●眠れるお姫様 身体が弱いその少女は来る日も来る日もただ空を見上げていた。 後の時間はひたすら本を読むばかり。 彼女が好きなのは、少女らしく、お姫様と王子様の物語。 ――いつか私にも王子様が迎えに来るんだわ。だから今は我慢するの。 その“いつか”が余りにも来ないから、いつしか少女の思考は“そう”固定されてしまった。 幸いに彼女の家には資産があり、山奥に別荘が在った。 新鮮な空気を吸えば何かが変わるだろうと連れて来られた屋敷の中、それでも部屋の中から出られない彼女は確信した。 ――ここから、このお屋敷から私の物語が始まるんだわ。 ●夢を見る事 「夢を見る事は良い事だよね。でも、現実を見失った先に見る夢は如何かと思うんだ」 『あにまるまいすたー』ハル・U・柳木(nBNE000230)はそう言って息を吐いた。今日、ハルの手元にあるのはぬいぐるみではなくお姫様の物語。つまりは、そういう話だろう。 「女の子が一人、夢の世界に旅立って、その世界を選んじゃった。もう帰ってこない。今日はそんなお話」 ぱたんと本を閉じて、ハルは続ける。 彼女は生まれつきの病気の所為で、満足に外も出歩いた事もない。十を過ぎて少女は思った。 これは現実じゃない。もしくは、自分を閉じ込める人達は実は家族じゃなくて、悪い魔女なんだ。 「やがて彼女はノーフェイスに覚醒してしまった。そうなればもう思うが儘だ。彼女はまず、“悪い魔女”を懲らしめる。――これはもう止められない」 それでもお姫様はお姫様らしく、その手を汚したりしない。 お姫様を忠実に守ってくれるお伽噺の住人が、彼女の物語を再現するように現れて、実行する。彼女は哀しい物語ねと悲観しながら血濡れの執事の手を取って、歩き出す。 そのまま何処かへ出向き、被害を広げる前に彼女を討って欲しいとハルは言った。幸い別荘は山奥にある。近隣住民が居ないのがまだ救いだろうか。 ハルが視線を向けると、モニターに広いリビングが映し出された。 暖炉があって、大きなソファーが幾つも並ぶ。背後の蓄音器が何とも古風で良い。 「倒すべきは彼女と、――この蓄音器もエリューションとなってる。他には彼女の執事、まあ元・ぬいぐるみのウサギが一体。これらは皆彼女を中心として、ちょっとした連携を取るような形になってるんだ」 ちょっと厄介かもね、と、ハルが言えばモニターに映し出される蓄音器と、タキシード姿の直立したウサギの姿。ウサギは表情こそないものの、紳士然として控えている。 「蓄音器は彼女の音楽係。彼女が楽しい気分になるとそういう音楽を奏でるし、悲劇的なシーンだと感じたら、それを流す。そしてウサギはね、彼女の護衛。優先的に彼女を守るよ」 つまり、戦闘中でも彼女に話しかけて“物語”を創らせれば、攻撃を固定化できると言う事。 ただし、エリューションとなり物語に入り浸るようになった彼女が、リベリスタ達の筋書きに想定通り動くとは限らない。あくまで絶対では無い可能性の話。だが彼女の思考は花畑で、割とポジティブに取る傾向にあるようだと付け加えた。 「それから小鳥のエリューションが2ターン後に加わるんだ。お姫様には小鳥が付きものだっていう、彼女の思いが招いたのかもしれないね」 そんなお姫様になりきった少女に、ハルは小さく肩を竦めて見せた。 「お姫様は最後まで守られる。そうあるべきだと守られる。そうして一人になると悲劇だわと泣き始める。それが初めてお姫様の自己主張となる。けどね、」 ハルはぱらりと再び本を開いた。その口端を笑みに上げて。 ――お姫様は、王子様に弱いよね。 ――その手を取りたくて、たまらないものだよね。 「さあ、お願いするよ、リベリスタ諸君。君達はお姫様と、どんな物語を創り上げてくるのかな」 まるで道化のように、ハルはリベリスタ達へ一礼して見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月22日(金)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●女の子の家 悪い魔女は居なくなったわ。 ねえ、ウサギさん? これからどこへ行こうかしら。 それとも待っていれば、素敵な王子様に逢えると思う? リベリスタ達は森の奥の一つの館を見上げた。 