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<裏野部>燈篭に踊る揚羽蝶<砂塵舞う>


「しかし貴様も人が良いね燈篭。『アレ』の要請に二つ返事で頷くなんて」
「……別に他にやる事もなかったし、それに」
「それに」
「お前が『暴れたい』と言っていただろう、揚羽」
 地の底に空いた空洞。
 その一つ、何らかの部屋であったのだろう場所で、岩に目を書く揚羽を燈篭は見やった。
 艶やかな金髪は肩の辺りで揃えられ、フード付きのパーカーの下にショートパンツ。
 すらりと伸びた足と、薄く笑いを浮かべるその顔は未分化な少年の如く。
「あはぁ、ボクの為に受けてくれたって言うのか。それは嬉しいな」
「気に入らないロケーションだったか?」
「いや。いいんじゃないか。ボクは好きだぜ、こういう派手なの。どうせなら街中で存分ってのもいいけどな」
「街中に行くか?」
「いいねえ。けどアイツとの約束守らないと泣いちゃうぜ?」
「地獄から這い戻ってきた奴がその程度で泣くか。……お前はあいつの肩を持ちたいのか、嫌なのか」
「んー? 嫌いじゃない」
「そうか」
「……何、拗ねてんの燈篭」
 ケラケラ笑った揚羽は立ち上がり、傍らの青年の指を弄ぶ。
「ボクはさあ、砂蛇ちゃんも刀花ちゃんも黒鏡面ちゃんも、血蛭ちゃんもミザールちゃんもアルコルちゃんも嫌いじゃない。それぞれ楽しくやって笑ってんならそれで良いよなって思う。けど『好き』だって言ってるのは」
「私だけだな」
「……分かってるんじゃないか」
「たまにはお前も拗ねろ」
 冗談か本気か分からない声音で告げられた声が、空間に響く。
 存在しているのに気配の薄い集団と。
 明らかに人ではない、砂と石の塊と。
 多数の人影が存在するはずの空間で、人として動いているのは二人だけ。
 揚羽が燈篭の指先に歯を立てて、笑う。
「いつかさあ、二人で死ぬ時もすごく派手に行こうな」
「爆弾を使いたい?」
「いいねえ。もし使う時はこんな地下じゃなくてさ、街中で一斉に破裂させようぜ――」


「さてさて、厄介で面倒な依頼ですよ、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。皆さんには至急、とある地方都市に向かって頂く事になります」
 いつも通りの表情に乏しい薄ら笑いで――ただし目は次の言葉を選ぶ様に時折忙しく瞬きながら、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はモニターを映した。
「この都市の地下には、旧軍の地下壕として掘られたものと天然の洞穴が合わさった巨大で複雑な空間が存在します。何故こんな空洞の上に街ができたのか、詳しい事は分かりませんが、どうやら地下に何か埋まっているのか地盤自体に何かがあるのか、神秘と親和性が高い場所らしいのでその辺りが関係しているのかも知れません。ですが、今回問題となるのはそれじゃないです」
 かちりかちり、端末のキーを叩く。
「地下に仕掛けられているのは、爆弾です。どうやら『敵』は、この爆弾を爆破して街を崩落させるのが狙い……というか、その『狙い』を示唆してぼくらアークの人員を誘き寄せるのが目的の様子です。当然ながら目的が誘き寄せとはいえ、無視したならば爆破は躊躇わないでしょう。故に、大勢をまとめて編成する時間がありません」
 爆発したらどうなるのか。
 ギロチンは肩を竦める。街が沈む、と。

「地下空洞は『石人形』と『砂人形』で溢れていますが、それぞれの爆弾の付近に行く方法はぼくを含めたフォーチュナが気合で探しておきました。爆弾付近までは安全かつ手早く急行できると信じて下さって結構です」
 付近『まで』は。
 目を細めたリベリスタに、ギロチンは頷いた。
「爆弾は全部で四箇所。その全てに、フィクサードの護衛というか爆破要員が付いています。三つ以上が爆破されれば街はあっという間に沈むでしょう。もしくは、ぼくが視た位置と陽立さんが視た位置で爆発すれば、他の二つを阻止しようとも街は完全崩落です。そしてぼくらが成功しても、メルクリィさんと月隠さんが視た場所が爆破されれば同様です」
 頭が痛い、と言わんばかりに、軽く眉を寄せる。
「けれど、それは仲間を信用して頂く他ない。……皆さんに向かって頂くのは、『燈篭』と『揚羽』というフィクサードが率いる集団です。燈篭が持つ『離魂鎌』は裏野部所属だった鍛冶師刃金が作った武器で――詳細は資料に書いてありますので向かう最中に読んで頂くとして、まあ悪趣味です」
 刃金は魔剣妖剣の類を多数製作し、その内の七つが特に良い出来栄えとして『七つ武器』と称されているのだが、離魂鎌はその一つ。
 それ所か、この爆弾事件に絡んでいる者はほぼその『七つ武器』の関係者であるという。
「……『砂人形』と『石人形』も七つ武器の一つ、『運命喰らい』を所持する『砂潜りの蛇』黄咬・砂蛇の操る、操っていた物なのですが……彼は既に、アークのリベリスタによって倒されているはずです。死んでいるはずなんです。けど」
 実際にこの人形達は動いているんですよね、と溜息。
 話が多少逸れたが、そちらと関係の深そうなフィクサードには別班が当たる。
 だから皆に向かって貰うのは、先の二人だ、とギロチンは前を向いた。
「燈篭はナイトクリーク、揚羽はマグメイガス。……戦法に関してはあまり情報がありません。揚羽の方は少々愉快犯気味な傾向があるという程度でしょうか。それぞれ実力は高いので、決して油断はしないで下さい。そして今回、彼らはこんな宣言をしています――」



『なあ、アーク。知ってんだぜ、どうにかして視てんだろ? ――あいつにとってはどうだか知らないけど、ボクらにはこれは"遊び"なんだ。遊びにはルールが必要。って事で安心しろよ、ボクらは勝負が付くまでコレを爆破したりしない。負けたら止めてやるよ』
『もし、私たちが敗北しそうになったとして、腹立ち紛れにこれを爆破する等と言う無駄な心配は不要だ』
『そうそう。そんな下らない事考えないで、全力で掛かって来いよ。じゃないと殺しちゃうぜ?』
『お前らが勝手に攻撃して爆破するというなら止めないがな』
『はは、自殺志願か。それはそれでいいな。派手だ。……待ってるぜ?』



