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<三尋木>闇金コブシ ~金の重さは命の重さ~

●『レッドジャケット』という男
「若、いつもスンマセンッ! こちらンなります!」
 反り込みを入れた丸刈りの男が、慇懃かつ乱暴に頭を下げた。
 胸のネックレスがじゃらりと鳴り、アロハシャツに当たっては垂れる。
「おう、気にすんな……」
 黒塗りのベンツの助手席が開き、先の尖った革靴が覗く。
 吐き捨てたガムや蟲の死骸が転がる、アスファルトと呼ぶには些か汚すぎる地面をじっと踏み、その男は立ち上がった。
 オールバックにサングラス。
 黒い革靴に黒いパンツルック。ワイシャツも黒く、ネクタイだけが赤い。
 しかしその上にはワインレッドの革製テーラードジャケットを羽織り、どこか落ち着いた印象があった。
 てらてらと歩く若者の斜め前を、悠然とした足取りで歩く。
 もったいぶった風でも、せわしない風でもない。人間が歩くという現象をごく自然に体現したような、洗練された動きだった。それだけで、彼の腕っぷしが強いことが分かる。
 現に、彼が歩くだけで大抵の者は委縮し、頭を下げるのだ。
 だが男には威厳を振りかざす様子は無い。必要なときに必要なだけ、自らの威圧力を発揮するのだ。
 その『必要なとき』が、まさに今だった。
 細い階段を昇りきり、足取りが止まる。
 すりガラスのついたドアには、『ニコニコファイナンス』と書いてある。
「若、俺が斬り込んでバシッと言ってきましょうか!?」
 前歯の書けたソリコミ禿の男が、アロハシャツの胸元をぱたぱたとやりながら問いかけてくる。
 男は無言で、首を横に、ほんの小さく振った。
 そして。
 片足でドアを蹴破り、息もつかせずに部屋に踏み込み、最奥にあった社長らしき男のデスクへ豪快に乗り上がると、相手のネクタイを根元で掴んで釣り上げた。
 その間実に二秒。まるで嵐のような、突風のような速度であるにも関わらず彼の動きはどこまでも悠然としていて、淀みも焦りも無かった。
 だから、部屋の中にいた社員らしき男達も全く身動きができない。
 男はまだ何も言っていない。
 だが社長らしき初老の男は、バーコード状にした頭をかたかたと震わせ、嵌りの悪い顎であわあわと小声を漏らしていた。
 内股になった脚が震え、じんわりと屎尿の臭いが昇る。
 しかし男はまだ何も言わない。
 耐えきれずに社長が口を開いた。
「か、金は返す。明日必ず……」
「アァン!? 分かり易く夜逃げの準備しやがってナァニが明日だハゲェ! ッスぞコラァ!」
 アロハの男が頭をがくがく振りながら詰め寄ろうとする。
 それを、レッドジャケットの男が片手を広げるだけで制した。
 サングラス越しで表情は読めない。
 低く、そしてこの世のどこまでも響く声で言う。
「俺はお前に三文字の言葉しか要求しねえ――はらえ」
「ヒグッ……!」
 まるでゴミでも放るように相手を捨てる。
 社長らしき男は地面をみっともなく転がると、部屋の隅にあったゴルフクラブを手にと言った。
 それを見て、部屋の中にいた男達も手に固い物を持って掲げる。
「あ、明日払うって……払うって言ってるじゃねえかよおおおおおおおううううううううう!」
 社長は絶叫して駆けだした。
 剣道の上段構えでゴルフクラブを振り上げる。
 殴りかかってくる。
 そんなことは誰の目にも明らかだった。
 だが男は振り向きもしない。
 悠然とデスクから降りると、ただの二歩だけ動いて見せた。
 一歩で重心移動。二歩目で足が上がり、半回転した時には既に、社長らしき男の顔が陥没していた。
 ダンボールの山に埋もれて沈黙する。他の男達も、気付けばその場に倒れていた。
 嵐のように、突風のように。
 間もなく蹴破られたドアの向こうからアロハの男が駆け込んできて、小ぶりなアタッシュケースを掲げて見せた。
「若、ありましたぜ! これで回収完了ッス。ホント、どうもっス! アザァッス!」
 ぺこぺこと頭を下げる。
 男は片手を翳して、ただ一言こう述べた。
「おう、気にすんな……」

