● ベッドからだらーっと半ば落ちるようにして抜け出して、さートイレだーとか思って歩き出したら、凄い何か手が引っ張られていた。 と、思った時にはもう、振り返って自分の手を確認していて、そしたらどういうわけか、手首にわー何これ手錠とかどーゆーことだろー。 と、佐藤は暫く、何かぼーっとそれを見つめた。 手錠からロープのような物が伸びていて、ベッドの中へと続いている。その先に、何か、寝てる人が居た。 とりあえず尿意は一旦忘れることにして、ベッドに腰掛け、かけ布団をめくってみた。 寝てる人は、何か、ロープを握って眠っていた。 なので佐藤は、そーっとその手からロープを引っこ抜こうとして、むしろちょっと引っ張って、よし、いける! とか確信しつつ、相手の状況を窺おうと目を上げた。 ら、すっかり起きている切れ長の瞳が、こっちをガン見していた。 佐藤は、その体制のまま、ちょっと、固まる。 「やあ佐藤君。起きたの」 ウェーブがかった黒髪で顔の半分を覆ったまま、黒滝が、言った。 「うん」 って別に全然やましくないのだけれど、どういうわけかその時点で半ば負けた気分で、佐藤は俯く。「さっき」 「何処行こうとしてたの」 「あのー、トイレ」 「だったら起こしてくれればいいのに」 「っていうか、黒滝君」 「うん」 「ちょっと聞いていい?」 「うんいいよ」 頷いて起き上がった黒滝は、壁に背中をつけるようにして座り直し、黒髪をもしゃもしゃ、とかき回す。 「なんでロープ?」 「いや、危険かな、と思って」 「何が危険なの。っていうか、むしろこの行為の方が若干危険な匂いがする気がするんだけど」 「昨日、あんな目に遭ったっていうのに、ふらふら外とかに出たら危険でしょ。だから」 「でも、ロープとか手錠はやり過ぎじゃないかな」 「勝手に外に出ないようにだよ」 とか、きっと、きゃぴきゃぴとして言われても怖いに違いないけれど、殆ど表情に変化なく、冷静に、覇気なく言われてるこの状況はもっと、怖い。 「うんあの全然大丈夫だよ」 「昨日何があったか、ちゃんと覚えてるの」 「うん」 「じゃあ、言ってみて」 「いやあの別に本当にだ」 「言ってみて」 って、別に全く同じトーンで繰り返されただけだったけれど、凄い威圧を感じて、しぶしぶ、佐藤は話出す。 「夜に、公園の公衆トイレに行って。用を足して、手を洗ってたら、背後の「ココ」って書かれた落書きから、人の手が出て来て」 「うん」 「えええー! ってなってたら、どんどんいっぱい、いろんな所から手が出て来て、あっちからもこっちからも出て来て、出たり消えたりして、怖くなって、逃げようとしたけど掴まって、いろんな所触りたくられて」 「うんうん、まるで箱の中のタコのようにね」 「え何それ」 「うん続けて」 「それでも頑張って逃げようとしたら、何かもう、いきなりモップとか目の前を踊りだして」 「うんうんそうだったね」 「もうこれあかんわってなって、腰抜かしてたら、そしたら偶然通りかかった君に助けられた」 「うん。そう」 「探偵だとか、うっさんくさい事を言う、君に。冷静な時ならそんなうっさんくさい人には絶対ついていかないのに」 「うんそう、ね? でしょ、危険でしょ、危ないでしょ、怖いでしょ。普通は、そんな怖い思いしたら、もう外とか出たくなくなるじゃない。俺がいないと特に、絶対もう一人歩き出来ないでしょ。だからロープは必要なんだよね」 ってすっかり、ロープは必要、って結果で終わられてしまいそうだったので、佐藤はすかさず、「嘘ついてると思ってる? 僕の頭が可笑しい、とか寝ぼけてたんじゃないの、とか思ってんでしょ」とか言って、話を変えてみることにした。 「思ってないよ」 とさらっと言った横顔は無表情で、本当に思ってないのか、思ってるのか、良く、分からない。 「ねー黒滝君」 「うん」 「何でもいいけど、探偵って、仕事として成立してるの。