●その歌は猛炎 歌への愛。そしてそれを表現する為の、自分自身の歌声。 火狹 観鳥が日々を生きていけたのは、それら二つが存在していたからだ。 どんなに蔑まれようとも、辛いことがあっても。 一人で歌をうたえば、内に募っていた嫌な思いはすべて歌声と共に流れ、消えてゆく。 評価などいらない。ただ、歌がうたえれば、それでいい。 そう心に言い聞かせ、彼女はただ、歌い続けた。 背中に生えたのは、蝶――……否、蛾の翅。 その両翅は輝く炎に包まれて、激しく燃え立っていた。 目の前をふわりと漂う火の粉を瞥見し、彼女はうっとりと笑みを浮かべる。嗚呼、なんて美しいの。 数日前まで、観鳥は炎など忌々しく感じていた。生きる為の大切なもの、希望を奪ったのだから。 ――けれど、今となってはどうだっていい。 「……私の声は、よみがえったんだもの」 深夜。学園の講堂。勤める教諭達全員が帰ったのを見計らい、こっそりと鍵を拝借して。 思い切り息を吸い、大きく口を開き、笑みで顔を満たして歌をうたう。 そして身体は高く、高く翔ぶ。自分と同じく、炎に身を焦がす小さな蛾たちとともに。 歌への愛を、情熱をあらわす喜び。 今にも溢れ出してしまいそうな大きな思いを反芻し、観鳥の炎の翅は激しくはためいた。 誰もいない講堂の中で、観鳥は一人、笑い、歌う。 彼女だけのステージは、段々と勢いを増す猛火に包まれていく。 「醜悪と感じるなら嗤えばいい。耳を塞げばいい。でも、私のベルカントは誰にも止められない!」 ――我が歌声は蘇る。不死“蝶”のように、何度だって。 ●永久の情熱 「不死“鳥”は命を落としても、灰の中から蘇る――……とはよく聞くけれど」 狂気に魅入られ歌い続ける少女。その周りには、炎を纏う不可思議な蛾が5匹。 正面のモニターに映し出されたそれらを見つめる『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の左右異なる瞳からは、特に恐怖の念は感じられなかった。 ブリーフィングルームに集ったリベリスタ達に視線を向き直し、イヴは話を切り出す。 「今回の任務は、フェーズ2のノーフェイスを一人、その配下であるフェーズ1のE・ビースト五匹の討伐。 或る学園の敷地内にある講堂へ火をつける前に、全て倒してほしい」 後者のE・ビーストである小さな蛾達のうち、四匹はその身の炎を激しく燃え盛らせながら突撃を仕掛けてくるという。 ただし、残りの一匹はノーフェイスを優先しつつ回復支援を施すようだが、その他の蛾との違いは外見だけでは見分けがつかない。 「皆が急いで迎えば、講堂で火災が起こる前に到着できるはず。けれど、入口の扉は鍵が閉まっている」 学園の職員室に忍び込み、マスターキーを取りに行っては、時間が遅れてしまうかもしれない。 鍵そのものはノーフェイス自身が所持している為、非戦闘スキル、もしくは攻撃スキルでこじ開けるしかないようだ。 「あと、ノーフェイスについて。名前は火狹 観鳥。この学園に通っていた、声楽専攻の元生徒だよ」 成績はそれほど良いものでは無かったみたいだけれど、とイヴは淡々と付け足す。 数日前、家で起こった火事によって家族も財産も亡くしたのだが、不思議なことに、どちらも本人はそれほど気にしてない。 彼女にとっての一番の問題は、自分の『喉』。 「火事が原因で喉を傷めて、二度と歌をうたえなくなってしまった。……革醒の影響で、声は取り戻したけれどね。 ただし、その声には攻撃能力が秘められている。彼女は歌うことで、歌への情熱を『炎』として実体化し、攻撃するよ」 カタチにできてしまうほど、観鳥の歌への執着は深く、熱烈。 それはヒトで無くなってしまっても、その愛は変わることなどなかった。 「――とっても、歌が好きな子だったんだと思う。けれど、お願い」 きっともう、彼女は助けられないだろうから。 