●『溝鼠を踏み潰す』ように
「三尋木の下部組織、安紅組の善三という男を倒してほしい」
 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は顔写真とメモをクリップ付けしてデスクに滑らせた。
 サングラスにオールバック。赤い革製テーラードジャケットを羽織り、どこか落ち着いた印象がある男だった。
「彼は地方で力のある安紅組の幹部候補とされている男だ。詳しい説明はそこに書いてある……」
 言われた通りにメモに目を落とすと、そこには『善三』に関する大雑把な説明が並んでいた。
 安紅組がシノギのひとつとしている闇金の回収業。その中でも特に回収の難しい案件に『手助け』という形で関わっている。
 フィクサードではあるが非常に寡黙で温厚。若い者からもよく慕われ、幹部や他の組からの評価も高い。下部組織でありながら実に三尋木らしい男だった。
 今回は『ひまわりソリューション』という会社へ回収に向かうようだが、フィクサードである彼が手を下せば、一般人連中などひとたまりもない。
 そうなる前に助け、強引な回収業をやめさせるのが任務内容となる。
「『ひまわりソリューション』は小さな企業ビルの三階に事務所を持ってる。善三と他数名のフィクサードは既に事務所に立ち入っている筈だから、割り込んで倒す形になると思う。善三も人殺しを目的にしているわけじゃないから、そう焦らなくても手遅れにはならない筈だ」
 そこまでの説明をうけて、リベリスタの一人がぽつりと疑問を口にした。
 『ひまわりソリューション』とはどういう組織なのか?
「……っと」
 質問を受けて、伸暁は口を覆った。
「一応一般人の組織、のはずだ。表向きには小さなネット広告の代理や簡単なホームページ作成なんかをしているらしいが、そんな小規模な会社が闇金に手を染める理由は分からない。何かあるかもしれないが、少なくとも事務所には一般人しかいない筈だ。そこは間違いない」
 やや曖昧な顔をしつつ、伸暁は手を振る。
「とにかく、知ってしまった以上一般人をそうそう死なせるわけにもいかないだろ。後の事、よろしくたのむ」

●『スナック ヴィージア』にて
「よう善三、今日も来たのか!」
「……源太郎」
 薄暗く落ち着いた店だった。席数は少なく、あまり広くもない。
 そんな中、カウンター席にいた男が手を振った。
 他に客はいない。
 高級そうなスーツを着た、あまり『まっとう』そうではない男だ。
 善三は彼の隣に腰掛けると、無言でカウンターを叩いた。
 四十代も後半と言う女性が、静かにウィスキーをグラスに入れて出してくる。
 グラスを手に取って、傾ける。
 カランという小気味よい音が鳴った。
「善三、道子には最近会ってるのか?」
「……いや」
 短く答える善三。源太郎と呼ばれた男は苦笑いをした。
「あの孤児院からずっと一緒だったもんな。俺達は」
 財布を開いて写真を取り出す。
 そこには三人の子供が映っていた。肩を組む少年が二人。その間に割り込もうとする少女が一人。
 後ろの建物には小さく『ひまわり子供会』と書いてある。
「会ってやってくれよ。寂しそうにしてたぜ」
「……ああ」
 既に空いたグラスをカウンターに置く。
 カランと、小気味よい音が鳴った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年05月28日(月)00:47
八重紅友禅でございます。
捕捉を少々。

●善三とアロハの若者たち
戦闘は、するような気がします。
全員フィクサードです。
善三は飛び抜けて強いのですが、アロハシャツの連中は大したことありません。赤青黄色で三人ほどいます。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
天城 櫻子(BNE000438)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
インヤンマスター
★MVP
小雪・綺沙羅(BNE003284)
ナイトクリーク
蛇穴 タヱ(BNE003574)
クリミナルスタア
錦衛門 と ロブスター(BNE003801)