儲かる?」 んーってちょっと考えるように唸った黒滝は、上唇の当たりをぼりぼりとかいて、 「俺には未来が見えるんだ」 とか何か、あんまり良く分からない事を言った。 あまりにも、意味が分からなかったので、その顔をちょっと何か、ぼーっと見つめた。 切れ長の瞳に、通った鼻筋、血色の良い、赤い唇。薄気味悪い程整った、黒滝の顔は、延々見ていると、まさしく薄気味悪くなってくる。 「君は無事で済んで良かったけど、今、解決しないともっと酷い事になるからね」 「え、解決?」 「そう、解決」 「え、黒滝君が解決するの、っていうか、解決することなんて、あるの」 「佐藤君が知らないだけで、こういう事件はわりと起きている」 「どういう事件?」 そもそも一体何がどう、事件? 黒滝の言う意味が全く分からず、佐藤は茫然と小首を傾げる。 けれど返事をする気はないらしく、黒滝はサイドテーブルに置かれた通信機器を手に取ると、何やらかちゃかちゃやりだした。 「あと、どうでもいいんだけど黒滝君。トイレに行きたいんだけど」 「そうね。ここでしても、いいけどね」 薄っすら笑いながら、黒滝が言う。 「見ててあげるけど」 とかいうのは無視して、一体何を打っているのかと画面をそっと覗き込む。 文字が、見えた。 ――以下に事件に遭遇した一般人から得た情報と、予知の概要を添付する。 けれど続きを読む前に、そっと画面は閉じられてしまう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:しもだ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月10日(日)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「あー……これは、あれだな。俺的には別に、いちいち狭いトイレの中で戦わないで、外へ誘導すりゃいいんじゃねえのって、感じかな、うん」 とか、明らかに若干汚めの公衆トイレを前に、『断魔剣』御堂・霧也(BNE003822)は一旦茫然とし、でもすぐに立ち直り、全然臭さとか気にしてないよ、絶対、みたいに軽い口調で、言った。 でも頭の中では最早、目の前にある既に汚くて臭そうな公衆トイレで、薄っすらと黄色くて臭い液体撒き散らす敵と戦っている自分、とか、そんな臭い二乗の妄想がうっかりすっかり広がっていて、俄然腰は引けているし、でも間違っても腰が引けてます、なんて言いたくないので、ここはそれとなくその方向に誘導すべきだ。とか思って隣を見てみたら、凄い真剣な表情の『Knight of Dawn』ブリジット・プレオベール(BNE003434)が居て、「騎士たるもの、どんな時でも無私の勇気を忘れず、慈悲深く弱気を助け、悪に対して恐れず正義を貫くのが、役目ですわ」とか何か、もうやる気を漲らせていた。 って、ワー凄いやる気だ、仕事に向かう意気込みが本気だ、女だけど騎士だからオトコマエだー。 とかちょっと感心した矢先、「しかし……その……敵の攻撃手段が、最悪ですわね」とか、ポソっと彼女が呟き、丁度聞こえたらしい『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、「黄色い液体とか言われると、もうあれしか思い浮かばねえもんな。場所的に」とか、明らかに特定の何かを思い浮かべているかのように、呟いた。 「あれ……? あれとは、何ですか」 そこで、そんな危険な問いを、物凄い無垢な表情でしたのは『ゼンマイ可動式』ミル・フランベルジュ(BNE003819)で、でもその表情を良く良く観察してたら、こういう状況でも無垢とか、無垢過ぎて無垢を通り越した感もあり、若干何かもう、無の威圧というか、可愛いけど怖い人形みたいな、そんな趣も、あった。 