●お猫さま襲来。 真っ白く、美しい毛並み、額に黒い三日月模様。小さな手足としなやかな身体。尻尾は長く、ゆらゆらと左右に揺れる。なにかを誘うように、ゆっくりと歩き、彼女は水面を覗きこんで、止まる。 水面に映るのは、自分の顔だ。長い髭と額の三日月、今日も毛並みに乱れはない。 彼女は、猫である。 それも、異世界から来た、猫の女王だ。 偶然に見つけたディメンションホールに飛び込み、やって来たのは昼下がりの養殖場。辺りを見回すも、人の気配はない。磯の香りが強いことから、恐らく海の近くであろうことが窺える。 彼女が覗きこんでいるのは、養殖用のため池だった。半径10メートル程だろうか? 一回り小さい学校のプールのような形をしている。 そんな養殖場の真ん中に、小さな浮島。水温を一定に保つための装置かなにかだろうか? 現在は動いていないようで、無音。苔が生え、うっすらと緑がかっている。 チリン、と彼女の首で鈴が鳴る。 彼女の視線の先にあるのは、水面下で泳ぐ魚の影。このため池で養殖されている鯉の影だ。キラリと鋭く瞳が光る。活きのよい魚に興味を抱いたのだ。 水面に上がって来た鯉目がけ、彼女の腕が伸びる。爪をたて、鋭い一閃。水面を切り裂き、鯉の背中に突き刺さる。 そして……。 鯉は上空へ大きく飛び跳ねた。彼女の身体が鯉と一緒に宙を舞う。彼女が襲いかかった鯉、その大きさ実に一メートル。まさに規格外だった。 それもそのはず。彼女が獲物にしようとしたのは、E化した鯉だったのだから……。 つまり、E・ビースト、である。 背中に貼りついた彼女を、鯉は鬱陶しげに尾で叩く。彼女は咄嗟に受け身をとって衝撃を殺したが、鯉の背から放りだされてしまった。そのまま、放物線を描いて、彼女はため池中央の浮島に着地。 「にゃァ……」 困ったように、ちいさく鳴いた。彼女の周りをいつの間にか、数匹の巨大な鯉が泳ぎ回っている。慌てて、浮島中央へ避難した。 「にゃァぁぁぁぁぁぁぁ!!」 精一杯の大声。それに反応したのか、鯉が次々飛び跳ねる。水しぶきを避ける彼女。 浮島に取り残された彼女は、その場に蹲ってしまう。 と、その時……。 「にゃァあ」 「なぁあご」 「うにゃァ」 「うー! にゃー!」 彼女の鳴き声に呼ばれ、次々とため池周辺に猫達が集まって来た。一瞬、彼女の瞳が嬉しそうに輝く。しかし、その輝きはすぐに失われた。 何故なら、彼女の呼び声に応じて集まったのは、すべて普通の猫達。ため池周辺から水面を叩くが、鯉たちは見向きもしない。 或いは、時折、鬱陶しげに猫達に向かって跳ねる。 それだけで、猫達の行動を制限することが出来た。 しかし、何度追い払われても、猫達は引かない。その場を立ち去ろうとしない。浮島に残った真白い猫の身を案じ、空に向かって悲しげに鳴き声を上げるのだった……。 ●救出依頼。 「アザ―バイド・お猫さま。偶然、こちらの世界に迷い込んでしまった猫達の女王。彼女を救出して、ぶじ元の世界に返してきて」 困ったように『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がそう言った。 モニターに映し出されたのは、海辺にある養殖場の一つ。その中でも、他の養殖場からある程度距離をとってもうけられた、淡水魚用のため池。 近くには港町がある、ということもあり、この辺りには野良猫が多いようだ。 「お猫さまは、現在浮島で籠城中。彼女に呼ばれて集まってきた猫達がため池の周りに数十匹。お猫さまを害した鯉に、隙あらば襲いかかろうとしてるから、止めた方がいいかも……」 放置していたら、こちらも動きにくいし、とイヴは言う。 