●夜、工事現場にて 無機質な灰色の壁。コンクリートの塊ががらがらと崩れる音。むき出しの鉄骨が、ここにあった建造物と、なされた破壊の爪あとをくっきりと浮かび上がらせている。 広い工事現場をのそりのそりと行き来する、重機のキャタピラが回る音。 長丁場だったこのビルの解体工事も、あと少しで終わる。 「長かったなあ」 “安全第一”と書かれたフェンスの外で空を――かつて建っていたビルの五階のあたり――を見上げ、作業員が呟いた。その声は小さく、ショベルカーに乗った相方には届かなかっただろう。 が、彼がここにいれば、おそらく「そうだなァ」と返したに違いない。 残す工事もあと数回。 瓦礫の撤去もほぼ完了し、敷地に残っているのは二つのショベルとビルの壁だけ。広いビルだった。 今度ここに建つのは、同じようなビルだろうか? それともマンションだろうか? いずれにせよ、自分がここを再び訪れるまでにそれが完成しているかなんて誰にもわからないが。 物思いにふける作業員が、再び空を見上げる。隣のビルに隠れていた月が、そっと顔を出していた。 と、月が翳った……ように見えた。 彼に差す月光を遮ったのは――彼が先ほどまで乗車していた、油圧クラッシャーのアームだった。 逆光で真っ黒に染まったペンチはぎちりぎちりと音を立てながら開き、呆然と立ち尽くす作業員に向かって、一瞬で振り下ろされた。 飛び散る、何か。人間としてのシルエットを無くしたそれは、血糊を垂らしながら首を伸ばしたクラッシャーに再び捉えられると……糸も簡単にへし折られた。鉄筋よりも簡単に、小さな音を立てて。 ショベルカーに乗っていた運転士の悲鳴。座席目の前の的に付着する血液。 それを合図に、ショベルの機体ががくんと揺れた。思わずレバーから手を離す。しかし、再び襲う振動。地震にしては不規則すぎる揺れは、ショベルが自ら起こしている。 樹木を真っ二つに引き裂くような音と共に、ショベルの機体からアームがもう一本、巣から這い出す爬虫類のように生え伸びる。 双頭の重機の運転席へと近づく、巨大な影。 獲物を食らったクラッシャーが、窓の中を覗き込んでいる。 言葉を失い意識もおぼつかない哀れな犠牲者が食らわれるまで、そう時間はかからなかった。 ●昼、ブリーフィングルームにて 「……今回の討伐対象は、この二台の重機」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が示す、ビル街の一角と二体のE・ゴーレム。“未来”において、重機達は周りの建物を思うがままに破壊し住人達を襲っていた。 消化器官があるのかは不明だが、人々を掴み咀嚼するような動きは、獲物を捕らえて食らう肉食の恐竜を思わせた。 「このままこのエリューションを放っておく訳にはいかない。解るわね」 リベリスタ達をそれぞれ一瞥し、「一人の犠牲者も出すわけにはいかないわ」と目を伏せる。 「工事現場には二人の作業員がいるの。一人は作業場を囲うフェンスの外。もう一人は……E・ゴーレムに変貌するショベルカーの運転席に」 彼らの救出も、もちろん依頼の一部だ。まだ重機の変貌まで時間がある。どんな手段を使ってでも、彼らを退避させておかなくてはならない。 「それに、ここの周りに暮らしている人々も、少しだけ居る」 戦場となる工事現場の辺りには、かつて住人があふれ返っていたのであろう住宅街が広がっている。イヴが言うには、この団地はここ数十年で急激に寂れ、住人も激減しているらしい。 工事現場の四方の内三方には、廃墟同然のビルが建っている。戦闘中、ここに一般人が残っている可能性はゼロ。最後の一方には道路があるが、通行人が現れる可能性はかなり低い。 「できるだけ大規模な破壊を避けること。それか、迅速にターゲットを破壊すること。戦闘を目撃される危険性は無視できない」 物音を不審に思った住人が、現場まで駆けつけてこないとも限らない。 一つ救いがあるとすれば、彼らは常日頃行われている工事の音に慣れていることだ。周囲のビルが半壊するような事態さえ起こらなければ、多少の音を気に留めることはない。 「以上。