●靴を履く前に 「おいで! トトメス三世!」 「キャン!」 二つの大きなおさげを下げた少女に、子犬が飛びつく。 その子犬を両腕で抱えて、彼女はくるくると回った。頬をくすぐる子犬の毛。それに頬擦りして、そっと地面へと降ろす。降ろすやいなや犬は、目的の小屋へと走っていってしまった。まるで早く来いとでも言うように、数度振りかえって。 「待ってよ、トトメス三世……」 追いかけようと長いスカートをたくしあげる少女は、ふと空を見上げる。曇天。太陽の光さえ通さないぶ厚い雲が、空を所狭しと蹂躙していた。遠くで雷の音も聞こえて、今日は雨でも降るのかしら、と少女は走る。目前には、彼女とその犬がよく遊ぶ秘密基地があるのだ。雨が降ったらそこで雨宿りしたら良いわよね。少女は、そんな軽い気持ちでいた。 四本の柱が、小屋へ迫っているのにも気付かずに。 ●どこか遠くへ行く前に 「……嵐が来る……」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、リベリスタ達の前へ立つと、開口一番そう呟く。次に、咳払い。 「今回は、人助け。それと、エリューション・エレメント四体の討伐」 静止画像がモニターに映される。木造の小さな小屋が、中に浮かんでいた。ただ中に浮かんでいるのではない。小屋の下と、小屋の脇に、四本の竜巻があった。おそらく、その竜巻が小屋を上へ上へと押し上げているのだろう。しかし、小屋は小屋。人間ひとりがかろうじて暮らせそうな小さなサイズ。加えてそんなに安全性に優れているとは見えない造り――いつ壊れるかは分からない。 「人助け、と言ったが……肝心の人はどこにいるんだ? まさか、」 「そのまさか。小屋の中にいる」 竜巻に囲まれる小屋。そこで恐怖に震える少女。 「ちなみに、犬もいる。ミニチュアシュナウザー。けれど、優先されるべきは人命救助よ。あまり無理はしないこと」 画像を消そうとイヴはリモコンを持ち直したが、すぐに顔を上げた。 「そうそう。竜巻といっても、今回は水も含んだエリューション」 「というと?」 「竜巻から放出される水で、雨のようになっているということ。辺り一帯は地面だから、それによりぬかるんでいるということ。竜巻に近付けば近付く程、土砂降り状態。……ぬかるみで滑る、なんて、ないようにね」 イヴは今度こそ、静止画をぷつりと消した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カレンダー弁当 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月06日(水)00:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 息の詰まるような、暗雲がたちこめている。雷でも落ちてきそうな空模様だが、その場に轟くのは、不気味な風の音。近付いてくるのは、雨脚。『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は、まだ固い地面を蹴った。 「竜巻のエリューションとは、厄介だな」 小屋が見えてきたと同時に、『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)の頬へ水の粒が落ちる。それを皮切りに、ばたばたと雨が降ってきた。雨というよりは、今回のエリューションが巻き起こした現象の一つ。天候は左右できないが、これはエリューションを消滅させれば、止むもの。徐々に近くなるその四本の竜巻を見上げ、真独楽は呟く。 「ふえぇ、竜巻……こんなEエレメントもいるんだぁ。あぶないなぁ……」 細めながら勢いのあるそのエリューション・エレメントは、風の勢いに任せ小屋を浮かせていた。しかしそれは安定しているとは言えず、海上に漂う船のように、小屋は揺れている。落ちもせず。それ以上、上がっていきもせず。 「昔、母親に読んでもらったお伽話を思い出すわ……」 「あ。あたしもです。寝てる間に移動させてくれる便利な機能、とかならいーんですが。明らかにこれエリューションですよね。倒さないとだめですよね。やだー」 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)の足は、泥にとられながらもなんとか体制を立て直し走る。