「お猫さまは、額に三日月模様のある白猫ね。他の猫を従える能力を持つわ。ため池の傍にディメンションホールがあるから、救出して送り返して。E・ビーストの排除も忘れないでね」 E化した鯉は全部で6匹、とイヴは指を立てて説明する。 「感知能力に優れ、遠距離攻撃はかなり高確率で回避するみたい。それと、僅かな時間なら飛行も可能。上空の敵に向かって襲いかかる習性を持っている。現在、浮島の支えを破壊しようとしているみたい。あまり時間の猶予はないかもしれないから……」 急いで助けてきてね、とイヴ。 「範囲攻撃は、浮島の支えを破壊する可能性もあるから気をつけて。それから、脚元に群がる猫達も、できれば傷つけないであげて欲しい……」 それじゃあ、猫を助けてきてね、とイヴは小さな手を振って、リベリスタ達を送りだすのだった……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月10日(日)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ある晴れた日に。 穏やかな風に、磯の香りが混じる。熱を含んだ日の光も、涼しい風と相まって心地よい。 太陽光が海面に反射し、キラキラと眩しかった。 かもめの鳴き声が聞こえてくる。 それから……。 「にゃーー!!」 「うなぁ!」 「うーにゃー!」 騒がしい、猫の鳴き声も……。 「猫、ですか……。ふむ、猫ですか。……なるほど、猫、ですか……」 紺色の髪が風に踊るのを、片手でそっと押さえながら『戦士』水無瀬・卦恋(BNE003740)が、溜め池に群がる猫達を見ながら、ため息を吐いた。 「好奇心は猫を殺す……なんて、ことわざにはしたくないですね」 心配そうな顔で、猫達の様子を見守るのは『祓魔の御使い』ロズベール・エルクロワ(BNE003500)である。溜め池周辺で騒いでいる猫達の視線の先には、池の真ん中にある小さな浮島。 そこに、真白い猫が一匹、機材の隙間に潜り込んで震えていた。 「怯えておるようだし、早く助けないとじゃよ」 仲間全員の周りに、守護結界を展開するのは『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)だ。彼の視線の先では真白い猫(お猫さま)の居る浮島が大きく揺れている。池の鯉が、浮島を攻撃しているのだ。 「はっはっは。大変ですなぁお猫さま。無事送り返せるよう尽力することにしましょう」 溜め池の近くにあったボートを『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)が引きずってくる。陽気な声と、不気味な仮面、奇抜なマントのような衣服と、実に怪しい外見だが、その実かなりのお人好しらしい。 「猫好きにはたまらない光景なんだけどなー。邪魔がいるのがちょっと残念。助けてあげたいし、とりあえず猫の説得は私がするね」 と、方手を上げて神代 凪(BNE001401)が、池の周りで鳴いている猫達の中に踏みこんでいく。彼女の接近に反応したのか、溜め池の中から一匹の鯉が飛び上がる。水しぶきを上げ、宙を舞うその鯉の大きさは、1メートル程もある巨大なものだった。 「周囲に集まった猫ちゃん達を巻き込みたくありませんね」 そう言いつつ、百舌鳥の拾ってきたボートに乗り込む『節制なる癒し手』シエル・ハルモ二ア・若月(BNE000650)。周囲に人の気配が現れたのを感じ取ったのか、池の中を泳ぐ巨大鯉の動きが活発になった。 「好奇心こそ猫の本質だよねっ。とまれ、まずはお猫さまの救出ね」 翼をはためかせ、空へと舞い上がる『エアリアルガーデン』花咲 冬芽(BNE000265)。