● 「へっへっへ、なかなかに良い出来だな」 とある建造中のビルの屋上、カラースプレーを片手に若い男は満足げな笑みを浮かべる。 男の目の前には壁があり、そこにはでかでかとハートマークをモチーフにした落書きが描かれていた。「Love&Piece」という言葉は、何かの冗談なのか……純粋な間違いなのか。どちらにせよ、描いた本人が楽しそうならば問題無いとしておこう。 「さて、記念撮影、記念撮影。せっかくの力作、残しておかないとな。ここに入るのも苦労したし」 そう言って男は楽しげにカメラを準備する。そして、タイマーをセットし、壁の前に立つとダブルピースのポーズを取った。そしてその時、悲劇は起こった。 男の足元の床が崩れたのだ。 そう言えばさっき壁の絵を描いている時に、危険だからと気を付けていた箇所である。 やけに冷静になる頭は、絵を完成させて気が抜けていたのだろうと分析した。 でも、今はそんなことはどうでもいい。重要なことじゃない。 このまま地面に叩き付けられたら、男は死ぬ。 そして、こんな間抜けなポーズのまま、死にたくはないと強く願う。 ぐしゃ 男の最後の願いは叶わなかった。 ただある意味、別の形で叶っちゃったりするのだった。 ● 次第に暖かく、というか暑くなってきた5月のとある日、リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められた。リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんたらにお願いしたいのは、エリューション・アンデッドの討伐だ……まぁ、その、なんというか、困った奴なんだけどな」 妙な顔つきで言いよどむ守生。珍しいこともあるもんだ。ことの重要性を測るために「どうした、モリゾー?」とリベリスタが呼びかけた所、至って健康的に「モリゾーじゃねぇ!」と言い返してきた。おそらく、それ程危険な状況ではないのだろう。 「とにかく、説明する。現れたのはフェイズ2、戦士級のエリューション・アンデッド。数日前に工事現場へ落書きしに入って、うっかり転落死した奴がエリューション化したらしい。増殖性革醒現象で周辺にいたネズミをエリューション化させ従えている」 グラフィティ、というアートの分野がある。街の壁等にスプレーを用いて、絵画を描くというものだ。そのこと自体はそんなに問題無いのだろうが、中には著しくマナーやモラルを欠き、建築物の所有者に許可無く絵を描くものがいる。これはまごうこと無き犯罪だ。中には公共空間の破壊や侵入困難な場所に描くことに快感を見い出す困ったものもおり、今回アンデッド化したのはそうした部類に属するものだった。 「それで、こいつが人を襲う前に、退治して欲しい。場所は工事現場の中だ。中には明かりもあるし、広めの場所もあるから戦闘には支障無いだろう」 淡々と説明する守生。何かに触れないようにしている雰囲気を感じたリベリスタが強く聞いてみて、ようやく彼も口を割る。 「分かったよ、言うよ。今回のアンデッドの能力なんだけどな、相手に無理やりダブルピースのポーズを取らせるんだ。こいつの死んだ時のポーズがそんなんだったから、自分だけなのが悔しくて、巻き添え作ろうとしてるんだと思うぜ? まぁ、一見間抜けな能力だけど、戦場で色々隙だらけになるから気を付けろよ。本気で気を付けろよ?」 珍しくがらっぱちな口調の守生。素の口調が出ただけとも言うが。それはそれとして、実際のところ、そんな間抜けなポーズで戦闘不能になることだけは避けたい所だ。 「説明はこんな所だ。他は資料を読めば大丈夫だろ」 深呼吸を終えた少年は、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 普段だったら鋭い守生の目が、今日はなんか生やさしかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月31日(木)23:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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誰かがダブルピースをしながら語った。 話をしよう。 アレは36万……いや、1万と2千年前だったか。ひょっとしたら、先週だったかも知れないが……まぁ、良い。 