●お姫様へ 君が眠って、幾年経ったよ。 何も変わらない、君の横顔も僕の想いも。 あの日、僕等の日常は壊れてしまった。 それでも、僕等の気持ちは壊れなかったね。 何にも勝る奇跡は終わらせない。 瞳閉じれば、君に逢える。 でも、満たされる筈ないよ。 何もない場所で、夕日を見上げた日も。 冷たい夜雨に紛れ、頬を濡らした日も。 君が全てだから、僕は進み続けるんだ。 今夜こそ、君を起こすよ。 おはよう、愛してるよ。 今日は約束の日、誰にも渡さない。 ●悪意 「ひゃひゃひゃっ! たかだか女の一人に命賭ける馬鹿野郎が世の中いるなんてなぁ、驚きだぜぇぇっ!」 「黙れっ!!」 白い霧の中で火花が舞い散る。 彼の手には綺麗な小瓶が抱えられており、クレイモアで相手の攻撃を切り払うのが限界の様だ。 だが、敵はお構いなし。四方八方から死角を狙い、降りぬかれる鋭い連撃が彼の体を切り裂く。 「くっ……!」 このままでは嬲り殺しである。 彼はビンを上に放ると、クレイモアを両手で握り締めていく。 神経を研ぎ澄ませ、背中を狙って迫る敵を音で捉えると、振り返りながら全力の縦一閃を放つ。 「ぎぃゃぁぁっ!?」 ナイフで防御されたものの、力はすさまじく、細い敵の体は吹き飛ばされて霧に飲まれる。 今のうちと落下したビンをキャッチすれば、森を抜けようと走った。 「何だあの馬鹿、抜けられてるじゃねぇか……遊びすぎだ」 草原に到達した彼を迎えたのは、目つきの悪い青年だった。 先程襲い掛かった男と似たパーツが多く、血の繋がったものだと察しがつく。 「女ぁ? 女なんざその辺に溢れてるのによぉ……酔狂なガキだな!」 「唯一つ、それが分からないような輩が人を語るなっ!!」 戦いの感で両手で握るはずのクレイモアを振り回し、制御する。 連続で放たれる拳、一発一発がまるで砲弾の如き重みを思わす。 薙ぎ払い、バックステップをした瞬間を狙い済まし、喉元を狙っての突きが迫る。 (「とった!」) しかし、ぞくりと背筋に寒気を感じる。 既に遅い。吹き飛ばされた先程の男が彼の背後に迫り、首の動脈を切り裂いたのだ。 「ぐぅっ……!?」 ガクリと崩れる体を肩から鷲づかみし、血の噴出す首筋へ噛み付く。 命の迸りを容赦なく啜り上げていた。 「……っはぁっ! マズぃ、男の血はやっぱマズぃわ! このクソがっ!!」 口を離すと背中からナイフを突き刺し、肺を抉る。 肺胞を血が塗りつぶし、まるで水の中に沈められたかの様に酸素が届かない。 力が抜けていき、ごとりとビンと剣が地面を転がった。 「真面目にやれ、クソッタレ。あ~、離すなよ? トドメ刺すから……よぉっ!!」 心臓を狙って無比の破壊力を秘めた正拳が叩き込まれる。 胸の内臓を守る檻が全て砕かれ、凶器となったそれが突き刺さっていく。 圧迫された肺からは詰まった血が気道を遡り、口から盛大に血の噴水を起こしつつ、男の手を離れた 彼の体は、草原の端にある巨木の幹へと激突してしまう。 「おい、忘れ物だぜ!」 膝を震わせながら、木に寄りかかり、体を立て直そうとする彼へ、転がっていたクレイモアを投擲。 一瞬にして迫る鉄の刃は彼の胸を突き破り、木の幹へ貼り付けてしまった。 「いい絵だなぁ~っ! 兄貴、写メ撮っとこうぜ?」 「まだだボケ。見てみろよ」 それでも彼は動くのだ。 約束を果たす、たった一つの事の為に全てを投げ捨てる。 砕け散る運命の力は幾つ消えただろう? 分からない、そんな事より奴等を倒すことだ。 「貴様等に屈しはしない、かかって来い……全てを後悔させてやる」 逆手に握ったクレイモアを力任せに引き抜く。 溢れる鮮血、それ以上に赤い憤怒の光を点した瞳が男達を睨むのであった。 ●騎士 「せんきょーよほー、するよ!」 何時も道理のセリフを紡ぐ『なちゅらる・ぷろふぇっと』ノエル・S・アテニャン(nBNE000223)、傍らには兄の紳護の姿があった。 しかし、今日のノエルは何処となく不機嫌そうだ。 何時もなら褒めてと迫る小動物の如く、うきうきとスケッチブックを開くのだが……。 今日はまるでツンデレ喫茶の店員顔負けの勢いでテーブルにスケッチブックをブッ立てる。 「この、KYなおにいちゃん達をおしおきして欲しいのっ!!」 二つの人物、相変わらずド下手な絵で描かれているので詳細は分からない。 各々何か武器らしきものを手にしており、矢印が引かれた先には『おそれやま』とミミズの様な文字で書かれている。 そして左端には『ないとさま』、右端には『おひめさま』と振られた、それらしい人物画があった。 「ないとさんは、おひめさまの為にアーティファクトを見つけたの。それは、おひめさまをずっとお眠りさせちゃったアーティファクトとこう……と、隣り合わせ? な、何ていえばいいのかな」 言葉の選択に悩んでいると、紳護が『鏡合わせ』と呟く。 「そう、かがみあわせ~! それで、そのアーティファクトを おひめさまのところに持っていけば、おひめさまは起きるの。それでね、ふたりは幸せになるの」 白雪姫と同じ、王子様のキスで目を覚ますあの物語がアーティファクトに挿げ替わっただけだ。 そして、ここからが本題。先程までの説明で花開くように笑っていたノエルの表情は一気にムスッとしたものに変わる。 「それなのに、このKYなおにいちゃん達は、ないとさんのアーティファクトを奪おうとするの! ないとさんもガンバるんだけど……負けちゃう、そんなの酷いよっ!」 今度は今にも泣きそうである、お子様故か喜怒哀楽がころころと変わって行く。 「だから……もう、メチャメチャのボコボコのグシャグシャなぐらい、KYさんを倒してきてっ!」 ぜぇぜぇと荒く息を吐くノエルを見やり、気が済んだかと思うと兄が補足を始める。 「今、眠っているのは椎名 雪美。そして、目覚めさせるアーティファクトを手に入れたのは、鏑木 陽太。二人ともアーク所属のリベリスタだ。椎名は以前フィクサードが使用したアーティファクト、『魔女の口づけ』により昏睡状態に陥り、今日までの数年間目覚めていない」 禍々しい形をしたビンに、紫色の液体が詰まった映像がスクリーンに映し出される。 この液体を武器に塗り込めば、常人ならば一撃で致死に達する猛毒らしい。 リベリスタだからこそ、昏睡状態で耐えていたというところか。 「そして、この毒の解毒剤となるアーティファクト、『聖女の口づけ』というものが存在する。正確な所在は掴めかったのだが……彼が長年に渡る努力の結果、ついに山中の奥深くで発見する見込みだ」 つまり、現在進行な状況だ。 スクリーンへ先程とは対照的に、芸術品を思わせるビンに白く輝く液体の入った映像が投射される。 元々は一緒に作られたものだが時の流れにより、気付けば離れ離れだった様だ。 「花嫁衣裳を着せた上で、教会で寝かせた彼女に口移しでこの液体を注ぐ。それで毒が消え去り、目覚める。だが……魔女の口づけは、恐山に渡ってしまったのが問題だ」 だからこそ、今回の未来予想で恐山が襲い掛かったのだ。 彼が手に入れたアーティファクトは、二つ揃うことで大きな意味を成す。 「そしてこの聖女の口づけを奪われるのだけは避けたい。毒という交渉手段は解毒剤があって初めて効力を発する、これを奪われるのは恐山に最悪な交渉手段を握られる事になる」 毒の量産化をされても、解毒できれば問題はない。 だが、解毒手段を握られては抗うことも出来ない。