●幽霊船 幽霊船。時代遅れに聞こえるそんな言葉も、神秘に馴染んだ人間ならそう古くも思えない。むしろある程度の推察がつく。 アーティファクト『死者の王笏(リゲイリアオブアンデッド)』……Eアンデッドを使役するアーティファクトである。船の上でそれを使い、アンデッドが船を動かしているのだ。 厄介なことにそのアーティファクトを使用した本人も発動の際に死亡しており、船は文字通り死者の船となっていた。いつしか船のエンジンが動かなくなり、それでも沈没することなく船は海を彷徨っている。 そんな幽霊船に乗り込むフィクサードたちがいた。 「あーあ、本当に死人だらけだよ。大丈夫なのかね?」 「問題ない。『死者の王笏』による命令は『俺に従え』だったそうだ。従ったけど命令は与えられていないから、こちらに襲いかかってくることはない」 「じゃあ、予定通りいくね。私たちがアーティファクトで、残りはアーク対応」 「ラジャ。……なぁ」 「何?」 「いや、いい。生きて帰って来いよ」 「……うん。じゃあ、また」 ●アークのリベリスタ 「ゼロキュウヨンゴ。ブリーフィングを開始します」 録音機にスイッチを入れて、資料を開く。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタたちの顔を見ながらこれから起こるであろう神秘の説明を始めた。 「皆さんには太平洋上にある船を襲撃してもらいます」 は? 和泉の説明に怪訝な顔になるリベリスタ達。和泉は説明の為にモニターに画像を映し出した。大型のフェリーと、一本の杖が写し出される。 「杖はアーティファクトです。名前を『死者の王笏(リゲイリアオブアンデッド)』……このアーティファクトの暴走によってこのフェリー内の船員達はEアンデッドとなり、この船は幽霊船になりました。 皆さんにはこの『死者の王笏』を奪取していただきます」 「なるほど。Eアンデッドを倒しながら『王笏』を手に入れろ、ってことか」 「いいえ。このEアンデッドは襲い掛かってきません。攻撃しても反撃すらしません。 ですが、『王笏』を求めて剣林のフィクサードが船にやってきます。彼らが『王笏』を持ち逃げする前に、こちらで押さえてください」 ざわめくブリーフィングルーム。七派の中でも武闘派として知られる剣林。彼らの戦闘能力は、他の七派と比べても頭一つ抜きん出ている。 「フィクサードは六人構成です。そのうち二人が『王笏』に向かって進んでいて、残り四人が要所で待機しています。おそらく、こちらの襲撃を予知しているのでしょう」 『万華鏡』には叶わないが、剣林にもフォーチュナがいる。多少の未来予知はしてあるようだ。 「『王笏』までの最短ルートはこちらです。これ以外のルートを使えば、フィクサードにアーティファクトを奪取されてしまうでしょう」 和泉の言葉と共に、フェリーの地図と赤青の矢印が写し出される。青い矢印に『ARK』の印が入り、途中で赤い矢印と激突したバツ印が浮かぶ。バツ印の数は。三つ。 「敵は一人二組の三チーム構成です。甲板に一チーム。船内の廊下に一チーム。そして『王笏』のある客室で一チーム。 それぞれがそれぞれの武器のエキスパートです。油断しないでください」 「……これ、無理矢理突破することもできるよな?」 人数が二人ずつということは、二人で押さえればそれ以外の人間は先に進むことができる。和泉は複雑な表情で頷いた。 「はい。ですが戦力分散は危険です。相手は相応の強さを持っています」 渡された資料を手にして、リベリスタ達の顔は真剣なものになる。純粋な戦闘力ではアークの精鋭といい勝負だ。 「剣林が『王笏』を手にすれば、どのような被害が生まれるかわかりません。何よりもEアンデッドを放置するわけには行きません。 皆さん、よろしくお願いします」 ●フィクサード 「へっ。オレも馬鹿だな。惚れた相手の背中を押し出すなんて」 「ヨリコの想いは変えれません。それが今の彼女の原動力です。……それでもヨリコを愛しているのですね」 「すまねぇ、サトコ。お前の気持ちを利用する形になった。それでもオレは」 「言わないでください。形はどうあれ、貴方の傍にいることが私の望み」 「ヨリコは裏切ると思うか?」 「神の名にかけて。『王笏』を盗み、カズマのEアンデッドと逃亡するだろう」 「リーダーとして止めるべきなんだろうね、これは」 「だが止めない。それがオマエだと言うことは理解している。なるようになるさ」 「バカ兄貴! ……畜生、本当に死んでたなんて!」 「カズマ。ようやく、会えたね。……寒かったでしょう? こんなに冷たくなって……」 「ヨリコ……。悪いけど泣いてる余裕はないよ」 「うん。わかってる。『王笏』があれば、ずっと一緒にいられるよ。だから、もう少しだけ待っててね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月02日(土)00:00 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●開戦 アークのヘリコプターが船に近づき、10人のリベリスタが船の上に降り立つ。 