とか、別にそんな相手の状況はさほど気にしてませーんみたいに、烏は従容と、「そりゃああれって言えば」とか、とんでもない事を口走りそうな気配があったので、 「いや、それを口にするのは、やめておくべきだと、思う」 と、すかさず霧也は、それを、止める。 「あ、そう」 とか、からかうような笑みを浮かべながらも烏が、素直に引っ込んだ。 「まあ。トイレは人が穢れを隔離する場所ですからね」 そこで『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が、切れ長の目を更に細めながら、呆れているようにも、たしなめているようにも見える表情で、冷静に、言った。 「それでも、どうしても行かざるを得ない場所でもあります。確かにここのトイレは、若干汚いですが、他の公園や駅などの余りに汚くて臭いトイレに比べれば……とても耐えられません、と言う程ではないでしょう」 そしたらそれに、「まあ、そうね」とか、凄いライトに同意したのは、『黒姫』レイチェル・ブラッドストーン(BNE003442)で、「場所だの相手だの好きに選んでやっていける仕事でもないしね」と、大人な対応を見せた。 「だいたい、私そもそも、汚いとかそんな事はわりと気にならないのよね」 「え、気にならないの」 そんな馬鹿な。 と、霧也がすかさず指摘、したと思ったらそれと同時に誰かが「え、気にならないの」とか言っていて、誰だ、と隣を見るとそこには。 バーーーーンッ! と胸。 が、喋るわけはないので、ちょっと視線を上げたら、『虚実之車輪(おっぱいてんし)』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)の顔があって、でもやっぱりその夢のように巨大な胸。とか、見たこともない現象に圧倒されるように、15歳の少年は、そこから目が全く、離せない。 「だって敵は、聞く所によると、この上なく汚いじゃない」 ボヨヨン。 「ヘドロのエリューションよりも汚いわよ。私、絶対前に出て戦いたくないわ」 ボヨヨン。 彼女が喋るたびに胸の膨らみがわっさわさ揺れる。どうしよう、揺れている。この世のものとは思えないくらい柔かそうに、揺れて……。 とか、思わずそこに釘付け状態の霧也の隣では、ブリジットが頭を抱えている。 「ああ、前に出て戦いたくない。それはわたくしも同じですわ。誰かを庇う事で、受ける攻撃の事を考えると……守る事でむしろ、騎士たる尊厳が失われてしまうような気もしますし。ともすれば、ここは逃げるのも一つの選択。いえ! だめよ、プレオベール家の騎士たるもの、口が裂けても声に出してはいけませんわ! でもわたくし……わたくし、戦いたくありませんわ……いえ。だめよ、だめ。そんな事を考えては駄目よブリジット。あなたはプレオベール家の騎士として立派に」 とかいう、豆腐メンタル騎士の懊悩を、面白い動物の生態を眺める研究者、みたいな目でぼーとか眺めたレイチェルは、 「ま、じゃあ、とにもかくにもその、モップを外へと誘導する作戦をさっさと開始しましょう」 と、丁度隣にいたミルを、何となく、見た。 「でもそのためにはまず、おトイレに入ってモップさん達をお呼びしなくてはいけませんね」 って、彼女は、どういうわけか、ぼーっと、霧也を。 わー何だろー凄い見つめられてるどーしよー。 「うんあのー……男子女子、別れてそれぞれのトイレに向かったら、いいんじゃね?」 ってすっかり他人事で霧也は反対の隣を。 見たらそこには、『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)が立っていて、うん、とか凄い力強く頷いてくれた。 「そうだ、つまり、何も考えずに相手を殴ればいいのだ! 任務さえ達成してしまえば、後はどうとでもなる! 今は只管無心に、事を推し進めるのみ!」 