「街が全部沈むなんて、中々ない大法螺ですよ。皆さん。ぼくを嘘吐きにして下さい。街が沈む未来を嘘に変えて下さい。……厳しい状況ではあると思いますが、どうか。無事で、帰ってきて、下さいね」



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月11日(月)22:40
 リア充爆発させる。黒歌鳥です。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

 また、このシナリオと連動する他の3シナリオと同時参加は不可能となっております。

●目標
 巨大爆弾の爆破阻止。

●状況
 複雑に入り組んだ地下空洞。
 フィクサードが待っている場所は、広めの部屋のように開けた場所です。
 彼らはリベリスタが部屋、もしくは付近通路に入った時点で行動を開始します。

●アーティファクト
 ・『離魂鎌』
 燈篭が所持する禍々しい形状をした鎌。
 嘗ての裏野部フィクサード『刃金』が残した武器の内、特に優れた『七つ武器』の一つ。
 この鎌で攻撃されると、『切られた者と全く同じ能力の影』であるE・フォース『ドッペルゲンガー』が出現します。一人に付き一体、出現した一体が消滅するまで、この鎌に切られたとしても新たなドッペルゲンガーは出現しません。
 出現の時点ではスキルは使用しませんが、ドッペルゲンガー出現中に切られた本人が死亡した場合、ドッペルゲンガーは本人に『成り代わり』、スキルの使用が可能になります。
 また、出現したドッペルゲンガーは生身の人間ほどの応用力は持ちませんが、所有者の意思に沿って行動します。

 ・『死よ二人を別つなかれ』
 二つで一つの指輪型アーティファクト。燈篭と揚羽が各々体内に埋め込み済。
 指輪とフェイトを共有する二人の片方が死亡した場合は、即座にE・アンデッド化させこの世に留まらせ、
 片方のフェイトが全て尽きた場合は、もう片方のフェイトを共有しノーフェイス化を防止。
 また、ターン頭に加えて相手の手番で2度目のWP判定を行います。
 代償は『このアーティファクトを所有した年数分、身体寿命が減る』事。
 つまり一年所有していれば、(怪我や病気に因らない)実際の寿命が一年減る事となります。

●敵
 ・燈篭(どんろん)
 ジーニアス×ナイトクリーク。黒髪短髪の青年。
 アーティファクト『離魂鎌』の所有者。
 ナイトクリーク中級までのスキルを全て使用可。

 ・揚羽(あげは)
 ヴァンパイア×マグメイガス。金髪ボブのパーカー姿。
 特殊効果のあるアーティファクトの所持は指輪以外なし。
 マグメイガス中級までのスキルを全て使用可。

 ・E・フォース『ドッペルゲンガー』×8
 インヤンマスター2、ホーリーメイガス2、クロスイージス2、プロアデプト2。
 本物と『成り代わり』スキル使用が可能になった8体。
 元はアーク側よりやや劣る程度のリベリスタでした。

 ・砂人形×10
 長ドス装備と拳銃装備の砂人形が入り混じる。麻痺・毒BS無効。
 半径10m内を吹き飛ばす自爆が可能。

 ・石人形×10
 石の鎧を身に纏った砂人形。砂人形よりも速度に劣り、攻撃力と防御力に優れる。麻痺・毒無効。
 石の鎧を炸裂させる事で20m範囲内の敵全体に対しての攻撃を仕掛けることが出来、
 石の鎧炸裂後はノーマルの砂人形と同じデータに変化する。

 ・E・ゴーレム『巨大爆弾』
 爆弾がE・ゴーレム化したもの。攻撃に巻き込むと爆発の危険性があります。
 部屋の最奥に位置しており、意図的に狙う・後衛への範囲攻撃で巻き込む等がなければ
 基本的に攻撃扱いにはならないと考えて結構です。
 燈篭と揚羽が勝利した場合、彼らはこれに攻撃を仕掛けて爆破させます。
 爆発までは少々間があるので、その間に(可能ならば)撤退行動を取れます。

●備考
  A  B
   + 
  C  D

 地下空洞は上記四つのブロックに分かれており、
 らるとST、ガンマST、麻子ST、黒歌鳥で担当しています。
 ブロック上部には街があり、失敗すればその場所に被害が出ます。
 また、A-B、B-Dの様に縦横隣接するブロックが揃って失敗した場合は街の半分が。
 A-D、B-Cの斜めラインが失敗した場合は街が全て崩れ地面に飲み込まれる事となります。
 3つ以上の爆破になればあっという間に街が全壊です。

 このシナリオはDブロックです。
 それでは、街と命を賭けて遊びましょう。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
デュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
インヤンマスター
門真 螢衣(BNE001036)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
スターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
ダークナイト
カルラ・シュトロゼック(BNE003655)
プロアデプト
チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)


 遠くで始まった争いの気配を、第六感にも近い雰囲気で、肌で感じ取る。
 未だこの場所にリベリスタは現れないが、遠からず音が聞こえるはずだろう。
 道には『砂潜りの蛇』黄咬・砂蛇の作り出した砂と石の人形が溢れているが、それで足止めされる筈もない。
「揚羽」
「うん?」
 待ちあぐねているのか、石人形の上に登って足をばたつかせている相方に燈篭は問う。
「あれは『黄咬・砂蛇』だと思うか」
 ぱちりと瞬いた(今は)緑の瞳が、石人形の肩に足を引っ掛け逆さまになった状態で覗き返した。
 弧を描いた唇は、躊躇いなく返答する。
 イエス。
「――まあ、真正の本気の絶対的な本物か、って言われたらノーだけどさあ。匡ちゃんは帰ってきて欲しかったんだろ? 砂蛇ちゃんに」
「だろうな」
「知ってるぜ。関わった六道の連中も不完全だって言ってたしな。そもそも命にコンティニューがあったら、今頃強くてニューゲームばっかだろ。『死んだら終わり』だよ。誰も彼も。それをぶっ千切れんのなんかそれこそ神様ってやつだけだろ」
「じゃあ」
「だから。阿呆みたいに死ぬのも殺すのも見てきた匡ちゃんがそれを知らない筈ないだろう。死んだら終わりなんだよ。それでもまだ帰って来て欲しい、この世にいて欲しいって願ってそれがアレなら。ボクはアレを砂蛇ちゃんって呼ぶ。だって健気だしな?」
 半回転。空中で半円を描いた脚が、石の肩から石の床へ。
 無数の人間の命と思いを左右する凶器を傍らにしながら、語るのは一つの絆。
 大事な人を喪って、失意の内に生きてきた者がその遺志を受け継ぎ、死地へと赴く。
 物語みたいに綺麗な筋書きじゃないか。笑う相方に、燈篭は肩を竦めた。
「良かっただろう? 匡ちゃんは大好きな尊敬する砂蛇ちゃんとある意味一つになれたんだから。いっそ羨ましいぜ」
 砂蛇がどんな外道であったか、どれだけの命を弄び嬲り捨てていたか、前提を加えた所で筋書きに過ちはない。行った事は己に跳ね返ってくるのだと知っている事と、喪失に怒り猛り悲しむ事は相反しない。
 自業自得で因果応報。マトモな感性ならば、そう切り捨てるのかも知れない。けれど、うっとりと目を細める相方も自分も、最初からマトモな感性など持ちえていないからそれで良いのだろう。
「ねえ。だからさあ、もしかしたら匡ちゃん、ここで死んだ方が幸せなのかもよ」
「……そうか?」
「うん。きっとそれが、幸せだろ。大好きな人と一緒に死ねるんだからさあ――」


