● 手を伸ばす、見えやしないその暗闇の中で、聞こえる声だけを頼りに。 「愛理、愛理」 その声が耳朶を伝って、鼓膜へ響く。 嗚呼、愛しい―― 一人目に殺したのは誰だったか、明るく染めた茶髪の女。 二人目に殺したのは誰だったか、淡い海の様な瞳の女。 殺すための女にナンバリングしていく、1,2……最期に殺すと決めたのは九人目の女。 愛理、愛理と唇を動かして呼ぶ。愛の理、だなんてなんて可憐な名前だろう。 伏せた瞳を開かせて、黒曜石の様な其の目に自身を映す。 「愛理、今日はね、綺麗な花を見たよ。白い花。君に良く似合う花だ」 「そう、そうなの、でもね、私は見えないから」 頬に添えた両手をやんわりとなぞられる。白い指先は躊躇いがちになぞって離れた。 「ねえ、貴方、名前を教えて」 「其れは出来ないんだ」 だって、愛理、君の傍に居る為には身分を隠さなきゃ、だって人殺しだから。 もうすぐ、君を殺す時が来る。 本当は君を抱きしめて、好きだと、愛してると言いたい――それは叶わないけれど。 ごめんね、ごめんね、愛理。両手が赤く染まっていて、君を抱きしめる事が出来ないんだ。 ● 「殺人鬼が一人。ただ、倒してくるだけでいい」 真面目な顔で言い放った『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉にリベリスタ達が息をのむ。 「ここからは聞き流して。一応情報として伝えておくだけだから」 至って事務的な言葉使い。ふと、滲んだのは哀色。 殺人鬼の名前はツヅル。人形師を生業とするソードミラージュの青年だ。 アーティファクトを使い人形を、E・ゴーレムを従えて殺人を強行する。 女性にナンバーを振り、手にした神秘の力でその順番に殺していく。一人、二人、三人。 最後九人目を殺すとその命を自ら断つと決めているらしい――それはただの風の噂。 「ツヅルが最後に殺そうとしているのは彼の思い人。愛理という名前の盲目の女」 目が見えない彼女は確かにツヅルの声に恋をしている。ただ、彼の名前も、彼の正体も知らずに。 「ツヅルは愛理を愛してる。だから其れゆえに殺すの」 目が見れずとも自分そのものを見てくれた女。傍に繋ぎとめる自信はない。だったら、いっそ―― 「殺人の後に決まってツヅルは愛理に語りかける」 見てきた花や見てきた空、素敵な風景を愛おしげに愛理へと語りかける。 そんな幸せ――だが、他人を殺した後の話だ。 もう犠牲者は出てしまっている。どう対処するかはリベリスタ達に任せる、とイヴは言う。 「八人目の犠牲者が出たのが昨日。今日、愛理の所に何時も通り語りに行って、殺す」 最後の殺人であれど、一人の命を救う事ができるなら。 少女は一度目を伏せてから、リベリスタ達を見つめた。 「愛理を救って、そしてアーティファクト『人形遣い』の回収をお願い」 ● あの人は優しくて、私の知らない事を教えてくれる。 野の花だとか、空の色だとか、たくさんたくさん。嗚呼、この目が見えるなら貴方を見つめていたいのに。 ――離れてしまうことなんてないのに。 ――ねえ、愛しい人、私は、そんな鈍い女じゃないのよ。 気付いていないのね、貴方。私は貴方が愛おしくて、堪らないのに。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月13日(水)23:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 人気のない道を進んでいく。 ため息をついた『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は薄暗くなってきた空を見つめた。 深層意識に浮かんだ事はないだろうか。可愛い猫をいじめたい、可憐に泳ぐ金魚をスプーンで掬いたい。 ――愛しい人を殺したい。 愛、愛情、恋情――行きすぎた愛は他者を傷つけていく。きっと『ソレ』。 「愛、ですか。愛とは、一種のエゴなのでしょう」 瞳を伏せて俯きがちに言ったスペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)はゆるゆると頭を上げる。 