ほんの少しだけ、寂しげな感情を言葉に込め、イヴは最後にそう締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:明合ナオタロウ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月30日(土)00:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●火蛾、火取虫、独り虫 今宵の舞台となる講堂は、月光に照らされながら其処に堂々と聳え立っていた。 周辺に結界を展開させた後、入口の前でリベリスタ達は能力の強化をそれぞれ発動させてゆく。 できる限りの用意を怠る事無く、これから待ち受ける戦いに備える為である。 「――世界ってそんなもんだよな」 呟いたのは『フェイトストラーダ』ユイト・ウィン・オルランド(BNE003784)。どんなに好きなものがあっても、結果的に少女は運命に選ばれなかった。世の理は、単純ながらも無慈悲に。 それにしても、彼女は『好きなもの』……ただ自分の為だけに『歌』をうたえれば、それで良いのか。心の底から、本当にそう思っているだろうか。未だ見ぬ少女に対しての疑問は――対峙した際に晴らせば良い。 思考を止め、ユイトは視野を研ぎ澄ませる。 仲間が能力向上を終えた事を確認し、待機していた『羊系男子』綿谷 光介(BNE003658)は真剣な面持ちで魔道書を開いた。 少年が想うは、親近感。 生きる為のよすが。『任務』にそれを求める己が、『歌』に縋り続けてきた彼女に似てると、少しながら感じていた。 (だからこそ、終わらせてあげたい、です) 光介は改めて、心に決める。 ノーフェイスとなり狂気に溺れた今、自分ができる事を為さねばと。 「それでは向かいましょう……彼女のステージへ」 詠唱は始動キーとなり、行く手を阻む門扉に向けて小さな魔の矢を撃ち放つ。 ――一射必中。錠は見事に貫かれ、その衝撃で片戸が大きく開かれた。八人のリベリスタ達はすぐさま中へと進み行く。 最後の一人がその奥へ姿を消したと同時、静かに扉は閉ざされた。 これ以上の侵入者を拒絶するかのように――ガタン、と。 自然に生じたその音は、重く、堅く。 懐中電灯、ランタン。持参していた光源によって、彼らの周囲に明かりが生まれる。 先程の夜空に浮かんでいた月明かりと似て、完全に闇をかき消すものでは無い。 けれど、それは充分な光量だった。 道しるべとして、その先のステージに上がりし者へのスポットライトとして。 「其処にいるのでしょう? 火狹 観鳥くん」 緩やかな声を闇の奥へ投げかけたのは『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)。 手に確りと括りつけた懐中電灯で、舞台に立つ少女……観鳥を照らし出した。 事前に得ていた情報どおり――――その背には、炎を纏わせた蛾の両翅。 学園の制服を纏っている彼女が普通の生徒とは違い、異形であるという決定的な赤きアカシ。 陰る黒の中、禍々しく赤は揺らめく。彼女の周りに舞う火の粉、恐らくあれらが不死蝶と呼ばれる配下の蛾達であろう。 唐突に射された眩い光に顔を顰める観鳥だが、それは一瞬の事。 リベリスタ達が所持する武器に目を留め、やや動揺しながらも口を開いた。 「……歌を聴きに来たモノ好きさん、ではないのね。この私の邪魔でもしにきたの?」 「その通り。理解が早いのはこちらとしても助かります。貴女を歌わせる訳にはいきませんから」 普段と同様に表情を変えず、『』雪白 桐(BNE000185)は告げた。 講堂に満ちる薄暗いヴェールをもろともせず、揺るぎない毅然とした視線で少女を見つめて。 全てを失った絶望の最中に、たった一つの希望――歌声を取り戻した。縋り続けてしまうその気持ちは、分からなくもない。 けれど、周りに不幸を撒き散らすものであるならば、止めねばならない。 唯一の希望を奪うことになっても、それはやむを得ない事。 桐からの淡々とした答えに、観鳥はくすくすと喉を鳴らして、 「それなら嫌でも聞かせてあげるわ。誰にも妨げる事なんてできやしないのだから!」 翔んだ。