●過去 「あら、帰ってきたの」 私の顔をチラと見ると、母は大した反応もなく再び見ていたテレビに視線を戻した。いつも通りの反応。それだからこそ、不快に思う感情。 それでも、私に対するさりげない対応や、かけてくる言葉からすると、この人はやはり自分の母なのだろうと感じる。私は決してこの人が好きではなかったが、しかしこの人には死んで欲しくはない。姉がそうであったように、私もそうであった。 「ねえ、母さん」 「んー、なあに?」 気の抜けた、興味のなさそうな返事を返す。私と母さんとの温度差は、今この時点では私しか感じ得ぬものではあるのは理解しているけれども、それでももどかしさは拭えない。 多分、私がそれを口にしたところで、母さんは興味を持たないだろうということも、知ってはいるのだが。 「もうこの家を出ないで、って言ったら、どうする?」 私の問いがやはり意外だったのか、それとも素っ頓狂な質問に呆れたのか、母さんは私の顔をマジマジと見た。その目は痴れ者を見るほどではないが、若干冷たい。 「出るに決まってるじゃない」 深く考えず、母さんは答えた。 「家にいたって、面白くもない」 「じゃあ、出たら死ぬって言ったら?」 また母さんは私を見た。今度は酷く真剣な表情だ。死、という単語は、やはり人の心情を重くする。 「……冗談でも、そういうことは言うもんじゃない」 「冗談じゃ、なかったら」 「なんであんたにそんなことがわかるのさ」 母さんはきっぱりとした口調で言い放った。 「病気ならまだしも、この家からでるなってことは、事故か何かでしょ? そんなの予知できたら、警察も救急もいらないって」 私は続いて言葉を接ごうとしたが、これ以上母さんを説得する言葉が、見つからなかった。元々我が強く、自分のしたいことだけをする人だ。自分なんかが言ったって、どうにもならないだろう。 私は母さんにそっと近寄り、その肩に手を置いた。母さんが私の方を向く。私は素早く母さんの首に手を回し、そして母さんにチョーカーを付けた。 「ごめんね、母さんを救うつもりだったんだけど、今はこうすることしか出来ないみたい。……しばらくしたら、私か姉さんか、もしくは……まあ、誰かが迎えに来るから。それまで、元気にしていてね」 「……うん」 虚ろな目でそう言った母さんに、私は微笑んだ。そして母さんの靴を全て母さんに見つからないような場所に隠し、私は一人家を出た。 「意外」 「……母さんを助けようとしていたことが?」 「私のことしか、見ていないんだと思ってたから」 「姉さんを追いかけてたのは事実だけど、でも、私は一度だって、母さんを助けたくないなんて、言ってないわ。 あんなのだって、母親だもの」 ●未来 あれ、ここはどこだろう。否、それは覚えている。じゃあ何をしていたんだろう。眼をパチクリと瞬いて、状況を読む。薄暗い部屋で、一人。妙に小綺麗な部屋の様子は、明らかに自分がやったのだと分かるのだけれど、どうしてそうなっているのかを理解する事は出来ない。 はあと一つ息を吐く。どうにも、胸が苦しい。 長い間ずっとこの場所にとどまっていたかのような、そんな感覚だ。最低限の人間らしい生活を淡々とこなしていただけ。きっとそこには一人の人型の人形がいて、自分という存在は無かったに違いない。 体の節々に気だるさが残っている。何とも気持ち悪い。風呂にでも入ろうか。そう考える。 私はゆっくりと立ち上がり、風呂に入ってシャワーを浴びる。体が濡れる。水滴が落ちる。足下に、ぬめりとした感触を生ずる。 何を踏んだのか。頭が空白になる程の気持ち悪さを押し込め、そっと足下を見る。何も無い。排水溝にたまった髪の毛が多いと感ずる位で、特別異物が存在しているようには見えない。 それでも、一度生じたものを押し込める事は、難しい。私はさっさと風呂出て、必要以上に足を拭いた。何も無かったけれど、何かを感じたのに違いは無いのだから。 中途半端に温まった体を引きずって、リビングへ戻る。けれども、体の隅々にはびこる異様な不快感からは、逃れる事は出来なかった。 この家に居続けるのは危ないと、直感が囁いた。 私は髪を乾かすのも忘れ、適当に身支度を整える。やや小走りに玄関に向かい、玄関に出ていた靴を履き、そして扉を開けた。 