● 息が、苦しい。 足が重い。背負った人間の重みが、降り注ぐ土砂降りの雨が、容赦無く体力を奪っていく。 もうどれほど走っただろうか。苦しい。辛い。こんな事なら、もっと真面目に訓練して置くべきだった。 歯噛みする。けれど、それでも、彼は足を止める訳にはいかなかった。 「……っ、しっかりしろよ、馬鹿和人……!」 酷く華奢な彼の背に乗る、紙の様に白い顔をした少年。 ぽたぽた、絶え間無く彼の背を濡らし続ける雨以外のものに、萎え掛かった心が奮い立つ。 走らなくては。もっと早く。苦しいからなんだ。自分が諦めれば、背に負った彼が、死ぬかもしれないのだ。 しかし、『運命』と言う奴は、全く以って優しくは無かったのだ。 聞こえたのは、ひゅんっ、と言う軽い音。 直後、足に走った激痛に、彼は地面へと倒れ込んだ。ばしゃり、泥水が頬を濡らす。恐らくは何らかの攻撃を受けたのだろう。 熱く、力の入らぬ右足を叱咤して、彼は何とか、己の身体を引き摺り起こした。 敵が近い。見えないそれを感じるように視線を彷徨わせながら、背負った仲間を手近な木の幹へと寄りかからせる。 呼吸が、浅い。運命の寵愛のお陰で一命は取り留めているが、少年の運命が何時まで持つのか、彼には想像もつかなかった。 怖い。逃げたい。手が震える。 けれど。自分は護らなくてはいけない。助けを求めに走ったもう一人の仲間と、約束したから。 「……ほら、そのアーティファクトさえ貰えれば、もう痛めつけたりしませんから」 くすくす、聞こえてくるのは愉悦に満ちた女の声。 目を向ける。敵は3人。とても勝ち目は無い。無力感に吐き気がした。唇を噛む。どうしたらいいのか。一体どうしたら。 向こうの要求を呑めば。けれど、呑んだからと言って生きて帰れるとは、とても―― はっと、その瞳が見開かれる。相手の要求。手にずっと握り締めたままだったアタッシュケースを、彼はじっと、見下ろした。 使っても、恐らくは五分五分。けれど可能性がそこまで跳ね上がるなら。 使う以外の選択肢など、端から残っていなかった。 「人殺しが楽しくて仕方無い奴がよく言うよ。……欲しいならさ」 無理矢理奪っていけばいい。 その言葉と共に、アタッシュケースが開かれた。 ● 「どーも。今日の『運命』話すわよ。……仲間の命がかかってるんで、心して聞いて頂戴」 既に椅子から立ち上がった状態で。リベリスタを迎えた『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は、素早くモニターを操作した。 「あるアーティファクトを、アークに持ち帰る、って言う依頼を受けた、3人組のリベリスタがいる。 たまたま、他のリベリスタ組織が確保したものだったんだけど、危なくて手に負えなかったみたいでね。こっちに任せる、って話だったの。 大して難しくも無い、2、3時間あれば終えられる依頼だった」 だった。 そこに含まれる意味合いに、リベリスタの表情が変わる。 「……最近話題になってる、六道のキマイラの話はまぁ勿論、あんたらも知ってると思うんだけど。 そいつらが、そのアーティファクト、欲しかったみたいなんだよね。理由は知らない。まぁ、人智超えたもんだし、持ってて損は無いのかな。 まぁ、そう言う訳で。その3人のリベリスタは、帰還途中に襲撃にあった。因みに、キマイラもセット。 残り2人は逃走中で、最後の1人だけがついさっき、アークに帰り着いてる」 アーティファクトは持ってなかったんだけどね。 そう告げたフォーチュナがモニターに表示したのは、3人の少年の写真だった。 「デュランダルの藤原・和人、プロアデプトの英・光輝と出流原・大和。顔見知りも居るのかしら。今回の3人のリベリスタは、この子達。 ……で、今アークに戻ってきてるのは、英クンだけ。彼も傷が重くて、今は意識が無い。 嗚呼、因みに英クンは逃げた訳じゃないわ。