●偽りの音 穏やかな午後、繁華街は今日も人々で賑わい活気に満ちている。 そんな中、真紅のギターを抱えた青年が行き交う人波を嬉しそうに見渡していた。鮮やかな金の髪を固めて立て、黒のジャケットを着こなす姿はどう見ても音楽を嗜む者のように見える。 だが、彼は『人間』ではなく――異界より来たりし別次元の存在だった。 青年は八重歯を出して笑むと、肩に掛けたエレクトリックギターにピックを添える。 ストリートライブの心算なのだろうか。興味を持った人々が周囲に集まりはじめた頃、満面の笑みを浮かべた彼ははじまりの音を爪弾く。 「行くぜ往くぜ、いっくぜェ! テメェら、ギース様の奏でる音色を聞けぇい!」 しかし、威勢の良い声と共に紡がれたのは形容し難い不協和音だった。 たった一瞬だったはずなのに、数人が思わず屈み込む。それはただ演奏が酷かっただけではない。奏でられた音色は、神経を破壊するまでの魔力を伴っていたのだ。 「ははん、早速オレ様の魅力に伏した奴がいるな? さぁ、リサイタルのはじまりだぜ!」 調子付いた青年が更なる音楽、否、破壊音波を奏で出す。 あきらかな異変に気付き、ざわめいた人々は逃げようとするのだが時は既に遅し。 響く破滅の音色、その上をいくほどの壊滅的な歌声。 街の中心で心地好さげに歌う青年は歌を止めることはなく――哀れ、周囲の者達は抗うことすら出来ずに次々と音色の魔力に伏していった。 ●導音創弦 「迷惑なヤツだよね。この世界のヒトじゃないとはいえ、人のことを考えられないのかな」 アーク内の一室にて、未来に起こる事件を話終えた少年フォーチュナは気怠るそうに溜息を零した。 それは異世界から来たりし存在、アザーバイド――とはいっても、事件を起こす相手の見た目は人間に酷似している。 しかし、その存在はこの世界にいるだけで崩壊を招いてしまうもの。 放っておけば一般の人々にも被害が出てしまうので、早急に元の世界に還ってもらう他ない。それは皆にもわかるよね、と再確認した黒髪の少年は不意に顔をあげる。うっかり、未だ己の名を告げていないことに気付いたのだ。 「申し遅れたね、俺の名前はタスク。別に必要以上に仲良くしてもらわなくてもいいけどさ、名前くらいは覚えて欲しいな。ええと……そういうことで、どうぞお見知り置きを」 ぎこちなく頭を下げたメタルフレームの少年は、自分を『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)だと名乗り、リベリスタ達への自己紹介を終える。そして、アザーバイドについての情報を語りはじめた。 「ヤツは自分をギースと名乗っていたよ。普通に言葉を解しているけれど、音楽を奏ではじめたら全く話を聞かない。そのうえ、彼の弾く音や歌は有害な破壊音波になるみたいなんだ。……勘弁して欲しいよね」 ギース自身には人間を襲おうだとか、殺そうなどという意思はない。 ただ自分の演奏と歌を聴いて欲しい音楽馬鹿である。それだけなのだが、だからこそ厄介なのだ。 それゆえに、徹底的に力で捻じ伏せて強制的にお帰り頂くしかない。可哀想な気もするが、心を鬼にしてぶちのめしてよ、とタスクは告げる。 「で、このままだとギースは街中で演奏を始めてしまう。そうならないように君達が先に彼に接触して、演奏を聞かせて欲しいとでも言って人気のない場所に連れていってよ。丁度バグホールがある空き地が近くにあるから、そこへ誘うと良い」 後は破壊リサイタルをはじめたアザーバイドと戦い、穴の中へと還すだけ。 演奏中、もとい戦闘中はギースの周囲に愛らしい音符のような形をしたエネルギー体が現れるので注意しなければならない。いわゆる配下のようなものであり、ギースの演奏を邪魔すると判断された場合は問答無用で襲い掛かってくるようだ。 あとは戦闘の作戦次第だと話を締め括り、タスクは鮮やかな緑の双眸を細める。 「君達なら大丈夫だと思って話したんだからさ、俺の期待を裏切るようなこと、しないでね」 腕を組み、少年は生意気に笑む。それは実に偉そうな態度だったが、仲間を見送る瞳の奥にはリベリスタ達への揺ぎない信頼が映っているように見えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月29日(火)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●路地裏にて 街角に流れる空気は今日も変わらず、賑やかな時間を刻んでゆく。 