● ――それは、深夜の街道を物凄いスピードで駆けていた。 山田久(やまだ・ひさし)は、工事現場の交通整理のバイトをしていて、『それ』に遭遇した。 昼間は大学、深夜は工事現場の交通整理。 久は若干睡眠不足で、片側通行となった道路の車両整理をしていた。 「ふぁ~~~~ぁぁぁ」 顎が外れんばかりの欠伸をすると、現場監督の怒声が響いた。 「ぅーい。スンマセン」 給料をはらわねぇぞ! と、怒鳴られて、久は幾分目が覚めた様子で軽快に旗を振りだした。 其処に、凄まじい風が吹いた――。 「うぉっ?」 ビルとビルのはざまにある片側一車線の道路が、凄まじい強風に曝される。 その風の勢いたるや凄まじく、地面に置かれた立て看板の姿はもうない。 街路樹の枝も折れ曲り、千切れた枝がいくつも飛んでくる。 「……んだ、これぇ……!?」 風の勢いは立っていられないほど。久は工事現場の鉄柱に掴まった。 現場の中がどうなっているかは、さっぱりわからない。 しかし、中を確認する余裕はない。 凄まじい音を立てて、軽自動車がゴロゴロと転がって行く。 自転車は、立てていたスタンドの効力むなしく宙を舞っていく。 「竜巻か……?」 いや、竜巻は渦を巻くはずだ。と、鉄柱にしがみ付いたまま久は考える。 この風は、まっすぐに吹いている。だから、竜巻ではない。 凄まじいビル風、と形容するには常軌を逸した風速だ。 「マジで、飛ばされる……!」 深夜の為、通行人の類はなく、この通りに立っているのは自分だけだ。 それが幸なのか不幸なのか――。 ますます激しくなる風。 飛行機の真後ろでジェット噴射を受けたらこんな感じなのだろうか。 頭に乗せていたヘルメットがずれ、久の首につけられたベルトが喉に食い込む。 「ぐぇ……っ」 頭からずり落ちたヘルメットは、ちょうど風の受け手となり、猛烈な風圧が久の首にかかったベルトにかかる。 首など絞められた事はないが、こんな感覚なのだろうか。 久は、窮地に立たされながらも何故か冷静だった。 「うわぁ――!?」 首を風に絞められたまま、足が宙に浮いた。 久は両手で鉄柱にしがみ付く。まるで鯉のぼりの様だ。 この風で飛ばされたら、その先はどうなるかわからない。 久は必死で生きる事だけを考えていた。 「くっそ……」 両手に力をいっぱい入れて、鉄柱を握りしめる久。 ヘルメットが風を受けて頭が持って行かれそうになるのを必死で耐えていた。 「――!?」 頭を上げた時に、通りの向こうのコンビニの中が見えた。 普段と変わらない様子で仕事をしている店員。 外で何が起きているのかなど、気づかない様子だ。 (なんでだ!? こんだけの風なら建物が揺れるとかガラス割れるとか――) ゴォォ!!!! 「うわぁ!!」 風速が増し、久の手は片方だけが鉄柱に残される。 「く……っ」 体はすっかり浮き上がり、腕一本で捕まっているのがむしろ奇跡のような状態だ。 (もー、無理――) 久が思ったとき、更に風速が増す。 「あ”あ”あぁぁぁぁぁ――っ」 残った手が、鉄柱から離れる。 宙を後転するように、久の体がぐるぐるとまわりながら飛んでいく。 凄まじい風に吹き飛ばされていく刹那。 猛烈な風の中、それに溶け込むように居る『モノ』を見た――。 ● 「今回は、一般人の保護とアザーバイドの討伐がお仕事よ。 アザーバイドは、猛烈な風と共にやってくるわ。 風速は……そうね、ジェット機の噴射位……いえ、それ以上かしら……。 その風によって、今夜一人の男性が命を落とすわ。 男性の名前は山田久。大学生で、深夜に工事現場で交通整理のバイトをしているわ。 今夜もそのバイトがあって、バイト先でアザーバイドに遭遇するの。 彼は猛烈な風に飛ばされないように必死で抵抗しているけど、最後には風に負けて飛ばされて通りの先にあるビルの壁に叩きつけられて命を落としてしまうの……」 スクリーンに映った青年は、運動部にでも所属しているのだろうか。がっちりとした体格をしていて、ちょっとやそっとの風に飛ばされるようには、とても見えない。 それだけ、風の勢いが凄まじいのだろう。 