●五殺将 ザ、ザー…………。 『うらのべうらのべ! いっち! にっの! さーん! どんどんぱふぱふ。さー、今夜もやってまいりましたうらのべラジオ』 特殊な無線機から流れるのは、ある組織の構成員のみが聴けるラジオ番組もどきだ。 『DJはいつものわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんでおとどけします』 周波は特殊回線の123。悪ふざけのお遊びで、構成員にとってさほど重要ではないが知っておきたい情報を隠語で知らせるラジオ番組。 DJである裏野部四八……、死葉のトークの軽妙さも相俟ってこのお遊びには組織内でも意外と支持者が多い。 『あー、あー、そう言えばそろそろパーティしたいってこの前誰かがいってましたね! ちなみに○○市の××町ではところによって血の雨がふるでしょー。おでかけのさいはダンビラやチャカなどをお忘れないようお気をつけください』 おや、これは……、久しぶりの、本当に久しぶりのパーティのお誘いだ。 発案者は誰だろう? 名前を言わない所を見ると、売名をする必要が無い程度には売れてる奴が発起人のはずだけど……。 だがそんな事はどうでも良い。趣向も、内容も、未だ判らないが、この放送を聴いた血と暴力に飢えた、或いは鬱憤を溜め切った同胞達は○○市に集まってくる。 無論そんな無軌道がまかり通るのは、彼等が裏野部だからだ。 裏野部はその性質上、『壊れた』人間が多い。血だか暴力だか自分だかに酔っ払った彼等には定期的な『ガス抜き』が必要だ。それがどれ程無意味な殺戮だとしても。 どれ程の被害をばら撒いたとしても。組織を維持する為に必要な『コスト』の一環であると考えればこそ――否、理性を持つ暴力装置である一二三はきっと面白がって『縄張りの中で部下達がやらかす』事を認めているのだ。 そんな成り行きから五人の殺し屋と、その弟子達が集うことになった。彼等の事は殺人鬼と言い換えてもいい。 少なくとも社会からのはみ出し物であるとか不適合者であるとか、そういう次元の存在ではない。 たとえば伽羅という女の場合、殺人は芸術であると思っていた。今は目の前で震える30代の主婦についてあれこれ考えている最中だ。 主婦のエプロンは綺麗に洗濯されているが、動き回った後がたくさんついている。綺麗に切りそろえられた爪と、少々痛んだ手先は彼女の熱心さを物語っていた。 きっと気立ての良い奥さんなのだろう。それにエプロンの下には綿ニットカーディガンを身につけている。少々古いがブランド物である。古くなった物を部屋儀にしているのだろう。旦那に恵まれた安定した生活を送っているのだろうか。 伽羅は主婦の首根っこを捕まえて屋根の上まで引きずり出しはしたが、思い返せば室内の丁度も良かった。 子供は今頃学校で勉強をしているのだろうか。部屋の中を見た限りではきっと女の子だ。だから―― 伽羅はナイフを振るう。その一撃は主婦を絶命させ、屋根の上に大きな血の花を残した。主婦の家族はきっと感動してくれるに違いないと信じている。 一方、慎海にとって彼女のようなやり方等はたまったものではない。悪戯に混乱を巻き起こし、自分達のような人間が住みづらくなると考えているからだ。 最もそうなった所で殺してしまえばいいわけで、彼の心配はもっぱら未熟な弟子に注がれている。といっても他の連中の弟子に比べればずいぶん出来はいい。彼と比較すれば足元にも及ばぬというだけのことである。 彼とて殺人狂であったが、同時に職業的な殺し屋でもある。欲望を抑える術は十分に心得ていた。最もこんなハレの日でなければの話ではあるのだが。 ほら、今の騒ぎで人が逃げ出した。彼は家を飛び出した老人に丁寧に狙いを定めて射殺する。 慎海はいい軌道だったと満足げに頷いた。弟子はちゃんと見ていただろうかと振り返る。己が技術を磨くと共に、その継承は抜かりなく遂行せねばならないのだ。 そんな連中が江乃香は気にいらない。殺しなど楽しければいいだけだと考えているからだ。 とにかく彼女は殺しが楽しくて楽しくてたまらない。彼女は立派な剣を持っていたにも関わらず、目の前の老婆に対しては捻り上げた指を素手でねじ切ってやった。 何せ相手が老婆では、腕を断つだけで即座に失神する可能性が高すぎる。それでは長く楽しめない。 