● 「大丈夫。世界が全て敵に回っても、私は貴方の味方よ」 囁く女の声は甘く。 「そうか」 男の返事は短い。 それでも、そのやり取りには微かながら、温度がある。 あの日までは、望んでも望んでも得られなかったもの。 「運命が見放した? それが何。私は絶対に見放さない。何が来たって、貴方を守るわ」 女の声に一層の熱が篭る。 事実、女の服と手は返り血で染まっている。それはリベリスタの物だ。 ノーフェイスを狩りに訪れ、ノーフェイスとその守護者に返り討たれた、世界の防人達の無念の血。 「そうか」 女の熱に比例する事無く、男の返答は相変わらず――無感動で、どこか儀式的だ。 それでも、長い間男の横顔を見つめ続けた女の目には、その奥に篭る僅かな感情が見える。 「――愛しているわ」 感情の極端に抑制された視線が、女を見つめる。 男の目の奥に見える感情は複雑で、女の心を少し波打たせる。だが、少しだけだ。 不安、後悔、絶望、愛惜、罪悪感、尊敬、友情、そして僅かな執着心。 「そうか」 その全てが合わさったそれは、愛ではないにせよ、それでもきっと、愛に順ずる物のはずだ。 何より、今の彼は自分を見つめてくれる。それだけでも、自分には充分過ぎる。 「だから、ねえ貴方」 きっかけも、理由も、もうどうだっていい。 ようやく手に入れた愛しい人。もう誰にも奪わせるものか。 「私達、ずっと一緒よ……?」 本当はそれが叶わない事位分かっている。 けれど、けれども、ずっとではなくても、ほんの少しでも長く、時を共に過ごすこと、それだけを。 嘆くような、懇願や祈りにも似た願い事は、酷く悲しげに、とても優しく響く。 「……そうだな」 男の応えは低く、無感情に響く。 その視線にだけ感情を込めて。 ● 「女は一途に男を愛し、男は喪って始めてその価値(リーズン)に気付く。 セオリー通りと言うには余りにトラジディなシーソーゲームだとは思わないか?」 モニターの前で瞑目する『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)。 相変わらずの言語センスな彼だが、その声は何時に無く暗い響きを乗せている。 見せられた映像の意味を考えれば、未来予知を持たない自分達にもある程度の推察は付く。 「ノーフェイスと、それを守ろうとするフィクサードの討伐、か」 「イグザクトリィ。フィクサードは、本音の所ではノーフェイスが死ぬまで一緒にいる事がその目的だ。 それゆえに、ノーフェイスを倒そうとするお前たちの様な存在に牙を剥く。 ――己のデザイア・グランギニョルを演じ切る為に」 逆に言えば、ノーフェイス自体が死んでしまえば。 フィクサードは目的を失い、少なくとも戦闘を継続しようとはしなくなるだろう。 そう続けた伸暁の言葉に、リベリスタ達の一部は少なからず意外そうな顔をする。 「仇討ちを望むような性格(スタイル)じゃないんだ。それに――2人は元々、リベリスタなんだよ」 だから自分達が間違っていると知ってしまっている。 事実と、正義。正しい理屈はわかっていても、感情がそれに従う事を許さない。 自分の顎を親指でなぞり、黒猫はどこか慎重に言葉を選びながら説明を続ける。 「ノーフェイスは、会話こそ可能だが実際には全く正気じゃない。説得は不可能だ。 ……いや、それは、フィクサードにも同じ事が言えるかもしれないな。堅く巌のように定められた覚悟、それはキャッスル・オブ・パンデモニウム。言葉によって陥落させるには余りに巨大だ」 ――今回倒すべきはノーフェイス一体だが、戦うのは二人。 リベリスタ達の顔に、決意と少しの諦念が浮かんだ。 「男の方は、名を菅野・佐(すがの・たすく)と言って、ジーニアスのスターサジタリーだ。愛用のリボルバーで狙い撃ち(ソロセッション)から掃射(ダンスパーティ)まで全てこなす」 モニターに出されたデータを指差し説明する伸暁。 リベリスタの数名が、その眉根を少し寄せた。 