少し古ぼけた館。澱んだ空気にも、狭い囲いにも見えてしまうのは、見る者の中に在る心境の所為だろうか。 そこで待っているのは、王子様を夢見た少女。 「少女には――その夢を叶えるための未来が無かった、って事か」 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は苦々しく言葉を吐き出した。息を整える。余計な考えに乱されない様、水の如く。 見上げる『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)は瞳を伏せる。 もし体が弱くなければ夢を叶えられたかもしれない。そう思えば思う程、同情してしまいそうになる。 その気持ちを振り切って、 「気持ちに負けないように、出来る事をやるだけです」 前を向く。 対して『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)はあっさりと切り離していた。 「まっ、物語にさっさと終止符を打つっすよ。だから先輩……じゃない、王子様。王子様の活躍に超期待っすね」 あっけらと言う視線の先には王子様が二人。 コートを羽織った茶の髪と水色の瞳の麗人、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)。 華美な衣装とマントを纏った金の髪と青の瞳の麗人、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)。 「事情を知ってしまった私達には、現実を捨てて夢物語に入ってしまった事を決して愚かな話と捨て置く事は出来ないわ」 ミュゼーヌは息を吐く。 「生きていくために、自ら作り上げた虚構の希望。その儚い願いを責めることは出来ません」 舞姫の言葉に、「でも」とミュゼーヌは館を見上げる。そう、“でも”。 その夢は現実を侵食し続けるものだから。現実に『悲劇』をもたらすものだから。 「だからせめて、彼女の物語の中で……フィナーレを」 舞姫は掌を握りしめる。二人の王子は歩みを進める。 『銀の腕』守堂 樹沙(BNE003755)はその背を見ながら、サルの銀毛に覆われた腕を撫でた。 「でも、今が現実であるのを忘れちゃいけないんですよ。この左腕があったのに、守れなかった人の為にも、この力使わせていただきます」 喪失も獲得も、咎の様に忘れられない左腕を以て、樹沙は誓う。そう。 「私達に出来る事は……彼女を止める事、ですかね」 『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)の言葉に『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)も続き、リベリスタ達は重く大きな扉を開ける。 ギギ、ギギギ――― 古めかしい音を立てて、お姫様が待つ夢の中へ。 ●さあ、踊りましょう? 「嗚呼、麗しの姫よ! 運命の導きにより、馳せ参じました」 開かれた扉から、舞姫の高らかな声が響き渡る。 天井のシャンデリアに照らされて、見えるのはウサギの姿。手を引かれた少女の姿。そして――倒れ伏す、彼女の家族であった者の姿。 少女はコツンと靴を鳴らす。 「王子様が――来てくれたの?」 ふうわりと可愛らしく笑みを広げていく。ぽたり、ぽたりと執事ウサギから零れる血の雫が床を汚しながら。 樹沙は舞姫に見とれる少女に見つからない様にそっと動く。 ソファの上。心臓を握り潰された様な無残な二人の瞳を閉じさせて、花を添えた。 「何をしているの? それは魔女なのよ。悪い悪い、魔女なの。だからウサギさんがやっつけてくれたの」 少女が気が付いた。 まともな思考回路も無く少女が笑う。 それを受けて蓄音器が鳴り始める。始まりを告げる序章は、不安に満ちたような暗澹たる響き。 「貴女は魔女の仲間なのね? 王子様が来てくれたのに。それとも、王子様も魔女の仲間なの?」 少女はウサギに縋りついた。そして、言う。 「良いわ、誰が悪者でも、ウサギさんならやっつけてくれるもの!」 さあ行ってウサギさん。少女の声が高らかに奏でられる。ウサギが少女を庇い、踏み出した。 「姫よ、何故抵抗なさるのです? 二人を分かつものは何もないというのに!」 