● 世界樹の森も、憤怒と渇きの荒野も平等に、ラ・ル・カーナの夜を照らす、みっつの月。 「荒野って毎日見てっと飽きてくるわねえ」 式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)が退屈そうにふあ、とひとつ欠伸をした。 珍しいみっつの月も、毎日見ていれば飽きてくるのも道理な話だ。 今や見慣れたみっつの月を、ふと見やれば。今日、月の数は、よっつ、いつつ、むっつと増えていて。 …………増えている? 橋頭堡の哨戒任務に当たっていたリベリスタたちは目を擦って、もう一度それらをよくよく見る。 「月、じゃない?」 ふわりふわりと空に浮かんで、ほのかに光っている、あれは。 ● 「そちらでは、クラゲ、というのですか」 リベリスタの報告を受けた、フェリエの族長シュルンはゆったりとした動きで首を傾げる。 私たちの言葉と少しだけ似てますね、と。フェルンは穏やかに微笑んだ。 狂った世界樹が産み落とした、忌み子のうちのひとつ。それはクラゲに似た姿をしていた。 その生き物は火を噴いて空を浮遊し、まるで気球のように移動するようだ。 そんな、クラゲのような、気球のような生き物。フェリエたちはききゅらげ、と呼ぶらしい。 ききゅらげ。なんだか可愛らしい響きに、少しだけリベリスタたちの心が和む。 「見た目は攻撃的には見えないのですが……、あれは私たちの森を焼きます」 既にききゅらげに焼かれた森も、少なくないと言う。 ここ最近はききゅらげの姿を見ていなかったのに、こんな近くに現れるなんて。 シェルンは眉根を寄せると、ふうと小さく溜息を吐いた。 「あれがこちらへ来れば、被害は甚大です。美しい森は更に減り、荒野が広がることとなるでしょう」 どうかよろしくお願い致しますと、シェルンは深く頭を下げる。長い緑の髪が、さらりと揺れた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あまのいろは | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月10日(火)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「……くしゅんっ」 火事にならないようにと、服の上から水を被った『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が小さなくしゃみをひとつ。やはり、服の上から水を被れば夜は冷える。 スペードが恥ずかしそうに双眼鏡を覗き込めば、みっつの月が浮かぶ夜空にぼうと浮かび上がるその姿。 その生き物は空中を浮遊して、ゆっくりとゆっくりと、こちらへ移動してきていた。 「! ……いました!」 クラゲのような気球のような生き物、ききゅらげ。ふよふよと空を泳ぐ姿に、危険は感じられない。だが。 「ききゅらげなんて、語感からすると随分と可愛らしい感じを受けますが、色々と危険な存在ですね」 「あれが、ききゅらげ……。この暗闇の中でも彼らを見失う事はなさそうですね。それにしても………」 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179) と、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772) も、ききゅらげを見上げる。 「………か、可愛い……」 ミリィの顔がほわりと、柔らかく笑む。 敵でなければ飛びついてしまいたくなる、ふよふよぷよぷよしたその姿。 敵だと分かっていても、思わず和んでしまう。ききゅらげに和んだのは、ミリィだけでは無いようだ。 だが、和むことが出来るのも束の間。一匹のききゅらげがゆっくり下降すると、ごうと火を噴いた。 リベリスタたちがその炎に巻き込まれることは無かったが、離れた地にも風に乗った火の粉が飛ばされた。 どんなに可愛くても、ききゅらげたちは森を焼くのだ。森に住む子たちを、悲しませるのだ。 ミリィは心を鬼にしてききゅらげと戦うと、己の胸の中で誓う。 「でかっ!!?熱い!!!はよう倒さないと焼け野原にされちゃうよおおおお!!!」 