 洞穴の入り口は冥府のそれにも似て。
 仕掛けられたという爆弾。街を崩落させる気だという正気でない計画。
「これって一種の爆弾テロっていうやつだよね~」
 声はいつもの調子で、『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)は頬に指を立てて呟く。アーク設立前の『極東の空白地帯』の状況を詳細に把握し述べられる者は少ないだろうが、それにしても近頃のフィクサードの活動は性質が悪くなってはいやしないだろうか。
 もしくは、アークが凶悪と称される案件にも介入できる程の、意図せず巻き込まれる程の名を得てきたという証左なのか。名高くなるというのは、決して良い事ばかりではないらしい。完全なる正義の味方には成り得なくとも、世界が崩れるのを防ぐ為、被害を抑える為に戦いを続ける聖櫃は、望まぬ物も引き寄せる。そしてそれは今回の様に、何も知らぬ人々の命を預かる事にも、成り得る。
「皆で、笑顔で帰れるようにここを守りましょう」
 左右色の違う瞳に決意を秘めて、『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が足を踏み出した。頭上に戴くは無数の命だ。そして、別の戦場には仲間もいる。この戦場ですら、失える命など一つもない。負ける訳にはいかないのだ。そう願うし、そう決めている。
「そうだ。爆破は何としても阻止せねばならん。なんとしても、だ」
 結んでいた唇を開き、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が曲刀に指を這わせた。追い求める祖父の意志を、力をその身に宿そうとするかの様に。彼が移動途中に要請した避難誘導の人員移動は、首を横に振られた。信用していない訳ではない。逆にこの街に赴いた者は、全員戦場へ向かうリベリスタを信用している。だからこそ、動かせない。爆弾の位置から算出される被害、急拵えの人員配置を更に動かせば幾ら情報網の整ったアークとは言え混乱は必死。だから彼らは、その覚悟だけを瞳に受け取って頷いた。信じていると。
「ええ。街が崩れるなんていうのは、エンターティメントの終末映画だけで充分です」
 幻想纏いから取り出したDAC-3500を起動させながら『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669) が拓真の言葉に首肯する。街が地から崩れ、ビルが家が人々が沈んで行く。パニックムービーならばいっそ在り来たりな光景だが、ここには混乱の中家族を守る父親も、軍服を着たハリウッドスターも存在しない。ただ日常を『普通』に過ごす人々がいるだけだ。この場所を、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変える訳には行かない。チャイカの傍らで、ライトが幾つも灯り地形を照らし出していく。
「それにしても、都市を瓦礫に変えて何を得るというのでしょうか」
 小さな溜息。『下策士』門真 螢衣(BNE001036)の指先がひんやりとした岩肌に触れた。街を潰す。今まで目的の為に手段を選ばないフィクサードの狂乱は数々見てきたが、それにしてもスケールの大きい話である。いや、そこには基本的にメリットなどないのだ。街を潰して得られるのは、精々が悪名。フィクサードとは言え、損得勘定や周囲との関係を慮らずに動ける者は中々に少ない。だからこれは、何を得るという話ではないのだろう。得るとしたならば、恐らくは自己満足や破壊の享楽程度。
「……俺はこういう奴らが大嫌いだ」
 表情を歪めて『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が吐き捨てる。何と言ったか。あのフィクサードは。『遊び』と言った。他人の命などは遊びの為のチップに過ぎず、掛け捨てて失っても何とも思わず笑っている。己の身勝手な欲の為に他人を蹂躙してなんとも思わない、その精神が許せない。年を重ねて、大切なものが、大事な人が増える度に、それを踏み躙られる可能性を考えて苛立ちが募る。一度息を吐く。けれど彼は知っている。許せないと叫ぶだけでは何も変わらない事を。憎しみは穿つ一撃へと変えろ。叫ぶ前に頭を冷やし、最も強烈に抉れるタイミングを計れ。力を届けるには、勢いだけでは無理な事を、彼は既に知っている。
「ま、遊び気分なガキどもの子守りだと思えばいいさ」
 殊更に緊張した風もなく、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)がその肩を叩いた。決してこの仕事を軽く考えている訳ではない。街も仲間も絶対に害させてたまるものかという決意を竜一は持っている。だが、その為に妙に気を張ってしまうのは逆に良くない。そう考えるから、普段の自分を貫き通すのだ。地面に転がっている岩の上に跳び、靴音で軽快なリズムを。ポケットに入れた指には、帰りを待つ恋人との誓いが光っている。
 思い描くのは仲間の姿。別のエリアへと向かった友を思い、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は目を細める。心配はしていない。彼女らならば、大丈夫だと信じている。だから自分も負けてはいられない。ドラムが欠けたら誰がリズムを取るというのか。誰一人として欠かさずに、戻ってくるのだ。街を守って、人を守って、帰ってくる。負けてやらない。薄っすらとした笑みで眼帯を弄り、終は優れた聴覚を生かすべく耳を澄ませた。
 一人。複雑な表情をしているのは『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)だ。彼女は別の場所で、燈篭と揚羽を名乗る二人に出会っている。その場は平和なものであった。添って帰っていく様子は楽しげですらあった。幸せそうな恋人。含みを持ったその態度から、その内相対するような予感はしていた、けれど。けれど。
『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は、服の袖を握った雷音へと視線を落とす。曲りなりにも彼は雷音の父である。長らく共に過ごしてきた家族である。その心中が理解できない程、虎鐵は鈍くない。殺したくないのだろう、と悟った。幾らアークの精鋭として名を響かせようが、普通の少女に過ぎない雷音が、笑って会話をした相手を殺したいと思うはずがないのを知っているから。
 けれど。と、虎鐵も思う。望まずとも、行わねばならない時はある。それこそ、アークならば掃いて捨てる程に苦渋の決断は溢れている。世界を守る為に、より多くの人を守る為に、切り離してきたものは数多い。ならばその手を切り捨てるのは、自分で在ろう。雷音ができない事は自分がやろう。その結果、彼女が己を嫌うとしても、彼女が厭う、彼女を害する、全てのものから守ってみせよう。
「雷音」
「……虎鐵」
 呼び掛けた声に、雷音は顔を上げる。
「生きて、帰る」
「無論でござるよ」
 その中に、敵の二人も含まれている事を知りながら。虎鐵は一つ、頷いた。