舞姫は少女を誘い出すように片手を差し出し、大きく息を吸い込んで、吐き出す。速く、早く、身体能力のギアを引き上げていく。 それは後方に控えるフラウも同じ。ただし、前には出ない。攻撃せずに近づいて的になり、先輩達の手を煩わせはしない。――フラウは冷静に戦場を、少女を見極める。 ウサギはまだ動かない。それは近くにターゲットが居ないからに他ならない。 お姫様を守るべきウサギは少女の傍を離れる事は出来やせず、故にただ、控えるようにその場に立ったまま。 慧架の心の内もまた静かなものだった。止めると決めた以上、確りと仕事をこなすまで。流れに身を任せるべく、気を静める。 直後、蓄音器が軽快に鳴り響いた。各自がこれからに備えて構える姿を見て、少女が言う。 「まぁまぁ! これから何が始まるのかしら。魔女の手下との戦い? ウサギさんはきっと勝つわ。そしたら私、王子様と結ばれるの!」 剣と拳が突き付けられるような物語を思い浮かべたのか、切り裂くような音楽が鳴り響く。 「それはちょっと違うぜ?」 音波を真正面から受け、切り裂かれながら猛が不敵に言う。 「俺は王子様の従者その1だ。連れ出しに来てやったんだよ、この屋敷からな」 話にフォローを入れながら、放つ雷は蓄音器とウサギを巻き込んでいく。 「そうだよ、深奥に咲く一輪の麗しい花よ」 少女がはっと振り向くと、水色の瞳の麗人が手を差し伸べていた。その指先がリボルバーマスケットの引き金を引くと、轟音を以て同じように障害となる二つの壁を撃ち抜いていく。 「どうか、この私に摘まれてもらえないだろうか?」 その優しげな微笑みに向ける少女の頬はぽうと染まる。 姫の方がが私に釘付けになれと力強く述べる様なその強い瞳に、少女はウサギの後ろからどきどきと顔を覗かせる。ただ、見つめ続けるその少女をウサギが身を呈して遮った。ドーラが手にするOerlikon cannonという名の重火器が光弾を生み出し、降り注ぐ。 「きゃあっ」 小さく悲鳴を上げる少女にドーラの手はぶれそうになる。それでも、ドーラは強く、Oerlikon cannonの銃口を向け続ける。 少女はウサギを抱きしめた。 「私には解らないわ。王子様は嘘をついてないかしら。何故、貴方を傷付けて、音楽を止めようとするの?」 「過剰演出の音楽は必要ないからね」 王子の一人、ミュゼーヌがマスケットの照準を合わせたまま告げるその言葉に紛れてウサギ、蓄音器の前に駆けたのはフラウ。 「さあ、さっさとその煩わしい音色を止めるが良いっすよ!」 「いやっ!」 二本のナイフが高速で舞い、蓄音器を越えてウサギまでナイフの刃は到達する。 「……お姫様に庇われてる、っすか」 フラウは手応えに舌打ちをする。ウサギにも届いた斬撃だが、その手ごたえがいまいち無い。 「ほら、姫よ! そこにいては危ない! どうかこの手を――」 舞姫は歌うように響かせながら、すっと頭を垂れた。 「姫、従者が攻撃をしておりますがそれは、試練に御座います。わたしが姫に相応しき男か見せましょう。どうかご容赦を!」 何故攻撃をするのか? その答えが無い以上、少女は疑問に揺れる。 それでもチチチ……と聞こえたのは、鳥の声。 「来やがった!」 猛が雷の拳をウサギから小鳥を視野に収めるよう大きく仰ぐ。少女は、―― 「小鳥さんも……祝福してくれているの? 私、王子様を信じていいの?」 カツンと鳴らした靴の音。 舞姫へと歩みを向けた。 「あっつ!」 「炎――えっと、浪漫って事ですかっ」 散開するリベリスタ達に、蓄音器の音波は複数を中々巻き込めない。それでも、まるでより多くの人物にこの気持ちを伝えるように、燃えるような恋の音楽が中衛の慧架を、後衛のドーラを巻き込んでいく。 「王子――様っ!」 「姫!」 少女は舞姫に縋りついた。炎が、そしてその『夢』を離すまいとする少女の強い抱擁に、ギリッと口端を噛む。それを見たウサギが、少女に続く。 「ウサギちゃんはいっちまったっすか。さっさと壊して、先輩方の弾除け位にはなりにいくっすよ!」 フラウは剣を持つスタイルを変え、一体ぽつんと残された蓄音器を鋭く抉る。悲鳴の代わりに不協和音を奏でる蓄音器。 少女はその蓄音器を振り返らない。 ただ不安げに舞姫を見つめ続ける。 