●絶えぬ灯り廻る街
 都会は夜でも明かりが消えることが無い。
 どころか、夜こそ本番だとばかりに咲き乱れていた。
 人工的なネオンの明滅。
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はポケットに手を入れたまま、吐き捨てたガムで汚れたアスファルトを歩いていた。
「借りた金は返すもの、か……零細企業の資金繰りってのは厳しいもんだよな。しかし闇金から借りることは無い。アークで肩代わりしてもらうってのは……」
「無いな」
 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)がじゃらじゃらと数珠を鳴らして呟いた。
「闇金に手を出したのはソイツ自身の責任だ。用心棒が行き過ぎてるんでオレ達が出張ったが、金の周りまで面倒見るつもりか? 強制回収に踏み切る額ってことたあ、百万や二百万の世界じゃねえぞ」
「国内のリベリスタ組織の競合って目的に沿ってれば必要経費にはならないか?」
「いや、絶対金持ち逃げするってこの社長。そもそも、金の問題をアークに押し付けるのはよくないぜ。ソレで解決しないから、俺たちが要るんだろ。そもそもコレ自体経費計上できねえし」
「何にせよ構いませんわ」
 自分の領分ではないという顔をして『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)は眦を下げた。
「お仕事を受けた以上お助けするのが、お役目ですもの」
「『そういうこった。善三って兄サンの邪魔するのがオレらの仕事さァ』」
 『ゴロツキパペット』錦衛門 と ロブスター(BNE003801)の内、ロブの方が口をパクパク動かした。
 奇妙なものを見る目で『二匹の間にいるひと』を見やる櫻子。
 死線を遮るように錦とロブが身体を寄せた。
「『ま、善三の兄サン……人柄良さそうなんだけどな』」

 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)はノートパソコンを畳んで脇に抱えた。
「三尋木ね……なんでそんなヤバい所から金借りたのかしら」
「知らないけど、闇金なんかから借りる方が悪いのよ」
 綺沙羅の作業を待っていたのか、足元のアタッシュケースを持ち上げる『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)。
 『三高平の狂拳』宮部乃宮 火車(BNE001845)がごきごきと首を鳴らした。
「ま、世の中まっとうな人間ばっかじゃねえわな。同情も出来ねえ……が、フィクサードの思うままにさせんのも癪だ。全力邪魔ぁしてやる」
「……」
 『やったれ!!』蛇穴 タヱ(BNE003574)が無言で足を止めた。
 小汚いビルの入り口。
 案内板に『3F ひまわりソリューション』と書いてあった。
「ヤクザは嫌いだ。金貸しは、もっと嫌いだ」

●『生きていていい』ということは『汚れてもいい』ということ。
 ドアを蹴り開ける音がフロア内に響き渡った。
「時村帝国金融のモンだ、貸した金返さんかコラァ!」
 驚いて振り返るアロハシャツの男達。彼らを強引に押しのけ、火車は眼鏡の男に掴みかかった。三十代程度の男だろうか。他はぼさっとした長身の男と女性のみ。スーツを着込んでいる所からして社長格だろうと目星を付けたのだ。
 火車の読み通り、『ひまわりソリューション』の社長は顔を小刻みに振る。
「何だコラ、ッスぞ!」
 アロハ達が火車の肩に手をかけるが、目もくれずに手を払った。
「ガキの使いが調子クレてんじゃねえぞ、散れや」
「あァんだとォ!? テメ――」
 殴りかかりそうになったアフロの手首を、がしりと誰かが掴んだ。
 その気配を感じて僅かに振り向く火車。
 沈黙。
 善三と火車の視線が交わった。
「時村帝国金融という金貸しがこの街で動いた情報は無い。無意味な語りはするな、リベリスタ。用件を言え」
「……ハナシ分かってくれんじゃねえの」
 ニヤリと笑う火車。その直後、事務所の入り口から快たちが一斉に踏み込んできた。
「アークだ! 神秘の暴力によるとりたて、見逃すわけには行かない。押しとおる!」
「「アーク!?」」
 アロハ達が目に見えて動揺した。
 が、快が着目したのはそこではない。社長がこれまで以上に震え、じたばたと後ずさったのだ。
 目を細めるエレオノーラ。
「金を返さないから回収するって理屈は正しいから止めないけれど、堅気の人に手を上げちゃだめよ。死んだりしたら返す者も返せないでしょう」
「ッンだとテメェ! 言われネェでも――」
 顔を前に突き出す独特の態勢で吼える青アロハ。その眼前に善三が手を翳した。黙る。
 綺沙羅が爪先でフロアタイルを叩いた。
「フィクサードによる一般人の殺傷を防ぐのもアークの仕事なわけ。キサ達が来た理由ね。そっちが穏便に仕事してくれる分には何の問題も無いけど、死人が出ると困るんだってさ」
「…………」
 善三は黙って綺沙羅の目を見ていた。
 横から回り込むようにしてフツが社長の肩を叩く。
「あ、あの……」
「貴方達の命が危なかったら助けに来る約束でしょう? 隠れてて下さいね」
「あ、ああ……はい」
 実際にそんなやり取りをしたことはない。
 社長に『記憶操作』をかけただけだ。直近一時間までの表層記憶にしか効果がないので、『つい先刻依頼されたこと』にするしかなかったが、場の混乱に乗じてこじつけるには充分だった。
「あ、じゃあ頼んだよ!」
 社長はおもむろに窓を開けると、窓枠に妙なフックをかけて外へ飛び出した。
 防災グッズにある安全降下フックである。
「あっ、あいつ逃げ――」
「はいはいお約束」
 綺沙羅が何でもない顔をして別の窓を開ける。外に手を翳してフラッシュバンをかけた。
 閃光。社長もろともそこらじゅうの人々が目を回して倒れる。
 ごしゃんという音がしたが、まあ死んではいまい。
 その後ろで錦とロブが怪訝顔の社員たちを入り口から逃がしていた。
「『急ぐのだ』『全員行ったか、行ったなー?』」
 随分スムーズな手際である。櫻子は一連の動きを目で追って、漸く自分の出番だろうかと魔術所を胸に抱え持った。
 タヱがてらてらとした調子で歩み出る。
「神秘の理不尽から現実の秩序を守るのがアタシらのお仕事っす……ヘヘェ、むつかしい言葉しってンでしょ? 受け売り」
 鋼糸を指でつまんでしゅるしゅると伸ばす。
「そういう気持ちがアタシを生かしてくれてんンだ。悪ィけど、手加減ナシだぜ!」
 それが開戦のゴングであるかのように、タヱは赤アロハへと飛び掛った。

