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自殺幇助


 前略、真奈美へ。
 今まで苦労をかけてすまなかったね。保険金の受取人はおまえ一人にしてあるから、学費や生活費の足しにしてください。おまえが大学を卒業してしばらく暮らせるくらいにはあるはずだよ。
 なにか困ったことがあったら、父さんの友達の角山くんを頼りなさい。おまえも何回か会ったことがあるだろう、あの賑やかなおじさんだ。よく父さんのことを叱ってくれていたけれど、あれはあいつが優しくて、父さんを心配してくれていたからなんだよ。その証拠にほら、あいつ、お前にはいつだって優しかっただろう。
 葬式はしなくていい。墓もいらない。欲を言えば母さんと同じ墓に入りたいけど、きっと向こう方の親御さんが許してくれないだろうから。
 父さんはこんな馬鹿なことになってしまったけれど、真奈美はしっかりした優しい子だから、どうか幸せになってほしい。
 最後までお前に面倒をかけてしまう俺が言えたことじゃないかもしれないが、それでも、どうか、幸せに。

     貴明

 ペンを置いた男は深い溜息を吐き、便箋を丁寧にたたみ、真っ白な封筒に大事そうにしまった。しばらく考えてから封筒の表に「遺書」と書き加える。男はそれを書き物机の引き出しへ入れ、部屋の中を見回した。
 結婚式の写真。まだ元気だった頃の妻が優しげに微笑んでいる。娘が生まれた時に撮った写真。誇らしげな表情の妻と、小さな娘を抱いてはにかむ自分。娘の入園式の写真、小学校の入学式の写真、中学校の入学式の写真、高校の――
「お父さーん、ご飯できたよー」
 ――成人式の写真は見れない。そう自嘲しながら、男は愛しい娘の待つリビングへ向かうために立ち上がった。



「ノーフェイスの自殺幇助」
 モニタに映し出された「遺書」を音読し終えた『リンクカレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、ブリーフィンフルームに集まったリベリスタ達にそう告げた。
 あまりに端的な言葉のせいか動揺を隠せない面々に、イヴは無表情のまま淡々と言葉を続ける。
「ターゲットは牧野貴明、五十代の男性。無職。娘が一人いるけど妻とはかなり前に死別してる。革醒して間もないから、自分がエリューション化してることには気付いてない」
 イヴが手元の端末を操作すると、モニタの映像がくたびれた雰囲気の痩せた男と活発そうな少女のそれに変化した。少女の年の頃は十六、七というところだろうか、これが牧野貴明の娘ということなのだろう。
「親子仲は良好、たまに休日に二人で出掛けたりもしてるみたい。牧野貴明自体は優しくて責任感があって、職場でも慕われるようなタイプ。でも半年前にリストラされた」
 不況の煽り、とイヴは語る。そこから牧野貴明は転落していった。父母の死、兄弟による遺産の持ち逃げ。とどめは生来の人の良さのせいで引き受けた借金の保証人である。その借金をしていた友人が何も言わず姿を消したのだ。
 借金はなんとか返したが、牧野家の財産はすっかりなくなってしまった。五十を越し、今までサラリーマン一筋で何の資格も専門知識も持ち合わせていない貴明に、ただでさえ就職難である社会の風当たりは強い。
 ……失業保険での生活にも限界が見え始めた頃、貴明の脳裏には自殺の二文字がちらつくようになる。そんな折に自分でも気付かぬうちにしていた革醒であったが、ここでも運命が貴明に微笑むことはなかった。

「……しかし、革醒したばかりとはいってもエリューションだろ。一般的な手段で自殺できるもんなのか?」
 そう問うたのは今まで無言のままにイヴの話を聞いていたリベリスタのうちの一人である。
「そのためにあなたたちがいる。彼がしようとしているのは密閉された車内での練炭自殺。死ぬとは行かないまでも、気を失うことはできる。そこで、止めを刺して」
 ただし、とイヴは言葉を続ける。
「牧野貴明は誰にも言わずに自殺の計画を進めてるけど、当日にもなるとどうしても雰囲気は暗くなる。そんな時に親しい人間と彼が話し込んでしまうと、自殺を悟られかねない。もしそうなったら、彼女らは間違いなく彼の自殺を止める」
 そうなったとしたら、意識のある彼を大切な人の前で殺さなければいけなくなる。相手は革醒したばかりとはいえエリューション、抵抗されれば戦闘になるだろう。それはアークの掲げる「神秘の秘匿」に反することだ。

