● 「――おにいちゃん? どうしたの? 一人でいなくなるなんて――もう、わたしと一緒にいてくれないの?」 「違う! ぼくは、お前と一緒に逃げたかったんだ」 「――? どうして逃げるの?」 「そこにいちゃいけないんだ。そこに居続けたらきっと、お前は――」 「ここにいれば楽しいわ。毎日、楽しいことばかりよ。 人が泣いて叫ぶ声を聞いて、暖かい血に体を浸す時、いつも楽しかったじゃない。 なのに、どうして?」 「楽しくなんか――」 「どうして? おにいちゃんも笑っていたじゃない。 指を斬りおとして、耳を削ぎ落として、目玉を繰り抜いたって、人はまだ生きているわ。 どうせ殺すなら、楽しんだ方がいいのよ」 「――」 「ここの人たちはそれを叱ったりしないわ。 痛いこともしないわ。 どうしてここにいちゃいけないの? ――おにいちゃん、ここは楽園なのよ」 少年は、携帯電話を握り締めると、その拳を壁に叩き付けた。 「そんな場所、楽園なんかじゃない……!」 少年と少女は、自分たちに芽生えた『力』に気づくと家を飛び出した。 少年は、少女――妹をとても愛していた。 幼い自分だけでは、妹を護りきることが出来ないと悟ると、『自分達の力を怖がらない大人たち』と、一緒に暮らす事にした。 「でも、それが間違いだったんだ」 その時の事を想い返し、少年は苦しそうに呻く。 自分たちを受け入れた大人たちは、不思議な力を持っていた。 それは、自分たちの力と外見は異なっても、本質は似通った物を感じた。 同類と認めた彼らは、幼い彼らに共に暮らす対価を求めた。 彼らに強いられ、求められるままに、妹は人を殺めた。 1日目は恐る恐る。 2日目は徐々に、自ら望んで。 そして今は、それが無ければ生きていけぬほどに――。 欲望の解放は妹の心のどこかにヒビ入ったように、彼女は日に日に壊れていった。 「そんな姿を見たくて、奴等と一緒に居たんじゃないんだ……」 ただ妹に笑顔で居て欲しかったから。 ただ、幸せで居て欲しかったから。 少年は、妹を連れてそこから逃げようとした。 けれど、行動を決意したその時、妹はもうそこから抜け出すことは出来なかった――。 妹を護れるのは自分だけだと思っていた。 妹を笑顔に出来るのは自分だけだと信じていた。 ここに来たのは、妹を護る為だったのに――。 ● 「ちょっと……重い依頼になる人もいるかしらね」 『もう一つの未来を視る為に』 宝井院 美媛(nBNE000229)は、机の上にリベリスタに配布する資料を置いた。 リベリスタ達はそれを手に取るとページを捲る。 あわせて、スクリーンに映し出されたのは、幼い少年と少女。 「双子の兄妹よ。兄――フレイは元フィクサードの現リベリスタ。妹――フレイアは、フィクサード」 双子と言われ、成る程と思う。 酷く似通った顔。髪型が違う以外はそっくりだ。 「今回の仕事は、兄が妹を殺そうとする現場に赴き、兄と共闘して、妹及び同行したフィクサードを捕縛するか倒して貰う事よ」 「えぇと、兄が現リベリスタで、妹と仲間のフィクサードを殺そうとしてるって事か? それに協力して戦えと」 「簡単に言えばそうね」 少し背景を話しましょうか。そういうと美媛は資料を捲る。 「フレイとフレイアは、革醒してすぐ、両親と住んでいた家を飛び出したわ。 飛び出した理由はわからないけど、それからは二人で各地を転々としていたようね。 その時に彼らを拾ったのが、数人のフィクサードよ」 スクリーンに映ったのは、スーツ姿の男女だ。 20代後半ぐらいだろうか。 「フィクサード達は、最初は面白半分で2人を受け入れたようね。 そこで、自分たちが連れてきた人間を酷い方法で殺させて、良心の痛みに苦しむ姿を見て喜んでいた。 それがいつしか――。 妹は、その行為を楽しむようになっていった」 「ある日、フレイはフレイアが小さい子を攫ってきて嬲り殺すのを目撃したの。 彼女は、本当に心から、人を殺すことを楽しんでいた。 フレイアが日に日に壊れていく姿を見て、フレイは妹をここに置いておく事はできないと思ったのよ。 そしてある日、フレイアを連れて逃げ出そうとした。 