「……甘い匂いがする。香水か?」
「うん、音もするね、ざらざら、ざわざわ、良くない音かな?」
 カルラと終が立ち止まる。地下であるはずの道の先が、明るかった。
 即ち、戦場を意味している。目配せしあった彼らは、自身の能力を最大限に引き出すべく準備を始める。
「諸々禍事、罪穢を、祓へ給ひ、清め給へと、恐み恐みも白す」
 穢れを落とす為ではなく、これから始まる戦で、少しでも傷付かない様に祈念しながら螢衣が唱えた祓詞は呪いの結界となって皆の身を包んだ。雷音が刀による結界で更に自身を守り、虎鐵と終が自身のギアを最大加速へ切り替える。
「絶対外さないんだからね~」
「さて、アクションコールと行きましょう」
 陽菜が集中力を極限まで高め、チャイカが組み上げるのは最適プラン。年に見合わぬ頭脳が更なる領域へと書き換えられた。
「絶対に……止める」
「失わせは、しません」
 決意の闘気が拓真を包み、慧架が柔剛どちらにも対応できるような構えへと体を整える。
 他の場所の様に切羽詰った制限はないものの、のんびりできる状況ではない。最低限の強化を済ませると、速やかにリベリスタは足を進めた。
 開けた場所――部屋と称するべきか。30m四方あるかないか、そこに20体の砂と石の人形が犇めいている。脇道はあるが、そちらから何かが訪れる気配は少なくとも今の所はない。終の耳も何も捉えてはいない。後ろに控えるのは、8体のE・フォース。そして2名のフィクサード。
 二十代半ばに見える黒髪の青年は冷えた細目を眇めて鎌を手に。パーカー姿の金髪は、両手を広げてさも歓迎するかのように笑んだ。
 砂と石の20枚の壁の奥、燈篭を含めた人影が5。その後ろに控えている4が恐らくホーリーメイガスとインヤンマスターであろう。最奥に位置するは、揚羽。
 リベリスタ側10、フィクサード側30。合わせて40の人影が入り乱れる戦闘は、意外にも武器を構える音のみの静かな幕開けであった。
 真っ先に飛び出した終が、通路を抜けて部屋へと入り込む。通路は横幅的に、戦闘をするとなると三人が並ぶのが限度か。全員が部屋になだれ込んでも構わないが、そうすると後衛のブロックが叶わなくなる恐れがある。
「さてさて、一足早い水遊びなんてどうですか☆」
 終が持ち込んだのは放水車。通路で使うには余りに狭く、室内に引き出しようやく使用が可能になるその車。飛び乗ったのは、虎鐵。砂人形に向けて、一斉に水を撒き散らす。
 だが、敵の手勢は砂も石も入り乱れ、うまく砂を狙うのは至難の業だった。何より、濡れて動きの鈍くなった砂人形は早々に使い物にならないと判断されたのか――連鎖的な自爆が引き起こされる。カルラが放水車を守ろうとしても、部屋の中では圧倒的に敵の数が多く手が回りきらない。
 爆音と共に揺れる車、爆発に巻き込まれた者が目を細め、身を打った爆風の塵を叩き落とす。初手から重ねられた自爆は、決して軽いダメージではない。それでも、ここで怯む訳にはいかないのだ。
「随分と余裕だな」
 冷めた声。燈篭の影が立ち上がる。意志を守った影が、彼の背後で両腕を鎌の形に変形させる。
「木っ端さんがいくらいようが意味がありませんよ」
 空中に体を浮かせたチャイカが、M・Tabletの上で指を踊らせた。ターゲット確認、セット完了。
「マルチロック完了、射出します!」
 狙いと寸分違いなく砂人形を貫いて行く糸、糸、糸。彼女はプロアデプト、戦闘の計算者。誤差はあれども大きく違うはずもない。慧架の放った真空の刃が、チャイカに続き砂の人形を抉った。
 だが、人形も黙って見ている訳ではない。竜一の脇腹を、気糸が貫く。湧いた突発的な苛立ちは抑えがたく、砂人形を抜けた先に見えた男の顔に表情を歪めた。駆け出そうとした彼の足元に張られたのは、不可視の罠。
「っ!」
 妙齢の女。砂と石の人形の向こうに見える男女二人は、プロアデプトの力を得たドッペルゲンガーか。心を怒りに支配された上、動きを止められた竜一が身を捩ればその隣をカルラが駆けた。
「やり口が気に食わないんだよ」
 呟きは、幾重もの人形の壁に阻まれたフィクサードへと聞こえただろうか。聞こえなくとも構わない。カルラはただ睨み付けるように螺旋暴君【鮮血旋渦】を振り抜いた。迸るのは生命力。ただしそれは讃える光ではなく、淀み暗く堕ちた瘴気へ姿を変え、砂人形の数体を包み込む。
 若い女の声が聞こえる。フィクサードの側に施されたのは、螢衣が皆に贈ったのと同じ守護の結界。老人の姿をしたドッペルゲンガーの周囲に、守る刀が現れた。
「ははっ、なんだ、もっと派手にやろうぜ」
 笑う声は揚羽のものか。周囲に展開される魔方陣が、魔術師である揚羽の力量を一気に高めたのが術師には悟れた事であろう。だが、それに構っている暇は今はない。速やかなる人形の掃討を。
 拓真の弾丸が、一斉に掃射を開始する。蜂の巣を作り出す無数の弾丸も、石の前で幾つも弾け返された。忌々しい程に石人形は頑丈だ。インヤンマスターによって施された結界も、更にそれを厚くしている。鎧を剥ぎ取りたいが、それは同時にこちらへのダメージが来るという事であった。
「さって、アタシのアハトアハトが火を吹くんだからね~♪」
 8.8 cm FlaK 37 BS仕様。陽菜が構えたそれは、射手の目を以って飛距離を伸ばし、魔弾で砂人形を叩き伏せる。
 揺れる。砂人形が微かに震える。
「爆発するぞ、気を付けるのだ!」
 雷音の警告の直後、爆風が巻き起こった。


