうはいきません、」 後方。その戦闘を見極めていたアルフォンソの放つチェイスカッターは、倒れこむゴーレムの軌道をずらし。フラウに当たるか当たらないかの場所へ倒れ、沈黙する。 「……はー」 一瞬蒼白となったフラウの表情に、色が戻ってくる。アルフォンソに向かって感謝の意をこめ手をあげれば、彼も好意的に返して。フラウは、自らを狙ってきたその樹の幹を、軽く蹴った。 絶対鉄壁の名は伊達ではない。先程の車輪を完全防御したヘクスは、素早く加賀の元へと走る。彼の無事を確認すると、ノーフェイスをぐっと見上げた。それにしてもいい感じに硬そうな敵だ、と。しかし彼女自身、硬さ比べでは負ける気がしない。ただ羨ましいと思う所は、彼女にもあった。 「こういう感じならヘクスは嫌いじゃないですよ。加賀は才能あるかもしれませんね」 次に加賀を見下ろして。ヘクスは、用意していた大量のガムテープを取り出した。 ● 「兎起鶻落……最初っから飛ばしてくぜ!」 アメイジングガールの纏う炎は、ノーフェイスの硬い肌をこれでもかと焼きなおしていく。打ちこんで、少し間合いをとった。加賀の体が、びくりと跳ねる。どうやら、目を覚ましたようで。 「ここは、……展示室?」 「ああ。起きてしまいましたか。面倒ですね」 ヘクスは、あからさま眉を寄せる。しかし加賀は、その表情に目がいく程の余裕はなかった。 「君は、君たちは誰だ。まだ開場時間では」 しかしふと、自らに落ちる影に気を取られてしまい。 「……!」 動く『それ』に、意識の全てを奪われた。 「なんて、ことだ」 両手で空を掴むように、加賀は腕を広げた。声を出そうとしても、上手く息が吸えないような。はくはくと唇を動かす彼に、どうしようと芙蓉は目を泳がせ、それでも声をかける。 「貴方の作品は、人を越えた物になってしまいました……申し訳ありませんが、世に出すわけには――」 「こんなすばらしいことが起きうるなんて!」 「いかな、いん、で、す?」 きょとんと、する。 絞り出したような加賀の言葉が、あまりにも力強く。あまりにも瞬時に、理解できなくて。 「ああ、いつか、いつかこんな日が来るのだと思っていた! 私は神から栄光を得たのだ! 芸術家として生きろと、言われたのだ! 無論私だけではなく、君もだ倉野――いや『運命』! カタリナを模したその姿! その作品名に君は相応しいと判断された……!」 感動や興奮が入り混じり、震えきった口上。そしてあたりに響く、金属音。まるで嬉しいと言っているかのように、『運命』は加賀の言葉を受けて、くるくると、踊った。ぐるぐると回りながらも先程の車輪のように、彼女は剣を射出する。その剣の一本が、小路の背にある布団を斬り裂いていった。 「ひ――ひど」 「ヘクス!」 絶望的な表情で立ち竦む小路。その目の前をびゅんとなにかが飛んでいく。何かが投げられたらしい、と判断したのは、ヘクスの手にそれが収まってからだった。スタンガン。だった。 「助かります」 「『運命』、さあ共に喜んでくれ。君は私の生涯最高の『人間を越える人間』という作品となったのだ! ありがとう、ありがとう、そしてこれからも私とず」 びりり。 威力とは逆に拍子抜けするような、弱い電撃音。しかし一般人にとって、これも脅威なのだ。ヘクスが今度こそガムテームを手に持って、容赦なく加賀の目や口を塞いでいった。 「貴方は」 ミュゼーヌは、銃口を『運命』から離さず。意識の無い加賀へと語りかける。 「最高傑作という高みに達したが故に、それを失う事になる。人間を越えた人間を目指すというのは……そういう『運命』なのよ」 ガムテープで巻き上がった加賀を満足げに見下ろし、再びヘクスはガードの体勢をとった。 「加賀はそのまま任せるです、」 「了解しました」 小路の言葉に、頷いて。 くろはは、多少滑稽な姿となった加賀を見て呟く。 「作品が神になるのと作者が神になるのは……芸術家としてはどちらが本望なのでしょう……まあ、いいです」 誰に言うのでもなく。誰に聴かせるのでもなく。 ただアルフォンソは、その呟きが聴こえていた。聴いて、胸の内で考える。加賀にとってモデルに対する想いはあったのだろうかと。