……さあ、早く出発して頂戴」 報告を終えたイヴがリベリスタ達から目を離し、目的地へのルートをモニタに映し出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:諧謔鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月24日(日)23:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夜、工事現場にて-deja vu- 「こんばんは」 青い月光が照らす工事現場。重機の駆動する騒音の中にも関わらず作業員の注意を惹き付けたのは、四条・理央(BNE000319)の穏やかな声色か、それとも伊達眼鏡をゆっくりと外すたおやかな所作から漂う色香か。 作業員の疲労した肉体、乾ききった精神を、理央の澄んだ水面(みなも)のような魔眼は染み渡るように支配し。 「今日の作業は、もう終わりだよ」 帰るように諭す言葉に、作業員は蕩(とろ)けたような表情で頷きを返す。 彼の背中が警戒区域を脱した瞬間、工事現場を神秘を識る者にしか視えない帷(とばり)が包みこんだ。 「孤児院の男の子、重機が好きだから……人を殺めるなんて事させません。 少なくとも一人は逃げてくれたみたいで、良かった……」 彼らの戦域が閉ざされてゆく様子を静かに見届けると、『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)はひとりごちる。 そんな彼女の肩を、後ろからちょんちょん、と叩く者がある。 「はい、なんでしょう……か……?」 振り返った彼女は、自分のすぐ真後ろが作業場を囲うフェンスであったことを思い出し。 戸惑うシエルの頭上に、月光を遮って黒々とした影が落ちる。 「気をつけろ若月!!」 振り下ろされたバケットの一撃から、リオン・リーベン(BNE003779)が間一髪のタイミングでシエルを庇う。 「リオン様! 感謝致します……」 シエルに代わってリオンが受けた傷は、天使の息がすぐさま癒していった。 「うわぁあああ、な、何だ何が起こってるんだ!?」 「……あれですか」 ショベルカーの運転席に狂乱する作業員の姿を見て、アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)は目を細める。 「救出します、援護を!」 叫ぶとともに駆け出すアルフォンソに、『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)が並走する。 「酷使された重機のなれの果て、或いは溜まりたまった現場の鬱憤……」 『√3』一条・玄弥(BNE003422)は唄うような抑揚で呟く。 「巻き込まれた奴らは御愁傷様。もっとも、あっしの仕事に支障はありやせん。 ……ほな、今日ももうけさせてもらいまひょか!」 吐き捨てた煙草を、身に纏った漆黒の闇が灰燼に帰した。 「じゃんじゃかいっきまっせ!」 玄弥の足元から伸びた影はより冥い闇へとその黒を深め、ショベルカーに這いよってその金属を蝕む。 繰り返し放たれる暗黒をしかし、巨大な鋏が遮った。 「おいでなすったか……」 クラッシャーの巨躯は、ショベルカーへと向かうアルフォンソと御龍の行く手をも塞ぐ。 つがいの生物のように寄り添い守りを固める二体のエリューションの姿を見て、雪白 桐(BNE000185)は浅く溜め息をついた。 「知り合い曰く、『ショベル×クラッシャーかー重厚な愛だね』だそうですが……」 ショベルカーに向かって斬り込もうとした彼の目の前に、バケットの一撃が振り下ろされる。 桐は大剣『まんぼう君』に込めた闘気を予定より少しばかり早く解放し、バケットの突端へと叩きつける。 弾かれたバケットは明後日の方向で地を抉り、轟音とともに土の塊を散らした。 「ああ、なるほど。『掘る』ってそういう!」 押し戻されつつも体勢を整えた桐の言葉を、その無表情さが余計に挑発的に響かせる。 「……っと、私までこんなことを言ってたら仕方ありませんね。お腐れ様は恐ろしいです。 もっとも、金属の塊であるところの貴方がたは、腐れとは無縁でしょうがね。 仲睦まじいところ悪いですが、大人しくなってもらいましょう!」 再び振りかざした大剣は、紫電を纏って重機へと突進した。 