●糸を引く その場所はわからない。 広大な敷地に存在する建物。外から見れば特に変わったこともない何かの会社だ。 中に入ればエリート意識の強そうな研究者然とした者が歩きまわり、どこか製薬会社を思わせる。 大企業。抱くものはそんなところか。知らぬ者が見ても怪しむ要素は何もない。 ただし―― 肩口と脇から余分な袖を生やしたビジネススーツに身を包む、怪しげな仮面の男さえ見なければだが。 社内を歩き、鼻歌交じりに楽しげに車のキーを回すこの男は、『ミスター・ナビゲーター』を名乗る『企業』の営業であった。 「ナビゲーター」 後からの呼びかけにはいはいと振り返れば、どこか幼さを残す白衣の女が一人。 「何か? 『感応研究部所長』殿」 歳の頃は20代半ば。幼さは見た目ではなくその態度だ。自然に人を見下すその態度が、強いエリート意識と子供っぽさを表現していた。 「失敗続きだって言うじゃない。よく恥ずかしげもなく本社に顔を出せるわね」 「はて。僕は言われた通りに仕事を果たしているつもりですよ」 悪意のこもった言葉を軽くかわす。事実、モニターが主任務であり、フェイトのデータは順調に集まっている。試作品も元よりその為に用意された物、回収は必須ではないのだから。 まして、獲物も使った手駒も全て企業とは関係ない捨て駒だ。そいつらから引き出される情報では蜘蛛の糸を掴ませることはない。完璧な仕事ぶりと自負している。 「言い換えましょうか? アークって組織にやられっぱなしって言うじゃない」 ああ――女の言葉にくすりと笑い男は答える。 「アークは企業の敵ではありませんよ。理念を理解していただければ、最高のお客様になって下さると信じています」 ――倒すつもりなら相応の商品を用意しますとも。 言外の言葉に、女は鼻を鳴らした。 「商品が売れればどうでもいいけどさ。アンタが企業の株を下げてるのも事実よ」 ――知ってるわよね。企業は無能を許さない。 心底おかしげに女が笑う。企業に仲間意識などない。有能か否か。それだけが上に上がる条件であり、切り捨てられない為の命綱だ。 「――新商品のモニター、アタシ達で勝手にやるからね」 挑戦的な笑顔に男が苦笑を見せる。 「困りますね。営業に任せていただかないと」 「アンタは信用出来ないって言ってるのよ」 にべなく切り捨てる。 「アタシ達の狙いはアークよ。あいつらを倒せば、客の商品への評価も上がるってもんでしょ」 「……僕らが普段綿密に計画を練ってから動くのは、企業の情報を一切漏らさない為ですよ」 暗に言うのは万華鏡のこと。今までアークにこちらから接触しなかった理由は、これへの対策であるところが大きいのだ。 「失敗しなければいいんでしょ――アンタと一緒にしないでよ無能さん」 これに成功してより上の立場に上がる。有能さだけが求められる企業で、唯一の存在意義だ。 不安などない。だって自分は天才だから―― 立ち去った女の背中にしばし視線を注いで。 男は携帯を手に取る。その口元には笑み。 嘲るような、禍々しい―― 「あーもしもし社長――実は許可を頂きたいことがありまして」 ●糸を切る 「企業が動き出しマーシた」 『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)はそう切り出した。 蜘蛛の糸事件。アーティファクトによる騒動を巻き起こすエリューションを狙った事件だ。それまでも幾度も活動を妨げてきたのをわざわざ言うのなら―― 「今までと違い、アークへの挑戦となりマースね」 さて、今までとは別口のやり方は内部事情でもあるのか。 「敵はナビゲーターではなく、企業の感応研究部所長、細川幽子。それまでの営業ではなく、研究員が相手デースね」 「感応?」 リベリスタの問いに頷き、ロイヤーは先の事件のおさらいから始めまショーとウィンク。 