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<六道紫杏>呪いの落涙


 息が、苦しい。
 足が重い。背負った人間の重みが、降り注ぐ土砂降りの雨が、容赦無く体力を奪っていく。
 もうどれほど走っただろうか。苦しい。辛い。こんな事なら、もっと真面目に訓練して置くべきだった。
 歯噛みする。けれど、それでも、彼は足を止める訳にはいかなかった。
「……っ、しっかりしろよ、馬鹿和人……!」
 酷く華奢な彼の背に乗る、紙の様に白い顔をした少年。
 ぽたぽた、絶え間無く彼の背を濡らし続ける雨以外のものに、萎え掛かった心が奮い立つ。
 走らなくては。もっと早く。苦しいからなんだ。自分が諦めれば、背に負った彼が、死ぬかもしれないのだ。
 しかし、『運命』と言う奴は、全く以って優しくは無かったのだ。

 聞こえたのは、ひゅんっ、と言う軽い音。
 直後、足に走った激痛に、彼は地面へと倒れ込んだ。ばしゃり、泥水が頬を濡らす。恐らくは何らかの攻撃を受けたのだろう。
 熱く、力の入らぬ右足を叱咤して、彼は何とか、己の身体を引き摺り起こした。
 敵が近い。見えないそれを感じるように視線を彷徨わせながら、背負った仲間を手近な木の幹へと寄りかからせる。
 呼吸が、浅い。運命の寵愛のお陰で一命は取り留めているが、少年の運命が何時まで持つのか、彼には想像もつかなかった。
 怖い。逃げたい。手が震える。
 けれど。自分は護らなくてはいけない。助けを求めに走ったもう一人の仲間と、約束したから。
「……ほら、そのアーティファクトさえ貰えれば、もう痛めつけたりしませんから」
 くすくす、聞こえてくるのは愉悦に満ちた女の声。
 目を向ける。敵は3人。とても勝ち目は無い。無力感に吐き気がした。唇を噛む。どうしたらいいのか。一体どうしたら。
 向こうの要求を呑めば。けれど、呑んだからと言って生きて帰れるとは、とても――
 はっと、その瞳が見開かれる。相手の要求。手にずっと握り締めたままだったアタッシュケースを、彼はじっと、見下ろした。
 使っても、恐らくは五分五分。けれど可能性がそこまで跳ね上がるなら。
 使う以外の選択肢など、端から残っていなかった。
「人殺しが楽しくて仕方無い奴がよく言うよ。……欲しいならさ」
 無理矢理奪っていけばいい。
 その言葉と共に、アタッシュケースが開かれた。


