●失踪人は作られる 「出来ない人は要らない。出来る人だけ……お願い」 『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は言った。 目覚めたら世界が変わっていた。よくある小説や漫画、アニメの冒頭だ。けれど、変わったのは世界ではなくて自分だった。少し違う……世界も変わっているのかも知れないが、それよりも自分の方が激変しすぎてしまったのだ。昨日まで打製石器を使っていた縄文人がレーザービームを手にしたように、何もかもが変わってしまった。 だからと言って外見上の変化はない。 「行って来ます」 高槻美芳(たかつき・みよし)は普段通りに起床し、朝ご飯を食べ、クリーニングしたばかりの制服を身に着け家を出た。 「みーくん、今度三者面談あるんでしょ? そろそろ真剣に進路の事……」 勢いよく玄関のドアを閉めたから、そこで母の声は途切れて聞こえなくなった。 「考えられねぇよ」 凡俗な一般人みたいな未来はもう自分にはない。美芳は鼻歌交じりでゴキゲンだった。 「高槻美芳、高校2年生、ノーフェイス。1ヶ月でフェイス1からフェイス2へと進化した。だから、もうあまり時間がない」 進化には決まった期間はなく、個体差が激しい。けれどこれ以上を処置を保留にして進化が進めば危険な状態になる可能性があるし、処分するのも難しくなる。現に美芳はフライエンジェルの様に空を飛び、高いリジェネレーションと頑強な肉体を手に入れている。無造作に繰り出す拳や蹴りには人を死に至らしめる力が秘められている。 「だから今のうち……出来る人だけやって。彼はもう居てはいけない」 イヴは淡々と言った。 近い未来、高槻美芳はかくたる理由もなく失踪し、二度と戻ってこない。そうしなければならないのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月19日(火)23:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●target follow 下校途中、図書館に寄ろうとした高槻美芳は足と止めて振り返る。今日はこれで何度振り返っただろう。目に映る風景に特別な異変はない。数人の人間がのどかに歩いているだけで事件も怪異も何もない。ど派手な眼帯をした男と1度だけ視線が合った事もあったが、すぐに通しすぎていった。 「何もないよな」 言い聞かせるようにつぶやくが違和感が消えない。かつての美芳だったら気味悪いと思ったり怯えたり警戒したりしただろう。だが、あれ以来そんな気持ちになることはない。恐怖に鈍感となっていた。 「俺ってば感覚が冴えてるかもな。また強くなっちゃったりして」 くすぐったそうに笑い、軽い足取りでまた歩き出した。 完全に美芳が行ってしまうと警察官の人形の後からひょっこりと眼帯姿の男が顔を出す。 「今日は撤退して、また明日……だね」 物陰に潜んだまま『終極粉砕/レイジングギア』富永・喜平(BNE000939) は低くつぶやいた。 「コレがフェイトに愛されたヤツとそーでないヤツの違いってコトになるでやがりますかねー」 さして深刻な様子でなく、のんびりと散歩を楽しむかのように歩く『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)は小さくつぶやいていた。この辺りには行き交う人もなく、何かよからぬ事をうそぶいたとて、他人に聞かれる心配はない。 「出来るって名乗り出た以上、イーちゃんさんはやる事ヤルだけですがね」 標的である美芳が出没し易い場所を実地に歩くことで地理を把握し不測の事態に対処する……そのための散歩であった。 「皆が尾行や接触の打ち合わせをしているというのに私が何もしないというのもよろしくないな」 少し考えた末、『紫電』片桐 文月(BNE001709)は戦闘場所の選定について何か手伝えるのではないかと思い至った。身をを隠すのに向いた場所や人気の無さそうな場所を確認し、皆と情報を共有する手伝いでもしておこうと思う。候補地の周辺の地形を把握する事も必要かも知れない。 「さて、どこにするか」 美芳の行動を把握していても接触方法を検討していても、どこで何時行動を起こすのかは明確になっていない。