その瞬間、快晴の空が一気に曇ったように思えた。そしてそれはすぐさま見えなくなった。その僅かな間に、私に高速で飛びつく黒い塊が見えた。何十とはびこる、黒色の何かが。 そこから私の意識は無い。 ●現在 「エリューションが現れる未来が予知された。あなたたちが取れる未来は、二つある」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はペンのふたをとると、近くのホワイトボードに丸を書き、その中に『退治』と書いた。 「一つはエリューションを倒すこと。もしくはエリューション化する前に、その人を殺してしまうこと。ともかくエリューションを消滅させれば、それで終わりだから」 もう一つはね、と前置きして、イヴはホワイトボードに二つ目の丸を書き、中に『阻止』と書いた。 「彼女、木凪月美というのだけど、その女性をどうにかしてエリューション化させない、ということ。彼女が家を出ることがトリガーとなってエリューション化が起こるようなんだけど、それだとどうも因果性が薄い。何か根本的な原因があると思う。それを探し出して、元凶を根本から断つこと」 どちらでもいいのよ、とイヴはペンにふたをして机に置きつつ言う。 「要はエリューションを存在させなければいい。場所はそんなに広くもない住宅地の一角だから、それも考慮した方が良いかもね。 また、木凪月美について、彼女の娘である木凪アカリという、今こっちで拘束しているフォーチュナが関係している。彼女は一ヶ月位前に事件を起こしたのだけれど、その直前に木凪月美を家から出さないために、アーティファクトを使って家の中に拘束したらしい。木凪月美の首に、今も付いているのがその一部」 映像がズームし、月美の首が映し出される。所々黒ずんだ白いチョーカーが、今にも千切れそうになっていた。 「どうやらこれ自体がアーティファクトなのではなくて、媒体みたい。遠隔からこのチョーカーにアーティファクトの効果を伝達して、彼女の意思を支配している。『革醒させずにアーティファクトで操る』方法を考えた結果が、これなんだろうね。 でも不完全で、もうすぐこれの効果は、切れる。そうなれば彼女のエリューション化は時間の問題。その先をどうするかは、あなたたち次第。 あとこの中に知ってる人がいるのなら、木凪月美の娘である、木凪ヒカリを連れてってあげても構わない。デリケートな問題だし、本人だけの意思で決まるものでもないから……みんなに任せる。 そして、木凪月美が家から出たときに発生した、あの黒い塊のこと。以前、木凪アカリがあれについて予知した時は、万華鏡程の精度を持たない彼女にはエリューション化の際の悪夢にしか見えなかったのだろうけど、ここではもっと正確に予知できる。あれはエリューション。あれに襲われて、木凪月美はエリューション化するみたい。 ただ、あれだけ大量のエリューションが存在していたのに、今まで万華鏡に一度も引っかからなかったなんてあり得ない。とすれば、あのエリューションは木凪月美が家を出た、あの瞬間に発生したと見るべき。何か原因となるものがありそうだけど、残念ながら完全な解析は出来なかった。トリガーとなりそうなのはドアだけど、特に何もなさそうだし……でも必ずエリューションが発生する原因となるものはあるはず。 できるなら、探して欲しい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月18日(月)23:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ただいま」 明るい声が静かな家の中に響いた。しばらくの間、視るという行為から何の情報も得ていなかった眼が、急速に光を取り戻していく。久方ぶりに聞いた音を便りに、月美はリビングと廊下を繋ぐ扉を見る。見慣れた娘が、何人かの女性を引き連れて、リビングに入ってきた。 月美は声をかけようとして口を開く。しかし喉がかすれる音が出ただけだった。彼女は一度咳払いをしてから、もう一度発声を試みる。 「お帰り。久しぶりね」 言い直した月美の様子を見ながら、木凪ヒカリはそういえば自分が仕事で一人暮らしを始めるのだと言って、家を出たのだという事を思い出す。 