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<六道>最速の自棄

●こかげ
 初夏と梅雨が入り交じった微妙な熱気を吹き飛ばすように、頭上を通り抜けた風が木の葉を揺らす。木の根元に腰掛けた彼は、頭の後ろに両腕を回して涼んでいた。サラサラと心地のよい音を生み出す葉の動きを、日向は視線を揺らしている。
「それで、何のようだ」
 日向は虚空に向けて問いの言葉を放つ。その言葉は日向と木を挟んで反対側に立っていた男に届いた。
「知ってるでしょう? もう私は何回もここに来ています。あなたがただ、我々を避けていたただけです」
「四度目だ」
 日向は男に向けてそう告げた。
「四度目、だ。これが何の回数か、分かってないとは言わないな?」
「ええ、心得ています」
 それは男が日向に会いに、ここに来た回数。日向が、男の存在を受けいるに至るまでの時間。
「三度目に来た時に、次は会ってやろうと思っていた。二度ある事が三度あったとき、それをまた繰り返すのならそいつは本気なのだろうと」
「光栄、ですね」
 男がそう言った声に、日向は違和感を感じない。仕草まで分からないから、決して全てを把握できてはいないが、少なくともこの男は、嘘を吐く気はないのだろうと、日向は感じた。
「それで、何のようだ」
 日向はもう一度問う。後ろにいる男が、笑んでいるのが見なくても分かった。
「率直に言いましょう。六道に来ませんか?」
「……悪くない相談だな」
 日向はそう言うと背伸びをして、グッと立ち上がった。
 日向が賢者の石の争奪戦に、後宮派の一員として参加して、半年以上が経った。最速を目指していた彼にとっては、賢者の石を争った『彼女』との僅かな差は、心を折ってしまいかねない程大きかった。
 あまりに、遠すぎたのだ。
 日向は敵を求めて後宮派の一員となっていた。けれどもまだ、それをするのは速すぎたのかもしれないと、彼は考えるようになっていた。
 求道を重んじる六道という組織からの誘いは、彼にとって願ってもない事だ。鍛錬と同時に、『敵』を作ることも可能だろう。
 だが、しかし。
「条件があるだろう」
 自分には実績も無ければ、コネクションも無い。速さを極める事を願っているだけの棒切れだ。そんな男に、六道からの勧誘が届くなど、話が良すぎはしないか、と。
 無論、と男は隠さず言った。
「君には一つの任務をこなしてもらいたい。それで我々が君に期待している通りの者であることが分かったのなら、六道に活躍の場所を提供しよう。どうだろう?」
 日向は振り返り、初めて男の顔を見た。男はそれを感じると同様に振り返り、日向に顔を見せた。日向はフッと、男に笑いかけた。
「俺は最速になりたい。それが出来る場があるなら行くだけさ」

●ひなた
「皆にはとある洞窟に潜ってもらう」
 開口一番、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は簡潔にそう言った。実に分かりやすい。けれども、言葉ほど簡潔な話でないのは、明白である。
「洞窟の深部にアーティファクトが発生した。自然に生じたのかもしれないし、誰か、何かののためにそこに現れたのかもしれない。ともかくアーティファクト、『器』がそこにあって、その影響で洞窟にはエリューションが大量に発生している。このエリューションを退治するにしても、まずは器の処理をするのが肝要」
 だが、イヴが言うには、単にアーティファクトを回収できるというわけでもないようだ。
「この器に溜まるのは運命、無防備に触れたら、たちまち貴方たちは運命を奪われて、きっとエリューションになってしまう。
 ……洞窟内のエリューションは、もしかしたらそうなったのかもね。器は一度十分に運命を奪えば、しばらく運命を奪う事はしなくなる。器がそれを飲み干したら、また杯はそれを欲するんだろうね」
 あと、とイヴは付け加えるように言う。
「六道のフィクサードがこれを狙ってる。皆が洞窟に行ったら、六道の雇ったフリーの男を一人と、六道のフィクサードとはちあわせる事になる。そしてこのフリーの男、呉羽日向というそうなんだけど、日向はアーティファクトの効果を知らない。器を回収したら六道への加入を優遇するという事らしいけど……六道にとっては彼がエリューションになれば器を容易に回収できるし、無事持ち帰って来れれば優秀な兵が一人増えるしで、別にどっちでもいいんだろうと思う。もしかしたら、彼でなくても誰でも良かったのかもしれないね。
 アーティファクトを回収、あるいは破壊するにあたって、障害になると思うから、気をつけてね」

