●猫の王様 「あら、この猫ちゃん毛並がいいわねぇ」 ――うむ、苦しゅうないぞ。 「賢いヤツでさァ。此処は魚屋だってのにがっつきもしねえ」 ――阿呆め。ヨがそんなはしたない真似をすると思うのか。 「それに他の猫にも慕われてるのよ。何かあるのかしら、この猫ちゃん」 「にゃあぁん」 ――こう鳴いてやれば良いのだろう? ――さぁ、ヨに構うが良い。満足させるのだ。 ●結成、猫様の会 「さて、皆。猫は知ってるね?」 開口一番そう言った『あにまるまいすたー』ハル・U・柳木(nBNE000230)の手には、もっふりとして高貴なお顔の猫ちゃんが一匹。ただし、いつもの通りぬいぐるみ。 今回の依頼は猫絡みのようだと納得するリベリスタ達へと、ハルは先ず一般的な猫の特徴を述べていく。 曰く、ツンデレであるとか。 自由奔放、言い方を変えれば我儘し放題だとか。 そして何より、犬と違って人間を決して上に見ないとか。 「そんないかにも“猫”のアザーバイドがいらっしゃったんだ。今回は君達に、かのお猫様をお送りして頂きたい」 あれ? ハルさん、言葉遣いが急に変ですよ? 誰かが指摘すると、自分でもどうかと思ったのか咳払いに誤魔化すハル。 「……仕方ないじゃないか。彼はまさしく“猫様”なんだ。おだてて満足させないと帰っちゃくれない。機嫌を損ねると逃げられるし、イラっとさせると引っかかれる」 ま、そこが可愛いんだけどね、と何処までもポジティブに解釈し、ハルはモニターに例の猫様を映し出した。 成る程、高貴なお姿をしていらっしゃる。 毛並はふさふさ、きりりとした瞳は青と金のオッドアイ。ぴんと張ったひげ。百点満点の猫様だ。 「この猫様は普段、普通の猫に紛れてとある魚屋前の塀で日向ぼっこをしてる。人目はあるけどとりあえず先ず、大事な話がありますとか言って話しかけてみて。猫様が話を聞いてやってもいいって思ったら、猫様自らホールの近くにある裏山に歩いていくからさ。詳しい話はそっちでまたすれば良い」 それは話が早い。それで送還、万々歳かと思ったら、どうやら違うらしい。 「この猫様アザーバイドね、今は“普通の猫”の振りをしてるけど、やっぱり僕らの世界の猫と違うんだ。本当は二本足で歩くし、言葉も話す。服だって自分で着る」 つまり、それで帰ろうと言うのではなく、事情を知る者達が真摯に話しかけてきたのなら、猫様の方も誠意を持った対応をする為に一旦服を取りに戻るだけ。毛並があっても服を着ないと紳士では無かろう、といった所か。 「ムイキッシュ・ナイアラ伯爵」 突然ハルは立ち上がる。そして大仰に両手を広げて、それから胸に片手を添えてすっと一礼をした。 「は?」 「ムイキッシュ・ナイアラ伯爵、お迎えに上がりました。どうぞお召し物を、そして何卒私めの話を聞いて下さい」 「………」 まさか。――リベリスタ達が少し冷や汗をかく。 「魚屋の前で人目もあるだろう。しかしだ。ムイキッシュ伯爵は動かない。彼の名前を告げる、それもこそこそしちゃいけない、堂々と」 いっそ執事服でも着て行ったら効果抜群かもよ? なんてハルは無責任に言う。そして続ける。 なるべくなら、出来る限りそこで顔見せをしておく事。 宣言は一人でも良いが、その際は、自分が代表者だの、いっそ彼らは従者ですと言う等、彼に納得させる事。 ――何か大変な事になってきた。リベリスタ達は満点猫様の御姿へ、改めて視線を落とす。 猫様が事情に納得した後なら、全員が一致団結しなくても、各々順番に構っても良いとハルは言った。要は最終的に猫様を満足させれば、送還に応じるだろう、と。 ただしこの猫、この世界に落ちてから暫く居座り、この世界の“猫”として過ごしてきた。 