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<六道紫杏>絶対零度と氷点下――六趣に於いて蠢く者共

●六趣の姫様、その懐刀
「ねぇスタンリー、アタクシ、愛の力は素晴らしいと思いますの」
 ふと、顔を上げた主人がそんな事を――兇姫の名で通るこの姫君にはあまりにも似つかわしくない言葉を――自分に向けて言い放った。
「家族への親愛、仲間への友愛、師への敬愛、恋人の純愛。愛って人を強くするモノですわ」
「……聖四郎様よりお手紙か何かを頂いたので?」
「ふふ。まぁ、それもありますけれど、ね」
 『プロフェッサー』、それから『恋人』の事となれば、この人も年齢と外見相応の愛らしさを見せるのだが。等、思いつつ主人の本題を静かに待つ。
「そこでアタクシ、閃きましたの。この『愛』の力をキマイラに付与したら、きっと素晴らしい成果が得られるのではないかしら、と!」
「素晴らしき御発想で御座います、紫杏お嬢様」
「当然ですわ。そこで、ですけどねスタンリー」
 ニコリと微笑む。声音や仕草でもう分かる。あぁ、仕事か。
「キマイラ『ブラザー』。その制作の為にお誂え向きなこの兄弟を持って帰ってきて頂戴」
 言葉と共にモニターの画像。『ジョニー・ノースランド』『テリー・ノースランド』……あぁ確かこいつら、前に恐山から賢者の石の強奪を依頼したフィクサード兄弟だっけ。仰せの儘にと首を垂れる。
「あ。ついでにアタクシが作ったキマイラも『テスト』という訳で連れてって貰いましょうかしら。十中八九アークのリベリスタも来ると思うから。聖四郎さんがね、カレイドの性能は称賛に値するって仰っていたの。
 それではよろしくね、スタンリー」
 そっと顔をあげて姫を見る。笑顔だった。その言葉や心に脅しのつもりが無いのが、逆に恐ろしい――ある種、この姫様は純粋とも言えるのだから。それ故に『タガ』なんて無く、純粋に、何処までも、疑いなく、完全に、狂っている。
「……――仰せの儘に、紫杏お嬢様」

●寒がり兄弟の不運
 開けたアスファルト。乾いた風が夜に吹き抜ける。
「――して、交渉とは一体何かね『懐刀』のスタンリー君?」
 寒い、寒いと歯の根を慣らしつつ訊ねてきたのはエスキモーの様な防寒具で着膨れた長躯の男、兄であるしもやけジョニー。その顔は、白熊の毛皮に鼻から下を覗いて隠されている。
「えぇ、至極簡単な事ですよ。貴方々を紫杏様がお呼びでしてね、是非ともお越し頂きたいのですが」
「……何の為に? 一体何処へ? それは態々、我々を呼び出してまでの用事なのかね?」
「コイツは臭ェゲロ以下の臭いだぜあんちゃん、イヤな予感がプンプンするぜ」
 スタンリーとジョニーの間に低い声で挟んだのは毛皮のコートを着込んだ細身な男、弟であるかじかみテリー。ガスマスクの奥からほぼ敵意のみの目で懐刀を見澄ましている。
「何の為に? 紫杏様の為で御座います。 何処へ? 紫杏様の研究室で御座います」
 紫杏を知る者にとって――それは死刑宣告に近い。一先ず、絶対に良い意味では無い事など容易に想像出来た。それに兄弟達にとって利益のある内容ならはぐらかさずに伝えるであろう。これは、危険。兄弟が飛び下がる。警戒の眼差し。返す懐刀は、光の無い疲労の目線。
「……私は穏便に済ませたいのです」
「嘘こけェ!! アレだろ! 俺達を妙な実験に使うつもりだろテメェー!」
「紫杏様は良いクライアントでしたが、出来れば縁は持ちたくない方でしてなァ……
 ふん、スタンリー君よ。ハッキリ言い給え。貴方々は我々を『キマイラ』にするつもりなのだとッ!」
「そーに違いねぇーー先手必勝見敵必殺だぜあんちゃん!」
「合点承知やっておしまい弟よッ!」
「Go Ahead――」
「Make My Day!!」
 躍り掛かるは凄まじい冷気と高速の残像。
「Go ahead. Make my day.(やれよ。楽しませてくれ)――か」
 飛び下がり、或いは手にした獲物で受け流し。
「I can't.(お断りします)……貴方々の相手は、私では御座いません」
 更に大きく飛び退いたスタンリーの言葉の刹那、空いっぱいに不気味な咆哮が響き渡り――地響きを立てて、地面に舞い降りたのは巨大な不気味な奇怪極まりない生物兵器であった。
 それは、まるで、肉と機械をデタラメに接ぎ合わせた様な。狂気を感じる。三つの頭、六つの脚、姿は機械のライオン。翼に、火炎、その全身を脈打つ血管。咆哮が空気を穿つ。
「!? これが『キマイラ』……ッ!?」
「な、なんかクソヤベェよあんちゃん!!」
 危機を感じるももう遅い。獲物を見据える巨大な異形が、三つの口から火を吹いた。

●兇姫は笑う
 駄目だ。死ぬな。目を閉じるな。返事をしてくれ。お願いだから。死なないでくれ。
 そんな慟哭が炎の向こうから聞こえてくる。
「……――」
 獅子を周囲に一面が火の海だった。その火の外で、スタンリーは眺めていた。標的がキマイラによって蹂躙される様を。氷を得意とする彼等にとって、凄まじいまでの炎を扱うこの生物兵器は致命的な程に相性が悪かったようだ。
 鮮血の中に倒れている弟へ回復の呪文を必死に唱えている兄の姿が見える。失いたくないのだろう。だが現実とは非情なものだ。誰にでも平等で、だからこそ。
 さてキマイラに標的をミンチにされて持って帰れなくなったら困る。生物兵器達を制御するよう研究員達へ指令を送り、炎の中の標的へとスタンリーは振り見遣った。

