●退室のベルが鳴る 暗い。 次第に、天井近くの格子窓から差し込んだ光に目が慣れ始める。 か細い光は、少女の携帯電話を照らしていた。 既にバッテリーの電源が切れ、何も表示することのない携帯電話。 ぴちゃりと少女の指から雫が落ちた。 広がる赤黒い水溜り。 天井を見つめたまま、口を開いた少女。 少女の目が、動いた。 ●『315番』と『325番』に関する経過報告 特別超人格覚醒者開発推進群衆・定期報告書。 ――第十三集、二十六項より。 三番プラントにて養育中の第一及び第二管理家族、両1~4番の死亡を確認。 315番及び325番を捜索。発見次第監視対象とする。 ――第二一集、八項より。 315番及び325番を発見。監視開始。 ――第二二集、十二項より。 第一及び第二管理家族死亡に関する調査報告。 315番に支給した一般家庭的携帯電話にアドレスの記録を発見。照合の結果325番に支給した一般家庭的携帯電話のものと判明。 死体及び家屋よりサイレントメモリー調査を実行。 315番の育成成功につき強制覚醒段階への移行が決定する、前日。 325番がフィクサードに覚醒。暗示コードに該当したため第二管理家族1~4番が処分を開始。抵抗した325番がこれらを殺害。 三分後に第一管理家族の家屋へ浸入、311~314番を殺害した後315番を誘拐。 旧研究施設跡地に立て籠もる。 ――第二五集、三十五項より。 325番の死亡を確認。 アークのリベリスタによるものと断定。 315番は人格を再修復されていたため回収。こどもリサイクルセンタアへ移送。 ――第二五集・追A。一項より。 こどもリサイクルセンタアの襲撃を察知。 アークのリベリスタによるものと断定。関連資料を本部へ移動。松戸医師及び調整中の『巡り目』は処分とする。 ――第二五集・追B。一項より。 こどもリサイクルセンタア壊滅。 未発達の『巡り目』全素体死亡。松戸医師死亡。 315番は回収された模様。 ――第二九集・追A。一項より。 315番の自然覚醒を確認。 これより特別超人格覚醒者開発・C段階へ移行。 確保に向かう。 ●開幕のベルが鳴る 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は素早く資料を広げると、最低限のことを言い切った。 「施設に保護した少女がフィクサードに覚醒、とある新集合住宅地へ一直線に移動中です! 予知によれば目的は全地域住民の殺害! 現在工事中の道路を直進飛行中――」 写真が並べられる。 無表情に携帯電話をみつめる少女である。 しかしスペックについてはこのように書かれていた。 18歳、女性、フライエンジェ。 エリューション・フォース8体を連れている模様。 現在の服装や髪形を示すスケッチには、顔の右半分を隠す仮面と白黒の翼が描き足されていた。 「至急追いつき、凶行を止めて下さい!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月29日(火)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ワールドエンドをもう一度 双翼が広がっていた。 雑草と小石と動物の死骸。 太陽と風と積乱雲。 お仕着せたようなワンピースがはためいて、どろどろとした赤黒い液体が跳ねた。 仮面の少女は顔を上げ、仮面の下から血を流していた。 不意に前方に鴉の群が出現する。 少女はきりもみしながら『鴉の幻影』を突き破る。身体ごと反転し、漸く側面に追いついてきたトラックに気づいた。 少女は言う。 「『ねえ、今日は何をしようか』」 片手に持った携帯電話が、音も光りもなく艶めいた。 そして、トラックのウィングが開く。 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は思い切りアクセルを踏み込んで、イヤホンマイクを耳に当てた。 片手でボタンを操作。かつて『こどもリサイクルセンタア壊滅作戦』にてアルバートが調べていたと言う電話番号にダイヤル。 数度コールした後、通話が繋がった。 目を細める涼子。 