● 人ならざるものとなってしまった今、過去を思い出すのは適当ではない、と彼らは判断した。判断することが、まだできていた。そしてこれからどうするかという問題に、直面していた。 空腹といえば、空腹だった。 寒いといえば、寒かった。 寂しいといえば、寂しかった。 生きていたいかと問われれば、生きていたかったので。 「あたしたちがあなたたちを守ってあげる。おいで」 その伸ばされる手はさながら、彼らにとって、救いのように見えた。 ●0 最近、彼女が冷たいことに彼らは気付いていた。彼らの情報を聞くだけ聞き、その情報を書きとり、写真を撮れるだけ撮って、どこか彼女は満足したようであった。彼らは今日も、彼女の歌を聞く。讃美歌のような歌詞だったが、彼らは、その歌がなんの歌だったのか、今でも知らずにいる。 ●1 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はリベリスタ達より少し遅れて、ブリーフィングルームへと現れた。視界を遮る前髪をそっと横へ寄せながら、「こんにちは、みなさん」とリベリスタ達の前へ立つ。 「ある公園に、フィクサードが現れます。エリューション・ゴーレムと、ノーフェイスを引き連れて」 ぱ、とモニターに映し出されたのは二人の男性と一冊の本。そして一人の少女だった。 「フィクサードの名前は心頃プディング(こころごろ・-)。フライエンジェのマグメイガスですね。今回、このフィクサードについての処遇はみなさんにお任せします」 少女にポインターがあてられる。少女期の真っ盛りという所か、その顔立ちは幼い。少々顔立ちがきついものの、画像で見る限り、それはただの少女にしか見えなかった。その手に持つ鞭を除いては。 「……」 「次に、ノーフェイスですが……」 女の子に鞭。女の子に鞭かあ。神妙な顔つきで和泉とモニターを交互に見るリベリスタに構わず、彼女は続ける。 「ノーフェイスは男性が二人。この少女に心酔、陶酔しているようで、彼女の命令には逆らいません。ゴーレムであるこの本も、同じのようですね」 「具体的に、どういったところに陶酔しているんだ」 「さて、それは分かりません」 「……そうか」 「そうです。……とにもかくにも。みなさんには、フィクサードを除くこの三体だけは確実に、討伐して欲しいのです」 モニターに映る画像を消すと、部屋は少しだけ暗くなる。リベリスタ達は今回のターゲットを思い思いに浮かべながら、その公園へと足を向けた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カレンダー弁当 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月20日(日)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●2 「事情、経緯がどうあれさ」 『フェイトストラーダ』ユイト・ウィン・オルランド(BNE003784)を筆頭に、リベリスタ達は公園へと向かう。夜でもずっと街灯が照らす公園は、遠くからでもすぐに目視することができた。 「運命の輪から外れ、人ならざる身となっても誰かに心酔出来る……そんな心意気ってさすがだと思う。これって、ブシドーとかチュウギ、ってものか?」 「武士道、忠義……俺はよく分かんないけど、そうなのかもな」 頭の後ろで手を組んで歩く『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は、そんなユイトの疑問にそれとなく答える。白い街灯が照らす公園の入り口は、どことなく、不気味に見えた。 「行くぞ」 ふと立ち止まってしまった皆を、そう促すのは『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)だった。各々首を縦に振って、入り口を通る。水の止まった噴水が、すぐに目に入った。そして噴水のヘリに座る少女と、傍に立つ二人の男の姿も。 「遅かったわね。待ちくたびれちゃったじゃない」 リベリスタを待っていたかのような言い回しで、彼女は立ち上がる。