● それは例えば。 恐ろしいドラゴンを倒す冒険だとか、悪い魔女に騙されたお姫様が幸せになる話だとか。 数えはじめたらきっときっと限がない。わたしは昔から、そんな物語が好きだった。 幼い頃からわたしは、強くて頼もしい王子さま、はたまた優しく美しいお姫さまに憧れていた。 人々を困らせる悪者は、人ではない魔物たちは、須らく討伐されるものなのだ。 だから、覚悟はできている。 できているから、だから。どうか。どうか。 ● ある日のブリーフィングルーム。『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)は優雅に読書を嗜んでいた。 NOBUが本を読んでいる。一体全体なんの本だ。だがしかし可愛らしい黒猫のブックカバーが邪魔をする。 そんなリベリスタたちの熱い視線を受け、伸暁は本から顔を上げるといつものように笑って見せた。 「描かれるファンタジー&ロマンス。物語はハッピーエンドであって欲しいもんだ」 読んでいた本を机に置くと、モニターを操作した。ぱっとひとりの少女が映し出される。 すこし伏目がちの少女の姿は、物語のお姫さまには程遠い。これでも昔は、明るく素直な子だったらしいと、伸暁が注釈を入れた。 少女の名前は、『綿貫 ゆめ』。私立柊学園に通う、中学三年生だという。 普通の家庭で育った、普通の学生、普通の女の子。 そんな彼女が変わったのは、中学二年生の頃事故で両親を失ってからだ。それを機に彼女の明るさは影を潜め、ぱったりと笑わなくなってしまった。 そんな彼女を待っていたのは、優しい言葉だとか慰めとはかけ離れた真逆のもの、イジメだった。 ノリが悪いだとか、暗くて気持ち悪いだとか、そんな、よくある、些細な理由。 暫くして彼女は学校へ通うことを止め、幼い頃より大好きな物語の世界に入り浸りはじめる。 ――――――それで終われば、どんなに良かっただろう。でもそれだけでは、終わらなかった。 「夢のようなストーリーに逃げ込みたくなる時は、誰にだってあるもんさ」 どこか悲しげな色を含んだ伸暁の目が、真っ直ぐにリベリスタへと向けられた。 モニターの映像が移り変わる。モニターに映るのは先ほどと同じく、綿貫 ゆめである。だけど、少しだけ先ほどのゆめとは違う。 だらんと垂れ下がるゆめの左腕は、『人間の腕』という定義からは明らかに外れていた。 厚い毛と鋭い爪を携えた、ゆめの腕。それはまさしく、獣のもの。 「……今回お前たちに頼みたいのは、ノーフェイス・綿貫 ゆめの討伐。 獣、見る限りクマの因子を取り込み力を得たようだ。皮肉なもんだね」 運命は彼女を愛さなかった。 もう一度やり直すチャンスすら与えなかった。 それだけの話だ。それだけの、話だけれど。 「ゆめは、放っておいてもそのうち自殺する。でもそんなもの、お前たちだって望んじゃいないだろ? エンディングは割れんばかりの拍手と笑顔、スタンディングオベーションで締め括ってやろうじゃないか」 そう言って笑う伸暁だったが、やはりその目には少しばかり悲しげな色を含んでいるように見える。 「ああ、最後の舞台は気にしなくていいぜ。ゆめが選んでくれる筈さ」 伸暁はそれだけ言い残すと、読みかけの本を片手にブリーフィングルームを後にしたのだった。 ● 少女はベッドに寝転がり、天井へと手を伸ばす。視界に飛び込むのは、人とは違う左腕。 茶色の毛で覆われた腕に、鋭く光る爪。『人間の腕』であった面影なんてどこにも無くて。 これは、そう。どんな物語でも変わらない、討伐されるべき魔物のもの。 だから。どうか、どうか。はやくわたしを、殺しにきてよ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あまのいろは | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月07日(木)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 時計の針がかちかち動く。綿貫ゆめはベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。 