彼女は殺人鬼と呼ばれることを嫌っていた。彼女は獲物をいたぶっていたぶって楽しみたいと思っているだけだ。死ぬのは結果に過ぎないのだから。 江乃香はそのように考えていたが、彼女の弟子二人はそうでないらしい。弟子である双子の少女は江乃香のことが好きで好きでたまらないだけだ。 寝るときも、起きるときも、殺すときも、彼女が許す限りは一緒だった。恋をしていた、愛していた、だから少女達は江乃香のことを殺したくて殺したくてたまらないのだ。 集落の屋根の上で、遅々と、しかし着実に殺しを進める旧友とその弟子達の姿が御羽には疎ましくて仕方がない。 彼女は人が嫌いだった。旧友と言ったが、だいたい同じ時期に裏野部に所属したに過ぎない。 いつも誰かから、どこかしら比べられ続けることも我慢ならなかったが、本当の理由は自身が誰かの意識に上がる事が嫌いなのである。 彼女は生きているものが嫌いだ。だから殺すだけだ。殺せばタダのモノになってくれるから―― と、まあ。よりにもよって民家の屋根で鉢合わせた連中は、このように救いがたい連中なのである。 それでもいつかはこの連中も救わなければならないのだろうと藤乃家は心に決めていた。 世の中はこうも悲哀に満ち溢れ、いがみ合い、苦しみあっているではないかと彼は思っている。 彼にとって殺しは慈悲であり、死は救済なのであった。 彼には以前ソウという弟子が居たが、最近アークのリベリスタに殺されてしまったらしい。 亡きソウに対して技術は教えたが、心までは未熟だったと思っていた。それも今となれば些細な問題だ。彼女は死ぬ事で救済されたのだから問題はない。 今の彼にはリキという未熟な弟子が居る。ソウの弟であるが年齢は十程離れている。まずはその成長が目下の課題なのだ。 ● ブリーフィングルームのモニタに映し出されたのはとある町の全域だった。 多数の赤いポイントが点滅している。 「この赤い点は敵でいいの?」 「はい、裏野部のフィクサードです」 桃色の髪のフォーチュナが答える。見れば分かりそうなものだが、あえて問うたのはずいぶんな数だったからだ。 戦域が広すぎる。 「今回は東西南北中央のエリアに向けて、五部隊を派遣することになりました」 なるほど。リベリスタの問いに『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は淡々と応答している。 個々に見ていけば目を覆う程の凄惨な状況に満ちているが、全体としてみればある種、小さな戦争のようなものだからかもしれない。 「この場の皆さんは『北エリア』の担当ということになります」 エスターテ曰く、現場は孤立した住宅街であるということだ。電話線から携帯電話の設備までもが丁寧に破壊されているらしい。 裏野部のフィクサード達は屋根の上に陣取り、この小さな住宅街を全て壊滅させる算段らしい。 少女は言葉を続ける。敵はかなりの強敵であり、真正面から総力でぶつかり合うにはあまりに危険が大きいと。 「ですが、それぞれ癖があるようです」 性格的なことだろうか。 「はい、今回のフィクサード達は総じて己個人の力を頼りにするタイプであるようです」 今回の戦闘では敵に対して多種多様なアプローチの方法があるのだろう。 たとえばどこから挑むか、あるいはその性格傾向を押さえて戦闘をコントロールするといった面であるとか。 はたまたリベリスタ個々が得意とする面を活用し、そうでない部分を補い合う等の戦い方であるとか、様々な想定が出来そうだ。 だからといって、どのように利用すればいいのかというのは難しい問題だった。不確定な部分もかなり大きいし、無駄になる情報もあるだろう。 果たしてどうするべきか。それに。それだけで足りるのだろうか。 少女の言葉を受けながら資料に目を落とすリベリスタには不安もある。 「どのように戦うかの最終的判断は現場にお任せします」 勝って下さいと、エスターテは静謐を湛えたエメラルドの視線を落とした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月01日(日)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●『殺しは拒絶』 「いくわよ、セラフィーナ」 背に投げかけられた言葉に、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は頷き返す。 