●オーバー一騎当千 全く酔狂で気違い染みて凶悪で、『彼』らしいと言えばらしいと思う。 見渡す視界は広い空洞、仄暗い地面の底。それらを見遣りつ左の指先で撫でやるは巨斧――彼の関係者、刃金には素晴らしい『右手』を作って貰った縁がある。これでも自分は義理堅い方だ、と思う。まぁ、一度くらいの協力ならば構わないだろう。 それにこういう『全く酔狂で気違い染みて凶悪』なのも悪くない――振り仰ぐ黒い鏡の様な顔面に映り込んだのは、不穏と悪意を孕んだ巨大な匣。 きっと楽しい事が起こるのだ。素晴らしく楽しい事が。 ●クイックマッチ 「緊急事態で御座いますぞ」 真剣さと緊張を滲ませた声で『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)が一同を見澄ました。 「とある地方都市の地下にそれは広い地下空間がありまして。なんでも、旧軍の地下壕として掘られた物と天然の洞穴が繋がったりして――中は複雑怪奇な迷宮ですぞ。何故そのような場所に街があるのか、は不明ですのでさて置き」 そう言う彼の背後モニターには説明された広大な地下空間が映っている。メルクリィの機械指が示したのはその深部、随分と開けた所であった。 「さて、率直に言いますね。この地下空間にはE・ゴーレムの巨大爆弾が御座いまして、フィクサードがそれを爆破させようとしております。これは全部で四つありましてね、皆々様にはその内の一つの爆発を阻止して頂きますぞ。 これが爆発すると――都市は地に沈む事でしょう。3つ以上、あるいは響希様が担当してらっしゃる任務と私が担当させて頂いておりますこの任務失敗で街は『完全に』崩壊致しますぞ。 ……尤も、『爆破するぞ』と仄めかす事でアークのリベリスタ皆々様を誘き寄せる事が本当の目的の様ですが……勿論、それを無視すれば爆破は間違いなく行われるでしょう。やりしかない状況ですな。 それに急を要する任務でして、大群を編成する余裕は……残念ながら」 だからこそと希望をリベリスタに託して。 「地下洞窟には砂人形や石人形が無数に満ちてますが、深部へのルートは予め未来視能力フル活用で『最も安全かつ手早く到着できるもの』を選んで示しておきましたぞ」 砂人形、石人形――? と、訝しむ表情を浮かべる一同に横合いから声をかけたのは椅子に深く座した『相模の蝮』蝮原 咬兵(nBNE000020)であった。 「裏野部の……『砂潜りの蛇』黄咬砂蛇が持つアーティファクトによって作り出された木偶共だ」 そう説明する咬兵の物言いは何処か忌々しげな、瞳の奥に剣呑な色。 黄咬砂蛇。それは彼にとって許すべき存在では無い者の名前であった。かつて彼の頭領を、相良雪花(nBNE000019)を傷付けた張本人なのだから。 されど。砂蛇は死んだ筈。あの時――リベリスタと共に雪花を救ったあの時に。 だと云うのに――…… 「どうも嫌な予感がしやがる」 僅かな逡巡の後に咬兵が呟く。だからこそ、彼は今このブリーフィングルームにいるのだ。視線をメルクリィへ、説明の続きを促す。 「爆弾を爆破させようとしているフィクサードの名は『零顔面』黒鏡面、裏野部に属する者で御座います。 この爆弾は彼のみが知っている呪文によって時限的に爆発するようで。但し呪文には手番と集中が要るようで、戦闘行為と同時に呪文詠唱はできないそうですぞ。 特に寄り道さえしなければリベリスタ到着と黒鏡面の詠唱開始は同時になるでしょう。先ずは彼の詠唱を止める必要があるでしょう。が、黒鏡面様の部下複数も加え、5体ほどの岩石王――件の『木偶』と似通った存在です――が邪魔をしてくる事でしょう。彼らを如何に上手く捌くかが鍵ですな。 黒鏡面様が詠唱を止めるのは……攻撃などで強い衝撃を受けて集中が途切れるか、彼が戦わねば危ういと危機感を持つなどで詠唱から戦いに行動をシフトするか、でしょうな。 さて爆弾を爆発させない為にはこの黒鏡面様をどうにかする必要があるのですが――当然、彼は一筋縄ではいかない存在。その所持アーティファクト『孤独の破軍』による戦闘力は恐ろしいものでしょう」 それは射程内全てを敵味方問わず薙ぎ払う伸長の巨斧で、攻撃対象が多ければ多い程威力を増すのだと言う。 「鍛冶師のフィクサード刃金が制作した七つ武器の一つだ」 説明を請け負ったのは咬兵だった。魔剣や妖刀の類を作る事が生き甲斐だと云うが――その作り方、制作物、どれもこれも咬兵曰く『良い趣味』をしているモノらしい。 その中でも特に危険なモノが『刃金の七つ武器』、そして『孤独の破軍』こそがそれの一つなのである。 「それでは説明に戻りますぞ。 黒鏡面様との戦闘が始まってすぐ、通路中の砂人形や石人形が大量に押し寄せてくる事でしょう。 と、なれば戦線はあっと言う間に崩壊してしまいます が、」 「俺が食い止めてやるよ」 吐き出す葉巻の紫煙と共に咬兵が言う。本来ならあくまでも彼は友軍であり、リベリスタ活動をする義務は無い。が、それでも彼等に協力するという理由は――言うまでも無かろう。 