●六趣の姫様、その懐刀 「ねぇスタンリー、アタクシ、愛の力は素晴らしいと思いますの」 ふと、顔を上げた主人がそんな事を――兇姫の名で通るこの姫君にはあまりにも似つかわしくない言葉を――自分に向けて言い放った。 「家族への親愛、仲間への友愛、師への敬愛、恋人の純愛。愛って人を強くするモノですわ」 「……聖四郎様よりお手紙か何かを頂いたので?」 「ふふ。まぁ、それもありますけれど、ね」 『プロフェッサー』、それから『恋人』の事となれば、この人も年齢と外見相応の愛らしさを見せるのだが。等、思いつつ主人の本題を静かに待つ。 「そこでアタクシ、閃きましたの。この『愛』の力をキマイラに付与したら、きっと素晴らしい成果が得られるのではないかしら、と!」 「素晴らしき御発想で御座います、紫杏お嬢様」 「当然ですわ。そこで、ですけどねスタンリー」 ニコリと微笑む。声音や仕草でもう分かる。あぁ、仕事か。 「キマイラ『ブラザー』。その制作の為にお誂え向きなこの兄弟を持って帰ってきて頂戴」 言葉と共にモニターの画像。『ジョニー・ノースランド』『テリー・ノースランド』……あぁ確かこいつら、前に恐山から賢者の石の強奪を依頼したフィクサード兄弟だっけ。仰せの儘にと首を垂れる。 「あ。ついでにアタクシが作ったキマイラも『テスト』という訳で連れてって貰いましょうかしら。十中八九アークのリベリスタも来ると思うから。聖四郎さんがね、カレイドの性能は称賛に値するって仰っていたの。 それではよろしくね、スタンリー」 そっと顔をあげて姫を見る。笑顔だった。その言葉や心に脅しのつもりが無いのが、逆に恐ろしい――ある種、この姫様は純粋とも言えるのだから。それ故に『タガ』なんて無く、純粋に、何処までも、疑いなく、完全に、狂っている。 「……――仰せの儘に、紫杏お嬢様」 ●寒がり兄弟の不運 開けたアスファルト。乾いた風が夜に吹き抜ける。 「――して、交渉とは一体何かね『懐刀』のスタンリー君?」 寒い、寒いと歯の根を慣らしつつ訊ねてきたのはエスキモーの様な防寒具で着膨れた長躯の男、兄であるしもやけジョニー。その顔は、白熊の毛皮に鼻から下を覗いて隠されている。 「えぇ、至極簡単な事ですよ。貴方々を紫杏様がお呼びでしてね、是非ともお越し頂きたいのですが」 「……何の為に? 一体何処へ? それは態々、我々を呼び出してまでの用事なのかね?」 「コイツは臭ェゲロ以下の臭いだぜあんちゃん、イヤな予感がプンプンするぜ」 スタンリーとジョニーの間に低い声で挟んだのは毛皮のコートを着込んだ細身な男、弟であるかじかみテリー。ガスマスクの奥からほぼ敵意のみの目で懐刀を見澄ましている。 「何の為に? 紫杏様の為で御座います。 何処へ? 紫杏様の研究室で御座います」 紫杏を知る者にとって――それは死刑宣告に近い。一先ず、絶対に良い意味では無い事など容易に想像出来た。それに兄弟達にとって利益のある内容ならはぐらかさずに伝えるであろう。これは、危険。兄弟が飛び下がる。警戒の眼差し。返す懐刀は、光の無い疲労の目線。 「……私は穏便に済ませたいのです」 「嘘こけェ!! アレだろ! 俺達を妙な実験に使うつもりだろテメェー!」 「紫杏様は良いクライアントでしたが、出来れば縁は持ちたくない方でしてなァ…… ふん、スタンリー君よ。ハッキリ言い給え。貴方々は我々を『キマイラ』にするつもりなのだとッ!」 「そーに違いねぇーー先手必勝見敵必殺だぜあんちゃん!」 「合点承知やっておしまい弟よッ!」 「Go Ahead――」 「Make My Day!!」 躍り掛かるは凄まじい冷気と高速の残像。 「Go ahead. Make my day.(やれよ。楽しませてくれ)――か」 飛び下がり、或いは手にした獲物で受け流し。 「I can't.(お断りします)……貴方々の相手は、私では御座いません」 更に大きく飛び退いたスタンリーの言葉の刹那、空いっぱいに不気味な咆哮が響き渡り――地響きを立てて、地面に舞い降りたのは巨大な不気味な奇怪極まりない生物兵器であった。 それは、まるで、肉と機械をデタラメに接ぎ合わせた様な。狂気を感じる。三つの頭、六つの脚、姿は機械のライオン。翼に、火炎、その全身を脈打つ血管。咆哮が空気を穿つ。 「!? これが『キマイラ』……ッ!?」 「な、なんかクソヤベェよあんちゃん!!」 危機を感じるももう遅い。獲物を見据える巨大な異形が、三つの口から火を吹いた。 ●兇姫は笑う 駄目だ。死ぬな。目を閉じるな。返事をしてくれ。お願いだから。死なないでくれ。 そんな慟哭が炎の向こうから聞こえてくる。 「……――」 獅子を周囲に一面が火の海だった。その火の外で、スタンリーは眺めていた。標的がキマイラによって蹂躙される様を。