●助けを求める少年の話……。 最初の記憶は檻の中だった。手足には枷が嵌められ、動くことも出来ない。衰弱しきった身体に力は入らず、言葉を発することも出来ない。薬でも盛られたのか、意識は曖昧。自分が何者なのかも、思い出せない。 覚えているのは、錆ついた鉄の臭いと、冷たい床の感触。それから、体中を苛む痛みだけだった。 「たすけて」 と、彼は言う。 しかし、返事はない。 だから、何度も何度も「たすけて」と言った。 返事はない。その代わり今度は、拳が返って来た。力一杯、顔を殴りつけられる。鼻の奥から、鉄の臭い。ドロ、っとした感触。鼻血か……。まだ生きている証。何故か知らないけど、嬉しくなって笑ってしまった。 「なに笑ってやがる!」 また、殴られた。今度は、前歯がへし折れる。痛い、痛い。痛いけど、生きてる。 生きてることは、素晴らしいことだ。 たとえ、記憶が無くとも、それだけは分かる。 痛いってことは、生きていると言うこと。 だけど……。 どうせなら、痛くないほうがいいのに……。 そう言ったら、また殴られた。意識が遠ざかり、途切れる……。 次に彼が目を覚ました時、彼は自由だった。手足の枷は外れ、身体の痛みもない。 視界に映るのは暗闇。それと、壁に付着した紅い液体。自分の手に目を向けると、まるで鋼のように鈍く光っていた。何か、紅い液体で濡れている。 その液体がなにか思い出せない。 自分がどうして此処にいるかも思い出せない。 足元に転がる、肉の塊が何かも思い出せない。 思い出せないけど、なんとなく踏みつぶす。ぐちゃ、と音がして肉片が飛び散った。 少しだけ、スッキリした。なぜかは思い出せないけれど……。 唯一思いだせるのは……。 「たすけて」 と、いう言葉だけ。だからきっと、これが自分の名前なのだろうと、そう思った。 ●助けを送る、組織の話……。 「ノーフェイス(少年)。それが、彼の呼び名……」 それ以外の名前は既にない、と『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は言う。 「彼が居るのは、大型のコンテナ船。人身売買組織の使っていたものね。彼以外にも多くの人間が乗っていたけれど、既に全員、彼の手によって死亡しているわ」 生存者は彼だけ、とイヴはいう。 「もっとも、生きていると言えれば、だけど。彼の心は既に死んでいる。記憶もなく、意識も曖昧。ただ、外部からの敵意から身を守る為に動いているに過ぎない」 彼を「たすける」ことは、不可能。 と、イヴは言う。 「彼の身体は、鋼のように変質している。とても頑丈。動きは鈍いけど、恐れるという感情はないみたい……。それと、状態異常に掛かり辛いという特性を持っている」 攻撃自体は単調で、殴る蹴る、ぶつかる、ひっかくなど野性的なものばかりらしい。 今も、少年のなれの果てはコンテナ船の中で「たすけて」と言い続けているのだろう。 その言葉の意味も分からないままに……。 「コンテナまでは、クルーザーで運ぶから移動手段は問題ない。船内には大きな部屋が一つあって、少年はそこから出ていない筈。逃がしたら、船内を鬼ごっこだけど……。広いよ? 船も、あと何時間も経たずに沈んじゃいそうだしね」 少年が暴れ出したことを知った、船員および操舵手は早々に逃げ出した。結果、舵の効かなくなった船は岩礁地帯に流され、船底が大きく破損している。 「助けてはあげられないけど……終わらせることはできるから。お願い」 目を伏せて、イヴはそう告げるのだった……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月21日(木)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●人のいない船 潮の匂いに混じって、鉄分の匂いが漂っている。血と内臓の発する匂いだ。月明かりに照らされた大型コンテナ船からそれは香ってくる。 