●夕暮れ、病院屋上にて 美しい。 実に美しい日暮れ。 夕焼けにたなびく雲から、茜に染まった空から、地平線に落ちていく太陽まで。 すべてが申し分無く美しい。 「それではみなさん、この美しい世界に、さよならを!」 舌足らずに聞こえる声が楽しげに告げると、ゆらりと頼りない足取りで幾人かがフェンスへと歩み寄ってくる。 誰も彼も生気の薄い顔をして、けれど障害物を乗り越える動作だけは嫌に力強く。 ガシャン、とフェンスが最後の注意勧告を鳴らす。 それに構わず、誰かが1人、居並ぶ人々の先に立って夕景に身を躍らせた。 ――だって五月なんだものなぁ。 ●日中、ブリーフィングルームにて 「将来に対するただぼんやりした不安」 どこぞの文筆家の言葉だったか。 しかし、それを口にするのが幼い少女では、違和感が拭えない。 「今回退治してもらうエリューションは、そういうモノの集まりよ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、解せない、とばかりに軽く頭を振った。 「特別な理由があるわけじゃない。 心の傷になるような出来事にあったわけじゃない。 ひどく辛い目にあったわけでもない。 ただただ漠然と不安で、憂鬱で、ここからいなくなりたい」 それは、いわゆる―― 「五月病」 ………つまり、今回の敵は五月病のE・フォースなのか。 なんとも締まらない気がしてリベリスタが眉を下げると、イヴは再び首を横に振ってみせる。 「E・フォース自体は強くはないし、苦戦はしないと思う。 けど、それはあくまでもあなた達リベリスタならば、という話」 対一般人において、E・フォースは絶大な効果を発揮する。 丁度五月だし。 「ちょっと仕事や学校に疲れてたり、悩んでいたり、馴染めなかったり…そういう人がE・フォースの標的ね」 誰しもが抱えているような小さな不安を何倍にも膨らませ、ふらりと屋上へ足を運ばせる。 正に人に魔を差ささせるのがこのE・フォースの真骨頂と言えた。 「E・フォースを倒す事自体は難しくないけれど、今から向かうと、屋上には既に一般人が誘われて来ているわ。 病院の患者だったり、たまたまお見舞いに来ていた人だったり……そうね、3人くらい」 大なり小なり悩みを抱えた人々は、重たい荷物ごと消えてなくなろうとフェンスに歩み寄る。 「皆催眠状態みたいなものだけど、一応説得も可能だと思う。 出来なければ……E・フォースを倒すまでの間、ちょっとおとなしくしててもらうしかないけど」 要は、E・フォースと戦いつつ、催眠状態の一般人の足止めか説得も行わなければいけないわけだ。 それ以上の一般人の屋上への侵入は防ぐから、というイヴの言葉を聞きながら、リベリスタ達もなんとなく憂鬱な気分を抱えてため息を吐き出した。 ――いくら五月っていってもなぁ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:十色 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月29日(火)23:15 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●夕焼けダイブ3分前 「きれーな夕日だねぇ」 間延びした声はどこかうっとりと陶酔するかのような響きを含み、オレンジ色に照らされる屋上に流れた。 「ね、君達もそう思うでしょ?」 空色の病院着を翻らせて振り向いた先には三人の被害者の、背中。ラッカに感化され屋上へと集められた三人の一般人は、夢遊病者のような覚束無い歩みでフェンスへと進んでいる。 もはや影響元たる自分の声すら聞かなくなった彼らに肩を竦めてから、ラッカは三人を応援するように拳を握った。 「さ、きれーな夕日ときれーな世界に、きれーにさよなら、しちゃおうね!」 だってなんてったって、五月! 五月病E・フォースの稼ぎ時! ささ、はりきってGO! 「そこまで!」 ラッカが拳を掲げかけたその時、閉ざされた屋上の扉が、勢い良く開かれた。 