「このアザーバイドの面倒なところは、『見えない』事。 常に風の中心に居るから、風の全体像からどこら辺に居るかは察することはできるけど、確実な場所はそう簡単にはつかめない。 意思を持っているから、風の中を移動するし、逃げることも出来るしね。 直観力などをかなり高めても、恐らく方向程度しか掴めないと思うわ」 「見えないって、そいつに攻撃は当たるのか?」 「風の塊だけど実体があるものだし、攻撃が素通りしたりはしないわ。 ただし、あてずっぽうの攻撃じゃなく一点集中で、風を打ち破るだけの勢いがないと厳しいけど」 「アザーバイドのテリトリーになってる風の中に入ることは?」 「可能だけど、風の中ではカマイタチのような傷を受け続ける事になるわ。 アザーバイドの進行を妨げる為にブロックするなら、途中で入れ替わるか回復を行わないと厳しいわね。 それから……ブロックして止めない限りは、移動し続ける風を止められないから、陣形はほぼ役立たずになるかも知れないわね」 美媛の回答を聞いて考えこむリベリスタ。 「ちなみに、風の影響があるのは道路上だけよ」 「道路だけ――?」 「アザーバイドのなせる……なのかはわからないけど、路面に面した建物には被害はないの。勿論、建物の中に居る人も無事。 でも、道路にある立て看板や、街路樹、電柱や信号機などは被害の対象になるの。 戦闘中でもそれらが飛んでくる可能性があるわね。そして風に飛ばされたものは、時間を経過するとエリューション化して襲い掛かってくるわ」 スクリーンに道路が映される。どこにでもよくある当たり前の道路だ。 「戦闘場所はここ。道路は直線が200m程続く道で、横断歩道とかはあるけど、この際道路法規は無視してね。 今回の作戦は、タイムリミットもあるし、経過時間によっては敵も追加されるわ。それに、一般人の保護もあるし、考えることは多く、厄介な戦いになるから、しっかり作戦を練って臨んでね」 リベリスタ達は、美媛の言葉に頷くと席から立ち上がった。 「見えないけど、久が感じたように風の中に何かが居ることは掴めるはずよ。 見えない敵を攻撃する方法を考えてね。 ……もしこの作戦が失敗すれば、皆の怪我も相当なものになるけど……。 このまま放置すれば被害は恐ろしいことになるわ。 よろしく頼むわね」 美媛はブリーフィングルームを出ていくリベリスタ達を見送ると、深く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月28日(木)00:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 「うぅ。すごい風」 『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は、風の強さに目を細める。 しかし、それでも駆ける脚は止まらない。 久を助ける役目を担う片翼として、常に風と共に在る者として、風に負けるわけには行かなかった。 すぐ先に、鉄柱に掴まる久が見える。 あの手はもうすぐ外れてしまうのだろう。 「あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ――っ」 「――っ!!」 久の声。ルアは、通りに面した建物の壁を蹴り、跳躍する。 風に呑まれながらも、ルアは久の手を確りと掴んだ。 けれど――。 久を掴んだルアの華奢な体では、風の中に留まる事は叶わず。 彼女は必死で久を抱き締めると、障害物に彼がぶつからぬように自らを壁として一緒に風に飛ばされていった。 ルアの肩に、腕に、足に、飛んできた木の枝や壊れた標識の鉄片などが当たり、その度彼女は苦しげな声を上げる。 「ちょっ、おい! アンタが怪我しちまう、離せって!」 ルアの腕に閉じ込められたままの久は顔を上げ、叫ぶ。 その声は、吹き荒れる風の中でも、ルアの耳に届いた。 「大丈夫なの。絶対、助けるよ」 抱く腕に力を込める。その正面には、通りの突き当たりに構える巨大なビルが待ち構えていた。 