「どーも。今日の『運命』話すわよ。……仲間の命がかかってるんで、心して聞いて頂戴」
 既に椅子から立ち上がった状態で。リベリスタを迎えた『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は、素早くモニターを操作した。
「あるアーティファクトを、アークに持ち帰る、って言う依頼を受けた、3人組のリベリスタがいる。
 たまたま、他のリベリスタ組織が確保したものだったんだけど、危なくて手に負えなかったみたいでね。こっちに任せる、って話だったの。
 大して難しくも無い、2、3時間あれば終えられる依頼だった」
 だった。
 そこに含まれる意味合いに、リベリスタの表情が変わる。
「……最近話題になってる、六道のキマイラの話はまぁ勿論、あんたらも知ってると思うんだけど。
 そいつらが、そのアーティファクト、欲しかったみたいなんだよね。理由は知らない。まぁ、人智超えたもんだし、持ってて損は無いのかな。
 まぁ、そう言う訳で。その3人のリベリスタは、帰還途中に襲撃にあった。因みに、キマイラもセット。
 残り2人は逃走中で、最後の1人だけがついさっき、アークに帰り着いてる」
 アーティファクトは持ってなかったんだけどね。
 そう告げたフォーチュナがモニターに表示したのは、3人の少年の写真だった。
「デュランダルの藤原・和人、プロアデプトの英・光輝と出流原・大和。顔見知りも居るのかしら。今回の3人のリベリスタは、この子達。
 ……で、今アークに戻ってきてるのは、英クンだけ。彼も傷が重くて、今は意識が無い。
 嗚呼、因みに英クンは逃げた訳じゃないわ。まだ、残りの2人が無事な状態で、アークに連絡、増援の案内の為に走る予定だった。
 だけどまぁ、彼らじゃ到底叶わない相手だったのよ、敵が。……アークの増援が指定の場所に行った時には、傷だらけの英クンだけがそこに居たそうよ」
 うわ言の様に、戻らなきゃ、と繰り返す彼から得られる情報は無く、残りの2人とも連絡が付かない。
 故に、増援はまだ、残りの2人の下へと向かっていないのだ。
「……まぁ、偶然にも、カレイドで2人の『運命』って奴が見えたから、あんたらに向かって貰おう、って訳。
 彼らは今のところ、森の中で上手く逃げおおせてるんだけど……あんたらが向かうより早く、戦闘が行われた結果、藤原クンが戦闘不能になってしまう。
 傷も深い。出流原クンが背負って逃げてるけどまぁ、長持ちする訳無く。追い詰められちゃうわ。
 フィクサードの方が、面白がって少しだけ逃げる猶予を与えてたお陰で、あんたらがつく時には未だ、2人とも生きてるし、アーティファクトも奪われてない。
 ――まぁ、窮地に陥った出流原クンが、アーティファクトを作動させちゃってるんだけどね」
 そのアーティファクトとは。尋ねる声に、フォーチュナは溜息と共に応じた。
「識別名『嘆きの落涙』。身につける事で効果を発揮するもので、……周囲の水に、凄まじい幻覚効果を齎すの。
 具体的には、精神力を削り、虚弱と、死毒の呪いを与え続ける。現場は雨が降ってるから、使用にはもって来いなのよね。
 ただ、代償も重くてね。……トラウマを、そして、起こって欲しくないものを見せ続ける。感じた精神的苦痛は、同じ様に身体にも襲い掛かる。
 ……普通なら、気が狂うでしょうね。持たない。でも、彼は耐えるわ。
 その命が尽きるまで、自分と藤原クン以外全てを敵と判断して力を行使し、攻撃を仕掛け続けるわ」
 助けが来るのだと、強く信じて。
 じゃあ、次敵詳細。そう告げて、フォーチュナは資料へと視線を落とす。
「フィクサードは3人。メタルフレーム×クロスイージスの男と、ジーニアス×ダークナイトの女。そして、『御伽噺』来栖・久臣。
 来栖は……お目付け役なのかしらね、積極的な戦闘参加を行わない。都合が悪くなればすぐ逃走する。
 前者2名は実力はそれなりかしらね。……まぁ、あんたらなら手こずる相手じゃないわ。
 で、もう一匹。混合種『キマイラ』が、やっぱり今回も付いてきてる。識別名『黄金のがちょう』。鳥と人間をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて、子供くらいの大きさの鳥型にくっつけたみたいな奴。
 ……この時点で中々に悪趣味なんだけど、持ってる能力も中々強烈でね。耐久力以外戦闘に向かないんだけど、自分が受けたダメージを利用できるのよ。
 まず、味方全体の回復。これは、自分が受けたダメージと同じ分だけ、毎回行える。まぁ、ホーリーメイガスが居ると思ってくれればいい。
 次に、こっちは時間が必要みたいなんだけど……自分が受けたダメージを、敵に返せるらしいのよね。
 詳細は資料に書いとくけど、かなり強力。止める手段は一つ。使おうとしている状況時に、更に重いダメージを重ねる事のみ。……本当に、面倒な敵よね」
 またひとつ、溜息を漏らしたフォーチュナは纏めた資料を差し出して、真直ぐにリベリスタを見つめた。
「アーティファクトを持ち帰るのがあんたらの仕事よ。
 ……勿論、出流原クンはあんたらの事も最初、敵だと判断する。いや、敵味方の区別をつける余裕が無い。
 急いで行けば、まだ彼がアーティファクトを行使し始めたばかりの時に辿り着けるわ。……逆に、遅れて行けば、彼が死んで、アーティファクトの効果が切れた時に辿り着ける。
 どちらを選んでくれても問題ない。後は、あんたらに任せるわ」
 それじゃあよろしく。立ち去るフォーチュナの指先が、モニターの電源をぷつりと落とした。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月28日(木)00:12
3馬鹿再び。少しだけ心情系かもしれません。
お世話になっております、麻子です。
以下詳細。