凛々しく声を上げた『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)を筆頭に、リベリスタ達が屋上へと駆け込んでくる。 E・フォースは渋面を作り彼らを出迎えた。 「あんた達、僕の邪魔しに――」 視線の合った『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)に、ラッカの不機嫌な声が飛ぶ。が、真っ直ぐに、じっとこちらを見る落ち着いた眼差しに出会って、ラッカは喉がつかえたような顔で口を噤んだ。 「五月病だからと言って、今いる世界にさよならしようか、なんていけませんね。 『酔生夢死』という言葉がありますが、自分の人生が真正面からしっかり捉えられないから、簡単に死を選べてしまうのです」 京一の言葉に、ぐぅ、とラッカの喉の奥から変な声が出る。真正面から、落ち着いた大人の、静かで的確な正論。これすなわちラッカの嫌いなものの一つである。 「ぅ、うるさい大人は嫌いだよ! なんだよ、五月病なんて甘えだって言うわけ? そんなの、あんたに」 そう嘲笑しつつ、耐え切れず京一から逸した視線。その先で、一般人へ駆け寄るリベリスタを発見し、ラッカの目付きが鋭くなった。 「!! くそっ、そうはさせるかって」 「例えEフォースと言えど、人と話す時は、余所見をするな!」 瞬時に一般人へ向こうとしたラッカの足を、アラストールの尖った声が止める。手厳しい声音に、思わずシャキンと背筋も伸びる。 ラッカが立ち止まったその隙に、『黒い方』霧里 くろは(BNE003668)と『空泳ぐ金魚』水無瀬 流(BNE003780)がそれぞれ一般人の説得に走る仲間を背に庇って立つと、E・フォースの周辺に立ち上りかけていた靄が、行方を決めかねて迷うように蠢いた。 「確かにこの時期精神的に疲れた方が出やすい時期ではありますが、人を巻き込むのは頂けませんね」 静かに、しかし毅然と嗜める雪白 万葉(BNE000195)の言葉を聞いて、ラッカは嫌そうに顔をしかめながらも、己と対峙する面々に向き直った。 ●欠陥付き美少女 「重症のまま病院で依頼をこなす事になるとは……皮肉がきいてて笑えますね。わはは……いてて!」 つい先日得た傷が未だ生々しい『進ぬ!電波少女』尾宇江・ユナ(BNE003660)は笑い、直後に呻いた。 ユナと向き合う形で、フェンスへの進路を塞ぐ少女に戸惑う斎藤美咲が視線を彷徨わせている。 攻撃する素振りは見せないまでも、フェンスへと進もうとする美咲にユナが柔和に笑った。 「屋上からダイブはちょっと待って下さい。いいですか、斎藤さん……。あなたが美人なのは、同性の私から見ても明らかですが、それゆえに近寄り難い」 「え? え?」 おどおどとしだした美咲に、ユナは続ける。 「しかし今回あなたは病という弱点を得た。矛盾するようですが、これで完璧なんですよ。ギャップ萌えという奴です」 「ギ、ギャップ萌え!?」 薄幸の美少女とかマジ萌えキャラ! 病魔に侵された美女なんて俺の嫁! ……かどうかは人によりけりだが、美咲には響くものがあったようである。衝撃を受けた表情で、よろりと数歩後ろへ下がった。 が、元凶のラッカが未だ健在であるせいか、何かを振り払うように首を振って虚ろな目がユナを映す。 「でも、やっぱり、私、こんなの耐えられない!!」 「ああもう、うるさい!」 一気に駆けだそうとした美咲を、ユナが体ごとぶつかるようにして留める。勢い余ってその場で美咲を押し倒したような体制になりながら、ユナが初めて声を荒げた。 「痔が何だと言うのですか、こっちはご覧の通り重症人なんですよ!」 「言った! 痔って言ったわね! もっとオブラートに包んでよぉ!!」 「知りませんよそんな事! 縫った箇所が開いたらどうしてくれるんですか!」 「うううぅぅ~」 五月病患者でも、大怪我をしている人間を前にすると申し訳ない気になるものなのだろうか。美咲が顔を歪めて唸るような呻くような声を漏らし、抵抗を弱くした。 ユナはしばらくそんな彼女の様子を窺っていたが、ばたついていた美咲の手足が落ち着くのを見計らって、体を起こす。 