両翼を広げ、血よりも熱き火の赤を撒き散らし、高く、高く。 まるで息を合わせたのか、周囲にいた五匹の不死蝶達は彼女の前方へ。つまり――リベリスタ達に向かってくる。 (素人考えだが――音楽ってのは聴衆や観客がいてこそだろうに) あの様子では自覚が無さそうだ、と『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)はややがっかりしながらも、暗視能力を持つ両眼で観鳥を見据えた。 情熱的なアツい歌、嫌いではない。ただ、周囲を気にしない今の彼女の歌はダメだ。災厄を振りまいてしまうだろう。 強化によって深淵の色をさらに加えた、漆黒のナイトランスを静かに構える。 「待って! 自分が選んだステージを傷つけたらいけない。あなただって、好きだから歌うんでしょ!」 その彼の後方から、『フェアリーテイル』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)が観鳥へ呼びかける。 透き通るようで真っ直ぐな、彼女の声は舞台の上空へ届く。 それは言葉や、胸に抱く思いと同調しているようだった。 言葉。思い。それらを感覚的に受け止め、観鳥は感じたのだろう。綺麗な声だ、と。劣等感が募る。 「そうよ……何よりも歌を愛してる。だから満たすの。私だけの歌で、このステージを! 誰も来ないと思ったのに……妨げないでよ、止めないでよ!」 感情を露わに吼える。彼女の背さえ焼き尽くしてしまいそうな程に、翅は熱き怒りに覆われた。 「さあさ、最後の曲を、はじめましょう」 華奢な体と相極まる大きな剣を構えたポルカの宣告とともに、不死蝶はリベリスタ達に襲い掛かる。 蛾達の主は笑う。高く、高く。 ノーフェイスとしての本能に、感情に身を委ねようと、愛する『ベルカント』だけは忘れない。 ●過激なる歌劇、あるいは火劇 真っ先に動いたのは『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)だった。その素早さで不死蝶を捉えて連撃し、迅速に追い詰めてゆく。 高等知能を持ち合わせていない不死蝶達は、手当たり次第に攻撃を仕掛けているようだった。 赤き鱗粉を撒き散らしながら、孝平へ反撃していく。 その彼の後ろ。つまり前衛と後衛の中間に位置するカルラは、突撃を仕掛ける一匹を避けきった。 「さぁ吼えろ暴君! 羽虫なんぞまとめて喰らい尽くせ!!」 その手に握った凶暴なる君主は、その爪牙を獰猛に、荒々しく振るい、力場を纏わせ竜巻の如く不死蝶達へ与えていく。 炎は消え、裂かれた体は黒く焦げた唯の屑に。それ等は枯れきった花弁のようにヒラヒラと無様に舞い散る。 そして『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)は、シルバータクトを振り上げ、声(うた)う。壇上にて翔ぶ少女に向けてのレクイエムとして。 悲しい歌をうたわせるわけにはいかない、同じく歌を愛する者として、彼女に届くよう、思いを込めて高らかに。 四色の魔光を、立て続けに撃ち放っていった。 不死の名は飾りか。着々と、蛾を塵へ還していく。この調子が続けば、配下殲滅は時間の問題であろう。 ――刹那、彼らの目の前は炎に覆われる。 硬式ボールが頭に直撃したかのような、ガンガンとした強い痛みが鼓膜や頭の中に響いた。 リベリスタ達の頭上に流れるは、禍を、炎を呼ぶ歌。 いとしい歌(ひと)よ、と。少女は恍惚な笑みを浮かべて歌う。 「……ッ!? 畜生、巻き込まれたか!」 「あらあら、まあまあ。すてきなこえも、使い方を間違えれば騒音ね」 歯を噛み締めるカルラ。その彼の前方で、頭を押さえながらもやれやれ、とした表情を崩さずポルカはぽつりと零す。 それは『すべて』、嘘など無き感想。 「なによ……何とでも言いなさいよ! 私に此処で永遠に歌わせてくれれば、それで良いのに……!」 「……やっぱり此処は、あなたにとってのステージなんだね」 観鳥の、本音。それを確かに聞き取ったレイチェルは、光輝の鎧となったオーラを孝平へと纏わせる。 