「女は冬峰・佳織(ふゆみね・かおり)。かつてはメタルフレームのクリミナルスタアだった。今もソレに準ずる力を振るうが、全て強力化している。気をつけてくれ」 「――ちょっと待て!」 数名のリベリスタが今度は立ち上がり、伸暁の説明を遮った。 自分を見る表情に事態の理解を察して、彼は頷いた。 「……そう、彼女は正気じゃない。自分がフェイトを喪った事を自覚できていない。 そして、佐がノーフェイス化したのだと思いこんでいる。それが、彼女のパラノイド・グランギニョル」 世界の敵になってしまった彼、運命に見放された彼、それでも自分が守るからと。 だから、自分は愛して貰えると。 自分が愛する事を許されるのだと。 「彼女はそんなデイドリームに縋っている。佐は……それを黙って受け入れ続ける。 佳織が果てるその時まで――終幕(フィナーレ)を共にすると、決めている」 終わらせてやってくれ。 伸暁の目が、リベリスタにそう伝えていた。 ● 不安、後悔、絶望、愛惜、罪悪感、尊敬、友情、そして僅かな執着心。 これを愛と言うのだろうか。 「私は絶対に見放さないわ。大丈夫」 佳織は、段々と同じ様な事ばかり繰り返し言う様になって来ている。壊れたレコードの様に。 ――フェーズは2といったところだろうか。 まだ人の形を保っている。 感情や記憶は、佳織が人だった頃と、ほとんど変わらない――今はまだ。 「ずっと一緒にいましょう。大丈夫、私が守るから」 おそらく、フェーズの上昇が近いのだろう。 もうすぐ、何もかも失うのだろう。 否――もう、何もかも失ってしまったのだ、俺は。 「ねえ貴方、愛しているわ」 いつか妻にと望んだ女は、針の飛んだレコードは、ずっとそう訴え続けている。 あの日までは、その言葉を待ち望んでいたのに――今向けられているこれは、愛なのだろうか。 「そうだな……俺も愛している」 ああ、これを愛と言おう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月22日(火)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)が、懐中時計の時間を確認する。 夕刻まであと少し、といったところだろうか。 向かった先は、天井が抜け落ち、光が差し込む廃倉庫。 敵意を持った訪問者には慣れたらしい二人が、その中央に打ち捨てられた廃材に腰掛け、リベリスタを待ち受けていた。 彼らの足元にある赤黒い染みが、錆びた鉄の臭いをまき散らす。それは、酸化してこびりついた数多の血。その主たる死体がないのは、どこかに捨ててきているのだろう――腐乱臭はなかった。 「……アークか」 佐は『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)の脚と尾羽を見て、僅かに目を細める。 (あたし達にも有り得る結末。だからこそ、見逃したいけど……それはできない) 二人が距離を取り、それぞれの武器を構えるのを見ながら、羽音は心に想い人の顔を浮かべる。 もし自分が世界の敵になった時は、その人の傍で眠りたい――と。 『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)にも、思い描いた顔があった。 (彼らの境遇は、あたしにも……あたし達にも有り得る状況なんだ。だからこそ、目を背けちゃいけない) いつだって喪失と隣り合わせで、運命を、命を磨り減らしながら戦う日々。 その終わりのカタチの、ひとつの可能性が、今、自分の前に立っている――。 「……彼らを、止めよう」 霧香の声は、静かに、しかし決意を持って響く。 「愛の形は人それぞれ……とは云うものの人から外れてしまってはな。 ……バケモノ、運命を失えば明日は我が身、いや、それと対峙している時点で私も変わらんか」 その言葉に、佳織がきつく『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)を睨んだ。 (どんな気持ちで彼女といるんだろうな? 彼は) 瞳は言葉を飲み込む。今更交わす言葉の持ち合わせはなく、会話や説得をするつもりは、ない。 「……やりきれねえ話」 小さく吐き捨てた『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)の思考は、自分がそうなったら、という仮定を最初に持ち出す。自分がそうなったら、殺して欲しいだろう。だが、 (《愛する人》が居て。そうなったら……そいつが醜態を晒す位ならいっそ自分がと思っても、殺す勇気が無かったら、菅野と同じになるかもしれねえのかな……) そして、誰かが自分達を殺してくれるのを待つかもしれない、と。 彼女の思考は、しかしそこで佐たちの行動を全肯定はしない。 「……でも、その為に他人を犠牲にしたのは許されない。 《愛》の為に背負った《罪》から、覚悟と一緒に背負ったモンから、逃げるなよ」 鋼製の月を手にして、プレインフェザーは目の前の二人に声を投げかけた。 「どうも皆さん暗いと言うか、痛ましい顔をされてますね。気にされるのは分かりますが、此処は彼等を祝福しようじゃありませんか。例え手遅れだとしても、お互いの気持ちが通じあったのですから。 おめでとうの一つを言ってあげても、良いのではありませんか?」 柔和な笑顔に明るい声で、山田 茅根(BNE002977)がリベリスタたちにそう告げた。 「その上で戦いましょう。私達はリベリスタで、彼等はノーフェイスとフィクサードなのですから」 場違いなようにも聞こえる声色だが、語る言葉は間違いなく今、この場のこと。 「もっと早く、二人に会いたかったものです。そうすれば……」 そこで言葉を切った茅根は、何故かその先を口にしようとはしなかった。 「形はどうあれ……お二人の深い愛は……とてもすばらしいと思います……。 出来たら邪魔はしたくないのですが……そうも行かないようですね……」 虚ろな目で呟く『黄金の血族』災原・有須(BNE003457)。 カウボーイハットをかぶり直して『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(BNE003319)が問いかけた。 「最初に聞いておきたい、アンタのそれは本当に愛か?」 吹雪とて、別に否定しようと思っているわけではない。愛の形は人それぞれ。ましてまだ自分にとっての真実の愛を見出せていない自分にとやかく言えるものではない。そう考えている。 だが、もう終わらせなくてはならない。それが愛なのであるならば。 まだ愛であるうちに。 「――――」 佐は無言のまま、ただ唇の端を歪める。 ● 「せいっ!」 振るわれたのは霧香の愛用の打刀。 澱みの無い連続攻撃は佳織をその場に釘付けにし、あわよくば追い詰め動きそのものを封じようとしたが、ノーフェイスと化した女は転がるような受け身で直撃を避け、被害を抑えてみせる。 ――しかし、牽制としての役割は十二分。さらには佳織の前に、己の肉体を最速の状態に登らせた吹雪が正面に立ち塞がる。背後の佐の下に向かって走る羽音を妨害する事ができず、佳織は心配げな目線を愛しい男に向けた。 「そうか」 だが、佐の反応は冷静だった。 引き離そうとした、リベリスタたちのその意図を解したのだろう。 男は一つ頷くとリボルバーを構え、左手を撃鉄に沿え、軽く息を吸った。 ――直後に響き渡るのは、通常ならばありえない速度と数の銃声。蜂の群れの如き銃弾の雨。 「佳織、いつも通り治療役からだ。後は合わせろ」 銃声が止んだ時。硝煙の間から発された一言に頷いた佳織が、待機の構えを取る。 それは短く、厄介な指令。 そして多くのリベリスタにとって、実にセオリー通りで、基本的な判断。 彼らもまた、『元』は付けどリベリスタだったということ――その立場を捨てたという事実。 