● 初めて化物と呼ばれたのはいつのことだっただろうか。 友達がうっかり手から離してしまった風船を隠していた翼を使って追いかけて、捕まえた。 友達の感謝の言葉をほんの少しだけ期待して地面に降りてみれば投げられたのは感謝などではなかった。 まるで人が街中でいきなりライオンと出会ってしまったかのような恐怖の感情と敵意が自分に投げつけられた。 今にして思えば、それは当然のことだったのだ。 人は弱い、弱いが故に集まり、群れて自分たちと違うものを排斥する。そういう生き物なのだから。 あの事件以来、場所を変えては背中に生えた羽を隠し、人のように振る舞い過ごしてきた。 最初は周囲の人も俺のことを人として迎え入れてくれるが最後の結末はどこでも変わらない。 昨日まで優しくしてくれた人も、挨拶を交わしたことがある人も、並んで歩いたあの人も。 昨日まで俺に見せてくれた笑顔などどこにもない、筋肉が強張った顔で、恐怖の色が浮かんだ瞳で。 そうして俺を囲んで、殴って、蹴って、罵って。 何所へ行っても、化物、何所まで行っても、バケモノ。もう疲れた、もううんざりだ、そんなにお望みなら―――、 人として生きることなど、やめてやる。 ● ダミ声の悲鳴が路地に響く。両足を切り取られ、満足に動けない躰を手で引き摺って地面を這いながら、男は悲鳴とも、怒号ともつかぬ声で俺に向けて叫ぶ。 バケモノ、と。 咽喉が引き攣り、甲高くなって癪に障るその声の主にゆっくりと歩み寄りながら俺は答える。 「そうさ、化物だよ。お前が、お前達が、人が生み出した化物さ」 くるりとナイフを手の中で回転させる。鋭く尖った切っ先を下に向ける。 「人が化物というから、俺は化物のように振る舞うのさ、それがお前たちの望みなんだろう?」 腕を振りかぶって、勢いよく下ろす。 骨の微かな抵抗も断ち切って、首と胴体が別れる。 そうして、一瞬前まで悲鳴で満ちていた空間に静寂が舞い降りた。 ● 「フィクサードによる連続殺傷事件が発生している」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が集まったリベリスタたちに向けて淡々と説明を開始する。 「フィクサードの名前は柊・カズヤ。フライエンジェのナイトクリークで、両親を早くに事故で亡くした後、施設を転々としている最中に神秘因子に革醒 しばらくは一般人に紛れて生活していたが、この程フィクサードとしての活動を開始した」 今まで隠れていた彼がこうして行動を開始したのには何か理由があるらしいが、カズヤに人を殺す理由が出来ようと、それが許容される訳もない。 イヴの端末操作によって画面がカズヤの顔写真やプロフィールが表示されていた画面からとある街の地図へと切り替わる。 「カズヤは夜に街へ出歩き、人気のない場所で人を襲う 今日の狩場になったのは、素行の良くない少年たちが溜まっているこの場所」 地図に光点が灯る。そこは地図によると三方を壁に囲まれた裏路地の行き止まりだ、確かに騒ぎが外に漏れにくく、カズヤにとってはうってつけの場所だろう。 イヴはその瞬く光を少しだけ見つめて、悲しそうに言う。 「カズヤはもう、説得で人に戻る段階をとうに通りすぎてしまっている だから、お願いね。彼を止めてあげて」 カズヤの悪意に染まった羽が、これ以上夜空に羽ばたく前に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:吉都 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月27日(水)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 開発されていくビル街からぽっかり取り残された路地裏の一角。 外にあるはずの騒音も、どこにでも灯っているはずのオフィスの光も、ネオンの看板の輝きも届かない場所。 本来なら夜は騒ぐ少年達のせいで多少はこの場所も煩くなるのだが、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が威圧感たっぷりに少年達に話しかければ、彼らはあっさりとこの場を後にした。 