●生存本能 テッド、君が生きていてはいけないよ! 何故なら君は――だから! ――米国風ジョークのひとつ。作者不明 テッド・エイヴリルは新聞記者である。といっても、日本の、それも地方紙の記事を幾つか埋める程度の立場でしかなく、日本をこよなく愛する彼にとってはそれですらも幸せな日々であった。 彼にとっての不幸があるとするならば、たまたまその日は事故に遭ってしまっただけで。何だかんだあっても、事故後、程なくして病院から出られたのだから大事には至らなかったのだろう。 ただ、気怠げな感覚だけは消えないので、暫く会社を休まなければならないのだろうか。 月を見上げて、テッドは思う。 ――そう言えば。 日本に来てから幾度か疲労や怪我で大事に至った時に受け止めたジョークじみた呼び名があったのだと。 そう、其れは確か。 ●Living"TED" 「『リビングテッド』、ですか。冗談にしても笑えませんね」 資料をめくりながら、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)はしかし冗談めいた笑いではなく、皮肉めいた嘲弄を顔に貼り付けていた。 取るに足らないアンデッド。何処にでもある一般人の終末と再生。何ら不思議な点のない、ごくごく一般的な依頼内容だ。 「こんなことを嘯いた同僚の方も、まさか本当にアンデッドになるなんて思っていなかったでしょうね。今回の撃破対象は言うまでもなく、『リビングテッド』テッド・エイヴリルです。革醒間もないフェーズ1、駆け出しの皆さんでも統率さえとれていれば決して御しがたい相手ではありません。ただ」 「ただ?」 語尾を鸚鵡返しにしたリベリスタに、夜倉は軽く首を振る。 「彼、元より不幸体質だったらしく。革醒するに際し、それが能力として発現しています。近づけば近づくほどその因を強く受け、行動に支障をきたす。近接系統はリスクありきで動くことを、ご覚悟ください。 不出来な冗談は、最大にして最善の効率で叩き潰して頂ければ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月28日(木)23:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Living of UNLUCK 不幸とは生き方である。 不幸とは在り方である。 不幸とは、相対評価などではない。心の在り方と生のあり方を統合した絶対評価のことを指す。 数値化された失敗を不幸と呼ぶべきか。是であり非である。 その尺であればテッド・エイヴリルという男は不幸だ。 人並みに裕福とか人並みに平穏とか、そんなものではなく。 日常の延長でさり気なく死んでしまう程度には彼の人生は呆気無く、神ならぬ人として捻くれた運命に至ってしまう程度には彼と言う存在は世界から嫌われてしまったのだ。 僅かに触れた壁面にひびを入れ、街灯の電力供給を遮断し――要は総とっかえレベルの被害を出し、歩く舗装にすら僅かずつ不吉の影を植え付ける。 彼は本当に、不幸な男なのだ。 「こんばんは、テッドさん☆」 ……と、真っ先に言葉をかけつつ近付いた『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は、舗装の窪みに足を引っ掛け、数度よろめいた。 「ハァーイ☆ とら達と遊ぼう~」 そんな風に上空から現れた『白詰草の花冠』月杜・とら(BNE002285)は、何故か電柱に羽根を掠めてバランスを崩した。 「……!?」 そうして驚くテッド本人は尻もちをついたら、路肩の縁石に強かに尻を打ってもんどり打った。転がりながらも両者に視線を向ける姿は、どうあっても人間的だ。 声をかけようとして、その様子に僅かに『習性』を刺激された『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)が息を呑んだが、それはそれとしておこう。飲み込んだ唾が器官に入って、噎せた。 姉の様子に訝しげな視線を向けた羽柴 双葉(BNE003837)は首を傾げたら僅かに筋を違えた気がするが気にしてはならない。 「今夜は月が綺麗ね」 「そ、そ、その言葉は――『日本語に』かい?」 驚愕が張り付いた顔のままながら、『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)の言葉にそんな言葉を返す彼は、恐らくは理性や思考は生前のそれを保っている。 その意味を理解するのに計都が数拍を置いて否定するほどには、彼は随分と日本人的だ。 (事故にあって死んだはずなのにE・アンデッドとして蘇ったのってやっぱり不幸なんだろうね~) そんな様子を眺めながら、欠伸の途中で何故かしゃっくりが出た『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)は、らしからぬその無体な仕草に僅かに恥じらいを覚えたが、やはり注目すべきは視線の先の男だろう。 会話が成立している以上は平素の理知を以て応じているようではあるが、狂気と正気の境目はそんな素振りだけでは分からないものだ。 