でもね、フレイアはその手を振り払った……。 フレイは、アーティファクトを所持して一人で彷徨っている所をリベリスタに見つかって、アークに保護されたわ」 美媛は少し苦しそうに息を吐くと、言葉を続ける。 「フレイは、狂気に囚われ堕ちていくフレイアがこれ以上自分の魂を穢さぬうちに殺そうとしているの。 けれど、彼が妹と再会する場所には、妹と行動を共にしているフィクサードも居るわ。 フレイは強力なアーティファクトを武器にして戦えるから強いけれど、それでも多数を同時に相手にすることになるわ。 勝てる見込みは少ない……。 遊び半分に人を殺めるフィクサードを放置することも出来ないし、フレイに加勢してほしいの」 美媛は資料のページを捲る。 「ちょっと特殊な事だけ、読み上げておくわね。 フレイアの有するアーティファクト『火の鳥』。 黄金で作られた髪飾りで、鳥の形を模している。 身に着けた者に驚異的な回復力を齎し、傷ついても起き上がる不死鳥の如くちょっとやそっとでは倒れない。 また、絶対者同様に、バッドステータスも一部を除き効かない。 それは、アーティファクトが身に着けたものの生命力を餌としているためで、宿主が死なないように努めているためである。 フレイアはこのアーティファクトの力により、ダメージを受けるたびにダメージ分の8割を回復し、2割分を攻撃者へダメージとして返すことが出来る……。 つまり、普通の反射とは違い、もっと強いダメージが跳ね返ってくるっていうことね。 ただし、驚異的な回復力も、強いダメージを攻撃者に返すのも、アーティファクトの力に依るもの。 だから、対策の講じようはありそうね」 美媛は資料のページを捲る。 「フレイは味方になるから、これは補足的情報になるかも知れないけど。 フレイの有するアーティファクト『ジークフリートの呪い』。 変幻自在の武器。非常に制御が難しく、フレイにしか使用できない。 長剣、槍、弓矢など、自由に姿を変えることが出来る。 これを持った者は、相手の弱点を見抜き、攻撃に一番ふさわしい武器に変化したアーティファクトで攻撃する事が出来る。 部位狙いなどのペナルティも関係ない。 また反射・反動などを受ける事がなくなる。 フレイアの『火の鳥』に対抗することが出来るアーティファクトである」 資料を閉じた美媛は、スクリーンに2人のアーティファクトの画像を映した。 「だからこそ、フレイは誰かに依頼することもせず、自分がフレイアを殺すしかないと思っているのよ。 勿論、ずっと一緒に居たからこそ思う思いもあるとは思うけどね」 「一つ質問がある」 「なぁに?」 「フレイが裏切る可能性はないのか?」 「逆に、裏切る理由がないわ。 たとえば、未だにフレイアたちと繋がっているとしても、 幼い少年一人でアークに来たとして何が出来るわけでもないしね」 「わかった」 リベリスタ達が立ち上がると、美媛は彼らの背中に言葉を投げかける。 「フレイは、妹をとても大事にしていて――とてもとても愛している。 フィクサードの下へ行ったのも、幼い妹を自分だけで養うのは無理だと思ったからよ。 フレイアを本当の意味で護るためなら、彼は自分の体も精神も、傷つくことは厭わない。 ――今回の件、よろしくお願いね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月30日(水)23:57 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● フレイは、ブランコの揺れを止めると、沈みゆく夕焼けを見詰める。 この風景を見るのも、これが最後だろう。 もうすぐ夜の帳が降りてくる。その暗闇の中に、自分も彼女も落ちていくのだ。 思い出すのは、彼女の笑顔。――こうなる前の、彼女の笑顔。 その姿を護るように舞う、鳥一羽――。 「見つけたわ」 フィクサードの集団がフレイと対峙すべく歩く姿を、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の式神が見つけた。 「さて、では作戦開始ですね。