愛しい人をつなぎ止めたくて、手を伸ばしているけれど、届かないと思うからこそ殺す。 「悲しすぎ、ます……」 優しい青い少女は其の目に涙を溜めた。 「愛情、実に美しいね。悲劇的で甘く、切ない」 スペードの言葉を聞いたからだろうか、『クロックチェイン』玄笠・武后(BNE003450)はモノクルの奥の青い瞳を細める。 「ただ、彼も彼女も死んでしまう。そんな終わりは台無しにしてあげようじゃないか」 実に燃えてきた、そう笑った武后は目の前の小屋を見つめた。 彼女の目的は見届ける事。例え其れがどんな終わりであっても。終幕を恋う。 終わり、終わり。 「終わらせるのが確かに一番易しいやり方だとは思うがな」 易しくはある、けれど優しくはない。出来るならば一番『優しい』方がよかった。 『機械鹿』腕押 暖簾(BNE003400)のコンセントの尻尾が揺れる。黒いスーツが風に静かに揺れた。 「哀れっつーか歪んでるっつーか」 まあ、俺の仕事には関係ない、とCrimson roarと握り直した『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)は小屋の屋根に昇る。 高い位置から、敵が近づいてくるのを確認する為だ。 小屋の外で集中を重ねておくと仲間たちを仰ぎ見た『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)はか細い声でぼそりと呟く。 「正直ツヅルはどうでもいい」 自己中の塊みたいな殺人鬼から盲目の女性を守ることこそが最優先――だが、仲間が殺人鬼の心に訴えようとするならば。 力になろうとも思う。其れがあまのじゃくな彼女の言葉なのだ。 「それじゃ、中は任せる」 プレインフェザーとブレスが仲間たちを見つめると暖簾は了解したと言い仲間たちと伴って小屋の中に入っていく。 最後尾にいた『歩くような速さで』櫻木・珠姫(BNE003776)は小屋の中に居るであろう一人の女を浮かべて、呟いた。 「二人とも死なせない……」 生きていなければ、出来ないことだってたくさんあるのだから。生きて悔んでもらう。 其れこそが大事なのだ。 ● 誰、と目の見えない女の声がする。 見えないと分かっていても優しく微笑んだ『運び屋わた子』綿雪・スピカ(BNE001104)は「愛理?」と彼女へと呼びかけた。 「どちら様?」 「こんばんは、愛理さん」 スペードがおずおずと挨拶をし、其れに倣ってリベリスタ達は進み出た。 行き成りの話で驚くかも、と伺う彼女に盲目の女性――愛理は何かしら、と首をかしげる。 「ツヅルさんは、ご存知ですか」 何時も会いに来ている男の話だと珠姫は付け加える。其れに対して愛理は小さく頷いた。 「ねえ、私たちが此処に来た理由。判るかなァ?」 殺人鬼に愛された女。物珍しいものを見るかのように魅零は愛理を見つめる。 もし殺人鬼だと知っていて、それでも好きなのであれば本物の愛情なのだろう。 首を傾げた愛理へ魅零はにんまりと笑った。 「判らないなら教えてあげる」 「ツヅルさん――彼は八人を殺した殺人鬼です」 その言葉に愛理は小さく息をのむ。だが、その反応は驚いたというよりも、何処か落胆した様な―― 「もしかしたら、ツヅルさんが殺人鬼だということに気づいていらしたのではないですか?」 その言葉に彼女は優しげに笑った。ただ、何も映さない瞳は其のままに。 色々悟っていそうだ、と武后は愛理を見つめる。 「まあ、そう言う訳なのよ。で、今後は……どうする?」 スピカの問いに愛理は何処か悩ましげな表情を向ける。 彼女は目が見えない。のばされた指先をスピカは絡めとり、交わりはしない視線を合わせる様に伺った。 「今ならまだ間に合う」 私たちが手を下す前に、愛してるのであれば、早く、止めて、とスピカは其の目で語る。 首を傾げた愛理が気配を感じるのであろう、リベリスタ達の方を向き、はっきりと宣言した。 「もしも彼が殺人鬼のツヅルさんで、私が其れを判っていても――」 判っていても、名乗らない貴女方を信じる事は出来ない、と。 その言葉にリベリスタ達は立ちすくむ。名乗り上げる事を誰ひとり行わなかった。