その先には二人のフィクサード。ナルミは銃を抜き、サトコは盾を構えてリベリスタ達を見据える。 「私の名前は『古末都玖利』十文字サトコ! 勇あるアークのリベリスタよ。我が盾を貫いてみよ!」 「うっせえこの自己満足型臆病者! 傍にいるだけが望みとかただの妥協でしょーが! んな言い訳ヘタレに何言われても腹なんか立たんわバーカバーカ!」 言い返したのは『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)だ。仲間の一人を庇いながら、言葉を返す。それが暴言だと自分でもわかっている。それでもうさぎは叫ばざるを得なかった。好きな人の傍にいるだけで幸せと言うサトコ。それはまるで―― 「参りましょう。急がないと『王笏』が」 上位存在の息吹を放ってサトコの挑発で熱くなった皆の頭を冷やす『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)。死者を使役するアーティファクト。それは自然の摂理に反するもの。何よりも死者の冒涜になる。瞳に強い意志を宿して『王笏』奪還を誓う。 幻想纏いの通信機能をONにして、全員といつでも通話できる状態にする。そしてそのまま船の中に走るリベリスタ。無論、フィクサードはそれを押さえようと動くのだが、 「貴方の相手は私です。よろしくお願いします」 「貴様たちの相手は自分たちが行おう」 メイド服のスカートを指先でつまみ一礼する『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)がナルミを。軍帽を被りなおしながら前に出る『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)がサトコを押さえ込む。 「御武運を!」 その横を通り抜ける『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)を始めとした八人のリベリスタ達。 そして通路で待ち構えていた二人のフィクサード。 「……来たか、リベリスタ」 フィンガーバレットを構えたイズルとガントレットを腕に嵌めたエイジが、通路で待ち構えていた。 「退いて頂けませんか? ……この結末では、誰も幸せになれません」 「そいつを理解したうえで、ノーだ」 「葛木猛だ、お相手願うぜ……!」 「千鳥エイジ。神の名にかけて、手加減しない」 舞姫がイズルを。『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)がエイジを相手する。他のリベリスタ達はそれを確認するとエントランスホールのほうに走っていく。 そして、エントランスホールでは。 「これが『死者の王笏』……! こんなものの為に、こんなものの為に!」 「ヨリコ……来たよ」 長さにすれば1メートル。王の証と言う杖にしては些か地味なイメージを受ける一本の王笏。レガイリアオブアンデッド。死者を繰るアーティファクト。それを手にしたヨリコと、それを護るように立つミナコ。 「そこまでだ!」 「『死者の王笏』……目標確認です」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)と『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)がエントランスに入る。 「くくく。今回も暴れさせてもらう。皆殺しだ!」 「フィクサードなんざ、みんな消えちまえばいいのさ」 好戦的な『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)とフィクサードに恨みを持つ『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が破界器を手に前に立つ。 「自己満足で許される範囲じゃないんですよ、それ(死者の王笏)は」 「無念な気持ちもわからなくは有りませんが……」 うさぎとカルナもエントランスに入り、『死者の王笏』を視認する。 総勢六名のリベリスタ達はエントランスホールにいフィクサードと、そして他にEアンデッドがいないかを確認する。 「……Eアンデッドは、いなさそうだな」 「そうね。私たちも予想外だった」 ヨリコは『死者の王笏』を手にリベリスタの言葉に答える。彼らもフォーチュナも、この船の中にいるEアンデッドの数と配置までは予知できなかったようだ。あわよくばコントロールしてリベリスタに対する壁にしようと目論んではいたのだが。 それでもこの船を動かしているのはEアンデッドということを思えば、やはり『王笏』は放置できない。自沈を命じればこの船は海の藻屑となるのだ。 「一度だけ聞くわ。見逃して。私はこの『王笏』をもって剣林を抜ける。二度とこの世界に関わらない」 ヨリコの問いかけに、六人のリベリスタは破界器を構えて拒否の意を示す。それに答えるようにヨリコとミナコもそれぞれの武器を抜く。 風が吹く。海の風は船を揺らす。その衝撃が戦闘開始の合図となった。 ●甲板 甲板の戦いは静と動に分かれる。 クロスイージス同士、高い防御力を誇るウラジミールとサトコを静とするなら。 スターサジタリ同士、遠距離攻撃を持つモニカとナルミが甲板の上で移動しながら射撃を行なう二人は動と言えよう。 不動の構えを取るウラジミール。コンバットナイフ『NW-1-01』を手に破邪の光をこめた一閃を放つ。サトコのダブルシールドを薙ぐようにナイフが走れば、突如刃は方向を変えてその隙間を縫うように動く。素早い動きと軌道の変化。同じクロスイージスとしての思考。何よりもウラミジールの戦闘経験の深さ。それを証明するようにサトコの頬に赤い線が走る。 「お返しです」 サトコはダブルシールドを構え、その重量で押しつぶそうと足を踏ん張る。そのまま突撃し、ウラジミールの全身を強打した。その衝撃に耐えながら熟練のロシヤーネは口を開く。その端から一筋の血が流れた。 「死んでも愛しているか。だが、それは生者の我が儘であり死者の体に宿った幻で慰むだけではないのかね」 「否定はしない。だがその幻で癒える人がいるのだ」 「だがそれは幻だ。それに依存してはいけない。 それをダメだと誰も言えなかったのは弱さであろう」 ウラジミールは血を拭いながら立ち上がる。ウラジミールにも亡くした人はいる。両親、妻、妹。瞳をつぶればその姿が思い出される。もし彼らが蘇るのなら……そんな問いかけに意味はない。もしも、だったら。仮定はあくまで仮定だ。現実を見据え、前に進む。それがウラジミールの選んだ道。 「ならば、大人がそれを正さねばなるまい」 その瞳に揺るぎはない。彼らの目的など理解している。その上でウラジミールは戦場に立つ。 「では、任務を開始する」 ぶつかり合う不動と不屈。その横を弾丸が走る。 「殲滅開始です。うぃーんうぃーん」 甲板の上をモニカが走る。メイド服を翻らせ重戦車の装甲を貫く性能を持つ『九七式自動砲・改式「虎殺し」』を放つ。戦場に弾丸が撒き散らされ、フィクサードを傷つけていく。銀の瞳がナルミの動きを捉えた。 甲板の柱からナルミが飛び出し、モニカを狙い打つ。射程と射撃の精密さではナルミに分がある。ナルミは移動しながらモニカをじわじわと追い詰めていく。 「射程面はあちらが有利ですが逆にそこに付け入る隙があります」 モニカはナルミを追いかけながら、砲撃を繰り返す。じわりじわりと甲板の隅にナルミを追い詰めるように。 「遠い間合いを活用しようとすればするほど、空間の限定された戦闘区域では却って身動きが取れなくなるものです」 ナルミもそれをわかっているのか、モニカの言葉に笑みを浮かべた。 「追い詰められる前に、倒してしまえばいいんだろう?」 「はい」 モニカはナルミの言葉を肯定する。実際問題として、回復をする人がいないこの構成ではお互いのダメージが積み重なるだけ。火力と体力が勝負の決め手となる。 「ですがそれが容易いことと思わないでください。例えるなら貴方の恋が実る程度の確率です」 「なっ!」 「おや、気付かれていないとでも。まぁ『万華鏡』は基本プライバシー無視ですからね」 柱から柱。柱からコンテナ。コンテナから壁。遮蔽物を利用しながらモニカは移動し、銃を放つ。無表情に毒舌を放ちながらの銃撃戦。高い集中力が相手の動きをスロー映像のように捕らえる。あとは大火力で攻めるのみ。 「その減らず口、ここで封じてやる!」 「焦らないで、ナルミ。時間をかければ倒せない相手ではない」 熱くなるナルミをサトコが制する。同職同士だが、その実力はフィクサードサイドに軍配があがる。それはこの場にいる四人とも理解はしている。 それでもリベリスタの瞳は絶望しない。勝利を信じて、武器を振るう。 ●廊下 例えばである。 彼らが単純な悪役で、『死者の王笏』を使用して悪事をもくろんでいるフィクサードだったら気持ちは楽だっただろう。 自分が正しく、相手が悪い。故にこの拳は暴力に非ず、正義の鉄槌なのだ。良心の呵責なく加減なく武器を震える。 だが、事情を知ってしまった。『万華鏡』の性能ゆえに彼らが何ゆえここで戦うかを知ってしまった。けして彼らは単純な悪ではなく、『死者の王笏』を悪用する人間ではない。 舞姫は一尺二寸の脇差『黒曜』をイズルに振るいながら、そのことを思う。二人の距離は脇差の間合い。迫り来る刃を反らし、流し、そしてその体に刻まれながらイズルは指先を舞姫に向け、弾丸を撃ち放つ。 「もう一度聞きます。退いてください。この戦いに何の意味があるんですか?」 舞姫の武器は圧倒的な速度。縦に、横に、斜めに。その隻腕から流れるように繰り出される刃の嵐。それは相手の動きを封じるように叩き付けられる。『引く』動作が素早ければ日本刀の鋭さは増し、その分深く相手を傷つける。 「『万華鏡』で見たんだろう? 仲間の一人がそれで救われる」 「それは救いではありません。……いえ、救いかもしれませんが意味がありません!」 「意味ならある。少なくともそうと信じてヨリコはこの任務をうけた。オレはヨリコが救われると信じてこの任務を受けた。 アークのリベリスタ。あんたらは誰かを救うために戦うんだろう? 根っこは違うが、基本的には同じことだ。