「……気の抜ける相手、であるのは確か、だけど。……でも、油断して良い相手じゃ……ないね」 ふよんふよよんと楽しそうに歌っていた『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が慌てて火の粉を振り払う横で、『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016) が、顔色ひとつ変えずききゅらげを見据えた。 フェリエの森が焼かれ荒野が広がる前に、ききゅらげをこの場から遠ざけなくては。 「小さな翼を皆様の背に……」 『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438) が翼の加護を展開する。 翼の加護を受けたリベリスタたちの身体が、ふわりと浮かび上がった。 「空を飛ぶクラゲとは随分と珍妙な生物がいるんだな。流石は異世界、何でもありで面白い」 「本当ですね、櫻霞様。燃えるクラゲさん……やっぱり謎だらけですぅ~」 ぐんと上昇した『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469) が、口角をを僅かに吊り上げた。 ぽかんと開いたままの櫻子の口を櫻霞が指摘すれば、櫻子は顔を赤くして手で口を隠す。 「何かの本でこんなエイリアン想像図を見たことある気もするけど。異世界所詮が飛行戦か、面白い」 『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299) が、まだ遠いききゅらげを見上げ、ぽつりと呟く。 ききゅらげがリベリスタたちに気付いたのかは分からない。だが、一体のききゅらげがゆっくりと高度を落として、リベリスタたちへと接近してきた。 天乃がぐんと、ききゅらげに近付く。まず、10メートル。更に、上へ、上へ。 「……普通より、困難な闘い、は心躍る、ね。空中戦、は嫌いじゃない……けど」 二回連続行動をした天乃だったが、彼女の攻撃が届くことは叶わない。ききゅらげは更に高い場所を、泳いでいるのだから。 続いてスペード、ミリィ、京一、魅零も上空へと飛び上がり、ききゅらげを目指す。 一度の移動では、遥か上空を泳ぐききゅらげに届くことは、誰も叶わない。 「空中戦は初めてですが……、やってやれない事はありません」 後はききゅらげに、接触を果たすのみ。リベリスタたちの瞳は、ききゅらげを捉えたまま離さない。 「大丈夫、私は戦える」 ● 一回の行動で、上昇出来る距離は限られている。上昇しながら攻撃を行う事が出来ない以上、ききゅらげより先に行動を開始しても、ききゅらげと並ぶまでにどうしても時間が掛かってしまった。 リベリスタたちが上昇している間に、降りてきて火を噴かなかった事は、運が良いと言えるだろう。 やっとの思いで一匹のききゅらげと並んだリベリスタたちは、自身を強化し戦いに備える。 「私のドクトリンが地上戦だけのものと思ったら、大間違いです」 「どの程度皆さんの手助けになるか分かりませんが……」 ミリィがオフェンサードクトリンを展開する。それを確認した京一が守護結界を展開。 また、京一の指揮能力が強化と合わさり、飛行のペナルティも多少はカバーされた。 最初にききゅらげに接触を果たしたのは、誰よりも早く上空へと昇っていた天乃。 天乃は面接着を使って傘に飛び乗る。足場はぷにりと柔らかく、火を噴く生き物なのにひんやり冷たい。 ききゅらげの上で何度か足踏みをすれば、柔らかい割にはしっかりとしていて、足場になる事が分かった。 ならば、と天乃が構える。飛行状態で無い彼女にペナルティは、無いのだから。 「動く、な」 天乃が放ったデッドリー・ギャロップは、地上のそれと変わらぬ威力を誇った。気糸が幾重にも重なり、ききゅらげを締め上げる。 だが、すぐにばちぃんっと鈍い音が響いた。ききゅらげの触手が、天乃を弾いたのだ。 ききゅらげも、ただやられるつもりは無いのだろう。 「さて、本格的に狩りを始めるとしようか。脆いのは其処だな、丸見えだよ」 続いて櫻霞が華麗に操る気糸が、ききゅらげへと伸びる。 