「すごい風っ」 全力で、ルアと久を追いかける姿。 その速さは、限定スイーツを買う時とどちらが上だろうか。などと、考えている場合ではない。 『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)。彼女の羽根は全力で羽ばたいている。 ルアと久が風で飛ばされていくのは、あの「通りの先のビル」だ。あそこにぶち当たれば、久は愚か、ルアでさえどうなるかはわからない。 それを止められるのは、自分しかいないのだ。 「絶対助けるわ!」 ニニギアの羽根は追い風の力を借り、ルアと久を追い越して「通りの先のビル」を背に立ちはだかる。 「来て! 久さんは守るわ!」 広げられた両手に吸い込まれるように、ルアと久はニニギアの元へと飛び込んでいった――。 「きゃぁっ」 「ぐぅっ」 3人の男女の悲鳴が交錯する。けれど、誰も大きな怪我はなかった。 ルアとニニギアの功績によって、久の命は救われたのだった。 ゴオオオオォォォォォォ!!!!! 凄まじい風の音が、通りに響いた。 その風こそが、アザーバイド『ステルス』。 風を身に纏い、風に溶け込んだ其れは、通りを浸食するように進み、じわじわと破壊していく。 その風は、己の道を塞ぐように立つリベリスタ達を見つけると、凄まじい旋風を巻き起こす。 「あぁっ」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)のスカート、その下に着けられたドロワーズまでもが一瞬で凍りつく。 そしてその氷は、モニカだけでは飽き足らず、『┌(┌^o^)┐の同類』セレア・アレイン(BNE003170)も蝕み、彼女達の命の焔を一瞬で吹き消した。 「うぅ……っ。 季節外れの春一番にしてはタチが悪過ぎますね……」 「でも、負けられないわね……っ」 命の焔が消え去る寸前、フェイトを燃やし2人は立ち上がった。 しかし、氷結の魔の手は『蒼震雷姫』鳴神・暁穂(BNE003659)、『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)へも伸び、彼女達の動きを封じていた。 巻き上げられた立て看板。吹き飛ばされた傘立て。飛んでいく街路樹。 たなびく衣服、己より前に立つ仲間たちの髪の向く方向。『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)がつけた発煙筒の煙。 その方向、軌道を見極め、演算を繰り返す赤い瞳を持つ少女。 「……見つけました!」 風に護られた透明な核――ステルス。 それは視認できたわけではないけれど。 それでも、彼女の瞳はただ一点に向けられていた。 繋がれたAFの音声から、レイチェルが敵を感じ取った事を伝える。 それは、身を凍らせた仲間たちにも伝わり、攻撃できぬ悔しさを滲ませる。 「傍迷惑な……。ゴミを散らせるのが能力か。 もう少し弱ければ街の美化に最適だったんだがな」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)のブレイクフィアーが辺りを包み込む。しかし、その癒しは氷を解かすことは出来なかった。 ゴーグルを装着し、『禍月穿つ深紅の槍』を構えた『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)は、氷結を逃れた数少ない一人だ。 彼は、槍を構えたまま風に向かい真っ直ぐに突き進む。 槍の穂先がしなれば、風の中心から外れている。 穂先が真っ直ぐに向く場所を進めば、其処に必ずステルスが居る筈だ。 美散は吹き荒ぶ風の中、穂先が動かぬ場所を探りながら進む。 「“其処”か……捉えたぞ、風のアザーバイド!」 近接したまま、渾身のデッドオアアライブ。 「――くそっ、逃げられたか」 まさにステルスに突き刺さろうとした瞬間、槍の穂先がしなったのを見遣ると、美散は口惜しげに呟いた。 しかし、まだ時間はある。 ● その頃、ルアとニニギアは久を建物内へ移動させていた。 