静けさが佇むだけになった路地裏で『鏡文字』日逆・エクリ(BNE003769)が言う 「場は整ったわね」 「でもカズヤさん……来るかな」 『エアリアルガーデン』花咲 冬芽(BNE000265)の心の中にあるのは自分達が少年達を追い払ったことでカズヤが来るという未来が変わらないか、という不安。 「来ますよ、だって今の彼がやることはこれしかないんですから」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が顔を少しだけ歪める。彼女の脳裏に浮かぶのは過去の記憶、思い出にしたくもない過去の出来事。 (化物……そう蔑まれ、心を凍らせかけたことは、わたしにも……) もしかしたら自分もカズヤと同じようになっていたかもしれなかった。 残酷なこの世界において、それは妄想でも何でもないことを、ifの未来を突き付けられるような、そんな気がした。 「自分の幸福を知らない愚か者だな」 カズヤがこんなことをするようになった経緯も知った。得た力のせいで辛い目にあったことも、分かる。だが、それでも『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が感じたのは激しい怒り。 思い出すのは、カズヤと同じように事故で家族を失い、孤独となった人生の中で異形化した少女の名前。 フェイトを、未来を掴めずに、それでも必死に生きようとして、そして笑って死んで行った少女の名前。 「犯した罪、その重さを教えてやる」 そうしなければ、彼女が浮かばれない。 ● 路地裏の空白地帯へと続く道の入口、カズヤが訪れるだろう場所に4人のリベリスタがいる。 「もう不良達の心配はしなくていいだろう?」 零二が煙草をゆっくりと燻らせながら傍らの影に言葉を投げる。何も知らない人間から見ればそれは虚空に話しかけるように見えるた筈だ。 実際零二の目にもその場所に潜んでいるはずの『影狗』小犬丸・鈴(BNE003842)の姿は見えてはいない。 だか、少しの間を置いて影の中から返答がしっかりと返ってくる 「ずっとここに居たが、先程集団で纏めて出て行ったからな 今この路地の中に一般人はいない筈だ」 影からの報告にその状況を作った零二は満足そうに頷ながら何度目かの感情探査を走らせていく。 路地に目もくれず通る一般人の雑多な思考は零二の探査には引っかかることもなく流れる。今まで通りまだカズヤは現れないか、と感情探査を打ち切ろうとした瞬間、感情探査の網に触れたのは激しい憎悪、世界の悪意に染められた悪意の感情。 同時にAFが震える。 「来たぞ、幻視を一応使ってはいるが、羽を広げた輩がな」 声の主は『黒太子』カイン・ブラッドストーン(BNE003445)だ。千里眼を使って周囲の警戒に当たっていたカインからフライエンジェの能力者が視認出来たという旨の報告がなされる。 「オレの網にも一つ大きな反応があった カインの見た能力者がカズヤで間違いないだろう」 「では、気づかれないように奥に行くのを待ちましょう」 零二とカインの報告を聞いた『』来栖・小夜香(BNE000038)もAFを介した会話に参加した。 そして、路地裏を進んでいくカズヤの後ろを羽を持つ二人は上空を、飛べぬ二人は地上を気取られぬように進んだ。 ● 靴底が地面をたたく音が路地裏に小さく響く。 (来ましたね……) 偵察組からAFでの連絡を受けた4人の中でもエクリの行動は特に念を入れたものだった。 外に向ける意識の手を少しずつ伸ばす。少しの間にただ奥に屯しているように見せかけたままエクリはこの広い空間を完璧に掌握した。 そんな風にエクリが準備を整えている間にも近づいていた足音が最後にひとつ長く響く音を立てて止まる。 チラリと視線を向ければ、先程まで隠していた大きく広げた翼をあらわにしているカズヤがいた。 カズヤは自分に向けられた視線を全く意に介さずに逆に自分にとって今夜の標的になるであろう4人を見渡す 「今日は数がすくねぇな……まぁ、何人だろうと殺すことには変わりないんだけどな」 唇を釣り上げて、カズヤは続ける。 「じゃあ、まずはお前から、だ」 言葉が終わると同時にカズヤが舞姫に向かって駆け出す。 体を地面に倒しながら足を目一杯斜め下へ、コンクートを爪先で砕く勢いで突き出す。 同時に大きく広げていた翼が音を立てて一度空気を後方へ叩く、押し出す。 自身の脚力と翼の羽ばたきを合わせた弾丸のような高速のストライドダッシュ。 