恵梨香のその言葉が耳に入ったのだろう、『働きたくない』日暮 小路(BNE003778)は何の気なしにそう返した。リベリスタ達の視界は、雨で白く濁る。それでも瞳は敵を見て、エリューションもまた、彼らを目視した、ように見えた。 周囲を見渡しつつ、強結界を張る『花縡の殉鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)。町は遠くにあるとしても、万が一の可能性は捨てきれない。これでひとまずは集中できる、と遥紀は次の支援へと移る。その強結界を感知したのか、どうなのか。エリューションは先ほどとは比べ物にならない程の轟音を立て巻き上がる。 泥を吸いこみ、 石を巻き上げ、 その小さなつぶてを弾丸のように打ちだす。 豪快にそれを弾き返すのは、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)だった。 「13歳の! 少女を! 救う! 13歳の! 少女をね!」 「竜一、女の子に変なコトしたら駄目だからね」 と、真独楽。 「分かってる分かってる。……いたいけな少女を囲って! うらやま……じゃなくて、この外道!」 やれやれと、真独楽は脱力した。 その二人のことは気に留めず、恵梨香の千里眼は小屋内部を見通す。今回の保護対象の少女と、保護対象外の犬は確かにその小屋にいた。建物自体が大きく揺れているため、立つこともできないでいるようだった。犬の安否は任務の成否には関わらないのだったか、と恵梨香は見つつ思うが。トトメス三世、という名で同名の名君を思い出す。エジプト軍を歴史的大勝に導き、エジプト史上最大の帝国を築いた王の名。 「一緒に救出して、その名にあやからせてもらった方が良さそうね……」 情に流される訳ではない。決して。そう己を律し。 「ブリキの樵やライオンやカカシじゃなくて御免なさいだけど、助けに来たわよドロシー」 千里眼で少女を見通しながら、彼女はテレパスを送る。その瞬間、少女は弾かれたように顔を上げ、あたりを見回した。短絡的な行動は避けるようにと、続けて少女へと送る。不可思議な現象に少女は戸惑っていたようだが、そのまま動かずにいようと決めたようだった。 一度小屋から視界を離すと、それを見計らったように遥紀の翼の加護が付与される。ほうと開く小さな翼は、足場の悪いこの戦場では非常に役に立つものだった。仲間の支援をその身に受けて、竜一は刀を振りかざす。一本の竜巻に狙いを絞れば、無慈悲な一撃を見舞わせた。エリューションはその攻撃で、大きな裂け目を見せる。風と水で出来上がったエリューションだが、その勢いは凄まじい。竜一の手首は、じんと痺れた。 「まず一本ッ!」 次いで裂け目に歯を入れたのは、ディートリッヒのハードブレイク。およそ風を斬ったとは思えない、金属でも切り開いたかのような耳をつんざく音がする。耳を塞ぎたくなるようなそれに耐えながら、彼は剣を振り切った。 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は、竜巻の消滅を確認する。降り注ぐ鋭利な破片をその射撃で打ち落としながら、今回の救出班である二人に声をかけた。 「行ってきなさい、レディーを待たせるものじゃないわ!」 利き手を握ったり開いたりしながら、ディートリッヒもそれに頷く。 「ああ。早く小屋に閉じこめられている女の子や犬を助けてやらないとな」 自らにハイディフェンサーを付加させ、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は竜一の背を軽く叩くと一気に上昇した。 「行こう、竜一」 「了解!」 近付くにつれ、雨は勢いを増していく。まともに目を開けていれば雨粒が目に入り、視界が遮断されてしまう。その瞬間が狙い目と、エリューションはシビリズと竜一の体を風の刃で削り取っていく。耳元で、じりじりと嫌な音がした。 「痛みが伴おうと、中で震える少女の痛みに比べればァァァァァ!」 聴覚を攫っていく強風に紛れ、竜一の叫びは上へと消えていく。頬に張り付く髪の毛を後ろへやりながら、遥紀はそれを見つめていた。 「……女の子とトトメス様を、頼んだよ」 ● 風に大きく煽られながらも、シビリズと竜一は小屋に辿り着いた。半壊してしまった小屋にはもはや、玄関もドアも存在しない。