だからこそ、『現』リベリスタ達も負けるわけには行かない。 茅根とプレインフェザーは一網打尽を防ぐべく仲間同士距離を置く様に動きつつも、己の脳の集中力を極限まで上げて行く。更にアーデルハイトは己の体内の魔力を活性化させる。 その一方、ついに羽音のチェーンソーが佐に到達する。人を切断する為に調整された、とあるフィクサードの蒐集品。その一撃が佐の身を袈裟懸けに切り付ける。引き裂かれる肉、飛び散る赤。 その威力に吹き飛ばされたたらを踏む佐の目は、しかし羽音ではなくその後方を見据えた。 リベリスタ達の背に浮かび上がった、小さな翼。 「ホーリーメイガス……!」 佳織の呟きに交じる喜色。 『翼の加護』を扱ったとしても、使用者が回復手であると確定はできない、だがその可能性は高い。 「……瞳さん!」 惑いの力を持つ闇のオーラを編んでいた有須が気付き、警告の叫びを上げた。 「ごめんなさい。でも、私達の為に死んで。ね?」 ぞぐ。 肉を引き裂く音が、響いた。 一瞬だった。 瞳は確かに、仲間全員に癒しの力を届かせる事を優先し、敵の攻撃範囲に入る事を厭わなかった。 だがそれでも、その距離は10mを優に超えていたはず。 なのに、瞳の首筋は深く切り裂かれ、顔の中で辛うじて人の形を残す口元を驚愕に歪めている。 なのに、佳織は既に元の位置、羽音に吹き飛ばされた佐の少し前方に戻っている。 一瞬で間合いをつめて死角から一撃を入れ、そして間合いを取り直したのだ。単純な速度では無く、練り込んだ技術とノーフェイス化による身体能力の強化によって成された身のこなし。 回復手の苦境に歯噛みしながらも、だが吹雪は己の仕事に専念する。圧倒的な速度をもって佐に肉薄し、その速度を乗せた連続攻撃でその場に縫い付けようとばかりにナイフを振るった。 「さっき、本当に愛かと聞いたな?」 そのナイフが、掴み止められた。 佐の指から血は出ていない。吹雪の腕の動きを読んで、躱す代わりに捉えただけだ。 「愛だ。今までも、これからも」 力強い言葉を耳にした佳織が、嬉しそうに笑む。 ――彼らも、知らないわけではない。 もしも二人が逃げ続け、生き延び続けることができたとしても――エリューションは、最後にはフォールダウン(自滅現象)を起こしてしまう。どうあがこうとも、二人が寄り添い続ける未来など、存在しない。 それでも、佐は愛だと口にする。 「佐さん! それで、本当にいいの!?」 その言葉に、佳織と切り結んでいた霧香が声を荒げた。 霧香とて、人事ではない。 彼女の想い人は何時も無茶をする。 リベリスタである彼が何時か運命を食いつぶし、佳織と同じになったとしたら。そのことを思えば。 「もしそうなったら……あたしは、他の誰かに彼が殺されるなんて、受け入れられない」 そうなったら、自分は前に進む事も出来なくなる。 「佐さん! あなたは、あなたのそれは、愛なんて言えない!」 その言葉に、佐ではなく佳織がビクリと肩を跳ねさせた。 自分ではなく佐こそがノーフェイス化してしまっているのだと思い込んでいるが故に。 「あなたの手で、幕を引いてよ!」 本当に愛しているのなら。 「そうか」 剣の道を歩む少女の叫びに対し男の返事は短く、同時に銃声を伴った。 機械化した頭部の金属の隙間を精密に撃ち抜かれ、瞳が短い呻きを漏らしてよろめく。 「自分以外の何かを大切に思うその気持ち。まさに愛ですね」 霧香とは正反対の言葉に、思わず目線を動かした佐の身体を気糸の罠が幾重にも縛る。 言葉と罠を紡いだのは茅根だ。 「そう思う相手からも、愛されてるんですから。素敵ですね。私からは、おめでとうと言わせて頂きます」 想いを伝えられず、通じずに終わる恋も多々あるのだから、と。幼い見た目とは裏腹に老練の彼だ。 「皮肉ではないですよ?」 「……遅すぎたが、な」 気糸に縛られた己を案じるように顔を向けてくる佳織に心配するなとばかりに首を振って見せながらも、佐は小さく茅根にそう応えた。 