『メンデスの黒山羊』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)は『ダブルピース統一機構協会』の司祭だった。当時、人々はダブピに感謝し、ダブピは人々を救った。傍から見ていても良好な関係であったと思うよ。 その幸福な関係に、彼女がどんな疑問を抱いたのかは知らない。調べれば分かるのだろうが、私は興味が無くてね。 ともあれ、ノアノアは協会を裏切った。 協会の内部を探ることがどれだけの禁忌であるか、彼女自身がよく分かっていたであろうにね。 後は君たちもご存じの通り。「血の7日間」が訪れたというわけさ。 「血の7日間」が何かって? 昨日話しただろう? おっと失礼。私にとっては昨日の話だが、君達にとっては明日の話だ。 それでは、まずここから始めた方が良さそうだ。 ダブルピースがもたらした、とある戦いの物語。 その記録から語るとしよう。 ● 「うーん、若い人の考えることは分かりませんなー」 ノアノアの話を聞いて、首を傾げる『怪人Q』百舌鳥・九十九(BNE001407)。仮面の下に隠された表情を窺い知ることは出来ないが、不思議そうな顔をしているのだろう。 工事現場に潜り込み、エリューションが現れるまでの時間に、全員のダブルピースについての意見を集めてみているのだが、謎は深まるばかりだ。九十九的にはダブルピースと言えば、カニのポーズなのである。 「そうですね~。俺には、その、むか~し飼っていたザリガニの戦闘態勢にしかみえないです~、あは~」 のんびり語る『飛刀三幻色』桜場・モレノ(BNE001915)の頭の中に浮かぶのは、ザリガニやら宇宙戦士に何度倒されても懲りない宇宙忍者の姿。健全な思考でよろしいと思う。 「ダブルでピースですか、決めポーズでは結構いいかもしれないんですけどね」 「そう言えばブリーフィングで聞きそびれていたけど……ダブルピースって恥ずかしいの? よくわかんないや」 冷静に語る『狂気と混沌を秘めし黒翼』波多野・のぞみ(BNE003834)と、口元に指を当ててインタビューに答えるのは、山川・夏海(BNE002852)。 ダブルピース、要は両手でピースサインを作ったポーズである。 原則としては単なる派手なポーズの一種だが、意味というのはどんどん後付けされていくもの。単に派手なポーズだからやるのが恥ずかしいというのもあれば、後付けされたほかの意味を連想して恥ずかしいというのはある。 少なくとも、エリューションとの危険な戦闘を行い、重傷状態で帰りながらダブルピースをしているのは純粋に恥だと思う。まぁ、ブリーフィング時のフォーチュナがやたら言い淀んでいたのは、連想が原因であるわけだが。彼も若いし。 閑話休題。 「いえーい……鬱顔ダブルピース」 いつの間にやら、『ネガデレ少女』音更・鬱穂(BNE001949)は『獣の唄』双海・唯々(BNE002186)が用意したカメラの前でダブルピースを決めていた。エリューションの立場もへったくれもない行動である。 「自発的にやるのはもう慣れました……」 ぼそっぼそっと語り始める鬱穂。欝な表情と相まって、微妙に怖い。 「やることやって退場すればいいんです……恥ずかしいのは一瞬で済むんです……」 随分とまた後ろ向きな覚悟である。ある意味、今回のエリューションと心を共有することは出来るのかもしれない。まぁ、怒りをぶつける対象にしかならない以上、そんなことにはならないと思うけど。 そして、唯々はとても良い笑顔を浮かべると、そうやって強力な闇のオーラを放つ鬱穂の背中を叩く。 「社会的に死んじゃう恐れがあるです? ハハハ、此処に参加した連中がそんなの気にする訳ねーじゃねーですか」 力強い言葉に一瞬、希望を抱いてみようかなという気になる鬱穂。しかし、それは唯々の一層力強い笑顔によって打ち砕かれる。 「ダブピしてたら写真は撮ってやるですがね! ハハハ!」 とんだ悪魔の笑顔もあったものだ。 「チューチュー、チューチュー」 その時だ。リべリスタ達の耳にネズミの鳴き声が届く。その瞬間、それぞれアクセス・ファンタズムを構えて、戦闘態勢に入る。 暗闇に光る無数の赤い目。それに囲まれるように、1体のエリューション・アンデッドが姿を現す。本来なら「リべリスタとエリューションの戦闘が始まる緊迫の場面」なのに、エリューションがダブルピース姿のため、しまらないこと夥しい。ネズミがダブルピースしていないのは唯一の救いか。 「ああ、不死者よ…… 貴方の掲げるその徴(サイン)は暗く哀しい……」 そんな中、『悪木盗泉』霧島・撫那(BNE003666)は憂いを帯びた表情でエリューションに語りかける。