後に破滅がまとうとも、世界が滅びようとも。仲間を救うために俺たちは武器を振るう」 それが彼らの戦う意味。愚かだと知っていながらその意志に揺るぎはない。その撃ち抜きはまさに神速。動作が速いのもある。だがイズルの真価は格闘動作の最中に銃口を向けるその動きだ。 「己が信念と仲間のために戦うならば、是非もありません」 その弾丸を避け、『武者大袖』で受け流し、時折避けきれずに血を流しながら舞姫は隻眼をイズルに向ける。相手を認め、そしてなお止めると言う意思を込めて。 「互いに譲れぬもののため、全身全霊をかけて」 「アークの正義。俺たちの正義。意志と意地をこめて」 「我が「刃」「弾丸」に、迷いは無い!」 脇差とフィンガーバレット。刃と弾丸が交差する。 その隣で猛とエイジが戦いを繰り広げていた。 共に拳に稲妻を宿し、拳を振るう。闘志の篭った瞳で相手の瞳を射抜きながら、互いに引くことなく、しかし止まることなく動き続けていた。猛が振るった拳を払いながらエイジが踏み込み、ジャブ&ストレートのワンツーパンチを拳を猛が顔を反らして避ける。エイジがその巨躯に似合わない動きでしゃがみこみ脚を払えば、猛は壁を蹴ってエイジの顔にとび蹴りを放った。 その脚を受け止め、力を込めながらエイジは笑みを浮かべる。猛は片足を地面につけ、回転するように脚を払って拘束を外した。 「お前らを納得させる理屈なんざ、俺は持ってきちゃいねえ」 猛もまた、『万華鏡』で事情を知っている。猛は猛なりに思考し、悩み、そして結論を出した。 「だからよ、俺はただ全力でお前達を止める」 「アークの任務の為に、拳を振るうと言うのかね。キミは」 「――違う」 大切な人が亡くなる苦しみを猛は知っている。その闇も、痛みも。確かにヨリコには同情すべき所もある。それを助けようとする仲間の行動も理解できなくはない。 猛はエリューション事件で大切な人を失っている。自分の両親と言ってもいい存在を失い、暴力に荒れていた時期もあった。 だが、それを立ち直らせたのは大切な人の思い出だ。自分の心の傷は自分の心の中でしか癒せない。他者の言葉も、絆も必要だが、最後に立ち上がるのは自分の力なのだ。ましてや『死者の王笏』のような物に頼るのはただの逃げだ。 死の痛みから立ち上がるのに、『死者の王笏』なんていらない。それだけはわかる。 だからこれはアークの任務の為ではない。 「これは『俺』の意志だ。葛木猛という一人の人間の拳だ」 エイジに向けて拳を握る。稲妻が爆ぜ、彼の二つ名を示す蒼い光が猛の顔を照らした。決意の表情を。 「ならば私は誓おう。全力でキミを止めると。神の意志ではなく、千鳥エイジの名にかけて」 「そっちが格上だってのは承知の上だ」 対峙すれば否応なしに実力差は理解できる。その差を感じながら、猛は拳を握る。答えなんて決まっている。最初から、出し惜しみの無い己の全力を目の前の存在にぶつけるのみ。 「おおおおおおおお!」 「があああああああ!」 拳と拳が打ち合い、稲妻が廊下で渦まく―― ●エントランス リベリスタの目的は『死者の王笏』の奪取である。 そしてリベリスタの作戦は、ヨリコの持っている『死者の王笏』を手放させること。雷音が適切な射線を確保し、チャイカが『M・Tablet』を手にヨリコの手を狙い打とうと―― 「遅い」 気がつけば抜刀したヨリコがリベリスタに接近していた。虚を突くような速度。前衛の御龍に阻まれるが、その一撃で大きく体力を削られる。 放たれた気の糸はヨリコの手に当たることなく、またヨリコもその一撃でリベリスタの狙いを悟る。用意してあったバッグに『死者の王笏』をしまう。狙いにくくはなったが、狙えない場所ではない。 「お前等にもいろいろあるらしいが、知ったことか」 カルラは接近してきたより子に迫り、解放した自らの闇を操ってヨリコにぶつける。振るわれる黒一色のナイトランスは射出機構と回転機構を備えたもの。発生した円環状の力場が日本刀とぶつかり合い、火花を散らしながら突き進む。 「むしろあるからぶっ潰す」 「そうね、リベリスタ。邪魔をするなら斬るわ」 ヨリコはカルラのランスを払いながら、真っ直ぐにカルラを見た。人を殺したことのあるものの目。対象を心の通った人間と思わず、作業のように命を奪う殺人者の瞳。 「アンデッドを使役する杖、ね。他人を踏み付けるのが当然なフィクサード共は欲しがるよな」 カルラはフィクサードに強い憎悪を抱いている。フィクサードに拉致されたカルラにとって戦う理由は、フィクサードに対する憎しみだ。悪事に対する強い憎悪。それは悪事に苦しむものw助けたいと言う心の裏返し。 「そうね。目的の為には倫理を無視する。組織への貢献も、仲間の信頼も。何もかも切り捨てて私は『死者の王笏』を手にするわ」 「は! 貴様等こそ踏み付けられて絶望して終わるべきだ!」 カルラのナイトランスの回転がさらに早くなる。そこに乗せられた闇の波動はヨリコの心を切り裂かんと迫り、その速度を奪う。その反動でカルラも傷つくが、構いなどしない。この一撃でフィクサードを傷つけることができるのなら、安いものだ。 「絶望なんてもう何度でもした。