「愛したことを悔やむのならば、愛することなどやめてしまいなさい。それは、愛した者への冒涜です」 後悔を含んだその声音に、少し冷たい言葉を投げたのはアーデルハイトだ。 正気であろうと狂気であろうと、誤魔化すことだけは許せぬと。 「失ったらなら抱いてきた思慕も重ねてきた時間も無意味ですか?」 その言葉を佐はためらうことなく否定する。 「俺が悔やんでいるのは、伝える事が遅くなった事だけだ」 ――もっと早く伝えていたならば、もしかしたら、違う未来があったのではないか――。 それはきっと、佐だけでなく、歪みつつある佳織の心にも打ち込まれている棘だ。 勇気がなかった。 拒否される事、関係が崩れる事、何かが変わってしまう事。 その全てが怖くて、ぬるま湯の関係が心地よくて。 後に後にと回し続け、この口がようやく動いたのは、全てが手遅れになってから。 だが、それでも。 「愛した事に後悔など無い。それに――」 「私達は、まだ失ってない!」 言葉少なな佐の言葉を、佳織の声が繋いだ。 力強く宣言する様に叫んだ佳織は、フィンガーバレットに覆われた手を彩る血糊を振り落としている。それは数瞬前に付いた汚れ。 それは、一拍遅れてごとりと倒れ伏した、瞳の血だった。 「……すまん」 銃弾とバックスタブに、真っ先に狙われ、最早立ち上がれぬ瞳が辛うじて漏らしたのは仲間への謝意。 速すぎた、癒し手の退場にリベリスタ達の表情に動揺が走る。 「……絶対に終わらせる」 そこに紡がれる羽音の覚悟の言葉。その少し小柄な体から爆発するように湧き上がる戦いの闘気。 「どんな形でも。誰かが愛だと言えば、それは愛だと思う」 だから羽音は彼らの愛を認める。けれど。 「ごめんね、時間切れなの。悪いのは、あたし達だけでいいから……貴方は最期まで、その愛を貫いて」 羽音は武器を構え、そう言葉を閉じる。 「ごめんなさいね……今回は……わたし二人の愛を裂く役に……なりそうです」 有須もまた、纏う闇を躍らせながら武器を構える。 「結局さ、正解なんてねえじゃん? 菅野もそう思ってるのかは知らない。でも、覚悟決めてんだろ?」 最後に紡がれたプレインフェザーの率直な言葉に、佳織と佐はそれぞれ頷いた。 そう、彼女が言った様に、瞳が考えた様に、今この場に立つ者たちはそれぞれに相応の覚悟を持って立っている。だから後は、その覚悟をぶつけ合うだけ。 それだけなのだ。 ● 「さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 演劇のように、アーデルハイトの言葉が戦場に響き渡る。 ――否、実際彼女は演じているのだ。姫君と騎士を襲いに来た魔物を。 「死に物狂いで抗いなさい。貴方々の生は未だ終わっていない」 魔物を演ずる貴人が放つ雷撃は、ノーフェイスとフィクサードを等しく討ち抜く。 プレインフェザーの放つ気糸の群もまた、二人の急所を的確に精密に狙う。 「まだ……まだです……結末を見守るまでは……倒れてられませんね……」 有須は運命を燃やす事で倒れる事を拒否し、己の受けた傷の痛みを呪いに変じ佳織に放つ。 「いいのかこのまま俺達が終わらせちまっても、アンタの愛だろ」 集中を重ね精度を上げた連撃を佐に放つ吹雪が向けるのは、先ほどの霧香と同じく、終幕を佐自身に引かせる事を示唆する言葉。 本当は佳織が倒れそうになってから言うつもりだった。 だが実際には佳織は傷ついてはいるもののまだ健在――劣勢気味なことは否定出来ない。 「愛した女だったもの……いや、愛した女を殺せなんて酷いこと言ってるんだろうな俺は。 でもここで俺達が終わらせちまったら、きっとアンタは自分で終わらせられなかった事を後悔し続ける事になるぜ。今ならまだ間に合う……自分で、自分達で終わらせなくていいのか?」 それは打算や作戦ではなく、きっと吹雪の本音なのだろう。 佳織に刀の連撃を打ち込みながらも、霧香もまた祈りと願いを篭めて佐を見る。 