まだ大まかに小屋の形を残しているだけで、今にも崩れてしまいそうだった。少女は吹き込む雨に濡れながら、二人を視界へと入れる。その目に神秘を入れぬようにと、竜一はそっとそれを隠した。 「双方ともに無事かね? 安心したまえ、助けに来たのだよ」 「たすけに?」 震えが止まらないらしい少女は、シビリズの言葉を復唱する。その小さな肩を抱くのは竜一だった。 「無事かい? もう大丈夫だ、君も、わんわんも」 なでなで。 「あ、う?」 「此処は危ないから、出る。目をつむっているといい」 頬擦り。 「う、うん……?」 どことなく今の状況を理解できないようで、少女は首を傾げた。シビリズは何も言わずに竜一を見ている。 とりあえず気を取り直して、彼は犬へ近づいた。しかし犬は興奮しているらしく、うまく抱かれてくれない。 「ああ、ちょっと、落ちついてくれないかトトメス三世」 警戒こそしていないようだが、やはり犬は怯えているようだった。 「ト、トトメスさんせ……その、困る、あまり暴れてもらっては困、……ああもう」 無理やりに抱きよせる。暴れることのないように、手足を持った。観念したかのように鼻を鳴らす犬を見下ろすと、シビリズの指の間から血が滲んでいる。なにか攻撃を受けたかと思ったが、どうやら怪我をしているのは犬の方であった。よくよく見てみるとそんなに重大な怪我ではない。よかった、と彼は胸を撫で下ろす。 竜一はシビリズが犬を保護したのを見てから少女を軽く抱きよせ、その視界を遮った。少女の手が、遠慮がちに竜一の背へと回る。見計らい、シビリズが地上へ残る仲間と連絡をとった。 「保護をした。今からそっちへ戻ろう」 ● 三本になった竜巻は、それでも猛威を振るい続けている。 「二人が戻ってくるって、さ!」 シビリズから連絡を受けた真独楽が、飛んできた自転車を薙ぎ払いながら皆にそう伝えた。自転車のベルが場違いな音をたてて、樹木へとぶつかる。 「そうみたいね。じゃあ、攻めに転じましょうか」 恵梨香もそれを千里眼で確認したらしい。 「じゃ、無事に戻れるようにサポートしとかないとな」 「もちろんよ」 二本目の竜巻を無力化させるべく。ミュゼーヌはディートリッヒのそれに意気揚々と同意した。彼女の射撃は、止まることを知らないように竜巻の勢いを減らしていく。銃声が、ミュゼーヌの鼓膜に心地よく響き渡る。遥紀の放つ目が覚めるような光によって、竜巻は形を大きく歪めた。 「確実に一本ずつ、撃破していきましょう」 恵梨香は、色の違う四つの魔術を並べていく。暗い視界にそれは輝き、雨さえも見えなくさせた。走る閃光は、その眩さとは裏腹に、残酷に。エリューションを消滅へと追いやっていく。 ぐわん、と一度揺れたかと思えば、竜巻は生き物のように地面へと倒れ伏した。泥をその回転で豪勢に飛ばしたかと思えば、竜巻の一本は姿を消す。泥は雨に混じり、リベリスタの指先を滑らせる。 既に半壊していた小屋は、勢いよく地面へと叩きつけられ今度こそ大破した。あたりに小屋の破片や、ベッドだった何かが散乱する。もうあと少しか、と小路は残りのエリューションへと狙いをつけた。丁度その瞬間に、頭上から声がする。 「――すまない! 誰か受け止め……」 シビリズの異変にいち早く気付いたのは、真独楽だった。声がひとつ聞えたかと思えばかけだして、用意していた布団セットを波打たせる。落ちてきたのはシビリズではなく、彼の腕から逃れた犬だった。 届くか、届かないか。 そのタイミングで、真独楽は布団を投げる。犬はその布団に足を乗せ、足場にしてジャンプした。衝撃を布団で吸収させ、なんなく犬は地面へと着地する。その華麗な動きに、真独楽は若干、拍子抜けした。犬はそのまま、遠くへと降りた少女の元へとかけていく。 「ありがとう、途中で犬が暴れてね」 「ううん、大丈夫っ!」 シビリズと真独楽は短く声をかけあって、竜巻の方へ顔を向けた。 無事着地した竜一にお礼を言いながら、少女は駆けてきた犬を抱き締める。竜一が少女を届けたのは、エリューションの被害が及ばない、つまりあまり雨の降っていない木陰。 「ここなら安全だ。しばらく隠れていて」 「うん、分かった」 なでなで。 少女を名残惜しそうに振り返りつつ、きゅっと真面目な顔をして、竜一は仲間の方へと走る。 「ちゃんと、普通に助けた?」 駆けつけるなり武器をすばやく構える竜一に、真独楽は問いかけた。 