今日も時間だけが過ぎていく。家にある本も、もう読み尽くしてしまった。新しい本を借りに行きたいけれど、こんな手じゃ外にも出られないなあ。 いつものようにぼうっと過ごしていたゆめの部屋に、突然一人の男性が現れた。瞬時に状況を飲み込めないゆめが、ぱちくりと瞬きをする。 「お迎えにきました、行きましょうか?貴方が場所は決めているとの事ですから」 雪白 万葉(BNE000195) が穏やかに告げる。ゆめはその声に反応して飛び起きると、近くにあった布団を引っ張り慌てて手を隠した。 背の高い、スーツ姿の男。しかもこの男はドアも開けずに、壁を通り抜けて来たように見えた。見間違いだろうか。玄関の鍵も、きちんと閉まっていた筈だけれど。 「だれ?お迎えってなに?なんの話?アナタどこから来たの?」 「おっと、失礼。申し遅れました、自分は雪白万葉と申します。 自分が何をしに来たかは、ゆめ君の左腕が知っていると思いますが?」 雪白万葉と名乗った男は深々とお辞儀をした。どうやら、強盗や乱暴をする為に来た訳では無いらしい。それにこの人は、わたしの異形と化した腕のことを知っているようだ。 「少しお話をしても、よろしいですか?他にも貴女と話したい人が居ます」 きぃ、とドアが開く。 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)、『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)が、ゆめの部屋へ入ってきた。 「………、……………うそ」 ゆめは目を擦り彼らを凝視する。現れたのは魔女の様な女性が一人、スーツ姿の男性が一人、ゆめと同じように、獣の顔と手足を持つ男性が、一人。 「オレは四門零二。初めまして」 「妾はシェリー・D・モーガン。おぬしを救いに来た」 挨拶をして、流されるままに握手する。それでも、その間もゆめの視線は一点から外れない。視線に気づいた仁太が、困ったように笑った。 「こんなナリやけんど世界を救う英雄達の一人ぜよ」 「……わたしとちょっと、似てるね」 「……魔物であり英雄でもある。そんなやつがおってもええやろ?」 仁太の言葉に、ゆめは少しだけ泣きそうに顔を歪めると、そうね、と言って微笑んだ。 四人のリベリスタたちは、ゆめに真実を告げる。 どうしてこんな身体になったのか、知るはずもない神秘のこと、このままでは自殺すること。 それは優しい話ばかりでは、無かったけれど。それでもゆめは静かに、時折頷きながら話を聞いた。 全て聞き終えたゆめはそう、と小さく呟き黙り込んだ。暫くすると、顔を上げてリベリスタたちを見る。 「ゆめちゃんは確かに討伐されるべき魔物になってしもうた。 けどな、それと同時に助けられるべきヒロインでもあるんやで。」 「空想と……、悲しみの過去だけに閉じこもる今のキミの世界。終わりにしよう」 「……そっか。なんでもお見通しなんだね。……じゃあ、行こっか」 ゆめとリベリスタたちが、家を出る。玄関の鍵が閉まる時、ばいばい、と。小さな呟きが聞こえた。 「妾もそうだった。家族も友も無く、社会に溶け込めぬまま妾は野たれ死ぬはずだった」 児童館へ向かう途中、シェリーがぽつりぽつりと語り出す。 「だが、今は違う。世界を救う為に戦っている。おぬしもそうだ」 「……わたしも?……だめだよ、わたしは逃げてばっかりだから」 「その力は世界を救う為に生かせる」 「……そうだね。わたしにも出来たら、良かったんだけど」 シェリーの顔を見て、ゆめは困ったように笑った。 逃げてばかりの自分が、そんなこと出来るなんて思えない。そんな心中が表れているような笑みだった。 「少しくらい我侭を言っても問題ないけん。したい事とかがあったら今のうちに言うてな」 仁太の言葉にゆめが振り向く。人間の指を顎に当てると、んーっと首を傾げた。 数歩進んだ所でぴたりと立ち止まると、仁太の顔を見ながら言った。 「すてきな、恋がしたいなあ」 「えっ」 仁太がその場に居たリベリスタたちの顔を見回した。万葉も零二もシェリーも、そっと目を逸らす。 「あはは。