● 「あのね、今日はね、『にんぎょひめ』のもとがほしいの!」 ころころ、鈴の転がる様な声で。 長すぎる白衣を引き摺る少女は、話を始めた。 「はいはい、わかりましたよ。どのような方が良いのか、分かり易く簡潔にお話下さいね」 言葉を返すのは、見目麗しき青年。 何処か貴族然とした振舞いの特徴的な彼はしかし、酷く雑に椅子に腰掛け、脚を組んだ。 「ええとね、ええとー、きれいな声でー、みためもかわいい子がいい! ちゃんとこうほ、見つけてあるのよ!」 ばさり、差し出された資料を眺めながら。青年は大して興味なさげに吐息を漏らして見せる。 私一人ですか? そう尋ねる言葉は、大きく振られた首が否定していた。 「んーん! ひさおみにはね、新しい『しんでれら』をかしてあげる!」 この前よりずーっと素敵なのよ。そう告げ、少女がボタンを操作し、背後のシャッターを開ける。 厚い硝子の向こう側。其処に居たのは鳥の様な、人の様な、異形、だった。 纏うのは襤褸切れ。恐らくは少女だったのだろうモノの身体からは、血膿と共に何枚もの羽根が舞い落ちていく。 背に生えた、美しい翡翠の様な翼。顔があったのであろう場所からは、鋭利で長い嘴が、垂れ下がっていた。 これが、シンデレラ。何て悪趣味だと心の中で嗤った青年は、しかしそれを欠片も表に出さずに立ち上がる。 「嗚呼、では遠慮無く借りましょう。……しかし、そうですね。シンデレラも好きなんですけどね」 でも。青年は、きらきらと輝く空色の瞳を細めて、楽しげに嗤う。 「でもこんな小汚い子じゃ私とはつりあわないと思いません?」 もっと綺麗で、愛らしくて。洗練されたモノが良い。 そう嗤う男に、大して気分を害す様子も無く。少女はそうね、と頷いて見せた。 「ひさおみに似合う、すてきなおひめさまのもとだから、その子をつれてきてくれたらばっちりよ! そういえば、このあいだ、『らぷんつぇる』をつくったひとがいたのよ。きれいなぴんくですてきだったの!」 機嫌が良いのだろう。楽しげに話を続ける雇い主の言葉に、耳を傾けながら。 青年は大雑把に資料に目を通していく。 「私人魚姫好きですよ。私に恋をして振られて、泡になって死ぬなんて、最高に憐れじゃありませんか」 楽しい仕事になりそうだ。 そんな嗤い声が、聞こえた気がした。 ● 「揃った? 今日の『運命』、話すわよ。どーぞよろしく」 がさりと纏めた資料を整えて。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は淡々と、言葉を紡ぎ始めた。 「今回、あんたらに頼む事は2つ。とあるリベリスタの保護、及びエリューションの討伐。 ……この間の混合種……そうね、仮に『キマイラ』と呼ぶけれど、アレが強化されて再び、現れてる。 今の言い方で分かると思うんだけど、アレ、多分、人為的に産み出されたモノっぽいんだよね。 ……アザーバイドでも、ノーフェイスでもない、分類不能、何て冗談であって欲しいけどね」 まぁ、やっぱり詳細は一切不明。溜息混じりに首を振って、彼女は言葉を続けていく。 「助けて欲しいのは、まだ駆け出しの女性リベリスタ。名前はなんだったかな……ええと、如月・つぐみ。 ヴァンパイア×ホーリーメイガス。回復は出来るだろうけど、本当に弱い。キマイラと戦闘になったら、かなり危険だと思う。 で、今回厄介なのは彼女を狙ってる、って言うか……既に、彼女の近くに潜入してる、六道派フィクサードが居るのよ。 『御伽噺』来栖・久臣。ジーニアス×覇界闘士。こっちは相当な使い手。能力自体は若干攻撃寄りだけど、バランスが良い。 顔だけは良い典型的駄目男。引っかかっちゃいけないタイプだけど、女の子は引っかかりやすいのかもね。 つぐみは、不意に近付いてきたこいつに恋に落ち、……コンビを組んでる。