 決して広くはない部屋に、砂が飛び散る。舞い散る。
 自爆だけではない。石人形によるパージは範囲が広く、時には後衛さえも勢いの乗った投石で殴り付けた。そして石の鎧を解き放った人形は、更に自爆しダメージを広げる。
 雷音と螢衣の回復では足りないかと思われた時に、陽菜がにっと笑う。
「アタシの称号は伊達じゃないよ~♪」
 自ら名乗る悪戯姫の名。三高平にしばしば混乱を巻き起こす猫娘さえ手玉に取る陽菜は、射手ではあるが同時に回復さえも操ってみせるのだ。呼ぶ旋律は味方を癒し、傷を埋めていく。
 決して無謀な戦いではなかった。拓真の操る銃弾は着実に人形を傷付けていた。追い打ちに放たれる虎鐵のオーララッシュが、竜一の疾風居合い斬りが、また一体の砂人形を物へと還す。
 既に人形は半数以上に数を減らした。頃合か、と虎鐵が声を張り上げる。
「これ以上は流血を好まぬでござる。退いてはくれないでござるか?」
 未だ背後に控えたままのフィクサードへの通告。
 だが、素直に受け入れられはしないだろうと彼も理解はしていた。
「流血を好まないならば、そもそも来なければ良い話」
 不吉を現すカードと共に返って来たのはにべもない燈篭の返答。分かっていた。分かっていたが、背後で雷音が眉を寄せて声の方をじっと見ているのを感じる。分かっていたが、優しい娘が、そう願うから。
 吹き荒れる爆風に、溜息を吐く暇もない。敵の人型の傷は、ホーリーメイガスの唱える天使の歌が拭いさって行く。
「貴方たちはゲームでも、こちらは真剣なお仕事なのです」
 全員で少しずつ前進し、部屋の中へと入り込んだチャイカが残る人形へと狙いを定めた。
「命をかけてでも、この街を守らないといけないのですよ!」
 その頬を、弾け跳んだ石が掠めて行く。張り付いたのは、一枚の符。
「これで、もう少しだけ無茶ができますよ」
 指に傷癒の符を挟み、軽く笑った螢衣にチャイカは頷きを返した。
「道は切り拓く! ……行け、竜一!」
「ははっ、拓真ァ! まさに名の通り、真の道を拓く男だ!」
 魔力の弾丸、貫き穿つは砂と石。拓真の弾は丁度人形の足に当たる部分に無数の風穴を開き、重ねる形で放たれた竜一の刃がそれを切り捨てた。
「ならば俺も竜となり、二刀のアギトで噛み砕いてやるさァ!」
 笑う。信頼と決意の瞳が一瞬交じり合う。
「人形遊びのお遊戯会は終わらせるぞ、片付けのお時間だ」

 だが、本命はここからだ。進み出たのは、燈篭率いるドッペルゲンガー。
 真っ先に飛び出そうとした燈篭の前に、慧架が進み出た。
「お相手願います」
 凛とした表情で立ち塞がった少女に、青年は軽く眉を上げ――そこで立ち止まる。
「そうか。精々沢山斬らせてくれ」
 目に過ぎる鬼気に、慧架は底冷えした様な感覚を覚え、しかし引くものかと唇を結んだ。
 立ちはだかるのはプロアデプトにクロスイージスが二人ずつ、それに加えて、燈篭。
 終が揚羽の元に抜けるには、手が足りない。が。
「ちょっと退いてね☆」
 終のナイフを握った拳に冷気が宿る。打ち抜いた部分から、澄んだ音を立てて氷が張り付きプロアデプトの一人をその場へ抑えつける。
「揚羽さん、お招きありがとー☆」
「あー。こないだ見たぜボク。鴉魔ちゃんだろ?」
「そうだよ、でもさ、どうせなら物騒なパーティより二人の挙式に招いて欲しかったかな?」
 手を上げて告げる終に、揚羽は一度瞬いてから笑い出した。
「素敵だな鴉魔ちゃん。いいぜ。こちらに来いよ」
 手招いた揚羽の前、終が抜ける道ができる。
 遊びを始めようじゃないか。暴力を始めようじゃないか。お望みの式じゃなかった分までも。両手を広げた揚羽に向けて、ハッピーエンドを望む青年は駆け出した。
 抑えへと回った二人は、各自問う。彼らに『勝利』を齎さない為に。
「何故、こんな遊びを行うのですか」
「義理と酔狂」
 慧架の問いに返って来たのは、いっそ呆れる程に無味乾燥で理由を掴めない理由。
 理解できなくとも、糸口を探さないといけない。彼らに『負け』だと認識させる何かを見付けたい。願う彼女は、問いを続ける。
「では、この遊びであなた達の負けとはなんですか」
「私達の負けとお前らの負けが違うとでも?」
「ルールが正確じゃなければ、遊びは面白くないでしょう。あなた達は運命を失っても、片方が死してもまだ動けるのだから」
「……。……神の目とは実にうっとおしい代物だな」
 自分達の所持するアーティファクトの効果を知る彼女に、燈篭は目を細めた。
「安心しろ。『遊び』として成立するレベルなら私達かお前らが全員死に絶えるまで行うなどとは言わん」
「では……」
「倒れた者に追撃を掛ける気は今の所ない。まあ。一撃を耐え切れなかった場合までは知らないが」
 慧架の目の前で、鎌が掻き消えたように見える。次の瞬間、刃先は深々と彼女の胴を抉っていた。
 血飛沫が上がるのと、もう一人の慧架が現れるのを背後に終は揚羽に首を傾ぐ。
「ねえ、遊びは自分で準備企画した方が断然楽しいよ☆」
「だからさっき燈篭が言ったろ。これは『遊び』ついでに『義理』なんだよ」
 義理だけで動くのはそれこそ面白みがない。つまらない顔で嫌々動くのでは義理にもならない。だったら最大限楽しめる様にしたのだと揚羽は笑う。うっとりとした表情の揚羽は、動かない。
 カルラは打ち据えて、気付く。燈篭が従えるドッペルゲンガーもまた、彼らによって殺された被害者だという事を。
 無軌道な暴力を殺戮を蹂躙を愛し焦がれ求めて止まない外道。裏野部の名に集まるのは、多くが暴力を愛する狂人。改めて。改めてロクでもない。赤く染まった刃が、石の鎧に叩き付けられた。後四体。
「癒しましょう。それが私の役目」
 後衛で味方を支える事を選んだ螢衣が、自爆に真正面から巻き込まれたカルラへと符を飛ばす。切れ長の瞳は、しっかりと前を見据えていた。