冗談だよ、冗談」 そんな様子を見て、ゆめは可笑しそうに笑った。その表情は初めて会った時よりも生き生きとしていたが、未だ彼女がフェイトを得た様子は無い。終わりへと一歩、また一歩と進んでいく。 「可能性はほぼゼロ。…充分だ、己を張る理由としては」 「最後くらい夢見させてやりたいぜよ。人として生きれてよかったと思わせてやりたいもんや」 零二が、仁太がゆめの背を見つめる。ゆめは児童館の大きな扉の前でリベリスタたちに手を振っていた。 「はやくおいでよ!」 ● 人の気配にスペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654) が読んでいた本から顔を上げる。 四人のリベリスタと共に現れたゆめは、予想外の先客に驚いたのか左腕をそっと背後に回す。 「こんにちは。ゆめさん」 スペードがゆめに駆け寄り、左手をそっと取る。慌てて手を引っ込めようとするゆめに、スペードはやわらかく笑むと、ヴァンパイアの牙を見せた。常人より鋭利なそれが、きらりと光る。 「私もゆめさんと同じですよ。ですから、そんなに不安そうな顔をなさらないでください」 「う、うん」 「これ。夢のような、とても素敵なお伽噺ですね。私も好きです」 他にも人は居るのだろうか。話をしながら、ゆめが辺りを見回した時、スペードの背後から声がした。 「ありふれた悲劇ですね。美談っぽくなれば嬉しいけどマクロで見れば悲劇だし。あは」 へらりと笑うその顔からは『バトルアジテーター』朱鴉・詩人(BNE003814) の真意は読み解けない。 「……最後ぐらい楽しく御伽噺のような終わりでいいじゃないの」 そんな詩人の横をするりと抜けて『鉄火打』不知火 有紗(BNE003805) がゆめへと歩み寄る。 「運が悪かった。それで全てを受け入れるのは難しい。大抵は事実を認めないか、誰かのせいにするわ」 有沙がちらりと、ゆめの左腕を見る。 「博打で無様なのはね、敗者じゃなく、潔く負けを認めない奴よ。 だから覚悟したゆめには敬意を払うわ。それが諦めによるものでもさ」 予想外の言葉にどう反応していいか分からず、ゆめは思わず視線を逸らす。 視線を逸らした先には、舞台に使われるセットのような小物がいくつか置かれていた。 この児童館は既に廃館となり、このようなものは置かれていなかったはずだけれど。ゆめが不思議そうに瞬いた。 「だから、最後にさ。御伽噺でも演じてみない?」 この人が、用意してくれたのだろうか。わたしのために。わたしなんかの、ために。 有沙の言葉にゆめは呆けていたが、少しすると照れたように、ありがとう、と告げた。 「ねえ、ゆめさん。私はゆめさんのこと、好きですよ。お友達になりましょう?」 「友達……」 ゆめの表情が少しばかり、暗くなる。 「もっと、早く会えたら、なれたかもしれないね。でも、ほら。わたしはもう」 弱々しい笑みを浮かべながら、ゆめはスペードを見た。その先の言葉は、紡がれない。 壁際でそのやりとりを見ていただけの万葉のもとへ有沙が近寄る。 「アナタは話、しなくていいの?」 「自分はゆめ君の自宅で話しましたし、それに」 「それに?」 「人は人は言われるだけでなく、自分で考えることで先に進もうと思えるのですから」 「それも、そうね」 万葉の漆黒の瞳がゆめの視線とぶつかる。潤んだゆめの瞳からは、たくさんの迷いが見えるようだった。 「革醒もフェイトも運命の気まぐれ。ままなりませんね」 ついと眼鏡を持ち上げながら、言った。 運命は彼女を愛さなかった。 今も、彼女を愛したと、感じることは出来ない。 それだけの話だ。それだから、終わる話だ。 「本当、その通りよ」 展開された強結界を、リベリスタだけでなくゆめも感じ取る。 「……なあに、これ」 「今から終わる、御伽噺の始まりよ。ストーリーはそうね、例えばこんなのはどう?」 台本をぱしんぱしんと鳴らしながら、有沙がうたうように、語る。 「ある小さな王国の物語 お姫様が幸せに暮らしていました。 でも、そんな日々は突然終わりを告げます。悪い魔女が、お姫様に呪いをかけたのです。 それは人を獣に変えるおそろしい呪い。お姫様はお姫様は家臣達に告げます。 