もう一人の王子役、ミュゼーヌは舞姫に視線を送る。 その視線を舞姫は伏せて返す。少女の抱擁は熱く、強い――が、大丈夫、まだ行ける。その間に仲間に一切を任せて、少女を抱き締める。 ダン、と、ミュゼーヌのマスケットが再び火を噴いた。 ガタガタと揺れる蓄音器はドラマティックな音楽を奏で続ける。ランダムに、そしてその場全員を燃やし尽くす様に館の中のリベリスタ達へ炎を撒き散らす。 ウサギは少女に付き従う。 つまり、少女を抱擁する王子と相対すると言う事。 「ウサギちゃんにまで殴られたら王子様はたまらないっすよ!」 フラウの剣戟と共に、雷を纏う猛の拳は、飛んできた小鳥の一羽を巻き込んだ。 「小鳥くらいじゃあ、俺の技の迅さからは逃げられねぇよ! さっさと倒れやがれ!」 ピッと囀る小鳥は脅威にはならない。ならないが、ウサギを阻む障害となり続ける。 「流石蓄音器、という事ですか。でもそろそろお役目御免ですよ――」 慧架の蹴りが空気を切り裂き、生じた鎌鼬が遠方から蓄音器を打ち壊す。不協和音に続いてアームが弾け飛んだ。 「―――舞姫さん!」 その時、ミュゼーヌが思わず声を張り上げた。 少女の抱擁は強く、強く。備えて全身を以て身を構えてもウサギの一撃が重なり、くっと表情を歪めた。 「王子様……?」 少女が問う。 このまま受け続けるのは危険だと判断した舞姫はミュゼーヌに視線を送った。 「さあ、麗しい花。私とも一曲、如何かな?」 すかさずフォローに入るミュゼーヌの元に、少女は駆ける。――成る程、その抱擁は、堪える程に強く。 (これが夢物語への、執着の重さなのかもしれないわね) ミュゼーヌは炎にまかれながら、抱き締める。 しかし、一戦を引いた所で舞姫に回復の手は持ちえない。後は倒れない様、戦線に加わる事しか選択肢は残されていない。――これ以上ダメージをばらまかれぬよう、舞姫は奮い立って少女に笑みを送る。 「おやおや、浮気なお姫様だ」 「ごめんね、王子様。私、もっと色々な人を知りたいの」 それもまた燃えるような恋の物語か――否、蓄音器が奏でたのはやわらかな曲。ウサギを、お姫様を強くたきつけるが、その一手の隙にフラウが、猛が、慧架が連撃を叩き込む。 ホーンごと大きな音を立てて蓄音器は崩れ落ち、遂には音楽が鳴り止んだ。 「次は、ウサギちゃんの抑えに――…邪魔っすよ!!」 フラウが振り向く先を阻むのは、小鳥。 ただの小鳥。されどエリューション。ジィジィとその嘴で啄んでくるダメージはその身に蓄積する。 「私にも任せてください! うまく当たれば、きっと!」 代わりに踏み込んだのは慧架。ガントレットを手に殴り抜ける。ウサギを見る。ウサギの表情に変化はない。 「効いたか解りにくい……ですね」 慧架の言葉に再び降り注ぐドーラの連続射撃。 「それでも、出来る事をやるだけです。攻撃は通ってるはずですから!」 踏ん張るしかない――猛は小鳥を一羽叩き落とした。 「さぁ、次だ!」 ウサギが動いた。 少女を守るべきウサギは、 「危ない!」 樹沙の目の前、まさしくお姫様に相応しい男かと相対するように振り下ろされたウサギの腕が、舞姫を吹き飛ばした。 「戦場ヶ原さん、……!」 少女を抑え続けた体力は、持たない。ぜぇぜぇと息を荒げる舞姫は立ち上がれない。 「私は……最後まで立ち続けますよ」 左腕に誓った闇を、樹沙はウサギに放つ。 後ろではピィっと微かな悲鳴を上げて、小鳥が落ちた。 「さぁ、コレで残りは可愛そうなお姫様とウサギちゃん」 「一気に落としましょう。勝負です!」 小鳥を撃ち落としたフラウに続くドーラの射撃は決して外れない。ばすんと綿の音を立ててウサギが仰け反っては居住まいを正す。次に向かうのは、今度こそ少女の傍。もう一人の王子様へ。 「全く、過保護なウサギさんだね」 ミュゼーヌは少女を抱き締めたまま、大きく振りかぶる蹴りでウサギを迎え入れた。ぐらりとウサギが傾いた。 ●引き裂かれたウサギ まるでスローモーションのように、少女の後ろでウサギが倒れていく。王子様を振り払って少女は泣き縋る。 「酷い、酷いわ! ウサギさんが死んでしまったわ! ここまでしなくても――いいじゃなぁい!」 その泣き声は悲痛さをもって音波の様に木霊した。 心を穿つようにリベリスタ達の動きを鈍らせる。同時に、積もり積もった体力を削りきってしまう。 