●高熱危険
「件の『エリューション・キマイラ』の出没を察知致しましたぞ」
 『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)の真剣な声がブリーフィングルームに響く。
 求道系フィクサード派閥『六道』、その首領の異母妹たる『六道の兇姫』六道・紫杏の一味が作りだしたというキマイラ――アザーバイドでもなく他のエリューション・タイプにも当て嵌まらぬ、不気味な研究によって作り出された生物兵器。
「紫杏様が手ずから携わったキマイラが四体。
 皆々様にはこれらの討伐と、それらを用いて行われる『フィクサード拉致』を阻止して頂きますぞ。
 そのフィクサード二人が六道派に拉致されてしまうと凶悪なキマイラにされてしまい、それだけ被害が出るでしょう。
 サテ、その六道派に渡してはならない二名ですが」
 モニターに映るのは妙な風体をした二人の男だった。
「フィクサード『しもやけジョニー』『かじかみテリー』、兄弟の雇われフィクサードでございます。
 彼ら、先に申したキマイラ達に襲われてかなり危険な状態です。
 ジョニーの方は戦闘不能寸前、テリーの方は戦闘不能状態。
 彼らの行動は凄く限られていますが……態度などは皆々様の対応によって変わるかと」
 敵意を向ければ敵意で返すだろうし、こちらの出方によっては協力してくれるかもしれない。
 その辺りは皆々様にお任せ致しますぞ、とフォーチュナは言った。
 次にとモニターで示すのは不気味な異形達、キマイラの姿であった。炎の海の中、巨大な獅子めいたモノが一体、気味の悪い人型のモノが三体いる。
「大きな方がE・キマイラ『バイオロボライオン』、人型の方がE・キマイラ『マッドヘッド』ですぞ。
 それに加え――」
 と、切り替わるモニターに映ったのは、やつれた顔に丸眼鏡をかけた痩身の男だった。
「『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダ。過去に二回アークのリベリスタとも接触しております。
 彼が部下二人と炎の外にいましてね、今回ばかりは『目的』の為に自らリベリスタやフィクサード兄弟に接触してくる可能性がございます。
 そして前回同様、現場付近には六道派フィクサードが5人、何処かから戦闘を監視しております。
 彼等とて立派に戦えます。その上、ちょっとどころじゃなく頭のおかしい方々です。場合によってはスタンリー様の命令で数人ばかし出陣してくるやもしれません」
 一人一人の詳細なデータはそこの資料を見て下さいと言い、締め括る。
 リベリスタ達を見遣った。心配の色。それを押し殺して、
「……危険な任務ですが、どうかご無事で――お気をつけて、いってらっしゃい!

●ロクのモノドモ
「見なよフレッド! 燃えてる、燃えてる、君の顔も燃えるぞ燃えるぞアハははは!」
「るっせぇ脳味噌スポンジの童貞野郎が! 俺様の目の前で『火』の話をすんじゃねぇよっ」
「君なんかに姫様が振り向くワケないじゃんバーカバァーカ」
「黙れ黙れだっまっれっ八つ裂きにされてぇのかゴラァ!!」
「……それくらいにしておけ、もう自分の仕事を忘れたのか糞馬鹿共」
 呆れた様な溜息、されどその声の主とておよそ正気の目をしていない。そんな目が十個、彼方に燃え盛る火を見遣る。六道を名乗る気狂い五人。

 景色は真っ赤に燃えている。

「……」
 スタンリーはただ無表情であった。燃えている火。から、ふと視線を己が掌へ移し。
『あなたは人間です』
 脳内に響く言葉。
『人間は人間以外になんて絶対なれません』
 記憶に響く言葉。
「貴方達は、」
 そのまま影に潜んでいた部下へかける言葉。二人がこちらを見る気配を感じた。
「……貴方達は、紫杏お嬢様がお好きですか?」
「「それはどういう意味ですか?」」
 嗚呼。やはりか。あの時の自分と同じ返答。顔を上げて頭を振る。
「いえ。……いえ、何でもありません。忘れて下さい」
 ただ思い出しただけ。





■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ガンマ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月23日(土)00:00
●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。

●目標
 E・キマイラ『バイオロボライオン』『マッドヘッド』の討伐
 フィクサード『しもやけジョニー』『かじかみテリー』を六道勢力に回収させない
(※両方達成で成功)

◎キマイラユニット
バイオロボライオン
 三頭六脚の巨大獅子。DA値と防御値高い
>主な戦法
 オイルレイン:油の雨を降らせ、足場にペナルティを与える。火が点くとペナルティ効果消失。
 ミサイル発射:遠域、連、ショック
 レーザー発射:遠複、ブレイク
 踏み潰す:近複、物防無
 バイオカノン:遠2、貫、必殺
 通常攻撃(火を吐く、爪で裂くなど)に業炎や流血が付く場合あり。

マッドヘッド ×3
 火の中で自己再生能力強化
>主な戦法
 叫び:近範、ノックB
 吸い付き:近単、Mアタック
 超叫び:全体、ブレイク
 など


◎六道フィクサードユニット

『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダ
 紫杏の側近。ヴァンパイア×ナイトクリーク。
 ナイトクリーク中級スキルまで使用。所持武器はアーティファクト『サドクターⅡ』
 一般戦闘スキルに超再生
 EX:サイコダウナー:神近範、ショック、無力、隙、鈍化、無

サドクターⅡ
 呪いを齎す巨大メスのアーティファクト。通常攻撃に呪いを付与する

アイリーン・マツダ
 スタンリーの縁者にして部下、代々六道の血筋に使える一族の一人
 一般戦闘スキルに麻痺無効、非戦スキルに影潜みなど
 ヴァンパイア×インヤンマスターの女

松田一史(まつだ・いちふみ)
 スタンリーの縁者にして部下、代々六道の血筋に使える一族の一人
 一般戦闘スキルに戦闘指揮と呪い無効、非戦スキルに影潜みなど
 ヴァンパイア×レイザータクトの男


『悪夢蛆』フレッド・エマージ
 顔を包帯でぐるぐる巻きにしているメタルフレームの男。
 研究員達と居るが、スタンリーの命令によっては他の研究員1~2名と共に出陣する
 後述する心臓マゼンタを自らの心臓に寄生させ、半一体化している
 一般戦闘スキルに火炎無効、非戦スキルに痛覚遮断など
 身体能力などが高く、タフで常時ブレイク不可のリジェネレート効果を持つ
 自他問わず触れた血液から蛆虫を作り出す能力をもつ。作り出す数は血液の量に依存する。
>主な戦法
 マゼンタα:近複、致命、必殺
 マゼンタβ:近範、連、流血
 マゼンタγ:遠2、弱点、流血
 マゼンタΩ:全、ショック、ブレイク
 マゼンタΖ:遠範、失血
 EXベルゼビュートの召使い:遠範、HP吸収、呪殺
 など

キマイラ『心臓マゼンタ』
 フレッドの心臓及び血液に寄生し、彼と半一体化している液状のキマイラ

蛆虫
 心臓マゼンタが血液から作り出した蛆虫状の赤いゲル。人の頭部大
 個々の能力は低め。飛びついて動きの阻害・噛み付きによる持続ダメージを行う

六道研究員
 フレッド・エマージ
 ジョンソン・サーティーン:デュランダル
 マイケル・ハロウィン:ダークナイト
 トーマス・テキサス:クロスイージス
 ヘルツォーク・デッドスノウ:レイザータクト
 の5人。紫杏直属の研究員