まぁ、要するに騙されてるんだよね」 何故、フィクサードがそんな面倒な事をしているのか。 予見を聞くリベリスタの顔に、疑問が浮かぶ。やっぱりそう思うわよね、頷いたフォーチュナは、心底呆れたと言いたげな表情で肩を竦めた。 「最低野郎だって言ったでしょ。……この男、自分に完全に惚れさせた女を振って、精神的にぼろぼろにするのが大好きなのよ。 自分の為に死んでくれるなんて最高だろ、って言いそうな奴。マジ最低。女の敵。 ……だからまぁ、つぐみは来栖を完全に信じきってる。恋する乙女は盲目。来栖に可笑しいところがあろうと、多少では彼女は目を瞑ってしまう」 よって、最初はつぐみも敵なのだ。 そう、告げたフォーチュナの手から、資料が差し出される。 「……でも、戦闘が始まれば、来栖は『キマイラ』を呼び寄せる。っていうか、リベリスタが来た時点で、研究員の方が喜んで放り込んでくるみたいね。 当然、『キマイラ』はつぐみも狙う。それでつぐみが死んで連れて行かれても、こっちの負け。 とにかくつぐみを護って。……攻撃されれば多少現実を見るかもしれないけど、単純な子みたいだから微妙かもしれないわね。 手荒でも良い。生死も問わない。向こうに渡さなければそれでいいわ。……で、肝心の『キマイラ』についてね」 資料、と差し出されるのは、童話の本。 灰被り、と書かれたそれに首を捻ったリベリスタに、今度の敵よ、とフォーチュナの言葉が投げられる。 「識別名『シンデレラ』。……マグメイガスのスキルに似たもの、特にゲヘナの火の強化版を駆使してくる。 加えて飛行能力持ち。こっちの近距離攻撃が当たらない距離から、魔術を駆使してくるかもね。……鳥みたいなのと混ざってんのかな、飛行による障害をほぼ受けてない。 後は、顔から生えた嘴で、こっちの眼を食べようと狙ってきたり……羽根を飛ばして切り裂いてきたりする。 あ、あと、お供とでも言えばいいのかしら。同じくキマイラ、『小鳥』が付いてくる。……小鳥なんてもんじゃないけどね。 突くみたいな単体技と、突風みたいな全体技を使い分けてくる。こっちはまぁ、飛んではいるけど、あんたらの近接も当たるわ。 詳細はこっち見てね。……中々の強敵だけど、やって貰う以外に他無い。……気をつけてね」 ぷつり、と、モニターの電源が落とされた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月26日(土)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 夏を思わせる日差しも影を潜め始めた頃。 現場へと急行したリベリスタは、欠片の迷いも見せずにそれぞれの位置へと散開していた。 「ばっちりだったね~、流石俺様ちゃん★」 この手早い行動も、飄々とした調子を崩さない『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の千里眼あってこそ。 「あいにく、本公演の人魚姫はハッピーエンドVerでな」 中でも、最も早かったのは『崩葬』司馬 鷲祐(BNE000288)。 更に早く。全身のギアを引き上げた彼は、フィクサードの背後に隠された少女を、そして、此方を見遣る男を真直ぐに見詰める。 告げるべき言葉が、彼の口を付く前に。 ばさばさ、と、耳障りな程の羽音と共に飛び込んできたのは、異形の灰被り。 息を飲む音。一気に不安げな表情になった少女へ、フィクサードが何かを告げる前に、鷲祐は一言、言葉を紡ぐ。 「――俺達は必ずお前を守る。それだけだ」 そんな彼の横合いから。同じくギアを引き上げた『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)が久臣へと肉薄する。 