●成功条件
アーティファクト『嘆きの落涙』を持ち帰る。
(その他は成功条件に入りません)

●場所
三高平郊外、林中。
場所は開けている為、障害などはありません。天気は雨。
灯りは必要です。
リベリスタ達がつく時には、大和が『嘆きの落涙』を作動させてから既に2T経っています。

●リベリスタ
・藤原・和人
ジーニアス×デュランダル。戦闘不能。

・出流原・大和
ジーニアス×プロアデプト。
所有スキルはトラップネスト、インスタントチャージ、ピンポイント・スペシャリティ。
アーティファクトの影響で、和人と自分以外は全て敵と判断します。
声かけ可能。増援であり、頼っても問題ないのだと理解すれば彼はアーティファクトの使用を止めます。

彼らについては『Which do you like...?』『嗚呼、愛しの大和撫子!』を参照頂ければ幸い。
全員三高平大付属高校3年です。

●『御伽噺』来栖・久臣
ジーニアス×覇界闘士。若干攻撃寄りのバランス型。
実力者です。経験・実力共にアークのトップより上。

現在アークの把握している覇界闘士のスキル全てが使用可能です。
特に焔腕を使用してくるようです。
加えて、
EX:真夏の夜の夢(神遠全/ダメージ0、魅了・呪い/まるで歌劇のワンシーンの様な仕草に魔力を乗せて、周囲に居る者全てを魅了します)
を、使用してきます。

今回、彼はこちらから手出ししなければ積極的戦闘行動を行いません。
少し離れた地点で、何らかの記録を付ける為に来ているようです。

●フィクサード
メタルフレーム×クロスイージスの男(シュン)
防御特化。
ブレイクフィアー、リーガルブレード使用。

ジーニアス×ダークナイトの女(メグミ)
攻撃・速度高め。
奪命剣、ソウルバーン使用。

Lv15程度の実力です。彼らはアーティファクト確保の為、戦闘不能まで戦い続けるでしょう。
どちらも嗜虐的、人殺しが楽しい系フィクサード。

●キマイラ『黄金のがちょう』
鳥と人間をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような異形。
耐久に非常に優れています。戦闘行動を行う事が出来ません。
このキマイラが持つ能力は2つ。

・善人には祝福を
毎ターン終了時に、『がちょう自身が受けたダメージ』分、自分含む味方全てを回復します。
(BSダメージも含みます)
・盗人には罰を(遠複、溜2)
がちょう自身の受けたダメージを(100+1d100)%、敵複数に返します。
溜中に『拘束系BSを付与する、若しくは一定以上のダメージを与える』と溜が解除されます。

●アーティファクト『嘆きの落涙』
透き通った水色の石を繋げた腕輪型アーティファクト。
使用すると、半径20m以内の水分に強烈な幻覚効果を齎します。
雨を浴びると毎T必ず『BS虚弱、死毒、Mアタック大』の効果を受けます。戦闘開始時はリベリスタも対象です。
代償は『重度の精神ダメージを受け、それがその侭身体のダメージに繋がる』です。
使用を続ければ、大和は12Tで死亡します。
所有者の任意・死亡どちらかで効果は消滅します。

大和とのお知り合い設定はご自由に。
矛盾無ければ、言葉が届く可能性が上がるかもしれません。

以上です。ご縁ありましたら、よろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
★MVP
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
プロアデプト
天城・櫻霞(BNE000469)
インヤンマスター
門真 螢衣(BNE001036)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
覇界闘士
浅倉 貴志(BNE002656)
プロアデプト
アルバート・ディーツェル(BNE003460)


 涙なんて疾うに枯れた。
 胃液も何も枯れ果てて、吐き出すのは血反吐ばかり。
 けれどそれでも、彼は立っていた。血の気を失った唇を噛み締めて。攻撃の手を休めない。
 痛くて苦しくて、そして何より、本当は、怖い。でも止める訳にはいかない。止めたら、この背に庇った友人、が。
 その想いだけが頼りだった。怯え萎えかける心を支える強い意志。彼は望む。彼は願う。得たい運命を、手繰り寄せる為に。
 何とか開いた瞳。雨の向こう、幻覚に呻きながら、振り上げられんとした敵の刃が、煌めいて――