さらに歌おうとする彼女を――怯ませたのは、一発の閃光弾。 「本当に、そう思っているのか? 他人の評価を気にしないことと、誰かに聞いてもらいたいと思わないことは違うだろ」 「それ、は――……」 ユイトのその問いは鋭く、観鳥が纏う怒りの炎に若干ながらも衰えが生じる。 「いま回復しますっ! 術式、迷える子羊の博愛!」 その間に羊の少年が唱えるは、物語の一節。 現状で特にダメージを与えられていたカルラは、光介が呼びかけた清らかなる存在からの微風によって傷を癒す。 「きみはさっき、『永遠』といったけれど。無限であるものになんて、ぼくは心惹かれないわ」 まあ、どう思おうと個人の勝手ではあるけれど、と付け足して。ポルカは観鳥に攻め寄り、俊敏に攻撃を与え続ける。 翅に纏わる炎の明かりで、彼女の長く美しい銀の髪がさらに煌きを帯びた。 咲き誇る瞬間が、命が有限であるからこそ、花は美しい。それと同じように――きみにも命はあるでしょう? 刃の切っ先が、観鳥の体を何度も引き裂いた。麻痺とまではいかないまでも、その攻撃力は確実に相手を蝕んでいく。 己の命が削られていく感覚は――観鳥自身が一番理解していることだろう。 私が散る? 違う。違う。とボソボソ呟き続ける。有限で無いと言い聞かせるように、何度も。 やがて不気味な笑いと変わり、そしてハッキリとした独り言を紡いでいった。 「ふ、ふふ……違う。私の声は永遠なの。絶対に、止まるわけがない。一度失ってしまっても、蘇って――――」 「そして、全てを燃やし尽くすのですか」 目の前に、白髪の少年が迫り来る。己の首――ではない、使い物にならなくなった喉から噴き出るのは、赤の飛沫。 幻の魚の名を冠した蛇腹剣が、容赦無く観鳥の喉を掻っ斬ったのだ。 出血によって赤をこびりつかせた蒼き刃が、鮮やかに煌く。 「好きだから続けたいという想いは分かりますが、それで周りを不幸にするのはいけないのですよ」 桐の正論が降りかかる。低く呻き、咳き込む観鳥。 口から吐き出されたのは、濃く、熱い……けれど火とは違う、どろりとした液体。それを見た彼女の顔はだんだんと青ざめていった。 ――――たとえ異形となった少女でも、その命には限りがあるという、赤きアカシ。 ●不死アワセな末路へ 唯一の回復役であった不死蝶は観鳥へ治癒となる鱗粉を撒くが、それを最期にセッツァーの魔曲を受け、崩れ落ちていく。 最後の一匹が黒へと染まりその身を散らした時、残りは主であった火狹 観鳥だけとなった。 そう、実質的にピンチに陥っているはずだというのに――彼女は笑みで満ち満ちていた。血を吐き出し、身体は痺れながらも。 「……っくく、ははは、あははははっ! 言ったでしょう? 私の声は、永遠だと」 傷ついた喉のまま、声を出し哄笑する観鳥。革醒の影響で取り戻したのは喉でなく、声自体だったということなのだろうか。 しかし、桐はそれ程までに衝撃を受けなかった。成功、不成功に関わらず、その後の戦術は確りと考えていたのだ。 そして、さっきの雷気による激しい一撃――ギガクラッシュによって、彼女は感電状態となっている。 「終わりにすんぜ……言い残しがありゃ、最後の歌に込めな」 備えられた回転機構がさらに稼動し、ナイトランスは肥大化。解放されし黒、そして闇の魔力を宿らせ、カルラは炎翅を背負いし少女の身体を貫く。 「グッ……あっ……!?」 目を大きく見開き、そのまま観鳥は崩折れる。 火による講堂の被害も少なく、リベリスタ側の優勢で任務は満了――したかに見えた。 ――――しかし、まだ彼女の『ベルカント』は終わらない。 「ええ……そうね。まだ、歌い足りないもの……」 ふらつきながら、観鳥は床から這い上がった。歌に対しての尽きぬ愛故か、それともトドメを刺し損ねてしまっていたか。 もう炎の翅で飛翔せず、ただ舞台に立ち、リベリスタ達を見つめ、また笑う。 「取って置きの歌があるの。――聴いて頂戴?」 ――一瞬の喜び、そして一生の苦しみの歌。 観鳥の、最後の足掻き。 