それならと手を上げたリベリスタ。 「前回のナイフだけど。使ってたのは一般人で、性能を引き出せたせいでノーフェイスになったんだよね。フェイトがなくても扱えるなら、ナイフの効果を発揮する為の条件はなんだったんだろう」 力を発揮するのに条件があるのは必然のはず。そうでもないと、ただ持つだけでフェイトを失うことになる。それでは回収もままならないだろう。 それは無差別に人を破滅させる危険にすぎる力。だがそのリベリスタの問いに、ロイヤーはノン、と口にした。 「ナビゲーターに言わせればそれも『思い込み』デショーね。モノはあくまでモノということデース」 持つだけで……つまり、ただその場にあって周囲に効果を発揮するアーティファクトはかなり強力だ。故にそう数はない。 前回のナイフはあくまで武器。そして武器は振るわれる為に存在している。 「武器として扱い振るえば効果を発揮し、運命を消耗する。使うことに条件は必要ありまセーン。武器は誰でも振るえればそれでいいわけデースから」 武器は使用者を選ばない。誰にでも扱える……ただそれが、フェイトを持つ者ならそれを消耗させ、フェイトがないならノーフェイスへと変貌させるだけ。 故に、それは人を破滅に導くモノだ。 「……持つだけなら効果は発揮しないから回収もできる、か。でもさ、それって定義が曖昧じゃない?」 武器として扱うだなんて、動作はどうとでも取れるわけで。はっきりした定義がわかっていないと触るのも躊躇われる。 「そこで、『感応』の話になるわけデース」 「考えてみて下サーイ。先の事件、バングルの方を扱ったのはリベリスタデースが、ナイフの方は荒事に慣れてるとはいえ一般人。にも関わらず、神秘を扱うリベリスタ達に立ち向かってきマーシた」 普通で考えれば在り得ない事。しかしナイフを手にした彼らは、超常の力を振るう相手にも臆せず向かってきたのだ。 蜘蛛の糸事件で見つかったアーティファクト。それらの効果は千差万別。しかし、考えてみれば共通点がなかったか? 先のバングルは使用者の意思と力を倍増する……けれど、実際は歪ませ支配する危険な力。大小あれど、他のアーティファクトもそれに近い効果があった。 それを扱う人間の心が歪んでいく。それは言い換えれば支配されるということ。アーティファクトに。あるいは、それを作った者に。 「徐々に蝕み、歪んだ心をさも自身の意思のように思わせる支配の力。それが感応デース」 それが使用の定義にもなるのだろう。自分の意志で使っているのではない。被害者は、気付かぬ内に使わされているのだ。操られフェイトを喰われていると言い換えてもいい。 「回収者……ナビゲーターは能力強化のアーティファクトを身に着けていたと聞きマース。『企業』関係者は皆これを身につけており、それが感応をも防ぐのでショー」 「今回、大きな公園が舞台デース。野外のライヴなどに使われる会場があり、出し物はなくても人は存在しマース」 そこに細川幽子は現れる。自慢の商品を持ってだ。 「驚くべきことにこの幽子、一般人のようなのデースよ」 神秘はあるものとして受け入れれるならば無理な話ではない。優秀な研究者であるならば神秘も科学として研究を始めよう。 それも、企業という媒体があってからこその話だろうが。 ――一般人へ問答無用に影響を及ぼす力は彼女には効かないようデースとロイヤー。恐らくそれも身につけた強化アーティファクトの力だろう。 「詳しい事は資料を読んで下サーイ」 言って送り出す。その背に。 「……やるべきことは選べマースが、やらなくてはいけないことは、迷わないで下サーイね」 言葉の意味を推し量り、リベリスタは資料に目をやった。 ●糸の先―― 歌を歌おう。 私は歌える。歌を歌える。 歌いたいの。歌いたいのごめんなさい。 