●ひかげ
「向かわせましたよ……本当に、うまくいくんでしょうね?」
「さあ、あいつの能力次第じゃない?」
「全く。知りませんよ、どうなっても」
「ふふ、物事はね、なるようになるんだよ。何事もね」



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:天夜 薄  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 2人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月28日(木)00:10
 天夜薄です。

●依頼達成条件
・アーティファクト『器』の回収あるいは破壊

●アーティファクト
『器』
 見た目は石の器である。中には吸収した運命と思われるものが水となって入っており、どれだけ傾けてもそれは溢れる事は無い。
 自身を手に取ったものの運命を吸収する。運命を持たぬものは触れて間もなくエリューションとなってしまうだろう。現在の状態では、フェイトを合計で40程吸収する、あるいは単一の個人のフェイト全てを吸収し尽くせば、器は一時的に効果を失くすだろう。なお、触れただけであればフェイトの喪失は数点で済む。武器や直接的な接触を伴わない攻撃であれば、フェイトを失う事は無い。
 またフェイトを十分に吸収した状態で破壊した場合、器は小規模な爆発を起こすだろう。なお、その爆発はリベリスタ・フィクサードに関わらず神遠全の攻撃と同等であり、威力は吸収しているフェイトの量による。

●敵
神原 隆貴
 メタルフレーム・ナイトクリーク
 六道派のフィクサード。その場にいるフィクサードのリーダー格。
 呉羽日向と配下のフィクサードを洞窟内に向かわせている間、彼は洞窟の入り口で待機している。

『スピード狂』呉羽 日向
 ジーニアス・ソードミラージュ
 神原隆貴に雇われた男。誰よりも速くなる事を求めているスピード狂。
 彼は洞窟に入り、エリューションや障害を一切気にせず、アーティファクトのある空間まで疾走する。その間彼は、防衛行為を除く一切の攻撃行動を行わない。

フィクサード×8
 構成はメタルフレーム×3、ホーリーメイガス×2、ソードミラージュ、マグメイガス×2。ソードミラージュは集音装置と超直感を持っている。
 ソードミラージュは日向に着いて行く。それ以外はリベリスタが洞窟の奥に向かうのを妨害する。

 また、洞窟内ではノーフェイスやエリューション・フォースがそこら中を徘徊している。これらは全て物近単、あるいは神近単の攻撃をもったフェーズ1のエリューションであり、リベリスタ、フィクサード関わらず攻撃を行う。ただしリベリスタやフィクサードの移動を邪魔する事は無いし、アーティファクトのある空間にはこれらは存在しない。

●状況
 洞窟には入り口と出口がある。神原隆貴は入り口で待機している。出口の場所はリベリスタに知らされている。また洞窟には途中三つの分かれ道があるが、それら全てがアーティファクトのある空間に通じている。
 呉羽日向がアーティファクトを回収した場合、彼はフェイトを全て吸収し尽くされ、エリューションとなってしまうだろう。その際六道配下のソードミラージュがすかさずアーティファクトを回収し、洞窟の入り口、あるいは出口へと向かう。向かう方向は彼の能力と勘による。

●備考
 当依頼では通常以上のフェイト減少の可能性がありますのでご注意ください。
 では、よろしくお願いします。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
スターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ソードミラージュ
天風・亘(BNE001105)
ソードミラージュ
ルア・ホワイト(BNE001372)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
ソードミラージュ
鎹・枢(BNE003508)
ホーリーメイガス
石動 麻衣(BNE003692)
スターサジタリー
靖邦・Z・翔護(BNE003820)
■サポート参加者 2人■
デュランダル
ジース・ホワイト(BNE002417)
クロスイージス
村上 真琴(BNE002654)


 呉羽日向の足が突如止まる。隣で並走していた男も、引きずられるように立ち止まった。
「どうした」
 男の言葉は日向の耳に入ってこなかった。彼は耳を澄まして、音を聞いていた。こちらに迫って来る、その音を。
「急ぎはしないが、仲間を待たせるのも野暮だ。早く行くぞ」
「急いでないんなら、少しゆっくりしないか?」
「……どうしたんだ、いきなり」
 男は顔をしかめる。しかし日向はただ、すぐそこに迫る興奮を、肌で感じている。
「いや、何。面白くなりそうなんでね」


