●鉄錆の路 廻る丑三つ時、『それら』は錆びついた線路を辿り歩く。 求めるのは闇のしじまに射す灯り。二つの影はただひたすら、昏い底から出ようと光を目指す。 その夜、少年は街外れの道を歩いていた。 片手には懐中電灯、背にはわずかな荷物が詰まった背負い鞄。歩むのは十数年前に廃線になったという、存在すら知らなかった線路が通っている小路だ。 普段ならば、夜半ともなると独りで出歩くことすら怖かっただろう。 しかし、少年は今宵こそ家出をすると決めたのだ。人が聞けば些細だとも思われる喧嘩の末、家を抜け出した少年の心は今、誇らしい気持ちでいっぱいだった。 きっと、この線路の向こうに往けば昨日とは違う自分になれるんだ。 予感めいた思いを抱いて進む足取りは軽い。だが、少年は知らなかった。 その先には明るい未来ではなく、恐怖に染まる『死』が待っているということを――。 ●夜の迷い子 「君達にやってほしいのは、線路を辿って死体を探すこと。ああ、なんだか何処かの物語に似ている気もするけれど内実は全然違うよ。残念だったね」 万華鏡から視た少年フォーチュナ、『サウンドスケープ』 斑鳩・タスク(nBNE000232)はアーク本部の一室に集ったリベリスタ達に、エリューションが出たのだと告げる。 廃線上に現れるのは亡骸――いわゆるE・アンデッドという存在だ。 「敵は二体。どちらも身体が殆ど腐り落ちているから、そういった耐性がない人は気を付けて」 二体のE・アンデッドは夜になると線路上を徘徊しはじめる。 タスクの云うように身体は朽ち果てているが、辛うじて残った髪や纏う雰囲気からそれぞれが男と女だということが判る。彼らに意志らしきものはなく、ただ決まったルートを彷徨い歩くのみ。だが、そこに生ある者が遭遇してしまうとなれば話は別だ。 「厄介なことに今夜、家出少年がその場所に喜々として足を踏み入れるんだ。早々に手を打たなければ彷徨い歩く亡骸が三体になるかもしれない」 君達なら出来るだろ、とタスクはさも当然のように問うた。 無論、分かりきっている返答は元より求めておらず、少年は現場の概要と状況を淡々と語る。 「周りは雑木林。その辺りに残っている線路の長さは大体2km弱ってところだね。アンデッドはその合間をぐるぐる往復している形になる。ただ、奴らが何処に現れるかだとか、少年との位置関係なんかの詳しいことは把握できていない。悪いけれど、現地で君達が探す形になる」 不幸中の幸いは、少年が光源を持っているので見つけやすいという点。 更にアンデッド達が常に二人で行動しているということ。 しかし、光や動く物に引かれる性質を持っているらしきアンデッド達が、先に少年を見つけて襲い掛かる可能性とてかなり高い。そうならぬように探索の工夫をすることが大切だ。 「戦いの間の少年の扱いは任せるよ。君達が敵を引き付けていれば別に放っておいても良いけれど、俺個人としては誰かが傍に付いてやるのがベストだと思う。ま、その辺りはご自由に」 家出少年にとっては傍迷惑かもしれないが、落ち着いたら何か言葉を掛けてやるのも悪くない。 また、死人達にも確かな終わりを与えて欲しいとタスクは言う。 意志がないとはいえ、ただ彷徨い歩くだけの彼らは迷路に嵌っているようなものかもしれない。 「どうして二人がああなったかなんて、俺には分からないし知りたくもない。でも、浮かばれないままなんて嫌だろ。……だからさ、頼んだよ」 片方は運命すら断ち切られたモノだけれど、もう片方は未だ間に合うはずだから。 どうか、ふたつの迷い子を救ってきて。そう告げた運命視の少年は、リベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月12日(火)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●廃線上の風 錆びた鉄の匂いと、湿った空気が混じる真夜中の刻。 淀めく風が頬を撫で、暗闇に佇む鬱蒼とした木々をざわめかせる。風にさらわれた葉の行方を目で追い、『百目』百目鬼 クロ(BNE003624)は昏い底を見通すかのような眼差しを向けた。 「見つけた」 確信を持って呟かれた言葉は、今は何より頼もしい。 