「それはもちろん」 「あとでその事について話そうか、真独楽」 「やめろ」 シビリズの面白げな声を、竜一は短く止めるが。真独楽の目は、痛いほど竜一に突き刺さっていた。しかしながら、残る竜巻はあと二本。 「ま、無事に助かったみたいでよかったです」 少しだけ後ろの少女たちを振り向く小路。 「人命とお犬様とふわもこは世界の秘宝だしね」 真顔の遥紀。 「あと残るは二本だ、集中して行こうぜ」 前線で剣を振るディートリッヒは、その言葉を全て言いきった上で、竜巻の異変を感じ取る。二本の竜巻が距離を詰め、互いが互いを吸収していくその様を、彼は間近で見ていた。泥雨降りしきる視界の中で、その光景は、共食いにも似たもので。 「ッ!」 より大きくなった竜巻から放出される、無数の風の刃。弾道は雨を斬り、空気を斬り、その形を露わにさせる。恵梨香は弾道を見極めながら避けるも、その足を刻んでいった。ばしゃりと足を泥水につけ、傷口を茶で濁らす。その傷をものともせず、彼女はまた、魔術を四つ組み上げていった。 「一段と、大きくなったわね」 傷を庇いながら、四色の閃光を打ち放つ。ミュゼーヌは空から落ちてくる鋭利な農具を、次々に打ち落としていった。打ち落とされた一本の鋤が、ずどんという音を響かせて小路の背後に落ちる。 「いいんじゃない。的が大きい方が当たりやすいし」 「……元から結構な大きさだったけれどね」 恵梨香の溜息混じりの言葉に、シビリズは肩を揺らした。 「あと一体で済むと考えれば、容易いだろう?」 「そーゆうことですね」 小路は背後の鋤にぞっとしながら、チェイスカッターを放っていく。洗練された動きをする刃は、迷うことなくその竜巻を斬り裂いた。一閃の孔が開かれる。小路の攻撃に続けるようにして、ディートリッヒがその竜巻の大きさに臆することなく、一撃を叩きこむ。雨風の勢いが、段々と衰えていくのをリベリスタ達は肌で感じていた。 息を詰め、飛び出すのはミュゼーヌだった。 その足に光を籠めて、体を捻らせる。 「立ち塞がる困難や嵐は……打ち払ってあげる!」 打ち降ろされるその踵。 竜巻とは逆の方向へ持っていくその衝撃。 鳴り渡る、風との衝撃音は。まさしく今回の幕引きに相応しかった。 ● 弾け飛ぶ水。 突風が、リベリスタを襲う。だがその風は攻撃性もなく、爽やかさを感じる装いで。 その風と共に、空の暗雲は円状に、破裂するように消滅した。シビリズは、手で目の上に影を作って、姿を現した太陽を見上げる。真独楽は水を多量に含んでしまった靴を動かし、少女へと近寄っていった。 「よかったね、トトメス三世と……えっと、名前、何ていうのかな?」 「あっ、その、ドロセラ!」 泥だらけの彼らを順繰り見回していた少女は一瞬、真独楽の問いに気付かずに、はっとする。 「ドロセラさん。怪我はないですか」 ずぶ濡れになった布団を気にしながらも、小路はドロセラを気遣った。ぶんぶんと大袈裟に、ドロセラは首を振る。 「あたしは全然。でもトトメス三世が」 「そういえば、怪我していたね」 どれ、と遥紀が犬を覗きこみ、その頭を柔らかく撫でた。ドロセラはまたも大きく首を振って。 「でもいいの! あたしが手当てしてあげたいから」 「そりゃ良い心掛けだな」 「えへへ。あのね。みなさん助けてくれて、ありがとう」 ディートリッヒの言葉に照れ笑いをするドロセラ。どうやらもう、先ほどの恐怖からは解放されたらしい。強い子だなあ、と竜一は彼女をじっと見る。恵梨香はその礼を制するように片手をあげた。 「いいのよ。任務だもの」 「でも、嬉しかったのよ」 屈託の無い笑顔を見せるドロセラは、もう一度お礼を言って頭を下げ、走り去っていく。その胸に抱いた犬が、キャン、と一声鳴いた。 「雨と泥で汚れちゃったかな。うぅ、カゼひいちゃう……」 少女の背中が小さくなり、真独楽は小さくくしゃみをする。そうね、と恵梨香は泥で固まってしまった毛先を指先で弄った。 「早く帰って温かいシャワーを浴びたいわね」 「よぉし、この足で、帰りは銭湯にでも寄ってこっ!」 うってかわって晴れた空。真独楽の拳が天をつく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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