他の方々はともかく、あの兄妹はなるべく二人とも無事でいて欲しいものですね。 ただ、そのためにシビアな条件を満たさなければならないのはよく分かっていますし、首尾よく救出したとしても、妹さんの壊れた心を治すのは至難です。 覚悟はいいですか? 私は済ませてきました」 『極北からの識者』チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)は、M・Tabletを取り出すと、これから始まる戦闘に備える。 氷璃は、その言葉に頷くとフレイへと通信を試みた。 『ごきげんよう。私はアークの者よ。貴方の加勢に来たわ。 作戦を伝えたいから、一旦此方と合流して貰えないかしら?』 「――!」 フレイは脳内に響く氷璃の声に驚き、ブランコから立ち上がった。 山田 茅根(BNE002977)は、フレイに作戦の概要を伝える。 「それから――。怪我が辛かったら、ちゃんと言って下さいね?」 「……っ」 その言葉に己の覚悟を見透かされた気がして、フレイは息を飲んだ。 「フレイ」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)の優しげな声。 「フレイアは殺さず、AFを破壊した後にアークで保護しましょう」 「――!?」 思いもかけなかった言葉。 「勿論、保護してからは大変だよ?」 『八咫烏』宇賀神・遥紀(BNE003750)が、更に続ける。 「……殺人を止められても、今度は彼女自信が罪の意識に苛まれる様になるかも知れない、幸福が約束されているとも言えない」 フレイは、その言葉に瞳を曇らせる。 遥紀は、フレイの瞳を見詰めて囁いた。 「でも、死んでしまえばそこまでなんだ。触れる事も、赦す事も、分かち合う事も出来なくなってしまう。 フレイ、どうかそれでも楽園があると信じて」 自分も、フレイアと向き合うのを手伝うと、1人で抱えるなと、優しく微笑んだ。 「でも、もうフレイアは――」 「その通り。この娘は既に『常識』に不在している。 『常識』という世界の中で、異常者は罪に囚われる事はない。 異常者が異常を行うのは当然である。 そこに『常識』で言う、善悪の秤がないからだ。 そして異常者は、――己が異常だと思ってはならない」 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)の言葉は、不思議な音を響かせる。 けれど、フレイには理解出来た。 あの日、携帯電話で聞いた彼女の言葉はまさしくその通り、己を異常だとは思っていなかったのだから――。 「なぜそんな事が解かるか? 簡単だ、私自身がそうなのだから――」 結唯は、ふっと、笑って見せる。 その笑みは、妹のものにどこか似ている気がした。 「だからやっぱり、フレイアは殺すしか……」 結唯の言葉に、フレイの心は揺らぐ。 大切な妹。彼女を護るためだけに自分は生きてきた。 だからこそ、これ以上壊れてしまう前に殺してやる事が彼女を護る事になるのではないだろうか。 そしてそれは、自分の手で行わなければ――。 「……いや、まだだ」 『断魔剣』御堂・霧也(BNE003822)の声が、暗闇に堕ちていくようなフレイの思考を遮った。 「ドッチかが死んで、ハイお仕舞い。何て俺は認めねぇ!」 フレイに歩み寄る、霧也。 「おまえ等はガキだ。ガキならきっとやり直せる」 これから先の未来は、2人で決めればいい。子供なのだから、いくらでもまだやり直せる。 「なぁ、そうだろ?」 真っ直ぐな瞳に見据えられたフレイの心は更に揺れ動いた。 「わからない……」 結論は出ない。でも、これからの戦いの中で決めなければならない。それは、わかっていた。 「ところで、その名前は……本名なの? それと……AFはいつ手に入れた?」 『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)は、問いを投げかける。 フレイは予想だにしなかった問いに、些か戸惑った様子を見せる。 「他に名前はあったけど……皆にはその名を名乗ることは許してもらえなかった。