そしてぐっと拳を握る。 「じゃあ、男子トイレに関しては是非、どうぞ、先に」 「えっ」 「大丈夫大丈夫。あれだ。こんな事もあろうかとだな。レインコートを用意してあるのよ、おじさん」 って烏がすっかり乗り気で、AFからレインコートをダウンロードし、葛葉に差し出した。 「えっいや雨合羽は、実は俺も用意はしてたけど」 「おーやる気満開じゃないか、はっはっは。で。他の人達はどう? 人数分あるけど」 「いえ、わたしは作業用の使い捨ての服を着てきましたので」 螢衣が、ピシッ、と決めた。 「私は要らないよ。接近戦闘するつもりないから」 シルフィアが更にボヨヨン、と宣言した。 「わ、わたくしは一応……その、お借りしてあげてもよろしくてよ」 ブリジットがお嬢様っぽく、コートを借りた。 そしたら、 「うん私もじゃあ折角だし借りておくわね」 とか、レイチェルも何となく借りて、ミルに至っては何か分かんないけどじゃー借りますーみたいに、ぼーっと手を伸ばし、もう着始めている。 残った霧也は、「や俺は一応、変えの服用意してっから」と、申し出を辞退。 とか、一通り、レインコートの貸し出しフェアーが終わると、 「では、念のため保険に」 ミルが強結界をその場に張り始めた。 ● 「おん・きりきり・ばさら・ばさり・ぶりつ・まんだまんだ・うんぱったー」 レイチェルは、いつでもグレートソードを振り抜ける位置で隠しながら、じりじり、と公衆トイレの中を覗き込んだ。 入口を挟んだ向かいでは、同じようにプレオベールディフェンダー(剣)を構えたブリジットがそーっと中を覗き込んでいる。 「おん・きりきり・ばさら・ばさり・ぶりつ・まんだまんだ・うんぱったー」 明滅した蛍光灯の灯りが見える。 上、下、右、左。レイチェルは素早く目を走らせる。そこから一旦顔を戻し、短く息を吐くと、ダッと一気にトイレ内に踏み込んだ。一歩、二歩。敵だけではなく、何処から手が抜け出してくるかも分からないため、慎重に耳をすませ、足を進める。 瞬間、ダーンととトイレ内の掃除用具が内側から開いた。 「日本じゃトイレに関する怪談は多いみたいだけどこれもその類かしらね」 薄っすらと微笑みながら、レイチェルが瞬時に後ろへと飛び跳ねた。「どうやら踊るモップさんの出現みたいよ」 「ででで、出ましたわね!」 とか、かなり及び腰ではあるものの、レイチェルのバックアップを試みるブリジットの隣を、ビュオーン! と、いきなり、鋭い風が通り抜けて行く。 バサーっと縦巻きロールの髪がなびき。 「さあ行きなさい」 螢衣の凛とした声が響く。 風だ、と思っていたのは、螢衣が符術で作り出した、式神の鴉だった。 「掃除道具のあなた方ですら穢れているのが問題です。あなたたちはもはや使命を全うできる状態にはありません。新しいモップと交代すべきです」 黒い鴉が狭いトイレの中を鋭く飛び回る。わっさわさ揺れながら、その動きを掴もうとするモップは、煽られ、撹乱され、次第にムーっ!!!! 「ほらほら! こっちよ!」 レイチェルが、モップを広い場所へと誘導するように動き出す。 出て来たモップは、三体。ビヨオン、ビヨオン、とくっついたり、離れたり、交差したりしながら、ひたすら彼女を追いかけ。 すかさず後方からシャーッと、薄っすら黄色い液体が飛んだ。闇のオーラを纏ったレイチェルは、それを華麗に回避し。 たと思ったら、 「ぎゃー!」 と、後方から、凄まじい悲鳴が聞こえた。 「か、かかっ! かかった! うっ! くは、くはい! 臭いですわ! 臭い! 臭い! 臭」 プチン。 基本、美学主義者の彼女の許容範囲を臭さが超えた。 その瞬間、彼女の中で、何かが切れる音がした。 とかいきなり、真っ白、みたいに動きを止めた仲間の姿を見たシルフィアは、益々、「絶対前には出ないわ。というかあんなのと近接戦闘したくない……」と決意を新たにしつつ、やっぱり胸をボヨヨオン、と揺らしながら、チェインライトニングを発動する。 