候補地すらあがっていないのだ。 「狙撃ってのは一か八かの博打ってわけじゃねぇ。どこまできっちり下準備をしまくったかで決まるってモンだ……ベターじゃねぇベストプレイスって奴を期待してるぜ」 放埒に伸びた金髪を無造作に右手で掻き上げ『ザ・レフトハンド』ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)は言う。高台で身を隠せる遮蔽物が欲しいところだが、美芳の身辺にその様な場所はあるのだろうか。ウィリアムは上を見上げる。 いささか見切り発車的ではあったが、早くも作戦の第一段階は始まった。 聞くことでわかることは多い。それはわかっていても人間が得る情報で最も多くを占めるのは視覚だ。だから見える者は視覚に依存するが『不視刀』大吟醸 鬼崩(BNE001865)は違う。聞くこと、聞こえることで得られるモノこそが鬼崩の感覚の支えている。鼓動、風の音、その流れ。今も鬼崩には美芳の周囲に人がいないことがわかっていた。 「ぁ、あの! ……ぁっど、どうし、う……」 おずおずと、聞き取れるか聞こえないかの微かな声が鬼崩の唇から漏れる。もし、鬼崩が普通の娘であったなら美芳は声に気づかず素通りしてしまっていたかもしれない。けれど普通ではない美芳には鬼崩の獣の形状が発現した耳を、腕を見てしまっていた。 「お前……なんだ?」 「話が在るんだが構わないかな、高槻美芳君」 別の男がすぐ側にいた。害意のなさをアピールしているのか両手をあげているが、特徴的な眼帯には見覚えがある。男……喜平は鬼崩を顎で示す。 「私達は君とよく似た境遇の者だ。必要なら君が欲しい知識を披露することが出来る」 美芳はじっと喜平と鬼崩を見つめたまま答えない。 「少々複雑な話しで長くもなる。人に聞かれたい話でもなしね。明日、この時間もう一度会えないかい?」 「……わかった」 考えた末に美芳はうなずいた。 「あ、えと。これ、ど……ぞ」 鬼崩が差し出したのは金平糖だった。美芳が受け取ると嬉しそうに笑う。 「ここまでは順調か」 去ってゆく美芳の背を見ながら喜平は言った。 約束の日、昨日喜平と鬼崩が美芳と接触した時刻が迫ってくる。 「そろそろだな」 豪奢な金髪と氷青の瞳を持つ『Dr.Physics』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は時刻を確認する。昨日標的と接触した喜平と鬼崩が指定した時刻はもうすぐであった。端正で穏和そうにも見える外見を持つオーウェンだが、その心は罪なき人間の処分にも波立つところはない。不条理な死を肯定するわけではないが、否定しても仕方がない。それよりも完璧にやり遂げる事にこそ関心がある。 「多少の犠牲はやむを得ず……か」 戦闘場所に想定された地点への攻撃がギリギリで可能な高所で『闇夜に浮かぶ月の光』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)は待機をする。高度を維持しながらの戦闘は命中精度が著しく劣化するので安定した足場が必要になる。同じ場所にウィリアムも待機していた。 近くでは『ハブられ吸血鬼』アンジェリカ・ヨハン・バイルシュタイン(BNE002239)も待機し、その時が来るのを待っている。 学校から帰宅する途中らしい学生服姿の美芳が現れた。喜平が指定した住宅街の外れ、3方向を竹林に囲まれたひとけのない場所だった。高校生とちょっとした密談をするには丁度良い場所だ。 「俺の仕事は終わりだな」 少しホッとした様子で喜平が言う。いや、まだもう少しあったと思い返しこの場に留まるが、一歩踏み出したのは鬼崩の方が早かった。 「やっとこ、おっ始めるか」 「弱いというのは罪だな」 ウィリアムとシルフィアが力を使う。ピーンと研ぎ澄まされた五感とさらにそれ以上の何かが周囲に『強結界』が敷かれたのを感じる。 「え?」 それは能力に不慣れな美芳にも伝わった様だ。 「ぁ、あの! ……おこし、下さりっあ、ありが、とうござ……」 途切れ途切れに鬼崩が小声で話しかける。 ●target lock on 不器用だが熱心に話しかける鬼崩の声は何時にも増して小さく、言葉は不明瞭で何を言っているのか聞き取りにくい。