まだ、残りの2人が無事な状態で、アークに連絡、増援の案内の為に走る予定だった。 だけどまぁ、彼らじゃ到底叶わない相手だったのよ、敵が。……アークの増援が指定の場所に行った時には、傷だらけの英クンだけがそこに居たそうよ」 うわ言の様に、戻らなきゃ、と繰り返す彼から得られる情報は無く、残りの2人とも連絡が付かない。 故に、増援はまだ、残りの2人の下へと向かっていないのだ。 「……まぁ、偶然にも、カレイドで2人の『運命』って奴が見えたから、あんたらに向かって貰おう、って訳。 彼らは今のところ、森の中で上手く逃げおおせてるんだけど……あんたらが向かうより早く、戦闘が行われた結果、藤原クンが戦闘不能になってしまう。 傷も深い。出流原クンが背負って逃げてるけどまぁ、長持ちする訳無く。追い詰められちゃうわ。 フィクサードの方が、面白がって少しだけ逃げる猶予を与えてたお陰で、あんたらがつく時には未だ、2人とも生きてるし、アーティファクトも奪われてない。 ――まぁ、窮地に陥った出流原クンが、アーティファクトを作動させちゃってるんだけどね」 そのアーティファクトとは。尋ねる声に、フォーチュナは溜息と共に応じた。 「識別名『嘆きの落涙』。身につける事で効果を発揮するもので、……周囲の水に、凄まじい幻覚効果を齎すの。 具体的には、精神力を削り、虚弱と、死毒の呪いを与え続ける。現場は雨が降ってるから、使用にはもって来いなのよね。 ただ、代償も重くてね。……トラウマを、そして、起こって欲しくないものを見せ続ける。感じた精神的苦痛は、同じ様に身体にも襲い掛かる。 ……普通なら、気が狂うでしょうね。持たない。でも、彼は耐えるわ。 その命が尽きるまで、自分と藤原クン以外全てを敵と判断して力を行使し、攻撃を仕掛け続けるわ」 助けが来るのだと、強く信じて。 じゃあ、次敵詳細。そう告げて、フォーチュナは資料へと視線を落とす。 「フィクサードは3人。メタルフレーム×クロスイージスの男と、ジーニアス×ダークナイトの女。そして、『御伽噺』来栖・久臣。 来栖は……お目付け役なのかしらね、積極的な戦闘参加を行わない。都合が悪くなればすぐ逃走する。 前者2名は実力はそれなりかしらね。……まぁ、あんたらなら手こずる相手じゃないわ。 で、もう一匹。混合種『キマイラ』が、やっぱり今回も付いてきてる。識別名『黄金のがちょう』。鳥と人間をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて、子供くらいの大きさの鳥型にくっつけたみたいな奴。 ……この時点で中々に悪趣味なんだけど、持ってる能力も中々強烈でね。耐久力以外戦闘に向かないんだけど、自分が受けたダメージを利用できるのよ。 まず、味方全体の回復。これは、自分が受けたダメージと同じ分だけ、毎回行える。まぁ、ホーリーメイガスが居ると思ってくれればいい。 次に、こっちは時間が必要みたいなんだけど……自分が受けたダメージを、敵に返せるらしいのよね。 詳細は資料に書いとくけど、かなり強力。止める手段は一つ。使おうとしている状況時に、更に重いダメージを重ねる事のみ。……本当に、面倒な敵よね」 またひとつ、溜息を漏らしたフォーチュナは纏めた資料を差し出して、真直ぐにリベリスタを見つめた。 「アーティファクトを持ち帰るのがあんたらの仕事よ。 ……勿論、出流原クンはあんたらの事も最初、敵だと判断する。いや、敵味方の区別をつける余裕が無い。 急いで行けば、まだ彼がアーティファクトを行使し始めたばかりの時に辿り着けるわ。……逆に、遅れて行けば、彼が死んで、アーティファクトの効果が切れた時に辿り着ける。 どちらを選んでくれても問題ない。後は、あんたらに任せるわ」 それじゃあよろしく。