「が……数の差が酷過ぎるからな。なんせ俺は一人、木偶共は半無限。 勿論やるからにはやるが、そう長くは保たねぇ。それに時間の経過とともに少しずつ乱入しちまうと思うぜ」 その乱入数は徐々に増えていくと云う。つまり、戦線維持が困難な程に人形達が乱入してくるまでにケリを付けねば敗色濃厚、いや撤退確実であろう。 「……言っておくが、協力は要らねぇ。お前等はお前等の仕事をやんな」 俺の攻撃に巻き込まれても良いなら構わないがと付け加える。承知したと頷く他に無かろう、リベリスタを信用して背中を預けると宣言しているからこそ、咬兵を手伝うという行為はその信頼を裏切ると云う事に他ならない。 そんな彼らの様子を一見、メルクリィは一同を見澄まして。 「説明は以上ですぞ。大変厳しい戦いとなるでしょう。 私はリベリスタの皆々様をいつも応援しとりますぞ――どうか、お気を付けて!」 「……気ィ引き締めて行くぞ、お前等」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月11日(月)22:43 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●砂時計は奈落に墜ちる 仄暗い。入り組んだ道に蔓延って居るのは、これから起こるであろう何もかもを下劣に笑っている様な気味の悪い気配であった。 フォーチュナの指示通りに進む道は彼の言葉通り殆ど邪魔者はいない。時折現れる人形達も同行者たる咬兵が速やかに排除してくれる。 「……御大層な歓迎だ」 つまらん木偶風情が、と双腕に『蝮の尾』を付けた咬兵が吐き捨てるように言葉を放った。その銃指から細く硝煙が立ち上っている理由は、吹き飛ばされて砂に返った人形達がありありと物語っている。相模の蝮、その二つ名に恥じぬ実力。そのお陰もあってリベリスタの消耗率は零、目的地へと突き進む。 立ち止っている暇はない。 一分が、一秒が惜しい。 辿り着かねばならない。 絶対に斃さねばならない。 行く先にある『巨大爆弾』が爆発してしまう前に―― 「町一つ崩落させるほどの爆弾じゃと……!? 無茶苦茶にも程があるぞえ!」 およそ正気の沙汰ではない、狂気的な現実に『エア肉食系』レイライン・エレアニック(BNE002137)は顔を顰める。一体どれほどの被害が出るか。想像するだけでも総毛立つ。 「とんでもないことになっちゃったよ。残り時間が切れかけの時限爆弾みたいなもんだよね」 緊張の面持ちで『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)が呟く。引き返す時間もない。「逃げ場はないね、攻めよう」と――正に彼女の言葉通りである。 やるしかない。退く訳にはいかない。だと言うのに『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の体は小さく小さく震えていた。 (町も一緒にいる仲間も皆大事。誰もなくしたくない。私の力は、そのための力) だから、足!震えるな!歯もカチカチ言わない! ぱちん、と自分の両頬を叩いて気合十分、深呼吸一つ、震えは止まった。 「よし! 行くよっ!」 怖くないと言えば嘘に なる。それでも自分を、仲間の力を、『嘘』にだけはしたくない。 「盛大な嫌がらせだな。本当に、規模が大きすぎて気が狂いそうだ」 ただそこにある悪意。途方もなくて、いっそ無力感すら感じてしまいそうだと『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は眉根を寄せる。されど、あぁ、こんな時でも、仲間だけでもと思ってしまう自分が腹立たしい。 (私の手が届くのは精々それくらい――) 誰かを救える人になりたい。言うのは簡単だ、知ってる。分かってる。咎の十字架を握りしめた。 「――でも、孤独の破軍なんて仲間の背も預かれない奴に負けはしない」 杏樹が顔を俯ける事はない。足を止める事はない。知っている分かっている。だからこそ、だからこそだ。信じる者の橙眼は彼方を真っ直ぐに見据えている。 「それにしても全くもって迷惑千万だね。 全然関係ないカタギまで巻き込んでムービースターでも気取ってんのかい?」 等と溜息交じりに言い放つ『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)であったが、その瞳に燃えるは苛立ち。ドライな彼女にだって許せない事はあるのだ。 先ず一つ、『舐められる事』。 それから――『カタギに手を出す奴』。 ふざけんな、と今にも爆発しそうな激情を拳に押し込み、瀬恋は先陣にて砂人形の首を掻っ切り捨てた咬兵へと言葉を投げかける。 「こんなとこでおっ死なれて勝ち逃げなんかされちゃあ面白かねぇ。死ぬんじゃねぇぞ、蝮のオッサン」 「誰にモノ言ってやがる、坂本」 僅か振り向き合った視線、『当然だ、お前こそな』――態々言葉にせずとも伝わったろう。そのまま彼は言う。 