●『善三』
 全員が一斉に動いた。
 アロハ達はメリケンサックやドスを抜いて襲い掛かり、フツや綺沙羅はここぞとばかりに守護結界や氷雨の術を展開した。
 快と火車もまた同じく、善三へと左右から殴りかかった。
「暫く相手をしてもらうぞ、善――」
 快のナイフが善三の胸の前を通り過ぎる。僅かに身を捻じって避けられたのだと気づいたころには、側頭部に凄まじい回し蹴りが叩き込まれていた。
 派手に吹き飛んで事務所の壁に肩から叩きつけられる。
「てンめぇ!」
 唸りをあげ、拳を叩き込む火車。
 拳が善三の顔面に届くより早く、火車の手首が掴まれていた。
 ぐるんと振り回され、蹴りと共に吹っ飛ばされる。その方向を知って火車は目を見開いた。
 なんと窓である。
「やべ――!」
 窓ガラスをぶち抜き、外へと躍り出る火車の身体。
 途端、火車の背中に光の翼が生えた。
「小さな翼を」
「助かった!」
 ぽつりと呟く櫻子。火車は空中をターンして別の窓をぶち抜いた。

 善三一人に酷く手を焼く火車たちとは対照的に、タヱたちはアロハを目に見えて圧倒していた。
 赤アロハの足に鋼糸を巻きつけてひっくり返し、タヱは彼の顔面を踏みつける。
 続いてその後ろから飛び掛らんとした黄色アロハにナイフを放り込むエレオノーラ。
 肩にナイフが突き刺さっても構わず突っ込んでくるので、エレオノーラはアタッシュケースを顔の前に翳した。メリケンサックのパンチがまるで鉄板でも殴ったかのように跳ね返される。
「づをォ!?」
「ねえ善三、あなたちっとも楽しくなさそうね。向いてないんじゃない?」
 まるでアロハなど見えていないかのように語りかけるエレオノーラ。
 その間にもアタッシュケースの取っ手を外して側面に装着。自棄になって殴り続けてくる黄色アロハのパンチを雨粒でも凌ぐようにさらさらと弾いていた。
「『ったく、近寄ってくるんじゃねえ!』」
 ロブが黄色アロハのボディに『頭突き』を食らわせ、よろけた拍子に錦がどかどかと射撃を見舞った。
 情けない声を出して倒れる黄色アロハ。
 とりあえず死んではいない。
「『なんだコイツ、弱すぎるぜ?』『ロブもそう思うか。だが彼が弱いと言うより……』」
 残りの赤青アロハを相手にしつつ、ロブと錦は頭を上げる。