コンテナ船は、少しずつ傾き始めていた。波に流され、岩礁地帯に迷い込んだせいだ。船底に穴があき、そこから浸水しているのである。既に息のあった乗組員は全員退去済み。 この船に乗っているのは、怪物に身を落とした少年と、それから大量の死体だけだ……。 「人身売買組織……か。まぁ、それは捨て置くしかありませんね」 組織に関しての始末は自分たちの仕事ではないと『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は、無人のコンテナ船に乗り込む。潮風が髪を撫でていった。 「なにがあったか大体想像がつきます。ですが、だからといって手を抜く必要はないですね」 眼帯の覆われていない方の目を、冷たく光らせ『The Bouncer』入江 省一(BNE003644)は手袋を嵌め直す。甲板を見渡し、コンテナへと続く扉を見つけた。 「穢れた欲望の犠牲に遭う、なんとも痛ましい話だ。こんなことになる前に助けられなかったのが歯痒いが……。せめてその苦しみからは解放しないとな」 無表情のまま扉を開けるのは『悼みの雨』斬原 龍雨(BNE003879)だった。扉を開けると、血の匂いがなお一層濃くなる。殺戮の現場に近づいた証拠だ。薄暗い通路を降りていく。いくつかの船室の前を通過して、そのうち頑丈そうな鉄の扉が見えてきた。 「助けを求めても救いはなく、運命は更に少年を奈落の底へ突き落した……って、感じっすか? 皮肉っすね」 扉の隙間から、おびただしい量の血液が流れているのを見ながら『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)が溜め息を吐く。 人身売買組織に連れ去られ商品にされた少年は、自身の境遇に耐えかねノーフェイスと化した。その結果が、この扉の先で起こった惨劇。その場にいた生者全員の息の根を止め、自分を攫った組織の人間もバラバラにし、それでもなお、少年に救いは訪れない。 それでも、こんなことは世界にとってはありふれた出来事。こん筈じゃなかったで構成され回っている。 「覚聖してしまったほうが、彼にとっては幸せだったのかもしれませんね」 そして、これからその少年を殲滅する。こんな形でしか彼を救えないことに笹塚・みり(BNE000109)は、悲しそうに目を伏せた。 「それじゃあ、開けるよ」 そう言って『24時間機動戦士』逆瀬川・慎也(BNE001618)は錠を外し、鉄の扉を押し開けた。ギギ、と、重い音がして扉が動く。血の匂いと臓物の匂いが鼻腔を満たす。思わず吐き気を催すほど濃厚な死の香り。明かりは灯っておらず、唯一の光源は、天井に開いた穴から差し込む月明かりのみ。 足元に、無数の肉片が転がっているのが分かる。赤黒い血で濡れた床がテラテラと光を反射していた。 そして月明かりの真下に、ソレはいた。 「タスケテ……」 と、くぐもった声を漏らすその身体は血で濡れている。大して高くもない身長と、細い身体。しかし、その皮膚は既に鋼へと変質していて人間の頃の面影はない。 尖った爪と、牙が光る。 「タスケテ……」 と、再び少年は言う。足元の肉片を踏みつぶし、少年は襲いかかって来た。 ●名もない少年との戦い 「名もなき少年を討って終わり、などとはしたくないのですが……」 部屋の扉を閉めて『不屈』神谷 要(BNE002861)がそう呟いた。彼女は事前に少年の名前を調べようとしたのだが、結果としてそれは失敗に終わっていた。少年のデータはどこにも残されておらず、素情も名前も、国籍すらも不明。 神谷は他の仲間と距離をとって、胸の前で十字を切った。自分と仲間たちの意思が高まるのが分かる。自身と仲間に十字の加護を付与するスキルだ。 「閉じ込められて運ばれて。口に出すのは助けの言葉、助けは決して来ないまま、朽ちて変わって成れの果て……と。