 最後の爆発。自爆は消耗しつつあったリベリスタの体力を更に削いでいく。
 だが。まだだ。まだ、ドッペルゲンガーとフィクサードは残っていた。
 半分以下に数を減らしたフィクサードの側に、雷音は悲痛な覚悟で呼びかける。
「君たちの手勢はもう失われた、ひいてはくれないか」
「ねえ朱鷺島ちゃん。しつこいよ。遊んでくれる気がないなら死ぬ?」
 肩を竦めた揚羽は、全ての者が次の手に移る一瞬の間隙に手を挙げる。
「もういいや」
 この場の頭の一つである揚羽の動向に注意を払っている者は、余りにも少なかった。八重歯が抉った手首の皮膚、伝う血液は呪いの黒鎖を紡ぎだし――爆発的に弾けた。それは備える暇のなかったリベリスタを一斉に飲み込み、激痛で縛り上げる。意志の力で振り払えた者は幸いだった。身を蝕む複数の痛苦。縛り上げる鎖にナイフを持つ手を奪われて、終が微かに眉を寄せた。先程から揚羽が会話に興じていると思ったのは、この詠唱と集中の為か。
 不浄を跳ね除ける光を持つ雷音よりも、攻撃を重ねる燈篭の方が、速い。
 燈篭の鎌の刃先が円を描き、空洞に浮かべたのは擬似の紅月。
 重ねられた呪いは、怒涛の如く体を打った。汚毒が掻き毟りたくなるような痛みを伴って血管を通り体から流れ出ても満足に身も動かせず、穢れは更なる呪いで身を苛んだ。
 揚羽の黒鎖に重ねられた燈篭の紅月は、正にリベリスタにとって不吉の象徴だった。ただでさえ威力の高い一撃を連続して受けた上、呪殺による追い打ちを食らった前衛が一気に瓦解する。
「虎鐵っ! ……カルラっ!」
 回る毒に呼吸を害され、急速に意識を失って倒れ込んだ虎鐵の名を、カルラの名を、雷音が呼んだ。伸ばそうとした指先が、動かない。黒い呪いが、意志ごと殺ぎとって行く。
「寝てる暇はないでござるよ……!」
 後衛に、可愛い娘に攻撃を通してなるものか。虎鐵が運命の恩寵の目盛りを削る。
「負けになんかさせてたまるかよ……!」
 カルラが震える手で己の得物を握り直す。
「鈴宮! 竜一!」
 拓真の視界の端で、慧架が沈んだ。燈篭の抑えに回っていた彼女は、役目を何としてでも果たすべく既に運命までも消費していたのだ。燈篭だけでなく、彼の離魂鎌で生み出された自身のドッペルゲンガーさえも相手にした上でとなれば――慧架は、その意志の力で持って奇跡的なまでに守ったと言えよう。だが、それも終いだった。
 己の分身を出現させないように極力燈篭から距離を置いていた拓真は、その無感動な表情に唇を噛み締める。その視線の先で、立ち上がった男がいた。
「無茶しそうなヤツがいるからなあ。此処で倒れて、られねえんだよ……!」
「……無茶しているのはお前だろう、竜一」
「はん、この程度何ともないぜ、拓真。だろ?」
 運命を消費し立ち上がった戦友(とも)に掛けた言葉は一笑に付される。立ち上がった三人は、傷だらけだ。しかし。
「おっと、あたしを忘れちゃ困るね~」
 揚羽の攻撃から逃れていた陽菜が歌う。葬送奏でる黒鎖の濁流から逃れていたのは、意図的に他から距離を取っていた彼女とチャイカだけ。回復は未だ途絶えてはいない。
 ――だが、それでも足りない。
 倒れた慧架と同じ姿をしたE・フォース『ドッペルゲンガー』が竜一を横合いから殴りつけた。本体である慧架が意識を失ってはいるものの、命は保ったままであるからかスキルは使用して来ないが――そこまで考えて、竜一は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
 先の会話で、燈篭は「遊び」であるこの場では積極的に命を取りには行かないと宣言していたが、そうでなかった場合はどうだ。倒れふした慧架が追撃を重ねられ、先程からリベリスタの前に立ちはだかっている本体に成り代わったドッペルゲンガーの一員に名を連ねていたかも知れない。
 いや、自身らで決めたルールは守る主義らしい彼らの言質を慧架が取っていなければ――今でさえ、どうだったか。争いの中で燈篭に問い掛け続けた彼女は、そうとは意図せず、だが確かに起こったかも知れない被害を未然に防いでいた。