つまり、猫じゃらしや鯛のお頭位はもう経験済みという訳だ。あえてその王道を再びけしかけてもいいが、あくまで違う世界の猫であるが故、方法に制約は無い。 「つまり?」 「つまりね、普通の猫で当て嵌めて考える必要は無いって事。タマネギ・チョコ食べたって平気だし、水も平気。枠に捕らわれない接し方を試してみると良いんじゃない?」 そう言ってハルはにっこりと笑った。 さあ、お猫様親衛隊諸君。楽しんできておいで。 ――ちょっぴり羨ましそうな声色で。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月11日(月)22:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●いざ、猫様 天気は晴れ。 気分は上々。 いつものうららかな昼下がりは、街の人も猫も、皆が穏やかに過ごせる至福の時間。 そこにざわりと広がる、普段と違う“非日常”。 極々平凡な住宅街に姿を現したのは、制服を着た少女を筆頭にした、メイド、スーツ、諸々の姿。 「そこ行く奥さん、ちょっといい?」 スーツをかっちり着込んだ少年、『紺碧』月野木・晴(BNE003873)に声を掛けられて、戸惑う道行くおばさん。 「ここら辺で凄く綺麗な猫様見なかった?」 いかにも『探してます』というオーラを混ぜて話しかける晴に、ひょこっと『エアリアルガーデン』花咲 冬芽も顔を出す。此方はクラシックなドレスを着用していた。 「私達、その猫様を探してるんです」 「え、ええとそれは、いつも魚屋の前にいる猫ちゃんじゃないかしら……」 しどろもどろに圧倒されるおばさんだが、これで恐らく晴達のフォロー、『お偉いさんの愛猫様が脱走したのでお迎えし隊』作戦は功を成したのではなかろうか。 好奇な視線は消えなくとも、少しばかり道行く人達が道を示してくれる。 これも或いは、アザーバイド――高貴なるお猫様の威厳なのだろうか。そうしていくと、「あ」と『本屋』六・七(BNE003009)が小さく声を出す。普段から猫に傅いている為か、流石猫の発見が早かった。スーツ、或いはメイドの一同がずらりと塀の上の猫様の前に並ぶ。 皆の代表として選ばれた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、こほんと咳払いをした。 「ムイキッシュ・ナイアラ伯爵」 目の前に居るのは、きらきら、ふさふさとしたお猫様。 銀の長毛が陽に当たり美しく風にたなびいて、澄んだ瞳は色違い。 (うわぁ、うわぁ、かわいい、です……! ずっとずっと、この世界に居ていただきたいくらいです、よ……っ) 『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)は思わず胸に手を添える。思ったままの言葉をただ漏れさせないよう、恭しく頭を下げて。そして雷音が凛と声を張り上げた。 「ムイキッシュ・ナイアラ伯爵、お迎えに上がりました。どうぞお召し物を、そして何卒私めの話を聞いて下さい、ボクたちは皆貴方の従者です」 「ふむにゃ」 お猫様――伯爵がふさりを尻尾を揺らした。 それはリベリスタ達を見定めているようでもある。 事情を知るような人間が頭を下げる様子をさも同然と見下ろしながら、ごろりと喉を鳴らした。見る先には、神代 凪(BNE001401)。にこにこと笑顔を浮かべる凪を見ていると、不思議と心が安らいでいく。一人この世界に落ちてきたという、僅かにあった不安も掻き消されるようで伯爵は少し、人の様に口端を緩めた。 