 「……ノーフェイスは倒さなきゃいけない。でもどうせなら、自分の力で死を選んだと信じたままに終わらせてあげて」
 そう言って彼らを送り出したイヴの手は、ほんの少しだけ、震えていた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ゴリラ・ゴリラ  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月26日(火)00:25
 初めまして。ゴリラ・ゴリラと申します。

●成功条件
・牧野貴明の死亡
 殺すことさえできれば失敗にはなりません。

●障害となる人物
・牧野真奈美
 貴明の娘。高校二年生。利発で優しい。最近元気がない父親を心配し、部活動を早く切り上げて家に帰ろうとする。貴明と話した場合は不信感を強め問い質し、自殺を止めようとする。
・角山史郎
 高校時代からの貴明の友人。短気、直情型。仕事の都合で近所まで来たついでに、牧野家に立ち寄ろうとする。貴明と話した場合は自殺を考えていることを察し、金銭的な支援と仕事の融通を持ちかけて自殺を止めようとする。
 ※この二人と牧野貴明が接触した場合貴明は自殺を思い止まり、リベリスタ達に抵抗するため戦闘となります。

●敵情報
・牧野貴明
 くたびれたオッサンであると同時に、革醒したばかりのノーフェイス。弱い。
 戦闘になった場合は初期レベル相当のマグメイガスのスキルを使用します。

・牧野貴明は夕方四時までは自宅に、その後車で人気のない郊外の森へと移動して自殺の準備に取り掛かります。
・何の妨害もしなかった場合に角山史郎が牧野家を訪れるのは午後一時、牧野真奈美が帰宅するのは午後三時です。また、二人共徒歩で移動しています。

 ちょっとめんどくさい内容ですが、心情系風味になっております。死って救いでしょうか。
 皆様のプレイングを、楽しみにお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
仁科 孝平(BNE000933)
クリミナルスタア
烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ダークナイト
若菜・七海(BNE003689)
ダークナイト
一ノ瀬 あきら(BNE003715)
クリミナルスタア
伊集院 真実(BNE003731)
マグメイガス
羽柴 双葉(BNE003837)
覇界闘士
ヘキサ・ティリテス(BNE003891)

●07:30 彼の一日のはじまりに
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
 薄暗い玄関を抜けて、陽の光の当たる外へと出ていく娘へ。男は微笑んで、緩く手を振った。閉まりゆく扉の隙間から漏れる光と娘の髪が残り香のように風に靡くさまを覚えておきたくて、目を凝らすけれどやっぱり扉はすぐに閉まってしまって、暗い玄関に一人、男は取り残された。
 廊下を歩き、部屋を見回す。リビングには娘が朝食に作った味噌汁の匂いが嘘のように漂っている。飾られた写真立てをひとつひとつ眺めながらなんとなく冷蔵庫を開けて、閉めて、男は書斎へ向かった。
 時間が来るまで、今日はアルバムを眺めて過ごそうと思ったのだ。

●12:32~14:52
「オーウ、ここが駅?」
 健康的な肌を惜しげもなく露出したブロンドの美女――に姿を変えた『にゃるらとてっぷ』若菜・七海(BNE003689)は、いかにも「好奇心旺盛な旅行者」らしい声で隣に立つ男に声を掛けた。男は心底疲れたとでも言うように眉間を揉みながら「そうだ」と返す。無理もないだろう。日本は不慣れだという女の道案内を引き受けたのはいいが、彼女ときたら反対方向へ駆け出すわ関係のない路地裏へ入り込むわで、ここまで来るまでに通常の倍も時間をかけてしまったのだから。
 しかし七海とて考えもなく道に迷っていた訳ではない。彼女はチラリと駅構内の時計を見遣った後、隣の男――彼女の今日のターゲットである男、角山史郎へにっこりと笑んで見せた。
「オニーサン、ホントにセンキューね! マタネー!」
「またね、って……はは、名前も知らねえのに」
 人混みへと消えてゆく七海を見送りながら苦笑する角山は、何も知らずにそう呟いた。さて、と腕時計を見て、駅から出ようと踵を返す。久々に友人に会いに行こうと考えていたのに、思いのほか時間を取ってしまった。