表情のないききゅらげだが、怒っている様子は無かった。今はまだ、苦しそうに悶えるだけ。 「彼らは浮いてるだけだから、どうも悪いことしてないのが心にぶち刺さる!!」 「ぽよぽよぷわぷわ。可愛らしいききゅらげさんを攻撃するのは胸が痛みますが……」 気糸に絡められ、苦しそうなききゅらげを見た魅零とスペードが、悲しげに言う。 だが、言葉と同時に二人が作り出した漆黒の闇は、空を彩る闇夜より濃く。 広がる漆黒の闇が、一匹残らずききゅらげたちを包み込んだ。ききゅらげたちはその痛みに触手を振り回し身悶える。 だが、リベリスタたちの攻撃の手は緩まない。 「でかいとはいえクラゲだし、動きは早くなさそうだね」 クルトが凍て付く拳をききゅらげへと振り上げる。冷気を纏った一撃がききゅらげの身体へ叩き込まれた。 ききゅらげの細い触手が、段々と凍てついていく。しかし。 「凍った触手でも、反撃出るんだ」 反撃を受けたクルトは、少し苦しそうに顔を歪めたが、すぐに笑って見せる。 ききゅらげも傷を負ったものの、身体が大きいだけのことはある。体力にはまだまだ余裕がありそうだ。 「み、見た目は可愛いですのに凶悪ですぅっ」 櫻子が驚いたように黒い猫の耳をぴんと立てたが、すぐにリベリスタたちへと天使の歌を歌い上げる。その歌声は等しくリベリスタたちに届き、身体の傷を癒していった。 回復を櫻子が気兼ねなく使えるようにと京一が放った光は、リベリスタたちの身体を苛む症状を、撃ち払っていく。 「すまないな、櫻子」 ききゅらげが飛ばした火の玉により、櫻霞の頬に付いた傷痕も消える。ぐい、と一度頬を拭って、櫻霞は攻撃を仕掛けた。 気糸がききゅらげを貫く。すると、ききゅらげに明らかな変化が表れた。 どうやらききゅらげにも、感情はあるらしい。 ふよんと気侭に動いていたききゅらげが、真っ直ぐ櫻霞へと移動してくる。 「おっと、行かせないよ?」 「黄桜、ここから野球します!!」 前線で戦うクルトが、反撃も顧みず振り上げた拳がききゅらげを掠めた。 魅零が後衛に近付かせまいと、ランスを構えて前へと躍り出る。 満身創痍。集中攻撃を受けたききゅらげは、ぼろぼろになりながらも櫻霞へと突進していくききゅらげ。 ミリィの金色の瞳に、僅かに憐憫の色が見え隠れした。 「世界樹より生まれし悲しき子よ。今はただ眠り、世界樹に還りなさい」 だが、すぐにミリィの瞳が、ゆらゆらと、強い決意のもと、燃えている。 「狂った世界樹が正しき姿に戻る、その時まで」 一度ならず二度までも、連続して繰り出した真空刃が、ききゅらげの体を切り刻んでいく。 傘の中で揺れる炎が、ぽっ、と小さな音をたてて、消えた。 ● 一体のききゅらげを倒す事にも、思ったより時間が掛かってしまった。 ききゅらげが何度か上下に入れ換わった為、無傷のききゅらげはいなかったが、現状が厳しいことに変わりは無い。 遥か下の地上は岩だらけの荒野では無く、草花が咲く草原。 フェリエの森は、近い。 幸い、今は呪縛やノックバックの効果で凌いでいる。 リベリスタたちの背に生えた翼も何度か消えかけたが、櫻子が時間を把握しその度に掛け直したことや、京一の回復もありリベリスタたちが倒れるほどの傷は負ってはいない。 少し時間が掛かってはいるが、これなら。 そう思った、時だった。 上空を飛んでいたききゅらげがいきなり高度を落としてきた。 ききゅらげたちに知能と言えるものは無かったが、相手が生き物である以上、思い通りにはいかないことも、勿論あるのだ。 京一が式神の鴉を飛ばすが、ききゅらげはそれに構う様子も無く、どんどん高度を落としていく。 天乃が乗っているききゅらげから飛び降り、高度を下げているききゅらげの背の上を目掛けて飛び降りる。 ぼすんと背の上に着地した天乃が死の爆弾を放つ。 ききゅらげの背の上で、それは爆ぜた。だがききゅらげは止まらない。 「これ以上綺麗な森を焼かれては困りますっ!」 「ききゅらげさん!!頼むからやめて!!燃やさないで!!」 櫻子や魅零の叫びも、ききゅらげには届かない。ごうっと激しい音を響かせて、傘から噴き出される炎。 火炎が、闇夜を舞う。赤い炎がリベリスタたちを巻き込み、誰もがその熱に顔を歪めた。 慌ててスペードが暗視ゴーグルから地上を覗く。