彼女の役目は、浮島まで飛んで、お猫さまを助け出すことである。彼女の補助をするため、ロズベールが後に続く。 「鯉か……。鯉は食えないのが残念だな」 足元を駆けまわる猫達を退かせながら『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)がゴムボートを広げ、空気を入れる。 反対側には、同じようにゴムボートを用意した水無瀬の姿。 それから、その近くにはボートに乗り込んだ百舌鳥とシエルの姿もある。 彼女達4人は、池に乗りこんで鯉の注意を集める役割を担っている。 「猫達も心配しているし……」 と、不動峰が池の周囲に目を向ける。必死に猫たちへ呼びかけ、非難を促す神代と冷泉の姿があった。ある程度、猫たちが池から離れたのを確認し、今度は視線を上空へ。 そこには、自前の翼で宙を舞う花咲とロズベールがいた。 「なるべく早く、お猫さまを救出しましょう」 全員のスタンバイが整っているのを確認し、不動峰はゴムボートを池に蹴り入れる。 ●お猫さま救出 「E化した鯉は6匹でしたか……」 水無瀬はゴムボートから身を乗り出し、懐中電灯を池に向ける。E化した鯉を探しているのだ。鯉の注意を惹きつけ、お猫さまを救出することが第一の目的である。 「餌で吊ってみますかな」 と、百舌鳥は池に鯉の餌を蒔く。 「普通の鯉ばかりです……」 と、池を覗きこんだシエルが呟いた。餌に群がるのは、通常サイズの錦鯉ばかりだ。どうやらこの溜め池は、観賞用の鯉を養殖しているらしい。 「潜っているみたいだ……。こっちの様子を探っているのか?」 集音装置を水中に向け、不動峰が言う。E化した鯉の居場所に検討をつけ、小石を放り込んだ。 「お猫さまと我々、それから周囲の猫達、どれから狙うか考えているのですかな?」 陸と浮島の中間あたりでボートを止め、百舌鳥が池に餌を蒔く。しかし、鯉は姿を現さない。 「懐中電灯、逆効果でしょうか?」 と、スイッチを切る水無瀬。 「敵の接近、未だに無し……です」 水中に警戒を払っていたシエルがそう呟いた……。 「ちゅうもーく! はいはい通して通して―! 皆ちょっと下がってくれるかなー?」 神代が、元気よく声を張り上げる。彼女の周りには、数十匹にも及ぶ大量の猫。にゃーにゃーみゃーみゃーと、鳴き声を上げる。 神代は、猫達に向かって自分達がお猫さまを助けに来たのだということを告げる。 話を聞いていた猫達の内、一部は素直に後ろへ下がっていった。しかし、言うことを聞かない猫も多い。ぱちゃぱちゃと、小さな手で水面を叩く者もいる。 「姫……。以前お会いしたのを覚えておるかのぅ? 今仲間が助けに行くので、いい子で待っておるのじゃよ?」 水面を叩く猫を抱き上げ、後ろに運びながら冷泉は浮島のお猫さまに声をかける。声が届いたかどうかは、分からない。しかし、お猫さまは返事をするように小さく「みゃあ」と鳴いた。 神代と冷泉は、猫達の安全のため彼らを必死で池から遠ざける。 「そろそろ……。いけるかな?」 上空から池を見降ろしていた花咲がそう言った。 「お猫さまを、たすけにいきましょう」 頷いて、ロズベールがそう返す。 2人の視線の先。池の中を泳ぐ、巨大な魚影がボートに近寄るのが見てとれる。どうやら、お猫さまより、ボートの方に興味を持ったようだ。 池の周りで騒ぐ猫達、とりあえず神代と冷泉が抑えてくれている。 今がチャンスと見てとって、2人は一気に浮島目がけ急降下する。先頭に花咲、少し遅れてロズベールと続く。2人の接近に気付いたのか、鯉が1匹、ロケットのような勢いで水中から飛び出した。