学校帰りの学生達、買い物に出て来たであろう女性や、無邪気に駆けてゆく子供達。様々な人が行き交う繁華街の奥、いわゆる路地裏に当たる場所にその男は居た。 「あー見ると普通の人間っぽくみえるんだけどなあ。衝動は起きないけどさ」 路地から離れた先、千里眼で件のアザーバイドを見通した『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が口許を緩める。彼の瞳が映すのは、先に接触へと向かった仲間の姿だ。 上手く話しかけられたようだよ、と告げる葬識の言葉に頷き、『Voice of Grace』ネロス・アーヴァイン(BNE002611)は『red fang』レン・カークランド(BNE002194)と共に頷きを交わし合う。 「師は言っていた、誰しもあるべき真の所在があると」 「悲しいことだが……適材適所という言葉通りだな」 異世界から来たりし青年は此処に在るべき存在ではない。それゆえに街で演奏はさせないと心に誓い、櫻木・珠姫(BNE003776)は通信機から聴こえる声に耳を澄ました。 件の路地にて、愛用の楽器を抱えた『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は、青年に声を掛けていた。 その内容は一緒にストリートライブを、という旨だったのだが――。 「いや、オレ様は一匹狼が売りだし? 初めて会ったヤツと合わせるとかゴメンだね」 杏の誘いは一刀両断されていた。 だが、諦めないと決めた彼女は腕を組むようにして胸を押し付け、無理矢理気味に青年を引っ張る。 「ね、良いじゃない? そのギターも良いわね、そんなギター欲しいわ」 「ンだよ、触んなよ。邪魔だっつーの」 杏が追い縋ろうとするが、ギースは「付いてくんな」と一蹴する。青年は一緒に演奏をする者を探している訳ではないのだ。もし興味を引けたとしても、ライブを行うというのに観客のいない空き地に連れて行こうとする時点で反感を買っただろう。 怒らせてもいけないと感じ、杏は近くに潜んでいた『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)に視線を送る。頼むわね、と告げられた言葉に頷きを返し、アンジェリカはギースが向かった先へと駆けてゆく。 その様子を窺っていたアルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)は言い知れぬ予感を感じた。 ―このままでは、いけない。 深く被っていたフードから瞳をのぞかせた 『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)も亦、不穏な雰囲気に耳を欹てている。けれど自分達は追跡をして備える身だ。容易に飛び出してはいけないと己を律し、仲間達はアンジェリカの動向を見守り続けた。 ●誤算の奏 「ねぇ、お兄さん。歌が上手そうだね」 「ん? 何だ嬢ちゃん、よーく分かってンじゃねえか」 アンジェリカから掛けられた声に振り返ったギースが笑みを見せる。演奏も上手いんだぜ、とギターを掲げる姿には褒められた嬉しさのような感情が交じっており、彼がいかに単純かが見て取れた。 「で、何だ。もしかして俺の演奏を聴きたいのか?」 続けて問われた言葉に首を振り、アンジェリカは笑みを見せて答える。 「ううん、ボクの歌を聞いて欲しいの。大勢の前だと恥かしいからそこの空き地で……」 そういって誘う少女だが、途端にギースの表情が曇ったことに彼女は気付けなかった。空き地を指差したアンジェリカに対し、青年はひらひらと掌を振る。 「悪ィけど断る。誰か別のヤツを探しな」 早足で去りゆくギースの背が遠ざかってゆく。 そこで少女をはじめとした仲間達は気付いた。ギースがしたいこと――それは、自分の演奏を大勢の人に聞いて貰うことだ。誰かと共に、または誰かの歌を聴くだなんて真っ平御免。彼はそれほどに傍若無人な男なのだ。 「このままじゃアザーバイドちゃん、街中で演奏をはじめそうだねぇ」 こっちの都合も考えて欲しいよ、と呟きを落とした葬識は視えた光景をレン達に告げ、仲間達は事態が緊迫し始めたことを感じ取る。 