●『ゆかちゃん』 ゆびきりげんまん、ぜったいに、ぜったいに、わたしをみつけてね。 うそついたら、はりせんぼん、のーます。 ――――。 指きりゆかちゃん、といわれる都市伝説がある。 『ゆかちゃん』に狙われるには、まず子供でなくてはならない。 小学校低学年ぐらいが一番いい。けれど、中高生や幼稚園生が狙われたといううわさもある。 ゆかちゃんは、森でかくれんぼをしに行ったまま迷子になって死んだ少女なんだそうだ。 それ以来、自分を見つけてくれなかった鬼を探して、近くの町をさ迷うようになった……らしい。 子供同士で遊んでいると、ゆかちゃんはいつの間にか仲間に入っている。 西洋人形のように煌びやかなワンピースを着た、お姫さまのような少女という話もある。 なんの変哲もないおかっぱ頭の小さな女の子だ、という話もある。 ひとつ決まっていることは、日が暮れると、明日は森であいましょうと指きりをさせられること。 その約束を守らなかった子は、指を切られて殺される。 約束を守って森に向かえば、ゆかちゃんとかくれんぼをさせられる。 鬼は決まってゆかちゃんだ。 絶対に見つからないように、上手に隠れて逃げなければいけない。 もしも。 もしも、ゆかちゃんに見つかると。 その子はもう、二度とおうちに帰らない。 切り離された指だけが、ある日突然と打ち棄てられているのだという。 『ゆかちゃん』から逃げる方法は、二つだけある。 一つめは、日が暮れるまで逃げ切ること。 そうすればゆかちゃんは負けを認め、家に帰してもらえる。 二つめは、はじめから遊ぶ約束を断ること。そうすれば、ゆかちゃんはどこかへ帰ってしまう。 けれど、不思議と、ゆかちゃんの約束は断れないのだ。 ――――。 行方不明女児、切り離された指だけが公園で見つかる。 本人は依然として捜索中のまま、か。 新聞の片隅に報じられた記事に改めて目を通し終えると、僕は用済みのそれを駅のごみ箱へと突っ込んだ。 東京の都心部から電車を一時間半ほど乗り継いで、やっと到着するような片田舎の町だ。昼過ぎとあって人もまばらなホームを改札口に向かって歩いていく。外に出れば、さわやかな初夏の日差しが体を包んだ。随分久しぶりに来たのだ、もっとゆっくりしていたいところだけど、生憎そうもいかない。 ただの都市伝説だと思うようにしていた。 けれど、『ゆかちゃん』はおそらく実在するのだ。 それは僕が一番良く知っているし、だからけりをつけなければならない。 例えどんな形で終わったとしても、それが僕に与えられたフェイトの意味なんだろう。 ●約束の森へ 「――でな。その『ゆかちゃん』っていうお姫様が、お察しの通りエリューションさ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)が挑戦的な目線で一瞥する。これくらいわけなく倒してくれるよな? そんな顔だった。 「このお転婆なバンビーナが、街に居る子供を狙ってくるのを万華鏡が捉えた」 ただ、その場で攻撃を仕掛けようとすると、ゆかちゃんは逃げてしまうだろう。 子供たちをうまく使うか、あるいは代わりに囮になるか。いずれにせよ誰かが遊ぶ約束をとりつけ、皆で森へ向かい退治するのが得策だ。子供たちを使うならば、彼らに被害を及ばせないことも考えたほうがいい。 相手が誰でも、何人居ても、ゆかちゃんは構うことなく『かくれんぼ』で遊びたがる。 姿を認識した相手に対しては、身体の自由を奪う強力な攻撃を仕掛けてくる。 うまく姿を隠しながら攻撃できれば有利だろうが、あまりのんびりしていてはいけない。 日没と同時にゆかちゃんは姿をくらませ、また次の友達を探しにどこかへいってしまうから。 「それともう一つ。今回はゲストが居てな。