「まぁ、最後くらい幸せな思い出がつくれるようなら、作ってやりたいのじゃよ」 陽菜とは逆サイド、包囲体勢を敷いて周囲を警戒するのは『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)だが、振り返ろうとして腰に激痛が走る程度には色々と運が無い。まあ、それも一過性のものだろうが。 なにせ、彼は運を汚されない。恐らくは生来のそれが何処かにあったのだろう。偶然だ、不幸などでは――多分、ない。 ときに。 『Knight of Dawn』ブリジット・プレオベール(BNE003434)は慎重だった。 大凡一足で踏み込むには遠すぎる場から警戒しているのも、テッドの周囲に纏わりつく『その』オーラに引っ張られんとする為。 近づけば或いは、命すら危うい。ギャグ死なんて新しすぎる。攻防相通じず存在が虚無となる。……いや、本当にヤバい。 近付いてない状態でも何度かコケかけてるのに。何なのこの子。 「テッドさん、よく言われてなかった?」 ――君が生きていてはいけないよ! ――何故なら君はゾンビだから! 「……やめて、くれないか。そのジョークは、実は僕は余り、好きじゃないんだ」 ブリーフィングルームで聞いた話を基に、壱也はテッドへそのジョークを放った。応じる彼の声は、絞り出すような重々しさがある。だが、「嫌い」といえない程度には彼は弱気で、彼は優しいのだろう。 「忘れちゃった? テッドさん事故で死んじゃって、天に行かなきゃいけないの」 「黄泉還り満喫中で申し訳ないんだけど、ね☆」 「……な、な」 「胸に手をあててみてください。鼓動が聞こえますか?」 当然ながら、壱也が楽しそうに、冗談めいて言う時も、とらや終の説得も、そして計都の言葉ですらも、やはり不幸は纏わりつく。 舌を噛むわ電柱に今度こそぶつかるわ、挙句舗装に足を引っ掛けるわ。不出来なコントでも見ている気分だ。 だが、テッド本人からすればそれで済まされる状況ではない。死んでいるのだ、と。自らが正に、冗談として口にされ続けた「リビング・テッド」そのものなのだと認識させられ、しかしどうしてそれを甘受できるというのか。 慌てて手を当てるまでもない。緊張や驚きがあれば心拍は身に響く。そう、五月蝿いくらいに。だが今はそれがない。伝う冷や汗すら流れない。 「――そん、な」 左右非対称に笑う。口元がにやけ、片一方では絶望したように垂れ下がり、その表情にすらも平素のそれは感じられない。 「まるで、不幸オーラが目に見えるようですわ……」 どんよりと、彼の周囲の空気が歪んだ気がした。それが直接的に影響を与えないとしても、ブリジットを警戒させるに足る不幸度合いだったのは違いない。 不幸のオーラが攻撃力を持つわけではないにせよ、その恐ろしさは分からなくはない。 「死んだ人は、この世に悪影響を与えるから長くはダメだし、とら達以外には関われないけど……テッドさん夜景は好きよね? 日本の夜景は、百万ドルの夜景よ♪ 見に行こう☆」 「……っぁ、あ……!」 絞り出すような苦鳴を上げて、テッドは膝を突く。両手で顔を覆う様、こぼれ落ちる慟哭は正しく人間のそれに相違ない。涙さえ流れていれば、その顔が濡れてさえいれば、きっと人間だったろう。 仰ぐように空を見て、抑揚の亡くなった表情で十字を切る。絶望した、というべきか。諦めがついた、というべきか。 彼に相対する神秘の輩は、彼にとってよくも悪くも、嵐を湛える海にも似て映り。 「猶予を、貰える……の、かい」 喘ぐように導き出された言葉に、彼らは、首を縦に振った。 ●Look up small luck 率直に言ってしまえば、彼らの行為は決して褒められたものではなかった。 増殖性革醒現象とテッド自信の不幸の顕現を考えれば、彼は可及的速やかに倒されるべきノーフェイスの類であることは間違いない。 だが、リベリスタ達はそのリスクを知っていて尚、その選択に思い至った。彼らをして決断に走らせた最たる理由は、やはりその理性か。 理を外れた彼が人の理知を保って接してきた、というのはそれだけでも救いを与えるに足るものだったのだ。 非道のままに殺し続けてきた彼らにとっての、救いという意味で。 無論、それを実現させることが簡単ではないことは確かだった。 彼に付かず離れずの距離を取ろうとすれば、必然として運を汚され続けることとなろう。 咲夜が時折運を浄化しようとするが、それでもやはり継続的に汚されるそれを浄化しきるのは難しい。 必然、壱也は転び双葉は手を差し伸べようとして手首を捻りとらは癒しを与えようとして喉が嗄れ、終は何故か降ってきたタライを顔面に受け計都は真面目な事を言おうとしたら顔にパイを受けた。 陽菜はバナナの皮を踏み、ブリジットは……うん、なんて言うか分かってもらえれば助かる。こんなもんじゃなかった。 それは不幸、というのだろうか。 リベリスタ達に起こったことは決して幸せといえるものではないし、ともすれば運が悪いとは言うだろう。 だが、それを織り込み済みで楽しんですら居る彼らをして不幸と呼ぶことは、できないのかもしれない。 