盛大に水しぶきを上げ、花咲へと飛びかかる。 「にゃァァあ!!」 機材の影から顔を出したお猫さまが、悲鳴のような鳴き声を上げた。 「うわ、やば」 と、声を漏らす花咲。そんな花咲の前に、ロズベールが飛び出してきた。 「女王さま、ロズたちが必ずまもります。だから、今は信じてください」 鯉の体当たりを、身体で受け止め、ロズベールは大きくよろめいた。しかし、その隙に花咲が浮島に向かって飛ぶ。花咲目がけ、更に2匹、鯉が飛び出してきた。 「1割しか通らないなら、10回撃てば当たるんですよー。くっくっく」 百舌鳥の声と共に、銃声が響く。続いてマズルフラッシュ。閃光と共に、無数の弾丸が鯉に襲い掛かる。鯉たちは、弾丸を回避し、水の中へ戻る。 しかし。 「逃しませんよ」 水無瀬がゴムボートから飛び、雷を纏った拳を振り抜く。紫電が瞬き、鯉を片方焼く。煙を上げ、鯉と水無瀬が水中に落ちた。鯉は白い腹を上に向け、水面に浮く。 その間に、花咲はお猫さまの元に辿り着いた。浮島にそっと着地し、笑みを浮かべる。 「さぁ、お転婆なお姫様。悪い夢からお目覚めの時間ですよ♪」 そっと、お猫さまに手を伸ばす。お猫さまは、暫しの間小さく鼻を鳴らし、じっと花咲のことを見つめていたが、やがてするするとその腕の中に収まった。 よしよし、とお猫さまの頭を撫でる花咲。そんな花咲、ロズベールが空から見守っている。いつ鯉が襲ってくるか分からないからだ。現在、池の中では、激しい戦闘が行われている最中である。様子を見て、花咲が飛び上がった。 「さぁ、脱出だよ!」 池の上空を舞う花咲と、後に続くロズベール。そんな2人に、1匹の鯉が気付く。水を巻き上げながら、まるで滝でも登るかのような勢いで鯉が迫る。 「にゃァお!!」 お猫さまが鳴いた。白い毛が逆立っている。 「お猫さまに傷は負わせません!」 くるん、と空中で宙返りをする花咲。背中を池の方へ向ける。上下を入れ替えたのだ。ぎゅっと、お猫さまを抱きしめた。 「う……ぎ」 花咲の背中に衝撃が走る。鯉による体当たり。次いで、力強い尾による追撃が、花咲の背と、翼を打つ。 花咲が体勢を崩して落下する。お猫さまを両手で掴むと、空へと放った。 「他の猫達と一緒に安全な所へっ!」 「後は、ロズにまかせてください」 花咲の放ったお猫さまを、ロズが受け止めた。そのまま、陸へと飛び去る。それを見届け、花咲は池へと墜落。大きな水しぶきが上がる。 時間は少しだけ巻き戻る。 鯉を1匹殴り飛ばし、倒したまでは良いものの、水無瀬は水中に落下してしまっていた。全身に纏わりつく水が鬱陶しい。呼吸は出来ないし、服が濡れて動き辛い。上下の感覚もなくなり、水無瀬はもがく。上へ、上へ。水面を目指す。 そんな水無瀬の身体に衝撃が走った。肺の空気が押し出され、白い泡となって水に溶ける。水無瀬の身体を突きあげたのは、1匹の鯉だ。 「くっ……。ごほっ」 水面に打ち上げられる水無瀬。そんな水無瀬の身体を受け止めたのは、シエルだった。着物が濡れることも構わず、水無瀬をボートまで運ぶ。 「癒しの微風よ……在れ」 光の粒子を孕んだ風が、水無瀬の傷を癒す。手当て中の水無瀬を庇うように、仮面の怪人がボートの上で銃を構えていた。 「流れ弾が猫に当たらないように注意して攻撃は行いますぞ」 「分かっている。狙えないようなら水に潜るさ」 百舌鳥と不動峰が、互いに声をかけ合いながら魚影に向かって射撃。しかし、鯉の動きは素早く、当たらない。 と、1匹の鯉が、百舌鳥達の乗るボートの下に潜り込んだ。 「逃げろ!」 と、不動峰が叫ぶ。しかし、当の不動峰が乗るボートの下にも鯉が潜り込んだ。 ゴウ、と水が渦を巻く。