 火車の十度目のパンチが空を切った。
 素早く背後に回りこんだ善三に襟首を掴まれる。その場に置いてあった液晶ディスプレイを振り上げ、火車の頭に叩きつけた。聞いたことも無いような音と共に圧し折れるディスプレイ。
 いや、そもそも見たこともないスキルである。先刻からその辺にあるものを使って火車をぶん回していた。
 壁に頭を叩きつけられ、倒れた所で顔面に踵を落とされる。
 火車の驚異的なタフさが無ければ十回くらいは死んでいたかもしれない。
 血を吐き散らしながら起き上がる。
「なぁにが手助けだ。力のねぇヤツ叩いてるようなヤツが……ぐお!?」
 パソコンチェアでぶん殴られる。と思ったら次にはデスクが叩きつけられた。本気で死ぬかと思った。しかし死なない。
 火車のタフさもあるが、なんだか死んでもおかしくないくらい殴られているのに、絶対死なないような感じがあった。
 (手加減……はされてねえか)
 フラフラと起き上がる火車。
「こんなツマラン仕事しかしねえのかテメーはよぉ、らしい仕事しやがれってんだ!」
 善三に襟首を掴み上げられる。
 割れた窓枠に向けて振り下ろされた。視界の端には鋭利に尖ったガラス片。
 その瞬間、火車と善三の耳にこんな悲鳴が聞こえてきた。

「若ァー! タ、助けてェ!」

 青アフロの情けない悲鳴だった。タヱに頭を踏みつけられ、首にかかった糸が今まさに喉を掻っ切ろうとしていた。
「――!」
 風が吹いた、とタヱは思った。
 思った時には、鋼糸と喉の間に誰かの手が挟まっていた。ブツリと皮膚が裂け、大量の血が噴き出している。
「待て」
 額にリボルバーの銃口が突きつけられる。
 ぴたり、とタヱは手を止めた。
 それだけではない。
「そっちも待ってもらおうか」
 善三の首には快のナイフが突きつけられていた。
「取り立てそのものを邪魔しない。暴力行為が無いならな」
「大人しく逃げるのを見ていろと? それで下の連中が納得すると思うのか」
「アークに舎弟を全滅させられるよりは、メンツが立つんじゃないか?」
「意思が通らなければ戦争か」
「……」
 『暴力で解決をするな』と暴力を翳して要求する自分。
 快は妙な矛盾を感じはしたが、そのまま押し通した。
 要するに今、『言うことを聞かなければ力で潰す』と言っているのだ。
 三尋木にそこまでの兵力は無い。
 ゾッとする話だが、暴力に訴えてしまえばそこまでなのだ。
「わかりました」
 タヱの鋼糸から手を抜く。小指が一本千切れて落ちた。
 アロハが瀕死の仲間に肩を貸してぞろぞとと事務所を出ていく。
 入口の所に立って、善三は深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。回収の折、連中には二度と暴力を奮わせません。どうか、奴らの命は勘弁してやってください」
「………………」
 沈黙で応える快。
 善三はくるりと背中を向けた。
 この場合の意味は『いつ撃ち殺しても良い』である。
「そこの金庫の中身は、後日取りに来ます」
 蝶番のズレた扉を閉めて、善三は事務所を出て行った。

●ひまわりグループと九美上興和会
 外で伸びていた社長を担ぎ、とりあえず社長椅子に縛り付けてみた。
 ただのパソコンチェアだったが、無いよりはマシである。
 窓の外を見てぽつりとつぶやく櫻子。
「終わりましたね……」
「『いや、ここからが本番かもしれねえな』」
 ロブが咥え葉巻を小刻みに動かした。
 ちらりと社長へ顔を向ける。