打ち下ろされるバケット、クラッシャーの連撃の最中を、その身を盾にショベルカーへと組み付くアルフォンソだったが。猛烈なスピンによって、すぐさま操縦席から弾き飛ばされる。 飛ばされたのはアルフォンソの身体だけに留まらず、操縦席に座る男の意識も、また。 このままでは救出も埒があかないかと思われたとき、 御龍がひらりと操縦席に飛び乗ってハンドルを握る。 「いよっ、とぉ……ちょっと運転、させてもらうよぉ……」 ショベルカーのハンドルはまるで数十年連れ添った愛機のように御龍の手に馴染み、荒ぶっていた重機の挙動を安定させた。 「アルフォンソちゃん、この隙に頼むねぇ」 御龍の言葉にアルフォンソはこくりと頷きを返し、気を失った作業員の身体を肩に担ぐ。 アルフォンソが運転席から飛び降りた瞬間、あらゆる乗り物の操り手である御龍の支配下から逃れるため重機がとった選択は。本来ショベルカーには備わっていないはずの、運転席からは操縦不可能な機能を用いる事ーー つまり、跳躍である。 ボディープレスの脅威は、何も真下に居る者のみにもたらされるものではない。 その巨躯に似合わぬ驚異的な跳躍力は、恐ろしい加速度を以て『上にいるもの』を吹き飛ばす。 「っく……!!」 投げ出され空中に弧を描く御龍の目に映るものは、月。白く、丸く輝く月が、彼女の狼の血を滾らせ。 地上に降り立った時、彼女は最早別人となって彼女の斬馬刀『月龍丸』を抜き放っていた。 アルフォンソを追って旋回するショベルカーはしかし、がくん、という振動とともに止まる。 キャタピラの隙間に突き刺された鉄パイプが赤い火花を散らした。 「追わせはしない」 不敵に笑んだ御龍は、闘気を込めた斬撃をショベルカーの胴体へと叩き付けた。 爆裂する剣気に、革醒によって強化された鋼鉄製の装甲が悲鳴を上げる。 「ほう、建機だけあって硬いな。だが我の攻撃、一体何度耐えられるか?」 「すいすいす~」 蛇行し、執拗に死角を攻める玄弥に翻弄され、ショベルカーはそのバケットを闇雲に振り回す。 しかし遠距離から攻める彼には、その矛先は届かない。 「へいへい、あっしには楽させてくだせぇ」 ともすると周囲のビルにも向かいかけるその乱雑な攻撃を、リオンは度々身を呈して庇っていた。 この場所のビルが倒壊するなどという事態になれば、いくら結界で人払いをしたとはいえ周囲への被害は免れない。 「お前らの本懐は確かに壊す事かもしれんがーーだが、それは新しい何かを創造するための破壊であるはずだ。 一方的に破壊するだけの破壊行動であってはならないだろう!」 空転し鼓膜を劈(つんざ)くエンジン音は彼の言葉への抗議か、それとも反論不可能な糾弾を威力によって封殺しようとしたものか。 「やれやれ『安全第一』の文字が泣くぞ。さしづめ『安全は二の次』と言った所か」 『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は皮肉めいた笑みを浮かべる。 「まぁ良い、折角だーー破壊される側に回れ!」 重槍を撓(しな)らせ、ショベルカーへと向かうシビリズの前に、キャタピラを唸らせたクラッシャーが滑り込む。 「庇うか。ならばそれで構わない。貴様から潰すまでだ!!」 装甲を穿つ重撃は、クラッシャーの胴体へと叩き込まれた。 クラッシャーのガードの後ろからシビリズを叩こうとするショベルカーを、呪印によって織られた陣が包み込む。 「攻めさせはしないよ!」 高らかに宣言する理央の声に応えるように、彼女の周囲を無数の鴉たちが舞った。 ●そして未だ見ぬ景色へ 『船頭多くして船、山に登る』と言うが。二人の指揮者を持つリベリスタのチームは、その行動を可能な限り最適化され。『山に登る』の形容は最早『見当違い』の意に非ず。『不可能の実現』の意味合いを帯びてすらいる。 とりわけ硬くてとりわけ重い、そんな敵が相手ならば、船を山上に持ち上げるほどのの力押しはかえって相手の能力を真正面から封殺する。 「シビリズ様、今です!!」 シエルが放つ光の矢が、ショベルカーの駆動部を射抜いて怯ませる。 革醒した機械は、確かに強くなっただろう。だが単なる機械であれば持たなかったはずの『痛み』が、今はエリューションの動きを鈍らせていた。 「喰らえ!!」 