地上を覆う草花に、ぼっと炎が燃え上がる瞬間を見た。 地上を覆う緑の草が、ひっそりと咲くる小さな花が、ぱちぱちと小さな音を立てて、燃えてゆく。 「いけません!」 真っ先にスペードが地上へと急降下。迷うこと無く、燃える草花の中へ飛び込んで行った。 炎に包まれた、白い肌が焼ける。長く美しい髪がちりりと焦げても、そんなことは気にしていられない。 「………あつっ……。でも、絶対に森は、焼かせません……っ!!」 「大丈夫ですか!」 ミリィも地上へ降りると、緋色のマントで草花を被せ込み、炎の勢いを消そうと試みる。 二人の協力の甲斐あって、燃える炎の勢いが段々と弱まっていった。 「消えましたね……」 「……こちらは大丈夫です!皆さんはききゅらげを!」 ほう、と胸を撫で下ろすスペード。火を消そうと下降してきたリベリスタたちをミリィは制止した。 これ以上ききゅらげを討伐することに時間を費やば、ききゅらげを食い止めることは出来ないだろう。 既に草花が生い茂る大地。火が燃え移ったら消すことが困難であろう、高い木も見えてきていた。 リベリスタたちの背に生えた翼の色は薄く、このままではまた消えてしまうだろう。 「……奪わせてもらうぞ?」 「柔らかい体も内から崩せば問題はない筈だ……!」 切れかけた気力を回復しようと、櫻霞がききゅらげへ食らい付く。ごくんと、櫻霞の喉が鳴る。 クルトが放った拳は、確実にききゅらげに当たったのだが、ききゅらげはまだ、倒れない。 集中を重ねていた魅零が、動いた。ききゅらげへとランスを横薙ぎに振るう。 「あってよかったあああああああ購買にラァァアアアアンス!!!」 柔らかい体にランスが深く、突き刺さる。そしてそのまま、力いっぱい、振り切った。 ききゅらげの体が野球のように良い音を響かせはしなかったが、ききゅらげの大きな体がゆっくりと、飛ばされていく。 「お?お?おおおおー!?」 そして、運良くもう一体のききゅらげと衝突。 ききゅらげ同士が衝突したことにより、ききゅらげたちはそれぞれ進路を変えるとフェリエの森から遠ざかっていく。 それは完全とは言い難いが、リベリスタたちが確かに、火事の被害を食い止めたことを意味していた。 「やばーい黄桜超頑張った!まさか異世界にきてまでホームランをかますだなんて誰が思ったか!!」 魅零がぐっとガッツポーズを決めた。 ● リベリスタたちは、落ちて動かなくなったききゅらげの側へと降りたった。 「最近見なかった、こいつらが…出てきた理由、は何?……たまたま、ならいいけれど……」 「ラ・ル・カーナについて知っていることは少ないからね。手掛かりは多い方がいい」 天乃の言葉にクルトが頷く。何か原因があるのだろうか。リベリスタたちはききゅらげの周りに集まる。 「どういう仕組みなんだろうなこれ……」 櫻霞がききゅらげの傘を探る。火を噴く生き物であると言うのに身体は水で形成されているようで、ぷにぷにとした触感がなんとも不思議である。 櫻霞の傍へ駆けよった櫻子も、ゆらりゆらりと尻尾を揺らしながら、つんつんとききゅらげを指先で突く。やはりその不思議な触感に、櫻子も首を傾げた。 「本当に、ラ・ル・カーナの生物は謎だらけですぅ」 それぞれが、ききゅらげの死骸から目ぼしい物を採取すると、リベリスタたちは空を見上げる。 いつも通り静かに光る月が、みっつ。その傍を漂う小さな光が、ふたつ。 憤怒と渇きの荒野へと戻っていくききゅらげの姿は、既にとても小さくなっていた。 「ききゅらげさんにも帰る場所があるのではないでしょうか?」 私たちと、同じように。スペードがききゅらげに、大きく手を振る。 「バイバイ。もう森に向かってはダメですよ」 煤けた頬を擦りながら、そうですね、とミリィも頷いた。 「貴方達がが次に生まれる時はどうか、正しき祝福の子であります様に」 ミリィが祈るように、呟いた。 今度は彼らの背に乗って、あの美しい森を飛び回れたら、良いですよね。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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