ただ、ツヅルの所業を語っただけの来訪者。 「信じなくてもいい、でも、邪魔しないで。無理な話かなァ?」 じっと見つめた魅零に愛理はゆっくりと告げる。 「信じる、信じるわ――私はそこまで鈍い女じゃないのよ」 例え貴女方が何処の誰か分からなくても、あの人の真実は確かに彼女の中にあった事柄と一致している。 ほっとしたような表情で珠姫は問う。 「気付いているんだよね、彼の気持ちに」 其れは彼が、殺人鬼が盲目の女を愛したその気持ちに気付いているかという問い。 「ねえ、貴女からも教えてあげてほしい。自分がどれだけバカなのかって」 愛しい人から言われれば目が覚めるだろう、愛しい人からの言葉で有れば止まるだろう。 そう思うのは誰でも一緒だった。 お願い、ときゅっと掌を包み込んだスピカに愛理は小さく笑う。 「私は、最期に言うわ。愛してると、それまでは言わない」 何故、と。今の彼と唯一心を通わせされるのは貴女だけなのに、と。 スピカの瞳が真っ直ぐに愛理を射た。 彼女は笑う、笑う。 ● 屋根の上でイーグルアイと暗視を使用し、視界を確保していたブレスが屋根上から声を投げかけた。 武器を構え、ツヅルと、其れに従う人形をまっすぐに見つめる。 「きやがった」 「ああ、来たね」 コンセントレーションに集中を重ねたプレインフェザーはまっすぐに見つめる。 歩いてきた殺人鬼は何処か悲しげな表情を浮かべ、ただ、愛しい人の待つ小屋へと足を進めていた。 「ツヅ、ルさん?」 ドアの前に立ったスペードは真っ直ぐに人形遣いの殺人鬼を見つめた。 彼女の小屋の前に、見知らぬ人がいる、そう考えたのだろう。警戒する様な眼でリベリスタ達を見たツヅルにスピカは一歩、歩み出て彼へと言った。 「……彼女は奥に居るわ」 ぎゅっと楽器を握りしめた彼女は真っ直ぐに目の前の男を見つめる。今から愛しい人を手に掛ける事にした男を、だ。 「だけど、まずは聞かせてくれる?彼女を手に掛けようとする理由」 それを教えて、スピカは手を伸ばす。 可愛いからいじめたい、愛しいから殺したい、好きなものを壊してしまう。 ――そう、それは私と同じ。私も好きなものほど壊してしまうから。 同属嫌悪。きっと同じ衝動に駆られていることを魅零は嫌というほど知っている。 ぎっと睨みつける。喉元までこみ上げた言葉はまだ、使う時ではなかった。 「ねえ、教えて」 「彼女は9番目に殺すと決めていたんだ。好きになってしまった、だけど決めた事は覆す事はしない」 彼の言葉に嘘はないのだろう。真摯な瞳。 殺す順番を決めていた。その通りに殺してきた。其れを覆す事は今更出来ない、そう言うのだ。 「好きなのに、殺すの?」 繋ぎとめる自信がないから?繋ぎとめられない確証があるの?伝わらない、伝えられない、それはただの自身の勇気がないが故―― 「決めた事に背かない様に、繋ぎとめられないならいっそ想いを伝えないうちに終わらしてしまえれば」 それが其の終着点になればと祈る。 ツヅルの言葉にスピカは黒い瞳に影を落とした。そんなの、そんなのって。繰り返した言葉はか細い音となって咽喉から出る。 「それってただの臆病じゃないの……」 何処か、落胆した様な言葉。もしかすれば愛故に戦闘をすることなく平和な解決をできたかもしれない。 ――だが、其れは叶わぬことだったのだろう。 そう判断したリベリスタ達は戦闘態勢に入る。無論、目の前の殺人鬼もだ。 「血生臭い、我欲の塊。ねえ、フィクサード様。何人殺したの??」 さあ、何人か言ってみなよ。拳を固めた魅零がツヅルを見つめる。 「八人、だよ」 ああ、その言葉。その言葉待っていた。その回数分、殴ってやる――ぎり、と噛み締めた唇。 睨みつけた彼女の元に人形が飛びかかる。ズンッ、勢いよく屋根の上から放たれたハニーコムガトリングが人形たちを撃ち抜く。 「小屋には近づけねぇぜ」 愛用の銃を構えたブレスに対して、人形遣いの殺人鬼がにんまりと笑う。 だが、彼の足元に精密に一点のみを打ち抜く糸が絡む。愛情にも似た殺意が彼の瞳には浮かんでいた。 小屋を護る様に布陣するリベリスタたちへ人形が踊り狂う。楽しげに、誇らしげに、その様子はまるでおもちゃの国にでも入り込んだ様で。 