村上尊って言って、一応リベリスタらしいんだがまだ若葉マークのひよっ子さ。それがどっかからこの情報を仕入れて、一人で森に乗り込もうとしてるらしい。まぁアークの構成員じゃねえし、対応は任せるが」 言いようによっては彼と共に戦うことも、また帰ってもらうこともできるだろう。逆に怒らせれば少々後味の悪いことになるかもしれない。 もっとも、場数を踏んでいない彼の実力は、主戦力としてはとても期待できないレベルだ。ひとりでこのエリューションに挑めば、確実に返り討ちになるだろう。 それなのに、どうしてそんな無茶を? 訝しげな視線を送るリベリスタ達に向け、伸暁は皮肉めいた笑みを返す。 「わかるだろ? 『ゆかちゃん』を見捨てた鬼は、一体誰だったのかってね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:日暮ひかり | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月23日(土)23:32 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●きょう ねえ。 ゆかちゃんと、あー、そー、ぼ! 若々と生い茂った森の木の葉はリベリスタ達の頭上を覆い隠し、傾き始めた太陽を直接拝む事はできない。少し林道を外れてしまえば行けども行けども同じ景色が広がり、元来た方向を記憶の外へと吐き出してしまうだろう。それが右も左も曖昧な幼子であれば、尚更。 だから、小さな子供達はけして森では遊ばないように言い聞かせられているのだ。 だから、その声は聞こえてはならないものだと、誰もが瞬時に理解する。 微かに鳥の羽音がした。直後木の影から飛び出した何かを、スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が目で追う。ブレスレットを着けた左手を掲げ、天使の翼を背に携えたその人影を指差して。 「おねえちゃん、みぃつけた!」 無邪気に叫ぶ彼女の胸に、呪いの剣が深々と突き刺さった。 「……悲しいです。せっかく、お友達になれたのに」 スペードがきゅっと唇を結ぶ。確かに身体を貫いた筈なのに、握り締めた愛用の剣が血に染まる事はない。偽者だとは分かっていた。だって、自分が二人も居るはずないのだから。 「ゆかちゃん」 スペードが名前を呼ぶと、スペードと同じ姿をしたその少女――エリューション『ゆかちゃん』はにぱりと笑った。痛みなど感じていないかのよう。そもそも戦いとも思っていないだろう。幾千の針がスペードの身体を刺したとしても、彼女にとってこれはただの『遊び』なのだから。 子供とはそういう存在だ。木陰に身を潜める『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)は、少女の殺戮行為を遠巻きに見て思う。 (とても無邪気で可愛いわ。そして悲しい) ゆかちゃんのことも嫌いではない。けれど、だからこそ――複雑な思いが胸を満たしてゆく。 傷ついた仲間を前にしてもどかしくもあるが、天使の歌の出番はまだ先。今のうちに身を隠しながら体勢を整えておくべきだ。同じ考えの仲間は他にも居る筈だが、離れて潜伏しているゆえに意思疎通は取り難い。頼みの念話も通じぬ相手。けれど超直感と瞬間記憶でそこをカバーしようと、沙希は神経を研ぎ澄ます。奥の茂みが微かに揺れ動いた。 スペードの身に広がる石化の侵食を、破邪の光が打ち砕いた。続いて『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)が放った神速の弾丸が少女を撃ち抜く。目印は手首のブレスレット。