特に元はアーティファクトだ、アークの力で研究し、解毒剤を作るのも至難の業。 もし奪われれば、椎名 雪美の様な仲間を増やすことになるだろう。 「しかし気をつけてくれ、ノエルの予知では……かなりの練達者が襲い掛かる。朽木兄弟、遭遇したリベリスタが全員重傷を負っているぐらいだ。兄は覇界闘士、弟はナイトクリーク、既存の技術も精錬されているが独自の技も厄介だな。詳細は今から渡す資料を参照してくれ」 資料を回しつつ、紳護は言葉を続ける。 「ノエルの予知によると、最初は弟が不意打ちを仕掛け、フェイトを使い潰しながら命辛々撒いたところで兄にトドメをさされるらしい。確実に彼を通過させるのであれば別々のポイントにいる二人を抑える必要がある。後詰めに恐山の構成員が5名程度、こいつ等ぐらいなら鏑木でも突破できる筈だ。余裕があれば援護に回っても問題ない」 説明が終わると、紳護はノエルを見やる。 それが合図なのか、ノエルは再び声を張り上げた。 「ノエルはケンカ嫌いだけど、このおにいちゃん達はもっともっともぉっと大っ嫌いっ!! 皆、絶対勝ってね!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常陸岐路 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月24日(日)23:41 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●突撃 (「俺もミメイに何かあったのならば……こんな無謀な行動を取るのだろうか、な」) 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は山中を駆けながら思う。 (「それは誰も一緒か……ここにいる皆は特に」) 移動の最中からアクセル全開に飛び出しているのは、『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)だ。 愛する人と何年も喋れなくなってしまったら? 想像するだけで恐ろしく、今にも壊れてしまいそうだった。 それでも耐え続けた陽太の心の強さに驚きもしただろう、だからこそ……この未来を許せない。 『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)も、同じだ。 (「あたしはまだ愛とかよく分かんないけど……」) けれど、その痛みはとても伝わる。 何時か、自分が誰かを愛したら同じ様にその人の為に戦うのだろう。 それだけは分かる。だからこそ許せない。 ぎゅっと握り締めた掌に決意が篭っていく。 山道の切れ目が徐々に迫る、ここを抜ければ朽木兄弟の兄が待ち受ける草原だ。 「歪どん、蘭どん、宇賀神どん。ここは任せたぞ」 『無流』水洛 邪峰(BNE003791)は、自身の防御術を仲間達に記憶というデータで送り届ける。 相手の技を盗む為に覚えた耐える技、酔狂な使い方だが結果として特化した力は大きな武器だ。 「其方もどうか気をつけて下さいね……」 『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)は白い光を降り注がせ、それはリベリスタ達の背中に集まる。 小さな翼として構築された光は挙動補助を行い、まさに術名通りの力といったところか。 「あぁ、俺達はこの舞台を彩りに来たんだ、ハッピーエンドの終止符、護って見せるさ!」 『花縡の殉鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は満面の笑みで二人に答える。 