シビリズが突き出した槍が、双頭のショベルカーの関節部を貫いてアームのひとつの動きを止める。 御龍が跳躍し、弧月を描いて振り下ろされた一閃は。釘付けにされたアームを根元から切断した。 たがすぐさまもう一方のアームが御龍の細身を強かに打ち据える。 フェンスに叩き付けられた御龍はしかし、口の端の血を拭ってにやりと笑んだ。 「傷ついた獣はほど恐ろしいというが……精々愉しませてくれよ!」 「待って!」 だらりと下がった腕を引きずって尚も戦地の中心に赴こうとする御龍を呼び止めたのは理央。 「ーーまずは、回復を」 彼女は真っ直ぐな瞳で、戦闘狂に癒しの符を差し伸べた。 「このままもう一本も、頂きましょうか!」 尚もショベルカーに追撃を加えようとする桐の斬撃を、滑り込んだクラッシャーの装甲が受け止める。 雷撃が鋼鉄の上に弾け、黄色い塗装を焦がした。 「庇いますか。ならば遠慮なく追撃させてもらいます!」 アルフォンソは宣言するとともに真空刃を放つ。 傷ついた重機は血液の代わりにどす黒いオイルを散らした。 アルフォンソが逃がした男は、今頃安全な結界の外で目を覚ましている頃だろう。 クラッシャーの後方で沈黙していたショベルカーが、突如上空へと跳ね上がる。 「こいつ、溜めてやがったのかぃ!」 その巨躯は、前衛を飛び越えそのまま後方へと。 「でっけぇずいたこっちに向けるなよ、おぃ!」 狙われた玄弥は資材置き場へと滑り込み。 轟音とともに着地するボディプレスの直撃は避けたものの、吹き飛んだ建材は嵐となって彼を襲う。 たが体勢を立て直そうとするショベルカーの挙動にもまた、崩壊の兆しが見えつつあった。 「悪あがきはしめぇだ!!」 玄弥の得物の金色の刃を、黒い呪印が覆い尽くす。流れる血を気にも止めず、行く手を塞ぐ建材を紙でも斬るように引き裂いて。玄弥はショベルカーの懐へと潜り込む。 「そろそろおしゃかになる頃合いやでぇ」 その巨体の下から、衝き上げるように。玄弥は革醒によって生まれた機械の『心臓』を深々と刺し貫いた。 「魔力統制に錬気……我が身全ての力もて癒させて頂きます! 一気に……決めてください!!」 シエルがそう言い放つとともに、リベリスタたちを包み込む聖なる息吹が、彼らの気力と体力を充填する。 そして彼らの目の前には、傷ついた鋼の獣がただ一匹。 唸りを上げるエンジン音はまるで咆哮のように夜空を貫き、街の眠りを脅かした。 「相棒を破壊されて怒ったか。面白い、さぁ、闘争の舞台だ!」 高笑いするシビリズの声に応えるように。クラッシャーは全力でリベリスタの前衛に向かって突進する。 大上段から振り下ろされるシビリズの槍が装甲を砕き、御龍の刀がキャタピラを弾けさせる。 理央の鴉の群れが運転席のガラスを白く濁らせて遂には破砕した。 無数の攻撃にその身を貫かれながらも、クラッシャーのアームは最後の力によって桐に向かって掴み掛かる。 盾にする剣ごと挟み潰そうとするアームを、しかし桐はそのまま一刀の下に斬り伏せる。 竜の顎(あぎと)のごときアームを斬り落され、エリューションはその動きを永遠に止めた。 ●生まれなかった魂に祈りを 「大分荒れてしまいましたからね……適切な処理をお願い致します」 シエルがアクセスファンタズムの向こうのアーク職員に告げる。 「埃に油まみれだな」 無駄とは知りつつも自分の服を払いながら、リオンは溜め息をついた。 「だが、普段作業する人たちは毎日こうなのだろう。……敬意を払わねばならないな」 「ええ、本当に。彼らの命が奪われなくて良かった」 通話を終えたシエルはリオンの言葉に同調する。そして重機の残骸へと向けた視線を、俄に哀しげに伏せた。 「私たちが彼らを救いたいと思ったように、もしかしてあの庇いあう重機たちは、互いを大切に想う心を持っていたのでしょうか……」 だとしたら、彼らにも安らかな眠りが訪れますようにーー シエルの静かな祈りは、初めから『無かった』魂、『生まれなかった』心に届いただろうか。 その応えは得られぬまま、月明かりの夜の静寂へと吸い込まれていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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