今の鬼崩は全神経と感覚を総動員して始まりのきっかけを察知しようと試みている。 「準備は整った。いつでも構わない」 反応速度を限界にまで高めた文月は誰かが動くのを待つ。 「切り札にさせて貰おうかと思ったが、俺が仕留めてやるぜ」 死に往く者に祈りの時間は無駄だとばかりにウィリアムは大木の枝の陰から身を翻し、左手の先に構えたリボルバーを向ける。 「わああっ」 足を撃ち抜かれた美芳が勢いよく倒れ込んだ。それに合わせるようにして文月がブロック塀を蹴って突進し、鬼崩が攻勢に出る。2人が手したナイフのギラつく刃が躊躇なく美芳の胸や背へと此方から、彼方からと突き出される。学生服のブレザーがザックリと切り裂かれ下から血が滲む。 「騙したのか?」 恐怖と憎悪と驚愕がごちゃまぜになった様な顔で美芳が叫ぶが、そこにはもはや喜平の姿は遠く、目の前にいるのは鬼崩だけだ。 「ゆ、許さない!」 強化された拳が鬼崩の頬を狙って繰り出される。小柄な身体が地面に叩きつけられ……そうではなかった。紙一重でかわし鮮やかな動きで宙返りをし着地した時にはもう身構えている。どれ程強力なパンチでも当たらなければただ振り回すだけの役立たずだ。 「そんな、俺の拳を……」 「背中ががら空きなのは何かのプレイでやがりますか?」 背後からの言葉に反応する間もなく、美芳は唯々の全身から放たれた気糸に緊縛される。 「全力で……壊す!」 動けない美芳の腰を狙って接近したオーウェンは技と大袈裟に右腕を振るい、黒い剛糸で腰を薙ぎ払うように打つ。 「私だってちょっとやる気を出せば戦う事なんて息をするみたいに簡単に出来るんだから!」 武器を手に気負って走るアンジェリカだが、その動作はどうにもぎこちなくかわされてしまう。 「力に翻弄される未熟者よ、本当の『力』とはこう使うものだっ!」 早口に紡がれる力ある言葉がシルフィアの周囲に魔方陣を展開し、そこから魔力のこもった弾丸が放たれ、美芳の腹を貫通していく。それでも頑強な身体と高い効果を持つリジェネレーションが美芳の身体を再生していく。 「とんでもなくタフって奴かよ。熱いねぇ……」 苦笑しつつもウィリアムの身体は反射的に銃を構え狙い、そしてトリガーを引いている。頭部を狙って精密に撃ち出された攻撃が美芳に命中する。それでも革醒した力は美芳に力を与え続ける。 「弱そうな女子供を狙って殴るとはとんだ勇者様ではないか。笑止!」 「うるさい! だまし討ちにする奴が偉そうに!」 わざと挑発するようにあざ笑いながら文月は生け垣や竹林の柵を足がかりにして縦横無尽に仕掛けていく。ナイフの勢いに押され美芳が後退していく。 「大丈夫なの?」 心配そうに、でも返事が返ってくるのか少し不安そうにアンジェリカは鬼崩に声を掛ける。 「だい……じょう、ぶ、です」 「お前もこいつらの仲間かよ!」 「きゃああっ」 逆上する美芳の拳は今度はアンジェリカを狙って放たれ、頬を打たれて地面に叩きつけられる。 「いー加減大人しく狩られやがれですよ。どうせ排除されるべき存在って奴ですからね」 再度の唯々の身体から放たれた気糸が今度こそ美芳の身体を戒め、麻痺させていく。 「……な、何を」 気糸と言葉、双方に心と体を止められたかのように美芳の動きが止まる。 「今時の子供らしく、もう諦めて死んで呉れるのか」 そこにスライディングするように滑り込んで懐に入ったオーウェンの剛糸が美芳の脚を薙ぎ払う。回避できずに美芳は顔面から地面に勢いよく倒れ込んだ。 「なんで! なんで俺が狙われて殺されるんだよ!」 倒れた美芳の腹にシルフィアの魔力弾が再度穿たれる。悲鳴をあげた美芳が血反吐を吐くが、シルフィアの顔はいささかの憐憫もなく冷たいままだ 「知りたいか? 知れば死なねばならぬぞ?」 「どっちにしろ殺す癖に……」 よろよろと、血まみれの美芳はまた立ち上がる。 戦闘は終始、美芳1人を強結界内で包囲し戦うリベリスタ達に有利であった。どれ程美芳のリジェネレーションが高性能であったとしても、リベリスタ達からの総攻撃で受けるダメージを上回るものではない。だが、殺意を実感しつつある美芳の反撃は文字通り死に物狂いであり、攻守ともにバランスが取れている。