「フラウ!」 「―――うあっつぁ!」 響き渡る少女の声が、蓄音器に、小鳥に前線を以て対峙していたフラウの体力を奪い去る。がくがくと足が震え、血の海に沈みそうになる。それでも、血を拭う。暗澹の闇に負けはしない。 「眠れる君は、お姫様の方っすよ。さ、今一度夢を魅せよう」 ざざんとその背を二本のナイフが連撃を下す。 「痛い、痛いわ! これも魔女の呪いなのっ? 皆が私を――」 全て悪いのは魔女の所為。恨みがましい瞳をソファに横たわったままの二つの遺体に向ける。 「……本当に、忘れてしまったんですか?」 銀色の左腕から放つオーラで少女を包みながら、樹沙の声が静かに少女に問い掛けた。 「何を言ってるの?」 「お母さんやおばあちゃんの事です。大事な家族だったんじゃないですか?」 「違うわ、魔女の手下だったのよ! 今だって、その所為で私、……痛いのっ!」 ぼろぼろと涙を零す少女を殴るのは気が引けて仕方ない。割り切らなければならない。猛は怯みそうになる拳を奮い立たせて穿ち続ける。だからこそ――常に己の中のギアを全開にして。 再び泣き出しそうになる少女をミュゼーヌが視界を奪う様抱き締めた。樹沙の言葉が耳に滑る。 「だって、お姫様が忘れてしまったら、いったい誰が覚えていてあげられるんですか。目の前で、消えた、自分が奪った命の事を」 女の子はお姫様。 だから奪ったのはウサギさん。 館から連れ出すために、ウサギさんがやっつけてくれたのよ。 そんな思考を慧架は理解できない。けれど歪む前はきっと、ただ憧れていたのかもしれない。だとしても、少女はもう戻れないから――慧架は雪崩の様に強い所作で少女の肩を掴み、叩き付けた。 呻く少女が顔を上げ見えたのは、ドーラの構えた銃口だった。 (夢だけでも見せてあげたかった――) ぱん。 「私、それでも――魔女の呪いに負ける訳にはいかないわ。王子様? 私を、連れ出して?」 「くっ……!」 少女の腕が包み込み、ミュゼーヌの視界が黒く染まりかける。それでも、倒れる訳にはいかない。少女が泣き出してしまわぬように最後の最後の力を、意識を奮い立たせる。 「そう―――だよ、君の心を、此処から連れ出し、頂いていく……だから、」 「この物語は、これで終いだ」 次はめでたし、めでたしで終われよ。――まるでそう告げる様な猛の一撃。 それが少女を穿った最期の一撃となった。 ゆっくりと斃れる少女を見て、血濡れに伏した舞姫が、王子様が身を起こした。 お姫様を、少女を抱き締めてやれないのならせめて言わなければと思った言葉。 「姫、貴女は眠りにつかれるのです。いつの日か、魔女の呪いを打ち破り、貴女を目覚めさせてみせます」 ミュゼーヌの腕に抱かれたまま、血濡れの少女の唇が動いた。 ―――そうね、魔女の呪いは全て打ち破られるの。 ―――そしたら私、お外を駆け回るわ。 ―――お家に帰ったら、お母様と、おばあ様が紅茶を淹れて待ってくれるの。 ―――お母様とおばあ様は優しいのだから。 少女の手が床に落ちた。 ●夢から夢へ、現実へ 「彼女はこれで救われたのでしょうか……」 しんと静まり返った館を仰いで、ドーラは風に流れる髪を抑える。 彼女は救われたと思いたい。その気持ちを秘めて、瞳を細める。 館の中に残されたのは、二人の遺体にお姫様。そして、暖かな紅茶が一杯。慧架がテーブルに残した手向けの終わり。 「アークには連絡しておいたぜ。母親と祖母の遺体も、そのままにしとくには忍びないし、な」 猛が不器用に頭を掻いて告げると、樹沙は少しだけ安堵を見せる。 最後、少女が口ずさんだ物語の中に『二人』が居た。 夢の中にしか逃げなかった少女が、少しでも思い出してくれたと思いたい。 フラウは相も変わらず、そんな情には流されない。 きっとこれが、夢見る少女に丁度良い終わり方。 「バイバイお休みまた明日。夢の世界で何とやらってね」 後は現実に返るだけ。 二人の王子も現実へ。 傷だらけの舞姫をミュゼーヌが手を添えて、夢見るお姫様の館から、さようなら―――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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