「この度は貴方様に、今日一日を素敵なものとして過ごさせて頂こうと思い、皆と共に伺いに参った次第です」 『青の花を纏う者』ベルガモット・フラウ・リンデン(BNE002968)の言葉に伯爵はぴんと耳を立てた。 「にゃあぁご」 『良かろう。話を聞いてやろう』 とでも言っているのか、もったいぶって首を振り、そして丸くなっていた身体を起こす。 尻尾をふりふり、裏山へと歩いていく伯爵は振り返りもしない。付き人を当然とした態度で歩き出す。 かくして、真昼間の住宅街に突如としてお猫様とその従者達の図が此処に完成されたのであった。 ――その、端。 「あの、もし?」 こっそりとした声が、列の端から、塀の上で寛いだままの野良猫たちに掛けられる。 人前に出るのが苦手ながらこれも仕事と奮い立たせる『深樹の眠仔』リオ フューム(BNE003213)の小さな声。 「彼の好みを知りませんか?」 リオはひっそりこっそり、猫達から情報収集をしていたのだった。 ●猫様の遊び、前篇 「暫し、待たれよ。従者ドモ」 猫が立った。猫が喋った。 様々な神秘を目にするリベリスタ達にはそんなにも驚く光景では無かったかもしれない。 それでもその姿は幾人かの心を打っていた。 (御猫様まじ御猫様ですっ! ……じゃなくって、ムイキッシュ・ナイアラ伯爵まじムイキッシュ・ナアアラ伯爵……!) 心の中でまで噛む冬芽。 (うううもっふもふ……しっぽ触りたいねこパンチされたいすげーぱねーうわー……!) そんなフィーバーした心を一切隠してビシビシっとお辞儀をする晴。 伯爵はその心情を知ってか知らずか、ふっと息が掛かるような笑みを二人へと向けた。その姿は勿論正装済み。ステッキを片手に、木陰で座っていらっしゃる。 「良く似合ってるよー……あ、ちょっと素に戻るね。肩凝っちゃうし」 しっかり褒めるのを忘れない凪は、幻視を解いてもったりとした狸の尻尾を揺らした。 伯爵は目を丸くして尻尾に見入る。心なしか前足をうずうずとさせて。 「不思議なものであるな。オマエタチもフツウではないようだが?」 「その事です、伯爵様」 疑問を投げる伯爵に、フィネは説明を始める。 覚醒の事、この世界の事、伯爵は帰らなければならない事。 「それはねー周囲の猫達にも良い事じゃないんだー」 凪の言葉にも伯爵は押し黙る。猫の顔で神妙に考え込む。 口こそ挟まない『銀の銃弾』ベルバネッサ・メルフィアーテ(BNE003324)はその様子をまじまじと見つめていた。 (正直猫とか苦手だけど、紳士な猫なら……。とはいえ、それも苦手だったり、うーむ) ベルバネッサには彼女なりの悩みがあったようだ。 きっかり服を着込んだ二足歩行の猫。それでもやっぱり、猫は猫。ベルバネッサは軽く首を傾げるばかり。 伯爵が意を決したように組んでいた腕、もとい前足を解いた。それを切欠に凪は優しく声をかける。 「伯爵、遊びに行こうー?」 伯爵が顔を上げる。 「そうですよ、言ったじゃないですか。ボク達が今日一日を素敵なものにしますって」 ベルガモットも人懐っこい笑みを伯爵に向けた。 伯爵、尻尾がふわりと動く。ウロロロと喉が鳴った。猫が嬉しい時に鳴らす音だ。 「ケホン! ……仕方ないであるな。では、ニンゲンドモよ、ヨを満足させるがヨイぞ」 咳払い一つで立ち上がり、優美に一礼した伯爵であったがその姿――― (ツンデレだ!)(ツンデレ猫様!)(マジ猫様!!) 数名のリベリスタ達はその猫っぷりにまたも射とめられていたのは言うまでもない。 「そうと決まれば! 御猫様、一緒に日向ぼっことかどうですかっ?」 いつの間に装着したのか、猫耳をちゃっかり着けた冬芽が立ち上がる。