子をあやす為の童話。それを悪行に使う行い等、赦す訳にはいかない。 暴虐の徒に遠慮する必要等無い。すべきは、妙なる己が技を以って成敗する事唯1つ。 「私の仕事はあなたを抑えること。……時間を稼ぎましょう!」 「やだ、やめてよ! なんなのあんたたち!」 煌めく舶刀に、上がるのは悲鳴混じりの怯えた声。 震える手で杖を握る少女を励ます様に、久臣はガントレットを鳴らし構えを取る。 「フィクサードですよ。……大丈夫、貴女は私が護りましょう」 優しげな微笑は嘘か本当か。真実を知るリベリスタさえ僅かに迷う程に完璧な優しさを見せた彼へ、迫る影はもう1つ。 「……随分と硝子の靴が似合わないシンデレラがいたものだ」 エスコートの王子も趣味が悪いとは全く以って手に負えない。 長いコートと纏わり付く影を翻す『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は、煽る様に久臣を狙う素振りを見せる。 説得を行いたい仲間も居る様だ。自身の用意が整うまでの時間、狙いを悟られぬ様にと動く彼に途端に怯えを振り払い、杖を構えようとする少女を遮って。 表情1つ変えなかった男は漸く、その拳をきっちりと握り直す。 「何が狙いかは知りませんが、私は彼女を護らねばならないのです」 邪魔をしないで貰おう。そんな言葉と共に振るわれたのは、火炎纏う拳。 一番近くの黒乃を容赦無く抉ったその一撃からは、この男の実力の高さが窺い知れる様だった。 「さて、こちらは準備をするでござるかな」 立ち位置は常に灰被りに届く位置。『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は肉体の枷を外し、己が身さえ削りかねない程の力を引き摺り出す。 全く、恋する女と言う物ほど怖い物もないだろう。盲目的に久臣の後ろに従う少女を見遣る彼も思わず、溜息を漏らす。 着々と状況を整えるリベリスタに対して、キマイラ達も同じく、与えられた餌に容赦無く襲い掛からんとしていた。 ぶわり、噎せ返る程に舞い上がるのは一つ一つが刃に等しい鳥の羽。 無差別、否、久臣以外を全て巻き込むそれに続くのは、低く飛ぶ小鳥の一部の鋭利な嘴。 数の暴力に任せ此方を削りにかかる敵の一撃をかわして、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は仲間へと宙を舞う力を与える。 「……来栖さんがどういう人かはご存じで?」 合間に挟むのは、真直ぐな問い掛け。 恋する乙女。その真直ぐさや若さは眩しい物だ。けれど、悪い男に騙されているなら話は別。 出来れば彼女を傷付けたくは無い。そう願う彼女の問いに、苛立った様な表情を浮かべた少女は吐き捨てる様に言葉を投げた。 「あんたに関係ないでしょう! そもそも何? いきなり襲って来て、久臣さんの事も知ってるとかただの危ない奴でしょ!」 その瞳が訴えるのは明らかな警戒。 聞く耳を持たない様子の少女の様子を気遣いながらも、敵陣真っ只中に飛び込むのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。 「ほら、君達の王子様は俺だ」 挑発。敵の攻撃全てを集めんと紡がれた言葉に喰い付いた小鳥の怒りを感じながら、快は護り刀を握り締める。 直後、飛んでくる嘴。受け止めて、流れる血など気には留めない。 守護神の名に恥じない様に。敵の注目を一心に集め仲間を護る彼の視線の端では、宙を舞う異形の姫を叩き落さんとする2人が、己が技を振るっていた。 「絶対許さない……全力で懲らしめようね!」 敵を刺し貫く、正確無比な気糸を翼目掛けて放って。