「あなたは神を信じますか?」
 角山が駅を出た瞬間、宗教勧誘としてはお決まりの問いを投げかけたのは『昼ノ月』伊集院 真実(BNE003731)である。
「間に合ってます」
「まあまあ、どうかお話だけでも。私は牧師をしておりまして……」
 面倒そうな顔をして立ち止まった角山へ柔らかい笑顔を向けながら、真実は考える。
(自殺の、幇助。聖職者としてどうなんでしょうね)
 宗教勧誘を装う真実であるが、彼は実際れっきとした聖職者であった。否、現在はアークのリベリスタとして活動しているのだから、元か兼がつくのかもしれないが。本来なら説教の一つや二つでもして思い留まらせるところなのにと思ってから、自らの血に塗れた過去を想って彼は自嘲する。
(……こんな私が言ったんじゃ、説得力なんてありませんね)
「ですから楽園というものはどこかに必ず存在する、善き行いをした人間が最後にたどり着く理想郷なのですよ」
「はあ……」
 この世界に彼の楽園はなかったかもしれないけれど。
 本人のたっての希望なのだ。「救い」を、与えようか。
「そう、神を信ずるあらゆる者に、主は平等に救いをお与えになるのです」
 目の前の男の親友を殺すために、彼は神の教えを説く。
 
 柔和な聖職者をなんとかやり過ごした角山は駅のロータリーを抜けてしばらく歩き、繁華街に入った。これまで友人の家を訪れる際、幾度も通った道である。その足取りに迷いはない。が、ひとつ曲がり角を曲がったところで大人しそうな少女と正面からぶつかることまでは予想していなかった。
「あ、ご、ごめんなさいっ……!」
 顔を青くする少女の視線の先を見やれば、角山のスーツにはぶつかった時に少女が持っていたのだろうソフトクリームがべっとりと付着している。
「ああどうしましょう、とにかく拭かなきゃ、ごめんなさいね」
 高級そうなレースのハンカチでスーツの汚れを拭う少女の横顔は、清楚な大和撫子のそれである。さっきのガイジンさんとは正反対だな――角山はやれやれと溜息をついた。その少女がまさに先程の喧しい外国人と同一人物、無貌の神を自称する若菜七海だとは、露とも知らずに。

「はァー……」
 角山は喫茶店で一人煙草をふかす。結局クリーニング代どころかお茶まで御馳走になってしまった。もう日が傾き始めている、いい加減に友人の家へと向かわなければ。灰皿へ煙草の先端を擦りつけながら立ち上がったところで、後ろから歩いてきた少年と肩がぶつかった。
「悪い」
 軽く謝罪して鞄を持とうとする、その腕を乱暴に掴んだのは一ノ瀬 あきら(BNE003715)である。橙色の瞳に、普段の彼ならば絶対にないであろう攻撃的な色合いを滲ませながらあきらは叫ぶ。
「おっちゃんどこ見とんのや? 目玉ついとるんか、あァ!?」
「なっ……」
「なんや聞こえんかったんか! もうモーロクしとんのやないか!?」
 理不尽にぶつけられた言葉に絶句する角山に、あきらは追い打ちをかけるように罵倒を浴びせる。大切な人が死ぬんなら、心に傷が残るなんて当然だ。必要以上に傷付けるつもりなんてないけれど、必要以上に傷から守ってやるつもりだってない。あきらに今できることは、死にゆく人間を安らかに逝かせるための時間稼ぎだけなのだ。
「このクソガキ、人が黙って聞いてりゃあ……大人を何だと思ってやがる!」
「あー肩めっちゃ痛いわあ! 折れたかもしれんなあ、治療費負担してもらわないかんかもな!」
 売り言葉に買い言葉。店員の静止を振り切って乱暴な言葉を叩きつける角山に、負けじとあきらも言い返す。警察を呼ばれれば上等、時間を稼ぐにはもってこいのイベントだろう。
「んだとコラ……!」
 思わず拳を握り込む角山の脇を、するりと抜ける影がひとつ。