『ねえ、今日は何をしようか』 「…………」 『ねえ、今日は何をしようか』 その言葉しか知らないかのように、少女はぽつぽつと問いかけてくる。 涼子は片目をつぶって携帯電話を助手席に放り投げた。 「フィクサードもリベリスタも大して変わらない。それは分かってる。でもやっぱり、奴等はロクなことをしやしないよ。いつかこの手で、あいつをぶん殴ってやるから」 暫くの沈黙の後、少女は言う。 『――――――』 涼子は僅かに瞠目した。 側面をガルウィング開放するトラック。 『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)が爪先から順に姿を現す。指でつまんでいた写真を風に乗せて飛ばし、ギシリと笑った。 「六道だの黄泉ヶ辻だの、変なことに手を出しやがる。アンタもその一つなんだろ、『315番』」 思い切り踏み込んで跳躍。 「可愛い素顔でも見せてくれよ!」 両腕を大きく広げてきりもみ飛行する『315番』。代わりに『ねじ切れた赤子』のようなEフォースが零六に立つ塞がる。 「邪魔すんな!」 チェーンソーの刃がめり込み、音程の狂った泣声が響く。 そうしている間にも『315番』はトラックの真上へ移動。 彼女の周囲に群がっていたEフォース達が何匹か散ってトラック自体へと襲い掛かってきた。 『六本指のある片腕』のようなEフォースがトラックのタイヤへ手を伸ばすのを、『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)がペインキラーで薙ぎ払った。 「あの時助けた子も、あそこに運ばれるところだったんだよね。こんなの悲しいだけだよね。嫌だよね。私が止めてあげる。殺してあげる」 手を大きく開く。 「あなたの運命を掻き混ぜる」 「何にせよ――」 ユーキ・R・ブランド(BNE003416)が群がってくるEフォースを常闇で一斉に薙ぎ払う。トラック脇の梯子を苦労して昇り、天井へと乗り出した。 「フェイトをえてくれたことは喜びましょうか。問答無用という線は無くなった。此方側に引き戻すチャンスもある。あとはどうやって、だ」 途端、目の前を真っ暗な闇が覆った。 咄嗟に両腕を翳して防御するユーキだが、それが常闇だと気づいてぞっとした。 「彼女は上ですか?」 ユーキに続いて梯子を昇って来た『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)が切り詰めしたショットガンを突き出す。 『315番』とEフォースを巻き込んでハニーコムガトリングをばらまきにかかる……が。 「ユーキさん、危ない!」 「――っ!?」 再び撃ちこまれた常闇に目を覆う。丁度トラックの上へと乗り出した直後だったので、バランスを崩して転倒。そのままトラック後方へと転がり始める。翼を展開して強制ブレーキ。途中でユーキに手をキャッチされて持ち応えた。 「っつう、ガルウィングにしたのは不味かったかもしれませんね」 「心配ありません。最初はトラックの天井で戦う予定だったんですから」 天井によじ登って翼の加護を展開する七布施・三千(BNE000346)。 後から昇って来た『底なし沼』マク・アヌ(BNE003173)に手を貸して引っ張り上げた。 いつにも増して(あるいは反して)理性的な目で風に乱れる前髪をかきあげると、マクは上空の『315番』を睨みつけた。 「あの子がねえ……意思表示をしない子だと思ってたけど」 「ええ。あれで終わりではなかったと言うことでしょう」 『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)が悠然とした足取りで天井へと立った。 ガコンという聞きなれない音が鳴る。 「真相を確かめるのは後です。Eフォースが彼女を庇っているなら、まずは私が引きつけます。その間に攻撃を」 「分かった」 懐からダガーを抜いてピンポイントで撃ちこむアルバート。 『支離滅裂な言葉を喋る女性』のようなEフォースに突き刺さり、アルバートに注意を引きつける。 「今で――」 す、と発音した時既にマクは飛んでいた。 光の翼をコンパクトに丸め、『315番』に食らいつく。 