猛スピードで、水面に向かって泳ぐ鯉が巻き起こした水の流れによるものだ。衝撃がボートを揺らす。座っていたシエルと水無瀬は咄嗟にボートにしがみついて転落を免れるが、立っていた九十九と不動峰はそうはいかない。 水の中へ、落ちてしまった。 「怪人は水に弱いなんて幻想だと証明してやります! 無駄にでかくなって……刺身にしてやるから、覚悟すると良い」 仮面の瞳を光らせて、百舌鳥が叫んだ。百舌鳥に向かって、2匹の鯉が飛びかかってくる。 そのうち、片方に銃を向ける。鯉が水面すれすれを飛び、百舌鳥に迫る。百舌鳥はギリギリまで惹きつけ、ショットガンの引き金を引いた。 ドン、と振動が水面を波打たせる。放たれた弾丸は、寸分違わず、鯉の眉間を撃ち抜いた。 鯉を仕留めたことを確認し、百舌鳥はもう片方の鯉を探す。首を回して周囲を覗いていると、それはすぐに見つかった。百舌鳥同様水中に落下した不動峰が、抑え込んでいた。 空中を泳ぐ鯉と、それを抑えるシスター。両者の力は拮抗しているのか、前進も後退もしないで、水しぶきを巻き上げるだけ。 そんな中、先に動いたのは不動峰だった。並々ならぬ力が、その目に宿る。プロストライカー、という技によるものだ。辺りの光景が、コマ送りのように、今の彼女には見えていることだろう。 「お前らに矢を使うのは勿体ないな。牙一本で十分だ」 大きく口を開け、不動峰は鯉に喰らいつく。ジタバタと暴れる鯉を押さえつけ、その血を啜る。 鯉が動かなくなるもの、時間の問題だろう。 「お猫さまは……」 と、空に視線を上げた百舌鳥。そんな彼の視界に飛び込んできたのは、空から真っ逆さまに落下する花咲の姿だった。 「は……?」 水しぶきを上げ、花咲が着水。うつ伏せのまま、池に浮かぶ。 そんな花咲に、鯉が襲いかかった。しかし……。 「ただの魚と侮るわけにもいきません。全力で叩きます!」 気合い一閃。水しぶきの合間を縫うように、水無瀬の長刀が鯉に襲い掛かる。ひゅん、と風を切る音。次いで、水しぶき。鯉と剣とが交差し、互いの動きが止まった。 一瞬の後、鯉の首が池に落ちる。 「こちらへ……。治療します」 ボートを漕いで、シエルが花咲に近寄っていく。 E化した鯉は、残り2匹。未だに姿を現さない鯉に注意しながら、シエルは傷ついた花咲の身体を、ボートの上に引き上げるのだった……。 ●お猫さまの力 「みゃァお」 と、ロズベールの腕の中でお猫さまが鳴く。それだけで、池の周りに群がっていた猫達は、我先にと池から離れて行ってしまった。その光景を、冷泉と神代が、驚いたように見ている。それも仕方ないことだろう。散々苦労し猫達を池から遠ざけようとしていたのだから。それを、お猫さまは一声でやってのけた。 これが、猫の女王。 お猫さまの力である。 「みゃうん」 と、ロズベールの鼻を舐めて、お猫さまは彼の腕から飛び降りた。そのまま、すたすたと池に近寄っていく。 「にゃァお。にゃァァお」 ぱちゃぱちゃと、お猫さまが水面を叩いた。 「何をしておるのだ……?」 と、冷泉が首を傾げる。 「鯉をおびき出してるんだって」 動物会話を持つ神代が、お猫さまの意思を通訳した。ロズベールと冷泉の表情に緊張が走る。せっかく助けたお猫さまを、危険に晒すわけにはいかない。背後では、猫達が心配そうに鳴いている。 「姫が怪我をすれば悲しむものがおるのじゃよ。ほんの少しで構わない……気をつけてはくれぬかのぅ?」 冷泉はお猫さまを抱き上げ後ろに下がる。そうしながら、式符で鴉を作り、飛ばす。 お猫さまが冷泉の指を舐め、甘えるような声で鳴いた。入れ替わるように、ロズベールと神代が池の端へと移動する。2人の視線の先には小さな泡。鯉が迫って来ているのだろう。 