 日向たちを送り出した神原隆貴は、洞窟の闇を見つめていた視線をふと、背後に向ける。こちらに向けて猛然と駆けて来るリベリスタの集団が、眼に入った。
「……やっぱり、来ましたか。流石にあの数で来られたら、見送るしか無いでしょう」
 独り言のように呟く隆貴の横を、リベリスタたちは通り過ぎて行く。隆貴にはほとんど戦意は見られなかった。まるでそれが予定通りであるかのように、見送った。
「さて、どうしましょう、か」
 言いつつ、隆貴は洞窟に眼を向ける。目の前には一人の少女が立っていた。洞窟の奥へと向かって行く彼らから外れて、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は洞窟から隆貴を遮るように、立ちはだかっていた。
「勝負の邪魔はさせない。ここは、私に付き合ってもらおうか」
 極限の集中力で隆貴に照準を合わせる杏樹を見、隆貴は思わず笑みを零した。
「タイマンと行こう。私はそう頑丈じゃないけど、しぶとさなら負けてない」
「フフ、そうですか。誰も傷つける予定は、無かったんですがね」
 どこからとも無くナイフを取り出し、隆貴は杏樹に急速に接近する。杏樹は咄嗟に彼の膝へ、銃口を向ける。
「喧嘩を売ったこと、後悔させてあげましょう」
「どこにも行かせない。ここで止めてやる」

 日向の速さへの想い。それはもしかすると、自分の進行と似通った物かもしれない。
 『祈りの弾丸』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が感じたのはシンパシー。彼女は日向のことは何も知らないが、話を聞いた限りでは同じ探求者だ。同志として、人の命を弄ぶ六道を許すことは、絶対出来ない。
 洞窟内に入るとまず暗がりの中に複数の人の姿が見えた。リベリスタの足音は聞こえていたのだろう、既に彼らはリベリスタを通すまいと臨戦態勢に入っている。
 リリは率先して前へ出て、洞窟の奥への突破口を開こうと試みる。
「ルア様、ご安心下さい。我々で救いましょう」
 リリが『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)に声をかける。ルアは頷きながらもすでにその視線は、フィクサードのさらに後ろに向いている。
 僅かに見えたその姿を、彼女はよく知っていた。
「待って!」
 ルアは自ら口にした声を追い越す程の勢いで、駆け出した。『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)もルアに続いて走り出す。
 追いつかなければ、追い越さなければ、その影は跡形もなく消えてしまうのだから。
 彼女らを止めようと、フィクサードは地を蹴った。ルアと亘は、その動作の一切を気にせずに、突っ込んで行く。
 しかしフィクサードの動きは、二人の背後から展開された罠に寄って、妨げられた。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は一瞬集中を解きつつ、叫ぶ。
「早く、行ってください!」
 後押しされるように速度を上げた二人に、フィクサードが斬り掛かった。亘は体を傾けてそれを避け、なお前進を続ける。
 その後ろを追おうとしたフィクサードを、『花護竜』ジース・ホワイト(BNE002417)と『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)が攻撃しつつ引きつける。浴びせられた攻撃に、フィクサードの意識が一瞬、ルアと亘からは慣れた。
 その刹那、ルアとジースの視線が重なる。何倍にも感じた一瞬の中、ジースの視線は強くルアに語りかけた。
 ここは任せろ。思いっきり走って来い。
 言葉にしなくても分かる。信じている。だからこそ。
 うん。ありがと。行ってくるの。
 彼女は視線を外して、決意と共に足を速める。
 『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が動きを止めようとしたその脇をすり抜けて、ルアの背後に向け男が光線を射出しようと構えた。しかし『ジェットガール』鎹・枢(BNE003508)が連続攻撃でその身を刻み、男は痺れる体に顔を歪ませながら、恨めしそうに枢を見た。
「皆さんのスタートを1秒だって遅らせない!」
 そうして大きく息を吸い込むと、超高速で駆けて行くルアと亘、そしてその先にいるであろう日向に向けて、叫んだ。
「よーい、ドン!」