私の歌が誰かを苦しめるとしても。それでも私は歌いたい。 罪は死んだ後に償うから。だから今は。生きてる限り歌いたい。 歌うの。歌うの。罪深き私が。罪なき歌を。最後まで。最期まで。 ちらほらと存在した公園利用者。ライヴ会場を中心に、誰もが頭を抑え絶叫を上げている。 泡を吹き倒れる者。あるいは周囲の者を殴り倒し、あるいは脱力し呆然と座り込んでいる。 「被験体は完全にノーフェイスになったようで……個体の性能はかなり高いようです」 部下の言葉に頷き、幽子が笑う。 「やっぱり元になる人間の願いや欲望が強いほど、アーティファクトが力を引き出せるようね」 さすがに社長の理論は完璧ね――くすくすと。 「パワーが上がってちょうどいいわね。アーティファクトの感応力で主人に手は出さないから平気よ」 ――さあ思い切り歌いなさい……私の商品(アーティファクト)が完璧なことを証明するのよ。 サディスティックな笑顔を浮かべ、その視線の先に映るは白いドレスに身を包んだ若き歌姫。 ――悲しみに満ちた表情で、滅びの歌を歌っている―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月26日(火)00:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●歌が始まる 「……ああ、くそったれ、ダネ企業とやらは本当ニ」 悲鳴を上げて逃げる人々とすれ違い、ライヴ会場へと向かうリベリスタ達――その中で『葛葉・楓』葛葉・颯(BNE000843)が独りごちる。 悲しい歌が響いてる。悲しい想いが溢れてる。……悲しい命が歌ってる。 アーティファクトの感応によって増幅されているとしても、歌姫にも何を犠牲にしても叶えたいという欲望がある。 「……ならば報いも受けるべきダョ」 ノーフェイスとなった歌姫は討伐されなくてはならない。願いと引き換えにその道を選んだのは本人であるならば。 もっとも、その報いは企業も受けるべきだ。 ――悲しい子は終わらせよう。 公園を駆け抜ける一行の中で、明確に敵を定めている者もいる。二度に渡る因縁が、『静かなる古典帝国女帝』フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)の心を燃やしていた。 「因縁再び……だね。人の弱みに付け込んで負の連鎖に巻き込むなんてアンタ最低だよ」 今回の事件、演出はそれまで相手をしてきたナビゲーターではない。それでも、そのやり方こそが企業であるのは間違いないのだ。 「まさに蜘蛛の糸、だな。釈迦気取りでいるのが気に食わない。人類の叡智は人を救うためにある!」 隣で同じように怒りを露わにしたのは、フィオレットの兄『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)。兄に対し頷きもう一度言葉を口にする。 「このボクが! 悪の秘密結社、静かなる古典帝国フィオレットが! 全力で阻止するよ!」 それは決意の意思となって。 (『企業』に『ナビゲーター』か。粗悪品をばらまく集団と、プレゼンテーション下手の変人が、大層な名を名乗ってくれる) 周囲を警戒して『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は走る。それは不測の事態への備え――恐らく確実に起こるだろうと確証を得ながら。 「……どうだ」 投げかけは隣の『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)に対して。ちょうど通信を切った彼女は吐き捨てた。 「アーティファクトを埋め込む事で身体の変調は大きいはず。