AF……は、覚えてない。気づいたときにはもう持っていたから」 「そろそろ、来るわ」 式神からの映像を確認すると、氷璃は戦闘準備に入ると共に仲間に声をかける。 リベリスタ達が陣形を組み、事前の強化を行うと、フレイも慌てその中に入り自らの力を高めるように集中した。 ● リベリスタ9名に対し、フィクサードは14名。 混戦になり、前衛後衛の別は無意味だろうという結唯の懸念は当たった。 リベリスタ達は各々配置を決め、戦いに臨んだが、一時に多数のフィクサードに襲われ、陣形は簡単に崩された。 辛うじて作戦通りフレイアとカインのブロックに成功した朱子とユーディスの横を、先頭をきるヨハンに従ったフィクサード達が駆け抜ける。 「お前らも、コッチに来るかぁ!? 楽しい事教えてやんぜ!」 ヨハンが小馬鹿にしたように嗤う。 その姿が一瞬にして掻き消えた。 「まずは回復役からだ!」 「うぁ……っ!?」 消えたヨハンが突然遥紀の背後に現れた。ナイアガラバックスタブを受けた遥紀は苦痛に呻く。 再度攻撃を放とうとしたヨハンの手を、受け止めたのは結唯。 「少し遅かったか」 自身もフィクサードのブロックを受けたため、遥紀を庇えずに終わった事を知った。 「貴方がヨハンね。貴方だけに限らず……幼い子供を狂気に陥れたその罪、決して赦しはしないわ」 氷璃が放った黒い鎖が、濁流となりヨハン率いるフィクサード達を飲み込む。 しかし、奴等にはまだ手があった。 後方へ陣取ったアベル率いるホーリーメイガスの集団である。 アベルは、劣勢に陥った仲間へ癒しの手を差し伸べる。 残るホーリーメイガス2人は、揃って聖なる光でリベリスタ達を焼き払った。 「んの、女ぁ!!」 濁流から這い上がったダークナイトが、手を大きく掲げ暗黒の瘴気で辺りを覆う。 暗黒に飲み込まれそうになる氷璃を茅根が突き飛ばし、代わりに攻撃を受ける。 氷璃を庇った茅根。それは作戦通りの行動だ。 しかし、多数の攻撃が乱舞する場では、その行動は自らの命取りともなる。 大きなダメージを受けた茅根の肢体は地へ転がった。 けれど、薄れゆく景色の中、辛うじて見えた光を掴み取り、茅根は立ち上がった。 ダークナイトの暗黒は幾重にも重なり、リベリスタ達を飲み込む。 更に、霧也だけではブロックしきれなかったソードミラージュの剣先が残像を描き、フィクサードのブロックに当るリベリスタにまで炸裂する。 リベリスタ達の攻撃と、フィクサード達の攻撃は波のようにぶつかり合い、お互いの力を看破しつつも命を削って行く。 1人、また1人、と倒れていくフィクサード。 そして、リベリスタ達も無傷の者は1人もいなかった。 遥紀は幾度目かの歌を歌う。 自らもヨハンの攻撃でかなりの傷を受け、周りには、まもなく倒れてしまいそうな仲間達が居る。 それらの命を繋ぎ止めるのは、己の歌声。 願いを込め、高く低く響く透き通った声に、傷ついたリベリスタ達の身体に再び生命力が漲ってくる。 ――しかし、その歌声は突然途切れた。 ヨハンの弾丸が、遥紀の胸を撃ち抜く。 あまりにも正確な弾丸は、遥紀を一撃の元に倒した。 遥紀は、フェイトを燃やすことも叶わずに、その場へ倒れ伏した。 「うあぁぁ!!」 フレイの戦鬼烈風陣が唸りを上げ、フィクサード数体諸共、ヨハンを薙ぎ払った。 戦場の中央でフレイに薙ぎ払われたフィクサードが散っている。 後方に下がったチャイカは、攻撃優先順1位のアベルが後方に居る事から攻撃方針を変更した。 フレイの攻撃により強かにダメージを受けたフィクサードを一掃するために、其処を目がけて気糸の束を撃ちこんだ。 そして氷璃の濁流は、フレイ、チャイカの攻撃を受けても倒れぬフィクサードを溺れさせた。 「少しは削れたようだな」 ソードミラージュを抑えていた霧也が辺りを見渡す。 約半数までに減ったフィクサード。とは言え、まだ油断はできない。 遥紀が倒れてしまった今、リベリスタ側に回復役はいない。 リベリスタ達が回復役を優先して倒そうとするように、フィクサードも同じことを考えるだろう。 それは、事前の打ち合わせの席でも話題に上がった事でもある。 