「……そろそろだぜ、覚悟ァ良いか」 到着は間近。或る者は呼吸を整え、或る者は武器を握り直し、或る者は表情を引き締める。緊張。死の気配。待ち受けるだろう混沌。そんな中、『三高平の狂拳』宮部乃宮 火車(BNE001845)はどかっと咬兵の臀部へ軽い蹴りを喰らわせて。微かに振り向いた睨みっ面へ「辛気臭ぇ面しやがって」と一笑した。 「よぉ蝮 初めて面合わせた時よっか余裕だなぁ? 預けてやるから精々踏ん張んなぁ!」 「蝮原、終ったら勝負に付き合えよ。俺も自分の勝負を済ませてくらぁ」 続いてグレイヴディガーを担いだ『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)も横 目にニィと笑み、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は咬兵の傍らにて黒外套の裾をちょっと引き、心配を押し殺した目で見上げ。 「後の抑え、お願いします……」 本音を言えば、咬兵の側で手伝いたい。しかしそれは彼の信頼を裏切る行為だと分かっているから、告げるのはそれだけ。 「…… 分かった。分かったよ」 言葉の終わりに溜息一つ、されど思う――初めの時より余裕、か。それもそうだ、あの時とは状況が違う――知らず知らずの内にリベリスタを信頼し、尊敬し、絆が生まれている事は否定できないだろう、きっと。 まぁ随分と『相模の蝮』もヌルくなったもんだ、等と自嘲。立ち止る通路へ体を向ければ、背後にて次々とリベリスタ達が飛び出していく音が聞こえた。 吐く息一つ。さて、やるか。 視線の先には雪崩れ込んでくる来る木偶人形、誇りを胸に違えざる血の掟を刻み込み。 ――残り80秒。 ●血みどろカウントダウン 広間の真ん中、それは唱えていた。『零顔面』黒鏡面。黒い顔面に口はないが一体何処で言葉を発しているのか。そして何語なのかも理解できない、しかし剥き身の背骨を鑢で撫でられる様な――得も言えぬ不快感。止めねばならぬ、何があっても止めねばならぬと本能的に直感する。 リベリスタが来た――戦闘態勢のフィクサードと、石でできた咬兵を模した木偶。濃密さを増す殺気、されど黒鏡面が呪文を止める様子はない。こちらに気付いているのか、そうでないのか分からないが……今はそれを気にしている場合でもなかろう。 「速さとは――」 『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)が身体のギアを極限にまで高めた。直後、その背から生える翼はアリステアが皆へ施した翼の加護である。翻す翼。アンジェリカは黒鏡面から目一杯離れ、影の従者をその身に纏う。 有限の時間。それを消費し、三人は強化の術をその身へ、或いは仲間へ施した。 一方の7人は全ての時間を攻撃に捧げる心算。仲間が自己強化を施しているその間、先陣を切ったのは黒曜を抜き放つ金髪碧眼のセーラー服少女、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)。 「『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫、参ります!」 放たれた矢の如く。されどその先に往かせまいと立ち塞がるのは岩石王であった。岩石王を壁に中衛位置に部下、彼らが取り囲む真ん中に黒鏡面という布陣。当然だが易々と突破される気はないらしく――故に防御に秀でる岩石王が前線へ。 しかし、舞姫にとって寧ろそれは好都合。 「その布陣。……壊します!」 隻腕から繰り出されるのは、華麗瀟洒なる刺突の飛沫。高い精度を誇る剣閃が煌めく。全力攻撃。堅い。だが端から撃破のつもりで美技を出したのではない。その芸術的な技に魅了された岩石王が傍の岩石王を殴り付ける――それこそが、舞姫の狙い。 敵陣の壁が一枚無くなった。その合間から襲い来る呪いの弾丸。レイラインはゴシックドレスを翻して弾丸の一撃を躱した。 「目標『黒鏡面の撃破』――単純明快、分かり易くていいのう」 悠長に構えている余裕はない。 先ずは黒鏡面の周囲に布陣する部下から狙いたい所だが、無理か。岩石王が彼女をブロックする。出来れば無視したかったが、仕方ない。 「そこを退けェい!!」 速度に乗って、幾重にも分かれる残像。それと同時に戦場を奔った幾条もの光は、杏樹が構えるアストライアから放たれたスターライトシュートであった。狙い通り、岩石王へ次々と着弾してゆく。堅いな、と思った。集音装置。その耳に届いた音で手応えを知る。 その背のすぐ後ろでは、アリステアがひょっこりと顔を覗かせていた。回復役。パーティの生命線。故に狙われるだろう、だが彼女は守り通してみせる。 息を一つ、杏樹は意識を研ぎ澄ませた――様々な音。沢山の音。戦いの音。吶喊の声。 「おるぁああああ!! ブロックぅ? おぉ出来るモンならやってみなぁ! 大歓迎してやる!」 火車が取ったその行動はごく単純で、明快。 黒鏡面までの最短距離を一直線。超猛然と突っ込んで行く! 