● 静けさで満たされたその場所に、咆哮は響き渡った。 それは人型でありながら、人ではない何かであった。両の眼はトンボのそれのようにギョロリと膨らみ、皮膚は滑らかな灰色をしていた。手足の爪は蹄に似た鈍重そうな形をし、また手足の所々に微小な刺のようなものが散見された。腰まで伸びた髪が風に流されると、そこから鱗粉のようなものをまき散らした。 その何かは、別の何かを引き連れていた。体長50センチメートルほどの飛行虫のようだった。あれだけ小さくても耳につく音が、これだけ大きいものになると耳をつんざく轟音となって襲いかかる。何かは何かの大群を引き連れて、草原を闊歩していた。 行く手には人の住む集落が見える。それらはその方向をしっかりと見据えて、進んでいた。襲うのだろうか。殺すのだろうか。或いは、食うのだろうか。何にせよ、明らかな殺意がそれらの横に付き添っていた。 先頭を行く人型の動きが止まる。それに伴って、人型の周りを飛び回っていた飛行虫が、無機質な眼を人型の視線の方向に向ける。彼らの前には人が立っていた。それは人型などという曖昧なものではなくて、しっかりとした人であった。黄色い帽子をかぶり、濃緑色の上着にクリーム色のスラッとしたズボンをはいている。口元には豊かに髭を蓄え、縁の薄い老眼鏡をかけている。隠してはいるが、その体の至る所に古い傷が見えた。 男は、厳然とした、しかし優しい眼差しで、異形の集団を見る。異形たちは様子を伺うように動きを止めていた。幾ばくかの時間見合った後、男は口を開く。 「やっと、見つけたよ」 やっと。その一言には、それまでの男の苦労が集約されていた。見つけただけなのに。相見えただけなのに。今にも泣き出しそうな震える声で驚喜していた。 その感情は、異形には届かない。 言葉をかき消すほどの音量で、異形は吼えた。男は懐からスッと拳銃を取り出しながら、異形の動きを見定める。異形は、痺れを切らして駆け出した。男は向かってくるそれらに銃口を向ける。 男の銃が叫びを上げる。直線を描いて飛んでいく銃弾が、異形の頭蓋を貫かんとしていた──。 ● 「その後のこの男の行方や、戦いがどうなるかは、わからない。予知できなかった。ただ飛行虫が男を超えて集落にたどり着き、滅ぼすのだけは確か」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声は暗い。恐らくあの大きな昆虫が集落へとたどり着き、人を襲い、食らうところを見たのだろう。そのおぞましさたるや、想像すらはばかられる。 「みんなにはあの異形連中を倒してきてもらいたい。このままだと、結構大きな被害が出ちゃう」 「異形、って言うが、あれはエリューションか?」 「多分、アザーバイド」 多分って、とリベリスタの一人が思わず口にしたが、イヴは仕方ないと言って話を続ける。 「ちょっと詳細はつかめてない。でも、少なくともボトム・チャンネルの存在ではないだろうと思う。その割には、近くにD・ホールも見受けられないんだけど、ね」 ともかく、とイヴは続ける。 「とりあえずはあれを倒すこと。それであそこには平和が訪れる。あんなのいっぱいいるんじゃ困るし、恐いし、お願いね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月27日(日)00:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 羽虫の羽音の轟く戦場に、男は一人立っている。その心の内から苦労が溢れ出すほど追い求めたそれに、彼は狙いを定める。それを仕留めるために、拳銃を取り出すより先に、動きを予測しようとする。 やがてインセクト・ナイトは吼えようと口を開く。しかしその最中、ナイトはまさに口を吐いて出んとしていた声を押し止め、異変の方向へと目を向ける。本来の運命では居合わせなかっただろう存在を、それは認識する。その異常を察し、男は緊張を解いてナイトの視線を追う。 八人のリベリスタが、今まさにそこに到着したところだった。リベリスタは各々装備を取り出し、戦闘の準備をする。 「アーク、か」 男はそう呟いた。彼とて現在の神秘界隈に理解がないわけではなかった。この前触れのない襲撃に、気付けるのはきっと彼らくらいだろうという見解もあったのだろう。 『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)が名乗り出る。