木々のカーテンが消え、一面開けた草原にはポツンと一つの影、朽木兄だ。 更に奥のポイントへと向かおうとする仲間達を妨害しようと立ちふさがる彼との間へ、小さな体が滑り込む。 「おにーさん。ちょっとデートしよーよ」 『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)だ。 どう見ても幼女にしか見えないが侮ることなかれ、これでも長年戦い続けた練達の戦士だ。 「邪魔だクソガキ! 潰すぞ!」 啖呵を切る兄の様子を見てもマイペースさは変わらない。 「どいて。ぐちゃぐちゃに、されたいの?」 有無を言わさず羽音がチェーンソー剣を唸らせ襲いかかった。 背中に抱える様に剣を振りかぶり、一足飛びで距離をつめると全力で袈裟切りを放つ。 「ぐぁっ!?」 飛び散る青い閃光の花火、容赦なく肉を抉り切り裂き、鮮血の狼煙を上げて草の上を転がす。 「今度は私の番だよ」 直ぐに起き上がった兄へ、ぐるぐが追い討ちをかける。 何だか酷い形となった鈍器を両手に距離をつめると、羽音が作った傷口を容赦なく殴打するのだ。 「がぁ……っ!?」 痛みに振り払おうとする拳も覚束無い、ただ振り回すだけのそれをダッキングの要領で避けながら集中して叩き込み続ける。 ペースを握られてなるものかと、痛みに耐えながら拳を振り下ろし、反撃に転ずるのだが魔力の矢が拳を撃ち払うようにダメージを重ねた。 「眠り姫を目覚めさせるのは、愛しい王子の口付けに決まっているよ。……性根の腐った空気の読めない醜男は地でも舐めてろ」 変わらぬ笑みで紡ぐ遥紀、この勢いは止めさせんとメンタルの勢いも加速させていく。 ●凌駕 霧の掛かった森の中、鏑木 陽太は聖女の口づけを抱えて走る。 木の上から弟が狙って飛び降りようとした瞬間、ぞくりと走る悪寒に直ぐに飛び退く。 瞬間、木の幹が砕け飛び散り、乗ったままならば巻き込まれていただろう。 「朽木弟括弧仮名、バレバレな襲撃大失敗~~! 『たかだか女の一人』もモノにできないからって兄弟揃って逆恨み超ダッセ~~~ッ!」 「んだとコラァッ!?」 凪沙の放った蹴りは離れた場所にいた弟の足場を破壊し、奇襲を防いだのだ。 オマケに分かりやすい挑発に易々掛かるあたり、分かりやすい奴である。 「朽木……だと?」 陽太も名前ぐらいは知っていた、霧の中を突き進みながら別の影が見えてくると片手でクレイモアを構える。 「落ち着け、アークの者だ。お前さんを援護しに来た」 両手を上げて近づくオーウェン。先程の声の主、マイクを持った凪沙の姿も傍にあり、納得した様子で陽太は構えを解く。 「奴は俺達が引き受ける……俺にも愛する者が居るので、な。お前さんの気持ちはよく分かる」 行けと促すオーウェンだが、陽太は動かない。 「待て、噂通りの馬鹿なフィクサードかもしれないが腕も馬鹿みたいな奴だ。俺も……」 数の有利さがあっても確実の勝利が収められる相手ではない、二つ返事で任せられないと食い下がる。 「落ち着きたまえ。お前さんが行かないと意味がないんだ」 オーウェンの言葉に、凪沙の後ろを守る『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)も頷く。 「例え雪見さんが助かってもあなたがいないと意味がないんだ……! 必ず二人とも生きて、幸せにならないと……」 そう、助かればいいわけではない。この物語は幸せに終わらなければ意味がないのだ。 しかし私事に巻き込む事になる事が引っかかり、直ぐに頷けない。 「考えてみるといい……起きた時に、自分の愛する者が、自分を救うために亡くなったと聞かされた際の絶望を!」 その言葉に、陽太はハッとした様にオーウェンを見上げる。 