「和人! 大和! よく頑張ったな!」
 響いたのは、陰鬱な戦場を切り裂く癒しの福音。
 振り下ろされた女の刃を、刃毀れひとつ無い白金で受け止めて。『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)はその視線を後ろに投げる。
 状況は芳しくない。けれど、確かに生きている二人の姿に思わず、安堵の吐息が漏れた。
 降り注ぐ雨が、大嫌いな血液に見える。髪を、頬を、服をぐしゃぐしゃに濡らす、生温い、鉄錆のにおい。
 吐き気がした。けれど、俊介はその笑みを崩さない。生きていてくれて良かった。そう呟いて。少しでも危険から庇わんと、彼らの目の前に位置取る。
「アークはお前らを助けに来た! 見捨てたりなんかしないから、安心しろよな」
 その声はまだ、少年の耳には届かないかもしれないけれど。
 少しでもその心を支える様にと投げ掛けられた言葉に、戦闘不能の少年が微かに呻いた。
「我らアーク。同志を助けに参りました」
 すぅ、と瞳を細めて。限界を超えた集中状態にトリップ。『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)は冷ややかに、フィクサードを見据えた。
 頭を過ぎるのは、全ての始まりの日。自分の無力と運命を呪ったあの日。拳を握る。精神力が削られる。
 それでも、今は、為すべき事を為さねばならない。伝い落ちる雨を拭う。
 効果内にある自分が、これ程の思いをするのだ。使用者である大和の負担は相当のもの。
 その精神力が相当のものである事は理解出来るが、それも永遠には続かない。早く、助けなければ。
 その瞳がちらり、と駆け込んでくる仲間を見詰める。少年の心を救い得る人物。彼に任せればきっと、大丈夫だと信じて。
 彼らに続く様に。現場に急行したリベリスタ達は素早く、己の役割を果たさんと駆け込んで来ていた。
 女の前に立ちはだかるのは『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)。光源代わりにとその頭を煌めかせた彼にもまた、雨は等しく降りかかる。
 少しでも多くを。この手の中に収めて護りたい。けれどその指の隙間から零れる、幾つもの命。
 断末魔が聞こえた。吐き捨てられた恨み言が聞こえた。絶望し光を失う瞳が見えた。
 答えの代わりに、フツの指が印を結ぶ。広がるのは仲間を護る見えざる盾。良いのだ。構わない。例え、恨み言だって。
「――オレがお前を殺したんだから」
 その言葉は、何処に向けたものだったのだろうか。
 キマイラがいてアーティファクトがあり、傷ついた味方がいる。自分達は当然アーティファクトを回収して味方を救出する。
 なら、キマイラは? その問いの答えは放置だった。けれど。『下策士』門真 螢衣(BNE001036)の心は、揺らぐ。
 本当にそれで良いのだろうか。迷いが囁く。例え耳を塞ごうと己の内から湧き出す声は止んではくれない。
 放置する事が何を齎すか何て、子供だって分かる事。本当に良いのか。本当にそれは正しいのか。
 印を結ぶ。展開されるのは敵を縛り上げる幾重ものまじない。醜悪な鵞鳥を完全に縛り上げて、螢衣は微かに、震えた吐息を漏らした。
「さて、潰しあいと行こうか……」
 集中が高まる。例えるなら、猛禽。微かに喉奥で嗤った『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の色違いの瞳に浮かぶのは嗜虐的な愉悦の色。
 命をベットにゲームに興じる殺人狂。そんな奴らと関わるなんて、本来ならば遠慮願いたいが。
 その胸を苛もうとする、忌まわしいあの日の記憶を振り払う。やる事なんて何時もと同じ。
 アーティファクトを確保した上で連中を潰す、実に簡単で解り易い仕事だ。
 叩き込む掌打。女の肩口を掠めたそれに微かに眉を寄せて、浅倉 貴志(BNE002656)はその手を引く。
「……俺を自由にしてもいいのかなぁ、リベリスタ」
 その背にかかる声。フツと貴志、前衛に立つ2人がそれぞれ抑えに回る筈であった片方。クロスイージスの男が、幻覚を振り払う様に駆け出す。
 その先に居るのは、勿論大和。振り上げられた刃が、皮肉にも鮮烈な破邪の煌めきを纏う。
 俊介が庇おうにも、手番が足りない。避けろ、と、悲鳴にも似た声が、上がった気がした。