ようやく、それっぽい空気に変わってきたというものだ。 「わたくしが貴方を解放して差し上げます、そう……真のダブルピースで!」 かくて、それっぽい空気は見事に崩れ去り、戦闘は始まった。 ● 「鼠風情が狼に勝てると思ったですか? ハッ! 笑わせねーで欲しいのですよ!」 唯々は両手にナイフを構えると、マフラーをたなびかせて、ネズミの群れの中へと躍り込んでいく。彼女の持つナイフが閃くたび、ネズミ達は血を流して吹き飛んでいく。 「ってーか、アンデッドもまた随分嫌な死に方したですね。そんな情けねー姿で死んだのは同情するですが、コッチにまでソレを押し付けてくるんじゃねーですよ」 「自分の不注意で死んだくせに自分勝手な奴だね。ただ排除するだけだけどー」 夏海も負けてはいなかった。 目の前のエリューションを滅するべく己に血の掟を課すと、自分を取り囲むように群がるネズミ達を容赦無く拳で打ち据える。 「一気に蹴散らすよっ!」 威勢よく叫ぶ夏海。 しかし、エリューションとてむざむざやられるために出てきたわけではない。 エリューション「ダブルピース」は、目を怪しく光らせると、両手のダブルピースをリベリスタ達に突き出す。 すると、見えない糸に操られるかのように鬱穂の手が上がっていく。少女は抵抗するが、神秘の力の前では儚い抵抗にすぎなかった。無理矢理にダブルピースの姿勢を取らされてしまう。 先ほど自主的に取っていた時とは表情が違う。 口元をひきつらせ、死んだ目に涙を浮かべてぐったりとしている。 先ほどから不安でおなかが痛くなってきたと言っていたが、実際にやらされた精神的ダメージは計り知れないようだ。まぁ、実際に戦闘中にいきなり姿勢を変えられるスキルなので、攻撃力や防御力に多大な被害を与えるのは事実だし。 さらにエリューションは次のターゲットを探して、向きを変える。戦術的に考えれば、前衛でネズミと戦うものをダブルピースにしてしまうのが有効だからだ。そして、両手を向けた時に、それを阻むように一陣の影が姿を現す。 「哀しみはすべてわたくしが背負う! ダブルピースを強いられることの辛さを仲間に味合わせはしない、絶対に!」 撫那だ。彼女のノブリス・オブピース、間違えた。彼女のノブリス・オブリージュは、仲間の危機を見過ごさなかった。素早く前衛の前に立ち、エリューションのスキルを受ける。 「そう、愛(Love)をばらばらの欠片(Piece)に砕くような男に! わたくしは決して屈さない!」 凛とした声でエリューションに宣言する撫那。 しかし、その抵抗もあっさり秒で崩れ落ちる。大きく広げていた手は徐々にピースサインに変わり、ダブルピースいっちょ上がりである。 「チューチュー、チューチュー」 そして、隙だらけになった撫那へと一斉に群がるネズミ達。常人の神経であれば、絶対にやりたくない死にざまだ。しかし、霧島撫那の神経は一味違った。厳密に言うと、スイッチの入った撫那の神経は違った。 「さあ、いくらでもダブルピースさせるがいいのですわああああ! わたくしの一世一代の暗黒ダブルピースをお見せしてやるのですわああああ!」 ネズミの群れに全身をたかられながら、暗黒ダブルピースとやらを披露する撫那。 「早く! ハリーハリー! ああ、エリューション・アンデッドに屈してダブルピースして、あまつさえエリューション・ビーストに全身を蹂躙されてしまうなんて……嬉し、いえ、悔しい……!」 めっちゃ良い笑顔で、ネズミに襲われる撫那。明らかに倒れてもおかしくないダメージを受けているのに立っている。世界の祝福とはなんなのか。エリューションもドン引きしている。 一方、あなたの知らない世界に行ってしまった撫那と違い、鬱穂の表情は本気で屈辱に歪んでいる。全身もダブルピースしながら屈辱に震えている。 そして、彼女もスイッチが入った。キレた、とも言う。 「跡形も残らないよう滅しましょう……。容赦の必要なんてありますか? ないですよね?」 鬱穂の手元で雷がバチバチ言っている。 「あは……あはははははは!! きえろ、きえろ、はやくきえろ!」 ダブルピースから放たれた雷は戦場を焼き尽くす。 雷に埋め尽くされた戦場の中で壊れた笑いを浮かべる少女の姿は、なんかラスボス臭かった。 ● 凄惨な戦場は続く。 ダブルピースを行うもの3名、動かなくなったもの1名、ダブルピースになったものを写真に収めるもの3名。本当に戦闘を行っているのか、疑わしくなってきたところだ。 