だが、佐は頷かない。 フォーチュナが『堅く巌のように定められた覚悟』と評したその意思に、2人の言葉はまだ遠い。 そして放たれる銃弾と振るわれる手刀が、今度こそ有須の意識を完全に刈り取る。 茅根を初め、肉体を束縛する力を持つ技を持つ者は多い。だが、8人がかりで向かう必要があると判断される程度の実力者である2人の、その動きを抑えこむにはどうしても確実性が低い。時折封じることに成功しても、彼らの意志の強さにそう長くは封じきれない。 やがて、雷撃で2人を同時に、四重の魔の旋律で佳織を追い詰めたアーデルハイトが地に膝をつく。運命を削って立ち上がる『魔物』に、佐は油断ない目を向けた。 佐は厄介な、かつ脆い相手を優先して狙っている。佳織はそれに追従する。 「……くそっ」 プレインフェザーもまた、限界を運命でねじ伏せる。 「愛なんて、無様でカッコ悪くて……覚悟を持って、なりふり構わず必死で貫くモノなんじゃねえかって思ってる。やり方は不器用だけど……お前なりに《愛》を貫いてんだろ」 素直になれない少女は、自身の気力を回復させながら、少し小さめの緑の虹彩で佐を見据えた。 その瞳を――いや、自分たちを倒そうとするリベリスタたちを、佳織はじっと見回す。 佳織が突然見せた隙を、霧香の剣は逃さなかった。 桜花に似た光を散らし、吸い込まれるように佳織の胸に突き立つ玉鋼。 たたらを踏んだ佳織は不思議そうな表情を浮かべ――やがて、その目から、不意に光が消えた。 「ああ……そうね、そうだった。愛してるわ、佐」 持ち上げる細い腕。 伸ばした指先。 響く銃声。 銃弾は、迷いなく佐の胸を撃ちぬいた。 ● リベリスタたちは、驚きにその動きを止めた。 「――愛してるわ、佐」 佐は地面に倒れ伏して、動かない。 ほほ笑みを浮かべて、佳織はその傍らに跪く。 二人の胸から流れる血は広がり続け、留まることを知らない。 「……俺も、だ」 運命を燃やすことを、佐は選ばなかった。最期は――終幕(フィナーレ)は、ともにあろうと決めていた。 それは万華鏡が見つけていた、二人の決意。 「大丈夫。世界が全て敵に回っても、私は貴方の味方よ。だから、私は貴方の望むことを選ぶ――」 それは、リベリスタたちの言った通りに、違いなかった。 世界のために戦ったはずが、いつしか世界の敵となった男を――そう、歪んでしまった女にとって、運命に見放されたのは男だった――置いて逝くことなど、他の誰かに殺させるなど、できなかった。 守るから、と口にした女は、守れなくなろうとする自分に絶望したのかもしれなかった。 「だから、ねえ貴方」 だがもう、きっかけも、理由も、どうだっていい。 ようやく手に入れた愛しい人。もう誰にも奪わせるものか。 「私達、ずっと一緒よ……?」 本当はそれが叶わない事位分かっていた。 けれど、けれども、ずっとではなくても、ほんの少しでも長く、時を共に過ごすこと、それだけを。 嘆くような、懇願や祈りにも似たその願いは、もう叶わない。 「あたしが彼女の立場なら、生きて、幸せになって欲しいって思う……思うのに」 羽音の声が、倉庫の壁に消えていく。 愛を欲するのは、その人を愛する証だと。誰だって愛する人には、幸せでいて欲しいはずだと。 以前の――佐と出会って生き方を変えた彼女なら、同じように思っていたかもしれない。 ――だが、人でない女の歪んだ心に残っていたのは。 不安、後悔、絶望、愛惜、罪悪感、尊敬、友情、そして僅かな執着心。 男の呼吸は既になく、その頭を掻き抱いた佳織の頬を、大粒の涙が流れ落ちる。 ノーフェイスはまだ息があった。それでももう、彼女には抵抗する意思など、なかった。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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