『この国の災厄へと変わる前に、私を倒しなさい』。……お姫様は当然、ゆめね」 「その、つまり」 「そう。悪い……、魔法使いかしら」 児童館の入り口に、『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403) が立っていた。フルフェイスを被っている為、表情は見えない。 「その左腕がお前を殺す理由だ」 ランディの持つブロードアックス、グレイヴディガーの切先がゆめへと向けられる。 刃は静かに、それでも確かに、ぎらりと、冷たく光った。 「……もう良いだろ。『夢』は終わりだお姫様」 ● 「居場所も無く、踏み出す事も立ち向かいもせず逃げた果てが此処だ」 じりじりとランディが歩み寄る。リベリスタたちがゆめを守るように囲んだ。 「ゆめ。キミの力を試してみないか。憧れた御伽噺の英雄の真似事だと思えばいい」 足を踏み出し、拳を突き出せ。零二がゆめの隣に立つ。だが、胸の前でぎゅうと握られたゆめの手が解かれることは無い。 「わたしは……」 「さて、初めていいですか?」 「その左手と死んだ親が泣いてるぜ、化物」 様子を見ていた万葉が動き、ランディが駆けた。振り下ろされた刃を、スペードが迷うことなくその身で受け止める。 「お友達は絶対に殺させません……!!」 細い身体に食い込んだ刃が引き抜かれると同時に、鮮血が噴き出した。 目の前の光景が、赤く赤く染まっていく。 「…………ひっ……!」 「細かい事は気にするな。今は生き残ることだけを考えろ」 シェリーの赤い瞳に強く込められた生きる意思。ゆめを諦めない思い。真っ直ぐゆめを見つめると、シェリーもゆめを庇うために隣に立った。 「これはゆめちゃんの物語、どんな結末にするもゆめちゃん次第ぜよ」 はたりと仁太の狐の尾が揺れる。連続して聞こえる銃弾の音。ぱらぱらと瓦礫が飛び、煙が舞う。 詩人の投げたダガーがひゅうと風を切り、ランディへと飛んでいく。 「アンタが見てきた悪役ってこんなしょっぱいモノですかー。よぉっぽどつまんねぇ物語ばっか見てきたんすね」 これが悪役とか、悪役に失礼だ。詩人はくるりとゆめに向き直った。 「怒った?怒れよ、大切な物を汚されたとか言えよ」 ゆめの指先がぴくりと、動く。その様子を見てにまりと笑うと、畳み掛けるように告げた。 「悪役騙るなら悪役に徹しろよ。死に様を彩るんなら悪として咲き散ってみせろってのよ。 十把一絡げのノーフェイスとして死ぬか、悪役綿貫ゆめとして散るか。さあさあ、下らない二束三文な物語は読みたくねぇぞ!」 リベリスタたちはお互いに傷つきながらも、全力で戦い続ける。 ゆめのために。彼女の心が少しでも、生かされるように。 だが、肝心のゆめはまだ戦闘に参加出来ていない。怯えた兎のように、じっと固まったまま、動かない。否、動けないのかもしれない。 「亡くなった両親も貴女に酷く当たったのですか?優しい人が居ないから世界は辛い、は甘えですよ」 「妾はおぬしを諦めない。共に生きる道を歩みたいと決めたからだ」 隙を狙った万葉の攻撃から、シェリーがゆめを庇う。諦めないと、救うと決めたのだ。 「妾は恐らくおぬしより弱い、だが生きる意志は遥かに強いぞ!」 シェリーは運命を燃やし、立ち塞がるとゆめを庇い続ける。 「救う、ね 結局上から見てるんじゃないか? 未だこいつは自分の足で立ってないってのに」 ゆめに降り掛かる辛辣な言葉の数々。ゆめはぎゅうと握った手を、より一層強く握る。 ランディは、救うことの傲慢さを知っている。それをやろうとしたことが、あるから。 心が救えたとしても、当人が安らかに死ねたとしても。納得が出来るかは、別の問題だから。 だから、ランディの攻撃には遠慮が無い。全力でぶつかっていく。 「救いや奇跡はある だが片方が命賭けただけで成立するほど安くねぇ! 行くぜ」 同じように運命を燃やし、立つことがやっとのスペードの代わりに、零二がゆめを庇った。 「ゆめ、キミはご両親が愛し育てた、世界でただ一人の綿貫ゆめだ!断じて悪者などではない!」 「運命への不満をぶちまけてください、甘受するだけが貴女なのですか?」 「ゆめ、キミが本当に望むのはなんだ?