 抑えに回った者がいたとは言え、燈篭と揚羽への対応が遅かったと気付いたのは誰だっただろう。
 思えば砂人形と対峙した時点から、リベリスタの前衛はずっと燈篭の攻撃に晒されていた。じわじわと前進する彼らは、いつしか揚羽からの魔力の矢も身に受ける事となっていた。
 螢衣の傷癒術で、雷音のブレイクフィアーで、傷と不利益を拭ってはきたけれど、一撃が強力な彼らの攻撃のダメージは澱の様に溜まっていて決して浅くはない。
「ねえ、ちょっと止まって貰えるかなあ☆」
 目にも留まらない終の刃が、揚羽の肌に無数の傷を付けて足を止めさせる。だが。
「援護は必要か?」
「はは、要らない」
 ちらりと交わされた視線。相方の行動と時を同じくして、揚羽は麻痺を振り払う。
 竜一が名付けた雷切と、同様の光が攻撃を遮った。彼の一撃は重く、更には回復を拒絶する呪いまで付与された強力なものだったが、燈篭に届かない。
「ここは通しませんよ」
 慧架の声。慧架ではない。慧架と同じ顔をしたドッペルゲンガーだ。そして竜一の攻撃を受け止めたのは。
「舐めて貰っちゃ困るな」
 涼しい顔をした、彼自身。本体が存在するドッペルゲンガーは、彼と同じ技は使えない。
 それでも、壁として立ち塞がる己と同じ存在は非常に厄介なものであった。
 慧架に竜一。二つの壁を得た燈篭は、竜一から向きを変えて虎鐵とカルラの元へと走る。鎌の刃が、切り裂きの乱舞を血で以って披露した。
「ぐ……まだ、……雷音……!」
 倒れ掛けた虎鐵が、限界を超えて劇的なドラマを引き起こす。が。
「寝ていろ」
 無情で気紛れな運命は、燈篭に二度目の刃を振り被らせた。刃の先に胸を抉られ、今度こそ倒れた虎鐵に雷音が顔を青くする。再びの紅月に備えてのブレイクフィアー。チャイカのインスタントチャージが陽菜へと送られるが、陽菜の癒しよりも揚羽が動くのが早かった。
 カルラの目前に、鎌が現れる。燈篭が構えているのと似た、禍々しい鎌。
 避けられないと悟った彼は相棒の槍を掲げるが――防ぎきれない。黒のナイトランスが、深い赤で濡れる。
「……ここで、……!」
 倒れて堪るか、という声は溢れてきた血で遮られた。カルラの視界が、赤で染まって消えて行く。
 次々と倒れて行くリベリスタ。
 一人着実に揚羽へと終が向ける攻撃は、じわじわとダメージを重ねていた。しかし実力は高いと評された通り、拓真のハニーコムガトリングの援護を以ってしても未だに揚羽は倒れる気配が見えない。呪文詠唱のタイムラグに気付いた彼は攻撃が止んだ時には警戒を発していたが、翻弄するように集中を交える揚羽の黒鎖は竜一を飲み込んで溺れさせていた。
 慧架、虎鐵、カルラ、竜一。前衛が崩れれば、後衛へと向かうのを遮るものはない。
「その歌。邪魔だ」
 燈篭が鎌の刃先を向けたのは、陽菜。彼女の立ち位置は、先程まで前衛と切り結んでいた燈篭が一呼吸で詰め、武器を振るえる位置。
 今は見えぬ青い空の色を映したリボンが、血に汚れる。よろめいた陽菜の視界に、悪戯めいた笑みを浮かべた、自分の姿が、見えた。
 それでも、まだ目は消えていない。
「敗北を得る心算はない、一気に押し切る……!」
 一部が撤退としていたライン。それでもフィクサードの消耗も低くはないとチャイカの支援を受けた拓真が弾丸を放ち続ける。相手方のホーリーメイガスとインヤンマスターは潰した。
 回復の失せた彼らに重ねられる攻撃は、通った分だけダメージとなって溜まるはずだ。
 息もつかさぬ内に再度放たれた弾幕が、耐え続けていたクロスイージスを蜂の巣へと変えた。

 けれど。
「かはっ……!」
 骨が軋む音がする。首を締め上げられながら人体では不可能な方向へと無理やり関節を捻じ曲げられる痛みに、陽菜は悲鳴の様な息を漏らす。回復を唱えるホーリーメイガスを狙う仲間の攻撃は、後ろに抜けた燈篭を巻き込む事が叶わない。
 優先順位として低く見積もられていたプロアデプトのトラップネストはしばしば彼女の、雷音の、螢衣の……即ち回復手の動きを縛り付けた。味方であれば頼もしい技も、敵であれば厄介この上ない。回復はしばしば途絶え、揚羽の魔術によって重ねられた穢れに苛まれた。
 そして今、燈篭の放った幾重にも重ねられた気糸で陽菜の意識は失われようとしている。
 手が、中空に伸ばされた。逃げようともがく必死な動きにも見えたかも知れない。だが違う。彼女は願っていた。奇跡を。上の街には、まだ多くの人たちが残されているかも知れない。ここで自分達が負けて、爆破なんてさせる訳にはいかない。
 例えそれが、自分の命を削る結果になったとしても。
 優希。
 恋心を抱く相手の名を、心で呼ぶ。悔いがないはずがない。最たるものが、彼への言葉。それでも、助けたかった。皆を。街を。緩く落ちてくる目蓋、狭くなる視界で必死に願う。
 だが――叶わない。意識を失った陽菜は、気糸から解放されて地に倒れた。


 五人。これで半分。
 状況を冷静に判断したチャイカは、眉を寄せて逡巡する。が、躊躇いは一瞬。
「ゲームセット、私達の敗北を認めます」
 獲物であるタブレットPCを小脇に抱える形にして降ろし、チャイカがその場に声を響かせた。
 積極的に殺しに掛かってこない、と分かった以上は半数で戦闘を続けるという選択肢もあった。しかし、その上で敗北した場合、爆破は避けられない。例え自分達でトドメを刺す気はなくとも、敵である彼らがリベリスタを抱えて脱出してくれるはずもない。だからこそ、最低限脱出時に怪我人を抱えても撤退できる人数が残っている必要があった。
 安全策で四人、もしくは半数が倒れた時点で、この場は撤退。それがリベリスタ達の決めていたライン。
 街の人を守りたいのは、事実だ。だが、みすみす仲間の命を失う真似もできる訳がない。
 声に、燈篭が、揚羽が少女を見た。
「……それは爆破を容認する、と取るが」
 攻撃態勢は解かないまでも、拓真に向けた切っ先を寸前で止めた燈篭が静かに問い掛ける。
 そう。彼らは言っていた。『自分達が勝ったら爆弾を爆破する』と。リベリスタの敗北宣言は即ちそれを認める事になる。
 だから、チャイカは顔を上げて真っ直ぐ彼らを見た。
「貴方たちは、純粋にこのゲームを楽しむのが目的のはず。そうですよね?」
「まあな。そっちは人形遊びのが楽しかったみたいだけど」
 崩れた人形を、水に濡れた砂を見て、揚羽が肩を竦める。
 会話はできる。ならばまだ交渉の余地はあるはずだ。チャイカは一度息を吸って、提案する。
「敗者にペナルティは必要ですが、死力を尽くし倒れた方々に免じて引いてもらえないでしょうか?」
 フィクサードの目が眇められた。彼らの目の前には、倒れたリベリスタが存在する。
 これが遊びだと言うならば。
 全力で遊んだ相手に、敬意を表しては貰えないだろうか。
 問う少女に、彼らは視線を合わせて笑いを漏らす。