「仕事が一段落したから、一回帰ろうかなって。ついでに友達を連れてきたの」 そう言ってヒカリは、『友達』を招き入れる。 「うえ~い。ヒカリの友達なのじゃ。世話になってます」 『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)がいそいそと入り、ぺこりと頭を下げる。 「おとうさんにもよろしくのう」 月美はその言葉に、笑みを零しただけだった。 続いて『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)と『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が入り、頭を下げつつ言う。 「お邪魔します」 「お邪魔するのじゃ」 最後に『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)が入り、礼儀正しく頭を下げた。 「いらっしゃい。……随分と若いお友達なのね」 「あはは……」 苦笑いしつつ、ヒカリは扉を閉める。 「それでね、皆に料理をふるまうから手伝ってほしいんだけど」 「あら、お安い御用よ。でも、今色々切らしてたと思うから、そういう事ならお買い物に行かないとね」 そう言って、月美は出かける準備を始める。 「待つのじゃ」 瑠琵が月美に告げる。月美はふと、瑠琵の方を向いた。 その瞬間、月美の意識が揺らぎ、頭の中に言葉が流れ込んで来る。 わらわ達が帰るまで家から出てはダメなのじゃ。 それから質問されたら素直に答えるようにのぅ。 何度も反芻され、彼女の思考に刻み込まれた言葉が、彼女を縛り付ける。 魂を抜かれたような顔で、月美は動きを止めた。 「別に凝ったものじゃなくていいから。無理にとは言わないし」 「そう……ね。あまりもので、いい?」 「うん、構わないよ」 そう言ってヒカリは月美に付き添って、キッチンに向かった。 リベリスタは静かに、それぞれの目的を以て動き始める。 ● 月美が催眠状態になったところで、瑠琵は玄関で待機していた内の三人を呼ぶ。 『幸福の鐘』ハッピー チャイム(BNE001429)は依然、玄関の前で待機を続けていた。 その際糾華が、玄関に出ていた靴を、リベリスタのものも含めて全てアクセス・ファンタズムに収納する。予知の光景が正しいのなら、どうにも靴の存在は怪しすぎた。 「それと水回りが怪しいですよね」 雪待 辜月(BNE003382)が家の中を歩きながら言う。ヒカリとアカリのためにも、絶対月美を助けようと彼は決意している。家族の蟠りを失くすのには時間が必要で、またそれがどこへ向かうかは定かでないが、機会が失われてしまうことだけは避けねばなるまい。だからこそ、この家を入念に調べなければならない。彼はじっと眼を凝らして、不穏な気配を探している。 メアリが月美の料理を手伝う最中、数人が風呂場に足を踏み入れる。 一般的な風呂場だった。タイルばりの床に、背のそれほど高くない者なら足を伸ばして入る事の出来そうな程の大きさの浴槽がある。 浴室はそれほど汚れてはいなかった。支配を受けていたとはいえ、掃除などの日常生活に支障はない程度の効果ではあったのだろう。 「髪は女の命。なればこそ、魔性ぐらい宿るじゃろう」 瑠琵はエリューションの発生原因を濡れた髪だと予想する。 しかし月美の髪は、瑠琵が考えているより短かった。 肩に掛からない程の長さの髪は、顔を包むようにクルんと内側を向いている。 髪は艶やかに黒かったが、一部に白髪が交じって見える。 その様子から恐らく天然の毛髪である事がうかがえる。 糾華はかがみ込んで、排水溝の周辺のタイルを見つめる。けれども、足がヌルリとした感覚になるような、例えば髪の毛のようなものは、大して落ちていない。 「妙ね」 「ええ。変な熱の持ち方してますし」 辜月は風呂場のタイルの一部から、不思議な熱力を感知していた。 そこは月美が違和感を覚えていただろう部分に近くもあったが、ピンポイントでそこに何かあるのか、辜月には確信が持てなかった。 「じゃあ、月美さんの行動でもトレースしてみます?」