「純粋な愛と言う奴はの、儂らの様な者の心を突き動かす時もあるんじゃよ」 「私達の事は気にせず、早く椎名さんの元へ急いでください」 邪峰と櫻子も彼の背中を押し、陽太は感無量の思いにぐっと拳を握る。 「……この恩は何時か必ず返す!」 リベリスタ達に背を向け、全力疾走で霧の森を走り出す陽太。 背中を任せられた以上、奴を絶対に倒す。 こちらもより一層心が引き締まるのであった。 霧の中を静かに失踪する弟はターゲットを探す、それはただ一人。 「誰が逆恨みだゴラァッ! ブチ殺してやらぁぁぁっ!」 正面から凪沙に襲い掛かる弟、突き出したナイフをステップで避ける、が。 「掛かったなアマァァァッ!」 いつの間にかナイフは反対の手に移っており、避けた手は何も握っていない。 回避先を狙ってのナイフが、彼女の腹部を貫く。 「っ……!」 死の刻印が傷口から広がり、猛毒が染み込む。 突き飛ばすようにして距離をとるが、ダメージは深く意識が揺らいでしまう。 「福音を響かせましょう……」 状態異常も危ないが、それよりもダメージの方が深い。 櫻子の透き通る様な声は、傷を癒す活力を沸き立たせ、じわりじわりと痛みと共に傷がふさがっていく。 「このっ!」 「そこかっ!」 凪沙とオーウェンの反撃を嘲笑いながら回避する弟だが、その隙を狙って背後からアンジェリカが迫る。 「誰かを愛する事の何が悪い、唯一人の人の為に命を賭ける事の何が悪いんだ……!」 「馬鹿かテメェ! 人間なんざ腐るほど沸いてやがる内の一つで、他人だろうが!」 黒きオーラを伸ばし、鞭の様に振るうアンジェリカの攻撃を弟とは易々と掻い潜る。 「ボクにも愛する人がいる、その人の為になら何でもするよ……」 横薙ぎに払い、身を屈めて避けたところでアンジェリカの小さな手が弟の襟首を掴む。 「だからこそ陽太さんの思いが解るんだ、その思いを、その覚悟を馬鹿にする奴は……」 ぐっと引き起こし、その手を払おうとした瞬間あえて解いたのだ。 空振る手、体勢の崩れたところへバックステップから斜めに回転させながらオーラを唸らせる。 「絶対、許さない!!」 炸裂音、それが正に相応しい。 遠心力で限界まで威力を増したオーラの黒鞭は容赦なく弟の頭部を叩きつける。 意識がホワイトアウトし、地面に叩きつけられる様に沈むが、どうにかその衝撃で意識を取り戻し、距離を離す。 「クソが、ぶっ殺してやらぁっ!」 体が痺れながらも、彼の戦意は沈むどころか燃え上がっていく。 「……最早、空気が読めないを通り越しますわ。早急にお帰り願いませんとね」 櫻子は空しい雄叫びへ、冷めた言葉と共にため息を零すのであった。 ●破砕 「調子のんじゃねぇっ!」 「うっ……!?」 兄の反撃もリベリスタ達に劣らぬ勢いだ。 鋭い掌底の一撃が羽音の腹部を捉え、内臓を叩き潰さんと衝撃が駆け抜ける。 胃の内容物をぶちまけてしまいそうな破壊力、剣を杖にむせる羽音だが瞳から闘志は消えない。 「おにーさんつよいよね。そんなにおいしてる」 再びぐるぐが鈍器の狙い打ちを放つ。 その小さな体から想像もできない破壊力が放たれ、傷口を、鳩尾を、急所を、脆い場所を的確に潰すのだ。 ぐらっとよろめいたところで、羽音が続く。 「負けないっ!」 体の痺れ、そんなものが何だ。 心の強さは体の活性力すらも加速させるのか、振り切ってしまったのだ。 「蘭! そのまま突っ込むんだ!」 「任せて!」 剣を前に突き出し、そのまま突撃。遥紀は羽音のバックアップに回る。 歌声のような詠唱は、彼女の周りに青白い光として現れ、体を包んでいく。 体のダメージが和らいでいくのが、痛みを遮った彼女でも分かる。 「ぐぁぁっ!?」 