同情はしますが容赦はしねーです」 自身の周囲に生み出した不可視の刃を『働きたくない』日暮 小路(BNE003778)は、少年目がけて投げつける。空気を切り裂く音に次いで、金属を叩く甲高い音。闇の中で火花が散った。 「え、硬い……!?」 「予想以上に固い硬いね」 少年をこの部屋から逃がさないように、日暮と逆瀬川は出入り口の扉を背に立ち塞がる。 残りの6人も、少年を包囲するように移動を開始する。 「惨劇ですね……。未然に防げればよかったのかも、しれませんが……」 足元で、血と肉片が飛び跳ねて服の裾を汚す。服の汚れに構わず、笹原は少年の背後に回りこんだ。 「回復役なんですから、気を付けてくださいね」 と、笹塚に駆け寄るのは神谷だ。 周りを囲まれた少年が、足を止める。キョロキョロと辺りを見回しているのは、最初の獲物を探しているのだろう。そんな少年に向かって、ユーディスと斬原が駆け寄っていく。 「タスケテ……」 と、少年が呟く。 「えぇ、今助けてあげます」 ユーディスがヘビースピアを突き出す。少年は、両手をクロスさせてそれを受け止めた。火花が散って、鋼の皮膚が一部欠けるが、それだけだ。 「一つ聞こう……お前の名前は?」 拳に炎を絡ませた斬原が、訊ねる。少年からの返事はない。斬原は床を蹴って飛び上がり、勢いそのままに、炎の拳を少年へと叩きつける。 「……タスケテ」 床が抉れ、少年の足が沈む。少年の腕に付着していた血液が蒸発し、鉄くさい煙となって闇に溶ける。 少年が、クロスさせていた腕を振りあげる。ユーディスと斬原の身体が後ろへ押し戻された。少年の身体が大きく反って、拳を握る。 「攻撃態勢です!」 笹塚が叫ぶが、一歩遅い。2人が攻撃に備え防御の体勢をとるも、間に合わない。鋼の拳が2人の身体に食い込み、吹き飛ばした。 少年が床を蹴って、2人を追う。追撃をかけるつもりのようだ。そんな少年の動きを止めたのは、一発の銃声だった。銃弾を放ったのは入江だ。弾は少年の額を捕らえ、その動きを止める。 「ふむ……。さほど効いてはいないようですね」 それでも、効果がないわけではないのだろう。その証拠に、少年の瞳に警戒の色が浮く。 ダメージはさほどないが、生前の記憶が残っているのか、攻撃されれば防御態勢をとるようだ。 「2人の様子は?」 銃弾を撃ち込みながら、入江が声を上げる。 「動けないほどではないですが、治療中です」 返事を返したのは、神谷だ。その隣では、笹塚が2人を助け起こしている。 「逃がさねーっすよ」 逃げようとした少年に向けて、真空の刃を放ったのは日暮だ。少年の視線が日暮に向いた。 その瞬間、少年の背後に人影が迫る。今まで少年の死角から様子を窺っていたフラウだ。闇の中、月光を反射したナイフが走る。 「許すっすよ少年、痛いのはこれで最後っすから」 繰り出されるのは、流れるような斬撃の嵐。少年の背後から、首や背中、腕をナイフが斬りつけていく。止まらないフラウの攻撃は、確実に少年を前へ前へと押し戻していく。 しかし……。 「タスケテ……」 少年の腕が、背後のフラウへと伸ばされる。鋭く尖った、鋼の爪がフラウを襲う。鮮血を飛ばし、爪がフラウの腕を切り裂いた。 「う……」 腕から血を流すフラウ。途端、顔色が悪くなる。爪に仕込まれていた毒のせいだろう。 少年が、身体を捻ってフラウへと向き直る。身体を沈め、床を蹴った。フラウの身体と少年の身体がぶつかって、フラウは床の上を転がっていく。 追撃をかけるべく、少年は床に転がるフラウの元へ。フラウは立ち上がろうとするが、身体の自由が利かないのか、うまく立ち上がれないでいる。 少年の注意を引き付けるべく、入江と日暮が遠距離からの攻撃を加えていく。 クルリと、少年が入江の方へ向き直る。パカリ、と牙の生えた口を開いた。 少年の口の中で、炎が渦巻く。次の瞬間、ゴウン、と船を揺らす衝撃。少年の口から吐き出されたのは、炎を纏った鉄の砲弾。咄嗟に回避に移る入江だったが、砲弾は彼の身体を掠め、背後の壁を吹き飛ばす。