無理やりアーティファクトの効果で押さえ込んでると思われる――ってさ」 ここまでの予測は天才と呼ばれる専門家の智親には難しくないらしい。 「つまり……強化と同時に枷でもあるわけか」 「知っててつけてるかはわからないけどね」 つけている間は問題ない。しかし奪われればノーフェイスとして革醒する可能性もある――口封じにもなるということか。 ――全くどうかしてる。 いつもの手口。企業のやり口。わかっている、どうしようもない外道だと。 綺沙羅の目が鋭く細められる。その表情を見やり、鉅は小さく頷いた。 「今回はプレゼンテーターが違うようだが、品が悪ければ意味がないと教えてやるか」 歌が響いてる。悲しい歌が。 悲しい想いが氾濫し、人の感情をかき乱す。 そのライヴ会場に真っ先に飛び込んだのは颯だ。金切り声を上げ暴れる男の腕を掴み、その目に自身のオッドアイを合わせる――魔眼の力が混乱した男の精神を上書きした。従順になった男の腕を引き颯は場を離れる。 その後ろで響いた音はスタンガンだ。全てを否定するように座り込んだままの男。その首筋に一撃加え達哉は気絶した男を肩で担いだ。 「手荒だが急いでるんでな」 ちらりと目を向けた先で―― 悲しい歌姫が歌っている。 「あの歌姫の気持ち、わたくしは良く分かります」 魔力を紡ぎ、『小さなうた』宮代・紅葉(BNE002726)は歌姫に対峙する。 歌が大好きだから。心の支えだから。だから、それを失ったら自分もきっと……彼女の気持ちが良く分かる。 歌いたい。この気持ちは変わらないから。 周囲に陣が展開される。それは紅葉の力を強化する魔力、その意志。少女の眼差しにあるのは決意。 「分かるからこそ……わたくし達が終わらせて差し上げます」 ――同じ歌を、音楽を愛したものとして。 ――歌姫さんの話聞いてな、自分が歌えなくなったらって考えてん。ひとりやなかったら、何かはやってけると思う。どこでも使って、音出して、リズム取って。 けど、そやなかったら。ひとりで、何もでけんところで、また歌える希望を見たら。……きっと、同じようになる。 ――リベリスタとして、終わらせるしかないんやけど。 閉じていた目を開く。『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)は、その目に歌姫の姿を焼き付けた。 「最後まで、見届けたる。歌い手には聴衆がおらんと、寂しいもんな」 歌が心をかき乱す。 その瞬間、心を支配したのは破壊の文字か。手にしたダガーが血に染まった事に気づき、鉅は唇を噛み締める。その視線の先で、一般人をかばった達哉が肩から血を流していた。 「――すまん」 「気にするな。逆なら同じ事してるだろ」 目を向ければ彼の妹であるフィオレットも、先輩と慕う珠緒を傷つけてしまったことを悔やんでいた。 鼻を鳴らして。達哉が気糸を複雑に操り放つ。 気糸は的確に歌姫を穿ち、その隙に戦場を逃れんと走った。 颯、達哉、鉅、綺沙羅。4人が一般人を連れて走り去る。その背に向けられた視線。歌姫は感情を震わせて――瞬間、飛び出した影に視界を遮られる。 座席を蹴って。野外スタジオの設置物を踏み越えて。死角からの奇襲が歌姫の不意をつき、一般人を逃がす組への追撃を阻止した。 超感覚で全ての足場を己の自由にする。この戦い方こそ『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)の真骨頂だ。 「目標達成させてこそのリベリスタってバッチャが言ってたです」 ――バッチャって誰ですか知らねーですし。 自分の言葉にツッコミを入れ、両のナイフを握り直す。 一般人を救う。歌姫を討つ。外道を捕らえる。簡単ではない目標を、やるためにここに来た。 蜘蛛の糸を、手繰るためにここに来た。 ――手繰った先があの蜘蛛野郎ってだけで嫌な予感しかしねーですがね。 