それでも終わらない。私はこの『王笏』で――」 動きを封じられながら、ヨリコの心はとまらない。 「真っ向勝負じゃ」 月の石でできたと言われる伝説の斬馬刀『月龍丸』の切っ先をミナコに向ける御龍。体内の気を爆発させ、全身の筋肉を引き絞り、裂帛の気合と共に破界器をミナコに向けて振り下ろした。破界器同士がぶつかり合う音が響く。破界器で受け止めたにもかかわらず、ミナコの額が割れて、そこから血が流れていた。 「効いたよ、アンタ。コイツはお返しだ!」 ミナコのハルバードが翻り、回転し、そして連続で突き出される。怒涛の連続攻撃に傷を受ける御龍。その口調が、いつもの間延びしたものではなく何かのスイッチが入ったかのように冷酷なものになる。 「いいぞ。いいぞ! 我をもっと楽しませろ!」 傷による痛みを笑って流しながら、御龍は鬼と化す。戦いを楽しむ戦闘狂人。残酷で冷酷そして冷静な鬼神に。 「くくくく! 誰一人として逃がさんぞ! 怨敵必殺、全て叩き潰してくれるわ!」 「そうはいくか。おまえ達全てを退けて、ヨリコと兄貴を――」 「いや、親友なら止めなさいよ」 うさぎがミナコのハルバードの内側に入るように迫る。その動き、まさに暗殺者の如く。夜に歩く魔の如く、音なく近づき鉄壁をすり抜けるナイトクリークの動き。 『11人の鬼』と呼ばれる涙的状の破界器が死の刻印を刻む。じわりじわりと死に近づいていくミナコの身体。しかしミナコの動きは今だ止まる気配はない。 「要は心中の手伝いでしょうにそれ」 「だからどうした? 命は大事だから心中するなというのか」 うさぎの言葉に激昂するミナコ。 「そうさ。ヨリコは兄貴と逃げて、きっと命を失う。でもヨリコはそれを望んだんだ。兄貴を失ったときのヨリコは見ちゃいられなかった! あの時に比べれば、今のよりこの方がよっぽど『生きて』いる!」 うさぎはミナコの言葉を聞き、無表情に三白眼でヨリコを見る。愛するものを失い落ち込むよりは、例え死に向かっていても今の方がいい。どちらがいいかを判断することはうさぎにはできかかった。だが、これだけは言わなくてはいけない。否定しなければいけない。 「そんなのはただの自己満足です。現実をみれば死に行く親友を貴方は見捨てるんです」 「……ッ! 黙れ!」 「自覚はあるようですね」 うさぎ自身、これが暴言であることなど気付いている。これはただの揚げ足取りで、彼らには彼らなりの絆があることなどわかっている。 だけど、うさぎは否定する。しなくてはいけないのだ。破界器を強く握り締め、前に出る。どうあれ、この場を制圧しなければならない。 「死した者を無理矢理起こし、使役する事は摂理への冒涜です」 カルナは祈りながら、言葉をつむぐ。彼女の祈りは幽霊船の中でも天に届き、つむがれる詩はリベリスタの傷を癒していく。白いフリージアの飾りが揺れる。それはずっと一緒にいられるようにと恋人に送られた物。 「そんな物の力で彼を従わせたところで、それは貴方の自己満足に過ぎないのではないでしょうか……」 「否定はしない。これが自己満足だとか、みんなの迷惑とか、全てわかってる」 ヨリコはカルナの問いに答える。血を吐くような苦しい表情。それは何度も悩み、苦しんだから。それでも彼女はこの結末を選んだのだ。 「リベリスタ。アンタ、好きな人はいるか?」 「はい」 「もしアンタが私の立場だったどうする?」 それはただの意地悪でもあり、純粋な疑問でもあり、そして懺悔でもあった。もし、なんてただの仮定だ。自分と他人を比べることに意味なんてない。カルナの想い人は死んではおらず、ヨリコの想い人は死んだ。それ以上の意味なんてない。 ヨリコはこんな意味のない問いかけに、答えなんて返ってこないと思っていた。だからカルナの次の行動には驚きの表情を浮かべてしまった。 「主は、愛することを否定しません」 胸元で十字を切ってカルナは答える。嘘偽りのない彼女の真実。 「死が二人を分かつとも。好きな人を愛することを否定はしません。 その愛が心にある限り、私は悲しみに耐えることができるでしょう」 祈る。幽霊船の中にあってもカルナの祈りは天に届くように美しく、疑うことをためらうほどに清らかだった。それでいてその芯は、強い。 「貴方の心の中には、彼への愛があります。それを穢させるわけにはいきません。 彼を眠らせてあげるの事こそが正しいと思います」 カルナはタロットカード型の幻想纏いを手にする。『節制』の正位置は調和、節度、そして献身。誰かの為に犠牲になれる強く優しい心。それを掲げ、カルナは謳う。リベリスタの傷を癒すために。 「死んだ人の体だけを動かす事に、何の意味があるのでしょうか」 チェイカがヨリコの瞳を見て言う。翼を広げてわずかに浮きながら、指先に神秘の力を込めながらだらりと垂らす、適度の力を抜き、大切なときに必要なだけ動かす。どれだけ腕を動かせばいいかは計算済み。渇く喉を唾を飲み込んで潤しながら、最適の結果を得るために時間を待つ。 「愛するのならなおさら、ちゃんと葬ってあげたい……私は、そう思います」 「……そうね。私もそうするのが一番だと思う」 ヨリコは道理がわからない子供ではない。