「大丈夫、痔主だろうとなんだろうと、斎藤さんは美人ですよ。痔も加わってギャップ萌えですし」 また痔って言った。二回も言った。やめてそこ色んな意味でデリケートゾーン。 しかし美咲がそんな泣き言を漏らし損ねるほど、夕日に照らされたユナの顔は柔らかく映えていた。 「……はい、おねえさま……」 「うん? え、今なんと、斎藤さん?」 意味深な呟きを残して、催眠の解けた斎藤美咲は意識を失った。 ●売れない小説家 五月病とは、どういう物なのだろうか。 あぁ、とか、うぅ、とか呻きながらうろうろしている黒峰光の進路を塞ぎながら、『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)は首を傾げた。 大の大人がE・フォースの影響とはいえこの体たらくに陥るというのはなかなか厄介な病であるが、葛葉にはその病の実態が解らない。 まあ、ともあれ、お説教の一つでもすれば良いのだろう。 「後ろはうちに任せて下さい!」 「ああ、頼んだ」 ラッカと睨み合う流の声に頷いて、葛葉は黒峰を真っ直ぐ見つめた。 「さて、黒峰光……だな、売れない作家の」 「うぐぅっ!」 見えない言葉の刃に刺されたように、黒峰が胸を押さえて背を丸める。 「……そうだね、売れない作家……売れな……うぅぅ」 葛葉の言葉を噛みしめ、噛みしめ、結果自滅して再び俯き呻きだした駄目なゾンビのような黒峰に嘆息しつつ、葛葉は懐を探った。 「確かにお前は売れない作家……だが、お前に一つ教えてやろう。そんなお前の作品を持っている読者が居る」 え、と顔を上げたゾンビ……もとい黒峰の視界に、証拠はこれだ、と葛葉が示すのは一冊の本。それは紛れもなく、黒峰の書いた作品だった。葛葉は己の作品を凝視している黒峰に問う。 「締切が間に合わないなら、こんな所に来ている場合じゃない。違うか?」 「う……でも、だって、ネタも湧かないし才能も無いし、もう何をどうしたら良いんだか……」 「甘ったれるな!」 頭を抱えて蹲りかけた黒峰を、葛葉の強い声と視線が叱咤する。黒峰がビクリと震えた。 「お前は、作品を作り出す労力を舐めている! 才能なども確かに在ろう。だが、根本的な努力を惜しんだ人間に成功はありえないのだ!」 「はぅっ!!」 痛いとこ突かれた。それはもうグッサリと。才能が無くともとにかく書けば良い。才能の無い凡人作家なりに、葛葉の持つ物のように、形として残る作品を世に出してもらえているのだから。 「う……うぅ……ど、努力……」 「あっ、行けそうですね!」 呻く黒峰の声に迷う色を見つけて、ラッカの注意と攻撃を葛葉から逸らしながら流が晴れた声を上げる。しかし。 「……でもやっぱり締切は無理ぃぃ!」 一瞬浮上しかけた黒峰の意気は、ラッカの存在によって再び地面へと落とされる。その様を眺めてラッカが唇を吊り上げ、流がそんなE・フォースを睨んだ。 ぐずぐずと湿気を放ち今度こそ蹲ってしまった黒峰に合わせ葛葉が膝を付く。警戒過敏な小動物の如く身を強張らせた黒峰に伸びた葛葉の手は、肩を力強く叩いて、励ますようにそのままそこに置かれた。 「俺は、この作品を読んで荒削りだが光る物を感じた……後は気持ちの問題だ、やれば出来る。思い込め、お前の最大の敵は締切ではなく、己自身なのだと……!」 肩にある手と同じく、力強く真っ直ぐ伸ばされた声と視線。そして、励ます葛葉の肩越しに見える夕日。 ああ、オレンジ色に照らされた精悍な葛葉の顔つきがこの上なく頼もしく見える。 「―――はいっ! 先生!」 「先生って誰ですか?」 不機嫌度を増したラッカと対峙しつつ思わずつっこんだ流の声に答えないまま、黒峰光は意識を失った。 ●それゆけ高校デビュー 皆くよくよしやがってェ! じめじめくよくよした感じは性に合わない事この上なく、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)はちょっと腹を立てていた。 