五月蝿い羽音に邪魔されぬよう、テレパスも交えながら。 「こちらアーク。見りゃ分かるかもしれねえけど、この虫を片付けに来た。お前の事情は知らないけど、今この時の目的が一緒なら、助け合おうぜ」 ナイトと飛行虫はまだ動きを止めている。ナイトが動かない限りは、きっと飛行虫も動かないだろう。ナイトは警戒しつつも、威嚇するように吼えた。飛行虫はそれを合図に、攻撃性を露にする。 男はその気配を察しながら、ブレインフェザーの提案に答える。 「いいだろう。私の邪魔をしないのなら、何の問題もない」 「話が早くて助かるな」 ブレインフェザーの声は、動き出した飛行虫の羽音に若干かき消された。けたたましい爆音が辺りを席巻し、飛行虫は、リベリスタと男へと接近する。それを受けて、リベリスタの前衛陣も応戦した。 「こっちの前衛が出るんで、出来れば後衛に下がってくれねえか? お前も入れて9人なら、何とかなるだろ。頼む」 ブレインフェザーの二度目の提案も、男は素直に了承した。 「インセクト・ナイトのやつを倒してやれるなら、それで構わん」 「あいつらを倒そうってんなら目的は一緒だ。一緒に戦おうぜ!」 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)はすれ違い様に男に声をかけ、銃弾を乱射した。 「それにしても昆虫、好きにはなれないですね」 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は一人、呟くように言う。某黒いカサカサや百足ほどではないが、やはり苦手だ。それにしても、出自不明の敵か、と彼女は思う。決して気にならないわけではないが、目の前の敵を討つのが最優先。放置して、誰かに危害が及んでは元も子もないのだから。 「どなたかは判りませんが、事情を聞きたいので。助太刀させていただきます!」 『霧の人』霧里 まがや(BNE002983)もやはり虫は苦手だ。目障りの一言なのだが、何とも狭量な話だ。彼は素性もわからぬ男を見る。そして、まーどーでもいいか、とそれほど気には留めなかった。面倒を増やすことはないだろうし、邪魔にならないのなら、放っておいたらいい。接触なら他のやる気満々な誰かがやってくれるだろう。 そんな中、ふと頭に浮かんだのは。 「……飛行中の飛行虫……ないな、うん」 ● 「D・ホールが近くにないと。こりゃ、始末するってだけじゃ済みそうもねぇか」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)は面倒くさそうに言いながら、魔弾を飛行虫に打ち込んで、それらの気を引いた。攻撃に気付いた飛行虫の幾つかは、鋭く、また中々に固そうな羽をバタバタと五月蝿く鳴らしながら、烏に向かっていく。烏はしめたとばかりにニヤリと笑った。 「虫か……五月蝿く飛び回るしか能がない……!」 『虚実の車輪』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)の口調が戦闘モードに変化する。あの男の様子を見ると、何やら宿命の対決に割り込むような形になっているようだが、仕事だから仕方はないだろう。シルフィアは周囲に雷を侍らせ、叫ぶ。 「舞えよ雷!」 劈く雷鳴とともに雷が一閃し、飛行虫の群れを切り裂いた。シルフィアの高笑いが、雷鳴と羽虫の羽音に割り込んで響いた。 雪白 桐(BNE000185)が先陣を切って前進し、ナイトの正面に立ちふさがる。彼女は状況が今一つかめなかったが、この後を不幸が訪れるというのなら、まずはそれを止めるのが先決だ。現状を理解するのは、その後でも遅くはない。 「言葉は通じないでしょうが、貴方の相手は私が努めさせていただきます、全力でどうぞ」 桐の敵意に反応したか、ナイトはトンボのような複眼をキラリと光らせつつ、威嚇するように吼えた。そして勢い良く殴り掛かったが、桐はそれの軌道をよく見ながら、なんとか避けた。そしてすかさず反撃に転じ、全身のエネルギーを込めた一撃で、ナイトを吹っ飛ばす。ゴロゴロと地を転がったナイトは、しかし何事も無かったかのようにすぐさま立ち上がる。 桐は自身の手に若干の痛みを感じた。事前の情報から、自分の体にナイトの放ったものであろう毒が回ったことはすぐにわかった。