どこかで見ている男を思い浮かべて、唯々は歌姫に斬りかかった。 ●君が始まる 「あはは、始まったわね」 心を抉り身を削る戦いを眺める、女の声音はどこまでも無邪気で。 それもそうだろう。研究者細川幽子にとって、価値ある商品は歌姫のつけたアーティファクト。歌姫自身はたまたま用意した替えの効くモノにすぎない。商品の価値を示す為にどれだけ血が流れようと、気にする理由もなかった。 だが脳天気に笑っているのは一人だけだ。一般人を逃したリベリスタが一向に戻らない事に気づき、護衛が幽子に離れるよう指示した。 「はぁ? その為の護衛でしょうに」 ぶつぶつと呟く幽子の腕を引き、公園内の森へと逃げこむ。 「もう十分でしょ? ここなら――」 「ここなら遠慮せずお前達を確保できるな」 なんで――言葉を遮ったのは鉅。 「あの場を監視出来る場所は限られている。姿が見えなくても、予測はつくさ」 それでもすぐに森に隠れたはず――その疑問に答えたのは声ではなく。激しい光が護衛の目を焼き、武器を取り落とさせた。 逆光の先で。 「緊張と警戒の感情の中で、戦いを知らない脳天気なド素人の感情は拾い易かった」 感情を探査した綺沙羅の声。ついで、颯の地を駆ける音が鳴り響いた。 周囲に構築された結界。歌姫に近づく前にすでに戦闘準備は整えてある。 珠緒は周囲のマナを取り込み、効率良く術を……歌を歌う。 滅びの歌が響くたび仲間達が傷ついていく。それを癒すのが『ビートキャスター』たる彼女の役目だ。 (息切れしとる暇なんぞないっちゅーねん) その珠緒――先輩を庇うようにして、フィオレットも後列に位置する。歌姫を見据えて。 歌姫は歌う。彼女の心はすでに――千切れ飛んでしまっているように思えた。 歌いたいという想いだけが身に残った、悲しい残骸。 ――許せるもんか! 悲しみの感情が爆発する。目に見えぬ感情の波が押し寄せ周囲のリベリスタを押し包む、その中で。 唯々だけが動物的な直感を駆使して避けていく。全てを足場にする彼女には、追い詰められるということはないからだ。 ――何でも足場にして使うのがイーちゃんですし。 空中で身体を反転し、歌姫の身体を深く切り裂く! ――罪深いってー思うんなら歌うのをヤメルです。 死んで償う? 言うだけなら簡単な事。 罪ってーのは生きて償うモノ! 「……糸に絡め取られた不幸な歌姫。イーちゃんがアンタの舞台に幕を下ろしに来てやったですよ?」 戦いの様子を男が見ていた。口元に笑み。 けれど。けれどその笑みは、張り付けられたような彼独特の嘲る笑いではなかった。 嬉しげに。愛しげに。それはまるで思慕にも似た感情。 嗚呼何故だろう。不思議だ。その言い回しが。その躍動が。どこまでも自分を惹きつける。 自由奔放なその心ごと蜘蛛の糸の手中に収めてしまいたい。そうなった時、彼女の美しい赤は濁るだろうか。それとも―― 自然と身体が動く。今にも乱入しようとしたそれを止めたのは携帯の音だ。 「――はい」 ――何を立ち止まっている。早く回収しろ。お前の動きは逐一見えているのだぞ―― 「Yes, the president」 ――私は英語は嫌いだ―― 音が途切れる。男――ナビゲーターはつまらなそうに鼻を鳴らして胸元をなぞる。 強化アーティファクト。力を増幅させる道具。同時に――企業の道具である証。 男は名残惜しそうに眺めた後、戦場に背を向けた。立ち去る前に、嗚呼と呟いて。 「その人数では企業の商品を相手に出来ませんよ」 配置や動きで持久戦狙いというのもわかるが――それは助けが来ること前提だ。 ――それでは、壊れていなければまたお会いしましょう。 立ち去る男は気づかない。 尻尾をぱたぱた動かして、その背を赤の双眸が焼き付ける。 「……いつか糸を掴んでやるですし」 ●終わりが始まる 「――当たって!」 