◎フィクサード兄弟ユニット

しもやけジョニー
 フライエンジェ×インヤンマスター。兄
 かなり消耗している状態。基本行動はテリーを庇う
 ドラマ値高め。氷系スキルと支援スキル中心
 Exディープフリーズ:神遠域、氷像、呪い、溜1

ツンドラで過ごす冬休み
 しもやけジョニー所有、ステッキ状アーティファクト。冷気と氷を操る能力を持つ。攻撃に凍結、氷結、氷像の内から任意で一つを付与
 1ターン溜める事で氷人形(防御値高めでタフ。攻撃に凍結を伴う)を3体生み出す

かじかみテリー
 フライエンジェ×ソードミラージュ。弟
 戦闘不能状態

リアルデイドリーム
 かじかみテリー所有、薬物型アーティファクト。飲む事で暫く残像(体力・防御値が低めな事以外は服用者とほぼ同じ能力値)が実体を持つようになる
 リスクは『薬の効果が切れるとしばらく昏睡状態になる』。初めて服用する者は耐性が無い為、長くても3Tで昏睡
 残像は生み出した者が戦闘不能or昏睡すれば消える

●場所
 郊外、閉鎖された駐車場。かなり広く一面が火の海。火の中に居ると毎Tダメージ(火炎無効or絶対者で半減)

●その他
 急いで行けば、スタンリーとその部下2人がフィクサード兄弟の方へ向かおうとしている所から始まります。

●STより
 こんにちはガンマです。
 皆様の本気と覚悟をお待ちしております。
 よろしくお願い致します。


参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
覇界闘士
ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
デュランダル
小崎・岬(BNE002119)
ソードミラージュ
レイライン・エレアニック(BNE002137)
★MVP
クリミナルスタア
坂本 瀬恋(BNE002749)
インヤンマスター
高木・京一(BNE003179)

●煉獄は燃えているか
 遠巻きからでも良く分かった。赤い炎が、夜空を仄と照らしている。
(敵対してたとはいえ、憎めない連中……見殺しには出来ん)
 何より、この前何故逃げたかとか色々聞きたい事があるからの――そう心で呟く『巻き戻りし残像』レイライン・エレアニック(BNE002137)の脳裏に過ぎるのは、二度に渡る邂逅。かじかみテリー。フィクサードではあるが顔馴染みという不思議な関係。
 2度、たった2度だ。自分は彼の顔も知らない。だが、知った顔である以上は見殺しになんて出来ない。
「待っておれよ!」
 脚部にぐっと力を込め、跳び出す俊足。一秒でも早く、速く。
 是非助けませんと、と言葉を発し続く『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)に、『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)は「態々フィクサードを助けてやる必要はないと思うんだけどねぇ」なんて呟きつ。
「……ま、それがお仕事っつーんならやるさ」
 思い返す幾度の戦闘、六道キマイラ絡みのそれ――思い返すだけで反吐が出る。やってやる、徹底的に。
(それに個人的に気に食わねーやつもいるみたいだしね)
 瀬恋の仲間を見遣る視線、その意図に気付いた『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)も同意の頷きを示し。
「まあ、なんか皆と因縁ありそうなのが多そうだな。特に……」
 密かに振り返るそこには、『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)の姿。一見して普段通りの表情だが――滲み出る憤怒。理由は問わずとも。先日の出来事、あまりにも唐突な。
(ちっとばかし、心配だ)
 思いは胸に、竜一は前を向く。

 俺の傍で誰も仲間を死なせはしない。

「とにかく、皆あんまり無茶すんなよ」
 必要であれば、この身を呈すさ。
「大切な人がいるっていいよね。それが兄弟でも恋人でも夫婦でも」
 彼の言葉を肯定する様に声を発したのは『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)。
「私には今、そんな風に思える相手はいないけど、ここで出会った皆は大切な人たち。
 誰が欠けても悲しいよ。その人の大切な人も悲しむよ」
 だから。
「悲しい人が増えないように、全力で頑張るんだ……!」
 決意を胸にグリモアールを抱き締めた。護るんだ、この手に届く範囲だけでも。

 戦って、傷つくのは、痛いのは、死ぬかもしれないのは、怖い事だけれども。

「め めちゃくちゃ怖い」
 歯の根が合わない。震えが止まらない。息苦しい。それでも『息をする記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)は目的地へと駆けている。
「絶対連れて帰らなきゃ――もうあんなかわいそうな人、見たくないですから」
 それに……懐刀の問が脳を過ぎる。聞かれたことは答えなきゃいけないし、言いたい事もまだある。
(もう一発、蹴ってやりたいし)
 待ってろよ、なんて。あぁもう一先ず集中だ、己の両頬をパチンと叩いた。
 と、鼓膜に届く不気味な咆哮。遠くから見える巨大な獅子。『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は眉根を寄せた。
「間違いない……六睨獅子」
 過去、六道のキマイラと戦っていたアザーバイド。その成れの果て。
「さぞや無念でしょうね、異界の果てでこんな末路など」
 家族や、あの帰りを待つ存在は居たのだろうか――等、思い、朔望の書の頁を開く。
 兄弟を救い、怒れる獅子の残骸は……破壊する。その眼には。氷の様な静かな怒り。
 その対象、ゴキリと鳴ったのは火車の拳。歯列を剥き出し吐き捨てる。
「クソ共がぁ……! いつもいつもいつもいつも! 人の平穏邪魔しやがってぇえ!」
 未だに整理の着かぬ脳内だけれど、解ってる事は二つある。

 一つ、コイツ等はオレにとって間違い無く 敵だ。
 二つ、コイツ等ぶん殴ってる間、きっと余計な事ぁ考えずに済む!