直前で側面から割り込んできたEフォースがガチリと挟まり、マクを宙に放り投げる。 更にガルウィング自体を足場にして飛んできた零六がEフォースに斬撃。『315番』は二人に常闇を放って巻き付けた。零六は大きく風に煽られて後方へと吹き飛んでいった。 一方のマクは一度トラックの荷台をバウンドしてから急速に転がる。 「手を……!」 咄嗟に手を伸ばす。 一度手が繋がり。 手首をEフォースが食いちぎり。 マクは高速でトラックの後ろへと吹き飛んだ。 ●コーリングベル 翼の存在も忘れてアスファルトに激突したマクは高速できりもみ回転。そのまま後ろから突っ込んできたバイクに掻っ攫わるようにしてキャッチされた。 転がるように後部シートに乗っけられるマク。 「持ってて良かったぜ自前のバイク!」 零六はバイクのアクセルを全開にして『315番』に追いつく。 「そしてさらばだ自前のバイクゥ!」 アクセルを無理に固定してシートの上に立ち上がると跳躍。バイクは一瞬で倒れスピンしながら取り残される。後部座席のマクはトラックの側面に飛びつき、クローを突き刺してしがみ付いた。 「いい加減に止まりやがれぇ!」 まばらに残っていたEフォースが防御を固めようと集まってくが、アルバートがピンポイント・スペシャリティで薙ぎ払った。 「――」 『315番』は黒い闇に覆われた手で零六のチェーンソーを受け止めた。 火花と闇が複雑に散る。直後、もう一方の腕が零六の腕を掴んで後方へと吹き飛ばす。きりもみ回転して飛んでいく零六。 「くっそ!」 そこへ別の闇が滑り込んできた。 捻じれた蔓のように『315番』の足に突き刺さる。 シャルロッテがこめかみから流れた血を指で拭い、『315番』へと突きつける。 「街の人、いっぱい殺すんだ。でも私ができることはあなたのために血を流すことと、殺してあげることだけだよ。ね、運命はぐちゃぐちゃで残酷で、不平等で優しいね」 ぶわりと髪が広がった気がした。 直後には大量の闇が無数の手となって『315番』に襲い掛かる。 『315番』も全身から大量の腕を放出。空中で闇と闇が互いを引きちぎり合った。 そこへ常闇を混ぜこむユーキ。 「もしもし、そんなに急いで何処へ行くのです? 今日は学校のある日じゃありませんよ」 「……」 『315番』は一度口を開け、そして閉じた。 ヴィンセントが声を張り上げる。 「貴方の見ている者は僕には分かりません。それは本当に、あなたの望む未来なのですか?」 答えは無い。 しかし、ヴィンセントは確かに『315番』が頷いたのを見た。 そして彼女の手に黒い光が溜って行くのも。 咄嗟に運転席の涼子へと呼びかける。 「直撃が来ます、避けて!」 「避けるったって――くっ!」 読み通り直撃は来た。シュヴァルツ・リヒトの光がトラックを荷台とエンジンごとぶち抜いて来たのだ。 後輪が奇妙な蛇行を描き始め、死のカーブを描き出す。 「う――わぁ!」 三千はトラックの淵に手をかけて振り落とされないように堪えると、翼を広げて軽くブレーキ。 しかし滅茶苦茶に壊れて転倒したトラックにいつまでもしがみついているわけにも行かない。空中に放り投げられる。 が、次の瞬間には助手席に座っていた。座るというよりは放り込まれるに近かったが。 「間に合った……」 涼子がアクセスファンタズムから新たにトラックを出現させていたのだ。 即座にギアチェンジして走り出す。 仲間にキャッチされ、荷台にべこんと寝そべるマク。 「ぁ……ぅぁ」 がちんがちんと歯を噛みあわせると理性の消えた目で上半身を起こした。 うつ伏せの状態からのけぞるように、である。 「食べる、する」 くあ、と口を開き、『315番』へと四肢をバネにして飛び掛る。 空中で激突。白い方の翼に食らいつき、深く深く歯を食い込ませた。 大量の血を軌跡にして墜落を始める『315番』。 「撃破確認、涼子さん止めて!」 「分かってる、ブレーキ、ブレーキは……この!」 適当にハンドルを切りまくり、トラックをAFに再収納。あまりに強制的なブレーキに三千は地面を盛大に転がる。 油断なく翼を広げるヴィンセント。両足の靴底をアスファルトで削った。 