どこまでも青い空の下、燦然と輝く光の飛沫がフィクサード真那伽を真紅に彩る。セラフィーナは姉の親友――としか例えようがない存在――と共に戦線を切り開く。その細い腕に握られた霊刀も姉の形見だ。 幾たびかの豪雨の後と言えども、未だ梅雨らしからぬ六月末の出来事である。 小さな町の民家の密集地帯、その屋根に思い思い陣取る裏野部のフィクサード達を相手に、リベリスタ達は二手に分かれた各個撃破作戦を展開しつつあった。 フィクサード達の行動に戦略的な意義等は一切ない、ただ殺戮することそのものが目的であった。 それは裏野部首領である一二三による意図的な暴発だ。背景にどんな意図が隠されているのかは分からない。 今も一人の老婆が引きずり出されたばかりだ。牽制のための別働隊に属するセラフィーナは、眼前の殺戮に唇を結ぶ。 (砂蛇もこのフィクサード達も……裏野部は人の命を何とも思ってない殺人鬼ばかり) 思い起こされるのは都市が地に沈んだ痛恨の出来事だ。 (これ以上殺させはしない。あの都市のように失敗はしない) これはあるいは、あの時の報復なのだろうか。それとも。それでも。 (私の手で止めてみせる) 思考を切るクリスの――否、セラフィーナの霊刀が走る。姉クリスが守ろうとした世界を、彼女は小さな翼と背で受け止めたまま、空中に立ちはだかって見せる。 (姉さんに代わって守ってみせる――ッ!) 「アタシのアート! 邪魔しないでッ!?」 血に染まる真那伽の師である伽羅は老婆をそのまま投げ落とし、愛弟子になど見向きもせず短剣を振るう。繰り出される死の刻印はセラフィーナを確かに捉えた――はずだった。 しかし赤い血は一滴も流れない。ナイフは既の所で打ち払われ空に舞う。澄んだ音を立てて断ち割られた金属が見せる鮮やかな断面に、伽羅の頬が憎悪に染まる。殺しを芸術に例える伽羅にとって、その光景が美しかったからだ。 だが伽羅はそんな憤りも直ちに退かせなければならぬ。 「貴女の芸術。否定してあげる」 女の耳元で静かに告げるウィスパーヴォイス。 少女にとって殺しは拒絶。刃を向ける事は、敵の拒絶、犠牲の拒絶、悲劇の拒絶。未来視の悲劇を否定する為に『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は伽羅を拒絶し否定する。 糾華が放つ常夜蝶は二重の不吉を纏い、伽羅に許された全ての幸運は潰えた。頬が引きつる。 「アートはエゴより生まれるものかもしれないけれど……あれでは血と肉の塊よ。心に響くものじゃないわ」 さらに吹き付けるのは地獄の業火。『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)により千に一つのライフルから放たれる弾丸が師弟をずたずたに引き裂く。 中々に厄介なミッションだと思っているが、その技量を試すにはまたとないチャンスでもあった。 「貴方の芸術、師匠にみせてあげましょう? きっと喜びますよ」 絶技を見せ付けたセラフィーナの囁きに、真那伽は満面の笑みで頷いた。そこから僅か一手が終わった先。殺人を芸術とする師弟には、鮮やかなお仕舞いが迫っていた。 一方その頃。 「様々な心理的要因から、快楽殺人が癖になるプロセスは理解してますが」 少女のタブレットPCが陽光を跳ね返している。衛星軌道から撮影された地図を元に、可能な限り安全性が高いと思われる場所は押さえてあるつもりだ。彼女はそのまま戦いの様子もwebカムに記録し続ける。 この先、考えられる問題は足場の変化、つまりは屋根の破損であるが、そこは状況次第であるからして致し方ないだろう。 別働隊が交戦を開始すると同時に、リベリスタ本隊は敵ソードミラージュ師弟へのアプローチを開始していた。 「私が納得出来ない以上ハイそうですかとは言えませんよね。可及的多数を可及的速やかに、止めてみせます」 驚異的な精度で繰り出される『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)の気糸は、フィクサード江乃香とその弟子を次々に斬り裂き打ち貫いて行く。 たった今、胸をしたたかに貫かれた江乃香はと言えば興味なさげにチャイカを眺め、のそのそと剣を抜いた。