しかもその耳、ぴこぴこと動いている。 「おや、オマエはハネに加えて、更にミミまであるのか? ヨと、同じものであるのか?」 裏山に一同揃って、幻視を外したリベリスタ達の様相は様々であったが、翼と耳を持つ者は居ない。 伯爵は気になったようで小さな前足を伸ばしてくる。 思わずきゅんっとした冬芽は抱き締めたい衝動と戦ってか、伯爵をガン見する。 「あのですねっ、これは最近話題の猫耳なんですよ! 脳波で動く優れものなんです!」 「ほうほう。人間もネコになる時代が来たという訳であるな」 「ちょっと違うけど、それもいいかもっ!」 「ニ゛ャーッ!!」 冬芽、たまらず伯爵を抱きしめた。 ふわっとしてもこっとして柔らかい。冬芽、至福の笑顔である。 「ほらほらー次は私の尻尾なんてどうかな?」 ばたばたしている伯爵がぴたりと止まった。視線の先にはゆるりと振られる厚ぼったい狸の尻尾。 「………」 「人の尻尾で遊ぶのはやった事ないんじゃない?」 「………」 もさり。 「ニャッ!」 ゆらり。 「すばしっこいである!」 ふっさーり。 「小癪であーるー!」 ジャキン。 「痛ったあ!?」 凪、思わず尻尾を薙いだ。しかしそれにがっちりくっついているのが伯爵様。 「だ、大丈夫か?」 「大丈夫ー。伯爵ー?」 ベルバネッサが恐る恐る尋ねるその尻尾、伯爵が思わず出した爪が引っ掛かったままだった。ゆるりと再び動かすと、伯爵は我に返る。 「ハッ。すまぬな。うむ、ヨイしっぽであったぞ」 ぽんぽんと服をはたいて整える伯爵様。 程よくご機嫌に喉が鳴っていらっしゃる。 リベリスタ達による、お猫様と遊ぶ一日はまだ、始まったばかり。 ●猫様と従僕、街に出る 「伯爵、これ、いかがでしょうか? もしかしたら、飽きちゃった遊びかも知れませんけど」 「俺も! どうかな!」 次はベルガモットと晴が並んで猫じゃらしを振って見せた。 伯爵は少しそそられるのか、耳をぴくぴくとさせながらもじっくりと見遣っている。 そして尊大に腕を組む。 「ふむ。この世界の猫は、これが好きであるらしいな。だが、半端な振り方では、ヨは、満足せぬぞ?」 (その態度もご褒美です!) 晴が思わずきゅんっとし、服からぽろぽろとお菓子が零れ落ちた。その音に気が緩んだのか、思わずベルガモットの猫じゃらしに気を許して飛びつく伯爵様。 「わっ、光栄です!」 綻ぶベルガモットに少し羨ましそうな晴。そのお菓子を晴は差し出そうとして、ふと手を止めた。 木陰にちょこんと座るリオを手招きする。 「フュームちゃん。周りの猫さんから伯爵の好みを聞き出せた?」 リオはそれを晴に囁いた。 「それはね―――」 そのこっそりした内緒話の後ろ、次は執事っぽいスーツを着込んだ七が名乗りを上げた。その手にはカレーとチョコレート。伯爵が顔を上げた。 「伯爵は辛いものと甘いもの、どちらがお好みでしょうか?」 「ムウ。何だこれは? 食べた事のないものなぞ、ヨは、解らぬぞ?」 「ははっ。これはカレー、こっちはチョコレートです。この世界の猫は食べられない代物なんですよ」 伯爵にはどうだろうか? そんな好奇心もあって差し出される二品。伯爵はふむうとヒゲを揺らして、まずはチョコレートをぱくり。 「……ほんわり、するであるな」 次にカレーをぱくり。 「!!? 辛い! 辛いであるぞ、口の中が熱いである!?」 「は、伯爵じゃあこれを!」 晴が慌てて隣から差し出したのは――炭酸飲料。 「口の中がパチパチするであるにゃああああ!!」 「「伯爵様―――!?」」 一同、総出で思わず突っ込んだ。それ程に伯爵様の足は速かった。 