「……あぁ良いぜ! ぶん殴って! ぶっ潰して! ぶっ殺してやるよ!!」

 咆哮が、響いた。

●RED
 炎から、獅子の爪から、異形の攻撃から弟を守り続けて。回復の術を施して。それでも彼は、目を覚まさない。嫌だ。失うなんて嫌だ。一人は嫌だ。置いていかないでくれ。しもやけジョニーが血反吐に滑る舌で再度詠唱を試みんと――した、その瞬間。
 目前で翻ったゴシックドレス。靡く金の尾。振り返った赤い瞳。
「久しぶりじゃのう! 随分苦戦しておるようじゃな」
 ニッと笑うその表情には、見覚えがあった。
「お前――エレアニックか!?」
「うむ、わらわじゃ」
 そしてアークのリベリスタは彼女だけではない。
「大丈夫ですかー! た、たす、助けに来ましたよ!」
 声を上擦らせながらも竜一とともにバイオロボライオンのブロックに向かうヘルマンに、躍り出てきたマッドヘッドの進行を妨害したのは信じられぬほど邪悪な見た目のハルバード――アンタレス。
「フン、我々アークは強者の気配を辿って来ただけであってお前達の為なんかじゃないんだからなー。
 ……って、同じ事言っても前とは見事に逆になってるねー」
「小崎!?」
「オッス、オラ小崎ー」
 ジョニーの声に応え笑んだのは『世紀末ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)。大火の邪斧をくるりと回し。
「弟大事なのはわかるけど守ってばかりだとじり貧だよー。
 テリー起きたらあんな奴らけちょんけちょんに畳んでやったぜ! って言ってやろうよあんちゃんーごーあへっどーー?」
「皆で生き延びる為に、その力を貸していただきたいのです」
「オレ達だけじゃ手が足りねえ。手伝ってくれ」
 岬の言葉に『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)と悠月も続いた。同時、アリステアの聖神の息吹が、悠月のインスタントチャージがそのフィクサード達に施される。
「おい 朱子っての 覚えてるか?」
 次いだ声は火車、ウォッカの入ったスキットルを投げ寄越しキマイラ達へと歩を進めつつ。
「朱子――あぁ、あの、炎を纏う赤髪の少女の事か?」
 それがどうかしたのかと言わんばかりの物言い。答えた。あぁ、それだけだ。それだけでいい、十分だ。
「じゃあ助けてやる ……全力で助けてやるからテメェも何とかしろ!
 出すのは泣き言だけか? ……意地だろうが!」
 炎の中だというのに一際赤く熱く際立つ炎をその拳に。吶喊、マッドヘッドに叩き付けるは炎の拳。
「あん時の借りの決着付けたいからさー、一丁やっちまおうぜー……速攻でいくぜー、アンタレス!」
 茶化す様な言葉、岬もアンタレスを振るって巻き起こす暴風で、火車が抑えるマッドヘッドを攻撃した。
「……ここは一つ、手を組まんかえ?」
 レイラインがジョニーへ指し伸ばす手。ジョニーは弟を抱えたまま彼女の目を見る。真っ直ぐに。
 何故ここへ、どうしてお前達リベリスタが、自分達はフィクサードだというのに。聞きたい事は山ほどある。
 だが、彼が選んだ言葉は。
「すまない……感謝する、ッ……!!」
 心の底からの感謝。レイラインの手を取った。協力、願ってもない事。ならばと迅速にリベリスタ達は行動を開始する。
「――して、テリーはどうなんじゃ?」
「まだ、息はあるが……」
「そうか、……良かった」
 その言葉に、レイラインは何故か妙にホッとした心地を覚えた。ガスマスクの男。と、目が合った様な。
「……お、前、レイ ラ、イン…… 何で、」
「えぇい、説明は後じゃ!」
「……、……死ぬんじゃ、ねーぞ、この おおばか やろ、……」
「誰が馬鹿じゃ誰が。……助けに来て倒れるなぞ、認められるかえ」
「ほんっと、おま、 ばかだよ 、っ、ばかやろーめ……」
 馬鹿っていうな、と言い返そうとしたレイラインを制したのはジョニーだった。苦笑交じりで曰く、
「護られるより護りたいのが男のサガというものなのだよ、それが大切なほど、な。
 ――サテ、リベリスタよ。私は何をすれば良い?」
 それに応えたのは悠月、彼を護る様にキマイラへと立ちはだかりながら。
「先ず氷人形ですが、誰かを庇う事は可能ですか?」
「可能である。尤も、私が倒れてしまえば溶けて消えるがな。それに、この炎の中。弱体化する上に、攻撃を喰らわずとも三十秒かそこいらで溶けて消えてしまうぞ」
「十二分です。では、氷人形をありったけ作り続けて頂けませんでしょうか。貴方達の護衛、キマイラやフィクサードの足止め、殿などに活用して頂きたいのです」
「合点了解、任せ給え」
 ジョニーが構えるツンドラで過ごす冬休み。悠月は火車の抑えるマッドヘッドに呪いの鎌を放ちつつ、氷の術式を組み上げるジョニーへ更に問うた。
「では次、氷術の専門家たる貴方に問いますが、油を凍らせたりする事などでこの火は消せませんか? 一人で無理なら手を貸すし、力が足りないなら幾らでも分けます」
「私も試したが……完全消火は無理だ。だが、僅かな時間だけマシにする事は出来る。尤も私一人では無理だが――そうだな、大規模な氷の術を使用できれば……」
「陰陽・氷雨。オレで良ければ、使えるぜ」
 破魔の光を放つフツが振り返りニッと笑む。フィクサードが頷いた。同時、浮かび上がる三つの魔法陣より氷の人形が三体現れる。
「……承知した。では風宮、すまんが私へ精神力を供給しておくれ。焦燥院は私と合わせて氷雨の術を」
「お任せ下さい」
「オウ、そっちも頼むぜ!」
 結ぶ印、そして、降り注ぐ冷たい雨。
「皆の怪我は、わたしが治すからね……!」
 体内魔力を活性化させたアリステアは兄弟の傍、フツの背に隠れさせて貰いつつ癒しの呪文を唱えた。顕現するは聖神の慈愛、皆の傷が癒えてゆく。幾ら炎に焼かれようと、共に戦う仲間がいるのであれば。それだけでアリステアは何百倍も勇気が出るのだ。この『癒す力』で『戦う』事が出来るのだ。
「一緒にここから出るよ! 諦めないで一緒に脱出しよう!」

 火の爆ぜる音、肉の焼ける痛みは既に麻痺してる。
 ジョニーの言葉通りに回復があっても氷人形は長く持たないが、無いよりはうんとマシだろう。
 作戦通り、マッドヘッド二体にライオンを押さえ、マッドヘッド一体へ集中砲火を浴びせかかるリベリスタ。されどキマイラとて生半可ではない――あの紫杏が作り出したということはある――マッドヘッドの凄まじい叫び声がリベリスタの全身を穿ち、バイロボライオンの全身に展開された報恩からとてつもない数のミサイルが放たれる。次々と着弾音。氷人形が砕け散る、あるいはリベリスタの悲鳴、衝撃、轟音、硝煙、炎、火炎。
「大丈夫だ、すぐに治してやる! 気張れよ皆!」
 この身が願うは衆生の救い。皆を蝕むその苦痛を払拭したのはフツのブレイクフィアー、仲間を気遣いつつもその意識は常に戦場へと――熱感知、胡乱な気配を探して。