 きんっ、と。響いたのは金属の擦れる高い音。次いで、飛び散った紅の雫。
 遥かな夜の天蓋でその刃を抑えて。微かに掠めた額から滴る鮮血にも表情を変えない『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は、一つ、溜息を漏らした。
 ――大和、私の声が聞こえるかしら? 助けに来たわ。
 脳内に直接語り掛ける声。ぴくり、跳ねた肩を確認しながら、彼女は目の前の敵を見据える。
 それは唯の悪夢。幻なのだ。目を凝らして。耳を傾けて。目の前の現実を、見ろ。そう伝える。
 少年の判断は迂闊だった。けれど、その決意が跳ね上げた可能性は、確かに『運命』を掴み取ったのだ。
 雨が頬を濡らす。流れる時の違いを。『人』と自分の違いを。理解しながらも止められない。好意と憎悪にも似た何か。
 それが運命だと諦めろと声が聞こえる。けれど。それは違うのだ。
 そう、この背後に庇った少年の様に。運命に従順であってはいけない。抗う姿こそ、『運命』が人に望む姿なのだから。
「この賭けは大和の勝ち、勝者には御褒美が必要ね」
 だからこそ。先ずは、その壊れそうな心を救い上げねばならない。
 その為に。駆け寄り、大和の肩を確りと掴んだのは『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)だった。
 大事な友人。出会いは笑ってしまう様な依頼で、けれど確かにそこで心を交えた。
 そんな彼らが、窮地に陥ったと言うならば。助ける以外の選択肢など、存在しないのだ。
「っ……大和、僕だ、夏栖斗だ! 助けにきた!」
 肩を揺する。和人も、光輝も無事だ。だから落ち着けと叫ぶ彼の声が聞こえるのか、聞こえないのか。
 ただ反射的に、外部からの刺激に怯えた様に放たれた気糸が肩を貫いた。それでも、夏栖斗はその手を離さない。
 失ったものの声がした。大丈夫だ、と微笑んで。優しく手を握ったもう居ない彼女の記憶はまだそう遠くは無い。
 これ以上失いたくなかった。失う訳にはいかなかった。胸を苛む幻覚が、同時に幻覚を打ち破るだけの意志を生む。
 目の前で零れていく大事なものの姿なんて、もう、とっくに見飽きたのだ。
 だから。少年は手を伸ばす。どれだけ傷付き壊れそうになっても。もう、失わない為にと。
「お前が死んだら、桜子ちゃんがなくぜ? 大和! 返事しろ!」
 必死の声。聞こえているのだろうか、焦点の合っていない瞳が、何かを探す様に彷徨う。