「ワリィなおっさん、ちょっと借りるぜ!」
 ちらりとあきらに目配せをして駆け出した少年、『デンジャラスラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)がその腕に抱えるのは、黒い革製の仕事鞄。見覚えのあるそのデザインに、数秒考えてから角山は叫んだ。
「あーっ、待てガキ! それが何だかわかってんのか!」
「だーから、借りるって言ってんじゃん!」
 冗談じゃない! あの鞄の中には会社関連の書類はおろか、携帯電話や財布、はたまた仕事用のノートパソコンまでが入っているのだ。「てめえここで待ってろよ! 逃げたら承知しねえからな!」大慌てで駆け出しつつもあきらを睨みつけるのは忘れない。子供の足だ、どうせ遠くまで逃げられないだろう――そう高を括っていた角山は、喫茶店を出てからその浅はかな考えを撤回することとなる。ヘキサの誇る健脚に、普通の人間が追いつける筈もないのだから。

●14:52~16:03
 牧野真奈美は困っていた。
「うーん、その会社だったら見たことはあるんですけど……」
「本当ですか! ああ、ありがとうございます。すっかり迷ってしまって」
 そう胸を撫で下ろしたのは、リクルートスーツに身を包んだ『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)だ。道に迷ったという孝平を送っていく事にしたのはいいものの、彼の行きたいという企業のビルの場所が真奈美にもはっきりとわかっていない状況なのである。
 考え込む真奈美を見ながら、孝平は思う。真奈美は本当に普通の女子高生であり、それなりに平穏な人生を送っている。彼女の父親も――倒すべきノーフェイスも、ついこの間まではそうだったのだろう。
(自殺するノーフェイスの止めを刺す、なんて……ノーフェイスといえば、戦って倒すものだと考えていましたから)
 こんなに普通の娘を持つ、普通の人間なのだ。世界に愛されなかったというただ一点を除けばの話だけれど。それでも間違いなく、人間だ。
(思い余って自殺を考えるほどに……)
「あの、おーい? ですから、一回交番にですね」
「えっ、あ、はい!」
 思わず考え込んでしまっていた孝平は、投げかけられた声にビクリと肩を震わせる。その様子に小さく笑いながら、真奈美は通りの先、繁華街へ繋がる道のほうを指さした。
「あっちにずうっと行って右に曲がると交番があるんです。でも、うーん、方向音痴……なんですよね?」
「はい……」
 申し訳なさそうに項垂れる孝平に、真奈美は今度こそ声を上げて笑った。
「じゃ、一緒に行きましょうか!」

 ここからは一人で行きますと笑った孝平と交番の前で別れ、帰路につこうとした真奈美を再び呼び止めるものがあった。
「あの、すいません! おんなじ学校の人ですよね?」
 振り返った先に立っていたのは真奈美と全く同じ制服を着込んだ羽柴 双葉(BNE003837)。
「そうだと思うけど、どうしたの?」
「私最近引っ越してきたんですけど、あの、定期券が落ちてるの見ませんでしたか? パスケースには入ってないむき出しのやつで……」
 慌ただしく区間やら定期券に書かれた名前やらを説明する双葉。しかし真奈美は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんね、見てないと思う」
「そう、ですか……」
 気落ちしたように項垂れる双葉だが、定期券が見つからないのは当然である。落し物をしたなどという話は、そもそもが真奈美を足止めするための嘘なのだ。
「あの、ごめんなさい、探すの手伝ってくれませんか?」
 その言葉に真奈美は難しい顔をする。この広い街から定期券一枚を探しだすなど、簡単な話ではない。近くに交番があるのだし、そこで聞いたほうが早いのではないか。そう返すと双葉は首を横に振った。
「いえ、多分駅にあると思うんです。さっき学校から駅までの道を探してから戻ってきたんですが、そのあと交番を探すので手間取っちゃって。交番で落し物登録をしたのはいいんですけど、今度は駅に戻るまでの道が……」
「ああ、駅までの道を案内すればいいのね! それならお安いご用だよー」
 両手を合わせて頼み込む双葉はどうにも必死な様子である。聞けば転校生だというし、まだ土地勘が薄いのだろう。真奈美はあっけらかんと笑って双葉の手を引く。
(……やるせない、お話だよね)
 学校の話をして笑う真奈美の横顔を見ながら、双葉はきゅっと唇を噛んだ。