「拙いな、俺達もいくぞ」 ネロスが地を蹴り、ギースが向かってゆく方へと駆けた。 「騒音被害が出る前に元の世界に帰ってもらわなきゃ」 珠姫も焦りを覚えながら後を追うが、後悔ばかりが胸を衝く。一緒に演奏をするのでもない。歌を聞いて貰うのでもない。ただ純粋に、ギースの演奏を『聴かせて欲しい』という言葉を投げ掛ければ良かった。 それを仲間達全員で願ったのならば、空き地への誘導も難なく受け容れられたはず。 「待ってくれ、そこの人」 三度目の正直を願い、追い付いたレンがギースに声を掛ける。しかし無情にも、三度目のチャンスは訪れなかった。 「煩ェ、オレ様にはテメェらに付き合う暇なんてないんだよ!」 流石に連続で呼び止められることに怒りを覚えたのか、ギースは強く地を蹴りあげる。 その脚力は流石に異世界人といったところか。飛び出したアルフォンソが見たのは、軽々と建物を飛び越えて姿を消す青年の姿だった。 「すぐに追うよ! アタシは上から、皆は下から頼んだよ!」 杏が翼を広げ、路地の塀を飛び越える。きっと青年は憂さ晴らしも兼ねて街中でライブを行うはずだ。そう遠くには行かないと予想されるが、それこそが街の人々の危機に繋がってしまう。 歌を愛するギースは心から悪に染まっているわけではない。 「でも、その歌が他の人の迷惑なっちゃうなら……絶対に止めなきゃ!」 アンジェリカも引き留められなかったことに後悔を覚えていたが、今は追うことが先だと気を引き締める。そして、仲間達は人々で賑わう繁華街へと駆け出してゆく。 ルカルカは行き交う人波に押されながらも、これから巡ってしまうかもしれない未来を思い、僅かに首を振る。街に似合うのは破壊の音色ではなく、明るい声のはず。 「雑音なんてルカは聴きたくない。世界を削る不条理なんて壊すわ」 しかしそのとき、耳を劈くような爆音が響いた。 向こうだ、と駆け出したリベリスタ達は身構えながらも、それぞれの覚悟を決めて前を見据えた。 どう足掻こうとも、この先に見ることになるのは間違いなく――悲惨な光景に違いないのだから。 ●混乱の街 「いっくぜェ! テメェら、ギース様の奏でる音色を聞けぇい!」 爆音を聞き付けて地上に降りた杏の耳に届いたのは、伝え聞いた未来と違わぬ青年の威勢の良い声。そして、地に伏す人々の姿だった。 音符を傍に控えさせ、ギースが奏でる音楽は到底、音色とは呼べぬもの。 びりびりと身体を貫くかのような衝撃は杏の身体にも痛みを与えるが、彼女は倒れた女性を庇うようにして立ち塞がった。 「や、やめろぉ!自己表現も大事だけど、聞く人が受け入れられる音を出さないと!」 魔法陣を展開させた杏が呼び掛けるが、演奏に夢中なギースは聞き入れさえもしない。続けて駆け付けた珠姫達は人々が次々と伏す惨状に、声をあげそうになる。 しかし自分達はリベリスタだ。諦めることなど、きっと許されない。 珠姫は未だ何人かに意識があることを確認すると、レンやアルフォンソへと声を掛ける。 「少しでも皆を避難させよう。これ以上の被害は出したくないよ……!」 「ああ、ここは任せろ。珠姫達は周りの人達を頼む」 ゆらゆらと揺れる音符に標的を定め、レンは魔力を紡ぎはじめる。呪力で生み出された赤い月が表れ、不吉な彩をその場に宿した。音符達も応対するこちらを邪魔をするものと見做したのか、ギースの演奏に合わせたような爆音をレンへと解き放つ。 同じくして、倒れた人を背にした葬識も錆び付いた鋏を手にして敵を見据えた。 「ありゃ、いっぱい倒れてるね。そんじゃま働き者の俺様ちゃんも頑張らせてもらおうかなっ」 倒れた何人かは既に死しているかもしれないが、そんなことには敢えて構わず、葬識はギースに狙いを定めてゆく。だが、その身から解き放った暗黒の瘴気は未だ青年には届かない。冷静な判断を下した彼は何より先に音符を倒すことを決め、演奏に眉をしかめた。 その合間、アルフォンソは倒れていた子供達を背負って物影へと運んでゆく。 庇いながらの移動は苦痛を伴う。しかし、彼は未だ繋がっている命を救うために奮闘する。自分達が戦線を支えぬことで、戦いが不利になることはアルフォンソも理解していた。 だが、助かるかもしれぬ命を放っておけるほど非情にはなりきれない。 「耳が痛いよ、誰か……」 「間もなく音域を抜けますから、頑張ってください」 「大丈夫、もうすぐ痛いのもなくなるから……!」 