『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)は敵の非道さに眉を寄せる。 恋する気持ちを裏切る。そんな事は許せない。逸りそうな気持ちを抑えて、役目に徹する彼女の前では、葬識が己が生命力を漆黒の瘴気へと変える。 狙いは翼、そして、捉えられるだけの小鳥。命中に秀でる2人の集中攻撃は、少なからずその翼にダメージを与えたのだろう。 片翼の動きが一気に落ちる。恐らくもう一手。冷静に状況を見極めながら、殺人鬼はふと、笑みを浮かべる。 「はいはい、来栖ちゃん、殺人鬼がそこの愛しい可愛い如月ちゃんを殺しにきたよ。守ってあげなくてもだいじょーぶ?」 本当に護るのだろうか。揶揄の含まれたそれにも、久臣の表情は動かない。 ● 「……これでどうだ?」 ふわり、舞い上がるのは対象を捉える細い気糸。 これで2度目。鉅の放ったそれが漸く、つぐみの身体を締め上げる。 かくり、折れる膝。痺れ動かぬ身体を地面へと伏せかけた彼女を、受け止めたのは鷲祐。 つぐみを連れて離脱する。戦闘可能なメンバーを減らすある意味で諸刃の剣である作戦はしかし、それ故に久臣を出し抜く事に成功していた。 「っ……彼女を如何するつもりだ、離せ!」 演じるのは王子様。けれど微かに見え隠れする本性を押さえ込みながら、その拳が鷲祐を、否、抱えられたつぐみまでもを狙う。 殺して連れて帰れば良い話。黒乃のブロックをすり抜け振り抜かれた左腕が、燃え盛る炎と共に周囲全てを薙ぎ払う。 ぶすぶす、漂うのは肉の焦げる匂い。攻撃の煽りを食らった鉅が、すぐさま2人の無事を確認せんと視線を投げる。 「なん、で……久臣さん、……あなた、も」 「……俺の名にかけて、お前を助ける。運命を燃やしてでもな」 庇ったが故に負った傷は、深い。焼け焦げ鮮血すら漏れ無い肌の痛みを飲み込み、鷲祐は立っていた。 その腕の中で。瞳だけで彼を見上げたつぐみは、呆然と呟く。 護ってくれる筈の人の攻撃を、敵の筈の彼が防いだ。その事実は少なからず、彼女の心を揺らしていた。 しかし、運命こそ燃やさなくともこのままでは次が無い。表情を歪める鷲祐を含めた仲間へと、飛ぶのは凛子の呼び寄せた強力な癒し。 「絶対、後悔しない恋だと思いますか?」 恋に恋している自覚はあるのか。そう、問い掛けられた言葉に、少女は答えない。 妄信は揺らごうとも、己の想いを否定するような言葉に返すものなど何も無い。悔しげに瞳を伏せる彼女の対応とは別に、異形との戦いも激しさを増していた。 「まだまだ…集中するでござるよ!」 大太刀を握る手に、力が篭もる。 まだだ。まだ足りない。必殺に相応しい一撃を齎す為に、集中を高め続ける虎鐵の横をすり抜けて。 挑発に乗らなかったシンデレラの煉獄の炎から鷲祐達を庇いに入った快は、苛立ちを顕に正面の男を睨み据える。 「女の子の気持ちを弄ぶ奴はな、許せないんだよ!」 少しでも、この男の性悪さを引き出さんと投げ付けた言葉はしかし、正直に言えば自分の本音。 内に秘める熱の片鱗を覗かせた彼に、久臣は漸く苛立ちを交えた笑みを浮かべた。 「貴方に関係無いでしょう、これはつぐみと私の問題だ!」 その声に応える様に、飛んで来た小鳥の攻撃が快の傷を抉る。ぐらつきかける膝をなんとか支えた彼が、前を見据え直すのとほぼ同時。 戦場に響き渡るのは、癒しの福音。常に快の動きを注視していたからこそ。的確に癒しを齎したアーリィが、安堵の吐息を漏らす。 そんな彼女が狙い続けていた灰被りも、遂にその羽根を折る事となっていた。 「はいはい、これでおしまーい!」 放たれた瘴気が、傷ついた片翼を折る。重たい体を支えられず落ちた異形は、恨めしげな鳴き声を上げのたうっていた。 状況は整った。後は、駆け抜けるのみ。 鷲祐の脚が、地を蹴る。何時もの様に走るだけ。