それでもこの場にそれを回復できるものは無い。桐はなるべく早く戦闘を終わらせることに、注力する。 ナイトの身からまき散らされる鱗粉が、桐の鼻を突いた。その身に現れるだろう異常を払うように、彼女は顔を拭った。鱗粉は全身に降り掛かっているから、それが意味の無いことだとは理解しているけれども、気持ち悪さに変わりはないのだ。桐は不安を心の内に抱えながら、攻撃を続ける。 『Fuchsschwanz』ドーラ・F・ハルトマン(BNE003704)は感覚を研ぎすませ、飛行虫の軍勢に連続射撃を浴びせていく。リベリスタの広範囲にわたる攻撃は、飛び回る飛行虫の体力を一気に削っていた。ちらほらではあるが、飛び方の怪しい飛行虫も見受けられる。インセクト・ナイトの毒や鱗粉は、それをブロックしている桐や、彼をサポートする佳恋の大きな脅威となるものだ。彼らが倒れるより先に、飛行虫を一気に全滅する。それが私に出来ることです、とドーラは想いながら、飛行虫を落とすため、引き金を引く。 ● 「言葉よりも武器の方が雄弁だな」 回復の手が無い以上、最前の策は速攻。飛行虫を早期に落とし、決着をつけようと、影継は攻撃の手を休めない。 未だ数の多い飛行虫は、その身を丸めてリベリスタに突進したり、或いは着地しつつ羽を振り回している。 飛行虫のある程度まとまっている位置を見定めて、まがやはそこを中心に魔炎を召喚して渦巻かせる。近くにいる味方を巻き込まぬよう注意しつつ。 煩わしい。 彼女はふと口から漏れそうになる言葉を飲み込む。そんなことを口に出した日にはひんしゅくを纏め買い出来そうね、と考えながら、なんて益体も無い思考だことで、とも思った。 飛行虫はその鋭い羽を佳恋に向けながら滑空し、切り裂く。彼女の腕からじんわりと血が流れ出し、やがて痛みが顔を歪ませる。彼女の優先事項は彼らではなくナイト。彼女は飛行虫の動きを気にせず、長剣を振るう。鋭い真空刃が空気を切り裂き、やがてナイトを刻んだ。ナイトは怒りながら、桐に向かって拳を振るった。 桐はナイトの攻撃をまともに食らい、吹っ飛ばされて地に叩き付けられた。佳恋がそれを見てすかさず、桐の代わりにナイトに立ちはだかる。 立ち上がりながら桐は、ふと自身の体に途轍もない重みを感じた。それがナイトの振りまく鱗粉によるものだとは、すぐに理解できた。彼は脱力する体に懸命に鞭を打ち、捨て身になって電撃を纏う一撃を放つ。 飛行虫の羽による切り裂きは、確実にリベリスタの体力を奪っていた。リベリスタの圧倒的な攻勢から、飛行虫は弱りつつあった。それでも貪欲に、それらは攻撃の手をやめないでいた。 シルフィアが好戦的な笑みを浮かべながら、飛行虫に向けて魔炎を放つ。 「害虫は焼却だ!」 舞い踊る火炎が、ゆっくりと周辺の飛行虫を包み込む。何匹かはそれに飲まれて、文字通り身を焦がしていた。フラフラと空中を漂うそれに向けて、ドーラは銃弾を放つ。 振りまかれる銃弾に、飛行虫の一つが飲み込まれ、羽に穴を開けられた。既に傷だらけになったその体は、羽を失った瞬間にすべての力さえ断たれてしまったように、動きを止めた。続くリベリスタの追撃により、他の飛行虫も徐々に地に落ちていった。 半数ほどが落ちた頃、今まで飛行虫に狙いを向けていた影継が、それらへの攻撃を中断し、ナイトの方を向いた。そしてリボルバーでそれを射撃する。 「新式の雷撃シードの味を喰らいな!」 ナイトは一瞬気を取られたように影継の方を向いたが、桐と佳恋が攻めるとすぐに、矛先を彼らに戻した。二人には既にかなりの疲労と傷が見て取れた。 残る数匹の飛行虫は、勢い良く飛び上がると、リベリスタに向けて直滑降した。鋭く速いその攻撃に、彼らは身を切り裂かれた。だが地面に転がった飛行虫らに、リベリスタは反撃を展開する。 銃弾、雷撃、火炎。それらの攻撃が飛び交って、渦巻いて、残りの飛行虫の体力は根こそぎ奪われていった。最後に残った飛行虫は、男に向かって急降下し、羽の刃を向ける。男は素早く銃口を向け、すれ違う刹那、一発の銃弾を放って綺麗にその頭蓋を打ち抜いた。勢い良く墜落した飛行虫は、最後の一撃を加えはしたものの力をなくし、コロコロと転がってやがて命を絶やした。 佳恋が膝をついた。体の力が抜ける。傷ついた体は、今まさに戦う力を失くそうとしている。けれども、彼女はそれを許さない。運命を犠牲にしてでも、立ち上がる。 同じ頃、飛行虫は全滅した。佳恋と桐はナイトを警戒しながら、それを横目に見た。