立ち去るフォーチュナの指先が、モニターの電源をぷつりと落とした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月28日(木)00:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 涙なんて疾うに枯れた。 胃液も何も枯れ果てて、吐き出すのは血反吐ばかり。 けれどそれでも、彼は立っていた。血の気を失った唇を噛み締めて。攻撃の手を休めない。 痛くて苦しくて、そして何より、本当は、怖い。でも止める訳にはいかない。止めたら、この背に庇った友人、が。 その想いだけが頼りだった。怯え萎えかける心を支える強い意志。彼は望む。彼は願う。得たい運命を、手繰り寄せる為に。 何とか開いた瞳。雨の向こう、幻覚に呻きながら、振り上げられんとした敵の刃が、煌めいて―― 「和人! 大和! よく頑張ったな!」 響いたのは、陰鬱な戦場を切り裂く癒しの福音。 振り下ろされた女の刃を、刃毀れひとつ無い白金で受け止めて。『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)はその視線を後ろに投げる。 状況は芳しくない。けれど、確かに生きている二人の姿に思わず、安堵の吐息が漏れた。 降り注ぐ雨が、大嫌いな血液に見える。髪を、頬を、服をぐしゃぐしゃに濡らす、生温い、鉄錆のにおい。 吐き気がした。けれど、俊介はその笑みを崩さない。生きていてくれて良かった。そう呟いて。少しでも危険から庇わんと、彼らの目の前に位置取る。 「アークはお前らを助けに来た! 見捨てたりなんかしないから、安心しろよな」 その声はまだ、少年の耳には届かないかもしれないけれど。 少しでもその心を支える様にと投げ掛けられた言葉に、戦闘不能の少年が微かに呻いた。 「我らアーク。同志を助けに参りました」 すぅ、と瞳を細めて。限界を超えた集中状態にトリップ。『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)は冷ややかに、フィクサードを見据えた。 頭を過ぎるのは、全ての始まりの日。自分の無力と運命を呪ったあの日。拳を握る。精神力が削られる。 それでも、今は、為すべき事を為さねばならない。伝い落ちる雨を拭う。 効果内にある自分が、これ程の思いをするのだ。使用者である大和の負担は相当のもの。 その精神力が相当のものである事は理解出来るが、それも永遠には続かない。早く、助けなければ。 その瞳がちらり、と駆け込んでくる仲間を見詰める。少年の心を救い得る人物。彼に任せればきっと、大丈夫だと信じて。 彼らに続く様に。現場に急行したリベリスタ達は素早く、己の役割を果たさんと駆け込んで来ていた。 女の前に立ちはだかるのは『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)。光源代わりにとその頭を煌めかせた彼にもまた、雨は等しく降りかかる。 少しでも多くを。この手の中に収めて護りたい。けれどその指の隙間から零れる、幾つもの命。 断末魔が聞こえた。吐き捨てられた恨み言が聞こえた。絶望し光を失う瞳が見えた。 答えの代わりに、フツの指が印を結ぶ。広がるのは仲間を護る見えざる盾。良いのだ。構わない。例え、恨み言だって。 「――オレがお前を殺したんだから」 その言葉は、何処に向けたものだったのだろうか。 キマイラがいてアーティファクトがあり、傷ついた味方がいる。自分達は当然アーティファクトを回収して味方を救出する。 なら、キマイラは? その問いの答えは放置だった。けれど。『下策士』門真 螢衣(BNE001036)の心は、揺らぐ。 本当にそれで良いのだろうか。迷いが囁く。例え耳を塞ごうと己の内から湧き出す声は止んではくれない。 放置する事が何を齎すか何て、子供だって分かる事。本当に良いのか。本当にそれは正しいのか。 印を結ぶ。展開されるのは敵を縛り上げる幾重ものまじない。