崩れた瓦礫が、入江の上に降り注いだ。 「ユーディスさんとみりさんは省一さんを助けに行ってください」 そう言って、神谷はフラウの元へと駆ける。状態異常のフラウを治療する為だ。 「微力ではありますが、回復はなんとか……。お任せください」 笹塚は、入江の元へ走る。入江の身体に圧し掛かる瓦礫は、ユーディスがヘビースピアを使って取り除いていく。意識はあるようで、入江が呻き声をあげた。 「回復が追いつくまで、護り通します」 入江と、彼の治療をする笹塚を庇うためにユーディスはスピアを構える。彼女の背後では、笹塚の手が淡く光って、入江の身体を癒す。 「立てますか? 意識は?」 フラウの元に辿り着いた神谷が、治療を始める。毒の治療と、ショック状態の回復が目的だ。怪我の治療を行うには、笹塚の元へ連れていく必要がある。フラウが戦線に復帰するまで恐らく、もう暫く時間がかかるだろう。 「だったら、自分は前衛でひたすら殴り合うだけだ」 そう言って、少年に飛びかかかったのは斬原だ。蹴りで作った真空の刃を叩き込みながら、距離を詰めていく。 「逃がしてやんねーですよ」 斬原をサポートするかのように、日暮も真空の刃を投げつける。刃に押され、少年の体勢が崩れた。斬原は、炎を纏わせた拳で少年を殴りつける。炎が燃え上がり、暗い部屋の中を明るく照らした。 炎に照らされた少年の身体は、ボロボロに欠けて、傷だらけだった……。 ●助けてと彼は言う。 「タスケテ……」 そう言いながらも、少年は鋼の拳を振りまわす。それを避け、或いは受け止めながら、斬原も拳を叩き込んでいく。鋼の拳と生身の拳がぶつかって、斬原の拳が裂け、血が流れる。それでも、彼女は攻撃を止めない。 「逃げるわけにはいかない!」 逆境でこそ彼女の本領発揮だった。少年の繰り出す攻撃は、彼が今まで受けた痛み、苦しみ。負の感情の力押し。だったら彼女は、受けて立つだけだ。 しかし……。 鋼と生身の討ち合いはそう長くは続かなかった。 「うァっァ!?」 一瞬の隙を突いた、少年の体当たりが斬原の身体を弾き飛ばす。壁に衝突し、斬原はその場に崩れ落ちた。少年は、倒れた斬原に興味を失ったのか、そのまま放置して出入り口の扉へと向き直った。 「ちょ、こっち狙ってねーですか?」 止まれ、と書かれた標識を構え、日暮が言う。隣の逆瀬川も無言で頷いて、それに同意。 2人の見つめる先で少年の口が開く。口の中に渦巻く炎が少年の顔を照らす。鋼の仮面を被ったような、生き物らしからぬ顔が、炎の中に浮きあがる。 少年の口から、炎に包まれた砲弾が撃ち出された。空気を掻きわけ、掻き乱しながら、扉に迫る。チェイスカッターで防ごうとする日暮だが、威力が違いすぎる。軌道をわずかにずらすことしか出来なかった。 軌道の逸れた砲弾が、扉上方の壁に当たる。船が揺れて、バランスを崩した日暮は床に倒れる。そんな彼女の上へ、瓦礫が落下してきた。目を閉じ、衝撃に備えた日暮を逆瀬川が突き飛ばす。。 瓦礫が落下し、埃と土煙りを舞いあがらせた。船の揺れが収まり、煙が晴れる。壁に空いた大穴と、瓦礫の山。そして、床に転がる道路標識と、その近くに倒れた日暮の姿がそこにはあった。 「い、ってて……」 頭を押さえて日暮が起きあがる。そんな彼女に、少年が緩慢な動作で歩み寄る。否、目的は日暮ではない。この場から逃げるために、壁を撃ち抜いたのだ。 「通さないっすよ。ここは……」 標識を構え、日暮が唸る。そんな彼女と少年の間に、何者かが割り込んでくる。 「尊厳ある死などとはいいません。救われるようなことでも無いでしょう。それでも、せめて。少年が少年が少年であった証を失う前に……」 割り込んできたのはユーディスだった。ヘビースピアを構えたユーディスが、少年の前に立ち塞がる。 「私達が終わらせましょう!」 気合い一閃。走る勢いそのままに、ユーディスのスピアが少年に届く。火花が散って、少年の腕の皮膚がボロボロと零れ落ちた。 