「危ない所だったわ。ここは安全だから、しばらく待っててね」 ルアにしがみ付いたままの久は、無風の建物内に入れられると漸く生気を取り戻す。 「あ、ありがとう……。え……、……天使?」 恐怖に体を震わせながら、ニニギアの背中にある羽根に目をやると驚愕の声を上げる。 ゴーグルを装着し、スカートの中にはスパッツを穿いた天使。映画で見たのとは随分違う。 しかし、現に自分を救ってくれた女性の背中には見紛う事なき羽根があるのだ。 そして、天使――ニニギアが受け止めてくれなければ、恐らく自分は救おうとしてくれた少女――ルアごと、ビルの壁にぶち当たり絶命していたのだろう。 ニニギアは「天使じゃないですよ!」と必死に否定するが、その笑顔が若干ひきつっている。 しかし、変な反応をされたとしても、自分の命を救うために傷だらけになっている彼女らを疑う気持ちも追及する気持ちも、久にはなかった。 一方――。 猛烈な風は、ステルスに近接するリベリスタ達の生命力を、ただそこにいるだけで奪っていく。 ステルスに近接し、氷結したままのモニカや、先ほど攻撃をかわされてしまった美散。 そして、ライトを煌々と点灯させたままの派手なデコトラ『二代目龍虎丸』を道路を塞ぐように停車させた『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)も、生命力を奪われる。 更に、彼らの体は吹き荒ぶ風に素早さをも奪われている。 御龍は削られた生命力、鈍化させられた速度を物ともせず前に進み、己の闘気を爆発させた。 それを嘲笑うかのようにステルスの風が勢いを増し、リベリスタ達に襲い掛かる。 服が切り裂かれ、肉が千切れ、髪の毛すらもむしりとられるような痛みに呻く声は風に溶けていく。 その風の中を突き抜ける一閃。 レイチェルは反射シールを貼りつけた矢を射た。 シールを貼った事で普段とは重心が変わったにも関わらず、レイチェルの意思通りの軌道を描き風の中を突き進んでいくそれは、何もない空間に見事に突き刺さった。 「やりました!」 AF越しに、レイチェルの声が響く。 反射シールは御龍の『二代目龍虎丸』のライトに照らされ眩い光を放つ。 「あれを狙ってくださ――!!」 レイチェルの言葉は途中で途切れる。 前に立つリベリスタ達は、大半が氷結によって動けない事に気付いたのだ。 しかし、その思いを打ち消すように声が響く。 「見えないモノを幾重もの計算で見える形にするのが先人の識者さん達でした。 それなら、今この場で出来ないなんて事はないのです!」 チャイカは、レイチェルの矢を狙い澄ますように気糸の束を撃ちこんだ。 そして。 「今度こそ解除する、待ってろ」 ユーヌは再びブレイクフィアーを放った。 先ほどは効果を出せなかった。しかし、再びの挑戦は仲間たちの氷結を解除する事に成功したのだった。 氷結を解除されたセレアは、ルアとニニギアが待つビルへ向かう。 彼女の思惑では、ルアとニニギアが久を捕獲してからすぐ保護役を担う予定だったが、氷結によりその手は若干遅れた。 しかし、ルア達の機転により、久は既にビル内に居り。セレアが到着したことで、彼の安全は確保された。 「久さんは任せて。あたしは犠牲者がでないように動くわ」 AFから伝わるセレアの声に、リベリスタ達の心は些か軽くなる。 後はもう、このアザーバイドを倒すだけだ。 「縁の下のなんとやら、ってのも悪くない話よね」 セレアは、久の傍らに腰を下ろすと呟く。 救出され、今はおとなしくしている久。けれど、その場から離れれれば彼は心細さの余りまた路上に出てくる可能性があった。 このまま此処に居るのが得策だろうと、セレアは思った。 ● リベリスタ達の周りに、ただならぬ気配が生じた。 久が救出するタイムリミットを過ぎたという事は、E・ゴーレムが出現する時間が来たという事だ。 アザーバイドを護るように、アザーバイドに近接したリベリスタを取り囲むように、立て看板、道路標識、折れた信号機が出現した。 