本当にしたいことはなんだ?聞かせてくれ!ゆめ!」 万葉と零二の声に、ゆめがはっと我に返る。ゆめは、やっとその手を解いた。 「……わたし、は」 ● 今日一日で起きたことが余りにも多すぎて、頭が追いついていないことだけは、なんとなく、分かる。 今まで嗅いだことの無い火薬のかおりと、血のかおりが鼻を衝いて、頭がくらくらする。 もしもいま、死ぬのなら。ここで死なねば、ならないのなら。わたしは、わたしは、わた し は。 「ごめんね、スペードさん」 震える唇がゆっくりと動いた。傷ついたスペードの手を払いのけることは難しいことでは無かった。ゆめはするりとスペードの手を払うと、獣の手を勢いよく伸ばす。 獣の手が詩人の首を掴み、締め上げている光景がスペードの霞んだ瞳に映る。 「……ゆ、め……さ……」 「……ごめんね、ありがとう。ごめんね、ごめん」 そしてそのまま、ゆめは詩人を持ち上げた。詩人の足が僅かに浮いて、揺れる。 怒った訳じゃない。馬鹿にされたとも、汚されたとも、思っていない。 誰になんと言われようと、わたしが大事だと思うのだから、大事なのだ。 そこに他者の言葉なんて、関係ない。それは絶対に揺らがない。変わらない。 それでも、こんな行動をしたのは。してしまったのは。 「かっ……は、……あは、あははははは!こうじゃなきゃ、物語は面白くない!」 「ゆめ!!」 リベリスタたちが叫ぶ。ランディがゆめへと駆けると同時に、仁太が構える。 「人の心を忘れたらいかんぜよ、ゆめちゃん……!」 締め上げる。力を込める。細い首が、音を立てた気がした。 ゆめの瞳に映るは、意気揚々とダガーを振り上げる詩人の姿。 詩人は楽しそうに笑っていたけれど、やはりその顔は少し苦しそうに歪んでいて。 「……いや」 ゆめが思わず力を弱めた。詩人の足が床に着くより先に、仁太のバウンティングショットがゆめの獣の腕を吹き飛ばす。 詩人の足が床に着いた時、既に詩人の手から離れたダガーがゆめの胸に深く深く突き刺さった。 ふらりと、力無くゆめが倒れる。 腕から、口から、胸から溢れる血が、じんわりと広がって床を赤く染めていく。 足掻いてみたくなったのだ。わたしの大好きな、物語の王子様やお姫様のように。 すこしだけ、ほんのすこしだけでも。たとえ何が変わらなくとも、最後くらいは。 何が正しかったかなんて、いまはもう分からないけれど。 そうだ。えほんをよんだら、ねむるじかんだったね。だから。おとうさん、おかあさん。 「おい。……最後に言いたい事位、吐いときな」 倒れたゆめの瞳がゆっくりと瞬く。透明な涙が、頬を伝って血に混じる。 「…………ぁ……」 ゆめの口が微かに動くが、最後の言葉は擦れて音にならない。 ゆめは、ぼんやりと虚ろな瞳で天井を見つめたまま息絶えた。 「……ひとりのお姫様の物語は、終わりを告げたのでした、と」 「綺麗な最後か。……人は物じゃねえ」 有沙が台本を閉じる。ランディが残った獣の腕を丁寧に切り落とした。開いたままの瞳も閉じてやる。 「……いつか、わしもこうなるやろか。その時が来たら、受け入れられるやろか」 仁太もゆめに駆け寄ると、動かなくなったゆめを見つめた。 「時間があって覚悟を決めることができるわしらは、恵まれとるんやろな」 その言葉にリベリスタたちはしんと静まり返る。 スペードが歩み寄ると、両手で包むようにそっとゆめの手を取った。 祈るように結んだ手は解かれることなく、彼女が冷たくなるまでそうしていた。 ゆめの最後の言葉は分からない。 それでも、笑っていた。泣いていた。ゆめが確かに、『人』として逝けたのだろう。 「神秘は愉しいですねぇ。幸も不幸も俗世にもあるが、神秘が絡めばまた格別。うふはははは」 詩人の楽しそうな笑い声だけが、静かになった児童館に響いていた。 誰かにとってしあわせな物語は、いつだって誰かが血を流さねば終わらない。 誰にも知られることのないしあわせな物語、これにて閉幕。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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