けれど、この敵の多さでは賄いきれない事もあった。 「今言っても仕方ねぇけどな」 こうなれば、自らの身は自らで護るしかない。 霧也は命を吸うべくソードミラージュの胸に斬馬刀を突き立てた。 「確かに」 霧也の呟きに短く返答すると、結唯は傍らに居たフィクサードの襟首を掴み、その血を生命力ごと飲み込んだ。 ● 全身を刻まれ、辺りに赤い血を散らしながら、ユーディスはブロードソードを振う。 ガギンと金属の音がして、ユーディスの剣とフレイアの剣が絡み合った。 「力を振るって思うままに蹂躙するのは、さぞ楽しかったでしょう」 全身の力を剣を持つ手に乗せ、ユーディスはフレイアの剣を押し退けていく。 「ぐ……ぅ……っ」 力負けしそうになるフレイアの呻く声が、小さく聞こえた。 「――思うままに出来ない現実がある事を教えてあげます」 ユーディスは渾身の力で、フレイアの剣を弾き飛ばした。 そのまま、フレイアに近接すると彼女の喉元に牙を立てる。 フレイアから受けた傷を癒すため、彼女の血を吸う。フレイアは奪われた生命力の内2割をユーディスへと跳ね返す。 拮抗した力は、長期戦の体を成していた。 絶対者の力を持つ朱子が、カインのブロックに当ったのは正解だ。 カインの有するスキル、スケフィントンの娘は朱子には効かない。寧ろ反動を受ける事を考えれば使用を控える必要があった。 その為カインは、朱子を退ける決定的なダメージを与えられずにいた。 「邪魔な女だな……」 舌打ちするカイン。 「その為に此処にいる」 朱子のオーララッシュが、カインへと襲いかかる。 その力は連撃の効果をもたらし、轟と唸る剣先を時に己の剣で受けながらもカインはじりじりと追い詰められていた。 「くそ……っ」 ずぶり。 カインの胸に突き刺さる刃。 絶命を確認すると、朱子はフレイアへと向かった。 「代わる」 傷だらけのユーディスの肩を押すように、朱子の体重がかかる。 フレイアと組み合った剣は押された力で離れ、代わってフレイアの剣を抑えたのは朱子。 「――」 フレイアと対峙した朱子は、髪飾り――『火の鳥』を見詰める。 彼女には、一つの考えがあった。 フレイアが壊れた理由は、火の鳥に起因しているものもあるのではないかと言う事だ。 火の鳥は、己を維持するために所有者の生命を繋ぎ止めようと働く。 だとすれば、所有者が自ら死を選んだ時はどう働くのか――。 (フレイアが、人を殺した時に罪の意識に苛まれて自殺を選ぶような性格の場合……楽しんで殺しをできるような人格に変えるくらいは……できてもおかしくない) それを見極めるには、火の鳥に攻撃が当たった時など注意深く観察する必要がある。 鳳凰の瞳は、火の鳥を喰らうべく、輝いた。 フレイの攻撃を皮切りに行った連携で大多数を倒されたフィクサード達は後退を図る。 そこに好機を見出したのがチャイカである。 後方遠くに陣取られ攻撃できなかったアベルの心臓目がけ、躊躇うことなく攻撃を放った。 茅根はヨハンが麻痺している事を見止めると、アデプトアクションを放つ。 弱点を突かれ痛みに呻くヨハン。 「人を傷つける者は、自分も傷つけられる覚悟を持たなければいけません。 知ってますか、人の恨みつらみは恐ろしいんですよ?」 にこりと微笑んだその笑顔に、ヨハンの呼吸が一瞬止まる。 動きの止まったヨハンを狙う銃口は、結唯。 その弾丸は、ヨハンの胸を撃ち抜き、彼は倒れた。 ソードミラージュが全滅し、フリーになった霧也は、手近なフィクサードを斬りつけながら戦場を駆ける。 フィクサードの亡骸がいくつも転がる戦場を見渡し、残りはフレイアだけかと、霧也の心ははやる。 「隙みっけ」 その時、霧也の背後から声がした。 「――!」 背後からの攻撃――それだけで相手はわかった。 「生憎だったなぁ。俺はまだ死んでねぇよ」 霧也が全身から血を吹き出し倒れた向こうには、黄泉から舞い戻ったヨハン。 「負けねぇ……!」 倒れこんだ霧也は、フェイトを燃やし立ち上がった。 「ったく、なんで俺がこんな目に遭うんだよ。 仲間だってこんなに殺されてよぉ。 