純白の翼をはためかせ、噴水のヘリへ立った。リベリスタ達は、一定の距離を保ち、彼らと対峙する。どこか意地の悪い微笑みを浮かべるプディングを、じっと見つめるのは御厨 麻奈(BNE003642)である。戦闘が始まる前。麻奈はリーディングを試す。 「嬢ちゃんどこのモンや? 何がしたいねん。実験か?」 干渉に気付き、プディングは微笑みを消した。 「割とうっとうしいわねこれ。わざわざ読まずとも聞けば答えるわよ――あたしは心頃プディング。実験をしにきた訳じゃないわ。ただあんたたちに戦って欲しいだけ」 麻奈がリーディングした結果と、変わらない受け答え。嘘はついていないものの、プディングは彼女が聞きたかった事を喋りもせず、悟らせもしなかった。フィクサードの集団に属しているのか、それとも個人なのか。分からず仕舞いで、麻奈がまた口を開こうとするも、その前にプディングは飛行する。次いで言葉を続けた。 「ただこいつらとの戦いに集中して欲しいだけ。カラメル」 「はいっ」 「スプーン」 「はーい」 カラメルと呼ばれた、茶髪の男と。スプーンと呼ばれた、銀髪の男。それぞれ前に出ると、彼らはリベリスタを見定める。プディングが手にしていた本をそっと離すと、それは彼ら二人の後方へと位置する。空中に浮かぶ本は、閉じたり開いたりを繰り返していた。 「さよなら。でもここで暫く見ていてあげるわ」 彼女は街灯のてっぺんに座ると、そこでにっこりとほほ笑んだ。白い翼が一度、大きな音を立てる。ユイトのはつらつとした声と共に、戦闘は開始された。 「さぁ、皆、張り切って行こうじゃないか!」 「そうやな。あんじょうよろしゅうしたってや」 ●3 まるで嵐のように巻き上げられる地面の砂。枝や枯れ葉。それが猛烈な旋風と共に襲いかかる。次々に肌や服を傷つけていく中、『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)はその攻撃を受けながらも、敵を注視していた。ざり、と口の中に入ってしまった砂を噛む。 「ノーフェイスを手懐けて戦闘に使うのはともかく……なぜ自分は手を出さない?」 「ああ。あの女、何を考えているか分からぬ」 朱子の言葉にアイリが同意し、麻奈も言葉には出さずとも、同じ事を考えていた。何を考えているのか分からない敵が、一番面倒なのである。だが。とにかく――と。朱子は鋭く、カラメルを睨んだ。エリューションを放置する訳には、いかないのだ。 「……排除する」 静かながらも力の籠った声。武器に籠められたエネルギーは、一筋の攻撃と共に放出される。その攻撃を身に受けて、カラメルは小さな悲鳴と共に吹き飛ばされた。すぐさま彼は体勢を立て直すも、既に目の前には、朱子が迫っていた。牽制するように彼は雷の刃を飛ばすが、彼女はそれを、華麗に避けた。 「お前は奴に……なぜ従っている?利用されているだけだと気づいていないわけではないだろう」 苦渋の表情を浮かべるカラメルは、少しだけ、自嘲する。 「……あんたには、きっと分からないよ」 カラメルを留める朱子を横目に、アイリも踏み出した。向かう先はまっすぐに、スプーンの元。間合いに入ってしまえば、素早く剣先を繰り出した。反撃も許さない猛攻に、スプーンはただ後ずさる。丸裸になってしまうE・ゴーレムのことを気にかけてはいるが、既にそれどころではないような状態になっていた。最後に一撃、アイリはスプーンを弾く。 「盲目的に従って……それで、そなたらは救われるのか? あの女にそなたらを救う気も、守る気もあるとは思えんがな」 プディングを、アイリは一瞥する。スプーンはその様子が気に食わなかったのか舌打ちはするものの、小さく答える。 「君には、きっと分からないさ」 彼女と一緒にいなければ、その理由は一生分からない。そんなニュアンスで、彼は答えたのだった。 ●4 シエルは、攻撃をいなす朱子へと天使の息を吹きかけた。徹底的に援護へ回る彼女の目は、他に不利な状況にある仲間はいないかと探し回る。そのとき一瞬、視界にプディングの姿が入った。 「プディング様はなにを想い、エリューション達を助けたのでしょうか……」 「シエルたん?」 