 雨が身体を濡らす。込められた嘆きが、悲哀が、敵味方問わずその身を削っていく。
 戦闘を行うのも、中々の苦行。そんな状況下で夏栖斗が声掛けを続けられるのは、ひとえに味方の尽力あってこそだった。
 俊介の癒しの福音が、削り取られていく体力を呼び戻す。アルバートが放った気糸が敵の弱点を鋭く撃てば、
「弱点はそこか」
 冷ややかに目を細めた櫻霞の気糸が、続け様に女の肩を貫いた。その表情が歪むのを見届けて、彼はちらりと、背後の大和へと視線を投げた。
 交流も、面識もほぼ無い。けれど、かける言葉が、無い訳ではなかった。
「何時までアーティファクト風情に踊らされてる、いい加減眼を覚ましたらどうだ」
 その声はやはり、冷ややか。しかし、正気を保てと言う言葉は、未だ落涙を齎す少年の肩を確かに揺らす。
 少年達の救助はすべて、仲間に任せて。
 螢衣は再び、結んだ印で呪縛のまじないを組み上げていた。
 狙うはやはり、自身の目の前の鵞鳥。その醜悪な見た目を縛り上げんとした呪詛はしかし、効力を発揮する前にするりと抜け出した身体を捉え切れない。
「この姿。わざわざ嫌悪を感じさせようとしているとしか思えません」
 漏れたのは苛立ち混じりの呟き。彼女の後方では、大和の前で傘を広げ直した氷璃が、静かに力有る言葉を紡ぎ始める。
「出流原! 出流原・大和! オレだ、焦燥院フツだ!」
 全員に破邪の煌めきを浴びせかけて。唐突に、フツは声を張り上げた。
 同じ高校生だ。顔を合わせた事もあるだろう。お前の友達は全員無事だ、お前のお陰だ、そう、告げる言葉が戦場に響く。
 大丈夫。大丈夫だ。少年が背負ってきた友人だって、確りと、アークのリベリスタは護っている。だから。
「ほら、ちゃんと目で見ろ! 後はオレ達に任せて、嘆きの落涙を止めてくれ!」
 そんな彼に振り抜かれる、暗黒纏う女の刃。何とか受け止めて、けれど避けた脇腹から鮮血が滴り、雨水と混ざり合う。
 呪縛が出来ていない、その状況で。がちょうの体が淡く煌めく。
 拡散するのは、皮肉にもホーリーメイガスの歌の如き囀り。今まで負わせた傷を、少なからず癒したそれにリベリスタの表情が歪む。
 しかし、回復に秀でるのはリベリスタとて同じなのだ。
 迷う事無く、力ある癒しの音色を戦場に齎して。俊介は夏栖斗が呼びかけ続ける少年を見遣る。
 立派なリベリスタだ。彼らは最善を尽くした。ならば、後は自分達が何とかしてやらなくて如何する。
 身体は痛む。削れていく精神力に頭痛がした。けれど、口元に浮かべるのは笑みだ。苦しいなんて言わない。この程度、少年の負う痛みと比べたら。
「なんてことねぇよ。……すぐに痛いの消してやるからな」
 だからどうか、と。祈る様な俊介の声に、揺らぐ瞳が僅かに、焦点を結ぶ。
「大和、頼むから僕を見ろ! 友達をこれ以上失くすわけには行かないんだ、なぁ、大和!」
 必死の声が、耳を揺らす。声が、聞こえていた。触れる何かは温かかった。
 唯の雑音が意味を持ち始める。何も見ていない瞳が焦点を結ぶ。飛び込んできた、酷く苦しげな、少年の顔。――嗚呼。
「……助けに、来て、くれたんだ」
 かずと、と。酷く掠れた声で囁いて。少年の膝が力を失い崩れ落ちた。


 ヒーローだ、と。
 血が足りず霞む視界を必死に保って。藤原・和人は心の底から、思った。
 自分を護り戦う背中が。必死に叫ぶ声が。淀んだ雨を打ち払った。崩れ落ちた友人を抱かかえる様に支える彼を見遣る。
 もう大丈夫だ。そう、唇が動いたのが見えた。
 目頭が熱かった。ぼたぼた、伝い落ちる涙を感じながら。傷付いた少年の意識は今度こそ完全に、ブラックアウトした。

「夏栖斗、御免。……他の人達も、助けに来てくれて……俺、何も出来なくて、」
「――ここは僕らに任せて、ソレをアークに届けてくれ、ヒーロー」
 勿論、和人と一緒に。半ば言葉を遮る様に告げて、その背を叩く。
 それ以上の言葉はない。しかし、言外に込めた想いは確かに、少年の心に届いていた。
 ぼろぼろと、その瞳から涙が落ちる。嗚咽さえ漏らせない程衰弱した彼はしかし、ふら付きながらその背に友人を背負い上げんとした。
「――離脱するなら私が追いますが」
 それで宜しいですか? 冷ややかに。それまで一度も口を開かなかった男、久臣が真直ぐに此方を見遣る。
 一気に凍り付く空気。弱り切った大和では、逃げ切る事など到底不可能。ならば。
「彼らは殺させません。アーティファクトも渡しません。どうぞお引き取り下さい……と言っても聞かないでしょう」
 片付けるのみ。少年達を背後に庇って、リベリスタ達は素早く、攻撃態勢を整える。
 気付けば、雨は上がっていた。残るは後片付けのみ。