廃線路が伸びる先を指差したクロによれば、目的のE・アンデッドはそれほど遠くない場所にいるらしい。だが、その近くには懐中電灯を持った家出少年の姿もあった。それを示すように、リベリスタが居る場所からも目視可能な位置に小さな灯りが揺れていることが確認できる。 「急がなければいけないな」 「はいっ、全速力で向かうですぅ!」 少年と亡骸が接触する前に、と『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)は地を蹴った。 葛葉は彷徨うアンデッドの元へ、そして『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)は少年側へと。即座に意志を確認し合った仲間達は、それぞれの狙う場所に向かって駆け出してゆく。 役割として二班に分かれる間際、『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)が『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)は視線を交わし合う。 「千歳、殺しちゃダメだよ。まあ、解ってるだろうけど」 「大丈夫よ影時ちゃん。ちーちゃん、きちんとやってみせるから!」 元気良く翼を広げた千歳を横目で見送り、影時はナイフを鞘から抜き放つ。そして彼女は見据える先に戦いの始動を感じながら、闇に紛れるようにして線路上を駆けた。 敵の気配が濃くなる中、明神 暖之介(BNE003353)はふと家出少年を思う。 両親に心配を掛けることは勿論いけないが、かといってそれは脅威に晒される程の事ではないはずだ。ならば、自分達が彼に待ち受ける死の運命を救い上げるしかない。 「いらっしゃいましたね。さあ、始めると致しましょう」 暖之介が顔をあげた先、そこには二体の腐乱死体が佇んでいた。敢えて敵へと笑みを向けた彼に続き、四条・理央(BNE000319)は注意をこちらに向けるべく懐中電灯の明りを向けた。 鼻腔を衝くような腐臭を感じたが、リベリスタとして仕事をしている理央がこの程度では怯むはずがない。こちらに気付いたらしきアンデッド達がふらふらと距離を詰める中、『極黒の翼』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)も確りと身構えた。 「どういう経緯があったかとか、別に興味はないけど」 犠牲が出る前に終わらせる、と零したフランシスカが大太刀の切先を標的に向ける。 その瞳は闇にあっても爛々とした光を秘め、はじまる戦いに期待を寄せているように感じられた。 ●家出少年と少女達 一方、アンデッド達からやや離れた線路上――。 「わわっと!? いててて、わ、男の子!? どうしてこんなとこに?」 敢えて少年の前で転んで見せた千歳は、さも自分も驚いたというように瞳を瞬いた。しかし驚いたのは少年の方。突然の千歳の登場に驚きすぎて言葉も出ないほどに固まった彼だったが、その正体が少女だと分かるとほっとしたようだ。 そこに年頃の近いロッテがひょいと顔を出し、首を傾げながら問う。 「君も家出? さっき警察がいたの、見つかっちゃうから明かり消しなよ~!」 「ええっ、警察? 捕まったら大目玉だね!」 同じ境遇を装うことで親近感を抱かせ、なおかつ明りを消させる口実を告げたロッテ。それが自分を救う嘘だとも知らず、少年は素直に懐中電灯のスイッチを切った。 「あなた、この辺は物騒だって知ってる?」 そのとき、闇に紛れていたクロが静かに口を開く。わ、と更に驚いた少年だったが千歳やロッテが特に驚かなかったことで、少女達の知り合いなのだろうと判断したようだ。そしてクロは周囲を探りながら、少年の手を取って更に告げる。 「怪談の類もあるけど、ガラの悪い人がたむろしてる場合も多いわ」 「じゃあ、お姉さん達はどうしてここにきたの?」 少年の疑問に対し、千歳は思わず言葉に詰まる。少しは仲間内で話を合わせておけば良かっただろうか。もし彼が疑り深い性格だったならば、矛盾を感じて信頼されなかったかもしれない。 「そ、それは……あっ、あの光! きっとわたしが見た警察ですよぅ!」 