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)はそう言って浴室に入り、シャワーの下に移動する。 しばらくして、じっとりとした顔で呟いた。 「……別にホントにシャワー浴びなくてもいいですよね、うん」 「次は、二階に行って身支度でも整えるかぇ?」 そうですね、と言ってレイチェルは二階へと向かう。 メアリが口実を付けてキッチンから離れ、二階へと向かった。 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)はその傍ら、排水溝に僅かに残った月美のものらしき毛髪を集めてから浴室を出た。 メアリは二階に仏壇が無いかを探すが、それらしいものは無かった。彼女は月美の手伝いをする傍ら、仏壇がないかそれとなく探しても見たのだが、一階にもそれは無かった。家族中が悪い様子は無いし、名状しがたい成人向けゲームレベルで存在感の無い父親は、少なくとも存命という事だろう。 そして父親が家にいないのをヒカリはおろか、月美も一切気にしていないという事は、恐らくは父親が家にいないのは、ここでは普通という事なのだろう。 フィクサードを二人も生み出し、奥さんがエリューションになろうとしているのに。 何かあるのだろうか、とメアリは母親の部屋を調べ、本棚に置いてあるアルバムを発見する。家族で撮った写真で、それは埋め尽くされている。 その写真の中には、ヒカリ、アカリ、月美と共に優しそうな男性の姿が映っている。おそらくこれが父親なのだろう。同時にメアリは違和感を覚えていた。ヒカリはほぼ全ての写真に写っていて、単独のものもあるのに、アカリが映っているものはそれほど多くなかった。時折映っているかと思うと、そのほとんどがヒカリの隣にいるもので、一人で写っている写真は無い。 そして父親と思われる男の姿は、半分以降の写真には一切見られない。 なぜだろうか。この違和感の正体が、メアリには思いつかない。 着替える必要も無いだろうとすぐに一階へと下りてきたレイチェルは、足早に玄関へと向かう。そして思い切り良く玄関のドアを開けた。 しかしそこにはここに来た時と全く同じ庭が広がっているだけであった。 違うのはハッピーがいる位。 「何かありました?」 「いえ、何も」 レイチェルはそう言うと、彼の反応も見ずにドアを閉めようとする。だがミリィがそれを制して、スッと外へ出る。 「反応なし、ですか」 ミリィは手に持った毛髪をパッパと払って、家の中に戻る。 辜月は庭にも妙な熱源があるのを見つける。エリューションの影響なのだろうか。その発生源が何かまでは、分からなかった。 ミリィの一連の行動をハッピーは怪訝に見ていたが、無言でミリィを見送った。 そして彼女が捨てて行った毛髪を見る。浴室から取ってきたのだろうという事は、容易に想像がついた。やはり風呂に入った事は何も関係がないのだろうか。 それにしても、家族デスか、とハッピーは笑みを浮かべる。 どんな親でも子は慕う物。 この場合は『子の心親知らず』とでも言う所でしょうか。 ハッピーの考えは、不穏な気配に遮られる。 一瞬黒い何かが現れたかと思うと、すぐに消えた。そして毛髪はそこから消え失せていた。その異物は間違いなくフォーチュナが予知で見たそれに間違いないだろうと思われた。 やはり、何かいる。 ハッピーはそれの状況を探る。しかし未だ身を潜めているそれは、確かな情報を与えてくれなかった。 ● レイチェルは玄関の周りをチェックする。アカリは玄関の靴を全て隠したと言う。けれども月美が逃走するとき、それは確かに存在していた。誰かが出したのか、それとも。 そして靴は先ほど、糾華がアクセス・ファンタズムに、靴箱の中身もリベリスタのものも全て収納したのだ。 今玄関に靴は無い。ただ確かな神秘の気配がある。 レイチェルを含め、先ほど二階から下りて風呂場を覗きに行ったメアリ、家全体を調査していた糾華とその後ろについていた沙希、それから家中の熱源の異常を探していた辜月も、何か不可解な物が家の至る所に散りばめられているのに気付いていた。 その深淵を覗いたメアリだけが、その正体を『理解』していた。 それは言うなれば餌だ。