 戦いの趨勢は、即座にリベリスタに傾く事となっていた。
 その身を苛む呪詛さえ無くなれば、数も個々の能力も勝る彼らにとって、この程度のフィクサード等障害にはなり得ない。既に、女はその身を地に沈めていた。
 しかし。フィクサードとて黙ってやられて等居ない。呪詛の雨の中、既に一度その運命を燃やした貴志へと。振り被られた破邪の刃が叩き込まれる。
 ぐらり、揺れた身体。持ち堪えたが、しかし。続け様にもう一撃。半ばもう押し潰すように薙がれた刃が、その意識を完全に奪い取る。
 地に沈んだ身体。それでも、リベリスタの優位は変わらない。彼の穴を補う様に、前に出た夏栖斗が叩き込む、掌打。
 防御など無意味。文字通り骨ごとその運命を削り取った一撃で、男の体もまた、地面へと倒れ伏す。
「僕の親友たちを痛めつけてくれたツケを払ってもらうぜ」 
 その瞳が捉えるのは、螢衣が抑え続けた醜い鵞鳥。仲間達も、その武器を其方へと向ける。
 しかしその中で、鵞鳥の目の前に居た螢衣だけは、その目的を違えていた。
 呪縛されたその身体を掴む。その侭仲間の方へ引き摺り寄せようとした彼女の目的に、気付いたのだろう。
「……倒されるのは構わないんですけど、持って行かれるのは怒られそうなんで」
 勘弁してくれませんか。そんな言葉と共に、振るわれたのは燃え盛る拳。
 螢衣を鵞鳥ごと巻き込んだそれは容赦無く周囲を薙ぎ払い、瞬く間に燃やし尽くす。消耗の大きかった身体が、その一撃で一気に運命を削られる。
 固さを帯びる空気。優しげな笑みを浮かべた青年はそっと溜息を漏らして。その瞳をリベリスタへと傾けた。
「まぁ、この人数相手に私1人で戦うつもりはないですよ。アークのヒーローに、鬼の刀持ち、衆生を救う坊主まで揃ってるなんて全く、予想外だ」
 もう一つ、溜息。続いて放たれたのは。
「見逃して貰えますか。この醜い鳥ごと。……嫌なら嫌でも構いません、当然、その時は私も実力行使に出ます」
 狙うは弱いところから。当然ですよね。その首が傾く。
 その言葉に含まれた意味合いに、リベリスタの表情が固くなる。
 倒すべきだ。これ以上の最悪を産まない為に。けれど、それは同時に、今確かに助けた命を、そして、依頼の成功を左右し兼ねない選択なのだ。
「……分かった」
 一言。答えたのは夏栖斗。有難う御座います、と言う言葉と共に、何事かを呟いた男は鳥と共にその姿を森の中へと消していく。
 スキル、だろうか。その目を凝らした氷璃はしかし、その解析が不可能であった事に肩を竦め、それからふと、青白い顔で此方を見る大和に視線を向ける。
 鵞鳥こそ倒せては居ないが。リベリスタはアーティファクトを護ったのだ。そして、潰える筈だった二つの命も。
「頑張った事は褒めて上げるけれど、その前に――」
 ぱちん、響く乾いた音。頬に走った痛みに、大和が驚いた様に顔を上げる。
 無茶をした罰よ。けれど、勝者にはご褒美も必要ね。そんな言葉と共に次に伸ばされた手は優しく、その頭を撫でる。
 表情が、緩んだ。重荷を下ろした少年の瞳から再び、大量の涙が滴り落ちる。
 懸念は有る。しかし、護ると決めたものを護り抜いたリベリスタ達は全員で、未だ雨のにおいの残るそこを、後にした。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした!

熱い感情や、とことんまで助ける!という姿勢がとても嬉しかったです。
各々の役割分担もよかったと思います。
ただ、作戦の齟齬にはご注意下さい。

MVPは、やはり、一番熱い心情を向けてくれた貴方に。ありがとうございました。

ご参加、有難う御座いました。またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。