短い時間で一気に勝敗を決する筈の戦闘は予想外に伸びていた。 「俺じゃない! お前達が死ねよ! 死ね死ね!」 服も髪も血まみれのボロボロになった美芳だが戦意は消えていない。渾身の力を込めて放った飛び蹴りがアンジェリカの腹に命中した。 「……ぐっ、があっ」 鮮血混じりの苦い液を逆流させつつ倒れたアンジェリカはそこで動かなくなる。内臓の幾つかが破裂し、出血性ショックで昏倒してしまったのだろう。アンジェリカへの攻撃から生じる反動を利用したのか、美芳は空へと浮かんでいく。 だが空からの逃走は完璧にリベリスタ達に予測されていた。唯々の手からブラックコードが飛び、張り巡らされた気糸の罠に絡め取られて完全に動けなくなる。 「離せぇええ」 「空中では制動、回避が困難だ……読みが甘かったな」 戦いの真っ直中でも涼しげな様子でオーウェンは蜘蛛の巣に掛かった哀れな獲物の様に闇雲にもがく美芳を見やり、唯々は淡々と剛糸を引く。 「飛べない、動けないヤツは単なる的。遊びは終わりなのですよ?」 「もうそろそろ観念しても良い頃よ」 「撃ち落とすのは結構得意なんだぜ、オレは」 シルフィアの魔方陣からの弾丸が美芳の胸を撃ち抜き、ウィリアムのリボルバーが足を撃ち右足が千切れ飛ぶ。 「ぎゃああああっ」 ボタボタと重そうに大量の血がアスファルトの路面にしたたり落ちる。 「その命、私が断つ!」 「……すみま、せん」 風の様に疾走する2人……文月のナイフが幻影を作り、鬼崩のナイフが喉を切り裂く。それでもまだ、美芳は死に切れていなかった。もはや意識も混濁していたが、残る力を振り絞り何もかも振り切って高く飛翔していく。 「しまった!」 だがオーウェンには追いかける翼はない。 「シルフィア! 行ってくれ」 「わかってるわよ」 ウィルヘルムの言葉よりも早く翼を広げたシルフィアが美芳を追う。 美芳の飛行は最期のあがきであった。どれ程強靱な身体と素晴らしい能力を持っていたとしても全てには限界がある。断末魔の悲鳴をあげて失速した美芳は、太陽を目指したイカロスの様に地面へと落ちていく。 「いかん」 「ちっヤバイっしょ」 地上から追う文月と唯々が唇を噛む。血まみれの惨殺死体となった美芳の身体は強結界の向こうに落ちていく。落下の前に回収する余裕はない。それでもリベリスタ達は素早い身のこなしで移動してゆく。 「ぎゃあああっ」 「わあああああっ」 「ひいいいぃぃいいい」 突如、悲鳴の三重奏が静かだった住宅街に響き渡った。他愛のないおしゃべりに興じていた主婦達の足下にどさりと大きな肉塊が落ちてきたのだ。最初はそれが何なのか主婦達はわからなかった。だが、肉塊はバウンドして反転しザクロの様に赤黒く破裂した頭部から2つの眼球が埋まっている。腰を抜かした主婦達の絶叫に、近隣の家の窓や玄関から人々が顔を出す。叫び、ざわめき、怒号……が住宅街を覆い尽くそうとしていた。 「りべりすた……」 金平糖を手に鬼崩は1つの消えた命を悼み胸に刻む。 「これがあいつの『運命』だったって事かねぇ」 騒ぎの様子を遠くから伺いながら喜平が言う。 「必要な処置を施すのは無理のようだな」 得物を納めた文月は腕を組む。大騒ぎしている人々の姿はもう止められるものではなさそうだ。 「残虐な事を無辜の民に見せたくはなかったが……仕方あるまい」 「これ以上はどうしようねぇな」 気持ちを切り替えたのかオーウェンとウィリアムはあっさりと言う。 「……そのようね」 戦いが終わったからか、シルフィアの雰囲気から威圧的な感じが消えている。 「せめてイーちゃん達の痕跡を消して帰るですかね」 唯々は身を翻す。リベリスタ達は誰に見とがめられる事もなく、自分達が存在したという痕跡を出来る限り抹消してから、撤収していった。 高槻美芳は失踪ではなく、猟奇殺人の被害者として死亡が確認された。殺人犯はまだ検挙されず、住宅街のあちこちには情報を求める立て看板と、変質者に注意という安っぽい看板が掲げられることになった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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