醜悪な鵞鳥を完全に縛り上げて、螢衣は微かに、震えた吐息を漏らした。 「さて、潰しあいと行こうか……」 集中が高まる。例えるなら、猛禽。微かに喉奥で嗤った『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の色違いの瞳に浮かぶのは嗜虐的な愉悦の色。 命をベットにゲームに興じる殺人狂。そんな奴らと関わるなんて、本来ならば遠慮願いたいが。 その胸を苛もうとする、忌まわしいあの日の記憶を振り払う。やる事なんて何時もと同じ。 アーティファクトを確保した上で連中を潰す、実に簡単で解り易い仕事だ。 叩き込む掌打。女の肩口を掠めたそれに微かに眉を寄せて、浅倉 貴志(BNE002656)はその手を引く。 「……俺を自由にしてもいいのかなぁ、リベリスタ」 その背にかかる声。フツと貴志、前衛に立つ2人がそれぞれ抑えに回る筈であった片方。クロスイージスの男が、幻覚を振り払う様に駆け出す。 その先に居るのは、勿論大和。振り上げられた刃が、皮肉にも鮮烈な破邪の煌めきを纏う。 俊介が庇おうにも、手番が足りない。避けろ、と、悲鳴にも似た声が、上がった気がした。 ● きんっ、と。響いたのは金属の擦れる高い音。次いで、飛び散った紅の雫。 遥かな夜の天蓋でその刃を抑えて。微かに掠めた額から滴る鮮血にも表情を変えない『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は、一つ、溜息を漏らした。 ――大和、私の声が聞こえるかしら? 助けに来たわ。 脳内に直接語り掛ける声。ぴくり、跳ねた肩を確認しながら、彼女は目の前の敵を見据える。 それは唯の悪夢。幻なのだ。目を凝らして。耳を傾けて。目の前の現実を、見ろ。そう伝える。 少年の判断は迂闊だった。けれど、その決意が跳ね上げた可能性は、確かに『運命』を掴み取ったのだ。 雨が頬を濡らす。流れる時の違いを。『人』と自分の違いを。理解しながらも止められない。好意と憎悪にも似た何か。 それが運命だと諦めろと声が聞こえる。けれど。それは違うのだ。 そう、この背後に庇った少年の様に。運命に従順であってはいけない。抗う姿こそ、『運命』が人に望む姿なのだから。 「この賭けは大和の勝ち、勝者には御褒美が必要ね」 だからこそ。先ずは、その壊れそうな心を救い上げねばならない。 その為に。駆け寄り、大和の肩を確りと掴んだのは『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)だった。 大事な友人。出会いは笑ってしまう様な依頼で、けれど確かにそこで心を交えた。 そんな彼らが、窮地に陥ったと言うならば。助ける以外の選択肢など、存在しないのだ。 「っ……大和、僕だ、夏栖斗だ! 助けにきた!」 肩を揺する。和人も、光輝も無事だ。だから落ち着けと叫ぶ彼の声が聞こえるのか、聞こえないのか。 ただ反射的に、外部からの刺激に怯えた様に放たれた気糸が肩を貫いた。それでも、夏栖斗はその手を離さない。 失ったものの声がした。大丈夫だ、と微笑んで。優しく手を握ったもう居ない彼女の記憶はまだそう遠くは無い。 これ以上失いたくなかった。失う訳にはいかなかった。胸を苛む幻覚が、同時に幻覚を打ち破るだけの意志を生む。 目の前で零れていく大事なものの姿なんて、もう、とっくに見飽きたのだ。 だから。少年は手を伸ばす。どれだけ傷付き壊れそうになっても。もう、失わない為にと。 「お前が死んだら、桜子ちゃんがなくぜ? 大和! 返事しろ!」 必死の声。聞こえているのだろうか、焦点の合っていない瞳が、何かを探す様に彷徨う。 雨が身体を濡らす。込められた嘆きが、悲哀が、敵味方問わずその身を削っていく。 戦闘を行うのも、中々の苦行。そんな状況下で夏栖斗が声掛けを続けられるのは、ひとえに味方の尽力あってこそだった。 