「個人的には……優しい事を言わずに、叩いて目を覚まさせるのが良いとは思いますが……」 こちらに背を向けラッカと向かい合うくろはも、至極冷めた声でそんな事を言う。 「うん、そうだね、よし、ちょっと手荒に行こっか!」 「ぇ!? だれ、だれですか……あの、邪魔……邪魔しないで下さい……あの」 目の前の一般人・鈴木悠二が、派手な金髪と反対におどおどすればする程、魅零のゲージは上がっていく。 「高校デビューに失敗した? 諦めんなよおお!!!!」 「ひっ!?」 悠二の両肩をがっしと掴み、魅零は彼の体を揺さぶらんばかりの勢いで……実際軽く、いや結構がっくんがっくん揺らしながら声を繋げる。 「まだこれからってのがあるだろ!! そんな早くに未来に絶望すんなよ!」 「ふぁい!」 がくがく揺さぶられながら不思議な声を返す悠二は、一応魅零の声に答えているらしい。 「その程度で人間死にませんよ……ほんと」 ラッカの靄を、質量を持った影で防ぎながら落とされたくろはの小さな呟きには、頷いているのか聞こえずにただ揺られているだけなのか、相変わらずがくがくと頭を揺らしただけだったが。 「私だってなんかよくわかんないけど、凄い組織に足突っ込んで、早くも五月病と、周りの先輩の凄さに死にそうだよ!!」 「? 凄い組織って何のことで」 思わず叫んだ魅零の言葉に反応しかけた悠二に、我に返った魅零が鋭く、肩越しに一瞥だけくれたくろはが静かに、しかし強く叱るように言う。 「忘れろ!!」 「忘れなさい」 「はい!!」 わけもわからず頷く悠二を見て、良し、と一言置き、魅零は台詞を続ける。 「大丈夫、望めば叶うって! でも待ってるだけじゃなく、努力もしよう!? ほら、私が。黄桜が友達! 年も近いし、友達! 友達できちゃった! こんなに簡単!」 「ともだ、え? あれ? でも、僕、そんな」 「でもとか言わない! 一歩踏み出す勇気が大切なんだよ! 大丈夫、君にもできる!」 いつの間にか悠二を揺さぶる手は止まっていた。代わりにあるのは、先程までの怒涛の説得と裏腹の、優しい視線。 魅零の目が、落ち着きなく動く悠二の視線を真正面から捉える。 「悠二くんは、きちんと自分の足で立ってるじゃない!」 ぱくぱくと無言のまま口を開閉する悠二に、魅零の声が重なった。 「金髪であろうと、黒髪だろうと、大切なのは、外見なんかじゃない! 君を必要とする人が世の中にはいて、これから出会うかもしれない」 だから、こんなとこで負けるな! 勝って、昨日の自分に勝つの! 負けるもんかって! 最後に一つ、黄桜の手が軽く悠二の頬を打った。ぺちん、と弱く。しかし、頬に赤さも残さない彼女の掌は、悠二の心に確かに何かを残したようだ。 「――はい…! 先輩…!」 「先輩ではないですけど」 くろはの冷静な切り替えしに、ぐすん、と一回鼻をすすってから、鈴木悠二は意識を失った。 ●落下日和 「向こうは落ち着いたようですね」 一人、二人、そして最後に鈴木悠二が倒れ、糸の切れた体を仲間達が安全域に運ぶのを確認して、京一は僅かに目を細めた。 「――っ、ふん! 三人止めたくらいでいい気になるなよ! 病院なんて、獲物は山ほど――」 「これ以上の愚行を重ねるのか、救えないな、卿は」 無理矢理唇を吊り上げたラッカの台詞が終わる前に、アラストールの剣先が煌めく。ラッカを守るように渦巻かけていた灰色の靄が、きらきらと光の軌跡を残す剣に触れて四散、切っ先はそのままラッカの空色の病院着を裂いた。 「ちょ、人の台詞が終わるまで待てないの!?」 「心の隙間をこじ開け、死者を乗算するモノに、何の遠慮が必要か」 ぐ、と言葉に詰まったラッカは返せない言葉の代わりとばかりに再び周辺に靄を発生させた。リベリスタ達を巻き込み立ち上った靄の色は薄黄色。視界が黄色く滲む。 「っく、正々堂々目を見る事も出来ないとは、この臆病者め」 アラストールの声に焦るような色が滲んだのは、ラッカの姿がぼやけたからという理由ばかりではない。 「黄色の靄……確か状態異常の効果がありましたね。ここは落ち着いて」 努めて声を低くした京一の言うように、夕焼けの橙と混ざり溶ける黄色の薄靄はじわじわとリベリスタ達の心を煽る。 