 途中で寄り道をしながらも、ようやっと駅のロータリーにたどり着いたその時である。
「Excuse me, but could you tell me the way?」
「ふぁっ!?」
 流暢な英語。驚いて振り返った真奈美の視線の先に立っていたのは、日本人離れした容姿の『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)である。
「I am foreigner♪」
「ふぉ、ふぉー……?」
 矢継ぎ早に繰り出される英語に混乱したのか、真奈美はおずおずと双葉のほうを見る。しかし双葉も困ったように首を傾げるだけで、その様子を察したのかエーデルワイスはもう一度、先程の言葉をゆっくりと聞き取りやすく言い直した。
「み、道を教えればいいのかな! オーケーオーケー!」
「せ、先輩」
「あっ双葉ちゃんはもう駅に行っちゃって大丈夫だよ! 見つかるといいね、定期!」
 ぐっとサムズアップ。双葉はあわあわと真奈美に向かって一礼する。
「ありがとうございました! また会ったらよろしくです、先輩!」
 双葉の後ろ姿が見えなくなった後、エーデルワイスは改めて真奈美に向き直った。
「Sorry,Would you please tell me the way to city office?」
「してぃおふぃす」
 鞄から出した電子辞書を操作した真奈美は、ああ市役所ね! と声を上げる。
「市役所ならこー行ってあー行って……んー、わかんないですよねえ」
「?」
 ぐりぐりと腕を振り回す真奈美に、エーデルワイスは笑顔のまま首を傾げる。
「よし、ついて来てください! えーと、フォローミー!」
「oh,OK!」

 二十分ほどが経った頃。エーデルワイスと真奈美は市役所前へ立っていた。
「ここ! ディス! ディスプレイス! シティオフィス!」
「oh my god! thank you very much♪」
「あのね、入ると中にカウンターがいっぱい……やっぱわかんないですよねえ」
本当は、彼女の言っていることなどしっかり理解できているのだけれど。エーデルワイスは先程と同様に首を傾げる。
(相変わらず、運命は悲劇が好きね。私も悲劇が好きになっちゃったかなあ)
「See you again!」
 笑顔で手を振る真奈美に、同じく満面の笑顔で手を振り返しながら。
(……だって、悲劇に涙する姿は鮮烈だもの♪)
 真奈美に背を向けたエーデルワイスの表情は、もはや陽気な外国人のそれではなかった。