仲間は全員右手に付け替えている。今、左手にブレスレットを巻いているのがゆかちゃんだ。誰に姿を変えようと、それが変わることはない。 「贖罪のつもりか?」 前日には見なかった黒衣の女に尊が訝しげな顔をした。特に愛想も無く右手のブレスレットを掲げながら、結唯は鋭い眼差しで尊を見返す。 「いけませんか」 「……誰が鬼だとしても、私には関係ない。早く隠れろ」 「みんな、どこー?」 二人が身を隠した先をゆかちゃんが目で追う。 (都市伝説になるほどのエリューション……。いろんな場所を彷徨ってきたのかしらね) 死角が生じたその隙を狙い、『後衛支援型のお姉さん』天ヶ瀬 セリカ(BNE003108)がライフルの弾丸で背中を狙い撃つ。永かった鬼ごっこはここで終わらせなければ。決意を籠めた弾丸は鋭さを増し、真っ直ぐに目標へ喰い込んだ。 再びセリカの方へと向き直ろうとする少女の視界を遮るように、『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)が走り込みざまの斬撃を食らわせる。紅の刃によるその連撃はまさに神速。かわす術もない。 「見てられないだろ、これ以上。……望んでやってるんじゃないだろう、ってのはエゴかもしれんけどな!」 えご? 眼前の少女が微かに首を傾げるのを見、やるせなさを感じる。エゴの意味すらも解らないような子供なのだ。戦り辛いとは思う。しかし涼も生半可な覚悟で前線に立っている訳ではなかった。 「針千本でも何でも来い。俺の闇が例え何本だって喰らい尽くして、糧にしてみせるぜ!」 遮蔽物に身を隠しながら狙いをつける事は困難で、誰もがゆかちゃんから完璧に逃れることはできなかった。散開の陣を取っていた事が幸いし、一度に大多数が攻撃範囲に入るような事は無い。幼い少女ゆえに敵の身のこなしは緩慢で、攻撃をかわされる事もあまり無い。けれど撃てども撃てども少女は動じず、また攻撃に回る手数も多くは無い。森に差す木漏れ日は刻一刻とその明度を落としていく。 「いんすたんとちゃーじいるひとー! このゆびとーまれ!」 そんな中、『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ ミ-ノ(BNE000011)のまだまだ元気いっぱいな声が響き渡る。 「貴女、本当にミーノさんですか?」 エネルギーの消耗は互いのスキルで補うしかない。だが、駆けつけた雪白 万葉(BNE000195)はミーノを自称する少女に疑いの眼差しを向ける。ブレスレットが左手。まだゆかちゃんが仕掛けに気づく気配はない。 ふと見れば、後ろの木陰から本物らしきミーノが右手をぶんぶんと振り、謎の期待に満ちた目線を送っている。仕方ない……万葉は限りなくクールに言い放つ。 「いつもの登場のあれをお願いします」 「あれー?」 「……貴女が、偽者だ」 万葉の身から蜘蛛の巣のように広がる無数の気糸が、偽のミーノを絡めとった。 いじわる。 だだっ子のようにじたばたと手足を動かしながらそう叫んで、ゆかちゃんも負けじと針で応戦する。 「はいはーいっ! きつねはーふさぽけいはかいとーし、ミーノさんじょうっ!」 きりりと決めポーズを付け、本物のミーノが石化を打ち砕いた。その横を軽やかなステップで走り抜けるは白銀。『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)がワルツのリズムで刻む剣戟が、ゆかちゃんの纏うミーノの虚像を五線譜さながらに裂いた。祖父が愛した髪に添えられた黒い花は、今日だけはひっそり居場所を移している。 「尊くん」 ポルカの瞳は前を見据えていた。 セリカに、結唯に、涼に、万葉に。――見知らぬ誰かに。 