月美に『この家には不気味な何かがある』と感付かせ、家から出すための物だろう。そして月美の周囲の人間がそれを、月美を陥れる何かだと予感させるための。 だがなぜそんな物があるのだろうと、メアリは考える。 そんな事をしなくても、月美はいずれ家から出るだろう。アカリがそれを妨害したとはいえ、結果先延ばしになっただけだ。 だが考えても、材料がない以上、これ以上考えても埒があかないだろうと、メアリは月美の元へ戻った。 「もやもやするわ。ハッキリしなくて、どうも落ち着かない」 糾華は進展のない状況に苦言を呈す。家の中には色々と不気味な所はあるし、その正体がわかるものもある。けれどもそれの果たす目的が、今一見えてこない。 そして肝心の、なぜ月美が家から出るとエリューションが出るのか、がつかめていないのが気がかりだ。 家の中に無いとすれば。糾華はキッチンにいる月美を見る。もうそろそろ料理も完成しそうだ。糾華は様子をうかがいつつ、玄関近くの物陰に潜んだ。 「どうじゃ、出来そうかのう?」 メアリが楽しそうに声をかける。 「ええ、これで終わりよ」 そう言って月美は一度だけフライパンを振り、火を止めた。そして後ろの戸棚から皿を取ろうと手を伸ばす。 その間沙希は、ヒカリにハイテレパスを用いて色々と尋ねていた。 この家が建てられる前に何があったかは、彼女が生まれる前のことなので分からないという。家族構成は、と聞くと、父と母、それと二人の娘しかいないと答えた。 じゃあ父親は、と聞くと、ヒカリは少し困った顔をしてから、自分が幼い頃にどこかに行ってしまったことを、沙希に教えてくれた。毎月お金だけは送られてくるから、働いていることだけは確かだろうが、その詳細はわかっていない。母はもう何年も、父親を探しているけれど、もう半ば諦めているそうだ。 まだ幼かったアカリは、自分に構ってくれない母のことを、きっと酷い人だと思ったのだろう。もしかしたら、その時もう彼女は私に依存し始めていたのかもしれない。ヒカリはそんな心の内を沙希に明かす。 「じゃあヒカリは、どこで神秘を知ったのかぇ?」 ヒカリは少し考えてから、瑠琵の問いに答える。 「もうあんまり覚えてないけど……多分父さんが、教えてくれたんだと思う」 アカリはこのことを知らないだろうけど、とヒカリは苦笑しながら言った。 「洗面台の水の出が若干悪いんですが……最近何か変なことありませんでした?」 「えー、変なことって言われても」 ミリィの問いに生返事をしながら、月美の手は皿を探している。ただしその手は先ほどより覚束ない。 「何でもいいんです」 「と言っても、一ヶ月分くらい記憶が抜け落ちてるのよね……ごめんなさい、分からないわ」 「そう、ですか」 ミリィはそう言ってヒカリに近付き、耳元で囁いた。 「何も見つかりません。仕方ないので、月美さんを外へ連れ出します。 絶対にエリューションにはさせません。お約束します」 「……破ったら、嫌よ?」 了解を取ると、ミリィは外にいるハッピーに外に出ることを伝え、玄関に向かった。 その直前。 靴箱の中を調べていたレイチェルは奇妙な現象に遭遇する。 開いた靴箱の中には一足の靴があった。確かに糾華が、この中の全ての靴を持ち出したのを彼女は見ている。 なのに、なぜ。 レイチェルは靴箱を念入りに調べる。 直感を便りに彼女が見つけたのは、靴箱の最上段の上板に貼付けられた、小さな『珠』であった。 ● 「それは、何かぇ?」 レイチェルの横から、瑠琵が靴箱を覗き込む。 「わかりませんが……この靴と何か関係があるのでしょうか」 そう言って、目の前の靴を指差す。 「それ、私がしまったのと同じ物ね」 糾華が言及する。ますます、リベリスタは珠が怪しいものにしか見えなくなっていた。 「それ、取りあえず外してみたらどうです?」 月美を先導するミリィが、声をかけた。 「それで何も無ければ、月美さんを外に出しましょう」 「そうですね」 レイチェルはそう言うと、その珠を指で挟み、一気に外した。 その時指から滑り落ちた珠が、床に叩き付けられて割れた。 家の中に散見された不穏な気配は、この時一気に消え失せた。 辜月に見えていた特徴的な熱源も、瞬く間になくなってしまった。 