●16:03~16:24
「ま、待て、コラ……!」
「んだよ、オッサンもう限界か?煙草吸ってるなら止めた方がいいぜー」
「うるっせ、うぇっほげっほゴホッ」
 ヘキサが意図的に選択した、牧野家とは正反対の場所にある人気のない路地裏。ポケットから出した携帯電話のサブディスプレイを見て時間を確認すれば、四時をすっかり回っている。これなら問題ないだろう。
「しょーがねえなあ、そろそろ勘弁してやろっかなー」
 息も絶え絶えな角山へ鞄を手渡そうとし、一瞬だけ躊躇う。このままでいいのだろうか。何も知らせることなく、理不尽なままに全てを終わらせてしまってもいいのだろうか。
「……あのさ」
「何だよ」
 苛立たしげに眉を顰める角山に、それでも聞いてみたいことがあった。彼の真意を。飾らない本心を。
「オッサンは、自分の大切なダチが助けを求めてたら、どうする?」
「ああ? 助けるに決まってんだろ」
 するりと自然に出てきたその言葉にヘキサはぐっと息を詰める。今どこかで死を選ぼうとしている男は、救われたかもしれなかった。自分たちさえいなければ、救われたかもしれなかったのだ。バカ野郎。内心で彼は自殺志願者を罵倒する。せずにはいられなかった。こんなことになる前に、頼ればよかったのだ。一人で勝手に絶望しやがって。大バカ野郎。
「……おい?」
 戸惑うような角山の声に、はっと顔を上げる。
「あ、ああ、……ありがとな。そうだよな」
 なんとか笑みを作って、鞄を渡す。釈然としない様子の角山に背を向けて歩き出し、思い出したように振り返って、片手に持っていた清涼飲料水のボトルを放る。
「それ、やるよ。一応迷惑料。……ホントは全然足りねーけど」
 言い捨てて、走る。角山に合わせてセーブしていた先程までとは違う、人間では到底かなわぬ速度で。間に合うだろうか。伝えられるだろうか。伝えられなくてもいい。ただ、言ってやりたい。お前を救いたいと思っていたものが、確かに存在していたことを。
「……ごめんな」
 呟きは、流れる景色に消えた。

●16:24 彼の生涯のおわりに
「……ん、角山ちゃんの誘導もしゅうりょ~、っと」
 郊外の森。やや高台になっているその場所から、千里眼をもって街を見下ろしているのは『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)だった。細めた瞼の隙間から覗く凶眼が次に映したのは、ぼんやりとした表情で車を運転する男――自殺志願者、牧野貴明。
(世界から消えようとして、更にその世界からも拒否されるなんて。皮肉なお話だよねえ)
 よいしょーっ。呑気な掛け声と共にガードレールの上から飛び降りて、アクセス・ファンタズムで他のメンバーへと連絡を取る。牧野パパも、もうそろそろこっちにつくだろうから。さくっと処理しちゃうね、と。

 森の深くへ身を隠し、自殺者の準備が整うまで、殺人鬼は暫しの休憩を。

 ――驚くほどの恵み、なんとやさしい響きか。
 響く賛美歌は殺人鬼の口から漏れ聞こえている。荘厳さの欠片もない陽気でいびつなメロディーに合わせるように、葬識は貴明の車のボンネットへと軽やかに飛び乗った。
(それでは、終わらせよう。この悲劇を)
 エウリピデスに習い、デウス・エクス・マキナの救いでもって。
 手にした巨大な鋏、「逸脱者のススメ」と名付けられたそれが、フロントガラスを叩き割る。溢れる煙に目を細めながら車内を見回すと、運転席で眠る貴明の姿があった。助手席には未だ煙を上げる七輪、足元に転がるウイスキーの瓶と睡眠導入剤らしき錠剤のパッケージ。お手本のような準備の良さだ。大きな音を立てたって、目覚めることはないだろう。
 さあ、愚かなるものをも救おう。神の救いを与えるのが殺人鬼だなんて、何とも滑稽!
「一酸化炭素の天使は、君に何を囁いたんだろうねぇ?」
 鋏がグパリと救いの手を開く。聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!
 
 ザクリ。
 ああ――美味しくない命だ。


 「――終わったそうです」
 アクセス・ファンタズムから顔を上げた孝平の言葉に、真実は小さく頷いた。他の五人はやりたいことがあると現場へ向かっているらしい。終わりの場所であるはずの森の方へ視線を向けると、細く、煙が上がっているのが見えた。
 事故を装ったのだろうか。だとすればあれは、ひとが燃える煙なのだろうか。まるで火葬場だと目を伏せる孝平を横目に見ながら、真実は無意識に胸の前で指を組んだことを自嘲する。祈る? 誰に。神にか。神などいない、いるものか。いるならば、こんな悲劇をお許しになる筈がない。
(祈るとすれば、そう――)
 彼の死に。その道往きに、幸あれと。

「……あなたに、幸あらんことを」
 佳き旅を。遠く昇る煙へと、そう祈った。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
彼の生涯はつつがなく終わりました。

きっと誰かが救われたことでしょう。皆様の素晴らしいプレイングに、ありったけの感謝を。
お疲れ様でした。