 自分は最速には程遠い。けれども憧れを止めることは、決して出来ない。
 同じ道の、さらに先を走る先輩には追いつきたい。
 それと同じ位、応援したい。
 枢にとってそこにはフィクサードとリベリスタのくくりはない。だからこそ、先輩の一人がその道から転げ落ちようとしている今、自分にその力があるのならば、全力で助けたい。
 蒼焦がれがいつだって憧れであるように。
「絶対に邪魔はさせない!」
 枢は自分に出来る精一杯のスピードで敵へと斬り掛かる。男は歯を食いしばってその軌道から身を外して、そして勢いのまま後退する。その最中、一気に組み上げた四色の光を立て続けに放った。
 ジースはその攻撃を身を挺して庇った。その先には『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)がいた。
「正直引きこもりの彼にはあんまり興味ないんだけどね。女の子の一生懸命なウィッシュにはオレ、断然パニッシュ☆しちゃうんで」
 一生懸命な女の子、緑のホワイトちゃんことルアに格好付けるためだけに手にした新たな力。それがSHOGOビジョンであった。翔護は洞窟中を見通し、ルアを初めとした先行組へと情報を伝える。
「ルアちゃん、日向ちゃんは結構近くにいるぜ。もうすぐだ」
『本当? わかったよ!』
 アクセス・ファンタズムで伝えると、ルアはそれだけ言って走り続けた。
「よし、じゃあこっちは敵をパニッシュ☆しちゃおうか!」
 抜き出したオートマチックの引き金を、翔護は小気味好く引き、周りの敵に連射した。散撒かれた銃弾が、フィクサードの体を無造作に引き裂いた。銃弾の嵐に怯む敵の間を抜けて、レイチェルはルアと亘に続いて洞窟の奥へと向かって行った。
 フィクサードの一人は、射出の瞬間、反射的に体を傾け、銃弾の描く直線上から離れた。倒れそうになりながらも魔術を組み、魔方陣を描いた。そしてその中心に向けて、炎の嵐を巻き起こした。
「!」
 リリは両腕で顔を抑えながら、その炎の中で耐えた。やがて熱が消え失せると、キッとした顔でフィクサードを睨む。
 六道に『器』を渡すわけにはいかない。悪用もさせない。
 『あのような』おぞましい研究に、使われるわけにはいかないのだから。
「絶対に、行かせません──六道!」
 魔力をまとわせた弾丸が、戦場を一閃する。それはどす黒い血液を飛び散らせながら洞窟の岩壁に突き刺さった。食らった女は悶えながら、自身に癒しの術をかける。
 同じように麻衣は福音を響かせる。心地よい響きが周囲を席巻し、活力を与える。
 リベリスタの尽力で何人かは洞窟の先へ通ったとはいえ、もとは先に行かせないための部隊。辛抱強くいかなきゃならなそうだと、麻衣は思った。

 吠えた拳銃から銃弾が跳ねた。超高速で駆けるそれの直線上から、隆貴は体を逸らす。そのままの勢いで、隆貴は思い切りナイフを振り下ろした。杏樹は左手でその腕を制し、叩き付けるように脇へと避けた。そしてその頭蓋に向け銃口を突きつける。
 甲高い鳴き声で放たれた弾はしかし、隆貴を貫くことはなかった。彼は咄嗟に銃を持つ杏樹の右手を掴み、自分から逸らした。そして素早く立ち上がり、牽制しつつ距離を取った。
「へぇ、そこそこやりはするみたいですね」
「言っただろう、ここで止めてやると」
 呉羽日向という男は真っすぐな奴だ。最速の世界がどういった風に見えているのかは自分には分からないが、愚直にその道を目指すその男を、彼女は好意的に見ている。
 だからそんな奴の運命を勝手に奪わせはしない。その覚悟の上での行動だ。
「六道の思惑は潰す」
「何を持って潰したとするか、見物ですね、っと!」
 瞬時に距離を詰め、隆貴は杏樹の肩めがけナイフを突き出す。杏樹はそれを避け、すかさず彼の膝に銃口を当て、射出する。
 音と共に隆貴の脇腹の肉が弾けた。しかし隆貴は依然動作を続けている。ハッとして杏樹が隆貴の顔を見る。隆貴はニヤリと笑みを浮かべ、コンパクトにその切っ先で円弧の軌道を描いた。
 二人の距離が開く。その間には鮮血が僅かに落ちた。
「私は日向君か、アーティファクトが来るのを待っているだけです。好んで危害を加えるつもりはありません。ここから離れたらどうです?」
「ヴァンパイアのしぶとさ、甘く見るなよ」
 杏樹は魔銃バーニーを構える。ただ、仲間を信じて立ち塞がるのみ。