E・ゴーレムは、美散、モニカ、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)に襲い掛かった。 そしてステルスは再び旋風を巻き起こす。 この風により、モニカ、セレア、暁穂、ルア、ユーヌ、星龍、チャイカの、実に7人が氷結した。 ……が、その氷がリベリスタの体を蝕んだのは一瞬のこと。 「そうはさせないわ」 氷結を回避した癒し手。ニニギアの手により、氷は瞬く間に溶け去った。 ニニギア、シエル、そして2人が状態異常を起こした時はユーヌが解除を図る。 二重三重に準備された回復は、1人が動けずとも残る誰かが必ずフォローできる状態にあった。 時間を経過するごとに、吹き荒ぶ風の中に居るリベリスタはダメージを受けていく。そして、ステルスや出現したE・ゴーレムから受けるダメージも低いものではない。 それらを数秒のうちに無に帰すかのごとく打ち消していく癒し手達の力。 それが、この作戦の成功を担っていると言っても、過言ではなかった。 纏わりつく氷から自由を取り戻したモニカは、『九七式自動砲・改式「虎殺し」』を構える。 重戦車の装甲をも撃ち抜くその力は、E・ゴーレムたちに巨大な風穴を開けただけでは飽き足らず、更に散弾の如く降り注ぐ。 弾丸を追うようにチャイカの肢体から放たれた幾つもの気糸が、モニカの開けた風穴を貫き、更に傷跡を大きくしていく。 そして、立て看板に強かに後頭部を打たれた星龍は傷が癒えた後も額に伝う血を拭いもせず、神の名を冠した炎纏いし矢を顕現させ撃ち落とす。 実に、E・ゴーレムは数秒で瀕死へと追いやられた。 しかし、ステルスは全ての攻撃を回避すると、嘲笑うかのように風を強めながら前進する。 その猛烈な風を受け、地面を揺るがすような轟音と振動を立てながら、『二代目龍虎丸』が転がった。 顕わになるトラック上部に書かれた『御意見無用!』の文字が、今はアザーバイドの言葉にさえ思えた。 ステルスが前進したことで風の範囲が変わり、レイチェルとセレア以外のリベリスタ達は生命力を奪われると同時に鈍化の状態異常も受ける。 遅くなる脚。 しかし、それに唯一打ち勝つ者が居た。 「私は見る力は無い、だけど『風』を感じる事が出来る!」 鈍化の拘束を受けても尚、ステルスの速度を凌駕する驚異的な速さを持つルアは、常に風と共にある。 最速の風を読み取る力は、ステルスが放つ風の流れをも読み取り、その中心に在る筈の姿を掴み取った。 「絶対、負けない!!」 全てを賭けた切っ先が、ステルスへと向かう。 『Otto Verita』と『hyacinthina』が、何も無い空間に深々と突き立てられた。 「其処か!」 「……まぁ見えないったって実体はありそうだから何とかならぁなぁ」 美散のデッドオアアライブを援護するように、御龍もデッドオアアライブを放つ。 本来ならば、カラーボールでも投げつけて目印にしたかった御龍ではあったが、生憎それは持参しておらず。 しかし、レイチェルの撃ち込んだ反射テープのついた矢が目印となり、二人の攻撃はステルスにヒットした。 ステルスが身じろぐ。姿はわからず声もなく、けれど矢が刺さったままの空間がのたうって見えた。それは、決定的なダメージを受けたからだろう。 ステルスの危機を察知したE・ゴーレムは、美散と御龍へと飛び掛る。 けれど、美散と御龍へダメージを与える前に、チャイカ、星龍、モニカの攻撃がE・ゴーレムたちを消し去った。 ● 「行って来いよ」 外の様子を気にしていたセレアは驚いて久のほうを振り向いた。 「あんたは、天使さんたちの仲間なんだろ? 俺を助けてくれた人たちだから、あの人たちには無事で居て欲しい。 だから俺はここから出ないから、行って来てくれよ」 神秘の存在を知りもしない筈の久。しかし、己の命を身を呈して救ってくれたルアとニニギアの行動は、久の信頼を得ることに成功していた。 「わかったわ。私じゃ、できることは限られてるけど――」 久に見送られ、セレアはビルから飛び出した。 麻痺を打ち消したステルスが身に纏う風の勢いは止まらず、セレアの生命力を奪っていく。 