やや慌てたとっさにロッテが示したのは、戦う仲間達が発している懐中電灯の光だ。逃げましょう、と少女は少年の手を取り、尤もらしい理由を付けた三人は戦場から離れるべく駆け出した。 夜に沈む色は、深くて昏い。 過ぎるのは少年の無事と安否だが、こちらはこちらのすべき事を行うのが先決。 「義桜葛葉、推して参る──!」 漲らせた戦気で以て構えを取った葛葉と同時、両手に携えたナイフから破滅の力を解き放った影時は、狙う標的に鋭い眼差しを向けた。 「みーつけたー、なんてね」 人相すら崩れきった頭部に迸る黒の衝撃。それにより思わず女屍の体勢が揺らぐが、死を纏う凝視が影時達を穿ち返す。言い表せぬ重い鈍痛を感じたが、戦いは未だはじまったばかり。倒れるほどではないね、と地面を踏み締めた影時は更に相手を見据えた。 そして、暖之介がこの場に滲む夜闇よりも深い闇を纏い、己の力を高める。 敵からは視線を逸らさぬまま、彼は少年と仲間達が居るであろう方向に探りを入れた。かすかに聞こえる話し声、そして駆け出す足音。それが遠ざかっていく事を感じた暖之介は一先ずの安心を覚える。 「さて、容赦は致しませんよ」 暖之介は己が相手取る青年にしかと狙いを定めて駆けた。 同時に、なんか気持ち悪い、と素直な感想を口にしたフランシスカが全身の反応速度を高め、ギアを上げる。そこから放たれた魔の閃光は女を黒いオーラで包み込み、衝撃を与えた。 「あっはははは! わたしの中の血が滾る!」 その勢いにふらついた敵に笑みを向けたフランシスカは、次手に向けて構える。そこに葛葉が一撃を入れ、間髪入れずに女を追い込んでいった。少年の保護に三人が回っている以上、戦力は元より足りない。だが、その穴を埋めるように『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が狙撃を行い、アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)も自らの力を高めてゆく。 二人の存在に小さな頼もしさを覚えながら、理央は癒しの符を掲げた。 思った以上に暖之介が相手取る男性アンデッドの力は強く、すぐにも回復が必要なほど。だが、そのために自分が居るのだと感じた理央は果敢に立ち回る。 「こんなものにも怯まないのは、女の子としては微妙かもしれないけど……」 ふと落ちた呟きが闇に交じり消え、戦いは激しく巡っていく。 はたして、この二人の亡骸はどんなことを思っていたのか。そして、どのような力を持っているのか。それを僅かでも知りたいと願い、理央はまっすぐに標的を見据えた。 ●滲む死の色 距離を詰めるべく、一気に駆ける足音は甲高く響き渡る。 錆びたレールを踏み締めるたび、不思議と戦気が昂揚して行く気がした。影時は視界に映る二人の影に首を傾げ、君たちの死因はなんだろうね、と小さな疑問を落とす。 「轢かれて死んだかな。僕が思うに、恋人同士の無理心中とみたけれど」 予想を口にしてみるが、生前の意思すら失ったアンデッド達が答えることは無い。たとえどんなものだとしても、ここまで腐りながら徘徊するとはどんな執念なのだろう。 景時は解き放った気糸で以て女を縛り付け、その動きを一時的に制限する。 そこに機を見たフランシスカが黒き力を発動させ、相手を一気に屠らんとして刃を振り上げた。 「誰にも止めさせはしないよ!」 相手が強ければ強いほど、フランシスカの気持ちも昂ぶる。勢いを増して放たれた黒の衝撃は続け様に打ち込まれ、女の身が大きく傾いだ。 だが、麻痺を振り払った敵は怨念めいた力を葛葉に向ける。 粘つく何かに絡め取られたように身体が重く感じた。葛葉は思うように動けぬもどかしさに首を振りながらも、懸命に抵抗しようと足掻く。そこにすかさず理央が気付き、掌を掲げた。 「今すぐに癒すから、少し我慢してね」 放たれた神光は淡い軌跡を残し、葛葉の身に降りかかった邪気を完全に払い除ける。家出少年もだが彷徨える亡骸とて、この場で救いたい。そう思う理央は後方から仲間を支えることで、その意志を貫き通そうとしていた。 しかしそのとき、男と対峙していた暖之介にも危機が訪れる。 