 ようやく見つけた。最速を目指す貴方を、敵だなんて思えない。
 ただ私は、あなたを助けたい。一緒に走って行きたいの。
 亘の後ろについて、彼と足音を重ねながら、ルアは全速力で駆けて行く。
 やがて追っていた背中は大きくなる。妙にゆっくりと進んでいた、彼にたどり着く。
「日向君!」
 追いつこうかという瞬間、彼はギアを入れ替え、加速した。
「遅いじゃねえか! 待ちくたびれたぜ!」
 勝負の時を彼自身も待っていた。
 敗北をしてから追い続けた幻影との、勝負の時を。
「またアーティファクト狙いで勝負だな、ぜってぇとらせねえぞ!」
「ダメなの! あの『器』に触れちゃ、フェイトを吸い取られちゃうよ!」
「……あん?」
 日向は無言で後ろを向き、自分に着いてきている男の顔を見る。急に走り出した日向を追った男はそれまで焦った表情をしていたが、日向の視線を感じ、バツが悪そうに視線を背けた。
「六道は『器』さえ手に入れば、日向君がエリューションになっても、構わないって思ってるの! だから、その人が回収役で付いてるのよ!」
「へえ……そうなのか、おい?」
「お前は、アーティファクトを取るのが仕事だろう? そういう約束だ」
「ふふ、でもそれはあちらの事情」
 亘が不適な笑みを浮かべながら日向に話しかけた。
「自分たちはただ貴方と最速勝負をしたい。そしてこの勝負に勝ったらアークへ来てほしい、それだけです。敵として仲間としてライバルとして。一緒に最速を目指したい!」
「……全く、お前らみたいなのがいるから、フィクサードは止めらんねえんだ」
 日向は嬉しそうに高笑いをする。そして鋭く男の方を向いて、叫んだ。
「おい、お前!」
「何だ?」
「約束は確か『アーティファクトを持って帰ること』だったな?」
「ああ、そうだが?」
「じゃあ、『壊れてても』問題ないよな?」
「はっ!?」
 それっきり日向は男の顔を見ず、代わりにルアと亘の顔を熱っぽく見つめた。
「お前らの話を信じるわけじゃあない。だが壊しゃあそれでおしまいだ。そうだろう?」
「ええ、十分です」
 亘が同意すると、日向はニヤリと笑んだ。
「恨みっこなしの一本勝負、『先にアーティファクトを壊した方が勝ち』だ! 行くぜ!」
「絶対に負けない!!!」


 盾役のフィクサードが一人、二人と崩れ落ちる。地に伏す姿を尻目に、別のフィクサードが銃弾を放った。リリは咄嗟に避けきれず、地に膝をつく。けれども、器を渡すわけにはいかない、そしてルアの為に、立ち上がらなければ。その意志が、運命を変えさせる。
 話しかけたリボルバーを再びしっかりと掴み、その銃口を敵へと向ける。
「穿て!」
 叫びと共に放たれた銃弾は、男の首に直撃する。急所を貫かれた男は、息を詰まらせて地へと崩れ落ちた。
 真琴が大上段から盾をガツんと振り下ろす。枢がその横腹に素早く連撃を加えた。
 ジースも翔護への攻撃の数が減ってきたのに気付くと、攻撃へと転じた。
 その場のフィクサードには既に先行した者のサポートをする力も、洞窟の奥へと突破しようとする者を押し止める力も、ないように枢は思った。畳み掛けるように、彼女は高速で動いて行く。
 力の限り高速かつ立体的に、予想されにくい動きを。
 もっと速く、もっと繊細に。
「この道を走るどの先輩とも違う、ボクだけの飛(はし)り方で!」
 通り過ぎた彼女の後ろで、男が崩れ落ちる。
 残ったフィクサードは逃げ腰であった。
「みんな、フィニッシュ☆の時間だぜ!」
 翔護の叫びに続いて、銃弾の雨が降り注ぎ、攻撃が嵐のように振るわれた。最後の抵抗は已の所で届かず、やがてそこから戦場の音は、なくなった。
「さて、と。残りはあっちだな」