これから先に待っている破滅を理解できないわけでもない。 「でも、私は『王笏』を手に入れてしまった。カズマと共に過ごす手段を手にいれた」 失ってしまった恋人と過ごす唯一のチャンス。それがどれだけ甘美な誘いなのか。それがアーティファクトによるものだとしても。物言わぬ死者だとしても。その先に破滅が待っているとしても。 その誘惑を振り払うには、ヨリコは弱すぎた。 「だから『王笏』は渡さない」 「私は……」 チャイカは言葉を重ねようとして、首を振る。伝えるべき言葉は伝えた。ならば行動あるのみだ。ヨリコが渡さないと言うのなら、こちらは奪うのみ。 「――自己座標確定」 遠くを見るように意識して、視界を広げる。エントランスの全容をイメージし、その中に自らを置く。 「――船内振幅予測完了」 これまで繰り返された船の揺れ。 「――気流モデル化終了」 エントランス内の吸気口排気口の位置と、大気の流れ。 「――コリオリ力計算完了」 地球の自転を含め身体を動かした際の移動速度に比例した力の流され方。 「――弾道誤差半径1,35cm。未来位置予測誤差3,50cmで収束」 チャイカの脳内でイメージされるヨリコの位置。そして『死者の王笏』を入れたバッグの場所。 ――演算完了。 「射出しますよー!」 言葉にすれば、気の糸を放ちヨリコのカバンを狙い打った。ただそれだけのこと。 その下には激しい集中力と計算がある。まるで白鳥の水面下の足の動きのよう。全ての研究開発がそうであるように、たった一つの結果に数多の思考と計算を重ねる。それが、天才と呼ばれる人間なのだ。 白い翼の少女は息を吐き、結果を示す。 「『王笏』、弾き落としました!」 「うむ。まかせろ」 はじけたように動き出す雷音。本来後衛の彼女だが、こここそ踏ん張り時とばかりに前に出た。『死者の王笏』が入ったバックに手を伸ばす。 無論それを許すヨリコではない。素早い日本刀の一撃が雷音の背中を斬る。物理防御が低い彼女はその一撃で深手を負うが、その痛みに耐えながらヨリコを見返した。カバンを握り締め、口を開く。 「失われた大切な人にもう一度逢えるなら」 その一言に追撃を咥えようとしたヨリコの動きが止まる。 「でもそれは生命の禁忌。彼岸と此岸は相容れないものなのだ」 「それを為すのがこの『死者の王笏』なのよ。 逢いたいという気持ちにウソはつけない。禁忌だからとわかっていても、手を伸ばせば届く場所にカズマがいるの」 四十万ヨリコの行動原理はまさにそれ。剣林でもない。フィクサードでもない。革醒者でもないたった一人の個人の叫び。 雷音はカバン越しに『死者の王笏』の感触を確かめる。ああ、そうだ。その気持ちはすごく理解できる。このアーティファクトを使えば、たとえば殺された両親に会えるかもしれない。このままカバンを持って逃げれば。 「逃げ――」 雷音は立ち上がり、後ろに下がる。エントランスホールの出口まであと少し。混戦状態の今なら逃げることは可能だろう。使い方はサイレントメモリーを使えばわかるかもしれない。このままカバンを持って逃げれば―― 「陰陽・刀儀」 言葉とともに雷音の周りに刀が舞う。 逃げず、戦うための刀。攻防の援助をする補助具。 逃げず、踏みとどまる意思を込めて、雷音は口を開く。 「逃げなのだ、それは」 顔を上げて、言葉を出す。ヨリコに言うように。自分に言い聞かせるように。 「貴方の大切なひとは貴方の思うようにできるだろう。それが欺瞞だと知っていて、それでもなお、なのだろう」 ヨリコは雷音の言葉を黙って聞いている。一言一言が胸に深く刻まれる。 そしてそれは雷音も同じだった。今まさに逃げようとしていた自分にも、言葉は突き刺さる。 「ソレを許すあなたのお仲間はバカだ! そんなの優しさじゃない。貴方の仲間はちゃんと止めるべきなんだ!」 雷音が踏みとどまれたのは、仲間のおかげ。今ここで戦うアークのリベリスタ。経営している喫茶店で出会う仲間たち。その思い出と絆が、気付かせてくれた。 「死んだものはもう戻らない」 たった一つの真実。喪ったものは戻らない。その真実は、とても痛い。 「そんな欺瞞はボクは認めない!」 だから死者に寄り添うことは欺瞞だ。騙しているのは自分。騙す相手も自分。なんて喜劇。自分で仕掛けた落とし穴に、望んで自ら落ちていくコント。 「……そうね。みんなバカ。それでも」 それでも止まらない。全てわかっていても、止まることなんてできない。心の中に、想いがある限り。 ヨリコの刃は鋭く、ミナコのハルバードは重い。親友と恋人への思いがある。 しかし、リベリスタの破界器も同様に強い。その意志も。決意も。 武器の交差する音が、エントランスホールに響き渡る。 ●リベリスタとフィクサード 共に心折れぬのなら、純粋に実力が戦いを決定する。 相手は七派フィクサードの中でも武闘派、剣林。純粋な実力なら並のフィクサードなど手も足も出ない強さである。 甲板での戦いは、フィクサードが押していた。同職同士の戦い。アークの中でも実力者であるウラジミールとモニカを、剣林のフィクサードは押し込んでいた。 サトコのダブルシールドによるチャージがウラジミールの胸部に叩き込まれる。