俊介の癒しの福音が、削り取られていく体力を呼び戻す。アルバートが放った気糸が敵の弱点を鋭く撃てば、 「弱点はそこか」 冷ややかに目を細めた櫻霞の気糸が、続け様に女の肩を貫いた。その表情が歪むのを見届けて、彼はちらりと、背後の大和へと視線を投げた。 交流も、面識もほぼ無い。けれど、かける言葉が、無い訳ではなかった。 「何時までアーティファクト風情に踊らされてる、いい加減眼を覚ましたらどうだ」 その声はやはり、冷ややか。しかし、正気を保てと言う言葉は、未だ落涙を齎す少年の肩を確かに揺らす。 少年達の救助はすべて、仲間に任せて。 螢衣は再び、結んだ印で呪縛のまじないを組み上げていた。 狙うはやはり、自身の目の前の鵞鳥。その醜悪な見た目を縛り上げんとした呪詛はしかし、効力を発揮する前にするりと抜け出した身体を捉え切れない。 「この姿。わざわざ嫌悪を感じさせようとしているとしか思えません」 漏れたのは苛立ち混じりの呟き。彼女の後方では、大和の前で傘を広げ直した氷璃が、静かに力有る言葉を紡ぎ始める。 「出流原! 出流原・大和! オレだ、焦燥院フツだ!」 全員に破邪の煌めきを浴びせかけて。唐突に、フツは声を張り上げた。 同じ高校生だ。顔を合わせた事もあるだろう。お前の友達は全員無事だ、お前のお陰だ、そう、告げる言葉が戦場に響く。 大丈夫。大丈夫だ。少年が背負ってきた友人だって、確りと、アークのリベリスタは護っている。だから。 「ほら、ちゃんと目で見ろ! 後はオレ達に任せて、嘆きの落涙を止めてくれ!」 そんな彼に振り抜かれる、暗黒纏う女の刃。何とか受け止めて、けれど避けた脇腹から鮮血が滴り、雨水と混ざり合う。 呪縛が出来ていない、その状況で。がちょうの体が淡く煌めく。 拡散するのは、皮肉にもホーリーメイガスの歌の如き囀り。今まで負わせた傷を、少なからず癒したそれにリベリスタの表情が歪む。 しかし、回復に秀でるのはリベリスタとて同じなのだ。 迷う事無く、力ある癒しの音色を戦場に齎して。俊介は夏栖斗が呼びかけ続ける少年を見遣る。 立派なリベリスタだ。彼らは最善を尽くした。ならば、後は自分達が何とかしてやらなくて如何する。 身体は痛む。削れていく精神力に頭痛がした。けれど、口元に浮かべるのは笑みだ。苦しいなんて言わない。この程度、少年の負う痛みと比べたら。 「なんてことねぇよ。……すぐに痛いの消してやるからな」 だからどうか、と。祈る様な俊介の声に、揺らぐ瞳が僅かに、焦点を結ぶ。 「大和、頼むから僕を見ろ! 友達をこれ以上失くすわけには行かないんだ、なぁ、大和!」 必死の声が、耳を揺らす。声が、聞こえていた。触れる何かは温かかった。 唯の雑音が意味を持ち始める。何も見ていない瞳が焦点を結ぶ。飛び込んできた、酷く苦しげな、少年の顔。――嗚呼。 「……助けに、来て、くれたんだ」 かずと、と。酷く掠れた声で囁いて。少年の膝が力を失い崩れ落ちた。 ● ヒーローだ、と。 血が足りず霞む視界を必死に保って。藤原・和人は心の底から、思った。 自分を護り戦う背中が。必死に叫ぶ声が。淀んだ雨を打ち払った。崩れ落ちた友人を抱かかえる様に支える彼を見遣る。 もう大丈夫だ。そう、唇が動いたのが見えた。 目頭が熱かった。ぼたぼた、伝い落ちる涙を感じながら。傷付いた少年の意識は今度こそ完全に、ブラックアウトした。 「夏栖斗、御免。……他の人達も、助けに来てくれて……俺、何も出来なくて、」 「――ここは僕らに任せて、ソレをアークに届けてくれ、ヒーロー」 勿論、和人と一緒に。半ば言葉を遮る様に告げて、その背を叩く。 それ以上の言葉はない。しかし、言外に込めた想いは確かに、少年の心に届いていた。 ぼろぼろと、その瞳から涙が落ちる。嗚咽さえ漏らせない程衰弱した彼はしかし、ふら付きながらその背に友人を背負い上げんとした。 「――離脱するなら私が追いますが」 それで宜しいですか? 