そのままナイフを振りおろせば四肢の内どれかが簡単に飛んでいくような威力を秘めた一撃、そして何度か繰り返したような、そんな手慣れた一撃。 しかして舞姫はそれを肩の盾であっさりと受け止める。武器と防具がぶつかり合う鈍い音、飛び散る火花。カズヤの一撃が齎した被害はそれだけだった。 「あ……?」 カズヤの呆けたような声。 今まで、無抵抗の(というよりも抵抗することができない)人間に傷を刻んできた自分の爪牙があっさりと受け止められた。 この結果は、舞姫という歴戦のリベリスタと相対したということからすればある種当然の帰結であったが、そんなことは微塵もわからぬカズヤはその事実を、認識することができない。 その様子を見たエクリが軽く笑いながら告げる 「あら、もしかして人間以上の力を持ってるのは自分だけ。――なんて思ってたのかしら」 「何だと?」 「私達も、同じだよ」 エクリの科白を、冬芽が引き継いだ。 そんな二人に苛立ちを覚え顔を向けたカズヤだが、次の瞬間その表情は驚愕に染まった。 何故なら、エクリと冬芽はその背中から白い羽を生やしていたのだから。まるで自分と同じように。 カズヤの反応を見て、カズヤが革醒しただけの素人だと予感を確信に変えたエクリは、 「不良を追い払ったのは私たちよ。でも、そんなことよりこっちが気になるでしょ?」 言いながらそっと自らの翼を撫でる。 そんなエクリをカズヤはまだあり得ないという顔で見ている。でも、カズヤが思うよりも世界はもっと神秘的だ。 「まだまだ驚いて貰わねば成らんようだな」 「こんばんは、お仲間さん」 路地の出口側、そのビルの上からカインと小夜香が舞い降りる。そんな二人の背中にも、翼。 2人のフライエンジェに続いて現れた鈴と零二の二人、特に鈴はカズヤの様子を見て何か思うところがあったようで。 「まるで数か月前の私を見ている気分だな」 唖然とし続けるカズヤを見て忌々しそうに評した。 「だからこそ、お前も来るべきだ。アークのもとへ」 そして、同じ経験をしたが故に鈴はそのまま、まるで以前の自分に語りかけるように、カズヤへと言葉を続ける。 今見ているように、異能を持つのはカズヤ一人だけではないこと。そしてそんな異能を持つ人を支援する組織の存在を。 (改めて考えると、まさにアークとは希望を運ぶ方舟だな) 一通り説明を終えて、改めて鈴はそう思う。 ● 鈴の説明が終わって、秒針が何度か回る程の時間が沈黙のままに流れる。 「それでも、俺達が人とは違うことに変わりはない。 俺が化物として扱われていくことに変わりはない、そうだろう?」 血を吐き出すようなその声音には深い怒りと、同じくらいの悲しみが込められていると冬芽は感じた。 (きっと、カズヤさんは凄く優しくて、儚いガラスの白鳥なんだね……) 「貴方の受けた痛み、判るとは言わない。言えないけれど貴方を受け入れてくれる人は、確かにいるのよ」 小夜香がそっと、労わるようにそう言った。 「大体ね、あんたは自分から何かしたの? 理解してもらおうとしたの? 結局、あんたは意気地なしなのよ」 この世は確かに残酷だけど、そればかりでもない筈だとエクリは信じているが故に、エクリは冷たい一言を放つ。。 「我には貴殿が皆の話を聞いてどう思ったかはわからん。だがな、貴殿がこの先どうするかは貴殿が決めよ」 甘えるな。と、カインは告げる。カズヤの生い立ちを知ってなお、彼は言う、そして問う。何故ならばそれがカインが自分自身に課した義務、ノブレス・オブリージュ故に。 話を閉めるように、ゆっくりと煙草の火を消した零二がカズヤへ言う。 「納得できないなら、良いだろう、来い。相手をしてやろう」 もう話だけで説得する時間は終わった。後はオレ達の流儀で語り合おうという意味の挑発。 その零二の真意を理解したかどうかはわからないが、カズヤはナイフを握りなおした。 しかし、零二の言葉を契機に始まった戦法は一方的なものとなる。平均的なアークのリベリスタと同じほどの力しか持たなかったカズヤに対して、リベリスタの数は8人。故にあっという間にカズヤは追いつめられる。 必死に振るったナイフがつけた傷も、小夜香が天の息吹を吹かせれば一瞬で治療される。 「罪を認めろ、そうでなければおぬしに未来はない」 殺意と共にモーガンのマジックアローがカズヤに刺さる。吹き飛ばされ、地面を転がる。 「ぐっ、がっ」 ふらふらとカズヤが立ちあがる。しかし、ここまでの戦闘を見ても、リベリスタにとってカズヤは殺さぬように加減をせねばならないほどの相手だ。 