「っとに下らねぇ事ばっかしやがって、最高だぜフィクサード……テメェらのやりてぇ事なんざ、大喜びで邪魔してやるってぇの!」 邪魔な藁人形なんざ知らんと言わんばかりに走るままの体当たりでかっ飛ばし、襲い来る呪いの弾丸は構えた鬼爆でゴリ押し防御。それ以上は行かせるか、と立ちはだかる岩石王。岩の堅過ぎる拳が彼の胴に突き刺さる。メシリと嫌な衝撃が肉に骨に響いた、が、 「露払いは露払いらしく、泥臭~くやろうぜ? 誠心誠意……ぶん殴ってやるからな!?」 それがどうしたと。火車は咬兵の岩石王へ拳を叩き込み、送りこむ気で防御すら破壊する一撃を放った。如何に堅いと言えど、これならば防御のクソもあるまい。 岩石王だけのブロックでは突破されるか――そう思ったフィクサードの内の二名が前へ。前衛職か。銃剣とフィンガーバレット。 火車と視線が合う。岩石王3体の猛攻を凌ぐ彼へ。まるで一人突っ走り、殺して下さいと言っているかの様だ。そんな目線だった。一気にトドメを刺さんと飛び掛かって来る。攻撃を放つ。ギガクラッシュにソニックエッジ。だが、それで、いい。火車の口角がつり上がっている事にフィクサード達が気付いた時にはもう遅い。 「テメー等の大将の攻撃法は、何もテメー等だけの専売特許じゃねえって事ぉ思い知らせてやれ! ココで一発見せてやれよ――益母、坂本!」 「おうよ、邪魔なモンは潰すだけだ!」 「蹴散らしてやるよ!!」 火車の背後より飛び出したのはグレイヴディガーを振り被るランディと、Terrible Disasterの拳を固める瀬恋の二人。 墓掘りが巻き起こす鬼の様な嵐が、殺意に荒れ狂う最悪な災厄が。 馬鹿なとフィクサードは呟いた。それらは仲間である火車ごと、何の躊躇いもなく吹き荒れて。圧倒する。破壊する。血と肉と砕けた石が散る。凄まじい威力、されど背中からモロに受けても良いと火車は思っていた。それはランディと瀬恋同様、二人も一切の加減をしなかった。寧ろ全力、雑魚を散らかせるのであれば。 最早火車の背の傷は深すぎて痛みすら感じない。どれだけ血が出たんだろうか、足元が異常に真っ赤だ。それでもドラマを支配して、倒れる事を断固拒否する。 見事な連携。勝利への執念。何故なら、負けたくないから。負けず嫌いで結構、負けてやる理由もない。狂気めいたモノを宿す三つの睥睨がフィクサード達を睨み付ける。 「……邪魔するようなら大いにしろや。殴り潰して道作りゃあ良いだけだ!」 血に滑る鬼爆の拳をガンと搗ち合わせ、勝利への侵攻。 先ずは道を開けねばならぬ。 「届くなら喰らえっ!!」 凪沙が繰り出す稲妻の武舞が岩石王を更に攻撃した。が、未だ倒れた敵はソードミラージュの一人のみ。敵陣で吹き抜ける聖神の息吹。その直後に――リベリスタ達を巻き込んだ大爆発。「敵さんの追加が来たよ!」とアリステアの声が響く通りに後方よりやって来た石と砂の木偶達だった。黒鏡面が唱える不気味な呪文も止んでいない。 ――残り70秒。 誰よりも速く、何よりも速く、最前線に躍り出るのは『神速』の二つ名を持つ鷲祐であった。10秒遅れの出陣、されどその分身体ギアを高めた彼を追える者は――足であっても目であっても、最早この場に居ない。常識を超えたとびきりの極限速度(トップスピード)。 「周りを穿てッ!」 凄まじい速度の強襲が岩石王の認識を掻き乱す。一度ではない、もう一度。超速で踏み締める地面が摩擦の熱で焼け付く程に。 流石の速度だ――鷲祐に続き、舞姫も紛い物の咬兵へ放つアル・シャンパーニュによって撹乱を狙った。立ち塞がる者あれば、これを斬れ。刃を以て仲間の道を切り開く。 先手必勝、ソードミラージュが落ちた今やアークが誇るソードミラージュ陣が先手を独占する。 次いで飛び出たレイラインが躍り出たのは前衛に出た敵デュランダルの正面。反応した彼が拳を振り上げる前に放つのは渾身のソニックエッジ。麻痺には至らぬも強烈な一撃にフィクサードが呻き声を漏らし、反撃の拳を繰り出した。稲妻を纏う強撃。されど速猫は寸でのところで身を捻り直撃は免れる。電撃に焼かれる痛みに顔を顰めつつ、不適に笑う。速度なら鷲祐や他の速さ自慢な仲間達には及ばないかもしれない。だが、回避能力であれば自信があった。当てて見せろ、唇の動きで挑発を。 混乱、あるいは魅了された2体岩石王が岩の同士へ猛攻を振るう。が、残りが放つギルティドライブがアンジェリカのシャドウサーヴァントの防御すら突き抜けて、その頭へ直撃する。 「―― ……ッ!」 着弾に大きく上体が仰け反る。ゴキン、と衝撃に首の骨すら折れる音、不吉な音、少女の黒姫が血に染まる。痛みすら突き抜けた。偽者とは分かっているが、あの咬兵に攻撃されたという錯覚に胸が苦しい。 「アンジェリカちゃん!!」 盛大に赤を咲かせた友の姿に凪沙は思わず絶叫に近い声を漏らした。今すぐ駆けつける事が出来たら。ああ、でも、敵のインヤンマスターが放った呪印封縛のせいで身動き一つ取れないもどかしさ。 その背後に、首元に、何か、岩石王の手が。しまった。