手頃なオモチャだと思ってたのに……散々だぜ」 ヨハンは、少し先に立つフレイを睨み付けた。 「そんなガキ、欲しかったらくれてやらぁ」 ヨハンの体が消える。 「ただし――死体でなぁ」 次いでフレイの背後に顕現した刃は、彼の喉元を切裂いた。 「ぁ……」 フレイの視界が霞む。 それは自らの首から噴出した血飛沫によるものだった。 「――!」 リベリスタ達の声にならない叫び。 ユーディスと茅根の攻撃がヨハンに襲いかかる。 ヨハンの体は四散し、事切れる寸前の彼を結唯は一瞥する。 「……っ」 結唯に頭部を吹き飛ばされたヨハンは、二度と起き上がる事はなかった。 「さて、最後になりましたね。ややマイルドになっちゃいますけど、攻撃されるというのはこういう事だって思い知って下さいね……!」 チャイカの攻撃が、フレイアの髪飾りを狙い炸裂する。 「――!」 ピシっと火の鳥に傷が入った瞬間、フレイアの表情が変化した事を、朱子は見逃さなかった。 「あはははは!!」 狂ったように嗤うフレイアは、高速の刃を幾重にも重なるように生み出す。 「止める!」 朱子の腕に、胸に、肩に、突き刺さる刃。 しかし、それを受けたのは全て左半身。 残る右手をフレイアの頭に伸ばすと、火の鳥を引きちぎった。 「フレイ!!」 残る力でフレイへと火の鳥を投げ、朱子は倒れこむ。 フェイトを削るに至らなかったのは、奇跡としか言いようがなかった。 それ程に、強力なフィクサードを2体ブロックした彼女は疲弊していた。 そして、AFを失ったフレイアは、その後は戦うことも出来ずに倒れこんだ。 ● 傷を手当したフレイは、火の鳥を握りしめフレイアを見つめる。 そして、決心すると自らのAFを短剣の形に変化させた。 「この、バカ野郎!」 振り上げた短剣を素手で掴んだのは、霧也。 掌から流れる血。痛みもある。けれど、彼にそんなことは関係なかった。 「……兄貴が、妹を殺そうとしてんじゃねーよ! お前はソレで本当に満足できるのかっ?!」 「――」 フレイは、その言葉に返答できない。 「狂ってしまった妹を殺して自分の罪を償う心算?」 氷璃がフレイの心を見透かすように発言する。 「妹の為だなんて、ふざけた事は言わないで頂戴。 貴方の愛は一方的過ぎる。 それはエゴの押し付けよ。 彼女が対価を支払ったのは強いられたからじゃないわ。 貴方がそう願っていたように彼女も貴方を護りたかった。 自分の心を壊してでも、そうする以外に道が無かったのよ」 「――!」 フレイの手が驚きに震え、短剣を取り落す。 すかさず、ユーディスが剣を拾いあげ、フレイの傍から退けた。 氷璃は言葉を続ける。 「互いに互いを想っているのに相手の想いに目を向けない。 自分が、相手の為に、何が出来るのか、それだけを考えて相手の意思を問わなかった。それが総ての原因、本当の罪」 フレイは、妹の顔を見詰める。 今まで、彼女の為と思ってやってきたこと。確かに、それについて彼女に問うた事はなかった。 「本当に罪を償いたいのなら、貴方は一生を捧げなさい。 彼女の壊れた心を癒し、彼女に犯した罪の重さを教えなさい。 そして今度は2人でお互いを支え合い、2人で罪を償いなさい。 ――それが贖罪と言うものよ」 「……フレイア……」 フレイの瞳から涙が零れた。 「若い時分は、何にでも染まり易いものです。 今なら、まだ染め直す事も可能かもしれませんね」 茅根は優しく微笑む。 「俺達の仕事は此処までだ。 楽じゃねーかもしんねーが、後は二人でゆっくり話すと良い。 んで、もう一度二人でやり直せ。ソレが俺達(ガキ)の特権……、だろ?」 霧也は立ち上がり、フレイに笑って見せる。 ユーディスは儚げな微笑を浮かべ、囁く。 「……貴方達兄妹が、何時か本当の名を自らとして名乗っていける時が来る事を祈ります」 リベリスタ達は揃って笑んで見せる。 それだけで、赦されている気がした。 フレイは思う。 いつか、この人達のように笑えるのだろうか。 フレイアと、2人で――。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|