「……っく! ったく乱暴なぬこだぜ!」
 防御すべく水平に構えた雷切に、バイオロボライオンの炎を纏う巨足が振り下ろされた。その重圧に、されど口角を吊り上げて、竜一は耐え切る。受け流す。
「お前の炎とオレの雷切(混沌を纏いし光裂く粛清の刃)――どっちが強いか、勝負だ!」
 吐かれた炎を、一閃を以て切り裂いた。
「いくぞヘルマン!」
「えっ あっ はいッ!!」
 竜一は炎を薙いだその動作のまま、回転する様に後方へ居合い切りを。同時、竜一と共にライオンを抑えていたヘルマンも鋭い蹴撃によって真空刃を放った。二つの刃が戦場の炎を裂いて飛んでゆき、唸りを上げて火車と取っ組み合いをしていたマッドヘッドを切り裂いた。迸る赤黒い体液。更に飛び散ったのは岬とアンタレスが黒い疾風を放ったから。
「……火の中ってなぁ気分が良いなぁ……聞いた話じゃ少なくともそう思う」
 火車の頬に散ったキマイラの体液がどろりと顎へ伝ってゆく。拭いもせずに細めた目、炎の中、焼けて焦げてゆく自分の体。それでもこんなに暖かい。

 ――さて。

 猛攻に蹌踉めくマッドヘッドを蹴り倒し、その胴を踏みつけて。振り上げる拳。
「……ぶっ潰してやる!」
 全身全霊、垂直に叩き降ろす業炎の拳、粉砕する。地面ごと。塵も残さず焼き潰す。
「この炎を……!」
 焼け溶けた地面に突き刺さった灼熱の拳を抜き出して、ゆらり。振り返る。真っ赤に溶けたアスファルトが拳から伝う。視線の先にはもう一体のキマイラ。吹き抜ける風が炎を靡かせた。
「テメェ如きが食い尽くせるかぁあっ!!」
 猛然、轟然、躍りかかった。

●最悪な災厄
 次々と炎の中へ飛び込んで行き、キマイラへと立ち向かう仲間達――聞こえてくる激戦の音、しかしそれを後目に瀬恋が真正面から睨み据えるは。
「よう、何処いくんだい?」
「……あぁ、貴方。坂本様ですか」
 炎の外。仄と照らされた夜の中。『兇姫の懐刀』スタンリーが眼鏡を押し上げ瀬恋へ視線を投げ返した。
「六道のお姫様は相変わらず趣味の悪ィ理科の実験にご執心なんだな?」
「お嬢様は集中力の高い御方です故」
「あーそうかい、ちなみにアタシは殺意が高いぜ」
 ゴキリと鳴らす拳、一歩前へ。その身に運命を引き寄せて。
「――因果応報、三世因果。報いを受けな」
「……」
 退いて下さいと土下座しても彼女は下がりやしないだろう。明白だ。致し方ない。スタンリーの足元より変幻自在の意思を持つ影が伸び上がった。
「アイリーンさん、一史さん、貴方々は任務遂行を」
 言下、踏み出したのはスタンリーだった。ブラックジャック。叩き下ろされる殺意を瀬恋は射撃で逸らして防御した。掠めた額から流れる血。同時に知る。スタンリーの陰から左右分かれる様に飛び出した二人の懐刀がリベリスタ達へと向かうのを。
「! 待ちやがれッ……」
 が、スタンリーにブロックされて追う事は能わず。体は一つ、ブロックできるのは一人。舌打ち一つ。
「ナメやがって……クソがァアアアアアア!!」
 湧き上がる殺意。それに任せて狂える大蛇が如く滅茶苦茶に暴れ回った。野郎のツラぶん殴る貴重な機会だ、おもいっきりやらせてもらう。殺意そのものの拳が防御の影をぶち破り、スタンリーに襲い掛かる。血潮が散る。その圧倒的な暴力にじりじりと懐刀が後退する。
「気に食わねえんだよ。自分は命令に従ってるだけですってツラしやがって! 従ってるのはてめぇの意志だろうが!!」
 ガン、と堅いもの同士がぶつかり合う音。Terrible DisasterとサドクターⅡが重なる。振り払われる。睨みつける。刹那、刻まれた死の刻印が瀬恋の生命力を蝕み、咳と共に口元から溢れる血糊。
「意志とは……、そんなにも必要なのでしょうか?」
 事実、自分は命令に従っているに過ぎない。
「何故……貴方やヘルマン様は、私に干渉するのです?
 私はフィクサード、貴方々はリベリスタ。問答無用で殺しに来れば良いだけですのに」
「知るかよ、んな事『自分で』考えなァ!」
 猛毒に反動に体から血を流しつつ、振るう拳。応える刃。切っ先に鋭く切り裂かれれば脳が焼ける様に痛い。が、血が流れるほど唇を噛み締めて悲鳴だけは硬く押し殺し、大きく踏み込み、その横っ面をぶん殴った無頼の拳。
「いってえええだろうが糞野郎!! ぶっ潰すぞ!!」
 血交じりの唾を吐き捨てる。満身創痍、全身からだらだら流れていく血潮。それでも一歩も揺るがず、瀬恋は立ちはだかる。絶対に後退しない。劇的瞬間を支配して、運命だって代価にしてやる。
 スタンリーの視線。殴られた衝撃で割れた眼鏡。垂れる鼻血、切れた唇、舐め上げて。翳す掌。放つオーラ。サイコダウナー。あらゆる『気力』を殺ぎ落とす波動。
 それでも――瀬恋は倒れない。拳を放つ。ぶれる視界に空振った。瞬間、視界が混濁。何故?正気を失いそうな痛みの所為。腹を貫いた巨大メス。
「――――~~~!!!」
 最早悲鳴にもならぬ。激痛。激痛。想像を絶する。
 だが――

 そ れ が ど う し た !

「っっッ~~ざけんじゃねぇぞ、てめぇえええええええええ!!!」
 迫り出す最悪な災厄の砲身、それを瀬恋は迷わず己の耳へ。撃った。銃声が鼓膜をぶち破る。片耳が弾ける。ボトリと落ちた。焼け焦げた。硝煙。激痛。
 塗り替える痛みに気を立て直し、耐え切り、睨み付ける。運命を燃やして。

 抑えを買って出てあっさりおねんねしてちゃあ格好がつかねえ。
 どんだけボロボロになったって根性見せろや坂本瀬恋!