枝葉1つさえ、腕の中の少女には触れさせない。 追い縋ろうと手を伸ばす事すら許さぬ神速が、一気に戦場を駆け抜ける。 聞こえる舌打ち。対策を打たんとする久臣の行く手を遮った黒乃が、1つ、呼気を吐き出す。 「遅い! 止まって見えます」 敵すら感嘆の吐息を漏らす程に。美しき剣筋が、久臣の身体を打つ。 鷲祐には及ばなくとも、彼女もまた速さの申し子。先手を打たれた男が苛立たしげに表情を歪める。 「少々気が急いているようですね、どうされました?」 抜けていくと言うならば、先ずは自分を倒してからだ。 ● しかし、事はリベリスタ優位にばかりは進まない。 地に伏せ呻く異形の、存在しない筈の瞳が此方を見ている気配がする。 走る寒気。直後、放たれた火炎は容赦無く、後衛の位置まで下がる事に成功した鷲祐達を巻き込んだ。 崩れ落ちたのはアーリィ。けれど、その心は倒れる事を望まない。運命を燃やして、地を掻いた手が、力を取り戻しその身を引き摺り起こす。 「絶対邪魔はさせないもん! 道は、作るんだから……!」 その瞳が、後ろに下がっていたであろう鷲祐達を探す。立っている。無事だ、そう確認した直後、その足元に倒れる女性の姿を認めて、彼女は息を飲む事となった。 「……私のようなものでも、少女を守る事はできます」 口から血を流して。早く離脱する様、凛子は促す。 その身を投げ出してまで少女を庇い受けた傷は、後衛の彼女にとって運命を燃やしても耐え切れぬ物だった。 「なんで、……なんで、そんなことするの」 敵じゃないの。気付けば拘束の解かれた少女が、酷く不安げに、鷲祐の服を握り締める。 有り得ない。何故、彼らは自分を護るのか。何を信じるべきなのか。震える手を見て取った凛子は、そっと微笑む。 「放っておけるわけがない、そういう性分なんですよ」 答えは、それだけで十分だった。 「嗚呼もう、本当に厄介な奴らですね。……少し黙って頂きたい」 とん、と踏み込む軽い音。 まさに妖精。進み出て美しく軽やかな所作で腕を振るった久臣を中心に、幻惑の魔力が拡散する。 ぐらぐら、身体を蝕む甘いそれを振り切れたのは、快のみ。 ナイフを腿に突き立てて。吐き気を催す痛みと引換えに意識を繋ぎ止めた彼は、偶然にも回って来た己の手番に、破邪の煌めきをばら撒く。 虎鐵の、葬識の、そして、鷲祐の身体を縛る幻惑を打ち払ったそれに、男の表情は更に苛立ちを増していた。 「今でござる! 居合い抜刀……!」 この機を待っていた。 高められた集中をそのままに。抜き放った虎鐵の大太刀が、黒く煌めく。 振り下ろされた一撃。絶叫を上げた異形への攻撃はしかし、一度だけでは止まらない。 「一撃だと思ったでござるか? それは……甘いでござるよ!」 返しの太刀。翻った刃に抉られて、赤黒い血液が大量に噴出した。 アーリィの精密射撃が、小鳥の一羽を落とす。恨めしげな鳴き声が響く中、葬識は密かにスイッチを入れたICレコーダーを確認しながら漆黒を纏った。 「そうだよね、来栖ちゃんは大好きなご主人様がいるロリコンだしねー」 その子も騙すのか、嘲笑交じりに紡がれた言葉に、十分に苛立ちを募らせていた男が遂に口を滑らせる。 「女性はそれが楽しいんでしょう? ギブアンドテイク、ひと時の夢の代わりに、私も欲しいものを得ているだけですよ」 其処に何の問題があるのか。明らかに開き直った様子は、つぐみには未だ届いていない。 鷲祐が再び、全力で駆け出す。 「体が勝手に動こうと……でもそうはさせませんっ!」 未だ己を蝕んでいた幻惑を、その意志で振り切って。 黒乃が齎すのは、瀟洒な一撃。光の飛沫さえ舞い散って見えるそれに切り裂かれた久臣が、苦悶の声を漏らした。 「瀟洒な演舞には瀟洒な剣舞がふさわしいでしょう?」 カトラスが煌めく。