冷ややかに。それまで一度も口を開かなかった男、久臣が真直ぐに此方を見遣る。 一気に凍り付く空気。弱り切った大和では、逃げ切る事など到底不可能。ならば。 「彼らは殺させません。アーティファクトも渡しません。どうぞお引き取り下さい……と言っても聞かないでしょう」 片付けるのみ。少年達を背後に庇って、リベリスタ達は素早く、攻撃態勢を整える。 気付けば、雨は上がっていた。残るは後片付けのみ。 戦いの趨勢は、即座にリベリスタに傾く事となっていた。 その身を苛む呪詛さえ無くなれば、数も個々の能力も勝る彼らにとって、この程度のフィクサード等障害にはなり得ない。既に、女はその身を地に沈めていた。 しかし。フィクサードとて黙ってやられて等居ない。呪詛の雨の中、既に一度その運命を燃やした貴志へと。振り被られた破邪の刃が叩き込まれる。 ぐらり、揺れた身体。持ち堪えたが、しかし。続け様にもう一撃。半ばもう押し潰すように薙がれた刃が、その意識を完全に奪い取る。 地に沈んだ身体。それでも、リベリスタの優位は変わらない。彼の穴を補う様に、前に出た夏栖斗が叩き込む、掌打。 防御など無意味。文字通り骨ごとその運命を削り取った一撃で、男の体もまた、地面へと倒れ伏す。 「僕の親友たちを痛めつけてくれたツケを払ってもらうぜ」 その瞳が捉えるのは、螢衣が抑え続けた醜い鵞鳥。仲間達も、その武器を其方へと向ける。 しかしその中で、鵞鳥の目の前に居た螢衣だけは、その目的を違えていた。 呪縛されたその身体を掴む。その侭仲間の方へ引き摺り寄せようとした彼女の目的に、気付いたのだろう。 「……倒されるのは構わないんですけど、持って行かれるのは怒られそうなんで」 勘弁してくれませんか。そんな言葉と共に、振るわれたのは燃え盛る拳。 螢衣を鵞鳥ごと巻き込んだそれは容赦無く周囲を薙ぎ払い、瞬く間に燃やし尽くす。消耗の大きかった身体が、その一撃で一気に運命を削られる。 固さを帯びる空気。優しげな笑みを浮かべた青年はそっと溜息を漏らして。その瞳をリベリスタへと傾けた。 「まぁ、この人数相手に私1人で戦うつもりはないですよ。アークのヒーローに、鬼の刀持ち、衆生を救う坊主まで揃ってるなんて全く、予想外だ」 もう一つ、溜息。続いて放たれたのは。 「見逃して貰えますか。この醜い鳥ごと。……嫌なら嫌でも構いません、当然、その時は私も実力行使に出ます」 狙うは弱いところから。当然ですよね。その首が傾く。 その言葉に含まれた意味合いに、リベリスタの表情が固くなる。 倒すべきだ。これ以上の最悪を産まない為に。けれど、それは同時に、今確かに助けた命を、そして、依頼の成功を左右し兼ねない選択なのだ。 「……分かった」 一言。答えたのは夏栖斗。有難う御座います、と言う言葉と共に、何事かを呟いた男は鳥と共にその姿を森の中へと消していく。 スキル、だろうか。その目を凝らした氷璃はしかし、その解析が不可能であった事に肩を竦め、それからふと、青白い顔で此方を見る大和に視線を向ける。 鵞鳥こそ倒せては居ないが。リベリスタはアーティファクトを護ったのだ。そして、潰える筈だった二つの命も。 「頑張った事は褒めて上げるけれど、その前に――」 ぱちん、響く乾いた音。頬に走った痛みに、大和が驚いた様に顔を上げる。 無茶をした罰よ。けれど、勝者にはご褒美も必要ね。そんな言葉と共に次に伸ばされた手は優しく、その頭を撫でる。 表情が、緩んだ。重荷を下ろした少年の瞳から再び、大量の涙が滴り落ちる。 懸念は有る。しかし、護ると決めたものを護り抜いたリベリスタ達は全員で、未だ雨のにおいの残るそこを、後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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