お猫さまには、E・ビーストを惹きつける性質があるのかもしれない。 「来るぞ!」 と、一声。冷泉の作った鴉が風を切って飛ぶ。向かう先は池の水面。急降下し、着水する。 それに誘われるように、水中から2匹の鯉が飛び上がって来た。身体を錐揉み回転させながら、鴉に襲い掛かる。 鴉は2匹の攻撃を受け、一瞬で式符に戻って消えてしまった。 しかし……。 「刈り取らせていただきます」 片方の鯉は、ロズベールの放った闇に包まれ。 「ごめんねっ!」 もう片方の鯉には、神代の掌打が食い込んだ。 闇に切り裂かれ、或いは、気によって内部から破壊され、2匹の鯉は力を失って、池に落ちていく……。 ●猫日和 「猫ですか……。依頼の遂行には関係ないことですが、しかし、可愛いものは可愛いですよね?」 衣服が濡れているにも関わらず、水無瀬の膝の上に黒猫が飛び乗ってくる。みゃあみゃあと甘えるような鳴き声をあげながら、水無瀬の頬を舐めるのだ。お猫さまを助けてくれた彼女に、感謝しているのかもしれない。 「流石にエリューションの鯉を普通の猫に食べさせられませんよな?」 数匹の猫をくっつけたまま、百舌鳥は巨大な鯉の亡骸を突く。池から回収してきたものだ。後始末をどうしようか、と考えを巡らせる。 と、鯉の亡骸に小さな手が伸ばされた。 「命を奪った者は【奪った命】へ敬意を示すべきかと思います」 手を伸ばしたのは、シエルだ。包丁方手に、鯉に迫る。彼女の後ろには、簡易型の調理器具と、材料。味噌汁を作るつもりのようだ。 「冷ました後で、おすそわけしますからね」 なんて、言いながら足元に群がる猫に微笑みかけた。 「いたた……。けど、無事でよかったね♪」 座り込んだ花咲の膝に、茶とら猫が飛び乗った。小さな舌で、傷ついた羽を舐める。 「あは、ありがとー」 猫の顎を擽りながら、花咲は笑った。 「また迷い込まないように気をつけてねー?」 三毛猫を撫でながら、神代がお猫さまに声をかけた。お猫さまは、にゃァと一声、返事をする。神代は、狸の尻尾を上機嫌に揺らす。そこに数匹の猫が飛びかかるのを、彼女は面白そうに眺めていた。 「落ち着いたか? それでは、そろそろ帰る時間だ……」 お猫さまを抱いて、ブラシをかけていた不動峰がそう言うと、お猫さまは寂しそうな顔をする。 上等の毛並みを撫でてから、不動峰はお猫さまを冷泉に手渡した。 「怪我はしておらぬか? まったく、肝が冷えたのじゃ」 お猫さまの尻尾に鈴を結びつけながら、冷泉は言う。 「また縁があれば、会えるかも知れぬのぅ。その時はまた、傍に侍ることを許してもらえるとうれしいのじゃ」 そっと、お猫さまの身体を地面に下ろす。周囲で猫達が次々に鳴き声を上げた。それに応えるように、お猫さまも「にゃァ」と鳴く。 それから、名残惜しそうにディメンションゲートへと歩いていった。 「みゃァお!」 最後に一声、大きく鳴いて、お猫さまはゲートに飛び込み、見えなくなる。 「女王さまの帰路がぶじでありますように」 お猫さまの姿が見えなくなっても、ロズベールはずっと彼女の身を案じ、祈り続ける。 お猫さまが帰るのを確認して、集まっていた猫達は散っていく。リべリスタ達は、手を振ってそれを見送る。 味噌汁を作っている鍋が、コトコトと小さな音を立てていた。 気持ちのいい風が、磯の臭いを運んでくる。太陽の光が暖かい。 どこか遠くで、お猫さまの鳴き声が聞こえたような気がした……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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