ミギャアアアアとドップラー効果を残して未知の食感から逃げてしまった伯爵様。 「はっ、見とれていたら、だめです、よっ。ご機嫌取りに、いかないと、です……!」 ぐっと拳を握ったフィネ。その手にはがっちりと猫釣竿が握られている。勢い良く頷いた七の手にもブラッシング用のくしが握られていた。 伯爵様、居た。 お召し物をしたまま、魚屋の前の兵の上で猫に囲まれてぷるぷるしてらっしゃった。 「伯爵様、ごめんなさい! 普段召し上がれない食べ物をと思いまして――」 そしてまず全力で謝る七。ちらちらと猫釣竿を振るフィネ。 伯爵はそんなリベリスタ達をちらりと見る。またあの集団だわと囁く人目を気にするのは、伯爵も同じであるらしい。尻尾を膨らませ、ぷるぷるとしながら七の肩に前足を乗せる。そして耳元でささやく伯爵様。 「ヨも、ビックリしすぎたである。オモシロイ味であったが、オドロキすぎたである、のだ。オマエの謝辞はもう、ヨイぞ」 そして寛大なお言葉。 思わず七はもっふり伯爵様を抱きしめた。 「それなら次はボクとすばるの番なのだ! 次は甘いものでもどうだ? ボクはクレープ屋、すばるはアイスのお店にお連れしたいのだ! ねっ、すばる!」 美味しいもの巡りは幸せの第一歩と胸を張る雷音に、うんっと大きく頷いて見せる一ノ瀬 すばる(BNE003641)。抱っこされた伯爵はごろにゃんと鳴いた。快諾の意図らしく、前足で羽帽子を気障に直して見せる。 「そうこなくっちゃな、伯爵様!」 すばるの声に伯爵は七から、雷音の肩に飛び乗った。さも当然、連れて行けと言う態度。 「伯爵はどんなものが好きなのだ?」 一応、人目のある道中。こっそりと雷音は問いかける。 「ウム。今は口の中が熱いである。サッパリしたものを所望するであるぞ」 「うっ」 その言葉に少し罪悪感を覚える七だが、僕らの伯爵は心が寛大なお猫様。雷音の肩に乗ったまま、ぽふりと前足で頭を撫でた。 「オモシロイ味だと、申したであろう?」 「お優しいです……伯爵!」 もう一度抱きしめたい衝動にかられながら、恐れ多い! とばかりに頭を下げる七。実に猫に傅くのに慣れている。 雷音達は道すがらクレープを購入すると、公園に入っていった。 ベンチにハンカチとクッションを敷いた、即席の玉座。そこにちょんと座られる伯爵様。 「伯爵様、待っててください。今、すばるとアイスクリームも買ってくるのだ」 「その間、俺と遊びましょう。人間の子どもが遊ぶ遊戯なんだ」 すばると出かけた雷音を待つ間、今度はベルバネッサが名乗りをあげる。 公園に合ったブランコ、滑り台。それらを片手に担がれながら堪能する伯爵。 「オ、オォォッ……早いであるな!」 思わずじたばたっとする伯爵に、猫が少し苦手なベルバネッサはぎくりと身を強張らせたも、流石にポイとする訳にはいかない。 ぎこちなく遊んでいると雷音とすばるが戻ってきた。 「伯爵ー! 冷たいアイスクリームも買ってきたのだ。クレープはもちろんトッピングもしてもらったぞ!」 「オオ! ヨはそろそろ小腹がすいていたである。ささ、早う」 ベルバネッサの腕から雷音たちの元へ、二本足で歩きだし――四足に戻る伯爵。猫の両手を伸ばすものの、雷音から受け取らずそのまま齧る。 「どうぞ、なのだ。貴族たるもの、下々の食事をためしてみるのもよいと思うのだ」 「これが、この世界の下々の食事であるのか?」 お気に召したのかぺろりと舌を出す伯爵に、フィネが手を差し伸べた。 時間はもう夕暮れ。 「最後にフィネと、一緒にきてくれません、か? プレゼントしたい景色があるんです」 そういって猫用キャリーバッグを開ける。