紅葉の紡ぐ4色の魔光が降り注ぐ。魔法陣によって高められたそれは本来ならば容赦なく歌姫を穿とうも、直撃させることは出来ていなかった。 破滅の歌が彼女の力を削いでいる。通常、それなりの力しかない歌姫は、その歌によって真価を発揮していた。 それなりの回避力は、雷陣によって高い回避へと変わる。集中を交えれば結果は変わっていたかもしれないが、攻撃手の少ない戦場で直撃の回数不足は決定力の薄さを物語らせた。 無力は嘆きによって自己回復を行う歌姫を助け、混乱がリベリスタの配置を崩した。 そして、一番の苦難は…… 「――っ、打ち止めですし」 待機を混じえて浄化を貰い、確実に敵を削る事に貢献していた唯々が、その精神を枯渇させた。 神秘の光で浄化しながら、打たれ強いとは言えない仲間を護り、珠緒と共に二重奏で癒しを紡いでいたフィオレットの精神力も残り僅かだ。 原因は明確だ。破滅の歌はその状態異常を与える力こそ恐れられていた。だが本当に恐ろしいのは……聴く者の精神を削る効果なのだ。 Mアタックの効果が範囲外の珠緒を除く三人の精神を一気に削り取る。無限機関や錬気法も、削られる速度には敵わない。 それでも。 「帝国女帝の名は伊達じゃないのよっ!」 兄の期待に応える為にも、一秒でも長く立ち続ける! 「境遇には確かに同情するですがね。だからって回り巻き込んで自爆するんじゃねーですよ、ったく」 立ち続けなければならないのは唯々も同じだ。 ――粘るって約束しちまった以上、簡単に倒れる訳にもいかねーですからね。 ナイフを防御の為に構え、唯々は一人戦線を支える。 この戦場で、唯一滅びの歌の範囲外の位置をキープする珠緒だけがその精神を大きく残していた。後輩と同じく仲間を癒す役目なら、その精神力はかなり重要となる。 (技術者として優秀だかしらんけど、人としちゃガキ以下やで) 研究者を捕らえるのは仲間の役目。それまで支えると決めたからこその位置取り。 癒しを長持ちさせる為には最高の位置だが、弱点もある。前線を一人で支える唯々に力が届かないことと、フィオレットがかばえない位置であること。かばう為に下がれば前衛が孤立する為だ。 唯々への援護が必要な時には動き届かせていたが、一人歌を避けて余力を残す珠緒に対し、歌姫の嘆きが連続していく。 それでも耐える。耐えていた、が。 「――ぁ」 唯々の心がかき乱される。前線を離れ、結果歌姫がフリーとなる。 歌姫の足を止めるのがたった一人であったこと。これが大きな結果を生み出した。 歌姫が動き出す。その歌の範囲を、全てのリベリスタに定めて―― 颯が敵の中心でなぎ払えば。達哉が回復も必要ないと気糸をかざし護衛を打った。 瞬く間。実際にはそれなりであったが、神秘の戦いを知らない幽子にとってはそれほどの間に、二人の護衛は地に沈んでいた。 「まだやるかい? 勝ち目はないから大人しくつかまりなョ」 颯の声にひっと漏らす。 「な、なによ護衛のくせに、てんで役立たずじゃない」 「足手まといを守りながら倍の相手に善戦したと思うけど」 綺沙羅の声が冷たく響く。だが、代わりに前に出たのは達哉だ。その迫力に幽子が後ずさる。 「あ、アタシを殺したら、夫が黙ってないわよ。夫は、実力主義の企業の中でもずっと上に位置してるのよ!」 「なんだ、人妻か」 どうでもよさげに呟き、達哉が目の前で足を止める。 「だから? マフィアを舐めるなよ」 足の力が抜け、幽子が地面に座り込む。放心する幽子がなにか言うより早く――幽子を除く全員が一斉に動いた。 最初に鮮血。ついで音。最後に悲鳴。 悲鳴は幽子のもの。音は放たれたダガーが弾かれたもの。そして鮮血は―― 「おやおや。デジャヴってやつでしょうか」 嘲る笑みを浮かべ、ナビゲーターが気糸を引き戻す。