「汚物が動くな……!」 彼女の頭上に出現した条の雷は、彼女の手の動きに合わせてモップへと突撃し、バチッ! と拡散し、バチバチバチッ! と激しく荒れ狂い始める。 「ぬぬぬー! こうなったら万倍にして返して差し上げますわっ!」 って、完全にブチ切れて開き直ってしまったらしーブリジットが、また動きを始める。凄まじい勢いでモップへと突進しつつ、剣を振り抜いた。 瞬間、ズシャーッ! と暗黒の瘴気が飛び出て、モップへ突撃。 しただけでは気が済まないのか、 「モップめ! モップめ! 許しませんわ!」 暗黒、暗黒、暗黒、暗黒! している隣を、あらー切れちゃってますねー、みたいな表情で通り抜けたレイチェルが、ではその間に一体ずつ仕留めて行くわね、みたいに、ソウルバーンを発動した。 「闇よ……喰らえ!」 グレートソードに宿る暗黒の魔力が、モップを木端微塵に、切り裂く。 「モップをお掃除、ということですね」 状況を冷静に見つめていた螢光が、ぼそっと、呟く。 一方その少し前。 ミルは、男子トイレの方を、何かぼーっと見つめていた。 こっちはわりとシーンとしていた。 というより、女子の方の戦闘が派手過ぎて、音が聞こえてないだけかも知れないけれど、とにかくあんまりにも動きがないので、これはちょっと見に行った方がいいんじゃないかな、とか思って、ちょこちょこ、とゆっくり歩いて行った。 男子トイレの中を、ちょっとだけ離れた場所から、そーっと覗き込む。 瞬間。 「チキショウ! この野郎! 勘弁しろよーーーーー!」 とかいう絶叫と共に、何か、明らかトイレのドアみたいなのと一緒に霧也の体が、バアアアンッと凄まじくぶっ飛んできた。 その激しい動きが、まるでスローモーションのように、ミルには見えて。 チャン、チャチャン、チャン。 頭の中で、可愛らしいオルゴールの音が鳴る。 ずっしゃーん、と地面に激しくぶつかるトイレの扉。後ろへと滑りながら、地面に足を突く霧也。 何かを大声でがなり立てている。ごーごー、とだけ聞こえる。タンタンタンと、可愛らしいオルゴールの音は続く。 「くそ! あの手の野郎! 今からって時に掴みやがって! かかったじゃねえか! かかちまったじゃねえか! どうしてくれんだよ!」 「まあまあ落ち着きたまえよ御堂君。かかったと言っても、ほんのちょびっと掠っただけじゃないか」 とか何か、落ち着きの代表、みたいに落ち着いた烏が、折りたたみ式の銃剣のついた「二四式・改」を構え、的確にモップのモップたる部分を狙い撃ち。 「おち、落ち着いてられるかよ! 今回ほど前衛がイヤだって思った事はねえよ、くそー! つか、臭ッ。何これちょっとかかっただけなのに、臭ッ! 誰が、この臭いのに当たって冷静でいられるかーこのやろーーーー!」 間にも、霧也は狂ったように暗黒を連発し。 暗黒、暗黒、暗黒。あるいは、暗黒!! というか、本気で臭さに狂っていたのかもしれないのだけれど、反動でダメージを受けまくった霧也は、かくん、と膝を突く。 あ。 痛そう。 と。ミルは、思った。 瞬間、くわっと、現実の音が戻ってくる。 「見ろ! 義桜君なんか、あんなにアンモニア臭塗れになっても、真面目に頑張っている!」 烏の声を背後に、彼女はパタパタ、と霧也の元へと駆けよって行く。 天使の息を発動した。 傍らで。 「まあ、仕事だしな。さて、そろそろトドメだ。一気に削り切らせて貰う……!」 疾風居合い斬りを発動した葛葉のクローから放たれた真空刃が、モップを木端微塵に切り裂いた。 ● 手は、至る所から伸びていた。 「とにかくモグラ叩きの要領で殴ればいいのよね?」 とか、武器を振り回し、ぼっこぼこと殴り殴り、振り返って殴っていくレイチェルや、 「己の世界へと帰るが良い。