 洞窟内のぬるい空気さえ、清々しい風に感じていた。代わり映えのしない風景も、足下の邪魔な凹凸も、その勝負の前では取るに足らない物となっていた。猛然と駆けて行くルアも、その少し後ろを滑空していた亘も、同様に考えていた。
『そこ、急カーブがあるぜ! 右だ!』
 翔護の指示がアクセス・ファンタズムから響く。ルアは小回りに旋回し、日向は岩の壁を器用に使って勢いを殺して、すぐさま加速した。
 日向とルアが並走し、彼らに食らいつこうと必死の男は、少しも彼らに追いつけずにいた。時折攻撃の素振りを見せ、その度亘は警戒するのだが、彼は一度として実行しなかった。その攻撃が通用しなかった場合、生じる差は恐らくもう埋められない程広くなることを、自覚しているだろうから。
 先の見えない洞窟を、ルアは翔護の指示を便りに駆けて行く。日向はアーティファクトのことを恐らく理解はしているだろう。けれども。エリューションになってしまうかもしれないということも含め、先に取らせるわけにはいかない。
 絶対に彼より先に器を取るんだと、彼女は突き進んで行く。
 どれだけの距離を走ったろう。汗が吹き出た。疲れがにじんだ。けれども興奮は覚めやらない。横目に相手が見えるとそれだけで不安になった。
 出来るだけ自分が前にいられるように。
 横にいる彼が見えなくなる速さで、走れば遅れをとることはないのだから。
『そこだ、アーティファクトはそこにあるぜ!』
 翔護の声が届くと同時、ルアと日向は広い空間へと抜けた。半球のような形をしたスペースがポッカリと空き、あちらこちらに小さな山のようになった突起が出来ていた。空間の中心にはポツンと一つその突起が出来ていて、その先端には縁のついた容器のような物があった。
 それが紛れもなく、『器』だった。
 残った力を振り絞って、ルアは地を蹴った。懐からOtto Veritaを取り出してすぐに振るえるよう構えた。
 一歩。射程距離まで寸前に迫っていた。
 二歩。飛ぶように駆け、得物を持つ手に力を込めた。
 三歩。ナイフを思い切り振るう。弾けるように器は勢いよく上空へと飛んだ。
 だが先に攻撃を終える日向の姿が、横目に見えた。 
 器は攻撃を加えられて飛翔し、そこには多少ヒビが入ってはいたが、まだ完全に割れてはいなかった。
 器は後方に飛び、丁度そこにいた亘と、男の近くへと近付いていった。
 男が手を伸ばす。亘が咄嗟にそれをつかもうとすると、何かが飛んできて器が吹っ飛んだ。
「こんなものの為に貴方達が運命を削る必要はない……!」
 彼らを追いかけていたレイチェルが、Cait Sithを構えて立っている。亘はすかさずそれを追い、取り出したAuraで器を全力で叩き割った。
 砕け散る。陶器が割れるような音を立てて、器はその形を失った。


 杏樹はほぼ弁慶の立ち往生の状態になっていた。とはいえ隆貴も十分に傷ついて、息も絶え絶えになっていた。そこへ全てを終えたリベリスタが駆けつける。その後ろには日向もいた。
 レイチェルは器の欠片を神原に見せ、告げる。
「これでもう戦う理由はない、お互い引きませんか?」
「……確かに。アーティファクトは残念ですが、これ以上争う意味も、ないですね」
 隆貴は懐に得物をしまう。麻衣が杏樹に駆け寄って、癒しの術をかけた。
「さて日向君。来たいのなら着いてきなさい。あなたを拒む理由はありません」
 そう言って隆貴は、その場から立ち去って行く。日向は少し考えた後、彼を追おうとした。
「……一緒に、走ろうよっ!」
 突如ルアが叫んだ言葉に、日向は足を止めた。涙を流している少女を見、日向は少したじろいだ。
「独り道を追い求めるのも素晴らしい事ですが、仲間と競い合う中で。新しい道が開ける事もあります。私はそうでした」
「幸いアークには、この2人以外にも最速候補が何人も居ます。貴方が、もし更なる高みを目指そうというのなら。……アークに、いらっしゃいませんか?」
 日向はリリとレイチェルの言葉を聞き、唇を噛んだ。しかし彼は振り向いて、立ち去る覚悟を決めた。
「悪いな。わかっちまったんだよ。お前らと競い合うより、全力で戦う方が楽しいってな」
 そう言って日向は手を振りつつ、その場を後にした。
「じゃあな。また戦場で会おうぜ」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした。
 結果は以上のようになりました。

 相手に危険性を伝えるという基本中の基本ができていたこと、また日向をのせることが出来たのが良かったと思います。
 惜しくも彼の心には響きはしなかったようですが。
 いつかまた、六道で研鑽を積んだ彼と戦う日は来るのでしょうか。
 それはまた別のお話です。

 ではありがとうございました。
 またの機会にお会いできたら幸いです。