錆びたナイフの斬撃によって彼は血を大幅に失い、己の身体が倒れ込みそうになるのを感じていた。もし、彼らが恋人同士だったのなら自分達は恋路を邪魔する者となるのだろう。だが、それは生者のみの話。 「貴方達を縛るその鎖は、破壊させて頂きます」 細められた瞳の奥に宿るのは確固たる戦いへの意志だ。暖之介は散った血を拭い、気糸で以て敵を絡め取るべく力を解き放った。それでも、男の動きが衰えることはない。 このままでは仲間が地に伏すと気付いたアルフォンソは、狙いを男アンデッドへと向け直す。敵を切り裂く真空刃が生じてゆくのと同じくして、星龍が業火を帯びた矢を天に向けて撃ち放った。 広がる烈火が敵を焼く最中、葛葉は女の力が大幅に弱まったことを感じ取る。 討ち取るならば、今しかない。そう確信した彼はすぐさま体勢を立て直し、籠爪の切先を女へと向けた。 「悪いが、そちらの仕事をさせてやる心算はない。……直に男の方も送ってやる」 まるで悪の台詞だ、と胸裏で苦笑した葛葉の掌打が敵を砕かんとして迸る。 女の纏っていたワンピースが更なる汚れに染まり、崩れかけていた身体は見る間に力を失った。 その頃、戦場となった場所から全力で離れた少女達は息を切らせていた。 「ここまで逃げれば大丈夫ね。私達以外に誰も居ないみたいだわ」 辺りを見渡したクロは密かに千里眼を発動させながら、少年を安心させるようにゆっくりと言葉を紡いだ。同時に苦戦している様子の仲間の姿も見てしまい、クロは自分だけでも戦場に残れば良かったかと思案するが、今更ここから姿を消すのも拙いだろう。 そんなとき、ロッテがふと少年に家出の理由を問う。 すると、彼は水を得た魚のように、両親との喧嘩について語りはじめた。 「母さんも父さんも、勉強しろってうるさいんだ。僕だってちゃんとやってるのに!」 「その話、ムカッとですね! 君のことを理解してくれないなんて、家出もしたくなるのですぅ!」 実にその年頃の少年らしい理由を聞き、ロッテはぷんすかと共感を示してみせる。その事に少年は嬉しさを覚えたのか、ロッテお姉ちゃんも一緒だね、と小さく笑った。 だが、そんな話を聞いたならば次はロッテの番だ。 「でもね、叱ってくれるのは君のことを考えてるからですぅ。じゃなかったら、何しても気にしないのです! 世の中には、それすらして貰えない人もいるのです……」 ふっと悲しげな顔付きになった少女に、少年はわずかな困惑を覚える。 辺りに吹く風はざわざわと、不安を煽るような音を立てて木を揺らした。そんなタイミングで、二人の話を聞いていた千歳がぽつりと零す。 「なんだか、一人ってさびしいね。今はみんながいるけれど……。ちーちゃんにもお兄ちゃんがいるんだけど、今頃凄く心配して、探してるのかな」 寂しげに呟かれた言葉に、少年がはっとした。どうやら彼は千歳に感化されて寂しくなってしまったのだろう。戸惑うような表情を見せた彼の様子を窺い、クロは顔を上げる。 そしてロッテと千歳も頷き合い、心細そうな少年の傍に暫し付いていようと決めた。 ●冥府への葬送 その間も戦いは激しく巡り、幾度もの攻防が繰り広げられていた。 ナイフを振り回すアンデッドの力は侮れず、麻痺を入れてもすぐに体勢を整える辺りはかなり厄介だと思えた。しかし仲間達が協力している現状、決して後手には回っていない。 何より、ここで負ければ他の仲間達や少年にも危険が及ぶかもしれないのだ。周囲をすべて切り裂く一撃が次々と仲間を襲うが、その傷は理央がすべて癒しきっている。 不意に吹いた強い風によって黒髪がなびき、フランシスカは髪を颯爽とかきあげた。 「あと少しで押しきれるはず。もっともっといくよ!」 ありがとう、と理央に礼を告げたフランシスカがふたたび身体のギアを上げ、己の生命力を暗黒の瘴気へと変える。その力で以て、亡骸を更なる闇に包むが如く――瘴気は不吉な空気を敵に宿した。 暖之介はそこに機を見出し、破滅の気を周囲に出現させる。 揺らめくオーラがアンデッドの頭部を狙ってうごめき、瞬時に頭蓋を貫いた。しかしそこは死した亡骸。頭を破壊されても尚、こちらを襲おうと呻く姿は哀れにも感じられる。 「もう彷徨わなくても良いのです。私達が送って差し上げます、だから」 苦しまなくても良い、と暖之介は双眸を細めた。 