羽音のチェーンソー剣からは雷の閃光を輝かせ、そこに真紅の雨が重なった。 丁度そこへ森を抜けた陽太が姿を現す。 「クソが……こっちに通してるんじゃねぇよ!」 舌打ちと共に陽太を叩き潰そうと走る兄、それをぐるぐが遮る。 「どけぇっ!」 先程までの攻撃とはまったく違うフォーム、何かを察知したぐるぐはギリギリの所で体を捩ったのだ。 突き抜ける突風、千切れ飛ぶ草。これが彼の必殺技、真の拳。 「陽太君だね、俺達の仲間とはもう会ったよね?」 「あぁ、君らも……」 そうだと微笑みで答える遥紀、直ぐ傍では拳を振り回す兄とぐるぐに羽音が忙しなく攻防を繰り返す。 「空気が読めない邪魔者は俺達が抑える。だから、君は前だけを見て駆け抜けるんだ。余り女の子は待たせるものじゃないよ?」 片目を瞑り、任せろと彼の背中を押す。 ここで先程のように躊躇うのは最早野暮だ、わかったと頷く心中は感激に溢れていた。 「それと」 AFから取り出されたのは、何故かタキシード。 一瞬間が開き、はて? と首をかしげながらも律儀に受け取る辺り、多分真面目なのだろう。 「趣味に合うか分からないけれども、花嫁さんの御迎えには、正装かなってさ」 冗談めかしたような遥紀の微笑みに、肩の力が緩み陽太の表情も和らぐ。 「面白い人達だな、まったく。じゃあ、後は任せる」 全力で走りだす陽太を見送り、戦いはまだ続く。 「どんどん回復していくから、後ろは任せて!」 勢いの潰えない二人へ力を奮い立たせる様に詠唱を続ける遥紀。 どれだけ傷つこうとも、叩きのめされ様とも二人は傷を治しては立ち向かうのだ。 「自分の命を掛けてでも、守りたい存在がいるのはとっても素敵で、尊いことなんだ」 チェーンソーを振り下ろし、交差した手甲がそれを受け止める。 オレンジ色の火花が飛び散り、力の押し合いが始まっていく。 「あたしにも、そんな人がいるから……よく分かる」 押し付ける刃は徐々に守りを崩していき。 「貴方達が……遊びで邪魔していいものじゃない!!」 叩き潰す、刃は肩に突き刺さり、強引に体を引き裂こうとするのだ。 「このヤロォォッ!!」 そのまま必殺技の真拳を振りぬき、羽音の胸元を捉える。 単純ながら恐ろしい豪の技は、骨の砕ける様な音を耳に届けながら遥紀の方へと細い体を吹き飛ばす。 「20回はぶっ転がしてやる!」 入れ替わる様にぐるぐが前に飛び出すと、左フックの如く鈍器が彼の顎を穿つ。 それだけ、だが破壊力はすさまじい。 もし常人ならば頭が消し飛んでいるかもしれない、何せ頭を軸に何度も横回転させた上で地面に転がしたのだ。 白目を剥き、泡を吹いて地面に沈む兄が起き上がる様子はなさそうだ。 「こんな奇跡に満ちた物語をさ。人生そんなに甘くないってオチにしちゃったらつまらないじゃない? そういうエンドも嫌いじゃないけどね」 その言葉は誰に向けたものか、ぐるぐは呟くと吹き飛ばされた羽音の方へと駆け寄るのであった。 ●違い 「ひゃぁっ! やっぱ血は女に限るぜぇっ!」 アンジェリカを狙うフェイントを経て、本命の凪沙へと攻撃を仕掛けた弟だが、ナイフで動脈を裂くのには失敗。 だが滲んだ傷口を抉るように牙を突きたて、血を啜り、甘い命の味を堪能していた。 そこへアンジェリカがブラックコードを放ち、絡めとろうとするが避けられてしまう。 「お主の動き、しかと見させてもらったぞ。お主の泣き所は即ち……ここじゃ!」 長い時間沈黙を破り、匂いで弟の動きを読み続け、集中し続けた邪峰のナイフが煌く。 弟の腕を切り裂く刃。ダメージとしては決して強いとはいえない、だがそこには大きな意味がある。 「それがどうしたぁっ!」 邪峰へ反撃に移ろうとするが、持ち味のナイフ持ち替えが上手くいかないのだ。 