そのまま壁際まで押し込み、動きを封じようとする。 訓練を受けていない革醒者なら、今の一撃で気を失っていただろう。肺の空気を押し出され、一瞬視界が白く染まる。ウラジミールは運命を燃やして意識を取り戻し、足をしっかり踏ん張って相手を射抜くように見た。 「何故倒れない?」 「任務だからだ」 ずれた軍帽を直しながら、ウラジミールはナイフを繰り出した。複雑な軌跡を描きながら、正確にサトコの急所を狙う。バックラーで相手の攻撃を弾きながら、最小限の動きで最大効率の傷を重ねていく。 「強いてそれ以外の理由をあげるなら、私が大人だからだ」 「大人?」 「そうだ。子供の間違いを正すのが大人の役目だ。 結局、貴様たちは友情ごっこをしてるのだよ」 「……」 サトコは答えない。奥歯を噛み締め、ダブルシールドによる打撃を加えていく。 モニカが追う。ナルミが後ろに引きながら銃を撃つ。 追い詰めながら、モニカは誘導されていることに気付いていた。少しずつ、遮蔽物の多い方に。地の利は向こうにある。 「かまいません。全てぶち抜くのみです」 コンテナを透視して相手の位置を確認する。腕に装着した破界器をその方角に向ける。 ナルミもその気配に気付いているのか、遮蔽物越しにアームガトリンクを構えた。 そこから飛び出したのはどちらが先か。横っ飛びに移動しながら、フルオートで弾丸が飛び交う。互いの横や足元を通過する鉛のシャワー。近くに死があるという身を切るような緊張と、大量の弾丸を放つという破壊衝動に似た高揚感が同時に湧き上がる。 「生憎と」 膝をついたのはモニカだった。赤く染まるメイド服を抑えながら、運命を削り立ち上がる。 「我々の誰一人として貴方がたの悪趣味なコレクションに加わる気はありませんので」 「死ぬ気がないなら、尻尾見せて逃げな。コッチもヒマじゃないんだ」 「それはお互い様です。メイドは二十四時間常に働き続けるものですから」 再び始まるバレットショータイム。銃声と弾丸が甲板に飛び交うパーティ。 そして廊下では。 「はっはぁ!」 突き出される舞姫の突きが、イズルの肩に刺さる。このまま引き抜いて次の一撃を――引き、抜けない。イズルが筋肉に力を入れて、小太刀を封じたのだ。 「終わりだ」 イズルのフィンガーバレットが至近距離で火を吹く。小太刀を離して逃げることもできた。だが、 「傷ついてでも私は仲間を護る!」 引けば距離を詰められる、そうなれば廊下で戦っている仲間へと攻撃が繋がるだろう。それは舞姫にとって許されないことだ。だから、引かない。 銃声、硝煙、そして血の香り。舞姫は運命を血と共に放ち、膝をつくことを拒否した。 「……まだ立つか?」 「ええ、立ちます。あなたを倒して、仲間の元に応援に行きます」 「それができると思ってるのか」 イズルは親指でもう一つの戦いを示す。エイジと猛の戦いだ。 「疾風怒濤、自分の持つ技を一息に相手に叩き込め……!」 エイジの右ストレートが飛ぶ。それを猛が右腕を交差させて反らす。猛はそのまま手首を掴み、動きを抑えようとする。それを腕を半回転させて外すエイジ。そのままの構えで一歩前に出て、稲妻の拳を猛の胸部に叩き込んだ。 「まだだ……! 息の続く限り、身体が動く限り動き続けろ!」 運命を使い、猛は拳を握って息を吸う。新鮮な空気が肺の中に入り込み、わずかな活力が戻ってくる。 「だがそれも長くはもつまい。懺悔のときは近い」 「それがどうした。時間がないのなら、その時間内に全力を尽くすのみだ」 「ならばその全力を見せてみるがいい」 十字を切ってエイジは拳を握る。稲妻をまとい、豪腕が振るわれる。 「最後まで諦めねえ、倒れても何度でも喰らい付いてやる……!」 舞姫と猛。二人は共に疲弊しながら、しかしその瞳に迷いも怯えもなかった。すぐに仲間が応援に来る。それまで持てばいいのだ。 全てはこのエントランスの戦い。ここにかかっていた。 「おおおおおおおおおお!」 ミナコが武器を回転させ、自分を囲む御龍とうさぎに深手を負わせる。 「そこを、どけぇ!」 ヨリコも瞬時に加速する刀術で自らをブロックするカルラを一閃した。 純粋な技量ではフィクサードのほうに旗が上がる。通常なら、これで終わるはずだった。 「あいにくと、あなたたちを認めるわけにはいかないのですよ」 ここで屈してしまえば、彼らの絆を認めることになる。うさぎは運命を使って立ち上がり、破界器を使ってオーラの爆弾を作る。ハルバード回転の隙を縫って近づき、その爆弾を相手に叩きつけた。爆ぜる爆弾は、ミナコの動きを一瞬止めた。 「くくく皆殺しじゃ! 我を! アークを! なめるなよ!」 御龍が運命を燃やして立ち上がる。鬼の如き笑みを浮かべながら、『月龍丸』を大上段に構える。デッドオアアライブ。足、膝、腰、背中、肩、腕、肘、手、そして自らの武器。全てを武装と化し相手に問いかける。生か死か。 「ヨリコ……ごめん!」 その一撃でミナコは力尽きる。ヨリコは瞳を閉じて感謝の意を示し、戦いに身を投じる。 「來來氷雨、この哀しい船を洗い流せ!」 雷音が生み出す氷雨がエントランスホールを冷やしていく。