瞬間、掻っ切られる。少女の白い喉笛から迸る血潮が滝の様に―― 「うしろ! 危ない!」 杏樹の背に隠れ、アリステアは詠唱をしつつ声を張る。目の前でどんどん傷付いていく仲間達に涙が滲んだ。杏樹の背、彼女が修道服の上より纏う剣十字の黒衣を握り締める。怖い。自分がフィクサードと岩石王のターゲットになっていないのは、このシスターが自ら壁となって護ってくれているから。 凄まじい銃声、敵のスターサジタリーが放った鉢の襲撃の様な猛乱射がリベリスタたちに襲い掛かる。 「……ッ 、」 杏樹の体が揺らいだ。銃弾が彼女の体にいくつも突き刺さる。血を散らす。痛かろう、苦しかろう、されど悲鳴を一切漏らさず、踏み止まって血が滲むほどに唇を噛み締め耐えるのはアリステアを心配させないが為に。護る為に傷つく事も恐れない。 「杏樹おねえちゃんっ……!」 「大丈夫だ。壁役として、せめて来る攻撃くらいは受け止めないとな」 弁慶の立ち往生ってわけでもないけど、膝を付いてる暇も惜しい。目を眇め、相棒たる巨弩を構える。息を止めて狙い済ませるのは、激戦の彼方――呪文を唱える黒鏡面。意識を研ぎ澄ませ、人間ならば眼球があるだろう位置へ。弦の緻密な調整。キリキリキリ、と弦が張り詰める音がする。目に入る血の所為で視界が赤い、されど狙いは揺るがない。 ――今だ。 撃った。 小さな女神の弓、名に反する巨体に見合った破壊力が落ちる1¢硬貨さえ撃ち抜く精度で一直線に飛んでいく。 狙いは完璧であった。が、当たったのは黒鏡面ではない。間に入った岩石王。しかしその凄まじい威力は岩人形の頭部をふっ飛ばし、ただの瓦礫に変えてしまった。 背後よりやってくる砂人形が長ドスと拳銃でアリステアへ襲い掛かる。杏樹の背後に隠れている以上、後ろからやってくるものまでは対処が出来ない。それでもフィクサードや岩石王の攻撃に晒されるよりはずっとマシだろう。 狙う人形は4体。振り下ろされる長ドスが少女の白い肌を裂く。だが、泣かない。悲鳴を上げない。逃げたりなんかしない。 杏樹だって――自分の為に今も傷を負っているのだ。それは他の仲間も同じ。火車はその身を捧げて攻撃の機会を作り出し、ランディと瀬恋は仲間を信じるからこそ全力の一撃を放つ。勝利のために運命をドラマを支配し血だらけになりながらも足を止めない。頑張っている。ここにる10人だけでない、他の場所でも。彼方此方で。 「痛くないよ! いたくないもん! 皆頑張ってる。私ひとり痛いなんて、泣き言言う訳にはいかないの!」 そして、その頑張る皆を支える事こそ自分の使命なのだ。 こんなときに頑張らなくて、いつ頑張ると言うのだろう! 「喉が枯れても歌うよ。翼が折れても祈るよ。絶対に絶対に――皆で帰るんだからねっ!」 我が名の下に、汝の子等を救い給え。 清らかな祈りによって顕現するは聖なるものの深き慈愛。息吹を成した柔らかな手が仲間の傷を撫でて行けば、それは立ち所に彼らの傷を痛みを苛む異常を拭い去る。 ――残り60秒。 「そこを、退けッ!」 火車、ランディ、瀬恋の猛攻に倒れた敵デュランダルの屍を乗り越え、鷲祐はなおも頑強に立ちはだかる岩石王へソードエアリアルを放った。敵は、部下が3人に岩石王が4体、それに砂と石の木偶達が6体。 黒鏡面の呪文は止まない。そろそろ完了してしまうかもしれない。あと少し。あと少しで辿り着く。こちらが辿り着くのが先か、彼が唱え終えるのが先か。ここが正念場。全ての命運はこの10秒に懸かっていると言っても過言ではない。10秒、ああ、たった10秒。 そんな中、翼を翻し高く飛び上がったのは――舞姫であった。 高く飛べば回避は困難、ここぞと言わんばかりに――そして『これから舞姫が行うであろう事』を是が非でも阻止する為に、岩石王二体の凄まじい早撃ちと砂人形の拳銃が少女に襲い掛かる。幾つもの弾丸が舞姫の体を穿ち、セーラー服を血に染める。 「――ッ…… 負けるか、爆破を止めるまで、退くことなど出来るか!!」 護る為。焼き捨てる運命と共に魂を奮い立たせる咆哮、縦令自分が傷だらけになろうとも人を守り抜いてみせる。この右目は、右腕は、その信念の証。決して折れない魂の象徴。 「黒鏡面ーーーーーーーーーッッ!!!」 斯くして、彼女は辿り着く。 幻想纏より取り出す一枚のマント。それを広げる様に投げつける――黒鏡面の視界を覆いつくさんと。 「 !」 視界に広がる布地、黒鏡面は身を翻し――そこでようやっと、リベリスタ達を見た。爆弾から視線がそれた。呪文の効果が消え失せた。 「……」 止められたか。まぁ、想定の範囲内である。寧ろそうでないと。そうこないと。黒い顔に映る見渡す10人。 『独眼隻手の戦姫』 『赤い墓堀』 『鬼爆の文字と業炎撃』 『アークの神速』 「……」 他にも噂を聞いた顔触れ。良いじゃあないか、良いじゃあないか。さぁ戦おう、殺しあおう、殺してやる。殺してやる。皆殺しにしてやる。言葉なき殺意、理由なき悪意。黒鏡面の右腕が変形し、巨大な斧となった。孤独の破軍。忌まわしき思想の下、悍ましい方法で作り出された暴力の化身。 