 相手は格上、分かってるその位。だからこそ、だからこそだろうが。
 スタンリーが引き抜こうとしたメスを握り締めて妨害し、片手で狙うは彼の眉間。零の距離。
「まだまだやれるぜ。かかってこいよ金魚のフン。ぶっ殺してやる!」

 ギルティ、ドライブ。

●死ぬか逝きるか
「さぁさお往きなさい収穫の黒い鎌、呪いを以て刈り獲りなさい」
 開かれた朔望の書から溢れる光が、悠月の紡ぐ呪文が、その頭上で巨大な魔鎌となる。
「速攻で行くって言ったよねー思いっきりぶっ潰すよー!」
 放たれる鎌と同時、岬が轟と振るうアンタレス。疾風が鎌と共にマッドヘッドを徹底的に切り裂き、沈黙させた。

 兄弟は氷人形で身を護る事で手一杯だが、それが限界だろう。お陰でリベリスタは攻撃に集中できる。躍り出たレイラインのソニックエッジが火炎の中で煌めいた。
 マッドヘッドは残り一体、変わらずライオンのブロックに当たるヘルマンと竜一も正念場である。その狂った火力に全身から血を流しつつ、されど。倒れぬ事を念頭に立ち回る二人は未だ倒れていない。全力防御で放たれるレーザーをやり過ごす。アリステアとフツがありったけの支援で戦線を支えてくれている事もあるだろう。

 が、ここで戦況に大きな変化が訪れる。

「―― !」
 真っ先に異変に気付いたのはフツだった。振り返った先、妙な熱源が二つ。影の中から。
「後ろだ、影の中から来るぞ!」
 奔らせる声、後衛の者が振り返ったその直後。影から現れ、フィクサード兄弟を狙って躍り掛かる2つの影。アイリーンと一史。強襲は同時だった。呪印封縛、フラッシュバン、フツの印が作り出した魔の氷雨。ぶつかった。弾けた。フツの注意がなければ、後衛のリベリスタ陣に大きな被害が出ていたかもしれない――『まさか察知されるとは』と氷雨の直撃を浴びた吸血鬼達の様に。
 迅速に。身を翻したのはレイライン、テリーと吸血鬼達の間に割り入るや、一史が放ったチェイスカッターを剣を以て受け流し。
「ここを通りたくば、わらわを斃す事じゃ。悪いが、こやつをくれてやる訳にはいかんのでのう!」
 突き付ける切っ先。睨み据える眼差し。
「そうだな、ちょっと通行止めだ」
 陰陽師同士、フツもアイリーンの前に立ち、ブロックを。
 懐刀達は無言のままに武器を構え、そして躍り掛かる。

 さてどうするか――どうするか。

 仲間へ精神力を供給しつつ悠月は思う。それは前衛にてキマイラと戦うリベリスタも同じで、攻撃を繰り出しつつも拭いきれぬ一抹の不安――後衛の皆が気にならないと言えば嘘になる。自分達が全力で戦えているのは偏に彼らの支援のおかげなのだから。が、それを拭う為にも一刻も早くキマイラ殲滅が先か。愈々もって正念場。

「火力を集中させるんだ! 一気に決めるぞ!」
 ぐずぐずしている時間はない。獅子の爪に額を裂かれ、垂れ流れる血に視界の半分を真っ赤に染めつつ竜一は雷切を振るう。巻き起こす疾風は刃。
「ザコぁ引っ込んでろぉ!」
 叫びによって吹き飛ばされた火車も、その分の助走を付けて思い切り振り被った業炎拳を叩き付けた。蹌踉めき、されど最後の足掻きかマッドヘッドの凄まじい叫び声。が、それを一閃に切り裂いたのは。
「うるさいよー、ご近所さんに迷惑だろーがー!」
 アンタレスの紅い睥睨、岬の振るう轟撃が重く重く一刀両断、キマイラは炎の中に頽れでグズグズに溶けていく、燃えていく。
「良しっ、残りは……!」
 ヘルマンはライオンへと向き直り、蹴撃を繰り出そうとして、

 ぞっ、と。

 と背骨を駆け上がった悪寒。嫌な予感。
 無意識的に、気が付いたら飛び下がっていた。そのすぐ目の前を、彼の喉笛を掠めて飛んで行ったのは――ライアークラウン、告死のカード、ナイトクリークの技能。
 まさか。
 振り見遣る。カードが掠めた首筋のコードが僅かに切れてパチリとスパークしている音を聞きながら。居た。炎の中、『兇姫の懐刀』が――!
「っ……!」
 見ている。自分を。歩いてくる。一歩ずつ。こっちへ。あの目だ、あの目、希望も絶望も何も無い真っ暗な目。瀬恋が抑えに云った筈の彼が此処にいる。それはつまり。嫌な予感。そうなのだろう。
 ――が、たった一人で支援も受けれぬ位置にて瀬恋がここまで粘ったのは執念だろう、何度も何度も立ち上がったのだろう。超再生によって傷が癒えつつあるというのに尚深いその傷が瀬恋の猛攻を物語る。眼鏡は壊れたのか着けていない、ただ顔を体を血だらけにしてスタンリーはそこにいた。
 彼の任務の事を思えばフィクサード兄弟の方へ一直線に行く事が自然だろうに、何故ヘルマンの元へ来たのか。分からない。否、考えている暇はないのだろう、きっと。
「……皆様は、兄弟確保の方。宜しくお願い致しますね」
 スタンリーのその声、同時に火の中へ躍り出て来たのは新たなフィクサード達。六道研究員。ここへ来るまでに呼んでいたのか。デュランダルのジョンソンと、ダークナイトのマイケル。
 そして――
「みぃやぁべぇのぉみぃやぁああぁあああ!!!」
 心臓マゼンタを体から溢れさせ、弾丸の様な超速。フレッド・エマージ。マゼンタα。紅い液体が鉄柱の如く、火車の頭部に叩き付けられる。が、倒れない。そんなんじゃ足りない。そのままフレッドを見遣り、ニィッと歯列を剥き出して。
「あれぇ? 誰だアンタ? あぁあの時の糞蛆虫かぁ! 男前になって! 気が付かなかったぜぇ!?」
 彼の顔に巻かれた包帯。その下の火傷。それは火車の拳がかつて焼き付けたもの。
「うるっせぇえぇええボケガキがぁあテメェだけはこの俺がぶっ殺す八つ裂きにして殺す絶対に殺す!!」
「ぎゃはははははははは!! よお蛆虫おもしれーなクソが! 相手してやらぁ!」
 炎を拳、最中に仲間へ振り返らずに放つ言葉。
「アイツはオレが何とかするぅ! オメェ等ぁ化物ぶっ潰せぇ!」