ふらつく青年の亡骸は既にほとんどの力を失っている。腐敗し、ただ現世に留まるだけの身体など早く葬ってしまった方がいいだろう。それまで癒しに手を咲いていた理央は指先で呪印を描く。刹那、封縛の陣が男の身を縛り付け、動きを大きく制限した。 「今だよ、みんな」 理央の呼び掛けに頷いた星龍は呪いの弾を撃ち放ち、アルフォンソが真空の刃を発動させる。そして続いた影時も身構え、己の最後の一撃になるであろう一撃を紡いだ。 「血が出ないのが、とても残念です。さっさと死んでください……と、もう死体でしたね、失礼」 嘲笑うような言葉と共に、破滅の黒が敵の影を包み込むように伸びる。動くことすら出来ず、掠れた声を漏らす亡骸は何に向かって啼いているのだろうか。 もう、その生前の思いは読み取ることは出来ないが、終わらせることならば出来る。 葛葉は意を決すると、自らの身体に光輝の力を宿らせた。 「終わりのない迷路を彷徨うのは今日限りだ。──終わらせてやる」 真正面から見据えた敵に、本当の最期を与える為。 彼女を追いかけてやると良い、と全力で打ち据えられた爪の斬撃が見舞われる。そして、爪で以て敵を斬り結んだ葛葉が視線を地に落とした刹那――生ける屍の身は、その場に力なく崩れ落ちた。 ●其処から続く路 静寂の中、木々を揺らす風はまだ止まない。 千歳達と共に線路上に暫し佇んでいた少年は、ふと顔を上げて口を開いた。 「僕、帰るよっ。僕の母さんも、ちーちゃんのお兄さんみたいに心配してるかもしれない」 きっと彼はロッテ達の言葉を聞いて、少し反省したのだろう。家出はその年頃にしか出来ないことだが、こうして反省をする事も少年時代の大切な出来事のひとつだろう。それならば帰りましょうか、と手を差し出したクロの掌が握り返される。 そうして、彼女達は少年を送り届けることにした。 「そうだよね、怒ったり、ときには殴ったりも……でもそれって……うん、一緒に帰ろうっ!」 千歳は少年が抱いたであろう思いを自分でも感じながら、明るい笑みを湛える。 その最中、仲間達の戦闘が気になっていたロッテはこっそりと自分も戦いに赴こうと踵を返す。だが、彼女は突然入ってきたアクセス・ファンタズムによる通信にびくりと身体を震わせた。 「は、はいっ……そちらも終わったのですか? 良かったですぅ」 少年には携帯電話で通話しているように見せかけ、アンデッドの討伐完了を聞いたロッテは胸を撫で下ろす。それならば自分もこのまま千歳達に同行しよう、と決めた少女は先に歩き出していたクロや少年を追って駆け出した。 「なんだかわたしも、本当におうちに帰りたくなったのです」 ふふ、と零れたロッテの笑みはとても明るい。 少年も、ふたつの亡骸も――きっとこれから帰るべき世界に戻れる。そんな気がしたからだ。 そして、亡骸を倒し終えた一行は通信を切る。 「向こうの皆は男の子を送って帰るんだって。何だかずっと別行動だったね」 フランシスカは三人に少年を任せることを決め、仲間達に自分達も帰ろうと促す。 そんな中、景時は今から向かえば帰路につく千歳達に追い付けるだろうかと思案した。暗い雑木林の中、家出少年の姿を一目見て、少しの文句でも言ったやりたかった。だが、その思いは彼や千歳を心配しての気持ちのようだった。 そして影時は錆びた線路をなぞるようにして駆け出す。 その背を見送った暖之介は、少年が自分から帰ると言い出したことに安堵を覚え、呟きを零した。 「そう、親と言うものは、思うよりもずっと君の事を愛しているものです」 少年には届かぬ言葉だと分かっていても、それをいつか知って欲しいと願う。自らも子を持つ親として、暖之介は不思議と暖かい心地を抱いていた。 理央は最後に一度だけ振り返ると、カタチを失くした二人の亡骸に黙祷を捧げる。 葛葉もそれに倣い、僅かに瞳を伏せると小さな祈りにも似た思いを口にした。 ――どうか光ある旅路を。 ふたつの迷い子に向けて落とされた言の葉は静寂に交じり、風と共に散っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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