彼の想いに答えたい一身でいた彼女の思いに対して、彼は気付いていたのだろうかと。だが、その答えは闇に消えるのみである。それも神秘の秘匿のためだ。彼はそう心中で結論づけ、また武器を構える。 「『運命』の名を持つヤツがフェイトに愛されないってのは、フラウの言う通り、やっぱ皮肉なモンだぜ……」 加賀の拘束された姿を目視してか、ノーフェイスは見るからに攻撃を荒げた。振りが大きく。攻撃は強力に。打ちつけられる剣を脚で弾き返し、ヘキサは肺に溜まる熱い息を吐きだした。 「物言えなくなっただけで、言葉は分かるわね?」 『運命』は両腕にある車輪でもって嬲りにかかる。その動きを読みながら、ミュゼーヌは問う。 「我が身全てをもって尽くしたい、期待に応えたい。私にもそんな愛する人がいるわ。その姿が、貴方の純粋な想いの証なら……私はもう何も言わない。だけど。神秘の美しさを手に入れた代償は……支払ってもらうわ」 部位を限定しての攻撃。ノーフェイスの胸に、ミュゼーヌの想いと共に撃ち込まれていく。わずらわしい、とでもいうように、『運命』はミュゼーヌから距離をとるように後退していく。その体には無数にひびが入り、今にも砕けてしまいそうで。胸部には小さな穴がぽっかりと空いていた。壁際に浮かび、剣を携えながらもその目は加賀を見ている。ヘキサは、拳に力を込めた。 「オレには、芸術のことはよく分かんねー……人を見世物にするとか、やっぱりアートって理解できねーと思う。けど今のオマエは、オレから見ても他の作品より……人間より断然輝いてみえるぜ」 スゲーよ、と。ヘキサは続けた。まさに『人間を越える人間の作品』であると、彼女を心から、認める。 「でもさ、オマエにだって分かるだろ。オマエみたいな人外を生み出すのが加賀の目標だってんなら、それは間違ってるって。加賀のことを想うんだったら……ここでぶっ壊されてくれねーか?」 剣を打ちならすような音がする。『運命』のその言葉は、戸惑いを持っていた。 加賀のことを想っているからこその、この姿で、この生き方で、 けれどそれが、駄目だと言われる。 「貴女の願いは、確かに叶った。だけどその願いは此処でお仕舞い」 フラウは、両手にナイフを持ち直す。離さないようにしっかりと。しっかりと、とどめをさしてあげるために。 「運命に愛されなかった以上、貴女の存在が世界を傷つけるから」 消えることが加賀くんのため。 加賀くんのためにこの姿になったのに、加賀くんのためにならないんだって。 なんでなんだろう。 「だから、加賀氏の為にもアンタは此処で消えてくれねーっすかね?」 ● 「この事件で、加賀がヘコまなきゃいいけどな……」 フラウは、ノーフェイスの体を砕いたナイフをしまいこみながら、肩を竦める。 「仮にヘコんだとして。うち等みてーなのがお詫びって言って何とかなると思うっすか?」 「そう、だな」 そのフラウの言葉に納得したのか、そうでないのか。煮え切らない言葉を残して、ヘキサは数回、瞬きをする。 「さて、じゃあこの死体、持ち出しましょーか。残しておくわけにはいかねーでしょ」 小路は大きな布を体いっぱいに広げて、大きな『運命』の破片からその布へと移動させていく。「手伝います」「ああ、私も」と、皆散らばる破片を、見える限り拾っていく。まだ大分人の形を残してはいるが、布に包んでしまえばなにかの資材に見えるだろう。 部屋からそれを持ち出していく様子を見ていた芙蓉が、僅かに振り返る。部屋には、壊されたゴーレムと、ガムテープでぐるぐる巻きの加賀だけが残された。 「私にも芸術はわかりませんが、貴方の、貴方方の想いの強さは、……わかったような気がします」 ●あるめざめそうな意識 虚ろな意識の奥で、私は音を聴いた。 花瓶を盛大に割ったときのような、心地のいい破裂音だ。 破片が落ちる華奢な音に、あの涙の音が、確かに混じっていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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