草むらの中であおむけに倒れる『315番』を発見。 馬乗りになって彼女の肉を食いちぎるマクを見つけ、ユーキが悲鳴じみた声を上げた。 「マクさん、もういいんです!」 「てきぢあう?」 「そうです、敵じゃないですから、離れて……!」 羽交い絞めにして引きずると、マクは口の中に残った『翼の切れはし』をもぐもぐと咀嚼した。 身体の埃を払ってアルバートが近づいてくる。 そして、『315番』のそばに落ちていた携帯電話を拾い上げた。 「ここまで関わった以上、途中で降りることなどできません。できる限りを尽くすのみでございます」 「なら……ちょっと付き合ってくれないかな」 後ろに立った擦り傷だらけの涼子がぽつりとつぶやいた。 「――」 その後に続いた言葉を聞いて、アルバートは瞑目する。 「分かりました。それが願いなら」 片耳で、トラックのエンジン音を聞きながら。 ●特別超人格覚醒者開発室 真っ黒いトラックだった。 荷台が装甲板で強化され、あからさまに敵を意識したその車両は、『315番』とその周囲に集まるアルバート達へと直接突っ込んできた。 『315番』を引き潰しかねない位置で急停止すると。荷台の中から無数の人間がまろび出てくる。 忌々しそうにつぶやく涼子。 「……『巡り目』か」 「その完全版かな」 トラックの助手席から姿を現す『白衣の男』。 「やあ、この前は殺してくれてありがとう。正確に言うなら、僕のバックアップを殺してくれてありがとうって言うべきかな。本当、なんで若い子っていうのはああしてすぐに人を殺すんだい? どうなってるんだよ、全く」 「…………」 すぅっと目を細め、マクが食いつこうと飛び付く。『白衣の男』はその顔面を片手で掴み、強烈な閃光を発生させた。 「ぎゃ……!?」 全身をビクンと痙攣させて気絶するマク。 「フラッシュバン……」 「ま、そうだね。予告もなく食いつくなんてねえ。どうなってるんだよ、全く。掌が擦り剥けちゃったじゃないか」 頭をがりがりとかく『白衣の男』。 「多分調べるんだろうから本当のこと話すけどね、あのバックアップはダブルキャストとペルソナで偽装した僕なんだけど……というか、僕もそうなんだけど。ココにいるような失敗作を器にして、人格と記憶をコピーさせてるんだよ。分かるだろう? 君達の使うような能力を組み合わせてね、とても地道な作業で、時間もかかるんだけど……まあ便利なものだよ。『死んでもいい』ってさ」 「だから何です。興味ありませんよ。それより……その子を回収に来たんですよね」 じりじりと間合いをとりつつ、三千は『白衣の男』を睨んだ。 ヴィンセントが無言でショットガンをリロードする。 が……その腕をアルバートがそっと掴んだ。他人に分からないレベルの、とてもさりげない動作である。 そして耳元でこうつぶやいた。 「『315番』さんからの唯一のお願いです。『このまま彼等に連れて行かせて』と」 「…………」 ゆっくりとアンコッキングする。 追いついてきた零六が、血まみれのまま『白衣の男』を睨む。 「おい、何してんだテメェ……」 「動かないでね。この子はとても特殊なサンプルだし、すごく強力に覚醒したから、持ち帰って調べないといけないんだ。重要度が高いから、兵隊も沢山用意できたし。あは、楽しみだなあ。洗いざらいにできるんだものなあ、あは」 口調の割にはぼうっとした表情で、『白衣の男』は『315番』を片手で掴み上げる。足首を持って、ぶら下げるようにだ。 「じゃあまたね。きっとまた会うことになる気がするよ。君達と関わってるとさ、すごく面白いものが見れるし、いい結果が出る気がするんだよ。あは、楽しみだなあ、あは」 トラックの荷台に『315番』を放り込むと、『白衣の男』はトラックの助手席に乗り込んだ。 そして、トラックは遠ざかっていく。 「………………」 擦り剥けた腕を抱えて、シャルロッテは遠くの空を見た。 積乱雲が近づいている。 雨の臭いがした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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