「! 来るぞッ」 杏樹の叫ぶ声の直後、それは振るわれた。何の躊躇もなく。 「!?」 全てに等しく訪れる激痛。血飛沫。何が起こった。血を求め伸びた兇器。有象無象、リベリスタも、フィクサードも、藁人形も、岩石王も、砂人形も、石人形も関係ない。云十を巻き込むその恐るべき威力の特性――『攻撃対象が多い程に威力を増す』。文字通り『孤独の破軍』。 「くッ……!」 その威力にレイラインは顔を顰めた。あと一瞬、身体のギアを上げるのが遅れていたら運命を消費する羽目になっていたかもしれない。攻撃を一手減らすのは痛いが、倒れては身も蓋もない。 敵の射手が放つガトリング、陰陽師が放つ氷雨がリベリスタへ唸りを上げて降り注ぐ。それらを飲み込まんと、運命を焼いて立ち上がったアンジェリカが不吉の紅月でフィクサード陣を薙ぎ払った。 「まだ神父様を見つけてない、それに蝮原さんにももう一度会うんだから……!」 「そこを開けろぉっ!!」 負ける事を、生きる事も諦めない。 それは凪沙も同じく、運命を対価に立ち上がった彼女は統合格闘支援装備 二式改“成香”にオーラパワーと稲妻を乗せて圧倒的な武舞を繰り出した。怒涛のラッシュ。退いてたまるか。執念の一撃で、遂に文字通り岩のような防御を誇る岩石王を一体、撃ち砕いた。 杏樹が放った1¢シュートが黒鏡面の顔を掠める。躱されたか。だが諦めない。その顔に付いた傷を杏樹は見逃さない。雨垂れ石を穿つ。徹底的に同じ位置を狙い、僅かな傷を押し広げて打ち砕く! そんな杏樹を、仲間を支援するためアリステアは歌う。清きものの寵愛を顕現させる。それは敵のホーリーメイガスと奇しくも同じ技、同じタイミング。 フィクサードが回復の術を使うべく再度の詠唱を始めた。と、視界に何か赤い色が映った気がして――気が付いたら自分を見上げていた。どういう事だ?呆然とパクパクさせる口から声が出ない。見開いたその視界には、首をなくして血潮を吹き上がらせる自分の体と――その目前、墓堀りを振るい終えた、赤い、紅い、赫い、悪夢に他ならぬ血の様な 真紅、が、 …… 「回復役は潰した。気ィ引き締めて往くぞ、お前等!!」 返り血に超強化戦闘服ROV-ナイトスカーレットを更に紅く染めたランディの声が響く。それを聞きつつ、瀬恋は最悪な災厄の右手を岩石王へ差し向けた。せり出す砲身、火を吐くと共に。 「ぶっかましてやんなぁ、宮部乃宮のニーサン!!」 その言葉が終わる時には、彼は攻撃を受け怯んだ岩石王を押し退け黒鏡面の真正面。ゴキリ鳴らした拳に業炎を纏って。 「どうあってもテメェの邪魔をしてぇ……! どうあってもテメェをぶん殴りてぇ……! テメェの無顔面はどう歪むんだ? 楽しみにしてんだオレぁよぉおお!!」 思い切り振り被り、全身全霊で叩き付けた。 ――残り50秒。 後方より来る木偶の数が増え、フィクサード陣の猛攻に、全体攻撃で戦場を支え続けていたアンジェリカが遂に倒れ伏した。友の尽力を無駄にはしまいと、凪沙は歯を食い縛り血だらけになりながらも行動の邪魔をしてくる岩石王へ土砕掌を叩き込む。舞姫も同じくと光の刺突を以て岩石王を攻める。ギルティドライブを黒曜の切っ先で受け流し、隻眼で睨め付けた。 立て続けに起こる石人形の爆発、インヤンマスターの氷雨がリベリスタ達を追い詰める。 それでも、リベリスタは立ち上がった。運命を焼いて。 「冗談きついわい……こんな地の底で死ぬ気はないぞよ!」 アリステアの回復があるとはいえ、血みどろの死闘。誰一人死ぬでないぞ――心で祈り、レイラインが翼をはためかせて一閃に黒鏡面へと吶喊を仕掛けた。 「引っ掻き回してくれようぞ、永久に黙らせてやるのじゃー!」 既に残り時間は半分に達しようとしていた。もう、残りは全身全霊我武者羅に攻め続ける他にない。ソニックエッジ。黒鏡面が防御に構えた斧ごと攻める。只管攻める。 飛び下がった黒鏡面へ癒しの術を施したのは、彼に切り刻まれ虫の息の陰陽師だった。刹那、横合いから大きく踏み込んだ瀬恋が荒れ狂う殺意と共に破壊的な一撃を放つ。暴力のままに振るわれた拳が陰陽師の左胸を貫く。迸る治療の血飛沫。されど頽れる彼は恍惚と笑んでいた。最期まで。異常だ。狂気だ。黒鏡面が瀬恋を見た、様な気がする。やはり恍惚と。そのまま彼女を指差した。そして、親指を地面へ突き立てた。単純な挑発だ。何よりも何よりも何よりも何よりも戦闘が闘争が死闘が死合いが戦いが戦いが戦いが、戦いが好きだ。それが裏野部。 暴力を、暴力を、もっと暴力を! 「……上等だ、そんなに戦いてぇならお望み通りぶち殺すまでやってやるよ!!」 拳に火を灯す火車と共に、躍り掛かる。 「ぐ、ッ」 一方。背後からの木偶達による攻撃に杏樹は傷だらけになっていた。焼け焦げた修道服、血を流しすぎた所為でふらつく頭。それでもフェイトを代価に、自らの体をアストライアを盾にして少しでもアリステアの被弾を減らしている。現に、回復手は今だフェイトに頼る事無くその歌声を響かせ続けていた。 されどアリステアとて無傷ではない。