そこを狙ってオーウェンは彼の首を捕まえると、全力の頭突きを叩き込む。 「っは!?」 無言のまま何度も何度も、叩きつける頭突き。 意識が混濁し、グチャグチャに脳みそを潰されていくかのようだ。 ナイフでの反撃をバックステップで回避し、手を解くが体は右に左に覚束無い。 「全く、嫌な事を思い出させてくれる」 スラム時代の嫌な思い出が過ぎり、オーウェンは顔を顰める。 (「血ぃ、血吸わねぇと」) ダメージが一気に膨れ上がり、このままではやられてしまう。 そんな中、目に留まったのは回復に努める櫻子だ。 「いい女みつけたぜぇ……ひゃひゃひゃ、血も美味そうだぜぇっ!」 気持ち悪い殺意、だが身震いなどしない。 それ以上に下卑た気配が癪に障ってならないのだから。 「――立ち振る舞いが下品ですね、美しくありませんわ」 ナイフを振り回す弟の動きを見切りながら、光を纏った茨姫で打ち払うと、神秘の光をそのまま叩きつける。 「たった一人、その愛しい人の為に自分の命も賭けられない。そのような甲斐性無しの男性は……大嫌いです」 見た目からは出てきそうにもない辛辣な言葉を並べるほど、目の前の敵は許せないのだろう。 「うるせぇ! さっきから何なんだテメェらは! 聖人かクソが!」 「……ぬ は は は は は は !」 高らかに笑い飛ばす邪峰へ、ギロリと弟の視線が刺さる。 「何笑ってんだクソ爺!」 「我が身を捨て、女一人が為に命をはる。実に愚か、己でなく他が為に死して何となる? じゃぁが然し、然ぁあし! そんな“馬鹿野郎”は嫌いでない」 サリサリと足音を響かせ櫻子の脇を通り過ぎると、邪峰は弟の前へ歩み出る。 「女を求める欲望か、偽善から参る愉悦か? お主ら兄弟は戦に快楽を求め狂い、人を喰らうだけじゃろう。だぁが彼の者は違う。微塵たりともお主等には理解出来ぬ何かの為に戦うておる!」 すっとナイフを構え、全神経を目の前の敵へと集中させていく。 「来るがよい……お主が理解できない力をみせてやろうぞ」 「上等だぁ、殺ってやんよ!」 にらみ合い、間合いを計りあい、サシのケンカの様に睨みあう。 この一撃で勝負がつくだろう、弟の方はもう体力的に後がないのだ。 たが、邪峰が彼の攻撃を直撃すれば同じ事である。 「うらぁぁっ!」 先に動いたのは弟だ、素早いステップ、木々を蹴ってフェイントを交えての攻撃が迫る。 まずは動脈を咲いて血を啜る、不味いくても背に腹は変えられない。 「ふんっ!」 すれ違うように放った一閃、そして赤い雨が降り注いだ。 「ぎゃぁぁっ!?」 首元を押さえて地面をのた打ち回る弟へ振り返り、見下ろす邪峰。 「それは恋! 実に人を想える者の心に宿る、猛る業炎。それは愛! 時には天地の理屈を覆す力をも生み出す力、よく覚えておくが良い」 こうして戦いは終わりを告げた。 ●教会 「……陽太?」 「おはよう」 「おはよ~……あれ、ここどこ?」 「教会だ」 「へぇ~……えぇっ!?」 「約束しただろ、2012年の6月、結婚すると」 「し、したけど……まだ2008年だよ?」 「ずっと眠ってたんだ」 「眠って……? そうだ私、怪我をして、毒で苦しくて……それから……」 「眠ってた、今日までずっと」 「嘘……」 「本当だ」 「……ば、馬鹿だよ。起きなかったらどうするつもりだったの? ずっとずっと、私が陽太を縛って苦しめて、未来も奪っちゃったかもしれないんだよ?」 「でも起きた、それでいい」 「馬鹿……馬鹿ぁっ……!」 「……愛してる、これからもずっと。俺はお前の為に在るから」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|