フィクサードとして活動したカズヤを助ける義務はリベリスタ達には、ない。 だが、手間をかけてでも殺さぬ理由ならあった。 (ここでお前を見捨てたら、私は弟に胸を張って向き合えないだろう。それに――) 「出来ることなら、カズヤ、お前にも生きてほしいからな」 鈴を始め、その場にいた全員が形は違えどカズヤに止めを刺さない。だが、そのリベリスタ達の優しさがカズヤに最後の攻撃をさせる猶予になった。 「あああああああああああああああっ!」 最後の攻撃の対象は、近くにいた舞姫だ。最初のように加速しての一撃ではないがそれでもカズヤのナイトクリークとしてのスキルを利用した一撃は舞姫に死の刻印を深々と刻もうとする。 舞姫の実力からすれば、それでも防御することは難しくない一撃。それを、彼女は腕を広げてカズヤごと受け止めた。 セーラー服の真白なシャツの上に血の紅が広がっていく。 (カズヤさんの心の痛みに比べれば、こんなもの……!) 自らの傷など関係ないとばかりに、そのまま舞姫は広げた隻腕をそっとカズヤの背に回す。 「あなたは化物なんかじゃない。傷つき悩み、揺れ動く心を持った人なんです」 そのままぽん、ぽんとカズヤの背を、そして翼を軽く撫でる。一瞬、カズヤの躰が跳ねたがそんなことはお構いなしに舞姫は優しく、まるで母親が赤子をあやすように背を撫でることをやめない。 「大丈夫、私はあなたを怖がったりはしません。だからもう、こんなことはしないでください」 「…………っ」 「あなたと肩を寄せ合う仲間なら、ここにいますから」 舞姫が攻撃を受けることと引き換えにした言葉と行動はそれだけだった。でも、それは人として生きようとしたカズヤが、自分と同じ境遇の人間よりも、自らを支援してくれる組織よりも、何よりも求めたものであった。 カズヤの喉の奥から嗚咽が流れる。乾いた音を立ててナイフが地面に落ちる。 舞姫の抱擁を振りほどかないカズヤを見て、2人に近付いた小夜香は舞姫に回復を施してからカズヤへと向き直る。 「ね、だから言ったでしょう。貴方を受け入れてくれる人はいるって」 そのまま、手に持った十字架を地面に置いてそっと横からカズヤを抱く。 「もちろん、私もよ」 憑き物が落ちていくようなカズヤを少し離れて見ていた零二とカインがお互いに見合って笑う。 「やれやれ……おいしいところを持っていかれてしまったな」 「フッ、それであの者が救われたのなら良いではないか」 ● そうしてしばらく、路地裏に優しい時間が流れた後のこと。 「今なら、自分がしたことの罪を分かっているだろう?」 モーガンが鋭いまなざしのまま、問うた。 「はい」 カズヤは短く、されどしっかりとした返答をする。 「ならばいい、二度と悪意に染まることなく、罪を償いやりなおすといい おぬしは誰かが掴もうとしても掴めなかった未来がその手の中にすでにあるのだから、この先どうとでもなるさ」 未来を掴んだ者が諦めることの勿体なさを知っているモーガンだからこそ言える言葉。 それだけをカズヤに告げると、もう何も言うことはないとばかりにカズヤに背を向けて歩き出し、去っていく。 その途中、未来を掴めなかった少女へ向けて。 「これで、いいんだろう?」 そっと呟いた。 モーガンを見送った後、冬芽はカズヤに満面の笑顔を向けて。 「それでは一緒に帰りましょう! アークへ」 その冬芽の言葉に、カズヤは一瞬逡巡の後、7人のリベリスタをしっかりと見つめて頭を下げた。 「宜しく……お願いします」 意を決したようにリベリスタ達へ頭を上げたカズヤを、エクリが微笑みながら見る。 「やれば出来るじゃない」 「ようこそ、アークへ」 零二がカズヤとしっかりと握手を交わす。 「これからよろしく」 「フッ、困ったことがあれば我に頼ればよいぞ」 「次に会うときは、私達の戦友ね」 鈴も、カインも、小夜香も皆笑顔だ。 「それじゃあ、行きますか」 舞姫がカズヤの腕をしっかりと掴んで歩き出した。 そうして、この日、アークに新しい仲間が加わった。 その名前は、柊・カズヤ。悪意の雛は、正義の翼を得ることが出来たのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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