朦朧とした意識の中で助けを求める子供に励ましを送り、珠姫達は懸命な救護を続ける。そんな中、次々と身を揺るがす音色を受け止めたルカルカは金色の双眸を細く緩めた。 大きい音は嫌い。そんな音楽は音楽だと認めない。 「けれど、武力で言い聞かせる肉体言語は好きよ。それに音符がうごくなんて理不尽」 淡々とした声色を紡ぐルカルカは、音符に向けて光の衝撃を散らせる。その飛沫が敵を貫き、僅かな隙を生み出した。今よ、と仲間に視線を送ったルカルカは同時に周囲にも気を張る。 眼差しを受けたネロスは弱った音符を葬るべく、太刀を振り上げた。 淀みのない太刀筋は目にも止まらぬ速さで音符を斬り裂き、一体目の敵の動きを見事に止める。 「自分の演奏が他者に聞き入れられない虚しさは、同じ音楽家として理解しよう。だが――」 聴く者のことも考えず、闇雲に曲を奏でるのは演奏者としては失格だ。 そう告げたくとも、演奏と歌に夢中なギースは自分だけの世界に浸っている。歌声のあまりの酷さに衝撃を受けたネロスは歯噛みしながらも再び刃を握り、更なる敵へと向かってゆく。 その間にも鳴り響く音は、容赦なく周囲の者に不快感を与えていた。たとえそれが痛みを伴わないものだとしても、倒れている人々にとっては苦痛でしかないだろう。 無論、それはアンジェリカ達も同じ。 「あなたの歌はこの世界にとっては凶器になってしまうんだ! ねぇ、どうして気付けないの……!」 アンジェリカが必死に呼び掛けるが、その声すら音に掻き消された。 ならば、と敵の胸元まで飛び込もうとする少女だったが、残る二体の音符がその進路を阻んでしまう。退いて、と破滅の魔力を打ち込むアンジェリカは唇を噛み締めながらも応戦を続けた。 しかし街は既に恐怖と混乱の最中。何故、こんな事態になってしまったのか。 阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい光景の中、、自答することも出来ぬリベリスタ達は果敢に戦い続ける。 ●終演の時 響く声と轟く音色。応戦する心に焦りがなかったと言えば嘘になる。 だが、リベリスタ達は襲い来る暴音にも負けじと立ち続けた。レンは痛む身体を押さえると、指先で道化のカードを弾く。その矛先が示すのは音の破滅。これ以上の演奏を少しでも抑えられれば良いと願い、放つ一撃は音符を穿った。 「きっとここではないどこかでは、その歌声も聴いてもらえるだろうに――」 その場所を探して欲しい。 レンの思いは未だ届かず、音符は音楽を盛り上げるようにして癒しの音で応戦する。されど一体が減った今、射線は空いている。その合間を掻い潜った葬識は大鋏を振り上げ、ギースに狙いを決める。 螺子が鈍い音を立て、刃が迫り来る様に青年も気付いたのかギターを掲げて身構えた。 「っとぉ、邪魔するなんて無粋じゃねーか」 「おしゃれな曲だとは思うけどねー。でもちょっと、いや、かなり近所迷惑なんだよね」 暗黒の魔力を込め、葬識が振り下ろした鋏がギターを穿つ。そこへ駆けたアンジェリカが解き放つ死の爆弾が植え付けられ、ギースの身体に衝撃を与えた。流石の相手も少女からの一撃に身体を揺らがされ、驚きの声をあげてしまう。 だが、そんな状態になっても尚、ギースの指先は弦を爪弾いたままだった。 その様子には思わず称賛を送りたくなる杏だっだが、気は抜けない。続けて全体へと放たれた爆音が身を掠め、彼女の身体から力が抜けかけた。しかし、自らの手で運命を引き寄せた杏は己のギターを支えにして踏み止まる。 「馬鹿じゃないの! どんな理由であれ音楽は人を傷つける為に使っちゃ駄目!」 あんたに音楽をやる資格なんてない。元の世界に帰れ、との思いを込めて奏でられた魔曲がギースに向けられる。音には音を、想いを込めるなら同じ曲で――響き渡った音色は四色の魔光を生み出し、アザーバイドに様々な痛みを与えた。 しかしギースはそのすべてを振り払うと、怒号をあげる。 「もう少しでクライマックスなんだ。大人しく聴いとけってのッ!」 それと同時に音符が音の爆弾を散らし、ネロスの身が衝撃に傾いだ。クライマックスという言葉通り、歪んだ音色は激しさを増してゆく。己の反応速度を高めたルカルカは被害が広がることを危惧し、音符に向けて更なる光を解き放った。 広がる軌跡は見事に音符を打ち、二体目の敵を倒す。 