「いいぜ。ただし爆弾に一発撃ち込んでからな」
 揚羽の言葉に、合わせたかの様に。
 どこか遠くで爆発の音がした。
 立っていた螢衣が、はっと顔を上げる。今の音の方向は、砂蛇らがいるはずのエリアから聞こえてきた様に思えた。それはこの状況では、最悪の事実。

 そんな彼女が顔を青褪めさせたのにも興味がなさそうに、燈篭はチャイカに視線を向けた。
「子供。お前は先に、命をかけて街を守る、と発言したはずだが」
「同じお口でさ、死力を尽くしたからやっぱり許して、ってのは、あんま良くないよ?」
 気だるげに。
 そう、敗北宣言を受けたが故に『遊び』の終了が確定した彼らには取り付く島もない。
「それとも『本気で死ぬ気で』掛かってくる? なあリベリスタちゃん、そっちの倒れてる仲間の命と、上の知らない人間の命どっちが大事? ボクらは『どっちも』貰ってってもいいんだぜ?」
「もしくは全員で肉の壁にでもなれば、少しは爆破の威力も落ちるのではないか。アークのリベリスタは並外れて丈夫だと聞いている。運が良ければ生き残るかも知れん」
 性質の悪い冗談を――いや。冗談ではないのか。怜悧な目を眇めた燈篭は、然したる感慨も込めずに言い放つ。だが、やらせる気はないのだろう。彼の左足は一歩引かれ、いつでも攻撃へと移れる体勢を崩していない。味方ではない慧架が、陽菜が、彼の動きに反応して構えを取る。リベリスタが動こうとしても、止めるとでも言うかの様に。
 一触即発の、膠着状態。

 その時、爆音が部屋を揺るがした。
 二度目の地響き。
 二度目の、爆発。
 それはもう、最低でも街の半壊は避けられない事を意味していた。
 同時に、この場の三つ目の爆弾が爆発すれば、どう足掻いても街が全て沈むという残酷な事実をリベリスタに突きつける。

 ぎり、と終が奥歯を噛んだ。やらせる事はできない。そうしてしまえば、街が沈む。
 どうすれば。例えば。爆発さえもできないレベルで爆弾を粉々に砕いてしまえば。
 当然、終ではできないだろう。できるはずがない。『普通なら』絶対に不可能な事。だけれど例えば、運命を燃やせば。不可能から限界を超えて立ち上がるよりも、もっと多く。終が立ち続けて行く為に削った運命は、女神への貢物。数多の運命を費やした英雄にのみ、真に運命に愛された者にのみ与えられる奇跡。

 終のナイフが握り締められ、そして、足が地面を蹴って――。

「だから駄目だって」

 笑った揚羽の腕に、ナイフが止められる。額が触れ合う程の近さで、紙一枚の平面に展開される魔法陣。爆弾を狙う筈だった魔力の矢は、零距離から終の腹に打ち込まれた。内臓を抉られ傷付けられ、ごぼりと喉の奥から血が溢れ出す。掴み掛けた運命の女神の指先が、離れていくのを感じた。コイントスの裏表。二分の一の可能性は、賭けるには十分過ぎるものであったが――博打の丁半は、振ってみなければ分からない。拓真と同じ様に、その掌は、奇跡を掴めない。
「ゲームセットって言われたろ? 止めてやるのはこっちが負けた時だけだぜ。なあ」
 痛みを堪える終の赤い瞳が捉えたのは、E・ゴーレムに、カードが突き刺さる光景。
 嗤う道化。
 示すのは破滅。
 巨大爆弾の小さな振動が、爆発の前兆だと誰にも分かり易く告げていた。
 そしてこの場は、『もう終わり』だとも。
「遊びは終わり。なら帰るもの。――此処を墓場にしたいのならば、留まるのを推奨するが」
 一言。後は倒れた者にも未だ立つ者にも一切視線を送らず、燈篭は通路へ向けて歩き出す。
 その背に攻撃を叩き込みたい衝動を、拓真は堪えた。三つ目となれば、この地下洞窟が崩壊するまでに無駄な事をする時間の猶予はないに等しい。速やかに怪我人を抱えて脱出に移らねば、それこそ生き埋めになる。
「なーあ鴉魔ちゃん」
 細かい地響きが続く光景、天井を写していた終の瞳を金髪が入り込んだ。
 手を伸ばせば、刃が喉を抉れる位置。だが、今ここで攻撃を仕掛けたとしてもう爆破は止められない。
 傷を抑えて立ち上がり、仲間を支えて逃げなければ。
 思考をまとめる終の耳に、揚羽はそっと囁いた。
「後で真っ赤な真っ赤なバージンロード『作る』から遊び来てよ。いつだか分かんないけど」
 ボクらその内心中するんだ。沢山の人を巻き込んで。
 そうしたらもう一回来てくれる?
 子供が内緒話を打ち明ける様に耳元で囁いた揚羽の顔を見る間もなく――終は放り投げられた。
 急激に変わった視界を受け止めたのは、厳しい顔をした拓真。視線を戻せば、既に揚羽は背を向けて燈篭の方へと駆け出している。
「……早く! 脱出しよう」
 この後の光景を想像したか、目に抑え切れない涙を湛えた雷音が悲鳴の様に叫んだ。



 街が一つ沈んだという噂は、地盤沈下説や不発弾の爆発説を伴いながら瞬く間に一般の間にも広がった。
 けれど、真実を知るのは、神秘に生きる者達だけ。
 彼らは救えなかった無数の命と、元凶と共に苛烈に散った一つの仲間を思い――苦い味を、噛み締める。
 

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 今回の目標は敵の殲滅ではなく『爆破の阻止』です。
 そして自分の意志で爆弾を爆破させられるのは、この場ではフィクサード二名のみ。
 最も実力と危険度が高いと予想される二名への対応が少なかったです。
 全員が共通認識を持つ事は大切ですが、共に戦う仲間がいる以上、
 敵の数や行う事が多い時はある程度の分担も大事です。

 お疲れ様でした。