氷を得意とする彼等にとって、凄まじいまでの炎を扱うこの生物兵器は致命的な程に相性が悪かったようだ。 鮮血の中に倒れている弟へ回復の呪文を必死に唱えている兄の姿が見える。失いたくないのだろう。だが現実とは非情なものだ。誰にでも平等で、だからこそ。 さてキマイラに標的をミンチにされて持って帰れなくなったら困る。生物兵器達を制御するよう研究員達へ指令を送り、炎の中の標的へとスタンリーは振り見遣った。 ●高熱危険 「件の『エリューション・キマイラ』の出没を察知致しましたぞ」 『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)の真剣な声がブリーフィングルームに響く。 求道系フィクサード派閥『六道』、その首領の異母妹たる『六道の兇姫』六道・紫杏の一味が作りだしたというキマイラ――アザーバイドでもなく他のエリューション・タイプにも当て嵌まらぬ、不気味な研究によって作り出された生物兵器。 「紫杏様が手ずから携わったキマイラが四体。 皆々様にはこれらの討伐と、それらを用いて行われる『フィクサード拉致』を阻止して頂きますぞ。 そのフィクサード二人が六道派に拉致されてしまうと凶悪なキマイラにされてしまい、それだけ被害が出るでしょう。 サテ、その六道派に渡してはならない二名ですが」 モニターに映るのは妙な風体をした二人の男だった。 「フィクサード『しもやけジョニー』『かじかみテリー』、兄弟の雇われフィクサードでございます。 彼ら、先に申したキマイラ達に襲われてかなり危険な状態です。 ジョニーの方は戦闘不能寸前、テリーの方は戦闘不能状態。 彼らの行動は凄く限られていますが……態度などは皆々様の対応によって変わるかと」 敵意を向ければ敵意で返すだろうし、こちらの出方によっては協力してくれるかもしれない。 その辺りは皆々様にお任せ致しますぞ、とフォーチュナは言った。 次にとモニターで示すのは不気味な異形達、キマイラの姿であった。炎の海の中、巨大な獅子めいたモノが一体、気味の悪い人型のモノが三体いる。 「大きな方がE・キマイラ『バイオロボライオン』、人型の方がE・キマイラ『マッドヘッド』ですぞ。 それに加え――」 と、切り替わるモニターに映ったのは、やつれた顔に丸眼鏡をかけた痩身の男だった。 「『兇姫の懐刀』スタンリー・マツダ。過去に二回アークのリベリスタとも接触しております。 彼が部下二人と炎の外にいましてね、今回ばかりは『目的』の為に自らリベリスタやフィクサード兄弟に接触してくる可能性がございます。 そして前回同様、現場付近には六道派フィクサードが5人、何処かから戦闘を監視しております。 彼等とて立派に戦えます。その上、ちょっとどころじゃなく頭のおかしい方々です。場合によってはスタンリー様の命令で数人ばかし出陣してくるやもしれません」 一人一人の詳細なデータはそこの資料を見て下さいと言い、締め括る。 リベリスタ達を見遣った。心配の色。それを押し殺して、 「……危険な任務ですが、どうかご無事で――お気をつけて、いってらっしゃい! ●ロクのモノドモ 「見なよフレッド! 燃えてる、燃えてる、君の顔も燃えるぞ燃えるぞアハははは!」 「るっせぇ脳味噌スポンジの童貞野郎が! 俺様の目の前で『火』の話をすんじゃねぇよっ」 「君なんかに姫様が振り向くワケないじゃんバーカバァーカ」 「黙れ黙れだっまっれっ八つ裂きにされてぇのかゴラァ!!」 「……それくらいにしておけ、もう自分の仕事を忘れたのか糞馬鹿共」 呆れた様な溜息、されどその声の主とておよそ正気の目をしていない。そんな目が十個、彼方に燃え盛る火を見遣る。六道を名乗る気狂い五人。 景色は真っ赤に燃えている。 「……」 スタンリーはただ無表情であった。燃えている火。から、ふと視線を己が掌へ移し。 『あなたは人間です』 脳内に響く言葉。 『人間は人間以外になんて絶対なれません』 記憶に響く言葉。 「貴方達は、」 そのまま影に潜んでいた部下へかける言葉。二人がこちらを見る気配を感じた。 「……貴方達は、紫杏お嬢様がお好きですか?」 「「それはどういう意味ですか?」」 嗚呼。やはりか。あの時の自分と同じ返答。顔を上げて頭を振る。 「いえ。……いえ、何でもありません。忘れて下さい」 ただ思い出しただけ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月23日(土)00:00 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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