シエルの近くにいた俊介が、その言葉を耳にいれ首を傾げる。 「何か目的……趣味のために、エリューション達を利用しておられるのでは、と」 「趣味……?」 『悪食公』サヴェイジ・D・ブラッド(BNE003789)が、目を細めシエルを見遣る。そして次にプディングに目をやって、趣味か、と考えた。言葉を返しながらも、彼は本への攻撃を絶やさない。回復行動は起こすものの、絶えまない攻撃に、ゴーレムも消耗してきているように見えた。 そんな中、ユイトはプディングの行動を観察する。彼女は戦闘など見ていない。手鏡で髪の毛を気にしていながら、ポケットからリップクリームのようなものを取り出し塗り始めた。 「……それにしても、日本人って難しい漢字の読み方するよな。ここごろ、ころごろ、こころご……こごろう?」 そのユイトの呟きを耳ざとく聞きとったのか、プディングは街灯の上で激昂する。 「ちっがあう! こころごろよ! こころごろぷでぃんぐ!」 自分の膝を何度も叩く彼女を見ながら、『聖なる業火』聖火 むにに(BNE003816)は鼻で笑った。 「その名前……本名か? ダセェな」 「うるっさい! なんなのよ! つーか本名じゃないわよ! 悪かったわねおだまり! さっさと戦え! 落ちついてリップも塗れないわ!」 プディングが何か投げた、と判断したときには既に遅く、ユイトの額にリップクリームの筒があたる。カァン! という良い音が響いた。 「でっ」 「おまえ」 「と、突然の事だったから……」 侮蔑するような目を、むににはユイトに向ける。それに焦っていると、今度は横回転しているゴーレムが、ユイトに迫ってきた。痛む額を気にしながらも、ユイトは回避する。 「わーっ! 無理無理こっち来んな!」 ゴーレムは地面へ衝突するが、何事もなかったかのようにまた浮上し、遠くへ位置した。間髪いれずに、麻奈はその本のウィークポイントを狙い撃つ。ゆるりとゴーレムは降下していった。力なく揺れるそのゴーレムに、サヴェイジは続けて暗黒を撃ちこむ。地面へ落ちたそれは、しかしながら、まだ戦う意志があるようだった。 「仕方ねえなあ……おい、範囲行くぞ、離れろ」 むにには炎を召喚させ、瞬く間にあたりを照らす。その光に、彼女の不敵な笑みも同様、照らされて。 「燃えろや!」 作りだされた炎は轟音を立てながら、ゴーレムを灰にした。こんなもんかとむにには息をつく。ゴーレムが倒され、そちらに意識を持っていかれたプディング。意を決し、シエルはそんなプディングに声をかけた。 「プディング様。プディング様はどうして……彼らだけに戦わせるのです」 鳴りやまない攻撃音の中、プディングは確かに彼女の問いを聞いた。どうしようかと考えたが、麻奈のリーディングが続いているのに気付くと、まあいいかという風に肩を落とし、話しだす。 「……そうね、まあ、リベリスタってそういうのを倒すのが仕事なのよね? じゃあ言っちゃうけど」 手鏡をポケットの中へしまいながら、溜息と共に言った。 「あたしはね、ゴミ処理に来たの」 「――ゴミ処理?」 むにには、その言葉に反応した。そんな彼女を尻目に、プディングは続ける。 「カラメルとスプーンの情報はあらかた文字や写真にまとめてしまったから。本も同等。だから本体を飼う意味がなくなった。で、自分で始末するのも面倒だったし、じゃあリベリスタに頼んじゃお、と思ってね」 良いアイディアでしょう、と彼女は肩を揺らす。俊介は、瞠目する。彼女は、ノーフェイス達を守っていたのではない。飼っていたのだと。なんとなく、プディングの守ってやるという言葉が信じられなかったが――やはり。そんな気はさらさらなかったのだと。開かれた瞳。握られる拳。 「……なぜ、そのようなことをした。見せかけの優しさをちらつかせて」 サヴェイジが尋ねると、プディングはからからと笑った。 「素資料から資料を抜きだすのが私の役目。抜きだしてしまったあとの残りカスは要らないのよ――人から人の尊厳を奪っていくのが私の本懐。無力なものを騙し飼う事の、この楽しさよ!」 大声で叫びそうになりそうな衝動を鎮めながら、俊介はプディングを見上げた。 