そんな中で真面目に戦う九十九・夏海・ネズミ達の姿は涙を誘う。 「いいねえ! 良い表情だあ! もっと目線こっちに!」 「はーい、笑って笑って! イイ、イイですよ! 今、超輝いてる! ナイスダブルピースなのです!」 ノアノアと唯々は、モデルを撮るカメラマンのようにカメラを回す。 そして、まず唯々が最初に正気に戻る。 「って、写真撮ってる場合じゃねーです。さっさと目を覚ますのですよ!」 唯々の叱咤を受けて、戦場に目線を戻すモレノ。 「い、いや、これは……不可抗力で……いや、ダブルピースの陰謀なんですよ!」 主にダブピの犠牲者から冷たい視線が飛んでくる。一瞬、口封じを行ってもいいんじゃないかと剣呑な考えがモレノの頭に浮かぶ。しかし、そこで怒りをぶつけるべき相手がもう1体いたことを思い出した。逆切れ、とも言うが。 「とりあえず元凶を口封じだッ!」 三原色の色を持つアクセス・ファンタズムを抜くと、モレノはエリューションに不吉をもたらす詠唱を行う。 「#FD7F50、不吉の暮橙」 不吉な予言がもたらす呪いが、エリューションの身を蝕む。ネズミも既に大半が屠られ、エリューション側の戦力は激減していた。相手に生まれた隙へ、部下を集中させるというのが、「ダブルピース」の基本戦術だ。それが使えなくなった以上、エリューションの勝ち目は既に無くなっていた。 「イェ~イ♪」 ダメ押しの守備固めと言わんばかりに、のぞみが空からダブルピースをしながら癒しの風を与える。どう見てもアレはエリューションのスキル影響下には無い。好きでやっているのだろう。 「やれやれ、世話が焼けるベイビーちゃんだぜ。楽しかったけど、そろそろお仕舞にしようか」 エリューションに向かって杖を振り下ろすノアノア。 ぐしゃっと嫌な音がして、エリューションは転倒した。 それでも、最後に一矢報いんと、ダブルピースの構えを取るエリューション。 「良いんですかな、青年?」 突然、九十九が口をはさむ。 そのただ事ではない雰囲気に、エリューションは動きを止め、思わず耳を傾けてしまう。言葉こそ発しないものの、若干の思考能力はあったらしい。 そして、九十九はそれに構わず言葉を続ける。 「相手をダブピにするとは恐ろしい攻撃ですな。だが、もし此処で私達がその状態で死ねば、ダブピ状態で死んだと言う、貴方のオンリーワンな偉業が無くなってしまいますぞ」 ここで一旦、溜めが入れて、九十九は続ける。 「貴方はまさに歴史に名を残す事をした訳なのに、勿体ないですなー」 九十九の言葉にエリューションの動きが止まってしまう。元々、自己顕示欲が強かった人間だ。自尊心をくすぐられたのだろう。 しかし、エリューションは九十九という怪人を理解していなかった。その仮面の下で、彼がどんな表情をしていたか知っていたら、構わずに攻撃していただろう。 ダンッ 銃声が響く。 エリューションの胸元にはぽっかりと大きな穴が開いていた。信じられないといった様子で動きを止めていくエリューション。 そこに九十九は立ち寄ると、二度ダブルピースをしたまま死んだ男の耳元で、抜け抜けとこう囁いた。 「すまん、さっきのは嘘だ。歴史に残るかもしれないが、記憶には多分残りませんな」 ● 「ねーねー、なんでダブピが恥ずかしいの?」 戦闘が終わった後で無邪気な表情で仲間に聞いて回る夏海。その問いかけにダブピ勢は目をそらす。本当に無知とは罪なものだ。 その横でカメラを手にしていた一同は、含み笑いをしている。こういう変わった戦場だったのだ。この位のお楽しみが無いと、リベリスタ稼業なんぞやっていられない。 その時、唯々の手を銃弾がかすめる。明らかにカメラを狙っていた。 「え……?」 振り向くとそこにはフィンガーバレットを構えた夏海。 どうやら誰かが話したらしい。 「私は気にしないけど、恥ずかしがってる人とかは嫌だろうしねー」 笑顔なのが逆に怖い。 つられて笑顔を返す唯々の額を冷や汗が伝う。 「味方との写真を巡って始まる深夜☆鬼ごっこ大会? 分かりたくねーです!」 夏海が再びフィンガーバレットを放つと、カメラを持っている一同は一斉に飛び出した。 そうして、新たな戦いが始まる工事現場。 倒れた撫那だけが、幸せそうな笑顔でダブルピースをしていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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