己を傷付けた相手が少女だと知れた時から視線はどこか舐めるようなものに変わってゆく。どこか歪んでいるとしか言いようがない。 アークがやってくるであろうことを殺し屋達に予測出来ぬはずはない。彼等はこの世界で高い実力を持っている。だがそれを気にしているのは慎海と藤乃家の二人だけらしい。 品定めをするように目を細める慎海とは対照的に、藤乃家は弟子を伴い本隊へと向けて駆け出してきている。どうしたものだろうか。 経文が刻まれた棍を携える『彼岸の華』阿羅守 蓮(BNE003207)は、三度笠を指先で僅かに持ち上げる。江乃香は恐らく速い。だが、弟子はどうだろう。蓮はカヨと呼ばれるソードミラージュへと向けて冷気を纏う一撃を繰り出した。 必殺の間合い。凍てつく暴風はカヨの側面を捉え弾き飛ばす。が、僅かに浅い。やはり敵は速い。ソードミラージュ、プロアデプトの姉妹は一糸乱れぬ動作で蓮に反攻を繰り出す。 高速の斬撃に触れれば斬れる不可視の糸であったが、振るわれる棍に叩き落とされ、絡め取られる。実力の開きは然程大きいわけではないが、蓮が上であるようだ。 さて。イヤホンに耳を傾ける『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)が隻眼を細める。ここまで他のフィクサード達を可能な限り刺激せぬように行動しているはずだ。 とはいえ己が身にしか興味のないフィクサード達ではあるが、馬鹿ではない。事を荒立てればその場で手を組む程度の動きは見せるはずである。 だが今のところはリベリスタ達の狙い通り、慎海と藤乃家を除けば今のところそんな様子はない。どうにも互いを嫌っているのだろう。 火縄がきな臭い。打ち込まれた鉛の弾丸は江乃香の薄い胸板を貫き、背に赤い花を咲かせる。慎海が目を開く。伝説にさえ届くやもしれぬ神技に確信したのだ。アレがアークの『八咫烏』であると。 駆け出す慎海が辺りを見回せば、名が知れたリベリスタが揃い踏みしていた。知らぬ三名の動きもただ事ではない。知らぬ中でも一名は恐らくあの『影使い』の縁者に違いなかろう。 その背に龍治を守るように、雪白 桐(BNE000185)が大盾を構える。少女と見まごう美貌の少年は高い打撃力を旨とするデュランダルではあるが、彼の場合はこういった芸当も出来る。 あえて打撃の要である龍治を守り抜くことで、癒し手が居ない戦場を安定させるのだ。 この戦場で『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は新たな武装を身に纏っていた。アークが誇る新兵器である。 かなり際どい準備を要したであろうが、命を張るリベリスタにとって背に腹は変えられない。出来る限りを尽くしたまでのこと。幸いにも配備はどうにか間に合ったようだ。 敵の数は多く実力の底も知れないが、目的はあくまで被害を抑えるための撃退であることを彼女は十二分に心得ている。 作戦はままならず、流動的にならざるをえないが、基本は共有して抑えてある。 ならばいくらでもやりようはあるというものだ。戦場に満ちる光がフィクサード達の目を焼く。そこには踏み込んだ藤乃家さえ含まれていた。 ●うどん屋 こうして事前の動向で敵の位置を既に把握しているリベリスタ達が、絶妙なタイミングで仕掛けた初手は極めて順調に運んでいた。 三名の弟子達は腕で焼かれた目をこすり上げている。江乃香と藤乃家にも当たってはいるのだが視線は揺らがない。 碧衣の技の精度はアークに所属するリベリスタ達の中でも特に並外れた部類だ。矢張り師と呼ばれる存在は、ただものではないのだろう。 攻防幾順かが巡る中で伽羅は倒れ、フィクサード達はようやく事の重大さに気づいたのか、不承不承といった風体で駆け寄りつつある。 このまま歴戦のリベリスタに各個撃破されてはたまったものではない。さりとて逃げるのも癪である。久々の祭なのに、このまま退けばあまりに食い足りない。それに彼等には己が力への自負もあった。 「君も界に覇を布く闘士の一人だろう。何時まで燻ってるんだい」 連が語りかける。 「今見えるこれが、君の望んだ世界か」 リキが拳を握り締める。背に回りこみつつある糾華等に姉を倒された事は知らぬであろうが、今、心中を駆け巡るのは何か。横目に師を見上げる。 