飛行虫と応戦していたリベリスタが、ナイトに向けて走ってくる。 「あたしは正義の味方じゃねえけど、あぶねえモンとうるせえモンは退治しとくかね。自分の身の安全のためにも」 ブレインフェザーは威勢良く言い、ナイトはそれに呼応して吼えた。 ● 不吉な唸りを上げながら、ナイトは突進する。振りまく鱗粉がそれの気の高ぶりを表すように拡散した。振りかぶって桐を殴りつけ、彼を吹っ飛ばした。佳恋がカバーに入り、その間に桐は体勢を立て直す。その後ろから影継が飛び出し、強靭な一撃をナイトに向かって炸裂させる。体を走る毒の痛みを感じながらも、それ以上の激痛をナイトに与える。 ドーラはナイトに矛先を向ける前にふと、男の様子をうかがった。こちらに敵意を示すことも無く、また協力的な彼の真意は未だ、見えてこない。ただひたすらに、インセクト・ナイトを倒したいということだけがわかる。懸念事項ではあるけれども、この場で害がないということは明確ではあった。ならばこの戦いの終わりまで、放っておいても構わないだろうと、ドーラは考える。 ブレインフェザーが綿密に狙いを定めた生糸を放ち。ナイトを撃つ。ナイトはそれを受けつつ、すぐさま反撃に転じようとしたが、烏の追撃がそれを許さない。瞬時に放たれた魔弾に不意を撃たれたナイトは少し後退し、近くにいた佳恋を狙った。思い切り彼女を殴打したナイトの側を、一筋の銃弾が通過した。ナイトが視線を向けた先には、自分に銃口を向ける男の姿があった。 「お前の居場所はもうここには無い。……せめてナイトとして、勇ましく眠れ」 男の銃が叫びを上げる。直線を描いて飛んでいく銃弾が、異形へと直線の軌道を描く。彼は頭蓋を狙ったが、すこし逸れてナイトの肩を貫いた。 ナイトは苦痛にうなり声を上げる。右から左に受け流すだけで頭に亀裂の入りそうに思えるほどの、轟音であった。 シルフィアが展開した魔法陣から魔力弾を射出する。まがやが火炎をナイトの周囲に吹き荒れさせ、桐が傷つきながらも捨て身の一撃を放つ。徐々にナイトは追いつめられていく。 影継がデッドオアアライブを爆裂させる。ナイトはよろけながらも未だ戦気を絶やさず、影継を殴打する。吹き飛ばされた影継の後ろで、烏が静かに、ナイトへ銃口を向けていた。 「危ねえから、ちょっと眠っててくれよ」 鋭く放たれた魔弾が、ナイトを突き破って彼方へと飛んだ。ナイトは力なく倒れ、中空を見上げる。未だ息はあった。しかし彼の傍らに、男が立っていた。 「じゃあな。先にあっちに行っててくれ」 ● ナイトを撃ち、獲物の吐いた煙をそっと吹くと、男は些細な感情も表に出すこと無く、戦場を後にしようとした。 「待ってくれ」 慌てて烏が呼び止める。男は立ち止まり、こちらを向く。若干面倒くさそうに頭をかいていた。 「アークに来いってんなら、お断りだぜ?」 「違うなあ。情報交換ってやつだ」 「……ま、そうなるか」 男はタバコに火をつけながら、答えられることは答えるよ、と乗り気のしていなさそうな声で言った。 「人間……ですが、フィクサードか何かですか?」 佳恋が聞くと、男はタバコを吹かしつつ、苦笑して答えた。 「リベリスタでも、フィクサードでもない。今はフリーさ。力があるだけの、な」 「どういういきさつで向かって行かれたのか、教えてもらえますか?」 桐の問いに、男は妙に神妙な顔になって、重苦しい声で言った。 「悪いが、お前らに話すことじゃねえ。俺の問題だからな。お前らが来たって別に戦うのを止めやしねえ。俺の目的は、あいつを倒してやることだったからな」 「事情は聞けないのか」 ブレインフェザーが落胆したように言う。男はもう話すことは無いと言わんばかりにリベリスタに背を向け、その最中ブレインフェザーに声をかける。 「冷静を装っちゃいるが、こっちも心の整理なんざついちゃいない現状なんだ、悪いな。 ──だが、お前らにはあの運命演算機があるんだろう? なら、いずれすぐに会うことになるだろうさ。きっとな」 意味ありげにそう言うと彼はゆっくりと、戦場を後にした。彼の姿が見えなくなった頃、リベリスタもアザーバイドの残骸の回収などを行ってから、帰路に着いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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