気糸は鉅の放つダガーを弾き、幽子の胸に埋め込まれたアーティファクトを抉り落とし――その心臓ごと貫くのを阻止した綺沙羅の腕を赤く染めた。 「ひ、い、いた、痛いぃ!」 「うるさい! その程度なら死にはしない!」 智親の話で不安もあったが、悠子はノーフェイス化はしていないようだ。 悲鳴を上げる幽子に治癒を施し、綺沙羅は落ちた強化アーティファクトを確保する。 「困りますね。さすがに今回、それを置いていくわけにはいかないのですよ」 ――社長命令でして。 言葉は明確な意思。 蜘蛛の糸の中で足掻けと嘲り笑った。 ●滅びの歌をあなたに 一度崩れた陣形を戻すのは難しい。混乱によって集まったところを一斉に嘆きの感情が押し包み―― 倒れ、再び立ち上がる。 満身創痍。それでも歌姫を止めたいという想いが、紅葉の、珠緒の運命を燃やし立ち上がらせる。 同じく運命を燃やして、フィオレットが身を削って仲間を護る。 唯一その身のこなしで持ち堪える唯々も、すでに息も絶え絶えに。 それでも意思が一つとなって、時間を稼いでいる。 倒れない意地。負けない意思。 颯の爪が、鉅のダガーが空を切る。 生み出した影を利用し、フェイントを織り交ぜる鉅の二撃目を避け、不意をつく達哉の気糸をも流し。 蜘蛛の男は被弾を避ける。かつてのバングルの件で回避特化であることは知れている。集中を混じえてもまだ足りず。そう判断したのは過去の颯自身だ。 幾度となく続く交戦。研究者を早期に捕らえ仲間と合流を果たす――それは良い作戦であったろう。 ナビゲーターが現れるタイミングがここでなければ、だ。 現れた場合の対策があれば。何を優先するかの判断があればあるいは―― けれど現状、アーティファクトと幽子を引き渡す選択肢はない。ならば戦うしかないのだ。 (早めに片付けて援護に行かなければならないが――) 鉅の腕でも、高い技量を持つナビゲーターを捉えられない。 「舐めんな!」 仮面狙いの達哉の攻撃も、それに合わせた颯の一撃も――当たらない。 嘲りが響く。 放たれる蜘蛛の糸がリベリスタを削っていく。一撃は軽く、けれどじわじわと―― 嘲りが―― 軽い音がした。 それは割れる音。 放たれた符が。鳥と化したそれが仮面の一部を砕いた音。 とっさに素顔を手で抑えたナビゲーターの視線が奥へと向けられる。その視線に、いつもの余裕も嘲りもない。呆然と――高いプライドが傷ついた眼。 符を放った姿勢のまま綺沙羅は言葉を吐いた。 「仮面をつけてる理由がわかったよ」 一呼吸。 「営業のくせにポーカーフェイスが下手だね」 その表情が激変して。 「――小娘! 俺の手で六体に千切り殺してやろうか!」 「それが本性カネ」 颯の言葉に、ため息を吐いて鉅が続ける。 「やれ、人間臭くて結構なことだ」 携帯のアラームが響いた。 唇を噛み締め、蜘蛛の男が後ずさる。 「――これ以上は万華鏡に捉えられますね」 取り繕うように口調を戻し、強い眼差しを向けた。 「僕の任務は失敗ですよ……そいつはくれてやります」 次はこうはいかない。吐き捨てて走り去る。 達哉が手を伸ばすが、今は優先すべきものがある。 歌姫は滅びの歌を歌ってる。 足元で、それを食い止めていた少女達は倒れ伏し―― 歌姫は滅びの歌を歌ってる。 倒れた仲間の命を優先すれば、もはや引くしかなかった。 鉅が、颯が決死の動きで仲間の腕を引く。 達哉が歌姫の気を逸らした。 救援を要請する連絡をつけながら、綺沙羅はアーティファクトを握りしめた。 再び覗かせた深淵。 ……この女では浅すぎる。 あれが、社長とやらの企業理念なのか…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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