そして、倒れた人々を路地裏へと更に避難させる為にアルフォンソと珠姫が戻ってきた。 「流石にこのままでは厳しいですか……ですが、この人達を放ってはおけません」 すぐさま戦局を把握した二人だが、まだ攻撃態勢を取ることは出来ない。救助を行うには圧倒的に手が足りない、そんな状況なのだ。この騒ぎを聴きつけた他の人々が駆け付けたとしたら、更なる被害が広がるに違いない。 アルフォンソが気を失った青年を担ぐ最中、珠姫は一瞬の隙を作るために真空の刃を生じさせる。 「君達のは音楽でもなんでもなくて、ただの騒音。ちょっと黙れ」 その一撃により傾いだ音符を捉え、ネロスがひといきに距離を詰める。薙がれた一閃は横一文字に敵を斬り、地に伏せさせた。そして力を失った音符は元から何も無かったかのように消え去ってゆく。 これで残るはギースだけだ、とネロスが視線を差し向ける。 戦いに回ったリベリスタの誰もが疲弊し、荒い息を吐いている。ギースはというと、大小の傷を負ってはいたのだが、音符による最後の癒しによって完全に回復していた。 救護を続けるアルフォンソ達を抜きにすれば、現状は六対一。 ほとんどの者が一度は倒れかけて踏み止まった現状。早々に片を付けられるだろうかとネロスが間合いを計りはじめたとき、異変は起こる。 「音楽が収まっていく、だと?」 その途端、激しいうねりを魅せた音色の音量が徐々に落とされてゆく。それはまるでクライマックスを迎えて静まりゆく音楽のようで、リベリスタ達ははっとした。 ―もしや、これで演奏の終わりが訪れたのかもしれない、と。 ●敗北の夕陽 「いやー、すっきりした。一ヶ月分は演奏したってカンジ?」 指先でぴんと弦を弾いたギースはポーズを決め、余韻に浸りながら明るい笑みを浮かべる。激しい衝撃のような波も音楽が鳴り止むと同時に収まり、街には不釣り合いな静寂が訪れていた。 終わったのか、と疑問の声をあげたネロスだったが、すぐに謎は確信に変わる。 ギターを片付け始めたギースには攻撃、もとい演奏を続ける意志が全く見られない。おそらくは数曲を演奏し終えて満足してしまったのだろう。疲弊を感じながらも、戦闘態勢を解かぬ葬識は軽い鼻歌を歌うギースに問い掛けてみる。 「ね、もう終わりー?」 それが愚問だとは分かってはいたが、どうしても聞かずにはいられなかった。そうして、ギースから返って来たのは呆気羅漢とした答えだ。 「終わりだぜ。何だよ、もう一曲聴きたいってんなら披露するが」 「だ、駄目! 今のであたし達も満足したから、貴方はゆっくり喉を休めて……!」 とっさに首を振った珠姫は、更なる演奏をはじめそうなギースを止める。何とも形容しがたい戦いの終わりだが、この場で再び戦いが始まることだけは避けたかった。 ギースは気にせず笑っているが、周囲の犠牲は大きい。それに加え、回復手段を持っていないリベリスタも戦い続けられる力など残っていないのだ。アルフォンソ達には余力があったが、他の仲間を危険に晒す賭けに出る訳にもいかない。 「……何処へなりとも、行ってくれ」 レンは相手に聞こえるか否かの幽かな声で呟き、今にも倒れそうな己の身体を支える。 それじゃあな、と踵を返したアザーバイドを見送る他に何が出来ようか。倒れた人々の幾人かは未だ死の淵を彷徨い、今すぐにでも治療を受けさせなければいけない状況だ。 すぐに姿を消したギースの背すら見ず、ルカルカは掌を握り締める。 「今はこの場を何とかしなくちゃ」 彼女の言葉を聞き、頷いた杏は何も言わずにただ目の前の凄惨な状況を瞳に映した。 おそらく、この状況は何らかの事故とでもして処理されるのだろうか。一月分は演奏した、と言っていたギースが暫く破壊行動を行うことは考え難いが、いつかまた同じことが起こってしまうかもしれない。 力が及ばなかった事に言い表せぬ感情を抱き、アンジェリカは張り裂けそうな思いを胸に仕舞った。 そして――リベリスタ達は、今はただ傷付いた人々を救うことが先決だと自分に言い聞かせる。 気が付けば、街には斜陽が射しはじめていた。 空を赤く染めゆく夕陽は何処か物悲しく、其々の胸の裡に昏い影を宿していく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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