おそらく……これ以上敵が増えたら倒れる危機が出てくるだろう、そうはならぬよう次手からは彼女を庇う事に専心せねばならない。そして、口惜しいが長くは保つまい。となればマトモに攻撃できるのはこれで最後か。 今度こそ。 アストライアを構えた。 神様。神様。ロクデナシのくそやろう。これだけ祈ってきたんだ、こんなに頑張っている人がいるんだ、護らなくちゃならない人がいるんだ。だから、頼む。頼むよ、偶には願いを聞いてくれ―― 「全ての子羊と狩人に安らぎと安寧を――Amen.」 誠に汝らに告ぐ、と。放つ弓が戦場を駆けた。あらゆるものを飛び越して、それは、そして、一直線に、吸い込まれる様に、 「う、あ!?」 突き刺さった。黒鏡面の左目。 呪文以外で黒鏡面が初めて漏らした声。悲鳴。左手で顔を抑えて、矢を無理やりに引っこ抜けば機械化した顔面の中にあったコードが鏃に絡んで血に濡れた。 そしてその隙を、百戦錬磨のランディが見過ごす筈もなく。 「いい得物持ってんじゃねぇか、その『右手』と俺の『兄弟』……勝負と行くか」 踏み込む。振り上げる。グレイヴディガーに全てを込めて。 上等だ、と黒鏡面も左目から血を流しつつ孤独の破軍を振り上げる。 血風を纏う戦鬼烈風陣が唸りを上げて黒鏡面へ襲い掛かった。だが、それを切り裂く様に叩き下ろされたのは執拗な処刑人。振り下ろす。叩き潰す。何度でも何度でも執拗に。 凄まじい火花を上げてぶつかり合う二つの斧。互いに血飛沫を撒き散らす。 「そいつは恐らく俺の兄弟より強いだろう、だがな……それがどうした。 俺は負けたくない、病気だって言われる程にな。それは『コイツ』だってそうなんだよ」 執念で掴み取ったダブルアクションのチャンス。もう一度、もう一度だ! 「てめぇは俺が、ぶっ潰す!!」 全力で振り抜いた、暴風。 ――残り40秒。 先の10秒。鷲祐はそれを全て移動に捧げた。 視線の先には、ランディの猛攻に一旦飛び下がった黒鏡面の――背中。全力移動の理由、背後を取る為。 斯くして神速は、黒鏡面の脳の伝達速度を上回る。 「――斬り裂く!」 奇襲、圧倒的な速度によるソードエアリアル。黒鏡面の背中に大量の傷を刻みこむ。フィクサードが振り返った、同時に横合いから石人形による大爆発が鷲祐だけでなくリベリスタ達を傷付ける。 「撃ってこい。その背に来るぞ、俺の仲間が」 勝利への機会にしがみ付く。その言葉通りに鷲祐の方へ向いていた黒鏡面の背後より真っ赤な炎、火車が業炎撃を振り被る。 「ボサッと余所見してんじゃねぇぞこらぁああ!!」 殴り付ける。叩き付ける。 それの返事に孤独の破軍が一切合財に牙を剥いた。それはリベリスタ達へハニーコムガトリングを放っていた敵射手まで巻き込んで、射手の胴を上と下に離れさせる。されどそれを埋める様に、湧いて出てくるは10近くの数に上る木偶達。その爆発と岩石王のギルティドライブに耐え切れず、遂に凪沙が自らの血沼に倒れ伏す。 他の面々も木偶や岩石王に阻まれ、上手く黒鏡面を狙う事が出来ない。それでも回復の為に謳い続けるアリステアの声が途切れないのが杏樹が決死の覚悟で庇い続けているからだ。 更に舞姫はその美技による魅了によって石人形を自爆させ、傷付いた砂人形達と岩石王一体を葬り去る。幾ら敵が雪崩れ込んで来ようと、最後まで齧り付いてみせる。 一進一退、どちらが有利とも言い難いか。されど時間は無情に過ぎて行く。 ――残り30秒。 獅子奮迅と猛攻する咬兵の間をすり抜けて乱入してくる木偶達の数が更に増えた。 そしてそれは、孤独の破軍がますます凶悪な威力を持つという事になる。暴力という他に形容し難い一撃が襲い掛かり、レイラインが倒れてしまう。 「せこせこやってる暇なんてねぇんだよ!」 時間がない。故に体力切れも精神力切れも気にしている暇はない。凄まじい反動に全身から血を滴らせながらも瀬恋は断罪の魔弾を放ち、岩石王を跡形もなく吹き飛ばした。 ランディの戦鬼烈風陣と舞姫が魅了した砂人形の自爆によって黒鏡面を護る砂人形達が薙ぎ払われ、開けた道にて火車と鷲祐が黒鏡面を挟撃する。 焦りの見え始めるリベリスタ。対照的に、黒鏡面は一層愉快気に。リベリスタの焦りが楽しいのではない、混沌として来た戦況が、誰しもに囁く死神の手招きが。 ――残り20秒。 杏樹おねえちゃん、と泣き腫らした声で何度も何度も自分の名を呼ぶ声がする。 あれから幾度砂人形の爆発に巻き込まれたか。幾度孤独の破軍に切り裂かれたか。 寒い。寒い。視界が暗い。目の前が霞む。 されど全ての攻撃を一身に引き受けるべく抱き締める様にしているアリステアの体温で、まだ倒れてはならぬと杏樹は意識を現実に引き戻すのだ。血反吐を吐いてでも悪足掻く。傷付く事など怖くない。仲間が欠ける事の方がよっぽど怖い。 守れる数なんてたかが知れてる? そうだ、その通りだ。全てを護りきれるほど自分は強くない。だが、 「そのたかが位、絶対に欠けさせない」 血に染まりきった掌でアリステアの頭を撫で――杏樹の意識は、深く深く沈んで行った。 