次々と変じては歪んで消える、姿無き都市伝説の少女を見据えていた。 「ゆかちゃんを見つけてあげるのは、尊くんにしか出来ないことだと、思うから。ゆかちゃんへ届く言葉は、ぼくのものではないわ。きみの言葉よ。ほら。きみが、みつけてあげなさい」 尊が今どこに居るのか。声が届いているのかはわからない。 けれど、それがぼくたちの交わした『約束』だから。 ●きのう 時刻は昼を随分と回り、さんざめく初夏の日差しも次第に弱まりを見せていた。 それでも額に滲む汗は緊張からだろうか。村上尊はペットボトルの水で喉を潤すと、深く息を吐いた。『ゆかちゃん』はまだ現れない。 突如かけられた声に慄き振り返れば、木漏れ日に銀の髪を遊ばせた娘が、微かな熱気を帯びた空気に揺られるようにして静かに佇んでいた。 「貴女はいったい……」 「村上君、ですね?」 ポルカに対し身構える尊に、後から追い付いた万葉が話し掛けた。アークの一員を名乗り、恭しく会釈をすれば、少年は解せないといった風の表情で万葉の怜悧な顔を見返す。 「アーク……? あのアークが僕に何の用ですか」 「そう怪訝な顔をなさらないで下さい。今回君と同じ彼女を追う事になりましたので一緒に向かわないかと、お誘いに」 彼女、の指す内容には、尊にもすぐに見当がついたようだ。でも、と彼は首を振る。 「申し訳ないけど、直ぐには信用できません。貴方達がアークの方だという証拠も……」 「必要なら、本部に、連絡できるわ」 ぽつり、ぽつりと。一つ一つの言葉の発音を丁寧になぞりながら、沙希がゆっくりと話す。内心声を出して喋る事を渋る気持ちの表れではあったが、彼女の纏う気怠い空気には良く馴染む。 「そこまで言うなら、わざわざ実行してもらうまでもなさそうです。けど……僕は一人で行きたい」 「なんでー!? みんなでがんばろっ?」 無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねるミーノを見て、尊はばつの悪そうな顔をする。 「自分の手でかたをつけたいという思いはわかりますが、手を組めば自分の手で終わらせれるかもしれない、終わりも見届ける事が出来る可能性が高いとは思いますが?」 己の実力では単独行動が無謀という自覚はあるのだろう。万葉の言葉を受け、迷っているようだった。 「お願い、協力させて欲しいの。村上君がリベリスタになったのは、ゆかちゃんとの約束『だけ』が理由かな?」 「それは……」 沙希が真摯に伝えた言葉。それを聞いた尊は視線を落とし、暫く躊躇したのちに口を開く。 「僕は小さい頃この街に住んでいたんです。ゆかちゃんの失踪事件が起こってから、遠い場所に引っ越したんだ。怖かった。街中の皆がよそよそしくて。偶然フェイトやエリューションの事を知らなければ、ずっとただの噂と思って逃げ続けていた……でもゆかちゃんも怒ってたんだ。ずっと。代わりに連れて行かれた子供達の為に、僕は罰を受けないと」 随分と悲痛な覚悟をしている。沙希がそう感じた原因だ。重い沈黙が広がる中、ポルカが緩りと言葉を紡ぐ。 「そうね。みんな、一人じゃ心細いわ。貴方も、ぼくも、ゆかちゃんも」 怒ってるんじゃないわ、待ってるの。だから迎えにいく。それだけよ。 「ねえ。一緒に来てくださる?」 ポルカがそっと小指を立て、呟く。尊ははっとしたように顔を上げ――唇を噛み締めて、静かに頭を垂れた。 「こちらこそ、宜しくお願いします」 「嬉しいわ。指切り拳万、嘘ついたら?」 「針千本……ですね」 尊は少し恥ずかしそうに小指を絡め、僅かに微笑んだ。 その頃。 「こんにちは。一緒に遊びましょう?」 ステルスでひっそりと尊の目を潜り抜けていたスペードは子供たちに接触を図っていた。 「いいよー。