 そして始まる、混沌の激戦。

●アンノウン、アンノウン
 ヘルマンの本来の役割は仲間と共にライオンを倒す事だが、その進路をスタンリーが阻む。今度は彼がブロックされる番だった。仕方ない、やるしかない、とびきり怖いけれど、足だって震えそうだけれど。身構えた。向こうも身構えた。が、出方を窺っているのだろうか?今だ踏み出されぬ懐刀の足。なので、声をかけてみる。
「スタンリーさん!」
「……何でしょうか、ヘルマン様」
「こないだ聞かれたことですけどね。真面目に考えました」
 脳裏に過ぎる彼の言葉――『ならば、貴方は疑い無く人間なのですか』
 唾を飲み込み、言い放つ。
「結論から言うとわたくしはばっちり人間です。
 今こうして考えてるのもここに来ることを選んだのも、わたくしが人間だからですもん。
 あなたもそうでしょう。命令したのは別の人かもしれないけど、ここに来たのはあなたでしょう」
「良い事であると思います。……あぁそれ、坂本様にも似たような事を言われましたよ」
 それが気に喰わない、フィクサード滅ぶべしと蹴りに来るか?サドクターⅡの切っ先が微かに持ち上がる。しかし。
「……言うこと聞くってことを選択して、諦めることを選んでる。それってすっごく人間ですよ」
「――……、」
 少しだけ下がる切っ先。スタンリーはじっとヘルマンを見ている。それから、緩く首を傾け、問うた。
「あれから私も考えました。過ぎた事を考えるなんて非生産的な事を。
 何故、貴方は私に干渉するのでしょう。罵倒が。憎悪が。殺意が。それが来ると思っていたのに」
 それが常だった。だから、それに関しては何とも思わなかった。ある種の慣れ。だが、常じゃないモノを向けられた。だから、脳に残った。のだろう、多分。
「私は――」
 踏み出した。反応したヘルマンの蹴撃が繰り出される。頬を掠める。剥き出されるスタンリーの牙、その足に噛み付き生命力を喰らいつつ引き摺り倒し。突き付ける。ヘルマンが立ち上がる前に、その咽元にメスの切っ先を。
「道具であれ。徹底的に道具であれ。ずっとずっとそう教えられてきました。……哀れみのつもりですか?」
 道具であれ。それが生きる術で、全て。代々六道に仕える奉仕種族、その上本家筋にも仕える事が出来ぬ、非力で下賎で没落寸前の卑しい一族の宿命だ。
 その目を見る。視線。咳き込み、されどヘルマンは言葉を放った。
「ふざけないでくださいよ。選んだことを自覚してなきゃ、結果の責任もとれないでしょう。
 人間って、選んだ答えをずっと背負ってる生き物なんですよ、たぶん。
 自分が人間じゃないなんて言えない。だってそれって、ひどい言いわけだ!」
 炎の中、響いた声。周囲で仲間達が戦っている音がする。何処か遠くに聞こえて、別世界のモノに感じた。
「私はフィクサードで、貴方はリベリスタでしょう……何故です? 何故、私にその様な事を言うのです?」
 ややあって言ったスタンリーの表情には、ほんの僅かな困惑。それは『任務』に全く関係の無い言葉。彼自身の言葉。半分の内心、馬鹿な事だと呆れつつ。今すぐこの切っ先を突き下ろせば終わる筈なのに。
「……仮に私が人間だと。ヘルマン様、ならば私は如何すれば? 如何しろと?」
「あぁ、もう、ごちゃごちゃとまどろっこしい!
 いいですかスタンリーさん、あなたも、わたくしも、どうしたって、死ぬまで、人間なんですよ!!」
「……」
 逡巡。ただ「貴方は道具ではなく人間だ」と言われただけなら覚えてもいなかった。
 だがどうだ。きっと「私は道具だ」と言った所で、「その言葉を選んだ意志が人間なのだ」と言われるのだろう。
 困った。どうしたら良い。自分をマトモに見て会話する者なんてこれまでに出会った事がない。『道具であれ』。そうだ、無視すればいいだけだ。……ならば何故今すぐこの切っ先を突き下ろせない?
 斯くしてその空白時間、ヘルマンは切っ先を押し退け素早く下がる、跳ね起きる。心臓が破れんばかりの勢いで鳴っていた。死の恐怖、死の感覚。どっと流れる冷や汗。震えそうな歯の根を噛み締める。

 その直後、レイラインの言葉がヘルマンの耳に届く――

●OVER
 蛆虫を踏み潰し、睨み合う。火車の全身から流れる血。つい最近フレッド一人に対し8人で挑んだ依頼の通り、化物を体内に寄生させたフレッドの実力は文字通り人外じみている。
 だが、それが何だ、どうしたというのだ。
 凶撃に外れた肩の関節を無理矢理に嵌めて、拳の炎。何度でも。何度でも何度でも。失血にふらつく視界で敵を捉え、ドラマを支配し身構える。
「火炎無効ぉ? 何だオイびびっちまってんのか?」
「お前を絶ッッ対にぶっ殺す為に決まってんだろぉおが!」
「はっ、結構結構大いに結構だ!」
 窮地こそ己が戦場、上等だ。踏み出し駆ける。迎え撃つ猛攻、肉が殺がれ肌が裂かれ骨が砕けて臓物が捩れて。それでも止まらない、運命を燃料に燃え上がる。何処までも熱く。激しく。

「オレの火は……炎は! 消せない! もう オレだけのモンじゃねぇ……死ねねぇんだよぉっ!」

 この火は消えない、この炎は消せない。『爆』に宿る消せない炎。消えない火。真っ赤に真っ赤に紅に。


 泥沼だ、と竜一は顔を顰めた。
 現在、ライオンとマトモに戦えているのは自分と岬、後衛では襲い来る四人のフィクサードの相手で一杯一杯になっている。支援が途切れるとまずい。倒し切れるか。しかしまだ退けはしない、悠月が放ったマグスメッシスに続き竜一が振り上げるは破滅の刃。全身全霊。叩き付ける。反撃のバイオカノン、そしてミサイル。圧倒的な火力が降り注ぐ。意識が焼け落ちそうになる。それでも力を振り絞って、岬は運命を燃やすアンタレスの一振りで弾幕を切り払った。跳び上がった。振り被った。込める最大火力。
「こんな所で倒れてられるかよー油臭いし暑いしで寝心地最悪だろー!」
 喰い潰せ、大火。
 魔黒の一墜、バイオロボライオンの頭部を一つ、粉砕する。飛び散るのは機械と肉の中間の様な物質。
 倒れている暇はない。
「俺が俺であることを! 誰にも止められはしねえ! 立ち続けるのが、俺の役目だ!」
 次いで、竜一。ありったけの力を込めて薙ぎ払うデッドオアアライブ。仲間は誰も死なせはしない。その為に戦う!