 ストン、とアタッシュケースを足元におろし、エレオノーラは社長の顔を見下ろした。
 いい大学を出ていそうな、そして頭のよさそうな顔だ。
 要領よく世の中を渡って行きそうなくせに、何故こんな危ない橋を渡ろうとしたのか。
 そして、快たちが踏み込んだ時のあの反応。
「アークを知ってる。つまり神秘界隈に理解があるってことよね。さっきの彼らが三尋木系列の人間だってことも解ってたはずよ」
「…………」
 沈黙を通そうとする社長に、そっと顔をよせるフツ。
 どこか仮面じみた笑顔を浮かべている。
 最近、この手の表情が上手くなってきた気がする。
「私達が彼等に狩ったら、お金のことも教えてくれるってコトになってたでしょう?」
「そんなこと言っ…………たかな」
 記憶を操作しにかかる。
 例によって直近一時間ルールがあるが、『言質をとったこと』にする程度なら簡単だ。
「あなたの命を守るために、それを聞く必要があるとも言いましたよね」
「命って、そんな大げさな……」
 器が小さいのか大きいのか、社長は鷹揚な調子で首を振った。
「あれは『善三』でしょう? 死ぬほど痛めつけられますし、社会的にも抹殺されるかもしれませんけど……噂じゃ『善三は人を殺さない』んでしょう?」
「…………ん」
 否定でも肯定でもない返事を返すフツ。
 よくよく考えてみれば、善三が人を殺したという情報は無い。顔面陥没クラスの重傷は負っているし、二度とお日様の下を歩けなくなりそうではあるが、一応不殺の範囲に入っていた。
 ……だとしても、社長のこの『自分だけは絶対に死なない』と思っているような顔にはイライラするが。
「で、話して貰えるんですよね」
「ええっ!? 嫌だよ、デリケートな問題だもの! 確かに話すとは言ったし、何でそんなことを言ったのかは解らないけど、駄目なものは駄目! 大体、うちはただのホームページ制作会社だよ」
「はいダウト」
 カチンッという独特なキータイプ音が鳴った。市販品の中でも珍しい、タイプライターのような音を出すキーボードである。
 パーツごと組み上げたのか、綺沙羅専用のキー配置になっていた。
 一般人にはいまいちピンと来ない感覚なので気づかなかったが、綺沙羅がリーディングをかけているのだ。応用する幅は意外と狭いが、嘘発見器としては超優秀である。
 更に言うなれば、『K2』こと小雪綺沙羅は情報戦のエキスパートである。そこらの会社社長が適う相手ではない。
 綺沙羅は社長机に置かれたパソコンを無理矢理かっ開くと、ハードディスクを抜き取った。自身のPCに繋いで『電子の妖精』を起動。
 ついでに光回線用のモデムにボードを直に接続。熟練のピアノ奏者の如くキーを打ち鳴らした。
「あら、データ消したの? こんなに沢山消去して時間かかったでしょうに……サルベージしとくわね」
「え、えっ……!?」
「暗号鍵みっけ。ビンゴ、ビンゴ、ビンゴ――はい突破。パスワード単純過ぎ。ネットワークの中身まるごと貰っとくから」
 はた目には何をやっているか全くわからないが、綺沙羅は手持ちの外付けハードディスクにデータを圧縮して転送。ネットワークから外してスタンドアローンにしてからじっくりと中身を検分しはじめた。
「顧客情報……『松戸研究所』? ホームページ制作の報酬に二千万って、馬鹿じゃないの? 広告費にしなさいよせめて。そりゃ足つくわよね、支払もされてないし」
 具体的な名前と金額を出されて、社長は目に見えて顔を青くした。
 表にできない金を偽装するのにネット上の電子データを使うことはよくある。使い古され過ぎてているとも言う。
「ち、違うんだ! それは、あの、それは……」
「帳簿もあるわよ。金が入る筈だったから豪勢に出費したら支払ブッチされて崩壊。資本金の為に借りてた九美上金融の借金が返せずに夜逃げ図ろうとしたらバレた……と。分かり易いわね」
 さらさらと情報を暴露していく綺沙羅に、社長はただ顔を伏せた。この情報を握られたと言うことは、命を握られたに等しい。活殺自在である。
 ある意味力技しか思いつかなかった快とフツは口笛を吹いた。
「何故闇金に手を?」
「会社を、倒産させて……銀行では借りれなかったから……」
 聞えこそ悪いが、闇金も立派な金融だ。審査に通れないような連中が未来に賭けて渡る綱だ。
「源太郎と道子のことも知ってるよな?」
「は……? いや、誰の事か分からない」
 首を振る社長。綺沙羅は目で肯定の合図をした。
「とにかく話はここで終わりだ。後は自分で何とかしてくれ」
 快たちは社長を置いて、事務所を後にしたのだった。

 ビルの前で、壁によりかかっていた火車が視線を寄越した。
「道理は貸した方にある……オレぁそう思うがよ」
「それでも嫌いだね」
 タヱが地面の小石を蹴る。
「事情もあるんだろうさ。貸すやつも借りるやつもタカるやつも……ああ、いやだ」
 地面に唾を吐き捨てて、タヱは目を瞑った。
「カタに嵌められたヤツの末路なんてさ」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
暴力だけで解決しないのが三尋木、というわけではありませんが。
弱い奴ほど力以外の何かで身を固めているもので、ヤクザ屋さんでも会社社長でも、何かしらの鎧は持っているもんです。
今回は、そんな連中の臓物を手ずから引っこ抜いて見せた綺沙羅さんにMVPを差し上げます。というか、終盤K2の独壇場でしたね。