その代わりに、奇妙な地響きが家の下を這っている感覚を、そこにいた全ての者が感じていた。 玄関で音がする。ミリィは急いで外に出た。 月美をヒカリに任せて。 「お願いします。今彼女を守れるのは私たちと、ヒカリさんしか居ないのです!」 玄関のドアを開けると、そこには黒い何かの突進を受けているハッピーの姿があった。 エリューションはまるで地中から生えているようだった。かなり太いその体は小さいものの集合体で、密度はそれほど高くはなさそうだ。 「これは……こんな存在もいるのですね、面白い」 それは人の体内に入り込むことでその個体の革醒を促進し、エリューション化させてしまう性質を持っているようだった。幸いなことに、その能力に特化するあまり、戦闘能力はあまり高くなさそうだった。 「どうせ地獄に落とすなら私にして下さいな、私は地獄を望んでいるのですから!」 ハッピーは大剣を取り出して勢いよく振るい、エリューションを弾き飛ばした。 少しでも母親から遠ざけるための攻撃。しかしそのエリューションはもはや月美を狙うでも無く、ただ無差別に暴れているだけだった。 メアリは月美が狙われぬよう、家のドアを閉めた。 瑠琵は式神・影人を呼び出し、月美を庇うように指示した。 ミリィは少しでも早く敵を倒せるように、味方の攻撃力を高めていく。 辜月の放った魔力の矢がエリューションの体を貫いた。エリューションがのたうち、地面が揺れた。 糾華が素早くそれに近接し、刻み込むは死の刻印。 痛みに暴れ、その体を勢いに任せて振るう。沙希が思わず距離を取ったが、ハッピーはその身一つで耐えている。 「私、これでもそこそこしぶといんですよ?」 オーラをまとった一撃を、すかさず叩き込む。 攻撃を加えるたびに、その体を形成しているエリューションが少しづつ潰れて行くのが分かる。 エリューションの体はだんだんと小さくなっていった。 レイチェルに向けてエリューションは体を振るう。彼女はそれを冷静に受け流しつつ、その体を蹴った。 そして手をかざし、魔力を込めた。一筋の魔弾がエリューションの体を貫く。 ハッピーが飛び上がり、高々とオーラをまとう剣を掲げた。 一閃、エリューションの体はまっぷたつに切り裂かれた。 集合していたエリューションは飛散し、やがてその形を失った。 エリューション自体が存在するためには、集合している状態が必要だったのだろう。 エリューションはそれが生えていた穴だけを残して、消えた。 ● 糾華は家族を早くに亡くしてしまったから、それに対する実感が無い。 けれども、無くしてしまったものだからこそ他人の家族関係を取り持ちたい。 それはお節介だろうか。ヒカリにそれを尋ねたとき、彼女はこう言った。 いいえ、ありがたいことよ。 それを本当に果たした今、彼女はこう言っている。 「本当に、ありがとう」 その顔には、涙ではなく笑顔が浮かんでいた。 「アカリさんに伝えてあげてください」 レイチェルは喜ぶヒカリにそう頼んだ。 「きっと待ってるはずだから」 「……うん!」 「……たまには、アカリの言うことも信じてみようかね」 月美は先ほどの光景に驚きながらも、言葉を紡ぐ。 「ところで月美、娘たちの事は如何思ってるのじゃ?」 瑠琵の問いに、月美は当然のように言った。 「自分の娘が可愛くない親なんて、いるわけないじゃない」 「今度は仲良く暮らせると良いですね」 ミリィの言葉に、月美は思わず苦笑する。 きっとこの家の人たちは腹を割って話すのが苦手なんだろう。 お互いに相手のことを理解している気になっているのだろう。 もうこんな悲劇が起きないようにと、願って。 「そうね……頑張ってみましょうか」 「汐崎さん、家族とはいい物ですよね、絆を守るために人は強くなる、ならば絆を失くした者は何処へ行くのでしょうね」 ハッピーの問いかけに、沙希は少し考えず、こう伝えた。 きっとヒトではいられなくなってしまうのだろう、と。 その日、お礼にと改めて作られた料理は、非常に豪華だったという。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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