「力に溺れて、8人も殺しておいて……」 謝る言葉は死者へ向けてではなく、ただ、愛しい人に向けるだけ。プレインフェザーの緑の瞳が見開かれる。 「謝る相手が、間違ってるだろッ!」 ガキンッ――STEEL《STEAL》MOONに人形が頭からぶつかっていく。しかめっ面のまま人形を押し返した彼女の背後、ドアの前に立っていたスペードが祈る様に暗闇を作り出す。 ドアの奥、周囲の様子を其の目で見る事が出来ない盲目の女に語りかける様に、彼女は言う。 「愛理さんの想いが変わらなければ、ツヅルさんが罪を背負って生きる事が出来るかもしれません」 貴女と言う支えが居て、其れが有ることで罪を背負う覚悟が出来るかもしれない。 Cortanaをぎゅっと握りしめた彼女は目の前で浮遊していた人形を暗闇に飲み込む。ただ、深く、暗い瘴気の中に。 仲間たちに戦闘と防御の効率動作を与えた珠姫は其れを確認し、人形を見極めようとする。 バッドステータスを与えると言う様々な人形。どれが何か。 「何て身勝手。人殺しだから、愛せないなんて。手が汚れているから抱きしめられないなんて」 ――そんなの決めるのは貴方じゃないでしょ? 見据えた瞳は人形から離れない。彼女の、盲目の女の気持ちを無視して心中しようとする、そんなの。 「自己満足を、愛なんて言うなッ!」 一体の人形が暖簾へと踊り掛る。その手から繰り出された攻撃により、彼は少し揺らめき、体の向きをぐるりと変えた。 「あいつが、魅了かっ!」 「そのようだな……ッ!」 今回の布陣に前衛たる役割のものは存在していない――自ずと全員が前衛、最前線の立場になっていたのだ。 ブラックマリアと名を冠した銃から放たれた攻撃を其の身に受けながらもプレインフェザーは暖簾を魅了した人形へとカラーボールを投げつける。 べしゃり、醜い音をさせ、カラーボールは人形へとぶち当たり、その洋服を汚した。 繰り出したピンポイントスペシャリティは精密機械の様に人形たちを撃ち抜く。カラーボールでマーキングされた人形、魅了を使用する人形へと一体の人形が回復を施す。 「あれが回復か」 冷静に言った武后の声を聞き、再度別の色のカラーボールを投げ入れる。二体の人形の区別がついた所でリベリスタ達は攻撃の手を強めた。 小屋の前――後衛とはもはや言えない乱戦状態の中、武后は扉に手をつき、外の様子をうかがっているであろう愛理へと優しく言う。 「私が言えるのは一言だけだ」 トン、扉を指先が撫でた音がした。 「彼がどんな人間であれ、一緒に居たいと思うなら、君自身が声を上げるべきだ」 ただ、それだけ。彼女個人としての言葉。 その言葉と共に繰り出された黒き瘴気に人形たちが包まれる。マーキングされている人形は半ばその生気を絞り取られて行くようにふらついていた。 ふと、ツヅルが動く。その瞬間に珠姫は閃光弾を投擲し、人形もろとも彼らの動きの自由を奪ってしまう。 「9人目はさせないから、ね。好きな人、殺し愛なんて反吐が出る」 黒き瘴気を放ちマーキングされた人形を包み込む。魅零の瞳は同属嫌悪に満ちている。 自分の様で嫌い、自分――ああ、所詮は同じなのだ。好きなものを傷つけるこの感傷と。 「愛理!! これがお前の愛した男なの!!」 彼女の声が小屋の中へと響く。 聞こえているでしょう、この声が、貴方の好きな耳朶へと響くこの声が。 「それでも好きなら、愛してるって言ってみてよ!!」 ぴくり、とツヅルの動きが止まる。 其の隙をついてスピカはチェインライトニングで人形たちを無力化させていく。 「バッドエンド、は――嫌いよ!」 彼女の瞳は慈悲に満ち溢れた、優しいものではない。苦しく、辛い、そんな瞳をしている。 続いてハニーコムガトリングが連発される。勢いよく発射される其れは人形たちの体へと穴をあけて行く。 肩で息をし、なんとか魅了を振り払った暖簾の雨が今だ健在であった4体の人形を包み込む。 「よォ、仲人が来たぜェ?」 ご挨拶が遅れてすまない、とでも笑うようなその笑顔。彼には名誉がある。無頼、機会鹿。その二つの名誉の為に戦う。 「凍り付け!全て!」 鋭き雨が人形を地に伏せさせた。彼が望むのは殺す以外の道筋を気付かせる事。