ねーねー、おねーちゃん何したい?」 「ええと、そうですね……みんなの好きな遊びがいいな」 「えー」 作戦とはいえ、子供達の輪に入れた事は少し嬉しい。声をかける時は緊張したものの、無邪気な小学生の会話にスペードの心も段々とほぐされていく。 涼は彼女らの様子を気に掛けつつ、辺りの警戒を図っていた。まだそれらしき子供は見当たらない。自分は適任でないと判断したからこそだが、女性を囮にするのはあまり本意ではなかった。 (迷子になって……か。まあ、同情するところはないわけじゃないけどね) けれど同じ立場の子供を増やしてどうするのだろうか。それは悲しいし、不幸な事だと涼は思う。 公園の午後は穏やかに、長閑に過ぎていく。何事かを思い出したミーノはお菓子を買いに向かった。ややもすれば任務を忘れそうになる程の平穏な時間を、浅い夕暮れの空が覆っていく。仄かに茜色を帯び始めた陽光の下、異変を察知したのは沙希だった。 「……あの子」 皆が沙希の指差す方向を見やる。ロングヘアにスカートの幼い少女。そこで遊んでいた誰かの妹と見ても、違和感はない。 「ゆかちゃん?」 「いや」 どうやら尊の記憶しているゆかちゃんの姿ではないらしい。 スペードが待機している者たちに視線を送る。彼女も一人増えた事に気づいたようだ。 元よりそこに居る者を結界で追い払う事は難しい。もう帰らなきゃ、とスペードが言えば、子供たちは残念そうに声を上げた。 「おねーちゃん、また来てよ! 約束!」 「ふふ、そうですね。約束です」 引き上げていく子供たちを順に見送っていけば、最後に一人の少女が残った。 「ねえ。あしたもゆかちゃんと遊んでくれる?」 ゆかちゃん――。 「ええ。宜しければ、私の友達と一緒にかくれんぼをしませんか?」 「かくれんぼ! じゃあ、あしたの夕方、森にきて!」 「いいですよ。では、ゆびきりげんまん、しましょうか」 そっと小指を絡めれば、小さな指には体温がなく、冷たい。スペードの胸がつきりと痛んだ。 (今度こそ、見つけてあげますから) 心のうち、一人密かに籠めた約束。 ゆかちゃん、やっぱりひとりでさみしいから、こういうことしてるのかな。 遠巻きに見ていたミーノも珍しくしんみりしていた。手にした駄菓子屋の袋が風に揺れる。 都市伝説の少女はその時、左手に巻かれたブレスレットを見つめて、嬉しそうに瞳を細めたのだ。 「おそろい……! こんなのはじめて! ゆかちゃんの宝ものにするね!」 ●きのうの、あした お友達の証。 前日の別れ際、そう言ってスペードがゆかちゃんに巻いてあげたお揃いのブレスレットは、変身能力の対策用だ。けれど疑う事を知らぬ幼子は、どれだけ姿を変えようともそのブレスレットだけは外そうとはしなかった。 迫る夕刻。リベリスタ達の攻撃を受け続けたゆかちゃんの姿は半ば崩壊し始める。黒い影のような塊が、ノイズのような不鮮明な幻影を纏って濁った声を響かせる。――E・フォース。恐らくゆかちゃんの正体は思念体だ。 「都市伝説には始まりがある。大概はそれも伝説の一つなのですが……今回は事実、でしたか」 友を探して一人森をさ迷う少女の寂しさが残留思念となり、事件を恐れたり、悲しむ子供達の心を取り込んだ。この悲しき怪物はそのようにして生まれたのだろうと万葉は分析し、息を吐く。忘れることの出来ない罪。けれど、少しでも前に進めれば。初めての長丁場に疲弊した様子の尊へエネルギーを分け与え、言葉をかける。 「村上君、ここが正念場です」 「……はい」 愛銃を構え、牽制射撃の準備を整えたセリカが目配せをしながら言う。 「大丈夫、援護はお姉さんに任せて。私達の手で永い……いえ、永かった鬼ごっこを終わらせましょう」 そして送り出す。彼女の前へと。 「ゆかちゃん!」 