こちらに、お前達の居場所はない」 とか、やっぱりこっちもぶちっとかクローで手をぶった斬っちゃって、ポイしていく葛葉の後ろで、ミルは、持参したお花を、一つ一つ、手に差し出したり、していた。 「お花、お嫌いですか?」 手がゆっくりと、お花を握った。撫で撫でしてあげると、喜ぶみたいにぴくぴくとした。 「ふふふ面白いです」 ミルはふんわりと小さく、微笑む。 とかいう後ろでは、シルフィアが、葉巻の火をジュッと当てたり、抓ったり、針でチクチク表面を万遍なく突付いたり、とか、軽い拷問をしつつ手を送り帰していたのだけれど、突然、背後から伸びて来たてに、むぎゅ。と掴まれた。 何を。 その、夢のような巨乳を。 「ちょ、こら! どこ触って……! こら、ちょ」 もがいて、もがいて、なのにどんどん追加されて行く手が、至るところを。 わー思いっきり掴んじゃってるじゃん、柔かそうだなあ。ぼよんぼよんしてるなあ。ああ、いいなあ。 って、思わずその光景に見惚れてしまいそうになり、霧也は、ハッとする。 「ほらほら、セクハラは駄目よ」 すかさず飛びかかって来たレイチェルが、手をばっさばっさとぶった切り、 「はいここ、ブレイクゲートお願いね」 「その前に私にもやり返させて」 ふふふ、と目を怒りで三角にしたシルフィアが、ブレイクゲートの前に、現れる手への拷問という一仕事を。 そうだ。これは仕事だ。駄目だぞ、仕事中なんだぞ! しっかりしろ! 俺! で。霧也が自らを叱咤し顔を上げたら、目の前に手が出て来たので、これ引っ張ってみるとどうなるんだろー、とかちょっと思って、こっそり後ろとか振り返って、誰も見てないな、よし。とか思って、思い切って引っ張ってみた。 んーーー、にゅる。 お、にゅる? って目を開けたら、黒いD・ホールから、ムンクの叫びみたいな「ヒョオオオオ」って表情の長い顔が半分現れてて、「ひいいいい!」ってなって、やばいやばい押し戻せ押し戻せ押し戻せ! ってわったわたしてたら、いつも間にか背後から伸びていた手に足を掴まれ、思いっきり引っ張られ、ずる、って前方の怖い顔が押し戻された瞬間、ガーンッ! って倒れて、地面に鼻強打っ! 「……ッてー!」 って鼻を押さえながら顔を上げたら、そこには、凄い冷静な螢衣の顔が、あった。 「楽しそうですね」 彼女は、冷たく、一言。 「ひ、ひあ、いっはいたのひくは」 「いや凄い一人で楽しそうだったぞ」 によによと近づいてきた烏も一言。「あと鼻血出てるよ」 「あひーーー!」 「ああ、何て恐ろしいんでしょう」 とかそんな一連の流れを見たブリジットが、ばさばさと、縦巻ロールを揺らしながら震える。「悪夢ですわ」 でも一応仕事中なので踏ん張って、ブレイクゲートで穴を閉じ閉じ。 だけど、さっきの戦闘で浴びた悪臭を思い出し、またぶるぶる。 「うう、やっぱりわたくし、あの悪夢のような匂いが忘れられません! 早く帰ってシャワーを浴びたいですわ」 「んーでも一応、掃除してから返った方がいいんじゃねえかと思うんだよな、おじさん」 こちらも同じくブレイクゲートを発動最中の烏が、すかさず、言った。「ほら、トイレは綺麗に使用しましょう……だろ」 そしたら、 「ええ、そうですね」とか、螢衣も便乗し、「わたしも実は、式神に掃除をさせるための道具を持って来たんですよ。これが終わったら、式神に掃除をさせて、消毒液をまいていきましょう。落書きも消さないといけないですしね」 なんて事を言われたら、 「そ、そうですわね」 と、ここは、礼儀正しさと親切心を忘れてはいけない騎士たる身としては、認めるしかない気がした。 「掃除を、お手伝い致しますわ」 小さく呟き、ブリジットはがっくりと項垂れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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