駆けていくにつれ、体が徐々に重くなっていく。けれど、脚は止められない。 「嫌な風ね……、本当」 仲間達が全力を賭けて戦う場所に、セレアも到着した。 「これが、最後のターンだ!!」 AF越しに美散の声が響く。ここで倒せなければ、敗北が決まる。 最後は、ステルスだけを狙う。 リベリスタ達の最後の作戦が発動した。 ステルスのダウンバースト。上空から叩きつける風の重圧が、モニカ、美散、御龍、ルア、星龍に襲い掛かる。 その力は彼らの防御力を削り取り、ステルスのダブルアクションによって、更に風の重圧が圧し掛かった。 生命力を限界まで削られたルアの体が舞う。両手に握られた刃は、ステルス目掛けて突き立てられる。 それと時を同じくして、レイチェルが駆け出す。 今まで陣取っていた場所から飛び出して、ステルスの風の範囲へと。 巻き上げられた道路上に置かれていたモノ達、たなびく衣服、自らが突き刺した反射シールつきの矢。 情報を全て盛り込んで撃ち放たれた聖なる光は、ステルスの身を焼き払っていく。 けれど、命を奪うまでには至らない。それはレイチェルにも判っていた。 これは、次に続く仲間への援護たる一撃。 「あとは任せました、思いっきりどうぞ……!」 その言葉に小さく頷いたのは、今まで回復に徹していたニニギア。 彼女の手が魔方陣を描く。放たれた魔力の矢は、ステルスを貫いた。 聖なる光に照らされた反射シールは風の中でも剥がれることはなく。 最早、ステルスが回避したとしても、その動きは容易にわかる。 強く吹く風に抗うように、ゆらり。と、御龍の肢体が揺らめく。 「……速さは我にはないがこの風を断ち切る火力がある」 ステルスの正面に立つと、御龍は巨大な鉄塊を振り上げた。 めしゃり。と、何かが潰れる感触。手ごたえはあった。 痛みにもがく様に、風の強さが増す。 己の作戦では集中に集中を重ねて最後のターンに挑むつもりだった暁穂。 しかし氷結に妨げられたため、集中は上乗せできてはいなかった。 「だけど、私に出来ることはただひとつ。ぶん殴ることだけよ!!」 ひとつ叫ぶと暁穂は覚悟を決め、ステルスへと真っ直ぐに駆ける。 仲間達が残してくれた印を目掛け、体ごと飛び込むように拳を叩き付けた。 モニカのメイド服は、激しくにたなびいていた。それは、ステルスが己の真正面に居る事を示している。 銃口から打ち出された弾丸は、巻き上がる硝煙ごと、ステルスに吸い込まれるように弾道を描き炸裂した。 苦痛にもがくステルスの体が再び透明になる。 「――!?」 「消えてはいません。逃げます!」 レイチェルの声がAFを通じて響く。透明になったのではない。逃走する為に後ろを向いたのだ。 しかし、それを予測して後方に回っていた男が居た。 血のように紅い禍々しい槍が掌で踊る。 ぶんっ。と、一振りすると、それは風を凪いだようにも見えた。 「有象無象の区別無く、我が一撃で穿つのみ!」 己の持つ力全てを込めた渾身のデッドオアアライブが放たれ――。 槍に貫かれたステルス。美散が感じた手ごたえと同時に、辺りを取り巻いていた猛烈な風は消える。 そして、ステルスの居た場所には、槍を突き刺した姿のままの美散だけが立っていた。 ● 戦後――。 ビルから救出された久は、神秘の秘匿のために記憶を消されることを説明されても、それに対して全く抵抗は無かった。 「俺が忘れても、俺が感謝していたことを忘れないでくれよな」 そう告げると、彼は自らの足で処理班の元へと向かった。 久が立ち去った後、レイチェルは仲間達を見渡す。 「はは、みんな髪も服もぐしゃぐしゃですね」 少し離れた所で、ステルスの残骸を探している御龍の姿が見える。 しかし、ペイントも取れた其れを見つけることは叶わない。 ステルスの亡骸は恐らく、風に溶けていくのだろう。 この世界を、本来吹く風に――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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