その様にラッカが意地悪く口元を歪めた時、万葉が静かに口を開いた。 「『獲物』は既に解放されてしまった……結果が出なくて焦ったのですか?」 精神を蝕む靄に浸されてなお取り乱さない万葉の声は、落ち着いた彼の容姿と相まってカウンセリングか何かのように聞こえる。 「少し自分がやってることを他者的に眺め、何が何処がいけないのかを考えてみましょう。 何が悪いのかを見極めそこを克服する努力をすれば、きっと前に進めるでしょうしこれから先助かるでしょう」 「は……あ? 何言ってんの? 克服する努力なんて、出来たらこんなに辛くなんないよ!」 ラッカが眦を吊り上げて万葉を注視する隙に、一般人を運び終えた面々が合流した。 「おっと、重苦しい空気はうちがスッキリ治してさしあげますっ」 駆け付けた流の明るい声と共に、陽光に負けない光が降り注ぎ靄を払う。 ようやく万葉から視線を離したラッカの耳に、今度はくろはの冷たい声が届いた。 「……あなたには言葉も惜しい。死んでください、目障りです」 くろはの手には、真っ黒なカードが一枚。ラッカを嘲笑するように笑みを浮かべたピエロのカードは、細い指先から放たれて狙いを違わずE・フォースを捉える。 「!! くっそ、あぁもう! あんた達だってあるでしょ、生きてるのが辛くなる事くらい!」 「現実は辛くも、それでも尚美しき姿を見せることがあるのです」 激昂するラッカに答えるのは京一の噛んで含めるような静かな声。 「一時の辛さで、その後に有るであろう素晴らしい物を捨てるには、惜しいものです」 声の終わりと同時に、京一の手にあった一枚の符が黒い鴉へと姿を変え、眉を寄せたラッカへと一線に飛び、貫く。 「――ほんっと、相性悪いっ! ごちゃごちゃ言ってないで落ちちゃえば早いのにさぁ!」 正しくそれは最後の足掻き。もはや立っているのが精一杯といった様子のラッカが笑う。空色の病院着が、気が付けば周囲の空と同じく朱色に色を変えていた。 「戯言はそれで仕舞いか」 微かに灰色の靄を纏い始めたラッカへ、アラストールの眩い剣の先が向く。ラッカは嫌な笑みを浮かべた。 「ふ……僕を倒したくらいでいい気になるなよ。五月病患者数舐めんな。来年の今頃、きっと次の僕が」 「なら私は、その全てを否定する」 「だから人の台詞切るなよ!」 嘆くラッカの眼前で、光を纏った剣が閃く。 光の残滓も消える頃、そこにはただぼんやりした灰色の靄が漂うだけだった。 やがてそれも涼しい風に流され、消える。 ●本日は晴天なり 「ふう。一時はどうなる事かと思いましたが、結末が丸くおさまって何よりです」 尻に関する問題だけにね。 ふふふ、と担当した一般人を引き合いに出して笑うユナの横で、流は壁に凭れてぼんやりと瞬く一般人三人に声を掛けていた。 「いくらいい天気だからって、こんなとこで寝ていたら風邪を引いてしまいますよっ」 流の呼びかけに、三人は周囲を見回し、自分を見下ろし、最後に流を見て首を傾げつつも、大人しく彼女の言葉に従って立ち上がる。 「……なんだか可憐なおねえさまにお説教された気がするの……」 ほう、と美咲が呟けば、黒峰が唸る。 「新しい担当者に熱く説教される夢を見たよ……あぁ、今から間に合うかな……いや、間に合わせなきゃな」 最後に悠二が決意の灯った目で一人頷いた。 「うん、そう、そうですよね。まだ五月だしっ。頑張ればっ」 「おやおや、皆さん良い夢を見たようで……」 だからおねえさまってなんです? 聞きたい気持ちを抑えてユナが苦笑いし、流が視線で屋上の出入り口を示す。 「日も暮れて寒くなってきましたし、早く帰りましょう?」 まだ少しぼんやりとする頭で、三人は頷き足を進める。ゆっくりと、しかし確かに歩いていく足取りを眺め、流は満足気に微笑んだ。 (そうそう、帰りましょう……神秘とは無縁の日常に……なんてね) リベリスタに見送られ、人々は歩いていく。今度はフェンスの向こう側へではなくて、彼らの生きる、日常の中へ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|