講堂に響き渡る歌は、彼女が視認できたリベリスタ達を虚弱にさせる程の強烈な一撃を与えた。その大きな攻撃を前にセッツァーが地に伏し、孝平は運命を削って耐え抜いた。 すぐさま祈りを込めて、治癒の風を呼び寄せるレイチェル。そして諦めず、毅然とした青の瞳を観鳥へ向けて真っ直ぐに言い放つ。 「あなたに好きな歌があるなら、好きなステージがあるなら! 何も傷つけない、普通の歌を口ずさんでみてよ!!」 歌を愛する――好きな気持ちは、彼女と共通している。 革醒という奇跡で声を取り戻せたのならば、もう一度、神秘の力を抑え込む奇跡を起こしてみせてと、レイチェルは観鳥の心に訴えかける。 「すきなら、それでいいのよ。きみのこえ、ぼくはすき」 笑ったりなどしない、ぜったいに。ぼくもうたがすきだから。 レイチェルに次いで、ポルカが口を開く。最初に彼女の聴いたすてきなこえだという感想に、嘘や偽りなどは無いようだった。 「……やめて、やめてよ!!」 そんな観鳥が紡ぐのは歌でなく、悲痛な叫び。 今まで自分の為だけに歌ってきた事。ひたすらに歌だけを求め、周りを振り返ろうともしなかった愚かさへの後悔が、沸々と湧き上がってくる嫌な感覚。 大好きな歌。あったような、気がする。 落ち込んだ時、いつでも歌えるように、楽譜を小さく折りたたんで――――記憶を辿らせ、ポケットをまさぐっていた手を、止めた。 ――違う。知らない。周りなんて結局は拒絶するだけだ。だって現に、今の自分は、この情熱を炎として形にしてしまう。 ノーフェイスとしての本能が、彼女の理性を激しく侵していく。 「歌わせて、歌わせて……! 私には、歌しか無いのに!!」 赤く滾る蛾の翅。激しく揺らめく炎に触れ、観鳥が手に握っていた白く薄い大好きな『何か』さえも燃え上がった。 「――終わらせましょう」 蒼の剣に雷を帯びさせ、一閃。桐の放った攻撃が、少女の意識を消滅させる。 崩れる足、床に落ちる『何か』。力も、声も出ない。歌えない――――ただ、明かり無き講堂よりも暗い、闇に堕ちていく。 自らを不死蝶を称した少女が、美しく蘇ることは無かった。 ●焦げついた歌 「片付けはしとく。……そっちは、任せる」 仲間達にそう声を掛けた後、カルラは気を配って粛々と事後処理を行い始めた。 調べた結果、今回のリベリスタ達の火への対応が適切且つ迅速であった為か、講堂への被害は特に目立ったものは無いようであった。 倒れた仲間を看護する光介は、戦いを思い返しやや感傷に浸る。――彼女が、こうなる前の自分の歌を思い出せる瞬間は少しでもあったのだろうか。トドメを刺す前、悲しげな声で叫んだ観鳥の顔が脳裏をよぎった。 一方で、観鳥が好きだった歌を、うたってあげたいと考えていたレイチェル。けれど肝心の、彼女が歌っていた曲の記憶が曖昧だった。 「……そういえば」 ふと思い出した。確か観鳥の亡骸の傍らに、燃えかかっていた『何か』があったはず。既には済んだが、まだ確認をしていなかった。 「これのことです?」 消火の対応を済ませた桐が、『何か』を差し出す。白く薄い――折りたたまれた紙切れは、火の影響でかなり焦げついてしまっていた。 破らないようにと慎重に、なんとかそれを全て広げてみる。――――分からない。焦げていない部分から察するに、楽譜であることは理解できる。 ただ、その綴られた旋律は焼け焦げ、タイトル自体は奇跡的に黒くなっておらず、英語とはまた違う言語のようだった。 「それって、もしかしって……」 その楽譜を確認したユイトがそのタイトルをスラスラと読み上げる。偶然にもその言語はイタリア……ユイトが育った国の公用語だったのだ。 最期まで、歌に恋焦がれた少女。ポルカはぼんやりと、彼女の顔を思い浮かべた。 ――もしまた蘇った時に、一緒に歌えたら、ぼくは、とってもしあわせよ。ね。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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