尊の叫びは届いただろうか。影と化した顔からは最早表情が読めない。 「やっと見つけた。たくさん待たせて、本当にごめん」 かくれんぼは、もうお終い。 一緒に帰ろう。 ――ゆかちゃん。 「……タケルくん?」 幼い少女の声が響いたのは一瞬だった。 ドウシテ。 ドウシテ、 ワタシヲオイテカエッタノ。 タケルクンノ ウソツキ!!!!!!!! それは雨粒とすら思えた。千本とも、万本ともつかない無数の針が、夕刻の空を裂いて尊へと降り注ぐ。最早ひとたまりもないかと思われた瞬間、ポルカが尊を突き飛ばしその攻撃の大半を代わりに受ける。崩れ落ちるポルカを守ろうと覆いかぶさりながら、尊は泣いていた。貴女は、ただ約束を守って来てくれた。本当にそれだけなのに。 「もう終わりなのよ、わかって!」 「お前は既に死んでいる。判らぬならばもう一度その小さな体に死を刻もう、還るべき場所はここではない!」 セリカと結唯が一斉に牽制射撃を加える。 「これ以上被害を増やしてたまるかよっ!」 涼もラストスパートとばかりにがむしゃらに刀を振るう。紅の刀身は僅かに夕日の残滓を照り返すのみ。もう時間が無いのだ。 最後の攻防戦は熾烈を極めた。癒し手であるがゆえにただ一心に詠唱の言葉を紡ぎ、聖なる力で仲間を護っていた沙希がその言葉を聞いて目の色を変えた。 ゆカチャん、そろソロおうチにカエラなきャ。 まだだ。まだ帰らせはしない。沙希は回復を棄て、ゆかちゃんの足元に飛びつきしがみつく。無遠慮に注がれる針の雨にも怯むことは無い。石化すればむしろ好都合――沙希はそれ程の覚悟でゆかちゃんを止めようとした。猛攻を凌ぎきれず結唯が膝をつくも、その英断がタイムリミットを僅かに伸ばした。 ああ、もう。吸血って嫌いなのよ。やんなっちゃう。フェイトに護られたポルカが怠そうに起き上がり、引き抜いた針を犬歯で噛み砕く。畳み掛けるようにして、万葉の気糸が少女だったものを地に縛りつける。 うソツキ。とモだちってイッタのに。 「……友達、ですよ。どんな姿になってもゆかちゃんがこれを外さずにいてくれたから……」 私はいつでもあなたを見つけられた。それはずっと忘れないから。 「ブレスレットを見るたびにゆかちゃんを思い出します。だからもう、寂しくないでしょう?」 右手で左手をそっと握った。スペードの言葉は、彼女に届いただろうか。 気糸に締め付けられた黒い影はやがてちりぢりに霧散し、煙のようにゆっくりと空へと登っていく。 ――ゆかちゃんが、笑ってる。 尊だけが呟いたその言葉は、都市伝説の少女が最後の力で遺した幻――想いの欠片だったのかもしれない。 「お前は彼女を二度殺した。せいぜい咎を背負って生きるんだな」 銃を握り締めた結唯の言葉には棘があったが、彼女なりの気遣いなのだろう。生き急ぐにはまだ早すぎると。 「そうします。……皆さん、本当に有難うございました。僕だけじゃゆかちゃんを見つけられなかった」 尊の笑みには相変わらず陰があったがどこか優しげで、何かをふっ切れたように見えた。 「ゆかちゃーん! ばいばい、またね!」 暗くなりかけた空に向かってミーノが思い切り叫び、手を振る。金平糖、飴玉、チョコレート。小さいゆかちゃんにも食べれるように、小さなおやつを沢山買ったのに。ほんのちょっぴり寂しそうなミーノの頭をセリカが撫で、どうか安らかにと、涼は一瞬だけ瞑目し祈る。 おかしにもはねがはえれば、ゆかちゃんのところまでとんでけるのにな。 ミーノの呟きを聞いたスペードが、あ、と声を上げる。 ゆかちゃんが最後まで着けていたあのブレスレットは、不思議と地上のどこにも見当たらなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|