不幸とは、そういうものではないのだろう、と。 「ところで、日本のどんなところが好きなの?」 「沢山……そう、沢山ある。沢山『あった』んだ」 高台に訪れ、とらの問いかけを受けたテッドは小さく首を振りながら、過去形で言葉を紡いだ。 煌々と夜闇を照らすその光景は、彼にとっては余りにも好ましく、余りにも寂しいもの。 「夜景だけで物足りなければ、こちらもどうぞ。手作りではありませんけど」 「流石ブリジットちゃん、話が分かる☆」 思い出したようにブリジットが差し出した弁当の中身を、しかし真っ先に摘んだのは終だった。らしい、といえばらしいリアクションだが、結局はその唐揚げを喉に詰まらせる訳だ。 胸元を何度も叩きつつ、必死の形相で終は懐からビニールに包まれたそれを引っ張りだす。テッドの視野に入ったそれがなんであるかは、彼が一番良く知っていた。 「随分と、古い記事を……!」 テッドが驚くのも無理はない。記者としては木っ端の類い、名を知られているほどではない彼が僅かに手がけた主文の記事を提示されれば、その調査力には誰だって舌を巻く。 それだけ自分のことを知られている上で、死んだ自分の前に現れた彼らは……やはり、神の使いか何かなのだろうか。 夢なら眠れば覚めるのだろうか、とぼんやりとテッドは考えるが、今の自分が眠れるのかとも考えてしまう。 「綺麗だねー。この星空も夜景も! 記憶で全部持ってって!」 夜景を背に、壱也は大きく手を広げる。 努めて明るく、笑って彼を送り出そうとする彼女なりの気遣いだ。或いは、そう演じることしかできない、という彼女なりの意思表示か。 そんな姉の健気さは、双葉にとっては胸に詰まるものがあるだろうか。 ああ、彼女は双葉にとって何よりも『姉』なのだ。 様々な言葉で呼ばれる羽柴壱也という少女、そのフィルターを取り払った純粋な意味での彼女を、双葉は知ったればこそ、その明るさに差す陰りのようなものを実感せざるをえないのだ。 「……僕を」 テッドが、胸に手を当ててリベリスタたちへ視線を向ける。 「殺して、くれるかい」 その言葉に応じるように、とらがかれの手をとる。彼女が自分を殺すのか、と笑った彼は、しかし続く言葉に驚きを隠せない。 「怖くないように、手を握っててあげる☆ 目を瞑っててもいいよ」 「……いや、あの」 「テッドさんの傍にいるね~! フレアバーストでも何でも、一緒にどかんと来てー♪」 当然だが、目をつぶれといわれてもとらの行動に驚くテッドは、彼女が何をしようとしているのかが分からない。 彼女の口ぶりからすれば、これは日本映画でよく見るアレだ。私ごとやれ、というやつだ。 ブリジットと、双葉の手に各々の装備が顕現する。 他のメンバーがそれをしないのは、とらの意向を汲んでだろう。 彼女ごとまとめて攻撃を与えることで、テッドにより『それらしい』と思わせることであることは明らかだ。 故郷でも終ぞ見なかった騎士然とした女性の立ち姿。 サブカルチャーの申し子ともいえる魔法少女。 こんな、冗談めいた最後を自分が迎えられるということは、たしかにそれは幸せだったのだろうか? 調子っぱずれの歌が聞こえる。 一度ならず二度三度、炎が、闇が、身体を包む。 歌の調子は外れたままだ。 少年の苦々しい視線、少女の顔を背ける様、それら全てが美しく。 炎の隙間で月が輝く。 歌は変わらず狂ってしまい。 風が吹く。 「あの月は、きっとあなたの故郷も同じように照らしているわ」 「――故郷か。そういえば、そろそろ帰省の、時期、だったかな……」 魂を燃やし尽くした影が崩れ落ちる。横で激しく呼吸を繰り返すとらは、辛うじてその運命を削らずに済みはしたが、消耗は軽いものではない。 ただ、それでもやり遂げた、という表情ではあり。 リビング・テッドは、その概念ごと夜に消えることとなった。 「今度こそ、ゆっくりとおやすみ、じゃよ?」 邪気のない声で咲夜が告げる。 終が持ってきた記事を手に取り、陽菜が崩れ落ちた彼に視線を投げかける。 理不尽な死だった。二度目の死だった。だからこそ、自分が彼の即席を覚えておかねばなるまいと陽菜は思う。 手を下してこそ居ないが、彼を殺したのは自分たちの平和というエゴからだ。 日本がとても好きだったのだろう、と記事から読み取れたし、彼なりの冗談めいた言葉も、文章の端々から読み取れた。 理解できたことは喜ばしくあり、物悲しくもあったろうか。 双葉は、壱也に向けて手をのばす。 帰路に就く時くらいは、幸せ出会った名残を。 「……愛した土地で死ねたこと、遠い異国で死んでしまったこと。不幸なのか幸運なのか、あたしにはわからない」 計都がそんな言葉を吐き出しつつ、とらに肩を貸す。 唯一つ確かなことは、この夜を乗り切った彼らは幸運だったということだ。 帰ろう、のんびりと、ソフトクリームでも食べながら、変わらぬ日々を、ありきたりの幸福を、明日も謳歌するのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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