 響く激戦、終わらぬ死闘、炎の中で燃えながら。

 後衛陣は防戦を強いられていた。
 猛攻に凌ぎつつ、されど、徐々に疲弊してゆく。運命を燃やす者、倒れる者、それでも未だフィクサード兄弟は連れ去られておらず、アイリーンと一史を戦闘不能にまで追い込んだ。
 だが、もう限界だ。ライオンは倒せていないが、回復役たる者達も倒れた今。これ以上の戦闘は。
「――撤退じゃ!!」
 口惜しさを噛み殺したレイラインの声が、戦場に響いた。
「させるかよォ、材料オイテケ!」
「紫杏姫の為だ、悪く思うなよ!」
 逃がさないと六道研究員の二人が前に出る。が、それらを横合いから殴り付けたのは竜一と岬、火車。殿の役目。
「貴様らなど、俺が相手する価値もない」
「道作ってさっさと帰んだろ? 良いぜ 叩き潰して圧し通る!」
 竜一は挑発で敵の意識を自分に集め、火車は拳に炎を宿して睨め付ける。
「――ッ てめぇ! 宮部乃宮! 逃げんじゃねぇ!!」
「やかましいわクソ虫が!! 何度でも邪魔しに来っからな……! 何度でもだ!」
 火車の後ろには撤退してゆく仲間達と護る対象のフィクサード兄弟、正面には襲い来るフレッド。されど、
「ひゃっはーこの先は通さないぜー!」
 飛び出した岬が真っ正面からアンタレスを振るった。メガクラッシュ。力の儘にぶっ飛ばす。
 今の内。迅速に撤退する。

「……、」
 炎の中、ヘルマンとスタンリー。レイラインの撤退を告げる言葉。じり、とヘルマンが後退する。されど視線は正面、しっかり見据え。次の瞬間、撤退、走り出す。突っ切る。
「うぉおおおおどけどけー!」
 仲間を追おうとしていた六道研究員の後頭部を後ろから飛び蹴りの要領で蹴りつけて、ヘルマンは走った。走った。そして、振り返った。スタンリーは追ってこない。こっちを見ていた。
 そして――顔を前に戻す。
 息が上がるのも忘れて、走り続けた。


「――マツダの旦那! 追わねーのか!?」
「いえ……もう無駄です。我々の負けですよ、フレッド様」
「俺がァア、負けだとぉおお!!?」
「結局、アイリーンさん、一史さん、ジョンソン様、マイケル様と4人もいながら、その上後衛陣を狙ったのに、二人が返り討ちに遭って、フィクサード2名の確保も失敗しました。キマイラも3体討たれ、残り一体も重傷です。フレッド様、貴方はたった一人のリベリスタに防ぎ切られてしまいました。――尤も、私もですが」
 スタンリーは彼方の闇に眼を細めた。
 やがて火は消えてゆき、辺りは黒に包まれる。

●世界はそれを愛と呼ぶか
 随分と走った。走りに走った。追手の気配はなく、小休止。誰もが地面に座り込み、倒れ込み、弾む呼吸を整える。
(服が焼けてボロボロじゃー!)
 レイラインは改めて自分の姿を見て嘆息、しかし、命があるだけ儲けものだ。誰も欠けていない。フィクサード兄弟も守りきれた。それだけでも僥倖。背負ったテリーを地面に下ろす。彼が気を失っていて良かった、焦げだらけの自分のこの姿を見られたら大笑いされていただろう。その顔を見る。見て、ふっと悪戯心。
(そうじゃ、助けてやった礼代わりにマスクに隠れた素顔を拝んでやろうかのう……♪)
 そっと。覗き込んだ。手を伸ばした。ガスマスク。外した。ゆっくり。
 さらりと零れる短い金髪。そこには、目を閉ざした端正な顔立ちの男が居た。アホな性格の割には、まぁ、それなりに、まぁまぁ、顔は悪くないじゃないか――なんて、思った、その瞬間。テリーがゆっくり目を開けた。視線があった。間近だった。
「あ、」
 と思ったその瞬間。
 両手が伸ばされ、距離が、あ、嗚呼、引き寄せられて、零。
「!?」
 ぶわっと逆立つレイラインの耳、尻尾。抱きしめられて。ぎゅっと。
「アレだ。その、」
 その姿勢の儘、顔を真っ赤にテリーの視線が泳ぐ。
「……ちゃんと服着ろ、バカネコっ!!」
「だ、誰が馬鹿じゃー!」
「うるせぇよ心配させやがって!」
 怒鳴り、レイラインを抱き締める手に力が籠る。痛いぐらいに抱き締める。
「好きなんだよお前が! 何でか知らねーけど好きなんだ、悪いか!!」
「…… なっ、」
 気付いた時にはもう遅い、集まる仲間の視線。

「にゃぎゃーーーー!!?」

 レイラインの声が、夜に木霊した…… 

●折れる、刃
「そう、随分と苦戦したみたいね」
「は。……申し訳ございません」
 報告を終えても、兇姫がその表情を崩す事は一切なかった。頭を下げた姿勢、あちこちに包帯を巻いた側近に紫杏はニコリと笑んで言う。
「良いのよ、良いの。顔を上げなさいスタンリー」
 命ぜられるまま顔を上げた。彼女は笑んだままだった。笑んだまま、スタンリーの首筋に注射器を突き立てて。
「大丈夫ですわ、私に相応しい『懐刀』に――造り直してあげますね、貴方の一族も一緒に」
 これでもう苦戦しないわ、嬉しいでしょう?
 貴方一人だけじゃないのよ、嬉しいでしょう?
 アタクシが改造してあげるのよ、嬉しいでしょう?
 ほら、貴方、とっても幸せよ?
「…… は、はは は」
 引き攣った笑みが出た。笑うなんていつ以来だ。等、嗚呼、この女、狂ってる。狂ってる。悪気なんて無い、人間だと見ていない、自分の玩具で遊ぶ子供に罪が無い事と同じように。嗚呼自分は所詮彼女の道具だ。道具であれ。道具であれ。教わった――あぁ思い出した、すっかり忘れていた、そう言えば、昔々。『人間は道具になんかなれる訳ないのに』そう呟いたっけ、いつの頃だ、忘れてしまった、意識が混濁する。倒れている。仰ぐ天井。所詮私は。

『言うこと聞くってことを選択して、諦めることを選んでる。それってすっごく人間ですよ。
 選んだことを自覚してなきゃ、結果の責任もとれないでしょう。
 人間って、選んだ答えをずっと背負ってる生き物なんですよ、たぶん。
 自分が人間じゃないなんて言えない。だってそれって、ひどい言いわけだ!』

 人間……人間、か。
 選んだ答えを背負う生き物か。

 嗚呼、私は、一体、何処で――『選び間違えた』のだろう――……

●兇姫は嗤う
 長期に渡り繰り返されたテスト。リベリスタを対象にした戦闘テスト。
 集まった膨大な資料。大量のデータ。
 『教授』からの連絡。そして『恋人』からのプレゼント。
 揃いに揃った。完璧だ。万全だ。
 兇姫は嗤う。六道の底。

「さぁ、『計画』まで――あと、少し」



『了』

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
メルクリィ:
「お疲れ様ですぞ皆々様、……ゆっくり休んで、傷と疲れを癒して下さいね」

 だそうです。お疲れ様でした。

 結果理由に関しましてはリプレイ内に。
 MVPは瀬恋さんへ。凄まじい執念。鳥肌が立ちました。
 散りばめられた沢山の因果。様々なフラグ。如何だったでしょうか。
 このシナリオが今後にどんな影響を与えるのか、それはまだアンノウンです。

 ご参加ありがとうございました。