それはきっと愛理であればできる、とそう思う。 「彼女を愛しく思うなら其の手で殺すのはやめておきたまえ、お互い辛いよ」 切なげに哀しげに告げた武后の暗黒が二体の人形を包み込み、地に伏せさせる。動かなくなったマリオネット。 「君が死んでも彼女はきっと悲しむ、だから殺したくないね」 願わくば、彼女の為に生きてほしい。彼女の為に、全てを捨ててまでも。 人形たちが全て動かなくなった事を悟るとツヅルは前へと走り出す。指輪がついている方の腕をブレスが打ち抜いた。 「ッ!」 「その指輪、俺たちが預からせてもらうぜェ?」 ブレスと暖簾が駆け寄る。地に抑えつけられたツヅルの腕から指輪を引き抜こうとした時、背後から可憐な声がその行為を遮った。 「その指輪には、どのような思い出があるのですか……?」 スペードの問いかけに、ツヅルはその動きを止めてしまう。キィ、と背後で扉が開いた。 顔を出した愛理が扉の前に居たスペードと魅零の肩へに掴まり彼女は小さく聞いた。 「ツヅル、これがお前の愛してる女なの!こんな可愛い子、殺されてたまるか!」 目の見えない彼女はただ、其の体で受けたぬくもりと耳朶を這う声で人を認識している。 魅零の言葉に彼女は指先に力を入れた。 「二人とも、幸せにはなれない茨の道。それでも歩もうとするなら、私が止めるッ!」 「ツヅル、本当に愛してるなら真っ直ぐ向き合って、そしてはっきり想いを伝えなさいよ」 愛理の前へ立ち、庇うようにその身を踊り出した珠姫が地に抑えつけられているツヅルへと言う。 想いを全く無視して踏み潰す事が愛なのか――そう問えば、ツヅルの体から力が抜けた。 暖簾の掌に収まった指輪。人形遣いのアーティファクト。 「お前さんは愛理お嬢さんよか思い出の方が大切だなンて言わねェよな?」 彼が探った感情。ツヅルの中にある愛おしいという思いがじんわりと伝わる。愛理の気持ちは何処か霞がかかって居たままであった。 「お前さんが是が日でもお嬢さんを殺すってンなら話は別だが」 だが、この場の人間を誰も殺したくない、誰ひとりもだ。 そう言った暖簾はブレスを伴いその場から離れる。 「愛理、愛理」 ツヅルが呼ぶ。 「ツヅル、さん?」 愛理がその声にか細く、応えた。初めて呼んだ彼の名前。 「誰かを愛する事が出来る位人の心が残ってんなら、聞こえる声に耳を傾けてみろよ」 ねえ、ツヅルさん、私、私はすべて知っていたの、其れでも貴方を愛してしまっていたわ。 ただ、すすり泣く声だけが、響いた。 ● バイオリンの音が響き渡る。何処か、優しい歌が聞こえた。 「ずっと待っていたのね。あの人が好きだから、愛してるから」 スピカの言葉はただ、そこに残った空虚に響き渡った。 人形遣いを暖簾から受けとったブレスは指先で其れを弄ぶ。彼の仕事はアーティファクトの回収。 これ以上の結末は彼の知った所ではない、ただ、目の前で行われるちょっとした出来ごともだ。 祝福しよう、その想いを、その力を。 「百人殺そうが愛しい誰かをきちんと守るヤツは大好きだ、力があるなら好きなヤツのためにこそ使いなよ」 武后の優しげな言葉がただ、そこに響いた。 ただ、幸せになる事は望めなかった。殺人鬼で、8人を手に掛けてる、幸せになる事は許せなかった。 愛おしいと、泣き出したいほどに望んだその想いであれど、他者の幸せを踏み台にしてはならない。 最悪の手段を覚悟していた珠姫の隣で魅零は何とも言えない気持ちでいた。 「さあ、行きましょう……?」 ツヅルをアークへと連行する、とリベリスタ達は彼と連れ添っていく。 一番やさしいさよならをしよう。 それは二人が出会わなかった事にする、ただ、それだけ。 貴方がその罪を贖ったならば、私は貴方をもう一度愛するから。 願われない幸せは、なかった事にして、もう一度やり直そう。 『だから、行ってらっしゃい、後で直ぐにアークに、貴方に会いにいくから』 其れ以来彼女は、口をつぐんでいた。 さよなら、愛していました。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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