幽霊船を冷気が覆うが、ヨリコは身体を動かし自らに纏わりつく氷を剥しながら刃を振るう。 その様子を見ながら雷音は視線で仲間に指示を出す。ヨリコの動きの隙を縫い、攻撃が命中しやすいような位置取りを考え、その場所に仲間を誘導する。 「戦士達に、栄光あれ」 羽根を広げたカルナが声に魔力をこめて歌を響かせる。高く、そして強く。身体の奥底から生まれる歌声は、エントランスホールの壁に反響してさらに高く伝わる。音響道具など要らない。拡声器など要らない。訓練をつんだ歌姫の声は、それだけで芸術となる。 無論、そこに神秘を重ねれば奇跡が生まれる。リベリスタ達の傷は見る間に癒え、戦闘の活力となる。 「……好きには、やらせねぇ」 ヨリコに斬られた傷を運命を削って耐えたカルラは、それでも自らを傷つけながら闇のオーラを破界器に纏わりつかせる。『鮮血旋渦』の回転がさらに上がる。その回転音はまさに咆哮。暴君が敵に向ける敵意の音。 『漆黒の暴君、深紅の外套を翻し吼えよ』 聞こえるか。その咆哮。感じるか、その狂暴な破壊力を。 『その爪牙、思うまま振るえ』 黒一色の飾り気のないランス。それはカルラのオーラを乗せて圧倒的な回転でヨリコを穿つ。 「おまえらの望みなんざ、粉々にしてやる!」 地面を転がり、血を吐くヨリコ。だがしかし、彼女も革醒者。恋人の手を取る為に、運命を削り日本刀を杖に立ち上がる。 「負け、ない……! 例え世界中を敵に回しても!」 追い詰められたヨリコは、まず最大火力の御龍を切り伏せた。返す刀で先ほどのお返しとばかりにカルラに深手を負わせ、意識を奪う。 しかしそこまで。 「チェックメイト。これで終わりです」 チャイカの放つ糸が飛ぶ。蛇のような動きでヨリコの武器の隙を縫い、稲妻のような鋭さでヨリコの胸を貫いた。カラン、という音を立てて日本刀が落ちる。 カズマ。 唇が小さく動き、フィクサードは地面に崩れ落ちる。 「もしもし、こちらエントランス。フィクサードは倒したのだ。そちらの状況は?」 動かなくなったフィクサードを見ながら、アクセスファンタズムで状況を確認する雷音。 『……便利なモンだな、幻想纏いってのは』 返ってきた声は仲間のものではなかった。 ●終戦 『一応名乗っとくぜ。剣林の百田イズル。この『七瀬』のチームリーダーをやってるもんだ』 「おい! その幻想纏いは舞姫のだよな。アイツはどうした!?」 『死んでない、とだけ言っておく。散々苦しめられたが、廊下の二人は倒したぜ。 甲板のほうの戦いはまだ続いているが、メイドの方は倒れたみたいだ。ロシヤーネはまだ耐えているみたいだがな』 甲板のリベリスタに連絡を取るが、状況は概ねイズルの言ったとおりになっていた。 『さて、交渉だ。こちらの要求はそこで倒れている仲間二人と『死者の王笏』。こちらが提供するのはおまえ達の仲間の安全と、船からの退路だ』 退路。 リベリスタはその言葉に、はっ、となった。 『行きはよいよい。帰りは怖い、だな。エントランスに戦力を集中させるのはいいが、そのあとの逃げ道はどうするつもりだった?』 ここはフェリーの内部。脱出するには廊下と、甲板を経由しなければならない。エントランスの戦闘が終わって脱出する際に、退路をフィクサードに抑えられていればどうなるか? 脱出はけして楽にはならないだろう。何よりも、仲間を人質にとられている。 アーティファクトの為に仲間を見捨てるか? そんなことはできるはずがない。持久戦に徹していればあるいはエントランス制圧時に、廊下の戦線維持はできていたかもしれない。 今エントランスで戦闘可能なのは、雷音とうさぎとカルナとチャイカ。戦闘不能者二名を抱えながら、イズルの隙をついて廊下で戦っていた二人を探し出して助け、そのあとフィクサードが待ち構えているであろう甲板から脱出する……。 「むりです!」 チャイカは状況をひっくり返そうと思考を繰り返したが、出た結論はそれだった。他のリベリスタ達も同じ答えを出す。 『交渉成立だな。では甲板で人質交換だ』 人質と『死者の王笏』の交換は問題なく行なわれた。 剣林のフィクサードもかなり疲弊しており、イズル以外は口を開くのも辛いとばかりのダメージだった。戦えば勝てたかもしれない。もっとも手負いの獣に手を出す余裕などリベリスタにありはしないのだが。 アークのヘリに怪我人を収容し、リベリスタ達は船を離れる。それを確認した後で剣林のフィクサードたちは船の内部に向かった。 フェリーが動き出す。『死者の王笏』を使い、Eアンデッドを操って船を動かしたのだ。遠く離れていく幽霊船。 「……彼らは、何処に向かうのだろうか?」 誰とも為しに呟かれた疑問。船が何処に向かうのか? 彼らは剣林に戻ることなく、かつての仲間のアンデッドと共に、皆であの船に留まるのだろうか? それも一つの絆なのだろうか? それで幸せなのだろうか? 答えは返ってこない。 死者の船は遠く、思いはそこに残り続ける。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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