師である藤乃家にとって、亡き弟子のソウと、隣で蓮の一撃に身を封じられたリキも、元はといえばその弟子であり義理の子でもある。 それがひょんな事から仏門に染まり、こんな家業にまで手をかけた。おかしな話だが彼等の眼前に立つ蓮という自由な男も仏門を齧って生きてきた。 「使うね、同業」 「まあね、だからあえて聞くよ」 殺しが救いであるというに、なぜ他の五殺将を救うのか、と問う。 そも、今年で齢五十八になる藤乃家は『うどん屋』だった。 十年も二十年も客にうどんを食わせ続けてきた男が、ある日家号もそのままに『殺人はじめました』と来たものである。そこからまた二十年。さしたる訳があるでもない。ただ思うがまま生きてきたのだ。 「風が吹くように」 ゆえに彼は答えた。七、八年程前に裏野部の門戸を叩いた時とて同じだ。 「人の前に我が身を見なさい。彼らすら救えず何が救済だ」 詰め寄る。 「己が道に恥じる所無くば、身命賭して真実その道に殉じてみせなよ」 悟れ――念じる蓮を拒絶するように、仏道のうどん屋は雷を纏う錫杖を一点に叩き付ける。雷華が蓮の呼吸を乱す。強烈な一撃だ。 だがしかし、裏を返せば藤乃家とはその程度の男であるからして、蓮であるならばその思考は手に取るように読める。仮に元となる技法さえ習得していたなら彼の奥技を奪うことすら容易いだろう。 「雷は神鳴。矛盾を抱えた君に、神仏は味方しない様だね」 渾身の弐式轟雷は、蓮を打ち倒すことが出来ない。 生きる辛苦から死に意義を見出すことが理解出来ないと述べるつもりはなかった。だが殺しは罪、死すら罪。彼等は冒涜者であり咎人であった。 ――無論。蓮は瞳を閉じる。 (俺も、俺達もね) 本隊に向かってくるフィクサード達にとって、ネックとなるのは龍治を初めとする後衛だったが、いまいち連携が覚束ず、桐、星龍、糾華をバラバラに狙う。 そんな中で慎海だけは揺らがない。瓦を跳ねる兆弾は龍治の腕を後背から撃ち抜く。慎海一流の絶技に大きくぶれる龍治の照準だったが、彼はその反動さえ利用し星光を纏う弾丸をフィクサード達に叩き込んだ。 慎海には兎も角、他のフィクサードにとって桐はあまりに大きな障害だった。二度三度、彼を打ち据えはしたものの、その傷はずいぶん癒えてしまっている。 それに慎海であっても、盾を振るう桐がかばうことに徹すれば、かの八咫烏との技量比べを狙うこともままならぬ。はて。 伽羅と弟子は既に倒れている。乱戦寸手の間合いで江乃香が弟子と共に離脱した。だがリベリスタ達の疲労も蓄積されていた。 ここまで。地力そのものはフィクサードに軍配が上がるとはいえ、今のところリベリスタ達は優勢だ。ここから予見される乱戦の中で、この地力の差がどう出るかは未だ分からない。 ●乱戦 それからさらにニ手が経過した。どちらの陣営も消耗の度合いは大きい。ここからは、この段階までに稼ぎ上げたアドバンテージが物を言う。 積極的に龍治の盾となり、敵の足止めも行ってきた桐は持ち前のタフネスで未だ無事であるが、星龍は深い傷を負った。他の面々も膝をつく場面が見られ、既に浅くない傷を負っている。 度重なる雷華の炸裂に、弾丸の嵐、気糸の乱舞を受けては流石にもたない。仮にぶつかり合う手順を少しでも違えていたらどうだったろうか。たらればに意味はないが、戦慄を禁じえない。 さておき、ずいぶん遅れてやって来た挙句、発狂したように鋼の暴風を撒き散らせはじめた御羽も厄介ではある。だが彼女との交戦が遅れることはリベリスタ達の計算の内だ。そのように想定し、策を練り上げ、撃破のプライオリティは最も低くしてある。 それよりも、なかなか射程圏内に近づかない為リベリスタ側もスナイパー二名が対処せざるを得ない慎海、基礎能力が優れる藤乃家に、リベリスタ達はかなり手こずっていた。 これも想定の範囲内といえばそうではある。ただキツイものはキツイというだけのことだ。どう対処すべきか。 今回リベリスタ達の強みは、極端に技術精度の高い役者がずらりと揃い踏みしている事であった。それは反面、脆さを露呈する事にもなり得るのだが。 「やれやれ……」 回復手を欠く強烈な削りあいと言えども、碧衣にとっては計算尽くのこと。兎も角、先ほどまで邪魔だった江乃香師弟はもう居ない。彼女はようやく慎海を相手に出来る状態となった。 こんな時に戦況をコントロール出来るのは彼女だ。