「守って、やるんじゃないのかよ」 「守ってあげるって優しい言葉よね。でも。信じる方が悪いと思わない?」 「お、お前――」 プディングは、街灯の上に凛と立つ。 「何であろうと殺すのが、リベリスタの役目でしょ。頑張ってね。あは。頑張って頑張って、私の役に立ってね」 大きく跳ねたかと思えば、プディングは翼を羽ばたかせリベリスタ達の前から消えていく。 「おい、……!」 むににの止める声も虚しく、プディングの姿は、見えなくなった。どうしようもない衝動に動かされ、彼女は地面を蹴りあげた。 「……くそ。むかつく奴だな」 『ゴミ処理』のためにリベリスタを呼び寄せて。 自らは逃げ帰っていく。 そうして、残されたのはノーフェイス二体のみだった。 茫然とする中、雷鳴が轟く。朱子はカラメルの放つその雷撃に耐えながら、彼を見た。無表情。彼は先程からあまり表情を浮かべることなど無かったが、それを越えての、何か、絶望すら通り越したような、目の色をしていた。 「今の言葉。聞いていただろう」 「……」 「結局利用されていただけではないか……!」 「……」 朱子の放つ攻撃に加え、後衛からも飛んでくる。カラメルはそれを防御するものの、大半身に受けていた。彼自身の攻撃や防御が、弱くなってきている。それはスプーンも同じことだった。アイリは連続で彼を切り刻みながらも、やはり、それを感じていた。 「良いんだ。知ってた。薄々、なんとなく……」 朱子の言葉を聞いていたのだろう、スプーンは光の無い目でアイリに炎の拳を突き出す。髪の毛の燃える匂いが、たちこめた。 「化け物になってしまったその瞬間から、きっと、決まっていたことなんだ。これは」 「それでも、あの女のことを、」 「そんなに、好きだっていうのかよ!」 アイリの言葉を代弁するかのように、俊介はそれを遮った。言葉と共に魔法陣がぐるりと展開され、そこから生み出された矢は容赦なく、スプーンを抉っていく。対するように立ち上る炎は、俊介やサヴェイジを掠めていった。それでも致命傷には至らない。 「好きだよ。助けてくれたんだから。信じ通す。僕らは疑ってはいけないんだから。彼女がさよならと言ったなら、僕らもさよならをしなければならないのさ」 「……!」 彼らなりの思想である。彼らなりの思想だからこそ、その言葉の意味を。その全貌を知ることは、リベリスタ達にはできなかった。どうしたら彼らは報われて死ねるのだろうか、と俊介は思ったものの。その方法は、別段思いつかず。むににもそれは同様で。初めから気に食わなかったのだ、とプディングの笑い声を反芻させる。歯痒い。自分の無力さをひしと感じ、同時に情けなくも思い。 「彼女にさよならを返せなかったことが――ただ、残念だ」 彼らが攻撃を仕掛けようと振り被ったその瞬間に、朱子とアイリは、最後、一撃を喰らわせた。 落ちている白い羽根を、むにには踏み潰す。 灰と化したゴーレムだったが、一部焼かれていない部分を見つけ、アイリはそれを拾い上げた。五線譜が書かれており、音符も記されて。譜の下には歌詞らしきものが書いてあった。この一部から読みとれるのは、「主よ」の文字だけだったが。 「讃美歌の本……だったのでしょうね」 シエルもその一部を見て、そう見当をつけた。 「また、姿を現すのだろうな」 その一部を地面へまた落として、アイリは呟く。 「ああ。縁があれば会うこともあろうさ」 倒れているノーフェイスに近寄って、その首筋に舌を這わす。そのまま喉を鳴らし血を啜るサヴェイジから、俊介はそっと目を逸らした。サヴェイジのこの行動は、野蛮とも見えるかもしれない。しかしながらこれは彼の誓いでもあった。もとは一個の人間であったものだから、一滴たりとも、無駄にはしたくないのである。 彼が唇を離すのを待ち、シエルは目を閉じる。足元に広がる本の残骸と、ノーフェイスの体。脳裏に焼きつけながら、彼女は鎮魂の祈りを彼らに捧げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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