ムムと渋る伯爵だったが、今までのリベリスタ達の奉仕は素晴らしいものだった。少しくらいならばと入り込む伯爵に微笑んで、フィネは一人歩き出す。 その先は、銭湯の煙突の上。 「伯爵様、見てください」 「―――ホォウ」 ひゅうと風が抜ける。 沈みゆく太陽を遠くに、小さく見える町々の景色。 塀の上からの光景しか見た事のない伯爵は暫し言葉を無くして、フィネと二人この世界を見続けた。 これが、この世界で見る最後の光景。伯爵の心に染み渡る、美しいプレゼント。 ●さよなら、猫様! 「伯爵ぅ…」 裏山、ぽっかりと空いた穴の前で雷音はぐすぐすと涙を流して伯爵の手を握っていた。 「もう、帰るのか。しかたないとはいえ、たのしかったのだ……」 「伯爵! 俺も! あわよくばこのわたくしめと握手していただけませんでしょうか……!」 その隣から勢いよく飛び出したのが晴。肉球! とただ漏れるオーラに伯爵は寛大な笑みを浮かべて、前足を差し出した。 ふさふさした毛並に隠れる肉球はぷにぷにして心地良い。 晴は瞬く間にうっとりしていく。 「この手暫く洗いません! またぜひいらしてくださいね! って言えないのがちょっと切ないけど!」 がっちりその手を掴んで涙をちょちょ切らしふみゅふみゅふ…… 「いい加減にするでアール!」 「にっくきゅう!」 伯爵、突っ込んだ。最後の最後に出された猫パンチに、晴の顔は何処までも幸せそうだ。 「でもさ、また戻ってきた時には、もっと仲良くしたいな」 毛を逆立てた伯爵にくすりと笑うベルガモット。 「フィネ達の事、どうか、覚えておいてくだされば、うれしいです、よ……っ」 そう言ってフィネはキャットニップ入りのお魚ぬいぐるみを差し出した。 ふんふんと匂いを嗅ぐ伯爵様。 ごくりと見守るリベリスタ達。 「ウロロロ」 「伯爵! 酔っぱらうのはお家に帰ってからにした方が良いんじゃないかな!」 思わずじゃれついてしまおうとした伯爵の姿に七は慌てて告げる。 この世界の猫とは違うはいえ、やっぱり猫だった伯爵様。コホンと咳払いをして。 「ウ、ウム。苦しゅうないぞ。では、屋敷に帰って堪能させてもらうとする」 お気に召したらしい、その様子にフィネは表情を綻ばせる。 「あ、これも! フュームちゃんと俺から!」 そしてもう一つ差し出されたのは、ダンボールの小さなお家。 飼われている猫ならよく目にするダンボールハウスも、野良猫のような伯爵は堪能できなかった。少し気になってはいた。それを叶えた二人の大作も、伯爵は大事そうに抱えこむ。 ぽっかり空いた穴を見上げる伯爵様。 ヒゲを張って、リベリスタ一人一人に視線をやった。 「大義であったぞ、この世界のニンゲンタチ。ヨは、満足である。ヨも、皆々に自慢しておくである」 そうして羽帽子を前足できゅっと整える。 長靴を履いた猫は、大仰に腰を折って礼をした。 「この世界は広くて、狭い。出会いは縁、縁はウンメイ。ヨからオマエタチに送る言葉は、別れではないぞ」 「は、伯爵様……!」 きりりとした猫に数人の言葉が反響する。 「またな、で、あーるにゃ」 「「伯爵様ァ―――ッ!!」」 その銀の毛並が、嗚呼尻尾の先が、穴の中に消えていく。 これもリベリスタ達の使命、その穴は冬芽がきちんと壊して、失くしてしまう。 まるで夢心地だったような、戯れの一日。 雷音は涙を拭い、いつものように養父にメールを打った。 ――素敵な一日でした、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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