その瞳にはもう、幻惑の色は残っていなかった。 戦闘員を一人欠いた戦場は、やはりリベリスタに分が悪かった。 元より数に押し負ける状況。久臣の振るう炎が、灰被りの地獄の焦土が、容赦なくリベリスタの体力を削っていく。 重厚で有るべき癒し手の一人を欠いた事も、状況を悪くしていた。 飛んで来た小鳥の一撃で、一心に攻撃を受け続けた快が、鉅が、その膝を折る。 しかし、どちらもその身を地に伏す事を望まない。運命を削って、意識を引き摺り戻す。 確りと地を踏み締め直して。傷ついた身体を引き摺って快が向かうのは、シンデレラの下。 それまで徹底的に周囲のフォローに回っていた彼は、異形が片翼で羽ばたこうとする気配を、最も早く感知していたのだ。 手を伸ばす。強引に組み付いて、その身を確りと地に縫い止める。 抵抗が重い。傷ついた身体が、限界だと悲鳴を上げる。けれどそれでも、彼はその手を離さない。 「構うな! 俺ごとやれ!」 その声に応えたのは葬識。 精神ごと敵を切り裂く漆黒を込めた鋏を、躊躇い無く異形の首へと向けて。 ばちんっ、響くのは骨ごと圧し折る鈍い音。 絶叫すら上げられぬそれの血液を被った彼はしかし、酷く詰まらなさそうに肩を竦めた。 こんな者では何の足しにもなりやしない。瀕死の異形と、苛立つフィクサードを相手取って。リベリスタの死闘は続く。 ● 戦場から離れた、木々の狭間で。 少女を下ろした鷲祐は、そっと言葉を続けていた。 未来視の事。その想いを否定するつもりは1つも無い事。 けれど。 「奴の返事がお前の愛に吊り合わないなら、そんな結末は、誰も望まない」 救われないソレなど見たくはなかった。真摯に、出来る限り噛み砕いて。 幾度も錯乱しかける彼女と何とか会話を可能にした彼は、只管に訴える。 彼女の得る痛みは大きいだろう。仲間から送られてきた音声を聞かせれば、その瞳が辛そうに震える。 「……だって、久臣さん、私のことずっと護ってくれたのよ。本当なの、本当なの……」 何を信じたらいいの。そう、漏れ聞こえた声。 自分達を信じろ。そう告げるのは、簡単だ。けれど、それだけでは少女の心を救えない事を、鷲祐は知っていた。 「俺は、ただお前が受け止める現実を斬り裂き軽くする――それだけだ」 受け止めたものをどうするのかは、彼女が自分で決めること。 何一つ無理強いする事無く。答えを問う彼の言葉に、少女は答えない。否。答えられないのだろう。 唇を噛み締めた彼女の下にふと、複数の影が落ちる。 満身創痍。疵付いた身体を押さえ、庇い合い、やって来たのは戦闘を終えたリベリスタ達。 癒し手として狙われ続けたアーリィに、シンデレラの行動を止め続けた快は、直の事傷が深い。 久臣は逃げた。そう、小さく黒乃が告げれば、少女の表情が泣きそうに曇る。 やっぱり嘘だったのか。信じたくないけれど突きつけられたそれに苦しむ彼女へと。 虎鐵に支えられ、辛うじて立っていた快が緩々、瞼を上げて彼女を見据えた。 「……これでも信じるってなら勝手にしろ」 酷く冷たい言葉に、少女の肩が跳ねる。けれど、漸く顔を上げた彼女の目に映る快の表情に、冷たさはなかった。 唯、真直ぐに。決意にも似た色を湛えた瞳で、彼は言う。 勝手にしたら良い。何度だって、必ず連れ戻してやる。 少女の手が、杖をきつく握り締める。答えは言えない。けれど。そっと、鷲祐の傷へと翳されたのは、幾らか震えの収まった彼女の手。 ふわり、吹き抜けた癒しの微風と共に。 「……助けてくれて、ありがとう」 ぽつり、漏れた言葉だけは、確かに心からのものだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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