本来後衛職である杏樹が――ましてやクロスイージスの様に堅固な防御を持たぬ彼女が、ここまでアリステアを護りきれた事は、ある種の奇跡、または絶対の意志が掴んだ必然か。 あと一人倒れれば、半数が倒れた事になる。それは撤退のライン。 リベリスタが倒れるのが先か、時間が過ぎ切ってしまうのが先か、フィクサードが倒れるのが先か。 砂人形は増え続ける。そして、最後のカウントダウンが始まった。 ――残り10秒。 「諦めるかぁあああああッ!!」 全てを賭けたアル・シャンパーニュ。届け。いや、届かせる。舞姫の刃が黒鏡面の腕を裂く。浅い。ならばもう一度だ。振るう。次の瞬間フィクサードの視界を覆い尽したのは――火車の掌。土砕掌。破壊の気に全身から血を奔らせる。 「……テメェ 使わせたな……? 使わせたよなぁ!?」 フェイト大炎上。逆境、底力、全身全霊。 「味方にやらせて寝るバカいるかぁ! アイツも因縁払いに行ってんだ、寝てる暇なんざぁねぇんだよ!」 四つの任務の中で最も危険な任務へ赴いた恋人の顔が脳裏を過ぎる。故に、負けられない。絶対に。 (こいつを爆発させちゃあ、この上に住んでる奴らが死にまくる事になる) それだけはさせるか。瀬恋は最悪な災厄に罪を赦さぬ怒りを込めて、右の拳を突き付けた。 「ふざけんなよ。てめぇらの遊びになぁ! 関係ねぇやつを巻き込むんじゃねえよぉぉおおおお!!」 運命を歪めて曲げる事すら厭わぬ意思、黙示録に辿り着かぬも渾身の一撃、ギルティドライブ。 轟音、爆煙。 どうだ。 いや、 まだだ……ふらりと立ち上がる黒鏡面。自らの運命をも対価にして、尚も戦いを望んでいる。斧を掲げる。 ――残り6秒。 泣いても笑ってもこれで最後。 ランディは形振り構わず黒鏡面の真正面に吶喊した。 これで最後。相棒の斧を振り上げて。まだ勝負は終わっちゃいない。 勝つんだ。 勝つんだ、絶対に。 例え腕がもげても骨が砕けてもハラワタが飛び出しても良い。執拗な処刑人によって肉を抉られながらも。 「意地の見せ所だ兄弟! 奴の右腕ごとぶち壊せ、俺達が勝つんだってナァ!!」 全てを賭けた捨て身の一撃。グレイヴディガーが振り下ろされた孤独の破軍を弾き返し、嵐の様な旋風を纏ってその持ち主すら切り裂いた。 ふらつき、蹌踉めき、お互いに。 ――残り3秒。 最後の瞬間、黒鏡面の右腕へ身を絡め、孤独の破軍ごと抑え込む者が居た。 「……如何なる強壮な得物も、この場になければ意味は無い」 こうすれば思うままに腕を振るう事も出来まい、鷲祐の鋭い視線が黒鏡面を睨み据える。 奪い取る。破砕する。確実に、絶対に! 速さとは―― 「足が速いんじゃあない。強いんだ」 神速を賭して、運命を賭して。 音速の刃で腕ごと。 黒鏡面の腕を掴んだまま脚に全ての力を込めて地を蹴った。 「弾指六十五刹那。ジョーカーはBetした!」 速さとは―― 流星の様な速度、目指す先は堅い岩の壁。真正面から。叩き付ける心算。自分諸共。 速度に乗った、乗せられた一速。全速遠心。 これが神速。 速さとは。 「――つまり、そういうことだッ!!」 凄まじい音。 大量の土煙。 視界を全て覆い尽す―― ●崩 砂煙の中、血の海の中、先ず見えたのは倒れた鷲祐の姿であった。 息を飲む。だが、そのすぐ隣。同じく、倒れ伏して沈黙した黒鏡面の姿。 その右腕は滅茶苦茶に壊れていた。そして彼の血肉とコードが絡み付いた両刃の斧は、孤独の破軍は…… 片刃が砕けていた。 それはランディとグレイヴディガーが刻み込んだ僅かな傷を切欠に、鷲祐の特攻によってできたもの。 ――残り0秒。 「――おい! 時間だ、退くぞ!!」 咬兵の声に我に返る。大量の木偶が雪崩れ込んでくる前に、皆で傷付いた仲間を抱えて撤退を始めた。振り返る先、フィクサードもまた孤独の破軍と共に岩石王に抱えられ撤退を始めている。あの様子では当分意識は戻るまい。 ●そして、 「上手く行ったみてぇだな」 アリステアの天使の息を受けて傷を癒した咬兵が息を吐きつつ一言。と、彼の腕に抱えられていたアンジェリカが目を覚ます。 「……起きたか。死なずに済んで、」 良かったな。という言葉は、泣きそうな顔で抱き付いてきたアンジェリカに阻まれる。 「よかった……!」 安堵の吐息。リベリスタ達も通路を駆けつつもぎ取った勝利にようやっと息を吐く。 火車も同じく、浅く息を吐きかけて――ふ、と。 『火車くん』 名を呼ばれた様な。灯る火の様に温かい手で、頬を優しく撫でられた様な。 無意識的に立ち止まる。撫でられた頬に手をやって。 「…… 朱子、……?」 振り返れど、そこには何も無い。 ●消えない火 後にリベリスタ達は知った。 他所の巨大爆弾の爆発により、街が沈んでしまった事を。 そして、仲間が一人――帰らぬ人となった事を。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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