明晰な頭脳が導き出す答えはスマートである。癒せぬなら、当てさせなければいいだけだ。 慎海の視線を振り切るように物陰から回り込んだ彼女は、慎海を気糸で一気に締め上げる。恒常的に動きを封じるには反射速度の差がネックではあるが、彼女であれば少なくとも外しはしない。 「どうした、狙撃主」 返答は呻き声。これで師の攻撃の手が止んだ。弟子は直ちに彼女へと向けて至近の銃撃を放つが、未だ彼女は倒れない。どこから崩れてもおかしくはない激戦ではあるが、敵は桐の立ち振る舞いに構いすぎていたのだ。 彼等はせめて集中攻撃して桐を落とすべきだったのだが、慢心故か、それを怠っていた。このツケは大きい。 御羽が決死の一太刀を桐に浴びせかける。最上段から振りかぶった生死を分かつ全力の一撃だ。桐の巨大な盾が軋み、めり込む踵を中心にして瓦が放射状に砕け散った。 全身のバネが軋み、少女のような細い骨格が悲鳴を上げる。それでも彼は崩れない。倒れるわけにはいかない。 「――私達も役目において人を殺しますが、少なくとも殺すことに意味を見出す気にはなれませんね」 盾に渾身の力を込めて押し返す。殺すことそのものに意味を抱く彼等を桐は倒す。相容れないから。絶対に。姿勢を崩した御羽に向けて盾による横殴りの一撃が炸裂した。 「殺しに何を思うかは自由ですけれど、殺しは罪ということを忘れてはいけません」 セラフィーナが滑空し、糾華が駆ける、両者は藤乃家を基点に十字を描き、一閃。 「償って貰います。貴方の血で」 言うや否や屋根と壁の崩落に巻き込まれるセラフィーナと糾華。イオン臭を撒き散らし雷華が爆ぜた。だが同時に師が膝を付く。血が溢れる。仏門のうどん屋はわき腹を抉られ、左腕の肘から先を失っていた。 「こんな所で死ぬのか、君は」 鋭い眼光。蓮のささやきを受けて、リキは満身創痍の己が師に体ごとぶつかった。それは死の拒絶だ。師弟ともども瓦を転げ落ちてゆく。弟子は生きること、師を生かすことを選んだのだ。 そこから先は、今、知れたことではない。リベリスタ達は追わなかった。彼等には未だなさねばならぬことがある。残る慎海師弟と御羽の撃破だ。 セラフィーナが瓦礫の中から糾華を引き上げる。 「ありがと……」 翼もドレスも汚れてしまった。無傷とも言いがたいが意識ははっきりしている。 これでフィクサードの劣勢は確定した。慎海は彼から二手を奪った碧衣の気糸をようやく振りほどき、崩れ落ちた瓦礫の中にうずくまる老婆にライフルを向ける。この期に及んで人質を取ろうというのだ。 龍治が唇をかみ締める。腕を、ライフルを狙えるだろうか。技量でなら慎海すら上回る彼であれば確実に当てられるだろう。だがそうなれば敵も躊躇するはずがない。そして技量を除けば相手が上、つまり反応速度は相手が上回っているはずだ。 同じくライフルを構える星龍にとってもそれは同じ。更には完全な格上との戦いになっている。だが、一般的にスターサジタリーは当てるほどにはかわさない。これまでもそうだったように削りあいに持ち込むことは出来る。星龍にも火力を叩き付けるには十分な技量が備わっていた。 だが、そんなじりじりとした刹那の時間を切り裂いたのはチャイカだった。平素の明るい笑顔を今日は凍てつかせたまま、彼女は無数の気糸を繰り出す。銃撃が老婆の命を奪うと同時に、慎海とその弟子を切り刻む。血風が舞い上がる。 決意が合図となった。星龍のライフルが、龍治の古式銃が一斉に火を吹く。 「殺人の片棒を担ぐのはシャクですが……」 己自身に言い聞かせるようにチャイカが叫ぶ。 「今ここで貴方がたを撃破しなければ、それ以上の惨劇が起きるのです!」 こうして慎海は倒れ、弟子は屋根を転げて消えていった。 後は最早多対一の一方的な戦いが残るばかりだ。 泣き喚きながら大剣を振るう御羽はそれでも危険な存在ではあったが、最早リベリスタ達の敵ではない。 剣が、銃弾が、棍が、人嫌いの少女を次々に引き裂いて行く。あっという間の終わりだった。 こうして真昼の無軌道な災厄は、幾多の犠牲を払いながらも収束を告げたのであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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