「雇われ仕事に一々感情を抱くことなど、戦いづらくするだけですがね……」 音もなく少年の背後に現れたのは、額から血を流す入江だった。素早い動きで少年の頭部を固定し、その首を描き切った。一瞬、少年の動きが止まるが……。 「……タスケテ」 意識を取り戻した少年がめちゃくちゃに腕を振り回す。爪が煌めき、入江に迫る。しかし、爪が入江に届く寸前、割り込んできたナイフがそれを受け止めた。金色の髪が揺れる。飛び込んできたのはフラウだ。 「痛いのが嫌でこんな姿に変わってしまったんすかね? それでもうちにはコレしか無いんすよ」 受け止め、そのまま高速の斬撃繰り出すフラウ。火花が散って、足元の血だまりが跳ねる。少年の身体を押し戻す。扉から遠ざける。ここから逃がすわけにはいかないのだ。ここで少年を終わらせると、そう決めたのだから。 「あなたの稼いでくれた時間は、無駄にはしませんよ」 ショック状態から回復していない斬原を抱き起こしながら、笹塚はそう囁く。視線の先には、ナイフで少年と斬り結ぶフラウの姿。そして……。 「離れてくださいフラウさん。終わらせます!」 胸の前で輝く剣を構えた神谷がそう告げる。剣の輝きが増して、十字架を描く。 フラウがバックステップでその場を離れる。入れ替わりに前に出た入江とユーディスが、少年の身体を蹴り飛ばす。 皆と少年の距離が十分離れた。次の瞬間、暗闇を明るい光が切り裂いて、白く染め上げた。それは、神谷の放った十字架の光弾。闇を切り裂き、薙ぎ払い、光の塊は少年の身体を包み込んだ。 「タス……ケテ……」 「あなたの名前は、結局分からなかったけれど……おやすみなさい」 光が収束して、消える。後に残ったのは、ボロボロになった鋼の欠片と、焼け焦げた床だけだ。助けてと願った少年の姿は、もはやどこにも見当たらない……。 ●生きたかった少年の話……。 少年の名前は結局分からずじまい。彼を攫い、売ろうとした人身売買組織もどこの何者なのか分からないまま。証拠となりそうなタンカー船も、もうじき海に沈んでしまうだろう。大量の死体と、おびただしい血痕も、すべて海水が洗い流してしまう。 その死体を生み出した少年は、もういない。この世のどこにも、その姿は残っていない。 少年を救うことはできず、しかし、終わらせることには成功した。後味の悪さを感じつつも、リベリスタ達は船を離れる為に、甲板へ上がる。 日暮を庇って大けがをした逆瀬川に肩を貸して歩くのは笹塚だ。 「どうか、彼の魂が安らかに眠れますように」 静かな深海で、少年の魂が安らかな眠りに付くことを願いながら、笹塚は呟く。 「おやすみなさい」 「バイバイ少年。今度こそ自由になれた?」 胸の前で十字を切る神谷と、小さく手を振るフラウ。 「助けてという言葉まで、失くしてしまう前に終わらせることが出来ました……。こんなこと、私達しか、する者のいないことなんでしょうね」 悲しそうな顔で、ユーディスは海を眺める。そんな彼女の隣では、入江が帽子をかぶりなおしながら、ため息を吐いた。 「それでも、仕事は完遂です……。そろそろアークからの迎えが到着する頃ですかね」 「二度と起きてこないでいいように、引き籠る権利をあんたにやるですよ」 日暮は、そう言って標識を担ぎ直す。背中に背負った布団も、血と土で汚れてしまっていた。 「少しでも人として終わらせてやりたかったが……。しかし、化け物を生み出すのもまた人間なのか……やるせない気分だな」 斬原は、握りしめた拳で船を殴りつけた。治療の際に巻かれた包帯に血が滲むが、気にした様子もない。 悔しそうに歯を噛みしめ、視線を伏せる。 遠くに、船の明りが見える。アークからの迎えの船だろう。 やるせない思いを胸に、8人は惨劇の場を後にする……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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